ジシクロペンチルシランジオールの培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.
連続処理(24時間)および短時間処理(6時間)における50 %細胞増殖抑制濃度は,連続処理では0.22 mg/mL,S9 mix非存在下および存在下での短時間処理では,それぞれ0.31 mg/mLおよび0.41 mg/mLであった.従って,各系列での処理濃度は,50 %細胞増殖抑制濃度の約2倍濃度を最高処理濃度とし,それぞれ公比2で5濃度設定した.連続処理では,24時間処理後,短時間処理ではS9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,新鮮培地で更に18時間培養後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.染色体分析が可能な最高濃度は,24時間連続処理においては0.20 mg/mL,S9 mix非存在下および存在下での短時間処理では0.30 mg/mLおよび0.40 mg/mLであったことから,これらの濃度を高濃度群として3濃度群を観察対象とした.
CHL/IU細胞を24時間連続処理したいずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.S9 mix非存在下および存在下での短時間処理では,いずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.
以上の結果より,ジシクロペンチルシランジオールは,上記の試験条件下で染色体異常を誘発しないと結論した.
染色体異常試験においては1濃度あたり4枚のディッシュを用い,そのうちの2枚は染色体標本を作製し,別の 2枚については単層培養細胞密度計により細胞増殖率を測定した.
作製したスライド標本のうち,1つのディッシュから得られた異なるスライドを,4名の観察者がそれぞれ処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験研究会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.また構造異常については1群200個,倍数性細胞については1群800個の分裂中期細胞を分析した.
染色体異常を有する細胞の出現頻度について,溶媒対照群と被験物質処理群および陽性対照群間でフィッシャーの直接確率法2)により,有意差検定を実施した (p<0.01).また,用量依存性に関してコクラン・アーミテッジの傾向性検定3) (p<0.01)を行った.これらの検定結果を参考とし,生物学的な観点からの判断を加味して染色体異常誘発性の評価を行った.
短時間処理による染色体分析の結果をTable 2に示した.ジシクロペンチルシランジオールを加えてS9 mix非存在下および存在下で短時間処理したいずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.
従って,ジシクロペンチルシランジオールは,上記の試験条件下で,試験管内のCHL/IU細胞に染色体異常を誘発しないと結論した.
ジシクロペンチルシランジオールは2つのシクロアルカンと水酸基が珪素に結合した珪素化合物であり,珪素化合物の変異原性については様々な報告がある.水素化珪素(シラン)については,復帰変異試験で陽性の結果が報告されている4).また,ジメチルジクロロシランおよびトリメチルクロロシランについては,染色体異常を誘発することが報告されている5)ことから,シランそのものについては染色体異常を誘発する可能性が考えられる.しかしながら,メチルトリクロロシランについては染色体異常試験で陰性の結果が報告されており5),シランに結合した置換基の種類がたとえ同じであっても,それらの結合位置および数の違いにより,分子全体の細胞に対する作用が異なることが示唆される.加えて,シロキサン構造(-Si-O-Si-O-)にメチル基が結合したジメチルポリシロキサン(シリコーン樹脂)は,染色体異常を誘発しないことが報告されている6).従って,ジシクロペンチルシランジオールを含む珪素化合物の染色体異常誘発性は,分子構造全体によって決定される可能性が示唆された.
1) | 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988, pp.16-37. |
2) | 吉村功編,“毒性・薬効データの統計解析,事例研究によるアプローチ,”サイエンティスト社,東京,1987, pp.76-78. |
3) | 吉村功,大橋靖夫編,“毒性試験講座14,毒性試験データの統計解析,”地人書館,東京,1992, pp.218-223. |
4) | A. Araki et al., Mutat. Res., 307, 335(1994). |
5) | A. Isquith et al., Food Chem. Toxicol., 26, 255(1988) |
6) | 石舘基監修,“改訂増補 染色体異常試験データ集,”エル・アイ・シー,東京,1987, p. 9. |
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