4-メチル安息香酸のラットを用いる単回経口投与毒性試験
Single Dose Oral Toxicity Test of 4-Methylbenzoic acid in Rats
要約
4-メチル安息香酸は,染料・顔料・塗料,衛生材料や中間物質を含む農薬,金属防錆や防蝕剤といった各種添加物等に用いられている芳香族炭化水素である1).本物質の毒性に関しては,ラットおよびマウスを用いた急性毒性試験が実施されているが,ラットにおける経口投与による50 %致死量は,400 mg/kgであるとの報告2)がある一方,雄では3113 mg/kg,雌では2115 mg/kgとの報告もある3).今回,OECDによる既存化学物質安全性点検に係る毒性調査の一環として,4-メチル安息香酸の1000,1500,2000 mg/kgおよび媒体(0.5 %カルボキシメチルセルロースナトリウム水溶液)を,5週齢のSprague-Dawley系[Crj:CD(SD)IGS]雌雄ラットの各5匹/群に単回経口投与し,急性経口投与毒性試験を実施した.投与日(観察第1日)から14日間観察を行い,その間,体重を測定して対照群と比較し,観察第15日に屠殺して剖検した結果,観察期間中に死亡動物は認められず瀕死動物もなかった.また,1500 mg/kgまでの用量の4-メチル安息香酸を単回経口投与しても雌雄の一般状態を変化させなかった.2000 mg/kg投与により雌雄の一部に自発運動低下が認められたが翌日までに回復した.自発運動低下が認められた雌では投与翌日に排便量の減少が認められた.観察3日以降に一般状態の異常を認める例はなかった.1500 mg/kg以上の投与量により雌では投与翌日までの体重増加量が軽度に抑制された.しかし,その後,増加に転じ,観察4〜8日の体重増加量が対照群に比べ有意な高値を示した.雄には4-メチル安息香酸の用量に依存した体重増加抑制は認められず,病理学検査では,いずれの動物にも肉眼的異常所見は認められなかった.
以上の結果より,1000 mg/kg以下の4-メチル安息香酸の単回経口投与は雌雄の動物に影響を及ぼさず,2000 mg/kgを投与しても死亡させないと結論された.
方法
1. 被験物質および投与検体の調製
本試験に使用した4-メチル安息香酸(ロット番号: 10206)は,東レ(東京)から提供を受けたもので,純度は98.85 %(分析値)であった.被験物質は使用時まで室温保管し,投与終了時に残余被験物質を提供元で再分析することにより試験期間中の安定性を確認した.
投与検体の調製に際しては,各濃度毎に被験物質を秤量し,乳鉢で磨砕後,媒体(0.5 %カルボキシメチルセルロースナトリウム水溶液)を加え,ミキサー(あわとり練太郎,シンキー)で攪拌した.さらに,これに媒体を加えて,いずれの用量においても投与液量が5 mL/kg体重になるように各濃度の投与検体を調製した.投与検体の調製に用いた媒体はカルメロースナトリウム(丸石製薬)を注射用水(光製薬)に溶解して調製した.調製に先立ち,冷蔵条件下における3〜8日間の安定性を確認したので,投与検体は冷蔵条件下で保存し,調製翌日に使用した.投与検体中に含まれる被験物質の含量および均一性は,秦野研究所において確認した.
2. 使用動物および飼育方法
4週齢のSprague-Dawley系[Crj:CD(SD)IGS,SPF]雌雄ラットを,日本チャ−ルス・リバ−厚木飼育センタ−から購入し,飼育環境への馴化と検疫を兼ねて7日間予備飼育した.これらの動物は検疫終了時の体重を基に体重別層化無作為抽出法により雌雄各4群に分けて,各群に5匹を配した.投与開始時の週齢は,雌雄ともに5週齢であり,体重は雄が112.2〜122.6 g,雌が97.2〜107.6 gであった.
動物は,基準温湿度各21.0〜25.0 ℃および40.0〜75.0 %,換気回数約15回/時間,照明12時間(7〜19時点灯)に制御された飼育室で,金属製金網床ケ−ジに個別に収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア)および飲料水(水道水,秦野市水道局給水)を自由に摂取させて飼育した.
3. 投与量の設定および投与方法
本試験における投与量は,本試験に先立ち実施した予備試験の結果に基づいて決定した.すなわち,4-メチル安息香酸のラット経口投与時における50 %致死量に関する報告のひとつとして400 mg/kgとの記載2)があったことから,本試験に使用するのと同系統および同週齢の雌雄ラット各3匹に,絶食下で250,500および1000 mg/kgを単回投与し(観察第1日),観察第8日まで生死および一般状態を観察し,体重を測定した.その結果,死亡例はなく,1000 mg/kg投与群において投与日(観察第1日)に立毛,自発運動低下が観察され,観察1〜2日の体重増加抑制が認められた他に異常は認められなかった.以上のことから,本試験では,OECD化学物質試験法ガイドライン[401]に定める限度用量における毒性変化,ならびに予備試験において死亡が認められなかった用量における毒性変化を調べるために,雌雄両性を用いて高用量には2000 mg/kgを設定し,以下,1500および1000 mg/kgを中および低用量に設定した.また,媒体投与群を設定し,これと被験物質投与群における毒性変化および体重増加を比較した.
投与容量は体重1 kg当たり5 mLとし,動物を投与前日の16時より絶食させた後,投与直前に測定した体重を基に投与液量を算出し,ラット用胃管を用いて強制的に単回経口投与した.給餌は投与後約3時間に行った.
4. 観察および検査
1) 一般状態観察
観察第1日(投与日)から14日間にわたって死亡の有無を確認し,各動物の一般状態を観察した.観察は投与日においては投与直後から1時間まで連続して行い,その後は投与後6時間まで約1時間間隔で実施した.観察第2日以降は毎日1回観察した.
2) 体重測定
全例について,投与日の投与直前,観察第2,4,8,11および15日に測定し,各群の平均値および標準偏差値を算出した.
3) 剖検
観察第15日にペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血・致死させてから剖検し,脳,下垂体,眼球,甲状腺,心臓,気管,肺,肝臓,腎臓,胸腺,脾臓,副腎,消化管,生殖器,乳腺,膀胱,下顎リンパ節,腸間膜リンパ節,大腿骨骨髄,膵臓,顎下腺,舌,食道,大動脈,ハーダー腺および皮膚を肉眼的に観察した.
5. データの解析
体重について,まず,Bartlettの等分散検定により,各群の分散の一様性について検定を行った.分散が一様である場合には,一元配置型分散分析を行い,群間に有意性が認められる場合は,Dunnettの多重比較により,対照群と比較した.一方,いずれかの群で分散が一様でない場合には,Kruskal-Wallisの順位検定を行い,対照群と比較した.全ての検定における有意水準は5 %とした.
結果
1. 死亡状況および一般状態
いずれの投与群にも死亡は認められなかった.
一般状態の異常は雌雄ともに1500 mg/kg以下の投与群の動物には認められなかった.
2000 mg/kg投与群では,雌1例に軟便が一過性に観察された.また,自発運動低下が雄2例および雌1例に認められた.これらのうち,雄はその日のうちに回復が認められた.雌は翌日の観察第2日には回復が認められたが,代わって排便量の減少が認められた.
2. 体重
雄では,1500 mg/kg投与群において投与日から観察第2日および4日までの増加量が対照群に比べ有意な(p<0.05)低値を示したが,2000 mg/kg投与群では対照群との間に有意差は認められなかった.観察第2日以降の体重増加については,対照群と被験物質各投与群との間に有意差は認められなかった.
雌では,1500 mg/kg投与群では,観察第1〜4日における累積体重増加量が低値の傾向を示した.その後,増加に転じ,観察第4〜8日の増加量は有意な(p<0.05)高値を示した.
2000 mg/kg投与群では,投与日に比べて観察第2日の体重が減少した例もあり,観察第2日の体重および観察第4日までの累積体重増加量は低値の傾向を示した.しかし,観察第2日における体重および増加量のいずれも対照群との間に有意差は認められなかった.その後,これらの例の体重は順調に増加し,観察第4〜8日の増加量は対照群と比べて有意(p<0.05)な高値を示した.
3. 病理学検査
雌雄いずれの例においても肉眼的異常所見は認められなかった.
考察
2000 mg/kgまでの4-メチル安息香酸を投与しても死亡例はなく,瀕死に至る例もなかった.4-メチル安息香酸のラットに対する経口投与による50 %致死量は400 mg/kgとされている2)が,本試験から2000 mg/kgを超える量であることが明らかとなった.4-メチル安息香酸の急性毒性に関しては,これを10 %アラビアゴム液に懸濁して絶食下のWistar系のラットに単回経口投与した試験3)では,死亡は1250 mg/kg以上の投与群で認められ,ラットに対する経口投与による50 %致死量は雄では3113 mg/kg,雌では2115 mg/kgと算出されている.本試験では2000 mg/kgを投与しても死亡が認められなかったことから,経口投与による50 %致死量はさらに高いものと推測される.
一般状態の変化として,2000 mg/kg投与群では,投与後3時間に雌雄の動物に自発運動低下が認められた.前述のWistar系ラットを用いた急性毒性試験3)においても中枢神経系に対する軽度の麻痺作用を基礎作用とする静穏,挙動緩慢,自発運動減少および四肢脱力などが認められ,これらが時間の経過とともに強度となり,死に至ると報告されている.従って,軽度ではあるが本試験で認められた自発運動低下は4-メチル安息香酸の投与に起因した変化であると考えられる.
2000 mg/kg投与群の雌1例に投与後,軟便が認められた.しかし,軟便は一過性であったこと,ならびにWistar系ラットに4-メチル安息香酸を単回経口投与した試験では,致死量を投与しても下痢や軟便などの症状が認められていないことから,4-メチル安息香酸の投与に起因した変化ではないと考えられる.
体重増加に関しては,対照群との間に有意差は認められなかったが,1500 mg/kg以上の投与群の雌において投与翌日までの体重増加がやや抑制された.2000 mg/kg投与群において体重減少の認められた例には投与日に自発運動低下が認められていることから,雌における体重増加抑制は4-メチル安息香酸投与に起因した変化であると考えられる.その後,体重増加抑制は回復し,これらの投与群では観察第4〜8日の体重増加量は対照群と比べ有意な高値を示した.雄では1500 mg/kg投与群において観察第1〜2日および1〜4日における体重増加量が有意に抑制されたが,その他の観察項目において異常が認められなかったこと,用量依存性がなかったことから偶発的変化であると考えられる.
以上の結果より,1000 mg/kg以下の4-メチル安息香酸の単回経口投与は雌雄の動物に影響を及ぼさず,2000 mg/kgを投与しても死亡させないと結論された.
文献
1) | 化学物質データベース.Kis-NET,番号1139,国立環境研究所(2003). |
2) | NTP Chemical Repository p-Toluic acid, Chemical Health & Safety Information, National Toxicology Program(2002). |
3) | 峯下銕雄,沖野 勲,油井良文,古川茂典,若林啓子:p-Toluic acidの急性毒性試験.基礎と臨床,12:79-90(1978). |
連絡先 |
| 試験責任者: | 代田眞理子 |
| 試験担当者: | 田子和美 |
| (財)食品薬品安全センタ−秦野研究所 |
| 〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5 |
| Tel 0463-82-4751 | Fax 0463-82-9627 | |
Correspondence |
| Authors: | Mariko Shirota(Study director) Kazumi Tago |
| Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center |
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