4-(1-メチルプロピル)フェノールのラットを用いる
28日間反復経口投与毒性試験(回復15日間)
Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity
Test of 4-(1-Methylpropyl)phenol in Rats
要約
4-(1-メチルプロピル) フェノール〔4-(1-methyl propyl) phenol ,別名 p-(sec-butyl)phenol〕は,化学産業の分野において,フェノール樹脂や塗料の原材料として利用されている化合物である.本化合物の毒性については,マウスの腹腔内投与によるLD50値が66 mg/kg,静脈内投与によるLD50値が 40 mg/kgであること1)のほか,ラットでは24か月間の混餌投与による毒性試験結果が報告されている2).
本試験では,OECDによる既存化学物質の安全点検に係わる毒性調査事業の一環として,4-(1-メチルプロピル) フェノールの28日間の反復経口投与毒性(回復15日間) を雌雄のSprague-Dawley系(Crj:CD)ラットを用いて検討した.投与量は, 0 (溶媒対照群),100 ,300 および1000 mg/kgとし,溶媒対照群と 1000 mg/kg 投与群には雌雄各10匹(回復試験例を含む),100 と300 mg/kg 投与群には雌雄各 5匹を配した.
その結果,一般状態の変化として,被験物質投与群の雌雄全例において,投与直後に被験物質の刺激性に起因したと考えられる一過性の流涎が観察され,1000 mg/kg投与群では,投与の保定時から流涎が認められることもあった.その他,1000 mg/kg投与群の雌雄で,散発的に呼吸音の異常,粗大呼吸および開口呼吸が観察された.さらに,1000 mg/kg投与群では,雌雄各1例がいずれも誤投与に起因したと思われる呼吸障害によって死亡した.また,投与開始日を除き全期間を通して,1000 mg/kg投与群の雄の体重は,溶媒対照群と比較して低い値となり,同群の雄では投与開始日に摂餌量の減少も認められた.投与期間終了時の血液生化学的検査では,1000 mg/kg投与群の雌において, GPT活性および GOT活性の上昇がみられ,1000 mg/kg投与群の雄においては,ブドウ糖およびカリウム濃度の低下,ナトリウム濃度, GPT活性およびγ-GTP活性の上昇が認められた.一方,回復試験期間終了時の検査では,1000 mg/kg投与群において,雌で尿素窒素濃度の上昇がみられ,雄でブドウ糖濃度の低下およびナトリウム濃度の上昇が認められた.
投与期間終了時の病理学的検査において,1000 mg/kg投与群の雌雄全例で,前胃粘膜上皮の過形成が認められ,雌の3例および雄の2例では腎乳頭壊死も観察された.また,300 mg/kg 投与群の雄の1例では,腎乳頭壊死および前胃粘膜上皮の過形成が認められた.さらに,腎乳頭壊死のみられなかった1000 mg/kg投与群の雄の1例および 300 mg/kg投与群の雌雄各 1例では,腎乳頭先端部の間質にエオジンに淡染する小塊状あるいは微細顆粒状を呈する物質が少量認められた.一方,回復試験期間終了時の検査でも,1000 mg/kg投与群の雄の 1例で腎乳頭先端部の間質に変性した細胞が認められ,同群の雌の 1例では,前胃の粘膜上皮にごく軽度な過形成が認められた.
以上のことから,本試験条件下における 4-(1-メチルプロピル) フェノールの無影響量は,雌雄とも 100mg/kg であると考えられた.
方法
1. 被験物質および投与検体の調製
被験物質として,大日本インキ化学工業(株)より提供された4-(1- メチルプロピル) フェノール〔ロット番号:C-119 ,淡黄色の液体,比重:0.78,純度:66 wt %,不純物としてメタセカンダリーブチルフェノールを 33 wt%含有〕を用い,入手後は室温遮光にて保管した.
投与検体は,被験物質を 20 %(w/v) の濃度(但し,純度換算は行っていない)になるよう日局ゴマ油〔ロット番号:092744,692546,ヨシダ製薬(株)に溶解し,さらに,この20%溶液を 6および 2%(w/v) 濃度となるように階段希釈して調製した後,褐色ガラス瓶に分注し,投与時まで室温遮光の条件下で保管した.調製は 1週間に 1回の頻度で行った.なお,投与開始前に4-(1- メチルプロピル) フェノールの安定性試験および含量試験を実施した結果,0.6 および 20.0 %(w/v) ゴマ油溶液中の被験物質は,室温遮光の条件下で 7日間は安定であることが確認され,投与検体中の被験物質の平均含量は,所定濃度の106 〜111 %であることが確認された.
2.動物および飼育方法
生後 4週で購入した雌雄の Sprague-Dawley 系ラット(Crj : CD ; SPF,日本チャールス・リバー(株),厚木飼育センター生産)を 8日間にわたり予備飼育した後,一般状態に異常の認められなかった雌雄各30匹を供試した〔投与開始時体重:雌118.4g〜131.3g(平均125.8g) ,雄134.7g〜150.2g (平均142.6g) 〕.動物は,全飼育期間を通じて,温度24± 1℃,湿度55± 5%,換気回数約15回/時間,照明時間12時間( 7〜19時点灯) に設定されたバリアーシステムの飼育室内で,金属製金網床ケージ(日本ケージ(株)製)に 1匹ずつ収容し,固型飼料(CE-2 ,日本クレア(株)製)および水道水を自由に摂取させて飼育した.
3. 投与量,投与方法,群構成および群分け
本試験における投与量は,予備試験として 4-(1-メチルプロピル) フェノールのラットにおける7日間反復経口投与毒性試験を実施し,この成績を参考にして決定した.4-(1- メチルプロピル) フェノールを100 ,300 および 1000 mg/kg の用量で雄の Sprague-Dawley 系ラットに 7日間反復投与した結果,投与直後に一過性の流涎が観察され,1000 mg/kg投与群でわずかな体重増加抑制傾向が認められたが,死亡例はなく,また,投与第 7日に行った剖検においても,被験物質投与に起因すると思われる異常所見は認められなかった.従って,本試験では,化審法ガイドライン「ほ乳類を用いる28日間の反復投与毒性試験」に従い,雌雄とも最高投与用量を 1000 mg/kg とし,以下300 および 100 mg/kgの投与量を設定した.なお,雌雄とも 1群を溶媒対照群として日局ゴマ油のみを経口投与した.
投与経路は,前述の化審法ガイドラインに従い経口投与とした.投与は,1日1回,28日間,ラット用胃管を用いて強制的に行い,投与液量は,雌雄とも 5 ml/kg として,各投与時に最も近い時点で測定された体重値を基準にして個別に算出した.
群分けは,投与開始前日の体重に基づいて,体重別層化無作為抽出法により行った.また,28日間の投与試験の後に行った15日間の回復試験には,溶媒対照群の雌雄各 5匹,および1000 mg/kg投与群の各 4匹 (雌雄各1匹が死亡したため) を各群とも動物番号の若いほうから選択し,供試した.
4. 検査項目
1) 一般状態の観察
投与期間および回復試験期間を通じて,死亡例の有無を調べたほか,生存例全例について一般状態を毎日1回(投与期間中は投与後)観察した.
2) 体重および摂餌量の測定
全例について, 1週間に 2回 (各週の第 1日と第 5日) の頻度で体重を測定し,投与期間あるいは回復試験期間終了日および剖検日にも体重の測定を行った.また, 1週間に 1回の頻度で 1日当たりの摂餌量の測定も行った.
3) 尿検査
投与期間終了週(投与第26日〜27日)に各群とも動物番号の若い方から5匹を選択し,また回復試験期間終了週(回復第13日〜14日)には回復試験例全例を約24時間代謝ケージ(夏目製作所製)に収容して採尿した.その後,尿量は天秤測定した尿重量を比重で除して算出し,色調および混濁は視診によって,比重は糖度計を用いて測定した.また,マルティスティックスSG/エームス・クリニテックシステム(マイルス・三共)を用いた試験紙法による pH,潜血,総蛋白,糖,ケトン体ビリルビン,ウロビリノーゲンの測定および光学顕微鏡を用いての沈渣の検査には,代謝ケージに収容して約 4時間以内に採取した新鮮尿を用いた.
4) 血液学的検査
投与期間終了時および回復試験期間終了時の剖検に先立ち,約18ないし24時間絶食させた後,ペントバルビタール麻酔下で EDTA を抗凝固剤として腹部後大静脈より採血した.得られた血液について,Coulter Counter Model S-PLUS IV (コールターエレクトロニクス社製)を用い赤血球数(RBC),白血球数(WBC),血色素濃度(Hb),平均赤血球容積および血小板数を測定し,この値をもとにヘマトクリット値 (Ht ; 0.001×RBC×MCV),平均赤血球血色素量(Hb ×1000/RBC) および平均赤血球血色素濃度 (Hb×100/Ht) を算出した.また,白血球分類は血液塗抹標本にWright-Giemsa 染色を施し,光学顕微鏡にて視算した.網状赤血球比率(Rt)は光学顕微鏡を用い Brecher法にて視算した.さらに,クエン酸ナトリウムを抗凝固剤として採取した血液を用い,CA-3000(東亜医用電子(株)製)にてプロトロンビン時間 (PT ; シンプラスチンオート試薬使用) および活性部分トロンボプラスチン時間 (APTT ; プラテリン Aオート試薬使用) の測定を行った.
5) 血液生化学的検査
前述の血液学的検査のための採血に引き続き,ヘパリンを抗凝固剤として採血し,それぞれ血漿を分離し,遠心方式生化学自動分析装置 COBAS-FARA(Hoffmann-La Roche社製) を用いて,総蛋白濃度 (ビウレット法) ,アルブミン濃度 (BCG 法) ,総コレステロール濃度 (COD・DAOS法) ,ブドウ糖濃度 (グルコキナーゼ・G6PDH 法) ,尿素窒素濃度 (ウレアーゼ・G1.DH 法) ,クレアチニン濃度 (Jaffe 法) ,アルカリフォスファターゼ活性 (p- ニトロフェニルリン酸基質法) ,GOT 活性(SSCC法) ,GPT 活性(SSCC法) ,LDH 活性 (Wroblewski-La Due 法) ,γ-GTP活性 (γ- グルタミル- p- ニトロアニリド基質法) ,カルシウム濃度 (OCPC法) ,無機リン濃度 (モリブデン酸直接法) およびトリグリセライド濃度 (GPO ・DAOS法) を測定し,Na-K-Cl アナライザーIT-3型 (常光) を用いて,ナトリウム濃度,カリウム濃度 (イオン電極法) および塩素濃度 (電量滴定法) を測定した.また,総蛋白濃度とアルブミン濃度をもとにA/G 比の算出を行った.
6) 病理学的検査
上記の採血に引き続き,必要に応じて腋窩動脈を切断して放血屠殺したのち,器官および組織の肉眼的観察を行った.また,各動物の脳,肝臓,腎臓,副腎,卵巣または精巣について重量測定を行い,各器官重量を剖検日の体重で除して,それぞれの相対重量を算出した.また,重量測定を行った器官および下垂体,眼球,甲状腺,上皮小体,心臓,肺,脾臓,胃,十二指腸,空腸,回腸,結腸,直腸,膀胱,大腿骨骨髄を0.1Mリン酸緩衝 10 %ホルマリン液(pH 7.2)で固定し,肝臓,腎臓,副腎,心臓,脾臓および剖検時に肉眼的変化の認められた器官について,パラフィン包埋後,ヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製した.病理組織学的検査は,雌雄とも投与期間終了時の溶媒対照群および1000 mg/kg投与群の肝臓,腎臓,副腎,心臓,脾臓および剖検時に肉眼的変化の認められた器官について行い,その後,病組織学的変化の認められた肝臓,腎臓および前胃については,雌雄とも他の2 群および回復試験期間終了時の全群についても実施した.途中死亡例については,剖検後,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎および肉眼的に変化の認められた器官について同様に病理組織学的検査を実施した.
5. 統計処理法
体重,摂餌量,半定量検査を除く尿検査および定期解剖例の血液学的検査,血液生化学的検査ならびに器官重量の値について,各群ごとに平均値および標準偏差を求めた.また,試験群の構成が溶媒対照群を含め 3群以上ある場合は,多重比較 (Bartlettの方法による分散の一様性の検定,一元配置型の分散分析,Dunnettあるいは Scheffの方法による多重比較) を行った.また,試験群が溶媒対照群を含め 2群となる場合には,溶媒対照群と被験物質投与群の各平均値の差の検定は,等分散であれば Studentの t 検定,不等分散であればAspin-Welch 検定を行った.
試験結果
1. 一般状態
被験物質投与群の雌雄全例で,投与直後に一過性の流涎が観察された (Table 1).また,その多くは投与第 2日以降に発現し,投与を重ねるに従って流涎のみられる例数が増加する傾向にあった.特に1000 mg/kg投与群では雌雄ともに全例で,投与第 6日以降から毎日一過性の流涎が認められるようになり,投与時に保定するだけで流涎が観察される例もあった.また,1000 mg/kg投与群では雌雄ともに,被験物質投与に際して投与操作に抵抗を示す傾向がみられ,しばしば呼吸音の異常,粗大呼吸,開口呼吸が認められたほか,一部の例では半眼状態,下腹部被毛に黄色ないし褐色の汚染があり,一過性の振戦などが認められた.
投与期間中,1000 mg/kg投与群の雌 1例が投与第13日に,同群の雄 1例が投与第 9日に死亡した.雌の死亡例では,先に述べた流涎の他に,投与第 4日からは呼吸音に異常が認められた.さらに,投与第12日からは口部周囲と両前肢の被毛が褐色に汚れ,腹囲膨満,粗大呼吸および開口呼吸がみられるようになり,投与第13日には排便量の減少とともに灰白色調の軟便の排泄が観察され,同日の被験物質投与後に死亡した.雄の死亡例では,投与第1 日から投与直後に一過性の流涎が観察され,投与第 6日からは呼吸音の異常が認められるようになり,投与第 9日に死亡した.
2. 体重(Fig.1, 2)および摂餌量
雌では,投与期間および回復試験期間を通して,溶媒対照群と被験物質投与群との間で体重および摂餌量に差は認められなかったが,雄は1000 mg/kg投与群において,投与第 5日以降から回復試験期間終了日まで体重が低い値を示し,投与開始日に摂餌量も低下が認められた.
3. 尿検査(Table 2, 3)
投与期間終了週の検査では,1000 mg/kg投与群の雌において尿量が増加し,個体別に比較すると5例中2例で著しい増加がみられた.また,300 mg/kg 投与群の雄では,比重が上昇した.その他,一部の例でビリルビン,蛋白質,ケトン体が陽性または疑陽性となることがあり,尿沈渣中に上皮細胞または結晶が観察されることもあったが,いずれも,その出現例数あるいは程度に用量依存性は認められなかった.回復試験期間終了週の検査では,1000 mg/kg投与群の雌の1例でビリルビンが陽性であった.
4. 血液学的検査(Table 4, 5)
投与期間終了時の検査では,1000 mg/kg投与群の雌において,プロトロンビン時間の延長が認められた.
回復試験期間終了時の検査では,1000 mg/kg投与群の雄において網状赤血球比率の上昇が認められた.
5. 血液生化学的検査(Table 6, 7)
投与期間終了時の検査では,1000 mg/kg投与群で雌雄ともに GPT活性の上昇が認められ,また,雌では GOT活性の上昇が,雄ではγ-GTP活性およびナトリウム濃度の上昇,ブドウ糖濃度およびカリウム濃度の低下が認められた.さらに,300 mg/kg 投与群の雌で尿素窒素濃度の低下が,雄ではアルカリフォスファターゼ活性の低下が認められた.
回復試験期間終了時の検査では,1000 mg/kg投与群において,雌で尿素窒素濃度が上昇し,雄ではブドウ糖濃度の低下,およびナトリウム濃度の上昇が認められた.
6. 病理学的検査
1) 器官重量
投与期間終了時屠殺剖検例では,1000 mg/kg投与群の雌において,肝臓の相対重量の増加がみられ,雄においては,肝臓の絶対重量の減少および脳,腎臓,精巣の相対重量の増加が認められた.また,1000 mg/kg投与群の雄において,左右の副腎で相対重量の増加が認められたが,合計重量に有意差はなかった.
回復試験期間終了時屠殺剖検例では,雄の1000 mg/kg投与群における脳および肝臓の絶対重量および肝臓の相対重量が減少した.
2) 剖検所見
投与期間終了時屠殺剖検例では,1000 mg/kg投与群の雄の 2例に前胃粘膜の肥厚が認められ,そのうち 1例には幽門部粘膜の潰瘍が認められた.
回復期間終了時屠殺剖検例では1000 mg/kg投与群の雄の 1例に腺胃部の白濁が,他の 1例で肝臓に黄白色斑が認められた.
投与第13日に死亡した 1000 mg/kg 投与群の雌では,肺の出血,胃から腸にかけてガスの貯留および頭部の骨膜の出血が認められた.一方,投与第 9日に死亡した 1000 mg/kg 投与群の雄では,肺のうっ血,生殖器の萎縮,耳介のうっ血,胃および腸におけるガスの貯留,皮下および腹腔内脂肪組織の減少,胸腺の出血および肝臓の萎縮などが認められた.
3) 病理組織学的所見(Table 8, 9)
投与期間終了時屠殺剖検例では,300 mg/kg 投与群の雄の1例と1000 mg/kg投与群の雌の3例および雄の2例の腎臓において,腎乳頭壊死が認められ,そのうち1000 mg/kg投与群の雄の 1例では,集合管上皮細胞の肥大および間質への好中球の浸潤が,また,他の 1例では壊死部付近の腎乳頭に石灰の沈着が認められた.さらに,腎乳頭壊死のみられなかった 1000 mg/kg 投与群の雄の1例および300 mg/kg 投与群の雌雄の各 1例においても,腎乳頭先端部の間質に,エオジンに淡染する小塊状あるいは微細顆粒状を呈する少量の物質が認められたほか,これらの変化が認められなかった1000 mg/kg投与群の雄の2例でも,腔内にエオジン淡染物を含む集合管の軽度な拡張が認められた.また,1000 mg/kg投与群の上記以外の雄の 1例では,腎盂粘膜上皮下に顕著なリンパ球の浸潤があり,腎盂内には少量の変性した細胞の残屑が含まれ,腎盂粘膜上皮の過形成と粘膜上皮のびまん性の肥厚が認められた.前胃においては,1000 mg/kg投与群の全例および腎乳頭壊死がみられた300 mg/kg 投与群の雄の 1例に粘膜上皮のびまん性の過形成がみられ,上皮および角化層の肥厚が認められた.肝臓においては1000 mg/kg投与群の雌雄ともに,溶媒対照群と比較して小葉周辺部の肝細胞脂肪変性がやや軽度であった.
回復期間終了時屠殺剖検例では,腎臓において,1000 mg/kg投与群の雄の 1例でリンパ球の浸潤が観察され,他の 1例で,腎乳頭先端部の間質に変性した細胞が認められた.肝臓においては,1000 mg/kg投与群の雌雄ともに溶媒対照群と比較して小葉周辺部肝細胞の脂肪変性がやや軽度であった.さらに1000 mg/kg投与群の雌の 1例で,前胃粘膜上皮のごく軽度なびまん性の過形成があった. 途中死亡した1000 mg/kg投与群の雌では,腎臓に両側性の腎乳頭壊死,尿細管の拡張,集合管上皮細胞の腫脹および集合管腔内変性物が認められ,前胃に粘膜上皮のびまん性の過形成が,脾臓には濾胞の萎縮および褐色色素の沈着が観察されたほか,肺に出血,頭部の骨膜に出血および線維化が認められた.また,同じく途中死亡した1000 mg/kg投与群の雄では,片側の腎臓にごく軽度の腎乳頭壊死があり,前胃に粘膜上皮のびまん性の明らかな過形成がみられ,肺にはうっ血が,鼻腔内にはうっ血,出血,好中球の浸潤,粘膜上皮細胞の壊死および脱落が認められた.一方,肉眼的に萎縮が観察された精巣および副生殖器では,組織学的に未成熟な状態であった他に変化は認められず,その他には,耳介のうっ血,胸腺の出血,肝臓の巣状壊死,脾臓の濾胞の萎縮などが認められた.
考察
1000 mg/kg投与群の雄で体重増加抑制と摂餌量の減少があり,同群の雌雄各1例が投与期間中に死亡した.死亡例の病理学的所見としていずれも腎乳頭壊死,角化層の肥厚を伴った前胃粘膜上皮の過形成,胃あるいは腸管のガス充満による拡張,脾臓の萎縮が認められたほか,雌では肺および頭部骨膜の出血,雄では皮下および腹腔内脂肪の減少,肝臓の萎縮,鼻腔粘膜の炎症,肝臓の巣状壊死があり,生殖器は未成熟であった.しかし,これらの病理学的所見からは死亡例の死亡原因を明らかにすることは出来なかった.
一般状態の変化として,雌雄ともに被験物質投与群の全例で,投与直後から一過性の流涎が観察され,特に 300および1000 mg/kg投与群では,被験物質投与時に保定するだけで流涎が認められる例もあった.一方,病理組織学的検査では,死亡例のみならず1000 mg/kg投与群の投与終了時屠殺剖検例においても前胃粘膜の肥厚が観察された.この前胃粘膜の肥厚は,しばしば軽度の刺激に対する非特異的な反応として観察されることが明らかにされており3),また,被験物質投与に際しては,投与操作を拒否して抵抗する傾向が認められたことから,被験物質が局所刺激作用を有している可能性が示唆された.従って,被験物質投与群に観察された流涎は,被験物質の薬理作用によるものではなく,被験物質が有する何らかの刺激によって誘発されたものであり,反復投与によって条件反射が成立したものと考えられる.さらに,1000 mg/kg投与群の一部の例では,呼吸音の異常,粗大呼吸あるいは開口呼吸が観察された.本試験において,これらの異常呼吸の原因を特定することは出来なかったが,死亡例の 1例に鼻腔粘膜の炎症が認められたことから,動物が投与操作に抵抗したため,投与検体が逆流して鼻腔内に流入したことに起因している可能性も考えられる.なお死亡例に認められた胃あるいは腸管のガスによる拡張は,開口呼吸時に吸入した空気が消化管内に貯留したためではないかと考えられる.
投与期間中に死亡した 2例では,腎臓に集合管上皮細胞の腫脹あるいは腎乳頭壊死が認められ,投与終了時屠殺剖検例においても 300および1000 mg/kg投与群の一部の例で腎乳頭壊死のほか,集合管上皮細胞の腫脹,乳頭部間質細胞の変性があり,これに伴って集合管の拡張,腎盂粘膜上皮のびまん性の肥厚等が認められた.これらの変化は,本試験で使用したSD系の 6〜 9週齢のラットにおける自然発生病変としてはきわめてまれである.一方,Kawasakiら2)は4-(1- メチルプロピル) フェノールの混餌投与による毒性試験において,腎臓の近位尿細管および集合管上皮に変性がおこることを明らかにしていることから,本試験で認められた腎乳頭壊死あるいは変性は被験物質投与に起因した変化であると判断される.なお上述の 4-(1-メチルプロピル) フェノールの混餌投与による毒性試験においても,前胃粘膜の肥厚および角化亢進が報告されている.一方,尿検査において,投与期間終了週に1000 mg/kg投与群の雌で尿量の増加が認められ,特に 2例で著しい高値を示したが,この 2例はともに回復試験例であり,病理組織学的検査時には腎臓に著変が認められなかったことから,本試験においては被験物質投与の影響によるものであるのか否かは明らかに出来なかった.血液生化学的検査所見として,投与期間終了時において,1000 mg/kg投与群の雌雄ともに GPT活性の上昇があり,さらに雌ではGOT 活性の上昇,雄ではブドウ糖濃度の低下が認められた.しかし,病理組織学的検査では 1000 mg/kg 投与群の雌雄ともに,肝臓の小葉辺縁帯における肝細胞の脂肪の蓄積が溶媒対照群と比較して軽度ではあったが,その他に肝臓での著変が認められなかったことから,GPT あるいは GOT活性の上昇の原因を明らかにすることは出来なかった.なお,溶媒対照群と1000 mg/kg投与群との間で認められた肝細胞の脂肪蓄積量の差は,体重および摂餌量の差がみられなかった雌においても認められたことから,その原因は摂餌量の差によるカロリー摂取量の差に起因するものではなく,1000 mg/kg投与群に比較すると,対照群においてより大量の溶媒であるゴマ油が投与されたことが原因である可能性が示唆された.
その他投与期間終了時の種々の検査において,溶媒対照群と被験物質投与群との間で統計学的に有意差の認められる項目もあったが,いずれも生理的変動範囲を越えるものではなく,また,用量依存性も認められなかったことから,被験物質投与に起因した変化ではないと判断した. 回復試験期間終了時屠殺剖検例において,1000 mg/kg投与群の雄の 1例で腎乳頭先端部の間質に変性した細胞が認められ,雌の 1例では,前胃の粘膜上皮にごく軽度の過形成が認められたが,その他の検査所見に用量依存性が明らかで生理的変動範囲を越える変化は認められなかった.従って,腎臓乳頭部の壊死性変化以外で被験物質投与の影響であると示唆される変化は,休薬により速やかに回復し得るものと考えられた.
以上の結果から,本試験条件下における 4-(1-メチルプロピル)フェノールの無影響量は,雌雄とも 100mg/kg であると考えられる.
文献
1) | R,James. J.B Glen.:J. Med. Chem., 23,350-1357 (1980) |
2) | Y.Kawasaki,K.Sekita,K.Matumoto,et al,J. Toxicol., 13,331(1988) |
3) | J.R.Glaister,“毒性病理学の基礎,”高橋道人監訳,ソフトサイエンス社,東京,1992. |
連絡先 |
| 試験責任者: | 今井 清 |
| 試験担当者: | 森村智美,山口一喜,小島幸一,吉村愼介,関 剛幸 |
| (財)食品薬品安全センター 秦野研究所 |
| 〒257 神奈川県秦野市落合 729-5 |
| Tel 0463-82-4751 | Fax 0463-82-9627 | |
Correspondence |
| Authors: | Kiyoshi Imai (Study director) Tomomi Morimura, Kazuki Yamaguchi, Kohichi Kojima, Shinsuke Yoshimura, Takayuki Seki |
| Hatano Research Instituete,Food and Drug Safety Center |
| 729-5 Ochiai,Hadano-shi,Kanagawa,257,Japan |
| Tel +81-463-82-4751 | Fax +81-463-82-9627 | |