3−ニトロベンゼナミンのマウスを用いる小核試験

Micronucleus Test of 3-Nitrobenzenamine on Mice

要約

被験物質3−ニトロベンゼナミンの生体内における細胞遺伝学的影響を評価するために、Crj:BDF1雄および雌マウスを用いる強制経口投与による小核試験を実施した。結果は以下のように要約される。

1. 毒性予備試験

3−ニトロベンゼナミンの毒性予備試験を行った結果、Crj:BDF1雄および雌マウスにおける最大耐量は、300 mg/kgであった。そこで、小核予備試験および小核本試験における高用量を雄雌ともに300 mg/kgとした。

2. 小核予備試験

3−ニトロベンゼナミンの300 mg/kgを雄および雌マウスに投与し、投与後24、48および72時間目に骨髄の塗抹標本を作製した。標本観察の結果、小核出現頻度(小核を有する多染性赤血球の割合)は、雄では48および72時間群、雌では72時間群において最高値を示し、雌では72時間群の小核出現頻度が5%水準で有意に高かった。網赤血球の比率を指標とした骨髄細胞の増殖抑制は、雄雌ともに明らかではなかった。これらの結果から、小核本試験での標本作製時期(投与から標本作製までの時間)を雄雌ともに、投与後72時間と決定した。

3. 小核本試験

3−ニトロベンゼナミンの75、150および300 mg/kgを雄および雌マウスにそれぞれ投与し、投与後72時間目に骨髄の塗抹標本を作製した。標本観察の結果、雄では300 mg/kg投与群における小核出現頻度が溶媒対照群と比較して有意に増加し、用量依存性も認められた。雌では、3−ニトロベンゼナミンの300 mg/kgにおいて、小核出現頻度の有意な増加が認められたものの、用量依存性は明らかでなかった。赤血球中に占める網赤血球の比率は、雄雌ともにいずれの投与群においても、顕著な低下を示さなかった。

4. 結論

以上の結果から、3−ニトロベンゼナミンは、本試験条件下でBDF1雄マウスの骨髄細胞において、小核を誘発する作用があることを示した。また、骨髄細胞の増殖抑制作用は、雌雄ともに示さなかった。

緒言

高生産量既存化学物質で、現在十分な安全性資料のない3−ニトロベンゼナミンについて、OECDを中心として行われている国際協力による安全性点検事業の一環として、生体内における細胞遺伝学的影響を調べるために、雄および雌マウスを用いて骨髄細胞における小核試験を実施した。まず、小核本試験に用いる投与量を決定するために毒性予備試験を行って最大耐量を求め、次に本試験における標本作製時期を決定するために小核予備試験を行い、それらの結果に基づいて小核本試験を行った。本試験は「新規化学物質に係る試験の方法について」(昭和62年3月31日、環保業第237号、薬発第306号、62基局第303号)およびOECD化学品試験法ガイドライン:474に準拠し、化学物質GLP(昭和59年3月31日、環保業第39号、薬発第229号、59基局第85号、改訂昭和63年11月18日、環企研第233号、衛生第38号、63基局第823号)に基づいて実施した。

実験材料

1. 実験動物と飼育条件

実験には、日本チャールス・リバー(CRJ)から購入した8週齢のCrj:BDF1(C57BL/6とDBA/2の近交系間F1)雄および雌マウスを、1週間以上予備飼育した後、異常の認められなかった動物を9〜10週齢で試験に供した。

動物は、床敷としてホワイト・フレーク(CRJ)を入れたTPX樹脂製ケージ(143×293×148 mm, CRJ)に1匹ずつ収容し、バリアーシステムの飼育室(設定室温:23±1℃、設定湿度:55±5%、換気回数:約15回/時間、明暗サイクル:午前7時点灯、午後7時消灯)で、マウス繁殖用固型飼料(NMF、オリエンタル酵母工業)と水道水を自由に摂取させて飼育した。動物の群分けは無作為抽出により行った。個体識別はマウスの尾にフェルトペンでマークし、ケージには群ごとに色の異なるカードに、群および動物番号を記載して個体識別の補助とした。投与時の体重範囲は雄で23〜29 g、雌で19〜23 gであった。

2. 被験物質

(名称)3−ニトロベンゼナミン
(3-Nitrobenzenamine)
(CAS No.)99-09-2
(別名)m-Nitroaniline, 3-Nitroaniline, m-Nitrophenylamine Fast Orange R Salt
(ロット番号)FHA01(東京化成工業(株)製)
(分子式)C6H6N2O2
(分子量)138.14
(性状)淡橙黄色結晶、水に難溶、エタノール、メタノールおよびエーテルに可溶、沸点306℃、融点112〜114℃
(純度)99.9%
(提供者)(社) 日本化学工業協会
(入手年月日)1991年7月12日
(保管条件)気密容器で遮光

毒性予備試験

1. 方法

1) 実験群の設定

小核試験に用いる被験物質3−ニトロベンゼナミンの投与量を決定するため、雄雌ともに各5匹ずつからなる6群を設け、投与量をそれぞれ、0〔溶媒対照:0.5% CMC Na水溶液(和光純薬工業)〕、50、100、200、300、400および500 mg/kgとした。

2) 検体の調製と投与方法

検体の投与容量はマウスの体重kg当たり20 mlとした。最高用量の投与検体は被験物質3−ニトロベンゼナミンの所要量を正確に採取し、0.5% CMC Na水溶液に懸濁して調製した。それ以下の用量については、最高用量の調製液を上記の溶媒で希釈して所定の濃度に調製した。また、投与検体はすべて用時調製とした。投与は、単回強制経口投与とした。

3) 死亡率、一般状態の観察および体重測定

投与当日を0日として4日間にわたり毎日一般状態を観察し、死亡の有無を調べた。また、マウスの体重を投与時と3日目の観察終了時に測定した。

2. 結果

1) 死亡率、一般状態および体重推移

溶媒のみを投与した群では、毒性予備試験-1の場合と同様に雄雌ともに一般状態に変化は見られず、体重もわずかに増加した。一方、3−ニトロベンゼナミンを投与した群では、雄で100 mg/kg、雌で200 mg/kg以上の投与により自発運動の低下が認められ、用量の増加とともに、伏臥、よろめき歩行、振戦などの毒性徴候が現れた。死亡例は、雄雌ともに400 mg/kg以上の投与群で3日目に認められた。生存個体においては、雄で200 mg/kg、雌で300 mg/kg以上の投与群で明らかな体重の減少が認められた。以上の結果から、3−ニトロベンゼナミンの単回強制経口投与によるBDF1雄および雌マウスの最大耐量はともに300 mg/kgであると結論した。

2) 小核試験に用いる投与量

小核予備試験および小核本試験に用いる被験物質3−ニトロベンゼナミンの高用量を、雄雌ともに最大耐量の300 mg/kgに決定した。また、これをもとにして公比2で減じ、中用量を150 mg/kg、さらに低用量を75 mg/kgと決定した。

小核予備試験

1. 方法

1) 実験群の設定

本試験における適切な標本作製時期を決定するために、雄雌ともに各5匹ずつからなる3群(24時間群、48時間群、72時間群)を設けた。投与量は各群ともに高用量の300 mg/kgとした。

2) 検体の調製と投与方法

検体の調製と投与方法は毒性予備試験の場合と同様に行った。投与は、単回強制経口投与とした。

3) 標本の作製

小核の観察のための標本を、Schmidの方法1, 2)に従って作製した。すなわち、投与後所定の時間に頸椎脱臼法によりマウスを致死させて左右の大腿骨を摘出した。その両骨端を切断して、骨髄細胞を0.6 mlのウシ胎児血清(Hazleton)で洗い出し、遠沈管に集め、1000 rpmで5分間遠心分離して、上清を除いた。沈渣をピペッティング後、細胞浮遊液の一部をスライドグラス上に塗抹(各個体につき2枚の標本)し、一夜、室温で風乾した。乾燥した骨髄標本は5分間メタノールで固定し、ギムザ染色〔pH 6.8のリン酸緩衝液で5%に希釈したギムザ液(Me-rck)で25分間〕を行った後、pH 6.8のリン酸緩衝液、0.004%クエン酸水溶液および蒸留水で順次すすぎ、風乾した。

また、網赤血球(reticulocytes)の観察のためにニューメチレンブルーによる超生体染色を行った。すなわち、上記操作で遠沈管に残った細胞浮遊液に同量のニューメチレンブルー液(ニューメチレンブルー0.5 gとシュウ酸カリウム1.6 gを100 mlの蒸留水に溶かしたもの)を加え約3分間染色した。次に、小核の標本作製の場合と同様にスライドグラス上に塗抹(各個体につき2枚の標本)し、一夜風乾後メタノールで固定し、上記ギムザ液で25分間染色し、pH 6.8のリン酸緩衝液および蒸留水で順次すすぎ、風乾した。

4) 小核の観察

作製したそれぞれの骨髄標本に暗番号を記し、雄雌それぞれについて、2名の観察者によりブラインド法で観察した。1個体あたり2000個の多染性赤血球(polychromatic erythrocytes)を観察し、その中の小核を有するものの数を記録した。また赤血球を1個体あたり1000個観察し、そのなかの網赤血球の比率を調べて、骨髄細胞の増殖抑制の指標とした。

5) 有意差検定

雄雌それぞれの小核出現頻度について、Kastenbaum and Bowman(1970)の表3)により、24時間群と他の群との間で5%水準で有意差検定を行った。くり返し検定に伴う多重性は考慮しなかった。

2. 結果

雄および雌の小核予備試験の結果をそれぞれTable 1および2に示す。小核出現頻度は、雄雌ともに経時的に増加し、雄では48および72時間群、雌では72時間群に最高値を示した。有意差検定の結果、雄では24時間群と他の時間群との間に有意差は認められなかったが、雌では72時間群の小核出現頻度が、24時間群と比較して5%水準で有意に高かった。網赤血球の比率を指標とした骨髄細胞の増殖抑制は、雄雌ともに認められなかった。以上の結果から、小核本試験における標本作製時期は、雄雌ともに投与後72時間に決定した。

小核本試験

1. 方法

1) 実験群の設定

毒性予備試験の結果に基づき、雄雌ともに各5匹ずつからなる5群を以下のように設けた。また、高用量群に死亡が見られた場合の予備個体として、雄雌ともに別の2匹に300 mg/kgを投与した。
1)溶媒対照群(0.5% CMC Na水溶液)
2)3−ニトロベンゼナミン75 mg/kg投与群
3)3−ニトロベンゼナミン150 mg/kg投与群
4)3−ニトロベンゼナミン300 mg/kg投与群
5)陽性対照群(cyclophosphamide,CPA:50 mg/kg)*
* 当研究室で、本用量のCPAの強制経口投与により小核が有意に誘発されることが認められている。

2) 検体の調製と投与方法

投与検体の調製および投与方法は毒性予備試験の場合と同様に行った。また、陽性対照物質(CPA、Sigma)は、局方生理食塩液(小林製薬工業)に溶解して所定の濃度に調製した。投与は単回強制経口投与とした。

なお、当研究所で調製検体の冷暗所密封条件下における安定性試験を実施した。すなわち、3−ニトロベンゼナミンを0.5% CMC Na水溶液に懸濁して0.2 mg/ml溶液(投与容量をマウスの体重kg当たり20 mlとした場合に4 mg/kgに相当)および20 mg/ml溶液(同400 mg/kgに相当)を調製し、分析化学研究室で高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて、調製直後、4日後および7日後の含量を測定した。その結果、両調製検体の調製4日後の平均含量比は調製時のそれぞれ106および98.9%、7日後はそれぞれ107および99.3%であり、上記の条件下では、調製後7日間安定であることが確認された。また、小核本試験における、高用量群および低用量群の投与検体について、HPLCを用いて均一性・含量分析を行った。その結果、被験物質の平均含量は添加量のそれぞれ103および97.3%、サンプル間のばらつきは平均値の0.7%以内であった。これらの値は当研究所の標準操作手順書の基準(懸濁液検体の平均含量は添加量の85%以上、検体測定値のばらつきはそれらの平均値±10%以内)を満たしていた。

3) 標本の作製方法および小核の観察

標本の作製および小核の観察は、小核予備試験の場合と同様に行った。ただし標本の作製時期は小核予備試験の結果に基づき、雄雌ともに投与後72時間に、陽性対照群については、試験計画書の記載に従って投与後24時間に行った。

4) 有意差検定

小核出現頻度について、Kastenbaum and Bowmanの表により、雄雌につきそれぞれ溶媒対照群と、3−ニトロベンゼナミンの各投与群および陽性対照群との間で5%水準で有意差検定を行った。くり返し検定に伴う多重性は考慮しなかった。更に、小核出現頻度の用量(対数値)依存性についてCochran-Armitageの傾向検定4, 5)を片側5%水準で行った。

また、赤血球中に占める網赤血球の比率について、雄雌につきそれぞれ溶媒対照群と、3−ニトロベンゼナミン各投与群および陽性対照群との間で5%水準でt検定を行った。くり返し検定に伴う多重性は考慮しなかった。

2. 結果および考察

雄では、3−ニトロベンゼナミンの300 mg/kg投与群に1例の死亡が認められたために、予備個体を充当した。雌では死亡例は認められなかった。雄および雌の小核本試験の結果をそれぞれTable 3および4に示す。小核出現頻度は、雄についてはKastenbaum and Bowmanの表を用いた有意差検定の結果、3−ニトロベンゼナミンの300 mg/kg投与群の値が、溶媒対照群より5%水準で有意に高かった。更に、Cochran-Armitageの傾向検定の結果、3−ニトロベンゼナミンの用量に依存した、5%水準で有意な増加傾向が認められた。したがって、3−ニトロベンゼナミンは雄マウスの骨髄細胞に小核を誘発するものと考えられる。小核本試験の 300 mg/kg投与群の小核出現頻度(0.80%)は、小核予備試験での値(0.25%)と比べるとかなり高く、個体ごとのばらつきも大きかった。雌の小核出現頻度は、Kastenbaum and Bowmanの表を用いた有意差検定の結果、3−ニトロベンゼナミンの300 mg/kg投与群の値が、溶媒対照群より有意に高かったが、傾向検定の結果は、3−ニトロベンゼナミンの用量に依存した有意な増加傾向を示さなかった。したがって、雌マウスの骨髄細胞における小核誘発性を示す明らかな証拠は得られなかった。一方、CPAを50 mg/kg投与した陽性対照群での小核出現頻度は、雄雌ともに5%水準で有意な増加がみられた。

赤血球中に占める網赤血球の比率は、雄では3−ニトロベンゼナミンの75 mg/kg投与群において、溶媒対照群に比べ5%水準で有意に低い値を示した。しかし、その値(47.0%)は、当研究所が過去5年間に51回実施した、BDF1雄マウスを用いた小核試験の、溶媒対照群の値の変動範囲(45.0〜62.7%)を越えておらず、また150 mg/kg以上の投与群で有意な低下が見られなかった。雌では、3−ニトロベンゼナミンのいずれの投与群においても溶媒対照群との間に有意な差は認められなかった。

文献

1)W. Schmid, Mutation Res. 31 , 9-15 (1975)
2)W. Schmid, " Chemical Mutagens," Vol. 4, ed. by A. Hollaender, Plenum Press, N.Y.-London , 1976, pp. 31-53.
3)M.A.Kastenbaum and K.O.Bowman, Mutation Res. 9, 527-549 (1970).
4)W.G.Cochran, Biometrics 10, 417-451 (1954).
5)P.Armitage, Biometrics 11, 375-386 (1955).

連絡先:
試験責任者澁谷徹
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257 神奈川県秦野市落合 729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence:
Shibuya, Tohru
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257, Japan
Tel 81-463-82-4751Fax 81-463-82-9627