ρ-tert-ブチルトルエンのラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of p-tert-Butyltoluene in Rats

要約

ρ-tert-ブチルトルエンを雌雄ラットに28日間経口投与し,その毒性について検討した.一部の動物については,14日間の回復期間を設けた.投与量は,50 mg/kgを最高用量とし,以下15,5および1.5 mg/kgとした.対照として媒体(コーンオイル)投与群を設けた.各群の使用動物数は,投与期間終了時剖検例雌雄各6例と回復期間終了時剖検例雌雄各6例の雌雄各12例とした.

死亡および瀕死例は,雌雄ともいずれの群にも認められなかった.一般状態および体重では,投与による変化はみられなかった.摂餌量は,15 mg/kg群の雄と50 mg/kg群の雌雄で低値がみられた.摂水量は,15 mg/kg群の雄および50 mg/kg群の雌雄で高値がみられた.尿検査では,15 mg/kg群の雄で尿量の高値がみられ,50 mg/kg群の雌雄で尿量の高値およびpHの低値傾向,雄で尿比重および蛋白質の低値あるいは低値傾向がみられた.回復期間終了前には,50 mg/kg群の雄で尿量の高値,尿比重の低値がみられた.血液学検査では,5 mg/kg群の雄でAPTTおよびフィブリノーゲンの低値,15 mg/kg群の雄でAPTTおよびフィブリノーゲンの低値,雌でフィブリノーゲンの低値,50 mg/kg群の雄でAPTTおよびフィブリノーゲンの低値,雌でフィブリノーゲンの低値,PTの高値がみられた.これらの変動は,回復期間終了時にはほぼ消失したが,15 mg/kg群の雄で赤血球数,ヘモグロビン量およびヘマトクリット値の低値,50 mg/kg群の雄で赤血球数,ヘモグロビン量およびヘマトクリット値の低値,雌でヘモグロビンおよびヘマトクリットの低値がみられた.血液生化学検査では,5 mg/kg群の雄で総蛋白およびトリグリセライドの低値,AST,尿素窒素および無機リンの高値がみられた.15 mg/kg群の雄で総蛋白,アルブミンおよびトリグリセライドの低値,AST,A/G,総ビリルビン,尿素窒素および無機リンの高値,雌で総蛋白,アルブミン,総コレステロール,トリグリセライドおよびCaの低値,γ-GTPの高値,50 mg/kg群の雄で総蛋白,アルブミン,総コレステロール,トリグリセライドおよびNaの低値,AST,A/G,総ビリルビン,尿素窒素,クレアチニンおよび無機リンの高値,雌で総蛋白,アルブミン,トリグリセライド,KおよびCaの低値,総コレステロールの低値傾向,γ-GTP,総ビリルビンの高値がみられた.回復期間終了時には,これらの変化は消失した.剖検では,50 mg/kg群の雄で両側精巣と両側精巣上体の萎縮がみられた.雌では,投与に起因する変化はみられなかった.器官重量では,15 mg/kg群の雄で肝臓の相対重量の高値がみられた.雌で肝臓の絶対重量ならびに相対重量の高値,50 mg/kg群の雄で精巣および精巣上体の絶対重量ならびに精巣の相対重量の低値,肝臓の絶対重量ならびに相対重量の高値,雌で卵巣の絶対重量の低値,肝臓の絶対重量ならびに肝臓,腎臓および副腎の相対重量の高値がみられた.回復期間終了時には,15 mg/kg群の雌で肝臓の相対重量の高値,50 mg/kg群の雄で精巣上体の絶対重量ならびに相対重量の低値,精巣の絶対重量ならびに相対重量の低値傾向,雌で肝臓の絶対重量ならびに相対重量の高値がみられた.病理組織学検査では,50 mg/kg群の雄で肝臓に門脈周囲性肝細胞肥大,精巣に精細管萎縮およびライディヒ細胞の過形成,精巣上体の精巣上体管腔内の精子減少がみられた.雌で肝臓に門脈周囲性肝細胞肥大がみられた.回復期間終了時には,50 mg/kg群の雄で精巣に精細管萎縮,精巣上体の精巣上体管腔内の精子減少がみられた.

以上のことから,ρ-tert-ブチルトルエンは肝臓,腎臓,精巣,精巣上体,卵巣および副腎に影響を及ぼすことが示唆された.当試験条件下におけるρ-tert-ブチルトルエンの一般毒性学的無影響量は,雄では5 mg/kg投与によりAPTTおよびフィブリノーゲンの低値が認められたことから1.5 mg/kg/day,雌では15 mg/kg投与によりフィブリノーゲンの低値が認められたことから5 mg/kg/dayと考えられる.

方法

1. 被験物質および媒体

被験物質のρ-tert-ブチルトルエンは,水に不溶,アセトンそしてDMSOと混和する特異臭を有する無色透明な液体である[Lot No.09006,純度:95.93 %,扶桑化学工業(株)(大阪)].入手後は,室温・遮光条件下で保管した.

ρ-tert-ブチルトルエンは,コーンオイルで希釈溶解して調製した.なお,被験物質の調製に際して,純度による換算を実施した.0.2,2,20および200 mg/mLの調製液は,室温・遮光条件下で7日間保存しても安定性に問題のないことが確認されているため,各濃度の調製液は調製後,室温・遮光条件下で保管し,調製後7日以内に使用した.投与開始日および投与期間終了日に使用した各投与検体中の被験物質濃度を測定した結果,被験物質濃度に問題はなかった.

2. 使用動物および飼育条件

4週齢のSprague-Dawley系雌雄ラット[Crj:CD(SD)IGS,SPF]を日本チャールス・リバー(株)から購入した.入手した動物は,5日間の検疫期間およびその後7日間の馴化期間を設け,一般状態および体重推移に異常がみられなかった動物を群分けした.群分けは,コンピュータを用いて体重を層別に分けた後に,無作為抽出法により各群の平均体重および分散がほぼ等しくなるように投与開始日に行った.

動物は,室温20〜26 ℃,湿度40〜70 %,明暗各12時間(照明:午前6時〜午後6時),換気回数12回/時に維持されている飼育室で飼育した.検疫・馴化期間中はステンレス製ケージを用いて1ケージ当たり5匹までの群飼育とし,群分け後はステンレス製ケージを用いて個別飼育した.飼料は,固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業(株))を自由に摂取させた.ただし,剖検前日の午後4時頃から絶食した.飲料水は,水道水を自由に摂取させた.

3. 投与経路,投与方法,投与量および投与期間

投与経路は経口投与を選択した.投与に際しては,金属製経口胃ゾンデを取り付けたポリプロピレン製ディスポーザブル注射筒を用いて,強制経口投与した.投与液量は,投与日あるいは投与日に最も近い測定日の体重を基準とし,5 mL/kgで算出した.投与回数は1日1回とした.投与開始日の週齢は雌雄とも6週齢であり,体重範囲は雄が161〜188 g,雌が128〜151 gであった.

投与量は,ρ-tert-ブチルトルエンのラットを用いる経口投与による簡易生殖毒性試験1)(投与段階:0,1.5,5,15および50 mg/kg,各群雌雄各12例)の結果により決定した.すなわち,死亡例が,15 mg/kg群で雌1例,50 mg/kg群で雄1例と雌6例認められた.また,5 mg/kg群の雌および15 mg/kg以上の群の雌雄で体重の低値,15 mg/kg以上の群の雄で精巣および精巣上体の萎縮がみられた.そこで,当試験の投与量は,50 mg/kgを最高用量とし,以下公比約3により15,5および1.5 mg/kgとした.また,対照として媒体(コーンオイル)のみを同容量投与する群を設けた.各群の動物数は,投与期間終了時剖検例雌雄各6例と回復期間終了時剖検例雌雄各6例の雌雄各12例とした.

投与期間は,28日間連続投与とした.また,28日間の投与後に14日間の回復期間を設けた.なお,投与開始日を投与1日とし,最終投与の翌日を回復1日とした.

4. 観察および検査項目

1) 一般状態

一般状態および死亡の有無は,投与期間中には投与前・後の1日2回ならびに回復期間中には毎日1回観察した.

2) 体重測定

体重は,投与期間中および回復期間中とも1週間に2回測定した.

3) 摂餌量測定

摂餌量は,投与期間中および回復期間中とも1週間に1回測定した.

4) 摂水量測定

摂水量は,投与期間中および回復期間中とも1週間に1回測定した.

5) 尿検査

投与期間終了前および回復期間終了前に採尿ケージを用いて絶食・給水下で3時間で採取した尿(3時間尿)と引き続いて給餌・給水下で21時間で採取した尿(21時間尿)ならびにそれらを合計した尿(24時間尿)について,以下の検査を実施した.

3時間尿:色調は,外観判定とした.pH,蛋白質,ブドウ糖,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲンは,尿検査試験紙(栄研化学(株))と尿自動分析装置(US-2100,栄研化学(株))を用いて検査した.尿沈渣は,沈渣を尿沈渣染色液(Sternheimer変法,和光純薬工業(株))で染色後に顕微鏡下で観察した.なお,採尿は,当日の検体投与後に行った.

21時間尿:比重を屈折率により屈折型尿比重計(ユリペット-・D,(株)ニコン)を用いて測定した.

24時間尿:尿量を比重と重量から算出した.

6) 血液学検査

最終投与の翌日および回復期間終了後に,ペントバルビタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈からカニュレーションにより血液を採取し,以下の血液学検査を実施した.

赤血球数(RBC),ヘモグロビン,ヘマトクリット,血小板数および白血球数(WBC)は,EDTA-2K処置した血液について多項目自動血球計数装置(Sysmex K-4500,シスメックス(株))を用いて測定した.さらに,平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH)および平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.

網状赤血球比率は,EDTA-2K処理した血液をBrecher法により超生体染色後,Giemsa染色標本を作製して顕微鏡下で赤血球1000個中の網状赤血球数を計数した.

白血球百分率は,EDTA-2K処理した血液のMay-Giemsa染色標本を作製して顕微鏡下で白血球100個を分類計数した.

プロトロンビン時間(PT),活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)およびフィブリノーゲンは,3.13 %クエン酸ナトリウムで処理後,遠心分離(約4 ℃,3000 rpm,15分間)して得た血漿について,散乱光検出方式により血液凝固分析装置(コアグマスター,三共(株))を用いて測定した.

7) 血液生化学検査

血液学検査用の血液と同時期に腹大動脈から採取した血液から遠心分離(約4 ℃,3000 rpm,15分間)して得た血清について,以下の血液生化学検査を実施した.

ASTはMDH-UV法,ALTはLDH-UV法,ALPはρ-ニトロフェニルリン酸基質法,γ-GTPはL-γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法,総蛋白はBiuret法,総ビリルビンは安定化ジアゾニウム塩法,尿素窒素はウレアーゼ・GlDH法,クレアチニンはクレアチニナーゼ・F-DAOS法,ブドウ糖はヘキソキナーゼ・G-6-PDH法,総コレステロールはCOD・HDAOS法,トリグリセライドはGPO・HDAOS法,Caはο-CPC法,無機リンはPNP・XDH法,Na,KおよびClはイオン選択電極法により,いずれも生化学自動分析装置(AU 400,オリンパス光学工業(株))を用いて測定した.

アルブミンは総蛋白および蛋白分画[電気泳動法,自動電気泳動装置(AES 310,オリンパス光学工業(株))]から,A/G(アルブミン/グロブリン)は蛋白分画から算出した.

8) 剖検

採血した動物をさらに放血致死させた後に剖検した.脳(大脳,小脳,延髄),下垂体,甲状腺,胸腺,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体および卵巣は重量を測定した(ただし,下垂体および甲状腺は20 %中性緩衝ホルマリンに1晩固定後測定した).これらの器官は,肺,気管,膵臓,唾液腺(舌下腺・顎下腺),食道,胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸,リンパ節(下顎・腸間膜),膀胱,精嚢,前立腺,子宮,腟,上皮小体,脊髄,坐骨神経,眼球,ハーダー腺,胸骨,大腿骨および乳腺とともに20 %中性緩衝ホルマリンに固定した.ただし,精巣および精巣上体はブアン液に2〜3時間固定後90 %アルコールに再固定し,眼球はグルタールアルデヒド・ホルマリンに1晩固定後20 %中性緩衝ホルマリンに再固定した.

9) 病理組織学検査

投与期間終了時剖検例の対照群および50 mg/kg群について,各器官・組織のHE染色組織標本を作製し,病理組織学検査を実施した.50 mg/kg群の検査で対照群と比べて異常を示す動物数に差があると考えられた器官・組織については,投与期間終了時の1.5,5および15 mg/kg群,回復期間終了時の対照群,1.5,5,15および50 mg/kg群についても同様に検査した.

5. 統計解析

統計解析は下記に示したように,対照群と各投与群の間で行い,危険率を5 %とした.

体重,摂餌量,摂水量,尿量,尿比重,血液学検査成績,血液生化学検査成績および器官の絶対および相対重量は,各群で平均値および標準偏差を算出した.その後,Bartlett法による等分散性の検定を行い,等分散の場合には一元配置法による分散分析を行い,有意ならばDunnett法により行った.一方,等分散と認められなかった場合は,順位を利用した一元配置法による分析(Kruskal-Wallisの検定)を行い,有意ならば順位を利用したDunnett型の検定法により行った.

病理組織学検査において,50 mg/kg群で毒性学的影響が示唆され,他の用量群についても検査を実施した器官・組織の所見については,対照群との群間比較を上記の順位を利用したDunnett型の検定法を用いて行った.

結果

1. 一般状態

1) 投与期間

雌雄とも,死亡および瀕死例はいずれの群にも認められなかった.

一般状態観察において,雌雄とも対照群,1.5および5 mg/kg群では異常はみられなかった.15および50 mg/kg群では,雌雄で一過性の流涎がみられた.

2) 回復期間

雌雄とも,死亡および瀕死例はいずれの群にも認められなかった.

一般状態観察において,雌雄ともいずれの群にも異常はみられなかった.

2. 体重)

1) 投与期間(Fig. 1および2)

雌雄とも,1.5,5,15および50 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の体重にも有意差はみられな かった.

2) 回復期間(Fig. 1および2)

雌雄とも,1.5,5,15および50 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の体重にも有意差はみられな かった.

3. 摂餌量

1) 投与期間(Fig. 3および4)

雄において,1.5および5 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の摂餌量にも有意差はみられなかった.15および50 mg/kg群では,対照群と比べて投与3日に摂餌量の有意な低値がみられた.

雌において,1.5および5 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の摂餌量にも有意差はみられなかった.50 mg/kg群では,対照群と比べて投与3日に摂餌量の有意な低値がみられた.なお,15および50 mg/kg群では,対照群と比べて投与17日に摂餌量の有意な高値がみられたが,一過性の変化であり,毒性学的影響とは考えられない.

2) 回復期間(Fig. 3および4)

雌雄とも,1.5,5,15および50 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の摂餌量にも有意差はみられなかった.

4. 摂水量

1) 投与期間(Fig. 5および6)

雄において,1.5および5 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の摂水量にも有意差はみられなかった.15 mg/kg群では,対照群と比べて投与17日に摂水量の有意な高値がみられた.50 mg/kg群では,対照群と比べて投与3〜24日に摂水量の有意な高値がみられた.

雌において,1.5,5および15 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の摂水量にも有意差はみられなかった.50 mg/kg群では,対照群と比べて投与10日に摂水量の有意な高値がみられた.

2) 回復期間(Fig. 5および6)

雄において,1.5,5,15および50 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の摂水量にも有意差はみられなかった.

雌において,1.5,5および50 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の摂水量にも有意差はみられなかった.なお,15 mg/kg群では,対照群と比べて回復10日に摂水量の有意な低値がみられたが,投与量に依存した変化ではないことから,毒性学的影響とは考えられない.

5. 尿検査

1) 投与期間終了前(Table 1および2)

雄において,1.5および5 mg/kg群では対照群と比べて尿量および比重に有意差はみられなかった.15 mg/kg群では,対照群と比べて尿量の有意な高値がみられた.50 mg/kg群では,対照群と比べて尿量の有意な高値および尿比重の有意な低値がみられた.色調,pH,蛋白質,ブドウ糖,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲンおよび沈渣は,1.5,5および15 mg/kg群では対照群とほぼ同程度であった.50 mg/kg群では,対照群と比べてpHおよび蛋白質の低値傾向がみられた.

雌において,1.5および5 mg/kg群では対照群と比べて尿量および比重に有意差はみられなかった.50 mg/kg群では,対照群と比べて尿量の有意な高値がみられた.なお,15 mg/kg群では,対照群と比べて尿比重の有意な高値がみられたが,投与量に依存した変化ではなかった.色調,pH,蛋白質,ブドウ糖,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲンおよび沈渣は,1.5,5および15 mg/kg群では対照群とほぼ同程度であった.50 mg/kg群では,対照群と比べてpHの低値傾向がみられた.

2) 回復期間終了前(Table 3および4)

雄において,1.5,5および15 mg/kg群では対照群と比べて尿量および比重に有意差はみられなかった.50 mg/kg群では,対照群と比べて尿量の有意な高値および尿比重の有意な低値がみられた.色調,pH,蛋白質,ブドウ糖,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲンおよび沈渣は,1.5,5,15および50 mg/kg群とも対照群とほぼ同程度であった.

雌において,1.5,5,15および50 mg/kg群では対照群と比べて尿量および比重に有意差はみられなかった.色調,pH,蛋白質,ブドウ糖,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲンおよび沈渣は,1.5,5,15および50 mg/kg群とも対照群とほぼ同程度であった.

6. 血液学検査

1) 投与期間終了時(Table 5)

雄において,1.5 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定項目にも有意差はみられなかった.5,15および50 mg/kg群では,対照群と比べてAPTTおよびフィブリノーゲンの有意な低値がみられた.なお,15および50 mg/kg群では,対照群と比べてMCHの有意な低値がみられたが,赤血球数,ヘモグロビン量およびヘマトクリット値に差が認められなかったことから,毒性学的影響とは考えられない.

雌において,1.5 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定項目にも有意差はみられなかった.15 mg/kg群では,対照群と比べてフィブリノーゲンの有意な低値がみられた.50 mg/kg群では,対照群と比べてフィブリノーゲンの有意な低値,PTの有意な高値がみられた.その他,5 mg/kg群では,対照群と比べて血小板数の有意な低値がみられた.15 mg/kg群では,対照群と比べてMCHCおよび血小板数の有意な低値がみられた.また,50 mg/kg群では,対照群と比べてMCHおよびMCHCの有意な低値がみられた.なお,5および15 mg/kg群で認められた血小板数の有意な低値は,対照群との差はわずかであること,ならびに高用量群で有意差が認められないことから,投与に基づく変化ではないと判断される.また,15 mg/kg群で認められたMCHCの有意な低値ならびに50 mg/kg群で認められたMCHおよびMCHCの有意な低値は,赤血球数,ヘモグロビンおよびヘマトクリットに差が認められなかったことから,毒性学的影響とは考えられない.

2) 回復期間終了時(Table 6)

雄において,1.5および5 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定項目にも有意差はみられなかった.15および50 mg/kg群では,対照群と比べて赤血球数,ヘモグロビン量およびヘマトクリット値の有意な低値がみられた.

雌において,1.5,5および15 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定項目にも有意差はみられなかった.50 mg/kg群では,対照群と比べてヘモグロビンおよびヘマトクリットの有意な低値がみられた.

7. 血液生化学検査

1) 投与期間終了時(Table 7)

雄において,1.5 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定項目にも有意差はみられなかった.5 mg/kg群では,対照群と比べて総蛋白およびトリグリセライドの有意な低値,AST,尿素窒素および無機リンの有意な高値がみられた.15 mg/kg群では,対照群と比べて総蛋白,アルブミンおよびトリグリセライドの有意な低値,AST,A/G,総ビリルビン,尿素窒素および無機リンの有意な高値がみられた.50 mg/kg群では,対照群と比べて総蛋白,アルブミン,総コレステロール,トリグリセライドおよびNaの有意な低値,AST,A/G,総ビリルビン,尿素窒素,クレアチニンおよび無機リンの有意な高値がみられた.その他,5 mg/kg群でALTの有意な高値が認められたが,対照群との差はわずかであること,ならびに高用量群で有意差がみられないことから,投与に基づく変化ではないと判断される.

雌において,1.5および5 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定項目にも有意差はみられなかった.15 mg/kg群では,対照群と比べて総蛋白,アルブミン,総コレステロール,トリグリセライドおよびCaの有意な低値,γ-GTPの有意な高値がみられた.50 mg/kg群では,対照群と比べて総蛋白,アルブミン,トリグリセライド,KおよびCaの有意な低値,総コレステロールの低値傾向,γ-GTPおよび総ビリルビンの有意な高値がみられた.

2) 回復期間終了時(Table 8)

雄において,1.5,5,15および50 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定項目にも有意差はみられなかった.

雌において,5,15および50 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定項目にも有意差はみられなかった.1.5 mg/kg群では,対照群と比べてブドウ糖の有意な低値がみられたが,対照群との差はわずかであること,ならびに高用量群で有意差が認められないことから,投与に基づく変化ではないと判断される.

8. 剖検

1) 投与期間終了時

雄において,対照群,1.5および5 mg/kg群では異常はみられなかった.50 mg/kg群では,両側精巣と両側精巣上体の萎縮が6例みられた.15 mg/kg群では,右精巣上体尾部に黄白色結節が1例みられたが,高用量群では認められないことから,偶発例と判断される.また,50 mg/kg群では,肝臓の褪色がみられたが,1例のみであった.

雌において,対照群,1.5,5,15および50 mg/kg群では異常はみられなかった.

2) 回復期間終了時

雄において,対照群,1.5および15 mg/kg群では異常はみられなかった.50 mg/kg群では,両側精巣の萎縮が6例,両側精巣上体の萎縮が4例みられた.その他,5 mg/kg群では,両側精巣と両側精巣上体の萎縮が1例みられたが,高用量群では認められないことから,偶発例と判断される.

雌において,対照群,1.5,5および15 mg/kg群では異常はみられなかった.50 mg/kg群では,右腎臓の小型化が1例みられたが,投与期間終了時には認められなかった所見であることから,偶発例と判断される.

9. 器官重量

1) 投与期間終了時(Table 9)

雄において,1.5および5 mg/kg群では対照群と比べて各器官の絶対重量ならびに相対重量に有意差はみられなかった.15 mg/kg群では,対照群と比べて肝臓の相対重量の有意な高値がみられた.50 mg/kg群では,対照群と比べて精巣および精巣上体の絶対重量ならびに精巣の相対重量の有意な低値,肝臓の絶対重量ならびに相対重量の有意な高値がみられた.その他,50 mg/kg群では,対照群と比べて心臓の絶対重量の有意な低値がみられたが,相対重量に有意差は認められないことから,体重差に基づく変化と考えられ,投与に基づくものではないと判断される.

雌において,50 mg/kg群では対照群と比べて剖検日の体重の有意な低値がみられた.器官重量において,1.5および5 mg/kg群では対照群と比べて各器官の絶対重量ならびに相対重量に有意差はみられなかった.15 mg/kg群では,対照群と比べて肝臓の絶対重量ならびに相対重量の有意な高値がみられた.50 mg/kg群では,対照群と比べて卵巣の絶対重量の有意な低値,肝臓の絶対重量ならびに肝臓,腎臓および副腎の相対重量の有意な高値がみられた.その他,50 mg/kg群では,対照群と比べて胸腺の絶対重量の有意な低値がみられたが,相対重量に有意差は認められないことから,体重差に基づく変化と考えられ,投与に基づくものではないと判断される.

2) 回復期間終了時(Table 10)

雄において,1.5,5および15 mg/kg群では対照群と比べて各器官の絶対重量ならびに相対重量に有意差はみられなかった.50 mg/kg群では,対照群と比べて精巣上体の絶対重量ならびに相対重量の有意な低値,精巣の絶対重量ならびに相対重量の低値傾向がみられた.

雌において,1.5および5 mg/kg群では対照群と比べて各器官の絶対重量ならびに相対重量に有意差はみられなかった.15 mg/kg群では,対照群と比べて肝臓の相対重量の有意な高値がみられた.50 mg/kg群では,対照群と比べて肝臓の絶対重量ならびに相対重量の有意な高値がみられた.

10. 病理組織学検査

1) 投与期間終了時(Table 11)

(1) 雄

肝臓:50 mg/kg群では,門脈周囲性肝細胞肥大が4例みられた.

精巣:50 mg/kg群では,精細管萎縮およびライディヒ細胞の過形成が6例みられた.

精巣上体:50 mg/kg群では,精巣上体管腔内の精子減少が6例みられた.

なお,肝臓における門脈周囲性肝細胞肥大,精巣における精細管萎縮およびライディヒ細胞の過形成,精巣上体における精巣上体管腔内の精子減少は,50 mg/kg群で対照群と比べて有意差が認められた.

その他に認められた変化は,対照群でも通常観察される変化であることから,偶発的変化と判断される.

(2) 雌

肝臓:50 mg/kg群では,門脈周囲性肝細胞肥大が1例みられた.

その他に認められた変化は,対照群でも通常観察される変化であることから,偶発的変化と判断される.

2) 回復期間終了時(Table 12)

(1) 雄

精巣:50 mg/kg群では,精細管萎縮が6例みられた.なお,5 mg/kg群では,精細管萎縮が1例みられたが,15 mg/kg群において認められなかったことから偶発的変化と判断される.

精巣上体:50 mg/kg群では,精巣上体管腔内の精子減少が6例みられた.

なお,精巣における精細管萎縮,精巣上体における精巣上体管腔内の精子減少は,50 mg/kg群で対照群と比べて有意差が認められた.

その他に認められた変化は,対照群でも通常観察される変化であることから,偶発的変化と判断される.

(2) 雌

肝臓において,微小肉芽腫および門脈周囲性肝細胞の空胞化がみられたが,これらの変化は対照群でも通常観察される変化であることから,偶発的変化と判断される.

考察

ρ-tert-ブチルトルエンを雌雄ラットに28日間経口投与し,その毒性について検討した.一部の動物については,14日間の回復期間を設けた.投与量は,50 mg/kgを最高用量とし,以下15,5および1.5 mg/kgとした.対照として媒体(コーンオイル)投与群を設けた.

死亡および瀕死例は,いずれの群にも認められなかった.

一般状態観察では,15 mg/kg以上の群の雌雄で一過性の流涎がみられたが,被験物質の刺激性に基づく変化と判断され,毒性症状とはみなさなかった.

体重推移には,投与に起因する変化はみられなかった.

摂餌量では,15 mg/kg群の雄と50 mg/kg群の雌雄で投与期間の初期に摂餌量の低値がみられた.しかし,回復期間中には,この変化は消失した.

摂水量では,15 mg/kg群の雄で投与期間の中期に摂水量の高値がみられた.50 mg/kg群の雄で投与期間を通して摂水量の高値が,雌で投与期間の中期に摂水量の高値がみられた.しかし,回復期間中には,これらの変化は消失した.

尿検査では,15 mg/kg群の雄で尿量の高値がみられた.50 mg/kg群の雌雄で尿量の高値およびpHの低値傾向,雄で尿比重および蛋白質の低値あるいは低値傾向がみられた.これらの変化は,摂水量の増加と関連した変化と考えられる.なお,回復期間終了前には,50 mg/kg群の雄で尿量の高値および尿比重の低値がみられた.

血液学検査において,5 mg/kg群の雄でAPTTおよびフィブリノーゲンの低値,15 mg/kg群の雄でAPTTおよびフィブリノーゲンの低値,雌でフィブリノーゲンの低値,50 mg/kg群の雄でAPTTおよびフィブリノーゲンの低値,雌でフィブリノーゲンの低値,PTの高値がみられた.したがって,5 mg/kg群の雄ならびに15 mg/kg以上の群の雌雄で凝固系に影響が認められ,肝臓における病理組織学変化との関連が窺われた.回復期間終了時には,15および50 mg/kg群の雄で赤血球数,ヘモグロビンおよびヘマトクリットの低値,50 mg/kg群の雌でヘモグロビンおよびヘマトクリットの低値がみられ,投与期間終了時には認められなかった貧血を窺わせる変化が新たにみられた.

血液生化学検査において,5 mg/kg群の雄で総蛋白およびトリグリセライドの低値,ASTの高値がみられた.15 mg/kg群の雄で総蛋白,アルブミンおよびトリグリセライドの低値,AST,A/Gおよび総ビリルビンの高値,雌で総蛋白,アルブミン,総コレステロールおよびトリグリセライドの低値,γ-GTPの高値,50 mg/kg群の雄で総蛋白,アルブミン,総コレステロールおよびトリグリセライドの低値,AST,A/Gおよび総ビリルビンの高値,雌で総蛋白,アルブミンおよびトリグリセライドの低値,総コレステロールの低値傾向,γ-GTP,総ビリルビンの高値がみられた.器官重量では,15 mg/kg群の雄で肝臓の相対重量の高値が,雌で肝臓の絶対重量ならびに相対重量の高値が,50 mg/kg群の雄で肝臓の絶対重量ならびに相対重量の高値が,雌で肝臓の絶対重量ならびに相対重量の高値がみられた.また,病理組織学検査では,肝臓において50 mg/kg群で門脈周囲性肝細胞肥大が雌雄にみられており,ρ-tert-ブチルトルエンは肝臓に影響を及ぼすと考えられる.回復期間終了時には,上記の血液生化学検査の変化および肝臓の病理組織学変化は消失したものの,15 mg/kg群の雌で肝臓の相対重量の高値,50 mg/kg群の雌で肝臓の絶対重量ならびに相対重量の高値がみられた.なお,肝臓における肝細胞肥大は,他の類似物質(3-フェノキシトルエン2))においても報告されている.

血液生化学検査において,5 mg/kg群の雄で尿素窒素および無機リンの高値,15 mg/kg群の雄で尿素窒素および無機リンの高値,雌でCaの低値,50 mg/kg群の雄でNaの低値,尿素窒素,クレアチニンおよび無機リンの高値,雌でKおよびCaの低値がみられた.また,50 mg/kg群の雌で腎臓の相対重量の高値がみられた.したがって,腎臓の病理組織学的変化はみられないものの,ρ-tert-ブチルトルエンは腎機能に影響を及ぼすと考えられる.回復期間終了時には,上記の血液生化学検査の変化および雌における腎臓の相対重量の変化は消失した.

剖検において,投与期間終了時に50 mg/kg群の雄で両側精巣と両側精巣上体の萎縮が6例みられた.また,器官重量において,50 mg/kg群の雄で精巣および精巣上体の絶対重量ならびに精巣の相対重量の低値がみられた.病理組織学検査においても,50 mg/kg群の雄で精巣に精細管萎縮およびライディヒ細胞の過形成が6例,精巣上体に精巣上体管腔内の精子減少が6例みられた.以上のことから,ρ-tert-ブチルトルエンは精巣および精巣上体に影響を及ぼすと考えられる.回復期間終了時にも,50 mg/kg群の雄で両側精巣の萎縮が6例,両側精巣上体の萎縮が4例みられた.50 mg/kg群の雄で精巣上体の絶対重量ならびに相対重量の低値,精巣の絶対重量ならびに相対重量の低値傾向がみられた.病理組織学検査においても,50 mg/kg群の雄で精巣に精細管萎縮が6例,精巣上体に精巣上体管腔内の精子減少が6例みられた.したがって,ρ-tert-ブチルトルエンによる精巣および精巣上体への影響は,14日間の回復期間では回復しないと考えられる.

その他の器官には,投与期間終了時に器官重量において50 mg/kg群の雌で卵巣の絶対重量の低値,副腎の相対重量の高値がみられた.これらの器官には,病理組織学的変化はみられないものの,ρ-tert-ブチルトルエンの影響は否定できない.

以上のことから,ρ-tert-ブチルトルエンは肝臓,腎臓,精巣,精巣上体,卵巣および副腎に影響を及ぼすことが示唆された.当試験条件下におけるρ-tert-ブチルトルエンの一般毒性学的無影響量は,雄では5 mg/kg投与によりAPTTおよびフィブリノーゲンの低値が認められたことから1.5 mg/kg/day,雌では15 mg/kg投与によりフィブリノーゲンの低値が認められたことから5 mg/kg/dayと考えられる.

文献

1)古橋忠和ほか,化学物質毒性試験報告,9, 184(2002).
2)須藤雅人ほか,化学物質毒性試験報告,5, 677(1997).

連絡先
試験責任者:古橋忠和
試験担当者:長瀬孝彦,内藤一嘉,岡田雅昭,木村 均,吉島賢一
(株)日本バイオリサーチセンター羽島研究所
〒501-6251岐阜県羽島市福寿町間島6-104
Tel 058-392-6222Fax 058-392-1284

Correspondence
Authors:Tadakazu Furuhashi(Study director)
Takahiko Nagase, Kazuyoshi Naito, Masaaki Okada, Hitoshi Kimura, Ken-ichi Yoshijima
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6-104, Majima, Fukuju-cho, Hashima, Gifu, 501-6251, Japan
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