テトラヒドロフルフリルアルコールのラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験
Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test
of Tetrahydrofurfuryl alcohol in Rats
要約
テトラヒドロフルフリルアルコールは,溶剤,可塑剤,防かび剤,リジンの中間体,樹脂改質剤,塗料,ジヒドロピラン原料,合成医薬品中間体原料等に用いられている化学物質である1).本物質の毒性については,ラット経口投与におけるLD50値は 1.6-3.2 g/kgで,皮膚や粘膜に対して刺激性を有すること2)が知られている.また,ラットへの90日間混餌投与による亜慢性毒性試験では,精巣に対する毒性影響が認められているほか,血色素量,平均赤血球容積,平均赤血球血色素量,平均赤血球血色素濃度,血小板数,血糖値,総タンパク,グロブリンおよびカルシウムの低値が認められている3).また,本物質の基本骨格であるテトラヒドロフランの毒性として,マウスへの単回経口投与により麻酔作用が認められ4),マウス或いはラットへの反復吸入暴露試験においては,副腎の肥大,肝臓の肝細胞肥大および肝細胞逸脱酵素活性の上昇,白血球数減少,運動失調等5-9)が認められている.さらに,発癌性試験においては,マウスで肝細胞腺腫/癌の発生率の有意な増加,ラットで腎細胞腺腫/癌の発生率の増加傾向10)が認められている.
今回,テトラヒドロフルフリルアルコールについて,SD系[Crj:CD(SD)IGS]ラットを用い,0(溶媒),10,40,150および600 mg/kg用量で,28日間反復経口投与毒性試験を実施した.動物数は1群雌雄各5匹とし,投与期間終了後屠殺の5群,ならびに対照および600 mg/kgの14日間回復群を設定した.
その結果,600 mg/kg群で,雌雄に自発運動亢進,続いて自発運動低下および腹臥姿勢,さらに雄には後肢握力の低下,摂餌量の減少および体重増加の抑制,雌には投与1週のみの摂餌量の減少が認められた.150 mg/kg群では,雌に自発運動亢進が認められた.尿検査では,600 mg/kg群で雄にpHの低下が認められた.血液学検査では,600 mg/kg群で雌雄に平均赤血球血色素量,平均赤血球血色素濃度,白血球数および血小板数の減少並びにプロトロンビン時間の延長,さらに雄には網状赤血球数,雌には血色素量の減少が認められた.血液生化学検査では,600 mg/kg群で雌雄にALP,総タンパク,アルブミン,総ビリルビンおよびカルシウム,さらに雄にはLDH,トリグリセライドおよびナトリウムのいずれも減少並びに尿素窒素の増加が認められた.150 mg/kg群では,雄に総タンパクの減少が認められた.器官重量では,600 mg/kg群で雌雄に胸腺,雌に下垂体の絶対および相対重量に共通した減少,雄で脳絶対重量の減少,雌で腎臓相対重量の増加が認められた.150 mg/kg群では,雌に下垂体相対重量の減少が認められた.病理組織学検査では,600 mg/kg群で雌雄に胸腺の萎縮,雄に脾臓の髄外造血低下による赤脾髄萎縮および被膜炎症並びに精巣の精上皮細胞壊死,150 mg/kg群で雄に脾臓の被膜炎症並びに精巣の精上皮細胞壊死が認められ,精巣の精子形成サイクル検査では,600 mg/kg群でセルトリ細胞に対する精子細胞の比率の減少が認められた.
回復群においては,これらの投与期間中或いは投与期間終了時の観察および検査で認められた変化のうち,精巣の変化は増強する傾向にあり,精子細胞に加えてパキテン期精母細胞の比率も減少したが,その他の変化は回復或いは回復傾向を示した.
以上の結果から,テトラヒドロフルフリルアルコールのラットへの28日間反復投与による主な毒性は,胸腺,脾臓,腎臓および精巣に対する影響並びに血液学的および血液生化学的影響であった.無影響量は,雌雄とも40 mg/kg/dayであると考えられた.
方法
1. 被験物質
テトラヒドロフルフリルアルコールは水,アセトンに易溶な無色の液体である.試験には,高圧化学工業(大阪)から提供されたロット番号 2002-4(純度 99.5 %)を入手し,冷暗(4 ℃)条件下で保管し,使用した.被験物質の投与液は,局方精製水(共栄製薬)を溶媒として,所定の投与用量になるような濃度の溶液として調製し,使用時まで冷所(4 ℃)遮光下で密栓保管し,調製後7日以内に使用した.なお,保管条件下および投与形態での被験物質は安定であることを確認した.
2. 供試動物および飼育条件
動物は,SD系〔Crj:CD(SD)IGS〕ラットを,日本チャールス・リバー(神奈川)より搬入し,雄は7日,雌は8日間検疫を兼ねて試験環境に馴化させた後,5週齢で試験に供した.1群の動物数は雌雄各5匹とし,投与期間終了後屠殺の5群のほか,対照群および最高用量群については別に雌雄各5匹の14日間回復群を設けた.群分けは,投与開始前日の体重に基づく層化無作為抽出法により行なった.投与開始時の体重は雄で157〜181 g,雌で141〜161 gであった.ラットは,温度22.4〜22.8℃,湿度47〜62 %に制御した飼育室で,金網ケージに個体別に収容し,固型飼料[ラボMRストック,日本農産工業]および水を自由に摂取させて飼育した.
3. 投与量および投与方法
投与量設定試験として,1群雌雄各4匹のラットに,被験物質を0,50,100,200,500および1000 mg/kg用量で14日間反復経口投与した結果,100 mg/kg群では,自発運動の亢進が認められたが,雌1匹のみの変化であった.200 mg/kg群では,自発運動の亢進が雌に認められたほか,雌雄に血小板数,雄に尿pH,平均赤血球血色素濃度,アルブミンおよび総タンパク,雌に平均赤血球血色素量,胸腺および下垂体の絶対および相対重量のいずれも低値が認められた.500 mg/kg群では,雌雄に自発運動亢進および低下,摂餌量,尿pH,血小板数,平均赤血球血色素量,平均赤血球血色素濃度,白血球数,血清アルブミン,総タンパク,LDH,総ビリルビンおよびカルシウムの低値並びにγ-GTPの高値,盲腸の拡張,雄に立毛例,体重増加の抑制傾向,血清ALPの低値並びに尿素窒素およびクレアチニンの高値,雌にプロトロンビン時間の高値,ナトリウム,胸腺および下垂体の絶対および相対重量のいずれも低値が認められた.1000 mg/kg群では,500 mg/kg群で認められた変化に加えて,雄にプロトロンビン時間および血清ChEの高値並びにナトリウム,胸腺の絶対および相対重量のいずれも低値,雌に立毛例,血色素量の低値並びに活性化部分トロンボプラスチン時間およびトリグリセライドの高値が認められた.以上の結果から,本試験における投与量は,600 mg/kg/dayを最高用量とし,以下150,40および10 mg/kg/dayの4用量を設定した.投与方法は,投与液量を体重1 kg当たり5 mLとし,テフロン製胃ゾンデを装着した注射筒を用いて,1日1回(午前中),28日間にわたって経口投与した.対照群には,局方精製水を同様に投与した.
4. 観察および検査
1) 一般状態観察
28日間の投与期間およびそれに続く14日間の回復期間を通じて,動物の生死,外観,行動等を毎日観察した.
2) 詳細な臨床観察
週1回(投与7,14,21および28日並びに回復群ではさらに回復7および14日),午後の概ね一定時刻に,動物をケージから取り出す時およびケージ外のアルミ製オープンフィールド(370 W×560 D×40 Hmm)で観察(ケージからの出し易さ,ケージから出す時の扱い易さ,体躯緊張,皮膚,毛並み,立毛,眼分泌液,眼瞼閉鎖状態,眼球突出,流涙,口鼻分泌液,流涎,下腹部被毛の尿による汚れ,肛門周囲の便による汚れ,異常発声,呼吸,姿勢,痙攣,振戦,探索行動,警戒性,自発運動,歩行,異常行動,常同,意識不全,四肢筋緊張,排尿,排便)し,認められた変化を評点で記録した.各個体の行動の特性を把握するため,投与開始前日にも観察した.観察は,ブラインドで行った.
3) 感覚反射機能検査
投与28日および回復14日においては,詳細な臨床観察に加えて,聴覚反応(ピンセットで軽くケージを叩く音に対する耳介のPreyer反射),視覚反応(顔面に棒を近づけた場合の接近反射),触覚反応(腰部に触れた場合の反応),耳介反射(耳介に触れた場合の耳介の反射),痛覚反応(尾根部をピンセットで摘んだ場合の逃避,発声などの反応),瞳孔反射(暗所から急に明るい場所に移した時の瞳孔の反射),同側屈筋反射(後肢の足趾をピンセットで摘んだ場合の屈筋の反応),眼瞼反射(眼瞼に接触した場合の眼瞼の反応)および正向反射(面上で動物を背臥位にした場合の正常姿勢にもどる反射)を調べ,認められた変化を評点で記録した.
4) 着地開脚幅,握力および自発運動量測定
投与4週(投与23日)および回復2週(回復13日)において,午後の概ね一定時刻に,着地開脚幅(足趾に墨を塗り,30 cmの高さから落とした時の足跡の幅を測定),前肢および後肢の握力(ラット・マウス用握力測定装置,MK-380R/FR,室町機械)並びに自発運動量(自発運動量測定装置,SUPERMEX,室町機械,測定装置内の区画間の60分間における移動回数を測定)を測定した.
5) 体重および摂餌量測定
体重は,週2回,3あるいは4日ごと,および屠殺日に測定した.摂餌量は,毎週1回,1日(24時間)の飼料消費量を測定した.
6) 尿検査
投与26日および回復12日に,動物の腰部を刺激して新鮮尿を採取し,外観の観察並びにpH,潜血,タンパク,糖,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲンの検査(以上,試験紙法:マイルス・三共,マルティスティックス®を行った.
7) 血液学検査
採血は,投与期間および回復期間終了翌日にエーテル麻酔下で開腹して腹大動脈より行なった.動物は採血前日の午後5時から除餌し,水のみを給与した.採取した血液は3分割し,その一部は,EDTA-2 Kで凝固防止処理し,多項目自動血球計数装置〔東亜医用電子,E- 4000〕により,赤血球数(電気抵抗検出方式),血色素量(ラウリル硫酸ナトリウム-ヘモグロビン法),ヘマトクリット値(パルス検出方式),平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC,以上計算値),白血球数および血小板数(以上,電気抵抗検出方式)を,また塗抹標本を作製して網状赤血球数(Brilliant cresyl blueで染色して鏡検)および白血球百分率(May-Giemsaで染色して鏡検)を測定した.また一部は,3.8 %クエン酸ナトリウム液で凝固阻止処理して血漿を分離し,血液凝固自動測定装置(アメルング社,KC-10 A)により,プロトロンビン時間(PT,Quick一段法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT,エラジン酸活性化法)を測定した.
8) 血液生化学検査
採取した血液の一部から血清を分離し,生化学自動分析装置〔日本電子,JCA-BM8〕により,総タンパク(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(計算値),グルコース,トリグリセライド,総コレステロール(以上,酵素法),総ビリルビン(ジアゾ法),尿素窒素(Urease-UV法),クレアチニン(Jaff法),GOT,GPT,γ-GTP,ALP(以上,JSCC法),LDH(SFBC法),コリンエステラーゼ(BTC-DTNB法),カルシウム(OCPC法)および無機リン(酵素法)を,また電解質自動分析装置〔東亜電波工業,NAKL-132〕により,ナトリウム,カリウムおよび塩素を測定した.
9) 病理学検査
投与期間あるいは回復期間終了翌日の採血に続いて放血屠殺し,剖検を行った.また,脳,心臓,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣,精巣上体,卵巣および子宮を秤量(絶対重量)し,また対体重比(相対重量)を算出した.病理組織学検査は,採取した器官を10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣および精巣上体のみブアン液で固定)で固定後,対照群および600 mg/kg群については,脳,下垂体,甲状腺(上皮小体を含む),胸腺,心臓,肺,気管,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,胃,腸,膀胱,脊髄,リンパ節,坐骨神経,骨髄,さらに雄では精巣,精巣上体,前立腺,雌では卵巣,子宮を検査した.また,600 mg/kg群で,雌雄の胸腺並びに雄の精巣および脾臓に病理組織学的変化が認められたので,雌雄の胸腺,雄の精巣および脾臓については,10,40および150 mg/kg群並びに回復群も検査した.検査は,常法によりパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色を施して鏡検した.精巣についてはPAS染色標本も作製し,精子形成サイクル(ステージ-,,および)の検査11, 12)も行なった.さらに,沈着物を同定するため,対照群の雄の2匹の腎臓にもPAS染色を行なった.
5. 統計解析
パラメトリックデータについては,Bartlettの分散検定を行い,分散が一様な場合は一元配置の分散分析を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータはKruskal-Wallisの順位検定を行った.それらの結果,有意差を認めた場合,DunnettまたはSheff群間で標本数が異なる場合)の方法により対照群に対する各群の比較検定を行った.カテゴリカルデータにはFisherの直接確率法を用いた.ただし,回復群のパラメトリックデータはF検定を行い,その結果分散が一様な場合はStudentのt検定を,一様でない場合は Aspinn-Welchのt検定を行った.ノンパラメトリックデータには,Mann-WhitneyのU検定を用いた.有意水準は,いずれの場合も5 %とした.
結果
1. 死亡および一般状態
投与期間において,概ね投与後5〜40分の間に軽度な自発運動亢進が150 mg/kg群の雌の5匹中5匹並びに600 mg/kg群の各10匹中雄の4匹および雌の9匹に認められ,これらの発現率はいずれも対照群と比べて有意差が認められた.また,自発運動亢進が消失した後,続いて軽度ないし中等度な自発運動低下および自発運動低下中の一時的な腹伏姿勢が600 mg/kg群の雌雄全例に認められた.自発運動低下は,投与開始後数日間は投与後概ね6時間まで認められたが,4〜6日以降においては,投与後2〜3時間以内に回復した.
回復期間においては,一般状態の変化は認められなかった.
死亡は,投与および回復期間を通じて認められなかった.
2. 詳細な臨床観察
投与期間中および回復期間中の観察において,各観察項目に有意な変化は認められなかった.
3. 感覚反射機能検査
投与期間中および回復期間中の検査において,各検査項目に有意な変化は認められなかった.
4. 着地開脚幅,握力および自発運動量(Table 1)
投与期間中の測定において,600 mg/kg群で雄の後肢握力に有意な減少が認められた.着地開脚幅および自発運動量には,有意な変化は認められなかった.
回復期間中の測定においては,着地開脚幅,握力および自発運動量ともに,有意な変化は認められなかった.
5. 体重(Fig. 1)
投与期間において,600 mg/kg群の雄の体重は対照群を下回り,投与3日以降の体重および投与期間中の体重増加量に有意差が認められ,対照群の体重との差は投与の経過とともに拡大する傾向にあった.150 mg/kg群の雄の体重も対照群を下回って推移する傾向にあったが,各測定時点の体重および投与期間中の体重増加量に有意差は認められなかった.また,雌においては,体重に対する影響は認められなかった.
回復期間において,600 mg/kg群の雄の体重に有意差は残るものの,対照群と概ね平行して推移した.
6. 摂餌量(Fig. 2)
投与期間において,600 mg/kg群の雄の摂餌量は,投与期間を通じて有意な低値を示した.同群の雌では,投与1週にのみ,有意な低値が認められた.150 mg/kg群では,雄の摂餌量が投与期間を通じて低値傾向にあったが,有意差は認められなかった.
回復期間において,600 mg/kg群の雌雄の摂餌量は,対照群と比べて有意差は認められなかった.
7. 尿検査(Table 2)
投与期間中の検査において,600 mg/kg群の雄に尿pHの有意な低下が認められ,また有意差は認められなかったものの,同群の雌においても同様の傾向が認められた.
回復期間中の検査において,各検査項目に有意な変化は認められなった.
8. 血液学検査(Table 3)
投与期間終了時屠殺動物において,600 mg/kg群で雌雄に平均赤血球血色素量,平均赤血球血色素濃度,白血球数および血小板数の有意な減少並びにプロトロンビン時間の有意な延長,さらに雄に血色素量の減少傾向および網状赤血球数の有意な減少,雌に血色素量の有意な減少が認められた.
回復期間終了時屠殺動物において,投与期間終了時屠殺動物で認められた変化は認められなかった.なお,回復期間終了時屠殺動物では,投与期間終了時屠殺動物で認められなった赤血球数の有意な増加が雌雄に認められ,雌雄の平均赤血球容積および平均赤血球血色素量並びに雌の平均赤血球血色素濃度はいずれも有意な低値を示した.また,雄に活性化部分トロンボプラスチン時間の有意な短縮が認められた.
9. 血液生化学検査(Table 4)
投与期間終了時屠殺動物において,600 mg/kg群で雌雄にALP,総タンパク,アルブミン,総ビリルビンおよびカルシウム,さらに雄にはLDH,トリグリセライドおよびナトリウムのいずれも有意な減少並びに尿素窒素の有意な増加,雌にはLDHの減少傾向が認められた.150 mg/kg群では,雄に総タンパクの有意な減少が認められた.なお,アルブミンおよびカルシウムの有意な減少は40 mg/kg 群の雌にも認められたが,150 mg/kg群の雌のアルブミンおよびカルシウムには有意差は認められなかった.また,これらの変化以外にも有意差のある項目が認められたが,変化に用量相関性は認められなかった.
回復期間終了時屠殺動物においては,投与期間終了時屠殺動物において認められた変化のうち,雌雄のカルシウム並びに雄の総タンパクおよび尿素窒素に有意差が残るものの,その他の変化は回復し,また総タンパクおよび尿素窒素の変化にも回復傾向が認められた.なお,回復期間終了時屠殺動物では,雌のカリウムが有意な高値を示したほか,投与期間終了時屠殺動物において有意差は認められなかったものの低値傾向にあった雌のコリンエステラ−ゼにも有意差が認められた.
10. 剖検
投与期間終了時屠殺動物において,胸腺の小型化が600 mg/kg群で雄の5匹および雌の4匹に認められた.回復期間終了時屠殺動物においては,胸腺の小型化は雄の2匹に認められたほか,雄に精巣の小型化が3匹に認められた.なお,雌においては,被験物質の投与とは無関係に,子宮腔水腫が散発的に認められた.
11. 器官重量(Table 5)
投与期間終了時屠殺動物において,600 mg/kg群で雌雄に胸腺および雌に下垂体の絶対および相対重量に共通した有意な減少が認められた.また,600 mg/kg群の雌では腎臓相対重量の有意な増加,150 mg/kg群の雌では下垂体相対重量の有意な減少が認められた.なお,600 mg/kg群の雄の最終体重は対照群の雄と比べて約19 %少なく,脳,肝臓,心臓,下垂体,副腎,精巣および精巣上体の絶対重量は有意な低値を示したが,相対重量には有意差は認められなかった.
回復期間終了時屠殺動物において,雄の胸腺の絶対および相対重量の減少に有意差が残るものの,投与期間終了時屠殺動物と比べて変化の程度は軽減する傾向にあった.また,雄の最終体重は対照群と比べて約15 %少なく,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣および精巣上体は絶対重量のみの有意な低値,脳,心臓および下垂体は相対重量のみの有意な高値を示した.さらに,雌では甲状腺の絶対および相対重量の有意な高値が認められた.
12. 病理組織学検査(Table 6)
投与期間終了時屠殺動物において,被験物質の投与に起因する変化が,雌雄の胸腺並びに雄の脾臓および精巣に認められた.
胸腺では,600 mg/kg群の雌雄の全例で,皮質および髄質領域のリンパ球が低形成となり,軽度な萎縮が認められた.
脾臓では,対照群の雄の全例の赤脾髄に中等度な髄外造血が認められた.一方,600 mg/kg群の雄の髄外造血は全例が軽度であり,赤脾髄の萎縮が認められた.また,被膜の一部に細胞浸潤や線維化等を伴う軽度な炎症が,150 mg/kg群で雄の1匹および600 mg/kg群で雄の3匹に認められた.
精巣では,精上皮細胞の壊死が150 mg/kg群の2匹および600 mg/kg群の5匹に認められた.精子形成サイクル検査によりセルトリ細胞に対する生殖細胞の比率を算定した結果,ステージ-,およびにおいて,精子細胞(round)の比率が減少傾向にあり,ステージ-およびで有意差が認められた.
回復期間終了時屠殺動物では,雌雄の胸腺,雄の脾臓の変化には回復傾向が認められた.しかしながら,精巣の精上皮細胞の壊死の程度は増強する傾向にあり,精子形成サイクル検査ではステージ-およびでパキテン期精母細胞および精子細胞(round)の比率の有意な減少が認められた.
なお,被験物質の投与とは無関係と考えられえる変化として,肺の動脈壁鉱質沈着,肝臓の微小肉芽腫および巣状壊死,腎臓の嚢胞,好塩基性尿細管および皮質リンパ球浸潤,脾臓の褐色色素沈着,胸腺の出血が認められたが,対照群にも認められ,被験物質投与群の発現率や変化の程度に差は認められなかった.肺の泡抹細胞は,対照群には認められず,600 mg/kg群の雌の1匹に認められたが,この変化はラットに自然発生的にしばしば認められる病変であることから,被験物質の投与とは無関係な所見と判断された.また,剖検で被験物質の投与とは無関係に認められた子宮の子宮腔水腫の例では,子宮腔の拡張が認められた.
考察
テトラヒドロフルフリルアルコールのラットへの28日間反復経口投与において,胸腺,脾臓,腎臓および精巣に対する影響並びに血液学的および血液生化学的影響が認められた.
胸腺に対する影響について,600 mg/kg群で雌雄に胸腺重量の減少が認められ,病理組織学的には,胸腺の萎縮が認められた.この胸腺の変化は,副腎の肥大を伴っていないことから,毒性によるストレスに伴う二次的影響ではなく,被験物質の胸腺に対する直接的な毒性影響によるものと推察される.
血液学検査では,600 mg/kg群で雌に血色素濃度,雌雄に平均赤血球血色素量および平均赤血球血色素濃度並びに白血球数および血小板数の減少が認められた.これに関連して,骨髄造血細胞には変化は認められなかったものの,雄で脾臓の髄外造血低減による赤脾髄の萎縮および末梢血中網状赤血球数の減少が認められ,被験物質の造血機能に対する抑制的影響が示唆された.また,雌雄で血小板数の減少に加えてプロトロンビン時間の延長も認められ,血液凝固系に対する影響も認められた.なお,脾臓の病理組織学的変化として,赤脾髄の萎縮に加えて,脾臓の被膜の炎症が150および600 mg/kg群の雄に認められた.この変化は,本物質のラットにおける簡易生殖・発生毒性試験13)では雌雄に認められており,雄に特有の変化ではないと思われるが,その病理発生については不明である.
腎臓に対する影響について,600 mg/kg群で,雄では尿素窒素の増加,雌では腎臓相対重量の増加が認められた.病理組織学検査では,腎臓に被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.しかしながら,血液生化学検査におけるナトリウムの減少や600 mg/kg群の雄に認められた尿pHの低下も腎臓に対する影響を示唆する変化である可能性も考えられ,テトラヒドロフルフリルアルコールは腎臓に対しても軽度な影響を有するものと思われる.
精巣に対する影響について,150および600 mg/kg群で精上皮細胞の壊死が認められ,14日間の回復群では精上皮細胞の壊死は増強する傾向にあった.精子形成サイクル検査では,600 mg/kg群でセルトリ細胞に対するパキテン期精母細胞および精子細胞(round)の比率が減少していることが確認され,精祖細胞の比率には明らかな変化が認められなかった.しかしながら,簡易生殖毒性試験13)でテトラヒドロフルフリルアルコールを47日間経口投与したラットや亜慢性毒性試験3)で3か月間混餌投与したラットの精巣では,セルトリ細胞のみを残して萎縮した精細管が認められており,精祖細胞を含む生殖細胞全般に影響を及ぼすものと考えられる.
血液生化学検査では,600 mg/kg群で雌雄に総タンパク,アルブミン,カルシウム,ALP,総ビリルビン,さらに雄にLDH,トリグリセライドおよびナトリウムの減少が認められ,総タンパクの減少は150 mg/kg群の雄にも認められた.総タンパクおよびカルシウムの減少は,テトラヒドロフルフリルアルコールのラットへの90日間混餌投与による亜慢性毒性試験3)においても認められており,総タンパクの減少と関連するアルブミンの減少も含めて,テトラヒドロフルフリルアルコールによる特徴的な変化と考えられる.ALP,LDHおよび総ビリルビンの変化は減少性のものであり,毒性学的意義は小さいものと判断され,トリグセライドおよびナトリウムの減少も背景データにおける正常範囲の変化であった.
雌の下垂体重量は,600 mg/kg群では絶対および相対重量に共通して,また150 mg/kg群では相対重量の減少が認められた.下垂体に病理組織学的変化は認められなかったものの,雌の600 mg/kg群および150 mg/kg群では体重の変化は認められていないことから,下垂体重量の変化は被験物質の投与による影響と判断される.また,下垂体重量の変化と関連する可能性のある変化として,本物質のラットにおける簡易生殖・発生毒性試験13)では,雌の性周期に対する影響が認められている.
回復期間中或いは回復期間終了時の検査では,上述の投与期間中あるいは投与期間終了時の検査で認められた変化のうち,精巣の変化は増強する傾向にあった以外,回復あるいは回復傾向を示した.なお,回復群では,投与期間終了時屠殺動物で認められなった赤血球数の増加が雌雄に認められ,雌雄の平均赤血球容積および平均赤血球血色素量並びに雌の平均赤血球血色素濃度はいずれも低値を示したが,これは投与による貧血傾向に対するリバウンド現象と解せられる.また,その他にも回復群で認められられた変化はあったが,投与期間終了時屠殺動物では認められておらず,偶発的所見と判断された.
以上の結果から,テトラヒドロフルフリルアルコールのラットへの28日間反復投与による主な毒性として,胸腺,脾臓,腎臓および精巣に対する影響並びに血液学的および血液生化学的影響が認められた.無影響量は,雌雄とも40 mg/kg/dayと考えられた.
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10) | Chabra RS:Toxicological Sciences, 41: 183-188 (1992). |
11) | 高橋道人:精巣毒性評価のための精細管アトラス,ソフトサイエンス,東京(1994)pp.15-20. |
12) | Matui H, Toyoda K, Kawanishi T, Mitumori K, Takahashi M:J Toxicologic Pathology, 9:285 -292(1996). |
13) | 野田篤ら:テトラヒドロフルフリルアルコールのラットを用いる経口投与簡易生殖毒性試験.化学物質毒性試験報告,11:175-186(2004). |
連絡先 |
| 試験責任者: | 伊藤義彦 |
| 試験担当者: | 野田 篤,山口真樹子, 伊藤雅也,赤木 博 |
| (財)畜産生物科学安全研究所 |
| 〒229-1132 神奈川県相模原市橋本台3-7-11 |
| Tel 042-762-2775 | Fax 042-762-7979 | |
Correspondence |
| Authors: | Yoshihiko Ito(Study director) Atushi Noda, Makiko Yamaguchi, Masaya Ito, Hiroshi Akagi |
| Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology |
| 3-7-11 Hashimotodai, Sagamihara-shi, Kanagawa, 229-1132, Japan |
| Tel +81-42-762-2775 | Fax +81-42-762-7979 | |