ブチルメタクリラートのラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験
Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity
Screening Test of Butyl Methacrylate by Oral Administration in Rats
要約
ブチルメタクリラートは,メタクリル酸とn-ブタノールをエステル反応させて得られるアクリル樹脂モノマーで,これを重合させてポリマーとし,種々の樹脂製品の主成分として使用されている.ブチルメタクリラートの毒性について,ラットにおける急性経口LD50値は5000 mg/kg以上1)で,ラットを用いた28日間の吸入毒性試験では,主な影響として上部気道に対する刺激性が認められ,無影響濃度は1801 mg/m^3と報告2)されている.眼や皮膚に対しても軽度な刺激性を有するが,感作性は認められていない2).変異原性について,エームス試験で陰性と報告3, 4)されている.生殖発生毒性について,Singhら5)はラットを用いた腹腔内投与による催奇形性試験で,吸収胚および胎仔の外形異常の増加を認めている.しかし,ブチルメタクリラートについて,経口投与による反復投与毒性および生殖発生毒性については明らかにされていない.
今回,ブチルメタクリラートについて,反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験を,SD系〔Crj:CD(SD)〕ラットを用い,0,30,100,300および1000 mg/kg/dayで実施した.動物は1群雌雄各10匹とし,被験物質は交配開始14日前から雄は44日間,雌は分娩後哺育3日(41-45日間)まで投与した.
1. 反復投与毒性
雄親について,100 mg/kg以上の群で,脾臓の絶対および相対重量の減少が認められ,病理組織学検査では赤脾髄の萎縮が観察された.さらに,1000 mg/kg群で,体重増加の抑制,摂餌量の減少,尿のケトン体および潜血の増加傾向,血液プロトロンビン時間の延長,血清尿素窒素および腎臓の相対重量の増加が認められた.
一方,雌親について,1000 mg/kg群で,雄親と同様に体重増加の抑制,摂餌量の減少および病理組織学的に脾臓の赤脾髄の萎縮が認められた.
以上の結果から,ブチルメタクリラートのラットにおける主な反復投与毒性は脾臓に対する影響で,腎臓に対しても軽度な影響が認められた.無影響量は雄で30 mg/kg/day,雌で300 mg/kg/dayと推定された.
2. 生殖発生毒性
雌親の生殖能について,1000 mg/kg群で黄体数および着床数の減少が認められた.雄親の生殖能および児動物の発生については,変化は認められなかった.
以上の結果から,雄親の生殖能および児動物の発生に対する無影響量は1000 mg/kg/day,雌親の生殖能に対する無影響量は300 mg/kg/dayと推定された.
方法
1. 被験物質
ブチルメタクリラートは,分子量142.20,融点-60℃以下,有機溶剤,植物油に可溶,水に難溶な無色透明の液体である.試験には,三菱瓦斯化学製造のもの(ロット番号NG60912,純度 99.6 %,重合防止剤としてハイドロキノンモノメチルエーテル24 ppm添加)を入手し,冷暗所(4℃)で密栓保管し使用した.投与液は,これを局方ゴマ油(宮澤薬品)に溶解して調製し,使用時まで冷暗所(4℃)で密栓保管した.被験物質の原体および投与液中の被験物質を分析し,安定であることを確認した.
2. 使用動物および飼育条件
日本チャールス・リバーより搬入したSD系〔Crj:CD(SD)〕ラットを5日間検疫・馴化飼育した後,一般状態に異常が認められなかったものを,雄は9週齢(340-373 g),雌は8週齢(198-222 g)で,1群雌雄各10匹として試験に供した.ラットは,温度21-23℃,湿度54-61 %,換気回数10回以上/時,照明12時間(6-18時)に制御された飼育室で金網ケージに個別に収容し,固型飼料〔ラボMRストック,日本農産工業〕および水を自由に摂取させた.ただし,交尾後の雌は,巣作り材料〔ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー〕を入れたポリカーボネート製ケージに収容した.
3. 投与量および投与方法
投与量設定試験として,1群雌雄各4匹のラットに,ブチルメタクリレートの0,100,250,500,1000および2000 mg/kg/dayを14日間反復経口投与した.投与7日の夕方から交尾が成立するまで,雌雄を1対1で同居させた.500および1000 mg/kg群で,雄にヘマトクリット値の減少が認められた.さらに,1000 mg/kg群で,雌雄に前胃粘膜の肥厚,肝臓の退色,雄に血清尿素窒素の増加,総コレステロールおよびナトリウムの減少,雌に血液プロトロンビン時間の延長,肝臓の相対重量増加が認められた.2000 mg/kg群では,雌雄に摂餌量および体重の著減,各2匹の死亡が認められた.交配成績については,全例が生存した1000 mg/kg以下の群で,全ての雌雄が交尾した.そこで,本試験における投与量は,1000 mg/kg/dayを最高用量とし,以下300,100および30 mg/kg/dayの4用量を設定した.投与方法は,投与液量を体重100 g当たり0.5 mLとし,テフロン製胃ゾンデを装着した注射筒を用いて,1日1回,交配開始14日前から雄は44日間,雌は分娩後哺育3日(41〜45日間)まで,経口投与した.対照群には,局方ゴマ油を同様に投与した.
4. 観察および検査
1) 親動物に関する項目
(1) 一般状態観察
投与期間中毎日,動物の生死,外観,行動等について観察した.
(2) 体重および摂餌量測定
体重の測定は,投与開始日(投与開始直前)およびその後は7日間隔で行い,さらに最終投与日と屠殺日に測定した.ただし,雌の妊娠後は,妊娠0,7,14 および20日,ならびに哺育0および4日に測定した.摂餌量は,体重測定日に合わせて,翌日までの24時間の飼料消費量を測定した.雌の哺育4日の摂餌量は,前日からの24時間消費量を測定した.
(3) 交配および分娩状態観察
投与15日の午後に,雄のケージに同一群内の雌を入れ(1対1),交尾が確認されるまで(5日間で全例の交尾を確認)連続同居させた.交尾の確認は毎朝一定時刻(9:30分頃)に行い,膣栓形成あるいは膣垢中に精子が確認された日を妊娠0日とした.分娩状態の観察も同じ時刻に行い,1腹ごとに全児の出産が確認された日を哺育0日とした.交配および分娩の観察結果から,各群について同居から交尾成立までの日数,交尾率〔(交尾成立動物数/同居動物数)×100〕,受胎率〔(受胎雌数/交尾成立雌数)×100〕および出産率〔(生児出産雌数/妊娠雌数)×100〕ならびに分娩した例について妊娠期間(妊娠0日から分娩が確認された日までの日数)を算定した.
(4) 雄の臨床病理学検査
尿検査:投与39日あるいは42日に新鮮尿を採取してpH,潜血,タンパク,糖,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲン〔以上,マイルス・三共,マルティスティックス〕を,またラットを代謝ケージに収容(約3時間)して得た蓄尿について,外観,比重の測定〔エルマ光学,屈折計〕および沈渣を検査[URI-CELL®液(ケンブリッジケミカルプロダクト社)で染色して鏡検]した.
血液学検査:採血は,投与期間終了翌日にエーテル麻酔下で開腹して腹大動脈より行った.動物は採血前日の午後5時より除餌し,水のみを給与した.採取した血液は3分割し,その一部はEDTA-2Kで凝固防止処理し,多項目自動血球計数装置〔東亜医用電子,E-4000〕により,赤血球数(電気抵抗検出方式),血色素量(ラウリル硫酸ナトリウム・ヘモグロビン法),ヘマトクリット値(パルス検出方式),平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC,以上計算値),白血球数および血小板数(以上,電気抵抗検出方式)を,また塗抹標本を作製して網状赤血球数(Brilliant cresyl blueで染色して鏡検)を測定した.さらに一部は3.8 %クエン酸ナトリウム液で処理して血漿を得,血液凝固自動測定装置(アメルング社,KC-10A)により,プロトロンビン時間(PT,Quick一段法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT,エラジン酸活性化法)を測定した.
血液生化学検査:採取した血液の一部から血清を分離し,生化学自動分析装置〔日本電子,JCA-VX-1000型クリナライザー〕により,総タンパク(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(計算値),グルコース,トリグリセライド,総コレステロール(以上,酵素法),総ビリルビン(Jendrassik法),尿素窒素(Urease-UV法),クレアチニン(Jaff)法,GOT,GPT,γ-GTP,LDH(以上,SSCC法),アルカリホスファターゼ(ALP,GSCC法),コリンエステラーゼ(ChE,BTC-DTNB法),カルシウム(OCPC法)および無機リン(酵素法)を,また電解質自動分析装置〔東亜電波工業,NAKL-1〕により,ナトリウム,カリウムおよび塩素を測定した.
(5) 病理学検査
雄は採血に続いて,また雌の計画屠殺動物は哺育4日の観察終了後に,対照群および100 mg/kg群の各1匹,300 mg/kg群の2匹に認められた妊娠しなかった雌については分娩予定日の4日後に,30 mg/kg群の1匹に認められた哺育期間中に全児が死亡した雌については死亡が確認された日に,いずれもエーテル麻酔下で放血屠殺して剖検し,脳,下垂体,甲状腺,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,胸腺ならびに雄についてはさらに精巣,精巣上体を秤量した.雌については,卵巣の黄体数および子宮の着床数を調べ,着床率〔(着床数/黄体数)×100〕を算定した.病理組織学検査は,採取した器官を10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣,精巣上体のみブアン液)で固定後,対照群および1000 mg/kg群の雌雄全例,ならびに他の群の妊娠しなかった雌雄および哺育期間中に全児が死亡した雌の脳,脊髄,下垂体,甲状腺(上皮小体を含む),胸腺,心臓,気管,肺,肝臓,腎臓,副腎,脾臓,胃,小腸(十二指腸・空腸・回腸),大腸(盲腸・結腸・直腸),膵臓,膀胱,骨髄(大腿骨,胸骨),リンパ節(腸管膜リンパ節,頚部リンパ節),坐骨神経,その他肉眼的異常部位,さらに,雄では精巣,精巣上体,前立腺,精嚢,雌では卵巣,子宮,膣,乳腺について,30,100および300 mg/kg群の妊娠した雌雄では,1000 mg/kg群で毒性影響と考えられる変化の認められた雌雄の脾臓および肉眼的異常部位について,常法に従いパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色を施して鏡検した.また,沈着物を同定するため,一部の雌雄の脾臓については鉄染色(ベルリンブルー法),一部の雄の腎臓についてはPAS染色も行った.
2) 新生児に関する項目
(1) 産児数および性比の観察
分娩の終了後各腹の産児数(生児と死亡児の合計)を調べ,分娩率〔(総出産児数/着床数)×100〕を算定した.性別は肛門と生殖突起の距離の長短により判定し,群ごとの性比を算出した.
(2) 外表異常および一般状態観察
分娩完了後,口腔内を含む外表の異常を観察した.また,毎日一般状態および生死を確認し,出生率〔(出産確認時生児数/総出産児数)×100〕および新生児生存率〔(哺育4日生児数/出産確認時生児数)×100〕を求めた.
(3) 体重測定
新生児について哺育0日および4日に雌雄別に各腹ごとの総体重を測定し,1匹当たりの平均体重を算出した.
(4) 病理学検査
死亡例は発見時に,生存例は雌親の解剖時(哺育4日)に麻酔死させ,胸部および腹部における主要器官を肉眼的に観察した.
5. 統計解析
パラメトリックデータは,Bartlettの分散検定を行い,分散が一様な場合は一元配置の分散分析を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータは,Kruskal-Wallisの順位検定を行った.それらの結果有意差を認めた場合,Dunnett 法またはScheff法(群の大きさが異なる場合)により対照群に対する各群の比較検定を行った.カテゴリカルデータは,生殖発生毒性に関するパラメータにはχ^2検定を,病理組織学検査における異常例の出現率にはFisherの直接確率法を用いた.なお,新生児に関するデータは,1腹当たりの平均を1標本とした.
結果
1. 反復投与毒性
1) 死亡および一般状態
死亡は,各群の雌雄とも認められなかった.一般状態については,1000 mg/kg群で,雌の1匹に削痩が投与5-6日に認められた.雄には変化は認められなかった.なお,被験物質の投与とは無関係に,脱毛が雌で哺育期間中に,100 mg/kg群の1匹(右下腿部)および1000 mg/kg群の1匹(腹部)に認められた.
2) 体重(Fig. 1,2)
1000 mg/kg群で,雄は投与終了前2日間の体重,雌は交配前の投与8日から妊娠期間および哺育期間を通じての体重が,いずれも対照群と比べ有意に低値を示し,雄の投与期間中の体重増加量および雌の交配前期間中の体重増加量は有意に減少した.
3) 摂餌量(Fig. 3,4)
1000 mg/kg群で,雄は投与8日から,雌は投与1日からいずれも摂餌量が対照群を下回る傾向にあり,雄の投与43日および雌の投与8日の摂餌量には有意差が認められた.
4) 雄の尿所見
1000 mg/kg群で,ケトン体,潜血の有意な増加および沈渣中リン酸マグネシウム・アンモニウム結晶の有意な減少が認められた.
5) 雄の血液学所見(Table 1)
1000 mg/kg群で,プロトロンビン時間の有意な延長が認められた.なお,300 mg/kg群のヘマトクリット値は対照群に比べて有意に低値を示したが,用量依存的な変化ではなく,また背景データにおける正常範囲内の変動であった.
6) 雄の血液生化学所見(Table 2)
1000 mg/kg群で,尿素窒素の有意な増加が認められた.なお,被験物質投与各群のA/G比は対照群と比べて全般的に大きな値を示し,1000 mg/kg群には有意差が認められた.また,100および1000 mg/kg群で塩素の有意な増加が認められた.しかし,A/G比および塩素の変化はいずれも用量依存的でなく,また背景データにおける正常範囲内の変動であった.
7) 剖検所見
被験物質の投与と関連性がみられる変化は認められなかった.雄では腎臓の萎縮(片側性,他側は肥大),精巣の萎縮,雌では胸腺の赤色点/域,肺の赤色点などが認められたが,いずれも散発的な変化で,用量依存性は認められなかった.
8) 器官重量(Table 3)
雄では,100,300および1000 mg/kg群で脾臓の絶対および相対重量の有意な減少,1000 mg/kg群で心臓の絶対重量の有意な減少および腎臓の相対重量の有意な増加が認められた.雌では,1000 mg/kg群で脾臓および心臓の絶対重量の有意な減少,脳および甲状腺の相対重量の有意な増加が認められた.
9) 病理組織学所見(Table 4,5)
被験物質の投与に起因すると考えられる変化が,脾臓に認められた.すなわち,妊娠を成立させた雄において,脾臓の赤脾髄の萎縮が100 mg/kg群で9匹中3匹,300 mg/kg群で8匹中4匹および1000 mg/kg群で10匹中7匹と,用量依存的に増加した.赤碑髄の萎縮は髄外造血の減少によるもので,白脾髄には変化は認められなかった.分娩および哺育が順調であった雌においても,1000 mg/kg群で赤脾髄の萎縮が10匹中6匹に認められた.被験物質の投与とは無関係に散発的に認められた妊娠不成立の雌雄について,対照群の雌1匹に子宮の内膜および筋層の炎症性細胞浸潤および内腔拡張が,また300 mg/kg群の雄1匹には精巣の精細管萎縮および間細胞の過形成,精巣上体の精巣上体管内精子の消失が認められた.その他の妊娠不成立の雌雄および分娩後全児が死亡した雌には,下垂体,生殖器系器官,乳腺等に変化は認められなかった.以上の他にも,検査した各器官に変化が認められたが,散発的あるいは用量依存性の認められない変化であった.
2. 生殖発生毒性
1) 親動物に及ぼす影響(Table 6)
(1) 交尾率および受胎率
交尾は交配開始5日以内に各群の全例に成立し,受胎率にも有意な変化は認められなかった.
(2) 黄体数,着床数および着床率
1000 mg/kg群において,黄体数および着床数の有意な減少が認められた.着床率には有意な変化は認められなかった.
(3) 出産率および妊娠期間
出産率は,対照群および被験物質投与各群とも100 %であった.妊娠期間にも,有意な変化は認められなかった.
(4) 分娩および哺育状態
分娩状態について,各群のいずれの親動物にも異常は認められなかった.哺育状態については,哺育0日に30 mg/kg群の1匹が哺育行動を取らず,新生児の全例を食殺した.また,300 mg/kg群の1匹も新生児の一部を食殺したが,哺育2日以降は哺育行動を示し,新生児の19匹中4匹は生存した.しかし,これらの哺育状態の異常は,用量依存的な変化ではなかった.
2) 新生児に及ぼす影響
(1) 生存性および体重(Table 7)
被験物質投与各群の1腹当たりの総出産児数,新生児数,出生率,哺育0日の体重および哺育4日の生存率はいずれも対照群と同様の値を示した.性比は,300 mg/kg群で雌の比率が雄に比べてやや多く,1000 mg/kg群はその逆であった.また,哺育4日の新生児体重は1000 mg/kg群でやや低値を示した.しかし,これらの変化にはいずれも統計学的有意差は認められなかった.新生児の一般状態にも異常は認められなかった.
(2) 形態
被験物質の投与に起因する形態の異常は認められなかった.散発的に認められた変化としては,100 mg/kg群で外表および内臓に及ぶ複合異常(全身性浮腫,両側前肢の第2指欠損および第5指低形成,両側後肢の第5指低形成,左肺低形成,右肺欠損)が1匹に認められた.また,外表異常として,対照群で曲尾および全身性浮腫が各1匹に認められた.内臓変異については,胸腺の頚部遺残あるいは左臍動脈遺残が対照群を含む各群に散見されたが,その頻度には群間に差は認められなかった.
考察および結論
1. 反復投与毒性
雌雄の親動物とも,脾臓に対する影響が認められた.また雄親では腎臓に対する影響も認められた.
脾臓に対する影響について,100 mg/kg以上の群の雄で脾臓の絶対および相対重量の減少,1000 mg/kg群の雌で絶対重量の減少が認められ,病理組織学的には雌雄とも脾臓重量の減少が認められた用量で,主に髄外造血の減少による赤脾髄の萎縮が認められた.
脾臓の髄外造血に関して,マウスでは骨髄と同様に赤血球系の造血が行われていることが知られているが,ラットについては不明な点が多い6).しかしながら,本試験で認められた髄外造血の減少による赤脾髄の萎縮は,骨髄造血細胞や末梢血における血液像に変化が認められなかったことから,造血能に対する影響を示唆する変化ではないと判断される.
一方,腎臓に対する影響について,1000 mg/kg群で雄に腎臓の相対重量の増加ならびにそれとの関連性が考えられる血清尿素窒素の増加が認められた.しかし,腎臓には病理組織学的変化は認められなかった.メチルメタクリラートは腎臓に対して毒性影響を示すことが知られている7)が,ブチルメタクリラートの腎臓に対する影響は軽度なものと推察される.なお,1000 mg/kg群で雄に潜血尿の増加傾向が認められたが,膀胱にも病理組織学的変化は認められなかった.
以上の変化に加えて,1000 mg/kg群で雌雄に体重増加の抑制および摂餌量の減少が認められ,1000 mg/kgは明らかな毒性影響の発現する用量と考えられた.
なお,1000 mg/kg群で認められた雌雄の心臓の絶対重量減少および雌の脳および甲状腺の相対重量増加については,病理組織学検査を含むその他の観察および検査において関連する変化が認められなかったことから,体重増加の抑制に伴う非特異的な変化と判断された.また,尿検査で認められた沈渣中リン酸マグネシウム・アンモニウム結晶の減少について,本結晶はアルカリ尿で生理的に認められる結晶で,1000 mg/kg群の雄の尿pHが対照群と比べて酸性を呈する例がやや多かったことによるものと考えられ,毒性学的意義はないものと考えられた.また,1000 mg/kg群の雄の尿ケトン体の増加および血液プロトロンビン時間の延長も,正常範囲内での軽度な変化であった.
メタクリル酸エステル類の毒性は,生体内で加水分解されて生成されるメタクリル酸7)の局所刺激性によるものと考えられており,ブチルメタクリラートについてもラットを用いた28日間の吸入毒性試験で認められた主な毒性は上気道粘膜に対する刺激性であったと報告されている2).しかしながら,ブチルメタクリラートを反復経口投与した本試験では,脾臓に変化が認められ,腎臓に対する軽度な影響も認められたが,投与経路である消化管には変化は認められなかった.
また,ブチルメタクリラートの類縁化合物についてのラットを用いた反復経口投与毒性・生殖発生毒性試験で,2-(ジメチルアミノ)エチルメタクリラートは脳(橋)および脊髄に神経線維の変性8),2-エチルヘキシルメタクリラートは脳(延髄)に軟化巣9)が認められているが,ブチルメタクリラートでは神経系組織に病理組織学的変化は認められなかった.
以上の結果から,ブチルメタクリラートのラットへの反復投与における無影響量は,雄で30 mg/kg/day,雌で300 mg/kg/dayと推定された.
2. 生殖発生毒性
雄親の生殖能に対する被験物質の投与による影響について,観察した各指標とも対照群と比べ有意な変化は認められなかった.
雌親の生殖能に対する影響について,1000 mg/kg群で黄体数および着床数の減少が認められた.着床率には変化は認められず,また病理組織検査で卵巣に卵胞形成の異常を示唆する変化が認められなかったことから,黄体数あるいは着床数の減少は排卵に対する何らかの影響を示唆しているものと考えられる.出産率,妊娠期間および哺育状態には変化は認められなかった.
ブチルメタクリラートは,ラットを用いた腹腔内投与による催奇形性試験で,吸収胚および胎仔の外形異常の増加を認めたとの報告5)があるが,経口投与による本試験ではこのような変化は認められなかった.
児動物の発生について,総出産児数,新生児数,出生率,性比,新生児の体重,生存率および形態にブチルメタクリラートの投与による影響は認められなかった. 1000 mg/kg群で,新生児の哺育4日体重が対照群に比べてやや小さかったが,有意な変化ではなかった.
以上のように,雌親の排卵に対する影響を示唆する変化が認められたが,児動物の発生に対する変化は認められなかった.無影響量は,雄親の生殖能および児動物の発生に対しては1000 mg/kg/day,雌親の生殖能に対しては300 mg/kg/dayと推定された.
文献
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連絡先 |
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| 試験担当者: | 山本 譲,星 史子,河村未佳,伊藤雅也,下平裕二 |
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