2,4-ジ-tert-ブチルフェノ−ルのラットにおける単回投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of 2,4-Di-tert-butylphenol in Rats

要約

1群5匹のCrj:CD(SD)IGSラットに,2,4-ジ-tert-ブチルフェノ−ルを0(対照),819,1024,1280,1600および2000 mg/kgの用量で単回経口投与し,その急性期の毒性徴候およびLD50値について検討した.

死亡は,1600 mg/kg以上の群の雄および1280 mg/kg以上の群の雌で投与後1日から5日に認められた.LD50値は,雄でおおよそ2000 mg/kg,雌で1762.4 mg/kg(95 %信頼限界:1344.7〜2309.8 mg/kg)であった.一般状態の観察では,投与日に軟便又は肛門周囲の汚れがすべての被験物質投与群の雄および1024 mg/kg以上の群の雌,尿による下腹部の汚れが819および1024 mg/kg群の雌,自発運動の低下および緩徐呼吸が2000 mg/kg群の雌に認められた.投与後1日以降には,尿による下腹部の汚れが2000 mg/kg群の雄および1600 mg/kg以上の群の雌,自発運動の低下および緩徐呼吸が1600 mg/kg以上の群の雄および1280 mg/kg以上の群の雌,鼻周囲の汚れが1280 mg/kg以上の群の雄および1600 mg/kg群の雌に認められた.死亡例では,上述の所見のほか1600 mg/kg群の雌雄で体温低下が認められた.生存例では,軟便は投与後2日,鼻周囲の汚れは投与後3日,尿による下腹部の汚れは投与後4日,緩徐呼吸および自発運動の低下並びに肛門周囲の汚れは投与後6日までに回復した.体重では,すべての被験物質投与群の雌雄で増加抑制又は減少が認められたが,雄では投与後5ないし7日,雌では投与後3ないし5日から順調な増加が認められた.病理学検査において,死亡例では,胃で肉眼的に前胃粘膜の白色点,組織学的に前胃粘膜における潰瘍,肺で肉眼的に暗赤色斑,組織学的に肺胞内水腫,胸腺で肉眼的に暗赤色点又は小型化,組織学的に出血又は萎縮,盲腸で肉眼的に暗赤色化,組織学的に粘膜固有層から粘膜下にかけての出血,副腎で肉眼的に暗赤色斑,組織学的に皮質の出血が認められた.一方,生存例では,腎臓で肉眼的に灰白色点又は肥大,組織学的に好塩基性尿細管および尿細管拡張,顆粒円柱,好中球性の細胞浸潤および尿細管腔への細胞滲出又は鉱質沈着が認められた.

方法

1. 被験物質および投与液の調製

2,4-ジ-tert-ブチルフェノ−ル(純度99.67 %,Lot No. L874,大日本インキ化学工業(株)提供,千葉)は淡黄褐色の固体である.入手後の被験物質は室温,遮光下で保管し,投与終了後に提供元にて分析を行い試験期間中安定であったことを確認した.媒体にはコ−ンオイル(Lot No. V8M6177,ナカライテスク(株))を使用し,これに被験物質を8.19,10.24,12.80,16.00および20.00 w/v% の濃度になるように各投与液を投与日に調製した.なお,調製した各投与液の濃度を測定し,設定値の± 5 %以内にあることを確認した.また,投与前に本調製法による0.1および20 w/v%のコーンオイル溶液は,室温散光下で8日間安定であることを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

5週齢のCrj:CD(SD)IGSラット(日本チャールス・リバー(株))を雌雄各36匹購入し,6日間の検疫馴化を行ったのち,雌雄各30匹を選んで6週齢で試験に使用した.投与日の体重は,雄が161.4〜177.3 g,雌が123.1〜142.1 gであった.動物は,温度24 ± 2 ℃,湿度55 ± 10 %,照明12時間(午前7時〜午後7時)および換気回数13〜15回/時に設定したバリアーシステム飼育室で床敷(ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー(株))を入れたポリカーボネイト製ケージに,1ケージ当たり2〜3匹ずつ収容し,飼育した.飼料は高圧蒸気滅菌処理した固型飼料(MF,オリエンタル酵母工業(株))を,飲水は次亜塩素酸ナトリウムを添加(約2 ppm)した井戸水を給水瓶によりそれぞれ自由に摂取させた.

3. 投与量,投与方法,試験群構成および群分け

投与量は,ラットを用いた予備試験の結果から設定した.すなわち,1群雌雄各2ないし3匹の動物に250,500,1000,1500および2000 mg/kgの被験物質を経口投与した結果,1500および2000 mg/kg群ではともに雄1/3例および雌2/3例が死亡した.したがって,本試験では死亡の発現が予想され,かつOECDガイドラインによる限界用量である2000 mg/kgを高用量とし,以下公比約1.25で除した1600,1280,1024および819 mg/kgの5用量を設定した.試験群は,これに対照を加え計6群とし,1群当たりの動物数は,各群とも雌雄各5匹とした.群分けは,投与前日に当日の体重を基に層別連続無作為化法で行った.

投与経路は経口とし,約19〜20時間絶食させた動物に胃管を用いて1回強制投与した.投与容量は10 mL/kgとし,各動物の投与液量は投与日の体重を基に算出した.

4. 観察項目

1) 一般状態観察

観察期間は投与後14日間とし,この間に一般状態および死亡の有無を投与日(0日)は投与後6時間まで経時的に,投与後1日から13日は毎日午前および午後の1日2回,投与後14日は午前中に1回観察した.

2) 体重測定

投与日の投与前,並びに投与後1,3,5,7,10および14日に測定した.

3) 病理学検査

観察期間中に死亡した動物は発見後速やかに,また,観察期間終了後の生存動物はエーテル麻酔下に放血致死させたのち剖検した.肉眼的に異常が認められた器官は摘出し,10 %中性緩衝ホルマリン溶液に固定保存するとともに,代表例について病理組織学検査を行った.

5. 統計解析

雌のLD50値を投与後14日間の累積死亡動物数から,Litchfield Wilcoxon法により算出した.体重は,各群ごとに平均値と標準偏差を求めた.

結果

1. 死亡の発生状況およびLD50

死亡の発生状況およびLD50値をTable 1に示した.

1280 mg/kg群の雌1例および1600 mg/kg群の雌雄各2例,2000 mg/kg群の雄2例および雌5例が1日目から5日目に死亡した.LD50値は,雄でおおよそ2000 mg/kg,雌で1762.4 mg/kg(95 %信頼限界:1344.7〜2309.8 mg/kg)であった.

2. 一般状態

軟便又は肛門周囲の汚れが,早いもので投与後45分からすべての被験物質投与群の雄および1024 mg/kg以上の群の雌の過半数例に認められた.投与後2時間からは尿による下腹部の汚れが819および1024 mg/kg群の雌各1例に,投与後3時間からは自発運動の低下および緩徐呼吸が2000 mg/kg群の雌1例に認められ,投与後6時間には尿による下腹部の汚れが1600 mg/kg群の雌1例に認められた.なお,投与後6時間には軟便および肛門周囲の汚れが対照群の雄1例に認められた.投与後1日以降は,尿による下腹部の汚れが1600 mg/kg以上の群の雌および2000 mg/kg群の雄に認められ,自発運動の低下および緩徐呼吸が1280 mg/kg以上の群の雌および1600 mg/kg以上の群の雄に認められた.また,1280 mg/kg以上の群の雄および1600 mg/kg群の雌では鼻周囲の汚れも認められた.死亡例では,上述の所見のほか1600 mg/kg群の雌雄各1例で体温低下が認められた.生存例では,遅くとも軟便は投与後2日,鼻周囲の汚れは投与後3日,尿による下腹部の汚れは投与後4日,緩徐呼吸および自発運動の低下並びに肛門周囲の汚れは投与後6日までに回復した.

3. 体重

すべての被験物質投与群の雌雄で投与翌日から増加抑制又は減少が認められたが,雄で投与後5ないし7日,雌で投与後3日ないし5日から順調な増加が認められた.

4. 剖検

死亡例では,前胃粘膜の白色点が2000 mg/kg群の雄2/2例および雌2/5例に認められた.また,肺の暗赤色斑が1600 mg/kg群の雄1/2例および雌2/2例,並びに2000 mg/kg群の雄1/2例および雌1/5例に認められ,1600および2000 mg/kg群の雄各1例では気管内の泡沫状液体貯留も認められた.更に,胸腺の暗赤色点が1600 mg/kg群の雌1/2例および2000 mg/kg群の雌2/5例に認められ,盲腸の暗赤色化又は副腎の暗赤色斑がそれぞれ2000 mg/kg群の雌1/5例に認められた.これらに加えて,胸腺の小型化が,やや遅れて死亡した1600および2000 mg/kg群の雌各1例に認められた.

生存例では,腎臓の灰白色点が1280 mg/kg群の雄1/5例および雌1/4例,1600 mg/kg群の雌雄各1/3例,並びに2000 mg/kg群の雄3/3例に認められ,このうち1280 mg/kg群の雄1例および2000 mg/kg群の雄2例では,腎臓の肥大も認められた.対照群,並びに819および1024 mg/kg群の雌雄では,変化は認められなかった.

5. 病理組織学検査

死亡例では,胃で前胃粘膜の白色点に対応して潰瘍が認められ,肺で暗赤色斑に対応して肺胞内水腫,胸腺で暗赤色点又は小型化に対応して出血又は萎縮,盲腸で暗赤色化に対応して粘膜固有層から粘膜下にかけての出血,副腎で暗赤色斑に対応して皮質の出血が認められた.

生存例では,腎臓で肥大又は灰白色点に対応して好塩基性尿細管および尿細管拡張,顆粒円柱,好中球性の細胞浸潤および尿細管腔への細胞滲出又は鉱質沈着が認められた.

考察

OECD既存化学物質安全性点検に係わる毒性調査の一環として,Crj:CD(SD)IGSラットを用い,2,4-ジ-tert-ブチルフェノ−ルの経口投与による単回投与毒性試験を実施した.なお,投与量は0(対照),819,1024,1280,1600および2000 mg/kgとした.

死亡は,1600 mg/kg以上の群の雄および1280 mg/kg以上の群の雌で投与後1日から5日までに認められた.LD50値は,雄でおおよそ2000 mg/kg,雌で1762.4 mg/kg(95 %信頼限界:1344.7〜2309.8 mg/kg)と推定された.

死亡例では,症状として軟便,自発運動の低下,緩徐呼吸および体温低下などが認められた.一部の例では,病理学検査において肉眼的に肺の暗赤色斑,組織学的に肺胞内水腫が認められ,肉眼的に気管内の泡沫状液体の貯留を伴っていたことから,死因は呼吸不全と推察された.また,胃では肉眼的に前胃粘膜の白色点,組織学的に前胃粘膜の潰瘍が認められており,本被験物質は粘膜刺激性を有する可能性が考えられた.そのほかには,組織学的に胸腺に出血又は萎縮,盲腸に粘膜固有層から粘膜下にかけての出血,副腎に皮質の出血が認められた.これらのうち,胸腺の出血は,死亡例においてしばしばみられる非特異的な変化であることから,死戦期に生じた変化と考えられ,盲腸および副腎の出血も同様な変化である可能性が考えられた.また,胸腺の萎縮は投与後5日に死亡した動物にのみ認められており,当該例では死亡に至るまでの間,緩徐呼吸および自発運動の低下などの症状がほぼ継続して認められ,体重も明らかに減少していることから,全身症状の悪化に伴ったストレスに起因した変化,あるいは衰弱による変化と考えられた.

生存例では,投与日に軟便又は肛門周囲の汚れが819 mg/kg以上の群の雄および1024 mg/kg以上の群の雌に認められ,投与後1日以降からは緩徐呼吸が2000 mg/kg群の雄および1600 mg/kg群の雌,自発運動の低下が2000 mg/kg群の雄および1280 mg/kg以上の群の雌に認められた.これらのうち軟便は投与後2日,緩徐呼吸,自発運動の低下および肛門周囲の汚れは投与後6日までにすべて回復した.なお,軟便および肛門周囲の汚れについては,対照群の雄1例にも認められたが,被験物質投与群に認められた変化は対照群と比較して発現頻度が高く,回復も遅かったことから,被験物質投与によるものと考えられた.そのほかには,鼻周囲の汚れが1280および1600 mg/kg群の雄に,尿による下腹部の汚れが819,1024および1600 mg/kg群の雌に散見されたが,これらの変化は全身症状の悪化に伴う身づくろい行動の抑制に起因した変化と考えられた.体重では,すべての被験物質投与群の雌雄で投与翌日以降から増加抑制又は減少が認められたが,雄では投与後5ないし7日から,雌では投与後3ないし5日から順調な増加が認められた.病理学検査では,1280 mg/kg以上の群の雌雄で肉眼的に腎臓の灰白色点又は肥大が認められ,これに対応して組織学的に好塩基性尿細管,顆粒円柱,好中球性の細胞浸潤,鉱質沈着などが認められており,本被験物質は腎臓に影響を及ぼすことが示唆された.

連絡先
試験責任者:緒方英博
試験担当者:木村栄介,浜村政夫,杉本健二,和泉宏幸,鍬先恵美子
(株)パナファ−ム・ラボラトリ−ズ安全性研究所
〒869-0425 熊本県宇土市栗崎町1285
Tel 0964-23-5111Fax 0964-23-2282

Correspondence
Authors:Hidehiro Ogata(Study Director)
Eisuke Kimura, Masao Hamamura, Kenji Sugimoto, Hiroyuki Izumi, Emiko Kuwasaki
Safety Assessment Laboratory, Panapharm Laboratories Co., Ltd.
1285 Kurisaki-machi, Uto-shi, Kumamoto, 869-0425, Japan
Tel +81-964-23-5111Fax +81-964-23-2282