以上の結果から,本試験条件下におけるエチルメチルケトキシムの反復投与毒性に関する無影響量(NOEL)は雌雄とも10 mg/kg/day未満と判断された.雄の生殖に及ぼす影響は100 mg/kg/day投与でも認められず,無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.雌の生殖に及ぼす影響は100 mg/kg/day投与で分娩率が低値を示したことから,無影響量は30 mg/kg/dayと判断された.児動物の発生・発育に及ぼす影響は100 mg/kg/day投与でも認められず,無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.
被験物質は,注射用蒸留水(大塚製薬工場製)に溶解し,10,30および100 mg/mLの濃度になるよう各群の投与液を調製した.調製後は,使用時まで冷暗条件下で密閉保管した.調製液中の被験物質は,1 mg/mL溶液の場合冷暗条件下で少なくとも7日間安定であることを確認した.
投与液の濃度および均一性の分析は,調製開始時に調製した各群のバッチから無作為にサンプルを抽出し実施した.その結果,表示濃度に対する誤差が-5.23〜2.50 %の範囲であり,基準範囲内(±10 %以内)であった.したがって,使用した投与液にはほぼ所定量のエチルメチルケトキシムが含有されていたことが確認された.
動物は,温度24±2℃,湿度55±10 %,換気回数15回/時間,照度150〜300 lux,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に設定されたバリアシステムの飼育室でアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに1匹ずつ収容し飼育した.妊娠18日以降の母動物は哺育4日までアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに哺育トレーおよび巣作り材料(CareFRESH TM)を入れて飼育した.
飼料は,オリエンタル酵母工業製造のNMF固型飼料(放射線滅菌飼料)を使用し,飼育期間中自由に摂取させた.飲水は,水道水を自由に摂取させた.
すなわち,0,20,60,200および600 mg/kgを雄および雌に14日間連続経口投与した結果,死亡例は認められなかったが,200および600 mg/kg群で投与後に縮瞳,散瞳および自発運動低下が雌雄ともに観察され,さらに600 mg/kg群でよろめき歩行,腹臥位および流涎が観察された.また,600 mg/kg群の雄に体重増加抑制が認められ,同群の雌雄に摂餌量の低値が認められた.
剖検では,60 mg/kg以上の投与群で雌雄のほぼ全例に脾臓の黒色化および肥大が観察されたほか,雄の6 mg/kg以上および雌の200 mg/kg以上の投与群で肝臓の肥大が少数例に,雌雄の200 mg/kg群で肝臓および腎臓の褐色化がほぼ全例に,雌雄の600 mg/kg群で肝臓および腎臓の黒色化が全例に観察された.
剖検時の器官重量では,雌雄の200および600 mg/kg群で脾臓の実重量および相対重量が高値を示し,雄の200および600 mg/kg群,雌の600 mg/kg群で心臓の実重量および相対重量および肝臓の相対重量が高値を示した.さらに,雄の600 mg/kg群で胸腺の実重量および相対重量が低値を,肺および腎臓の実重量および相対重量が高値を示し,雌の600 mg/kg群で肺の実重量および相対重量が高値を示した.以上の結果から,本試験の最高用量を明らかな毒性兆候が現れることが予想される100 mg/kgに設定し,以下公比3で除し,30および10 mg/kgを設定した.
投与容量は,体重100 g当り1 mLとし,交配前および交配期間中の雌雄では,個体別に測定した最新体重に基づいて算出を行った.また,妊娠期間および哺育期間中の雌は,妊娠0,7,14,21および哺育0日に測定した個体別体重に基づいて算出を行った.胃ゾンデを用いて毎日1回(7日/週)強制経口投与した.対照群には注射用蒸留水のみを同様に投与した.
雄の投与期間は,交配前14日間と交配期間14日間および交配期間終了後20日間の連続48日間とした.雌の投与期間は,交配前14日間と交配期間中(最長14日間)ならびに交尾雌の妊娠期間を通じて分娩後の哺育3日まで(41〜48日間)とした.なお,交尾しなかった雌は交配期間終了後20日間の連続48日間とした.
新生児は哺育0日に出産児数(生存児+死亡児)を調べ,性別を判定するとともに外表異常の有無を調べた.また,哺育0および4日に雌雄個体別の重量を測定し,1腹の雌雄別平均体重を算出した.
哺育4日に出生児の重量を測定後,全例をエーテル麻酔により安楽死させ,主要器官の肉眼観察を行った.なお,哺育期間中の死亡児についても同様に主要器官の肉眼観察を行った.また,出生児の4日生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)×100〕を求めた.
出産率,交尾率および受胎率についてはχ^2検定4, 5)を用いた.病理学検査の所見の発生率については,Fisherの直接確率検定法5)を用いて検定し,グレードのある所見は,−を「1」,+1を「2」,+2を「3」および+3を「4」に割り当てた後,順位和検定であるMann-WhitneyのU検定5)を用いて検定した.なお,哺育期間中の新生児に関する成績は1母体当りの平均を1標本とした.有意水準は *:P<0.05および**:P<0.01の2段階とした.
雌では,投与期間を通じて,対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.
雌では,対照群に比べて30および100 mg/kg群で脾臓の実重量および相対重量が高値を示し,さらに100 mg/kg群で心臓の相対重量が有意な高値を,実重量が高値傾向を示した.
雌では,脾臓の黒色化が30および100 mg/kg群で9および12例,肥大が30および100 mg/kg群で5および12例観察され,対照群に比べ発生率に有意な差が認められた.その他,単発性もしくは少数例の動物に認められた所見として,肺の黒色斑/区域が100 mg/kg群で1例,褐色斑/区域が対照群および10 mg/kg群で1および2例, 肝臓の結節が100 mg/kg群で1例,赤色斑/区域が10および30 mg/kg群で各1例,腎臓の褐色化が100 mg/kg群で2例,瘢痕が10 mg/kg群で1例,卵巣の嚢胞が対照群で1例,脱毛が100 mg/kg群で2例に観察された.
交尾の成立しなかった動物は30 mg/kg群の雌雄各1例であった.雄では脾臓の黒色化および肥大,雌では脾臓の黒色化が観察された.
妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌は10 mg/kg群で各1例であったが,これらの動物に異常所見は認められなかった.
雌では,脾臓の色素沈着が10 mg/kg以上の投与群で,うっ血および髄外造血が30 mg/kg以上の投与群でそれぞれ対照群に比較して有意な発生率の増加を示した.また,肝臓のクッパー細胞の色素沈着が30 mg/kg以上の投与群で,髄外造血が100 mg/kg群でそれぞれ対照群と比較して有意な発生率の増加を示した.同器官に認められた糖質沈着は,各群で発生率に有意な変化は認められなかったが,100 mg/kg群で程度の増強に有意差が認められた.さらに,腎臓の褐色色素沈着が対照群に比較して30 mg/kg以上の投与群で有意な発生率の増加を示した.その他認められた所見は単発性あるいは少数例の発現であり,被験物質投与に起因したと考えられる異常所見ではなかった.
交尾の成立しなかった動物は,30 mg/kg群の雌雄各1例であり,妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌は10 mg/kg群で各1例であった.雌雄とも,交尾もしくは妊娠の成立した動物と同様な所見が認められた他,単発性あるいは対照群でも同様に認められている所見が観察されたのみであり,交尾能あるいは受胎能に影響をおよぼしたと考えられる異常所見は認められなかった.
性周期観察では,いずれの群もほぼ4〜5日の性周期を示し平均性周期に群間差は認められなかった.
体重および摂餌量については,雌雄ともに被験物質投与の影響は認められなかった.
器官重量では,脾臓重量の増加が雌雄の 30および100 mg/kg群で認められ,さらに肝臓重量の増加が雄の100 mg/kg群で,心臓重量の増加が雌の100 mg/kg群で認められた.このうち,雌雄の脾臓重量および雌の心臓重量の変化は同化合物を用いたラットの28日間反復経口投与毒性試験1)においても20あるいは100 mg/kg群で同様に認められており,被験物質投与の影響と考えられた.上記試験において肝臓重量の増加は認められていないが,本試験で認められた変化が実重量および相対重量ともに一致した明らかな変化であり,投与期間も長いことから被験物質投与によるものと考えられた.
病理学検査の結果,剖検所見では脾臓の黒色化および肥大が雌雄の 30および100 mg/kg群で認められ,組織所見では雌雄の10 mg/kg以上の投与群で脾臓のうっ血,色素沈着および肝臓の糖質沈着,雄の10 mg/kg以上および雌の30 mg/kg以上の投与群でクッパー細胞の色素沈着,雌雄の30 mg/kg以上の投与群で脾臓の髄外造血,腎臓の褐色色素沈着,雄の100 mg/kgおよび雌の30 mg/kg以上の投与群で肝臓の髄外造血が観察され,それぞれの発生率あるいは程度の増強が認められた.このうち,クッパー細胞内の色素沈着および脾臓の色素沈着は,同化合物を用いたラットの28日間反復経口投与毒性試験6)においても20あるいは100 mg/kg群で同様に認められており,被験物質投与の影響と考えられた.また,腎臓の褐色色素沈着にについては,上記試験で認められていないが,本試験で認められた変化が被験物質投与群で発生数の増加が認められ,投与期間も長いことから被験物質投与によるものと考えられた.脾臓のうっ血は老廃赤血球の処理機能が亢進する場合に認められることが知られており7),被験物質投与により赤血球系に何らかの障害が生じたことが推察された.脾臓の髄外造血はこの赤血球の障害に対する代償性の造血亢進と考えられ,剖検所見で認められた脾臓の黒色化および肥大はそれぞれ組織学的に色素沈着およびうっ血に一致するものと考えられた.上記の28日間反復経口投与毒性試験では雌雄の20 mg/kg以上の群に網状赤血球率の上昇や脾臓の変化等の溶血性貧血の状態を示唆する被験物質の影響が認められており,本試験においても同様な結果が得られたと考えられた.肝臓の糖質沈着は対照群にも観察されてはいるが,投与群で明らかな程度の増強が認められ,被験物質投与により肝細胞の糖代謝に変化が生じたと考えられた.なお,雄の腎臓に観察された硝子滴については被験物質投与群において特に程度の増強は認められず,通常対照群にもよく認められる所見であり被験物質投与の影響か否かについては明らかではなかった.
以上のことから,本試験条件下におけるエチルメチルケトキシムの親動物に対する無影響量は雌雄の10 mg/kg以上の投与群に脾臓のうっ血および色素沈着等の組織所見が認められたことから,雌雄とも10 mg/kg/day未満と判断された.
以上のことから,エチルメチルケトキシムの雄の生殖に及ぼす影響は,100 mg/kg/day投与でも認められず,無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.雌の生殖に及ぼす影響は100 mg/kg/day投与で分娩率が低値を示したことから,無影響量は30 mg/kg/dayと判断された.児動物の発生・発育に及ぼす影響は 100 mg/kg/day投与によっても認められず,無影響量は 100 mg/kg/dayと判断された.
1) | C.G. Shayne, S.W. Carrol, "Stutics and Experimental Design For Toxicologists," Telford Press, 1986. |
2) | 佐野正樹,岡山佳弘,医薬安全性研究会会報,32, 21(1990). |
3) | M. Yoshida, J.J. Soc. comp. Stat., 1, 111(1988). |
4) | 佐久間昭,"薬効評価−計画と解析−,"東京大学出版会,1977. |
5) | 石居 進,"生物統計学入門,"培風館,1975. |
6) | 小林裕幸ほか,化学物質毒性試験報告,4,203(1996). |
7) | 伊藤信行,"最新 毒性病理学,"中山書店,1994,p. 276. |
連絡先 | |||
試験責任者: | 田中亮太 | ||
試験担当者: | 伊藤圭一,大庭耕輔,細井理代 | ||
財団法人 食品農医薬品安全性評価センター | |||
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜582-2 | |||
Tel 0538-58-1266 | Fax 0538-58-1393 |
Correspondence | ||||
Authors: | Ryota Tanaka(Study director), Keiichi Ito, Kousuke Oba, Masayo Hosoi | |||
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center) | ||||
582-2 Shioshinden Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan | ||||
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