エチルメチルケトキシムのラットを用いる
経口投与簡易生殖毒性試験

Preliminary Reproduction Toxicity Screening Test of
Ethyl methyl ketoxime by Oral Administration in Rats

要約

エチルメチルケトキシムの10,30および100 mg/kgをSD系(Crj:CD)のラットの交配前2週間および交配期間の2週間を通じて経口投与し,さらに雄では交配期間終了後20日間,雌では妊娠期間を通じて分娩後の哺育3日まで連続投与し,親動物の反復投与毒性および生殖能ならびに児動物の発生・発育に及ぼす影響について検討した.

1. 反復投与毒性

いずれの群にも死亡例は認められなかった.また,一般状態,体重および摂餌量にも被験物質投与による影響は認められなかった.器官重量では,雌雄の30および100 mg/kg群で脾臓の実重量および相対重量が高値を示した.さらに,雄の100 mg/kg群で肝臓の実重量および相対重量が高値を示し,雌の100 mg/kg群で心臓の実重量が高値傾向,相対重量が高値を示した.剖検では,30および100 mg/kg群の雌雄に脾臓の黒色化および肥大が観察された.病理組織学検査では,雌雄の10 mg/kg以上の投与群で脾臓のうっ血,色素沈着,髄外造血,肝臓の糖質沈着,クッパー細胞の色素沈着,髄外造血,腎臓の褐色色素沈着の発生数あるいは程度の増強が認められた.

2. 生殖発生毒性

交尾能,受胎能および性周期に被験物質投与の影響は認められなかった.100 mg/kg群の分娩率が低値を示した.妊娠黄体数,着床痕数,出産児数,出産生児数および着床率に明らかな被験物質投与の影響は認められなかった.新生児の外表に異常は認められず,体重にも群間差は認められなかった.死亡児および哺育4日の剖検でも被験物質投与による影響は認められなかった.

以上の結果から,本試験条件下におけるエチルメチルケトキシムの反復投与毒性に関する無影響量(NOEL)は雌雄とも10 mg/kg/day未満と判断された.雄の生殖に及ぼす影響は100 mg/kg/day投与でも認められず,無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.雌の生殖に及ぼす影響は100 mg/kg/day投与で分娩率が低値を示したことから,無影響量は30 mg/kg/dayと判断された.児動物の発生・発育に及ぼす影響は100 mg/kg/day投与でも認められず,無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.

方法

1. 被験物質

エチルメチルケトキシム〔東亜合成製造,Lot No. 060914,純度99.99 wt%,分子量87.12,凝固点-17℃,沸点152℃〕は,透明な液体であり,使用時まで室温で遮光下密栓保管した.本ロットは,投与期間中安定であったことを確認した.

被験物質は,注射用蒸留水(大塚製薬工場製)に溶解し,10,30および100 mg/mLの濃度になるよう各群の投与液を調製した.調製後は,使用時まで冷暗条件下で密閉保管した.調製液中の被験物質は,1 mg/mL溶液の場合冷暗条件下で少なくとも7日間安定であることを確認した.

投与液の濃度および均一性の分析は,調製開始時に調製した各群のバッチから無作為にサンプルを抽出し実施した.その結果,表示濃度に対する誤差が-5.23〜2.50 %の範囲であり,基準範囲内(±10 %以内)であった.したがって,使用した投与液にはほぼ所定量のエチルメチルケトキシムが含有されていたことが確認された.

2. 使用動物および飼育条件

試験には,日本チャールス・リバーから購入した生後8週齢のSprague-Dawley(Crj:CD(SD), SPF)系雌雄ラットを使用した.購入した動物は7日間検疫・馴化飼育した後,一般状態に異常が認められなかったものを10週齢で群分けして試験に用いた.群分け時の体重は,雄で361〜398 g,雌で229〜270 gの範囲であった.

動物は,温度24±2℃,湿度55±10 %,換気回数15回/時間,照度150〜300 lux,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に設定されたバリアシステムの飼育室でアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに1匹ずつ収容し飼育した.妊娠18日以降の母動物は哺育4日までアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに哺育トレーおよび巣作り材料(CareFRESH TM)を入れて飼育した.

飼料は,オリエンタル酵母工業製造のNMF固型飼料(放射線滅菌飼料)を使用し,飼育期間中自由に摂取させた.飲水は,水道水を自由に摂取させた.

3. 群分け

動物は投与開始日の体重をもとに層別化し,無作為抽出法により1群当たり12匹を振り分けた.

4. 投与量,群構成,投与期間および投与方法

本試験の用量は先に実施した予備試験「エチルメチルケトキシムのラットを用いる経口投与簡易生殖毒性試験-2週間毒性試験(試験番号 3207)」の結果を参考にして決定した.

すなわち,0,20,60,200および600 mg/kgを雄および雌に14日間連続経口投与した結果,死亡例は認められなかったが,200および600 mg/kg群で投与後に縮瞳,散瞳および自発運動低下が雌雄ともに観察され,さらに600 mg/kg群でよろめき歩行,腹臥位および流涎が観察された.また,600 mg/kg群の雄に体重増加抑制が認められ,同群の雌雄に摂餌量の低値が認められた.

剖検では,60 mg/kg以上の投与群で雌雄のほぼ全例に脾臓の黒色化および肥大が観察されたほか,雄の6 mg/kg以上および雌の200 mg/kg以上の投与群で肝臓の肥大が少数例に,雌雄の200 mg/kg群で肝臓および腎臓の褐色化がほぼ全例に,雌雄の600 mg/kg群で肝臓および腎臓の黒色化が全例に観察された.

剖検時の器官重量では,雌雄の200および600 mg/kg群で脾臓の実重量および相対重量が高値を示し,雄の200および600 mg/kg群,雌の600 mg/kg群で心臓の実重量および相対重量および肝臓の相対重量が高値を示した.さらに,雄の600 mg/kg群で胸腺の実重量および相対重量が低値を,肺および腎臓の実重量および相対重量が高値を示し,雌の600 mg/kg群で肺の実重量および相対重量が高値を示した.以上の結果から,本試験の最高用量を明らかな毒性兆候が現れることが予想される100 mg/kgに設定し,以下公比3で除し,30および10 mg/kgを設定した.

投与容量は,体重100 g当り1 mLとし,交配前および交配期間中の雌雄では,個体別に測定した最新体重に基づいて算出を行った.また,妊娠期間および哺育期間中の雌は,妊娠0,7,14,21および哺育0日に測定した個体別体重に基づいて算出を行った.胃ゾンデを用いて毎日1回(7日/週)強制経口投与した.対照群には注射用蒸留水のみを同様に投与した.

雄の投与期間は,交配前14日間と交配期間14日間および交配期間終了後20日間の連続48日間とした.雌の投与期間は,交配前14日間と交配期間中(最長14日間)ならびに交尾雌の妊娠期間を通じて分娩後の哺育3日まで(41〜48日間)とした.なお,交尾しなかった雌は交配期間終了後20日間の連続48日間とした.

1)一般状態

雌雄とも,全例について試験期間中毎日観察した.

2) 体重

雄では,投与1(投与開始日),8,15,22,29,36,43および49日(剖検日)に測定し,投与1から43日までの体重増加量を算出した.雌では,投与1(投与開始日),8および15日に測定し,投与1から15日までの体重増加量を算出した.交尾成立後の雌は,妊娠0,7,14および21日に,分娩した雌は哺育0および4日に測定し,それぞれ妊娠0から21日および哺育0から4日までの体重増加量を算出した.

3) 摂餌量

雄では,投与1(投与開始日),8,15,22,29,36,43および48日(剖検前日)に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの間の摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに投与1から15日および投与22から48日までの累積摂餌量を算出した.雌では,投与1(投与開始日),8および15日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに投与1から15日までの累積摂餌量を算出した.また,交尾成立の雌は妊娠0,7,14および21日に,分娩した雌は哺育0および4日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの間の摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともにそれぞれ妊娠0から21日および哺育0から4日までの累積摂餌量を算出した.なお,交配期間中の摂餌量は測定しなかった.

4) 交配

交配前14日間の性周期観察を行った雌を同群内の雄のケージに入れ1対1で最長14日間毎晩同居させた.翌朝,腟垢中の精子確認をもって交尾が成立したとし,その日を妊娠0日とした.性周期観察は交尾成立日まで行い,発情期から次の発情期までの間の日数を性周期日数として平均性周期を算出した.交配結果から,各群について交尾率[(交尾動物数/同居動物数)×100]を算出した.

5) 自然分娩時および新生児の観察

妊娠動物は全例を自然分娩させた.分娩の確認は午前9〜10時に行い,この時間帯に分娩が完了していることを確認した個体についてその日を哺育0日とした.午前10時を過ぎて分娩が完了した個体については,翌日を哺育0日とした.分娩を確認した全例について妊娠期間(哺育0日の年月日から妊娠0日の年月日を減じた日数),受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100)],出産率[(生児出産雌数/妊娠雌数)×100〕,着床率[(着床痕数/妊娠黄体数)×100)〕,分娩率[(総出産児数/着床痕数)×100〕,出生率[(出産生児数/総出産児数)×100)〕を算出した.妊娠25日の午前9時までに分娩のみられない動物は病理解剖した.母動物は哺育4日に病理解剖した.

新生児は哺育0日に出産児数(生存児+死亡児)を調べ,性別を判定するとともに外表異常の有無を調べた.また,哺育0および4日に雌雄個体別の重量を測定し,1腹の雌雄別平均体重を算出した.

哺育4日に出生児の重量を測定後,全例をエーテル麻酔により安楽死させ,主要器官の肉眼観察を行った.なお,哺育期間中の死亡児についても同様に主要器官の肉眼観察を行った.また,出生児の4日生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)×100〕を求めた.

6) 病理学検査

a) 剖検および器官重量

 雄動物

48日間投与した翌日,エーテル麻酔下で放血安楽死させた.主要器官の肉眼的観察を行った後,肺,肝臓,腎臓,脾臓,精巣および精巣上体重量を測定し器官重量・体重比(相対重量)を算出した.また,全動物の重量測定器官に加えて精嚢および前立腺を10 %中性緩衝ホルマリン液で固定した.なお,精巣および精巣上体はブアン氏液で固定した.

 自然分娩した雌

哺育4日にエーテル麻酔下で放血安楽死させた.主要器官の肉眼的観察を行った後,心臓,肝臓,腎臓,脾臓および副腎重量を測定し器官重量・体重比(相対重量)を算出した.また,全動物の重量測定器官に加えて卵巣,子宮,腟および肉眼所見として変化が認められた器官・組織として肺および皮膚を10 %中性緩衝ホルマリン液で固定した.また,剖検時に黄体数および着床痕数を調べた.

 交尾の成立しなかった雌

48日間投与した翌日,エーテル麻酔下で放血安楽死させた.器官・組織の肉眼的観察を行った後,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,卵巣,子宮および腟を10 %中性緩衝ホルマリン液で固定した.

 自然分娩の認められない雌

妊娠25日に,エーテル麻酔下で放血安楽死させた.器官・組織の肉眼的観察を行った後,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,卵巣,子宮および腟を10 %中性緩衝ホルマリン液で固定した.着床痕が認められない動物は妊娠不成立と判定した.

b) 病理組織学検査

 妊娠を成立させた雄

全群全例の肝臓,腎臓,脾臓,精巣および精巣上体について実施した.

 自然分娩した雌

全群全例,肝臓,腎臓,脾臓および卵巣について実施し,加えて,対照群および高用量群各1例,低用量群2例の肺,高用量群2例の皮膚について実施した.

 交尾の成立しなかった雌雄

30 mg/kg群の雌雄各1例の肝臓,腎臓,脾臓,卵巣,子宮,腟,精巣,精巣上体,精嚢および前立腺について実施した.

 妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌

10 mg/kg群の雌雄各1例の肝臓,腎臓,脾臓,卵巣,子宮,腟,精巣,精巣上体,精嚢および前立腺について実施した.

5. 統計解析

体重,摂餌量,黄体数,着床痕数,出産児数,死産児数,性比,平均性周期,妊娠期間,着床率,分娩率,出生率,外表異常発現率,新生児の4日の生存率,器官重量,器官重量・体重比(相対重量),血液学的および血液生化学検査値については多重比較検定1-3)を行った.

出産率,交尾率および受胎率についてはχ^2検定4, 5)を用いた.病理学検査の所見の発生率については,Fisherの直接確率検定法5)を用いて検定し,グレードのある所見は,−を「1」,+1を「2」,+2を「3」および+3を「4」に割り当てた後,順位和検定であるMann-WhitneyのU検定5)を用いて検定した.なお,哺育期間中の新生児に関する成績は1母体当りの平均を1標本とした.有意水準は *:P<0.05および**:P<0.01の2段階とした.

結果

1. 反復投与毒性

1) 死亡および一般状態

死亡例は,投与期間を通じ,雌雄いずれの群にも観察されなかった.一般状態の観察では,脱毛が雌の30および100 mg/kg群でそれぞれ1および2例に観察されたが,少数例の発現であった.雄では投与期間を通じていずれの群にも異常は観察されなかった.

2) 体重(Fig.1,2)

雄では,対照群に比べて30および100 mg/kg群で投与1〜3日の体重増加量が統計学的に有意な高値を示したが,軽微な変化であり,各測定日では明らかな変化は認められなかった.

雌では,投与期間を通じて,対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.

3) 摂餌量(Fig.3,4)

雌雄とも,対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.

4) 器官重量(Table 1)

雄では,対照群に比べて30および100 mg/kg群で脾臓の実重量および相対重量が統計学的に有意な高値を示し,さらに100 mg/kg群で肝臓の実重量および相対重量が有意な高値を示した.

雌では,対照群に比べて30および100 mg/kg群で脾臓の実重量および相対重量が高値を示し,さらに100 mg/kg群で心臓の相対重量が有意な高値を,実重量が高値傾向を示した.

5) 剖検所見

雄では,脾臓の黒色化が30および100 mg/kg群で10および12例,肥大が30および100 mg/kg群で9および12例観察され,対照群に比べそれぞれ発生率に有意な差が認められた.その他,単発性もしくは少数例の動物に認められた所見として,肺の褐色斑/区域が100 mg/kg群で1例,肝臓の横隔膜ヘルニアが対照群で1例,腎臓の褐色化が100 mg/kg群で1例,嚢胞が対照群および30 mg/kgで1および2例,瘢痕が対照群および 100 mg/kg群で各1例に観察された.

雌では,脾臓の黒色化が30および100 mg/kg群で9および12例,肥大が30および100 mg/kg群で5および12例観察され,対照群に比べ発生率に有意な差が認められた.その他,単発性もしくは少数例の動物に認められた所見として,肺の黒色斑/区域が100 mg/kg群で1例,褐色斑/区域が対照群および10 mg/kg群で1および2例, 肝臓の結節が100 mg/kg群で1例,赤色斑/区域が10および30 mg/kg群で各1例,腎臓の褐色化が100 mg/kg群で2例,瘢痕が10 mg/kg群で1例,卵巣の嚢胞が対照群で1例,脱毛が100 mg/kg群で2例に観察された.

交尾の成立しなかった動物は30 mg/kg群の雌雄各1例であった.雄では脾臓の黒色化および肥大,雌では脾臓の黒色化が観察された.

妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌は10 mg/kg群で各1例であったが,これらの動物に異常所見は認められなかった.

6) 病理組織学検査(Table 2,3)

雄では,脾臓のうっ血および色素沈着が10 mg/kg以上の投与群で,髄外造血が30および100 mg/kg群でそれぞれ対照群に比べ統計学的に有意な発生率の増加および程度の増強を示した.また,肝臓のクッパー細胞の色素沈着が30および100 mg/kg群で,髄外造血が100 mg/kg群でそれぞれ対照群に比べ発生率の有意な増加を示した.肝臓の糖質沈着は各群の発生率に有意な変化は認められなかったが,100 mg/kg群で程度の増強に有意な差が認められた.また,腎臓の褐色色素沈着が30および100 mg/kg群で,硝子滴が100 mg/kg群でそれぞれ対照群に比べ有意な発生率の増加を示した.その他認められた所見は単発性あるいは少数例の発現であり,被験物質投与に起因したと考えられる異常所見ではなかった.

雌では,脾臓の色素沈着が10 mg/kg以上の投与群で,うっ血および髄外造血が30 mg/kg以上の投与群でそれぞれ対照群に比較して有意な発生率の増加を示した.また,肝臓のクッパー細胞の色素沈着が30 mg/kg以上の投与群で,髄外造血が100 mg/kg群でそれぞれ対照群と比較して有意な発生率の増加を示した.同器官に認められた糖質沈着は,各群で発生率に有意な変化は認められなかったが,100 mg/kg群で程度の増強に有意差が認められた.さらに,腎臓の褐色色素沈着が対照群に比較して30 mg/kg以上の投与群で有意な発生率の増加を示した.その他認められた所見は単発性あるいは少数例の発現であり,被験物質投与に起因したと考えられる異常所見ではなかった.

交尾の成立しなかった動物は,30 mg/kg群の雌雄各1例であり,妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌は10 mg/kg群で各1例であった.雌雄とも,交尾もしくは妊娠の成立した動物と同様な所見が認められた他,単発性あるいは対照群でも同様に認められている所見が観察されたのみであり,交尾能あるいは受胎能に影響をおよぼしたと考えられる異常所見は認められなかった.

2. 生殖発生毒性

1) 交尾および受胎能(Table 4)

交尾は,30 mg/kgを除くすべての群で全例成立し,30 mg/kg群では12例中11例(91.7 %)で成立した.受胎は,0,30および100 mg/kg群の交尾が成立した雌の全例で成立し,10 mg/kg群では12例中11例(91.7 %)で成立した.

性周期観察では,いずれの群もほぼ4〜5日の性周期を示し平均性周期に群間差は認められなかった.

2) 分娩および哺育(Table 5)

100 mg/kg群の出産児数および出産生児数が対照群に比べ低値傾向を示し,同群の分娩率が統計学的に有意な低値を示した.また,10 mg/kg群の妊娠期間が対照群に比べ軽微な延長を示したが,対照群のMean±S.D.の範囲内の変化であり,用量に関連した変化ではなかった.その他,分娩状態には異常が観察されず,各群の黄体数,着床痕数および死産児数はほぼ同様な値を示し,出産率,着床率,出生率および出生児の4日生存率に群間差は認められなかった.

3) 新生児の形態,体重および剖検所見

新生児の外表検査では,無尾および内反足が対照群の同一個体の1例,矮小児が30 mg/kg群の1例に観察された.哺育期間中の体重では,雌雄ともに群間差は認められなかった.死亡児の剖検では,右大動脈弓が対照群の雄の1例のみに観察された.哺育4日の剖検では,雄に胸腺の頸部残留および肝臓の白色斑/区域が,雌に胸腺の頸部残留あるいは赤色斑/区域,肝臓の黒色斑/区域あるいは奇形結節がそれぞれ散見された.

考察

1. 反復投与毒性

死亡例は,投与期間を通じ雌雄いずれの群にも認められなかった.また,一般状態の観察では,被験物質投与に起因したと考えられる異常所見は認められなかった.

体重および摂餌量については,雌雄ともに被験物質投与の影響は認められなかった.

器官重量では,脾臓重量の増加が雌雄の 30および100 mg/kg群で認められ,さらに肝臓重量の増加が雄の100 mg/kg群で,心臓重量の増加が雌の100 mg/kg群で認められた.このうち,雌雄の脾臓重量および雌の心臓重量の変化は同化合物を用いたラットの28日間反復経口投与毒性試験1)においても20あるいは100 mg/kg群で同様に認められており,被験物質投与の影響と考えられた.上記試験において肝臓重量の増加は認められていないが,本試験で認められた変化が実重量および相対重量ともに一致した明らかな変化であり,投与期間も長いことから被験物質投与によるものと考えられた.

病理学検査の結果,剖検所見では脾臓の黒色化および肥大が雌雄の 30および100 mg/kg群で認められ,組織所見では雌雄の10 mg/kg以上の投与群で脾臓のうっ血,色素沈着および肝臓の糖質沈着,雄の10 mg/kg以上および雌の30 mg/kg以上の投与群でクッパー細胞の色素沈着,雌雄の30 mg/kg以上の投与群で脾臓の髄外造血,腎臓の褐色色素沈着,雄の100 mg/kgおよび雌の30 mg/kg以上の投与群で肝臓の髄外造血が観察され,それぞれの発生率あるいは程度の増強が認められた.このうち,クッパー細胞内の色素沈着および脾臓の色素沈着は,同化合物を用いたラットの28日間反復経口投与毒性試験6)においても20あるいは100 mg/kg群で同様に認められており,被験物質投与の影響と考えられた.また,腎臓の褐色色素沈着にについては,上記試験で認められていないが,本試験で認められた変化が被験物質投与群で発生数の増加が認められ,投与期間も長いことから被験物質投与によるものと考えられた.脾臓のうっ血は老廃赤血球の処理機能が亢進する場合に認められることが知られており7),被験物質投与により赤血球系に何らかの障害が生じたことが推察された.脾臓の髄外造血はこの赤血球の障害に対する代償性の造血亢進と考えられ,剖検所見で認められた脾臓の黒色化および肥大はそれぞれ組織学的に色素沈着およびうっ血に一致するものと考えられた.上記の28日間反復経口投与毒性試験では雌雄の20 mg/kg以上の群に網状赤血球率の上昇や脾臓の変化等の溶血性貧血の状態を示唆する被験物質の影響が認められており,本試験においても同様な結果が得られたと考えられた.肝臓の糖質沈着は対照群にも観察されてはいるが,投与群で明らかな程度の増強が認められ,被験物質投与により肝細胞の糖代謝に変化が生じたと考えられた.なお,雄の腎臓に観察された硝子滴については被験物質投与群において特に程度の増強は認められず,通常対照群にもよく認められる所見であり被験物質投与の影響か否かについては明らかではなかった.

以上のことから,本試験条件下におけるエチルメチルケトキシムの親動物に対する無影響量は雌雄の10 mg/kg以上の投与群に脾臓のうっ血および色素沈着等の組織所見が認められたことから,雌雄とも10 mg/kg/day未満と判断された.

2. 生殖発生毒性

100 mg/kg群で出産児数および出産生児数の低値傾向が認められ,同群の分娩率が低値を示し,被験物質投与の影響が示唆された.その他,妊娠期間,性周期,交尾率,受胎率,出産率,着床率,出生率および出生児の4日生存率に被験物質投与の影響は認められなかった.また,新生児の外表検査でも被験物質投与によると考えられる異常はなく,体重にも群間差は認められなかった.死亡児および哺育4日の剖検では被験物質投与によると考えられる異常所見は観察されなかった.

以上のことから,エチルメチルケトキシムの雄の生殖に及ぼす影響は,100 mg/kg/day投与でも認められず,無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.雌の生殖に及ぼす影響は100 mg/kg/day投与で分娩率が低値を示したことから,無影響量は30 mg/kg/dayと判断された.児動物の発生・発育に及ぼす影響は 100 mg/kg/day投与によっても認められず,無影響量は 100 mg/kg/dayと判断された.

文献

1)C.G. Shayne, S.W. Carrol, "Stutics and Experimental Design For Toxicologists," Telford Press, 1986.
2)佐野正樹,岡山佳弘,医薬安全性研究会会報,32, 21(1990).
3)M. Yoshida, J.J. Soc. comp. Stat., 1, 111(1988).
4)佐久間昭,"薬効評価−計画と解析−,"東京大学出版会,1977.
5)石居 進,"生物統計学入門,"培風館,1975.
6)小林裕幸ほか,化学物質毒性試験報告,4,203(1996).
7)伊藤信行,"最新 毒性病理学,"中山書店,1994,p. 276.

連絡先
試験責任者:田中亮太
試験担当者:伊藤圭一,大庭耕輔,細井理代
財団法人 食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Ryota Tanaka(Study director),
Keiichi Ito, Kousuke Oba,
Masayo Hosoi
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan
Tel +81-538-58-1266Fax +81-538-58-1393