2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンのラットにおける
反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive / Developmental Toxicity Screening Test of 2,4-Dichloro-1-methylbenzene in Rats

要約

2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼン(2,4-dichloro-1-methylbenzene, CAS No.95-73-8)の12.5、79及び500 mg/kg/dayを雄ラットの交配14日前より47日間、雌ラットの交配前14日間、交配及び妊娠期間、哺育3日までの期間に経口反復投与し、雌雄動物への反復投与による影響及び生殖・発生に及ぼす影響についてスクリーニング試験し、以下の知見が得られた。

1. 反復投与毒性

(1)一般状態観察では、500 mg/kg群の雌雄全例、79 mg/kg群の雄4例雌2例及び12.5 mg/kg群の雌雄各1例で投与直後に流涎が認められた。
(2)体重推移では、500 mg/kg群の雌で妊娠及び哺育期間中に体重増加量の減少あるいは増加率の低下が認められた。
(3)摂餌量では、500 mg/kg群の雄で投与2日に減少が、同群の雌で投与10日及び妊娠3日に減少が認められた。
(4)血液学及び血液生化学的検査では、500 mg/kg群の雄で血小板数の減少、コリンエステラーゼの増加などが認められた。
(5)器官重量では、500 mg/kg群で肝臓の体重重量比の上昇が雌雄に、腎臓の体重重量比の上昇が雄に認められた。
(6)剖検では、500 mg/kg群の雄9例で肝臓の暗褐色化が認められた。
(7)病理組織学的検査では、肝臓において小葉中心性の肝細胞腫大が500 mg/kg群の雄全例及び79 mg/kg群の雄2例で認められた。腎臓においては、尿細管上皮の萎縮及び再生、尿細管の拡張が500 mg/kg群の雄2例雌1例及び79 mg/kg群の雄1例に認められた。また、尿細管上皮の硝子滴及び好酸体の沈着の出現頻度が79 mg/kg以上の群の雄で増加する傾向が認められた。
(8)以上より、被験物質の反復投与による主な毒性は、79 mg/kg以上の群の雄で認められた肝臓の小葉中心性の肝細胞腫大など肝臓に対する影響、79 mg/kg以上の群の雄及び500 mg/kg群の雌で認められた腎臓の尿細管上皮の萎縮及び再生、尿細管の拡張など腎臓に対する影響、及び12.5 mg/kg以上の群の雌雄で認められた流涎であった。これらのことから、本スクリーニング試験における2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンの反復投与による無影響量(NOEL)は雌雄ともに12.5 mg/kg/day未満であることが示唆された。ただし、12.5 mg/kg群では流涎が雌雄各1例に認められたのみであった。

2. 生殖発生毒性

(1)雌雄動物の生殖能検査では、500 mg/kg群で受胎率の低下が認められた。また、同群の不妊であった7組のうち6組で交尾成立時に腟栓がみられないあるいは腟垢中の精子数が少ないことが確認された。
(2)新生児の体重推移では、500 mg/kg群の雌雄で哺育1及び4日に体重の低値が認められた。
(3)雌動物の分娩及び母性行動観察、新生児の生存性、一般状態観察及び剖検では、被験物質投与による影響は認められなかった。
(4)以上より、生殖・発生に対する主な影響として、500 mg/kg群で受胎率の低下が認められた。また、その原因として雄の生殖器及び副生殖器の機能的障害を示唆する所見、すなわち、不妊の多数例で交尾成立時に腟栓がみられないあるいは腟垢中の精子数が少ないことが確認された。これらのことから、本スクリーニング試験における2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンの雌雄動物の生殖・発生に対する無影響 (NOEL) 量は雌雄ともに79 mg/kg/dayであることが示唆された。

緒言

2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンの雌雄ラットへの反復投与による影響及び生殖・発生に及ぼす影響について試験したので、その成績を報告する。

方法

1. 被験物質

被験物質は、2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼン(提供元:保土谷化学工業株式会社、Lot番号:814、純度:98.96%)である。被験物質は、無色透明の液体(比重1.25)であり、室温、遮光下で保存した。なお、投与には原液をそのまま使用した。

2. 試験動物

生後8週齢のCrj:CD(SD)系SPF雌雄ラットを日本チャールス・リバー株式会社より受け入れ、15日間の馴化飼育を行った。馴化期間中、順調な発育を示した動物および、雌については、性周期に異常の認められない動物を試験に用いた。

3. 飼育環境条件

動物の飼育は、温度23±3℃、湿度55±10%、換気回数10〜15回/時間、照明時間12時間(午前8時から午後8時まで点灯)に設定されたバリアシステムの飼育室において、ブラケット式金属製金網床ケージ(260W×380D×180H, mm)を用いて行った。ただし、妊娠17日より金属網床のかわりに実験動物用床敷(ホワイトフレーク、日本チャ−ルス・リバー株式会社)を敷いたステンレス製受皿を使用した。ケージ当たりの収容匹数は、群分け前は4匹以内、群分け後は1匹、交配中は雌雄各1匹、妊娠期間中は1母動物、哺育期間中は1腹とした。

飼育室内の清掃は1日1回以上、床の清拭消毒は1日1回の頻度で行った。

飼料は固型飼料(CRF-1、オリエンタル酵母工業株式会社)を金属製給餌器を用いて、飲料水は水道水(札幌市水道水)を自動給水装置及びポリプロピレン製給水器を用いて、それぞれ自由に摂取させた。

飼料の分析及び飲料水の水質検査はの結果、試験施設で定めた基準値の範囲内であった。

なお、試験成績の信頼性に影響を及ぼしたと思われる環境要因は認められなかった。

4. 試験群の設定(Table1)、群分け及び個体識別

試験群は、2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンの14日間反復投与試験の結果を参考に設定した。すなわち、最高用量である500 mg/kg群で自発運動の減少が雌に、投与2日の摂餌量のわずかな減少が雄に、肝臓及び腎臓重量の増加傾向が雌雄で認められたが、12.5及び79 mg/kg群では被験物質投与による影響は認められなかった。これらのことから、本試験の高用量は投与期間の延長により雌雄動物に対して明確な影響が現れると推側される500 mg/kg/day、低用量は投与可能な最小量である12.5 mg/kg/day、中間用量はそれらの等比中項である79 mg/kg/day(公比約6.3)とし、さらに日本薬局方精製水を投与する対照を設け、計4群とした。

動物数は1群あたり雌雄各12匹とした。群分けは、馴化飼育の最終日(投与開始前日)に各群の体重が均一になるように体重別層化無作為抽出法により行った。

動物の識別は、油性フェルトペンあるいはイヤーパンチを用いた。ケージには性別毎に色分けしたカードに試験番号、試験群、グループ番号及び動物番号を明記して標示した。

5. 投与経路及び投与方法

投与経路は、被験物質が人体に経口的に暴露される可能性があることから、経口投与とした。投与は胃ゾンデを用いて強制的に胃内に行った。投与容量は、被験物質が原液として規定の用量となるように投与日に最も近い日に測定した体重に基づいて算出した。

投与期間は、雄については交配14日前より46日間、雌については交配前14日間及び交尾成立までの交配期間、さらに交尾成立例は妊娠期間及び哺育3日までの期間とした。投与時刻は、午前10時から午後1時の間とした。

投与は10週齢から開始し、投与開始時の平均体重(体重範囲)は雄で386.5g(356〜420g)、雌で230.6g(205〜253g)であった。

6. 観察、測定及び検査項目

(1) 雄動物について

1) 一般状態観察

全例について、試験期間中1日1回以上の頻度で、視診及び触診により行動、外観などを観察した。

2) 体重測定

全例について、投与1日(投与前)、投与2、5、7、10及び14日、その後は7日毎に(投与終了日を含む)、さらに剖検日に測定した。また、投与期間中の体重増加量及び体重増加率を算出した。

3) 摂餌量測定

全例について、投与1日(投与前)、投与2、5、7、10及び14日、その後は交配期間を除き体重測定日と同じ日(投与終了日を含む)に測定した。

4) 生殖能検査

投与14日の雄と同試験群内の雌を夕方より1対1で最長14日間同居させた。また、交尾成立は相手雌の腟垢中に精子が確認された場合とし、妊娠成立は相手雌の子宮に着床痕が確認された場合とした。また、交尾率及び受胎率を算出した。

5) 血液学的検査

投与46日の翌日に全例について、約16時間絶食した後、エーテル麻酔下で大腿静脈より採血し、EDTA・2Kで処理した血液を用いて、以下に示す検査を行った。さらに、CT は無処理血液を用いて、PT, APTT については腹部大動脈より採血し、クエン酸ナトリウムで処理した後、3000r.p.m.で10分間遠心分離して得られた血漿を用いて検査を行った。

6) 血液生化学的検査

投与46日の翌日に全例について、血液学的検査のための採血後、腹部大動脈より採血し3000r.p.m.で10分間遠心分離して、得られた血清を用いて次の検査を行った。

7) 剖検及び器官重量測定

投与46日の翌日に全例について、エーテル麻酔下で採血後放血致死させ、全身の器官・組織を肉眼的に観察した。摘出器官のうち、肝臓、腎臓(左右)、胸腺、副腎(左右)、精巣及び精巣上体(左右)の重量を測定し、器官体重重量比を算出した。

8) 病理組織学的検査

全例について、剖検時に肝臓、腎臓、脾臓、心臓、肺、脳、下垂体、副腎、甲状腺、上皮小体、胸腺、腸間膜リンパ節、膵臓、舌、下顎リンパ節、顎下腺、舌下腺、耳下腺、乳腺、皮膚、眼球、ハーダー腺、胸骨及び大腿骨(骨髄を含む)、脊髄(頚部)骨格筋(外側広筋)、胸部大動脈、喉頭、気管、気管支、食道、胃(前胃、腺胃)、十二指腸、空腸、回腸、盲腸、結腸、直腸、膀胱、精巣、精巣上体、精嚢(凝固腺を含む)、前立腺及び異常所見部位を10%中性緩衝ホルマリン液で固定し、保存した。なお、眼球及びハーダー腺はデビッドソン液で、精巣及び精巣上体はブアン液で固定・保存した。摘出器官のうち、全例の肝臓、腎臓、脾臓、心臓、肺、脳、下垂体、胸腺、副腎、甲状腺、胸骨及び大腿骨(骨髄)、精巣、精巣上体、前立腺及び異常所見部位について、パラフィン包埋後薄切し、ヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し、鏡検した。

(2)雌動物について

1) 性周期検査

全例について、投与10日前から交尾成立までの連日、ギムザ染色による腟垢塗抹標本を作製し、光学顕微鏡下で性周期段階の判定を行った。

2) 一般状態観察

全例について、試験期間中1日1回以上の頻度で、視診及び触診により行動、外観などを観察した。

3) 体重測定

全例について、投与1日(投与前)、投与2、5、7、10及び14日、妊娠0、1、3、5、7、10、14、17及び20日、哺育1及び4日に測定した。なお、交配期間中は、相手雄と同じ測定日に測定した。また、投与期間中、妊娠期間中及び哺育期間中の体重増加量及び体重増加率を算出した。

4) 摂餌量測定

全例について、投与1日(投与前)、投与2、5、7、10及び14日、妊娠1、3、5、7、10、14、17及び20日、哺育1及び4日に測定した。

5) 生殖能検査

投与14日の雌と同試験群内の雄を夕方より1対1で最長14日間同居させた。交尾の成立は雌の腟垢中に精子が確認された場合とし、妊娠の成立は子宮に着床痕が確認された場合とした。また、交尾率及び受胎率を算出した。

6) 分娩及び母性行動観察

全例について、分娩状態、母性行動、生存児数及び死亡児数、出産児の性別及び外表を観察した。また、着床率、出産率、分娩率、出生率、哺育4日時哺育率及び性比を算出した。妊娠期間は妊娠21日の午前9時から妊娠22日の午前9時までに分娩が終了した場合を21日間とし、それ以降同様に午前9時から翌日午前9時までを1日として算出した。なお、分娩日を哺育0日として起算した。

7) 剖検及び器官重量測定

交尾成立例は哺育4日に、交尾不成立例は交配期間終了の翌日に、妊娠25日まで分娩の認められない例(不妊例)は妊娠26日にエーテル麻酔下で放血致死させ、全身の器官・組織を肉眼的に観察した。また、子宮の着床痕及び卵巣の妊娠黄体を計数した。摘出器官のうち、肝臓、腎臓(左右)、胸腺、副腎(左右)及び卵巣(左右)の重量を測定した。また、器官体重重量比を算出した。

8) 病理組織学的検査

全例について、剖検時に雄と同様な器官・組織の他、卵巣、子宮、腟及び異常所見部位を10%中性緩衝ホルマリン液で固定し、保存した。なお、眼球及びハーダー腺はデビッドソン液で固定・保存した。摘出器官のうち、全例の肝臓、腎臓、脾臓、心臓、肺、脳、下垂体、胸腺、副腎、甲状腺、胸骨及び大腿骨(骨髄)、卵巣及び異常所見部位について、パラフィン包埋後薄切し、ヘマトキシリン・エオジン染色あるいはPAS、α-アミラーゼ及びoil red O染色標本を作製し、鏡検した。

(3)新生児について

1) 一般状態観察及び生存性

全例について、分娩日から剖検日(哺育4日)まで1日1回、生存及び死亡を確認し、一般状態及び外表について観察した。なお、哺育日数は分娩日を哺育0日として起算した。ただし、分娩の終了を朝9時に確認した場合は、その前日を哺育0日とした。また、新生児生存率を1腹を単位として算出した。ただし、喰殺を受け死亡あるいは行方不明となった新生児は死亡例として扱った。

2) 体重測定

全例について、哺育1及び4日に測定した。なお、体重値は雌雄別に1腹を単位とした平均値で示した。また、体重増加量及び体重増加率を算出した。

3) 剖検

死亡例は、直ちに剖検し、whole bodyを10%中性緩衝ホルマリン液で固定し、保存した。その他の例については、哺育4日に体外表(口腔内を含む)を観察し、二酸化炭素吸入法により安楽致死させ、全身の器官・組織を肉眼的に観察した。異常所見部位の認められた例については、whole bodyを10%中性緩衝ホルマリン液で固定・保存した。

7. 統計処理

体重、摂餌量、体重増加量及び体重増加率、器官重量、器官体重重量比、妊娠黄体数、着床痕数及び着床率、総出産児数、出産確認時生存児数、分娩率、出生率、性比、出産確認時死亡児数及び新生児生存率については、Bartlettの検定法によって分散を検定した。その結果、等分散(P>0.05)を示した項目については一元配置分散分析法によって解析し、有意な場合(P<0.01)、Dunnettの検定法により対照群と被験物質投与群との比較を行った。一方、不等分散(P<0.05)を示した項目についてはKruskal-Wallis法により解析し、有意な場合(P<0.10)、Mann-WhitneyのU-検定法により対照群と被験物質投与群との比較を行った。なお、分娩及び母性行動観察結果、新生児の生存率及び体重については、1腹を単位として検定を行った。

交尾率、受胎率、出産率及び哺育率については多試料χ^2-検定を行い、その結果、有意な場合は2試料χ^2検定を行った。ただし、2試料χ^2-検定あるいは多試料χ^2検定に不適合の場合はFisherの正確確率検定法により行った。

一般状態観察結果(雌雄の流涎)及び病理組織学的検査結果(雄)について、Fisherの正確確率検定法により対照群と被験物質投与群との比較を行った。なお、対照群との検定については、危険率5%以下を統計学的に有意とした。

結果

1. 雄動物の反復投与毒性

(1) 一般状態観察

流涎が500 mg/kg群で12例中全例に認められ、対照群と比較して出現頻度の有意な増加が認められた。同症状は79 mg/kg以下の群でも認められ(12.5 mg/kg群:1例、79 mg/kg群:4例)、その出現頻度は被験物質投与群で用量依存的に増加する傾向がみられたものの、対照群と比較して79 mg/kg以下の群では有意な差は認められなかった。なお、同症状は、投与4日以降に投与直後から約2時間までの間に認められ、高用量群ほど出現期間は長かった。

その他に、鼻周囲に痂皮、喘鳴、尿道口周囲被毛に血液様液付着、尿道口周囲被毛汚染及び右上眼瞼の皮膚腫瘤が用量依存性なく散発的に認められた。

(2) 体重推移(Table 2)

投与期間を通して、対照群と比較して有意な差は認められなかった。

(3) 摂餌量(Table 3)

対照群と比較して500 mg/kg群で投与2日に摂餌量の減少が認められた。

(4) 血液学的検査(Table 4)

対照群と比較して500 mg/kg群で血小板数の減少が認められた。

(5) 血液生化学的検査(Table 5)

対照群と比較して500 mg/kg群でα1-グロブリン分画の低下、コリンエステラーゼの増加、トリグリセリド及び尿素窒素の減少が認められた。

(6) 器官重量(Table 6)

対照群と比較して500 mg/kg群で肝臓及び腎臓重量の増加及び体重重量比の上昇が認められた。

(7) 剖検

肝臓全葉の暗褐色化が500 mg/kg群の12例中9例に認められた。その他に外表所見として尿道口周囲被毛汚染及び右上眼瞼の皮膚腫瘤が認められた。

(8) 病理組織学的検査

肝臓への影響を示唆する所見として、小葉中心性の肝細胞腫大が500 mg/kg群で全例に認められ、対照群と比較して出現頻度の有意な増加が認められた。同所見は、統計学的に有意な出現頻度ではなかったものの、79 mg/kg群でも2例に認められた。

腎臓への影響を示唆する所見として、顆粒円柱、尿細管の拡張、尿細管上皮の萎縮及び再生が、統計学的に有意な出現頻度ではなかったものの、500 mg/kg群の2例及び79 mg/kg群の1例に認められた。また、尿細管上皮の硝子滴沈着及び好酸体沈着の出現頻度が79 mg/kg以上の群で増加する傾向がみられ(対照群:5例、12.5 mg/kg群:3例、79 mg/kg群:10例、500 mg/kg群:全例)、対照群と比較して500 mg/kg群で有意な差が認められた。

不妊の原因を示唆する所見は認められなかった。

その他に、腎臓に硝子円柱、心臓に心外膜直下におけるリンパ球を主とする層状細胞浸潤、組織球性細胞を主とする限局性細胞浸潤、肺の血管壁における石灰沈着、肺胞内骨化石灰化、下垂体に線毛上皮嚢胞及び前立腺炎が用量依存性なく散発的に認められた。なお、剖検における右上眼瞼の皮膚腫瘤に対応して真皮における組織球増生を伴う膿瘍が認められた。

2. 雌動物の反復投与毒性

(1) 一般状態観察

妊娠前期間では、流涎が500 mg/kg群で全例に認められ、対照群と比較して出現頻度の有意な増加が認められた。同症状は79 mg/kg以下の群でもみられた(12.5 mg/kg群:1例、79 mg/kg群:2例)が、対照群と比較して79 mg/kg以下の群では有意な差は認められなかった。なお、同症状は、投与4日以降に投与前から投与後約20分までの間に認められ、高用量群ほど出現期間も長かった。その他に、投与誤操作によると判断された死亡が対照群の1例に、喘鳴、尿道口周囲の被毛汚染、左上切歯の破折が用量依存性なく散発的に認められた。

妊娠期間中では、流涎が投与前から投与後約1時間までの間に、500 mg/kg群の全例に認められた。その他に、喘鳴、尿道口周囲の被毛汚染、左上切歯の破折が500 mg/kg群の1例に認められた。

哺育期間中では、流涎が投与直後から3分の間に、500 mg/kg群の5例中全例に認められた。その他に、右鼻部の痂皮が対照群の1例に認められた。

(2) 体重推移(Table 7)

妊娠前投与期間では、対照群と比較して有意な差は認められなかった。

妊娠期間では、500 mg/kg群で体重の増加抑制がみられ、対照群と比較して体重増加量及び増加率に有意な差が認められた。

哺育期間では、500 mg/kg群で体重の増加抑制がみられ、対照群と比較して体重増加量に有意な差が認められた。

(3) 摂餌量(Table 8)

妊娠前投与期間及び妊娠期間では、500 mg/kg群の摂餌量は対照群よりも低く推移し、対照群と比較して投与10日及び妊娠3日に有意な差が認められた。

哺育期間では、対照群と比較して有意な差は認められなかった。

(4) 器官重量(Table 9)

対照群と比較して500 mg/kg群で肝臓体重重量比の上昇が認められた。その他に、12.5 mg/kg群で腎臓(右)重量の減少及び体重重量比の低下が認められたが、用量依存性を欠く変動であった。

(5) 剖検

子宮の内腔拡張が500 mg/kg群の不妊の1例に認められた。その他に肝臓の外側左葉に黄白色斑及び右鼻部に痂皮が用量依存性なく散発的に認められた。

(6) 病理組織学的検査

腎臓への影響を示唆する所見として尿細管の拡張、尿細管上皮の萎縮及び再生が500 mg/kg群の1例に認められた。

不妊の原因を示唆する所見として、剖検における子宮の内腔拡張に対応して子宮内膜炎及び子宮頚炎が500 mg/kg群の1例に認められた。

その他に、肝臓に被膜直下層における肝細胞の限局性萎縮、腎臓に腎盂粘膜における石灰沈着、皮髄境界部における石灰沈着及び腎盂内結石、肺の血管壁における石灰沈着、肺胞内骨化石灰化、限局性のうっ血、肉芽腫、好中球を主とする気管支周囲細胞浸潤及び肺胞内泡沫細胞の増生及び卵巣(左)に卵胞嚢胞が用量依存性なく散発的に認められた。なお、剖検における右鼻部の痂皮に対応して膿瘍、真皮の肥厚及び痂皮形成が認められた。

3. 生殖発生毒性

(1) 生殖能検査(Table 10)

雌の性周期検査では、投与前あるいは投与期間に不規則な性周期が対照群の2例及び79 mg/kg群の1例(いずれも妊娠が成立した例)に、投与期間中に発情休止期の継続が500 mg/kg群の2例(不妊例)に認められた。その他の例では正常な性周期を示した。

対照群と比較して500 mg/kg群で受胎率の低下が認められ、その不妊例数は12組中7組であった。なお、交尾までの日数に有意な差は認められず、交尾率はいずれの群も100%であった。

500 mg/kg群では、不妊であった7組のうち、雌の生殖器に異常の認められた1組を除いた6組で交尾成立時に腟栓がみられないあるいは腟垢中の精子数が1〜2匹であることが確認された。また、対照群、12.5、79及び500 mg/kg群の妊娠が成立した組では、ほとんどの組で腟栓がみられ、腟垢中の精子数も多数認められた。

(2) 分娩及び母性行動観察(Table 11)

対照群と比較して、妊娠黄体数、着床痕数、着床率、総出産児数、出産確認時生存児数、分娩率、出生率、性比、出産確認時死亡児数、妊娠期間、出産率及び哺育率について有意な差は認められなかった。

なお、分娩及び哺育異常はいずれの群においても認められなかった。

(3) 新生児の生存性(Table 12)

対照群と比較して、新生児生存率に有意な差は認められなかった。

(4) 新生児の一般状態観察

雌雄ともに被験物質投与との関連を示唆する症状は認められなかった。なお、認められた症状は次の通りであった。

対照群では、哺育1〜3日の死亡が雄85例雌84例中、雄2例雌3例に、右側背部の外傷及び痂皮、腹部皮膚の暗紫色化及び腹部膨満が雄各1例に認められた。12.5 mg/kg群では、哺育2〜4日の死亡が雄89例雌78例中雄2例雌1例に認められた。79 mg/kg群では、哺育2日死亡が雄95例雌85例中、雌1例に、尾先端部欠落が雌1例に認められた。500 mg/kg群では、哺育2日死亡が雄35雌30例中、雄2例に認められた。

(5) 新生児の体重推移(Table 13)

対照群と比較して、500 mg/kg群の雌雄で哺育1及び4日に体重の低値が認められた。

(6) 新生児の剖検

雌雄ともに被験物質投与との関連を示唆する所見は認められなかった。なお、認められた所見は次の通りであった。

死亡例では、いずれの群においても異常は認められなかった。

哺育4日に屠殺した例のうち、対照群で右側背部の痂皮が雄1例、肝臓の内側右葉の黄白色斑、腹部皮膚の暗紫色化及び腹部皮下に暗赤色斑が雄1例に、79 mg/kg群で尾先端部の欠落が雌1例に認められた。

考察

2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンの12.5、79及び500 mg/kg/dayを雄ラットの交配14日前より46日間、雌ラットの交配前14日間、交配及び妊娠期間、哺育3日までの期間に経口反復投与し、雌雄動物への反復投与による影響及び生殖・発生に及ぼす影響についてスクリーニング試験を行った。

一般状態観察では、投与直後に流涎が被験物質投与群の雌雄に認められた。同症状は、高用量群ほど発現頻度が高く、発現期間も長い傾向が認められ、被験物質投与によるものと考えられた。ただし、12.5 mg/kg群の発現頻度は雌雄各1例と低かった。流涎の原因としては被験物質の物性が考えられたが、剖検で顎下腺などの分泌腺に関連した異常所見は何ら認められなかった。なお、本試験において、被験物質を大量投与した場合に観察された自発運動の減少やよろめき歩行などの中枢性に作用したと考えられる症状は何ら認められなかった。

体重推移では、500 mg/kg群の雌で、妊娠及び哺育期間中の体重増加量の減少あるいは増加率の低下が、また、妊娠前及び妊娠期間には摂餌量の減少も認められ、被験物質投与による影響と考えられた。同群の雄では、投与2日に摂餌量の減少が認められ、14日間投与試験と同様に被験物質の初回投与による影響と考えられた。

血液学的検査では、500 mg/kg群の雄で血小板数の減少が認められた。トルエンを含む接着剤やシンナーの長期間吸入によって骨髄機能の減退や形成不全性貧血が認められることが報告されており1)、2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンにおいても同様な原因による可能性が懸念されたが、本試験では病理組織学的検査の結果、胸骨及び大腿骨の骨髄に異常は認められなかった。

器官・組織では、肝臓において小葉中心性の肝細胞腫大が500 mg/kg群の雄で12例中全例に認められ、統計学的にも有意な出現頻度の増加を示し、被験物質投与による肝臓に対する影響と考えられた。また、同所見は79 mg/kg群の雄でも2例に認められたことから、被験物質投与による影響は79 mg/kgの用量にも及んでいるものと推察された。その他に、肝臓における変化として、500 mg/kg群で体重重量比の上昇が雌雄に、暗褐色化が雄に認められた。腎臓においては、尿細管上皮の萎縮及び再生、尿細管の拡張などが79 mg/kg以上の群の雄及び500 mg/kg群の雌の1〜2例に認められ、被験物質投与により腎臓に障害を受けていることが示唆された。また、尿細管上皮の硝子滴及び好酸体の沈着が500 mg/kg群の雄で統計学的に有意な出現頻度の増加が認められ、また、79 mg/kg群の雄でも増加の傾向が認められたことから、自然発生する所見ではあるが被験物質投与により増強するものと考えられた。なお、トルエンの毒性として肝臓及び腎臓の損傷が知られており1)2)、類似物質である2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンもこれらの器官へ影響を及ぼすものと考えられた。

500 mg/kg群の雄では、血清中のコリンエステラーゼの増加及び尿素窒素の減少が認められ、機序は不明であったが、被験物質の肝臓及び腎臓に対する影響との関連性が考えられた。その他に、500 mg/kg群の雄では、α1-グロブリン分画の低下が認められたが、総蛋白、アルブミン及びA/G比に対照群との差は認められないことから、毒性学的意義はないものと考えられた。また、同群の雄でトリグリセリドの減少が認められたが、対照群でみられた背景データよりも高値を示す1例を除いて統計処理を行った場合、有意な差はみられなかったことから、被験物質投与との関連性はないものと考えられた。

以上より、被験物質の反復投与による主な毒性は、79 mg/kg以上の群の雄で認められた肝臓の小葉中心性の肝細胞腫大など肝臓に対する影響、79 mg/kg以上の群の雄及び500 mg/kg群の雌で認められた腎臓の尿細管上皮の萎縮及び再生、尿細管の拡張など腎臓に対する影響、及び12.5 mg/kg以上の群の雌雄で認められた流涎であった。これらのことから、本スクリーニング試験における2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンの反復投与による無影響量(NOEL)は雌雄ともに12.5 mg/kg/day未満であることが示唆された。ただし、12.5 mg/kg群では流涎が雌雄各1例に認められたのみであった。

雌雄動物の生殖能検査では、500 mg/kg群で受胎率の低下が認められ、不妊例数は12組中7組であった。そのうち、6組については、生殖器及び内分泌器系に不妊を示唆する病理学的所見は認められなかったが、全例が交尾成立時に腟栓がみられないかあるいは腟垢中の精子数が少ないことが確認された。これらのことから、被験物質投与により雄の生殖器及び副生殖器の機能的障害が生じたことが推察された。雌については被験物質投与により発情休止期の継続が2例に、子宮の炎症が1例に認められた。しかしながら、いずれも交尾は確認されており、また、出現例数も少ないことから、不妊の原因は雌では明らかではなかった。

一方、妊娠成立した雌動物では、分娩及び哺育4日までの哺育行動に被験物質投与による異常は認められなかった。新生児の観察では、500 mg/kg群で哺育1日から低体重を示し、被験物質の胎生期投与による影響が認められた。しかし、体重増加率に対照群との差は認められないことから、生後発育は順調であると考えられた。また、新生児の生存性、一般状態観察及び剖検について被験物質投与による影響は認められなかった。

以上より、被験物質の生殖・発生に対する主な影響として、500 mg/kg群で受胎率の低下が認められた。また、その原因として雄の生殖器及び副生殖器の機能的障害を示唆する所見、すなわち、不妊の多数例で交尾成立時に腟栓がみられないかあるいは腟垢中の精子数が少ないことが確認された。これらのことから、本スクリーニング試験における2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンの雌雄動物の生殖・発生に対する無影響量 (NOEL)は雌雄ともに79 mg/kg/dayであることが示唆された。

文献

1)白須泰彦, 吐山豊秋, "新毒性学の基礎と応用," 日本メディカルセンター出版部, 1997, P557, 684-6.
2)北川晴雄, "毒性学," 第1刷, 株式会社南江堂, 東京, 1982, P195

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363-24 Shin-ei, Toyohira-ku, Sapporo, Hokkaido, 004, Japan
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