3,4-ジメチルアニリンのラットを用いる
28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of 3,4-Dimethylaniline in Rats

要約

 OECDを中心にして,既存化学物質点検作業が実施されているが,日本独自の点検作業として3,4-ジメチルアニリンの毒性を明らかにするため,SD系ラットを用いた強制経口投与による28日間反復投与毒性試験を実施した.

 ラットは1群雌雄各5匹で対照群を含む4群,さらに対照群および高用量群には雌雄各5匹の回復群を設け,計60匹を使用した.

 3,4-ジメチルアニリンは,コーン油に溶解し,0,10,50および250 mg/kgを毎日1回,4週間連続経口投与し,一般状態の観察,体重測定,摂餌量測定,血液学検査,血液凝固能検査,血液生化学検査,尿検査,器官重量測定および病理学的検査を行った.なお,回復期間は2週間とし,投与終了時と同様な検査を実施した.

 その結果は,次のとおりである.

 投与期間および回復期間を通じて,雌雄いずれの群にも死亡例は認められなかったが,雌雄の250 mg/kg群で流涎が観察され,回復1週にも少数例に継続して認められた.

 体重は,雄の250 mg/kg群で投与2週から投与終了時まで,雌の250 mg/kg群で回復2週に低値が認められた.摂餌量は,雄の250 mg/kg群で投与1週のみ低値を示した.また,雌の250 mg/kg群では回復2週に僅かに低値を示した.

 血液学検査の結果,雌雄とも250 mg/kg群でヘマトクリット値,ヘモグロビン量,赤血球数の低値,血小板数および網赤血球率の高値が,さらに雄で白血球数の高値,雌で好中球比率の低値,リンパ球比率の高値が認められた.回復期間終了時の検査で,雄ではすべて回復したが,雌ではヘマトクリット値が僅かに低値であった.

 血液凝固検査の結果,被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.

 血液生化学検査の結果,雌の50 mg/kg群および雌雄の250 mg/kg群で総コレステロールが高値を示し,さらに雌雄の250 mg/kg群でGPTおよび総ビリルビンの高値,雄でアルブミン,A/G比およびカリウムの高値,雌で血糖およびカルシウムの高値,塩素の低値が認められた.回復期間終了時の検査では,投与終了時に認められた変化はすべて回復した.

 尿検査の結果,雌雄の250 mg/kg群で尿量の増加,尿の酸性化および沈渣赤血球陽性動物の出現が認められ,雌の同群では尿比重も低値を示した.回復期間終了時の検査では,これらの変化はすべて回復した.

 器官重量測定の結果,雌雄の250 mg/kg群で肝臓および脾臓の実重量および相対重量が高値を示し,さらに雄で精巣相対重量が高値,雌で副腎相対重量が低値を示した.これらの変化は回復期間終了時にはすべて回復し,対照群との間に差は認められなかった.

 病理学検査の結果,剖検所見では投与終了時に,被験物質の影響が示唆される病変として脾臓の黒色化および肥大が雌雄の250 mg/kg群に,肝臓の肥大が雄の250 mg/kg群と雌の50および250 mg/kg群に,黒色化が雄の250 mg/kg群に観察された.回復群では,これらの病変はすべて回復した.組織所見では,投与終了時に,被験物質の影響が示唆される病変として,250 mg/kg群の雌雄に骨髄の造血亢進,脾臓の充血,造血亢進,色素沈着,肝臓の肝細胞腫脹,単細胞壊死,髄外造血およびクッパー細胞の色素沈着が観察された.また,腎臓の尿細管硝子滴変性は雄の50 mg/kg以上の群で増加する傾向を示した.回復群では,骨髄の造血亢進,脾臓の充血,造血亢進,肝臓の肝細胞腫脹,単細胞壊死,髄外造血および腎臓の尿細管硝子滴変性はいずれも発生率が大幅に減少するか,認められなかった.しかし,脾臓の色素沈着は雌雄の全例で観察され,雌においては程度の増強がみられ,また,肝臓のクッパー細胞の色素沈着も認められ,特に雌では全例に観察された.

 以上の結果,雌雄とも50 mg/kg以上の群では被験物質投与に起因する変化が認められ,無影響量は10 mg/kgと判断される.

材料および方法

1. 被験物質

 3,4-ジメチルアニリン(CAS No.95-64-7,スガイ化学工業(株)提供)は白色の固体(常温)で,非水溶性,分子式C8H11N,分子量121.20の物質で光により変色する化合物である.本試験に用いたロット08007の純度は99.8%であった.

2. 供試動物

 供試したラット[Crj: CD(SD)系,SPF]は日本チャールス・リバー(株)(神奈川県)から4週齢で購入した.動物を検収後,試験環境に8日間馴化させた後,6週齢で投与を開始した.動物はあらかじめ体重によって層別化し,無作為抽出法により各試験群を構成するように群分けした.動物の識別は,個別飼育ケージに動物標識番号(Animal ID-No.)を付すことにより行った.投与開始時の体重は雄で125〜140 g,雌で109〜121 gであった.

3.飼育条件

 動物はバリアシステムの飼育室で飼育し,環境調節の目標値は温度23±2℃,相対湿度 55±10%,換気回数20回/時,照明150〜300 lux ,12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)とした.(株)東京技研サービスの水洗式飼育機を使用し,金属製前面・床網目飼育ケージに動物を1匹ずつ収容し,オリエンタル酵母工業(株)製造の放射線滅菌改良NIH公開ラット・マウス飼料および水道水を自由に摂取させた.飼育ケージは隔週1回,給餌器は週1回取り換えた.

 なお,動物の馴化期間を含め,投与および回復期間中,データの信頼性に影響を及ぼしたと思われる環境要因の変化はなかった.

4. 試験群の構成

 試験群は 0,10,50および250 mg/kgの4群とし,1群雌雄各5匹を用い,0および250 mg/kg群に雌雄各5匹の回復群を設け,計60匹を使用した.

[用量設定理由]

 本試験に先立って用量設定のための2週間投与試験(投与量:0,60,180および540 mg/kg)を実施した.その結果,雌雄とも180 mg/kg以上の群で,肝臓および脾臓に重量または色調変化が認められた.従って,28日間反復投与試験の高用量は,2週間投与試験の中用量の180 mg/kgより少し高い250 mg/kgが適切と考えられ,以下公比5で除し,中用量を50 mg/kg,低用量を10 mg/kgに設定した.

5. 投与方法

 被験物質の投与経路は経口とした.被験物質はコーン油に溶解し,胃ゾンデを用いて経口投与した.投与容量は体重100 g当り0.5 mlとした.対照群には溶媒のみ投与した.

6. 投与液の調製,分析

 被験物質は,各用量(10,50および250 mg/kg)ごとに所定量を精秤し,コーン油(ナカライテスク(株))に溶解した.投与液は調製後,冷蔵庫保存で1週間安定であることが確認されているので,本試験においては毎週1回調製を行い,1日分毎に小分けをし使用時まで冷蔵庫に保管した.投与液の濃度分析をすべての群に関し投与1および4週の調製液について実施した結果,設定濃度の93.0〜99.8%の範囲であり,適切に調製されていた.

7. 投与期間

 投与期間は28日間とし,投与終了後0および250 mg/kg群について2週間の回復試験を実施した.

8. 観察,測定および検査

1) 一般状態の観察

 全動物を毎日午前,午後の2回観察し,中毒症状の有無,行動異常,死期の迫った動物および死亡動物の有無等を記録した.

2) 体重

 投与開始から回復試験終了時まで,毎週1回測定した.

3) 摂餌量

 毎週1回給餌した残量を測定し,飼料摂取量(g/week)を算出した.

4) 臨床検査

 投与終了時および回復期間終了時の計2回実施した.採血するに当り,動物は約16時間絶食させた.動物をエーテルで麻酔後開腹し,腹部大動脈から採血した.

a. 血液学的検査

 EDTA-3Kを添加した初血を用い,白血球数(WBC:暗視野板法),赤血球数(RBC:暗視野板法),ヘモグロビン量(HGB:シアンメトヘモグロビン法),ヘマトクリット値(HCT:全赤血球の容積より補正),平均赤血球容積(MCV:RBC, HCTより算出),平均赤血球血色素量(MCH:HGB, RBCより算出),平均赤血球血色素濃度(MCHC:HGB, HCTより算出),血小板数(PLT:暗視野板法)および白血球百分率(フローサイトケミストリー法)を血液自動分析装置THMS H6000(米国テクニコン社)を用いて測定した.

 網赤血球(RC)率算定用に,全血をキャピロット(テルモ(株))で染色後,血液塗抹標本を作製し鏡検した.

 また,クエン酸ソーダ添加血液の血漿について,プロトロンビン時間(Quick 1 段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(クロット法)およびフィブリノーゲン量(トロンビン時間法)を血液凝固自動測定装置 KC-40(独国 Amelung社)を用いて測定した.

b. 血液生化学検査

 血清を用いて,総蛋白(ビューレット法),アルブミン(B.C.G.法),A/G比(計算値),血糖(グルコースオキシダーゼ法),中性脂肪(酵素法),総コレステロール(酵素法),尿素窒素(BUN:ウレアーゼ改良法),総ビリルビン(ジアゾ色素法),カルシウム(アルセナゾIII色素法),無機リン(モリブデン酸アンモニウム法),ナトリウム(電極法),カリウム(電極法)および塩素(電極法)をEKTACHEM 700N(米国コダック社)で,クレアチニン(アルカリ性ピクリン酸比色法),グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ(GOT:Karmen改良法),グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ(GPT:Karmen改良法),γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GTP:Szasz改法)およびアルカリホスファターゼ(ALP:Bessey-Lowry-Brock改良法)をCentrifiChem ENCOREII(米国ベーカー社)で測定した.

c. 尿検査 

 血液学検査に先立ち,採尿器を用いて24時間(午前10時から翌日午前10時まで)尿を採取し,尿量,色調および濁度を検査後,尿比重計UR-S((株)アタゴ)を用いて尿比重を測定した.また,尿を遠心分離後Sternheimer変法により沈渣を染色し,鏡検した.pH,潜血,ケトン体,糖,蛋白,ビリルビンおよびウロビリノーゲンについて, N-マルティスティックス SG試験紙(マイルス・三共(株))およびCLINITEK 200(米国マイルス社)を用いて測定した.

5) 病理学検査

 病理解剖は投与終了時および回復期間終了時に動物をエーテル麻酔し,放血致死させ実施した.肉眼的異常を病理解剖所見記録シートに記録した.また,脳,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣および卵巣について重量を測定し,器官重量・体重比を算出した.上記重量測定器官と下垂体,眼球,甲状腺(上皮小体を含む),心臓,肺,胃,膀胱,骨髄(大腿骨)および肉眼所見で変化が認められた器官・組織は10%中性緩衝ホルマリン液で固定した.

 病理組織学検査は固定した器官・組織のうち,肝臓,脾臓,腎臓および骨髄(大腿骨)はすべての群について,心臓および副腎は対照群と高用量群について行った.常法に従って薄切標本を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色し鏡検した.

6) データの記録および統計分析

 各試験群の体重,摂餌量,血液学検査値,血液生化学検査値,尿検査値(尿量および尿比重のみ),器官重量および器官重量・体重比は,下記に示した自動判別方式に従い,最初にBartlettの等分散検定を実施した.等分散の場合は一元配置の分散分析を行い,分散が有意で各群の標本数が同数の場合はDunnettの多重比較検定,各群の標本数が異なる場合はDuncanの多重範囲検定で対照群と各投薬群間の有意差を検定した.Bartlettの等分散検定で不等分散の場合はKruskal-Wallisの順位検定を実施し,有意の場合はノンパラメトリックのDunnettの多重比較検定で対照群と各投薬群間の有意差を検定した.なお,用量相関性については,Jonckheereの傾向検定を用いて有意差を検定した.

 有意水準は5および1%の片側検定で実施した.

試験結果

1. 死亡率

 投与期間中,雌雄とも対照群を含むすべての群で死期の迫った動物,死亡例は認められなかった.また,回復期間中においても,雌雄の対照群および回復群で死亡例は認められなかった.

2. 一般状態の観察

 雄では,250 mg/kg群で流涎が投与2週に1例,投与3週に4例,投与4週に5例に観察された.流涎は投与後2〜3時間継続し回復を示したが,一度流涎を示した動物は,翌日動物を保定したのみで流涎を発現した.流涎は回復期間に入っても継続して観察され,回復1週(試験5週)に2例に認められたが,回復1日に観察のため動物を保定した折認められたのみで翌日からは発現しなかった.その他,250 mg/kg群で外傷が回復2週(試験6週)に1例観察された.

 雌では,250 mg/kg群で流涎が投与2週に1例,投与3週に3例,投与4週に4例に観察された.雄と同様な推移を示した.流涎は回復期間に入っても回復1週に1例に観察されたが,雄と同様回復1日のみの発現であった.

3. 体重(Figure 1)

 雄では,対照群に比較して250 mg/kg群で投与2週から体重増加が有意に抑制され,4週間の体重増加量も有意に低値であった.投与終了時における250 mg/kg群の対照群に対する平均体重の減少率は8.0%であった.回復期間に入ると250 mg/kg群の変化は回復し,対照群との間に差は認められなかった.

 雌では,投与期間中に対照群と被験物質投与群で差は認められなかったが,回復期間では回復2週(試験6週)に対照群に比較して250 mg/kg群で平均体重が有意な低値を示した.

4. 摂量

 雄では,対照群に比較して250 mg/kg群で投与1週に摂量が有意な減少を示した.投与2週以降は対照群と差が認められず,4週間の総摂量にも差はなかった.

 雌では,投与期間中対照群と投与群とで差は認められなかった.回復期間では,回復2週(試験6週)に対照群に比較して250 mg/kg群で摂餌量が有意な減少を示した.

5. 血液学検査(Table 1)

[投与終了時の検査結果]

 雄では,対照群に比較して 250 mg/kg群でヘマトクリット値,ヘモグロビン量および赤血球数が低値を示し,血小板数,白血球数および網赤血球率が高値を示した.その他,10および50 mg/kg群で好中球比率の高値,リンパ球比率の低値が認められたが用量相関性のない変化であった.雌では,対照群に比較して250 mg/kg群でヘマトクリット値,ヘモグロビン量,赤血球数および好中球比率が低値を示し,血小板数,リンパ球比率および網赤血球率が高値を示した.

[回復期間終了時の検査結果]

 雄では,投与終了時に認められた変化はすべて回復し,対照群と250 mg/kg群で差の認められた検査項目はなかった.雌では,投与終了時に認められた変化の多くが回復を示したが,ヘマトクリット値は完全には回復せず,対照群に比較して250 mg/kg群で僅かに低値であった.また,MCHCが高値,網赤血球率が低値を示した.

6.血液凝固検査(Table 1)

[投与終了時の検査結果]

 対照群に比較して雄の50 mg/kg群でプロトロンビン時間に短縮が認められたが,軽微かつ用量相関性のない変化であった.その他には,雌雄とも対照群と被験物質投与群とで差の認められた検査項目はなかった.

[回復期間終了時の検査結果]

 雄では,検査した3項目とも対照群と250 mg/kg群とで差は認められなかった.雌では,対照群に比較して250 mg/kg群でフィブリノーゲン量が低値を示した.

7. 血液生化学検査(Table 2)

[投与終了時の検査結果]

 雄では,対照群に比較して250 mg/kg群で総コレステロール,アルブミン,A/G比,GPT,総ビリルビンおよびカリウムが高値,γ-GTPが低値を示した.雌では,対照群に比較して50および250 mg/kg群で総コレステロールが高値を示し,さらに250 mg/kg群で血糖,GPT,総ビリルビンおよびカルシウムの高値,塩素の低値が認められた.

[回復期間終了時の検査結果]

 雄では,対照群に比較して250 mg/kg群でクレアチニンが低値を示した.雌では,対照群に比較して250 mg/kg群で総コレステロールが低値を示した.

8. 尿 検 査(Table 3)

[投与終了時の検査結果]

 雄では,対照群に比較して250 mg/kg群で尿量が増加を示し,pH 6.0および5.5動物が各2例,沈渣で赤血球1+動物が1例認められた.雌では,対照群に比較して 50 および 250 mg/kg群で沈渣赤血球1+動物が各1例認められ,さらに250 mg/kg群で尿 pHの低値動物が増加し,pH 6.0が2例,pH 5.5が1例,pH 5.0が2例であった.

[回復期間終了時の検査結果]

 雌雄とも対照群と250 mg/kg群とで明確な差は認められなかった.

9. 器官重量(Table 4)

[投与終了時の検査結果]

 雌雄とも,対照群に比較して250 mg/kg群で肝臓および脾臓重量が高値を示した.

[回復期間終了時の検査結果]

 雌雄とも重量測定を実施したすべての器官について,対照群と250 mg/kg群とで差は認められなかった.

10. 器官重量・体重比(相対重量)(Table 4)

[投与終了時の結果]

 雄では,対照群に比較して250 mg/kg群で肝臓,脾臓および精巣相対重量が高値を示した.雌では,対照群に比較して250 mg/kg群で肝臓および脾臓相対重量が高値,副腎相対重量が低値を示した.

[回復期間終了時の結果]

 雄では,投与終了時に認められた変化がすべて回復し,対照群と250 mg/kg群とで差が認められなかった.雌では,対照群に比較して肝臓および卵巣相対重量が高値を示した.

11. 病理学検査

a) 剖検所見(Table 5)

 投与終了時において,対照群に比較して被験物質投与群で多くみられた病変として,脾臓の黒色化が250 mg/kg群の雄に5例,雌に4例,肥大が同群の雄に5例,雌に3例,肝臓の黒色化が250 mg/kg群の雄に3例,肥大が同群の雄に2例,雌の50および250 mg/kg群に1および5例に観察された.その他,対照群および10 mg/kg群に単発的な所見が認められた.回復期間終了時において,対照群に比較して被験物質投与群で多くみられた病変は観察されなかった.観察された所見として,脾臓の黒色化が雄の250 mg/kg群に,肝臓の白色斑/区域が雌の250 mg/kg群に,皮膚の潰瘍が雄の対照群および250 mg/kg群にそれぞれ1 例ずつ認められた.

b) 組織所見(Table 6)

 投与終了時の対照群および250 mg/kg群についての組織学的検査の結果,骨髄,脾臓,肝臓および腎臓では250 mg/kg群に多くの所見が観察されたので,10および50 mg/kg群,回復群についても組織学検査を実施した.

 投与終了時において,対照群に比較して被験物質投与群に多い所見として,骨髄の造血亢進,脾臓の充血,色素沈着および肝臓のクッパー細胞の色素沈着が雌雄の250 mg/kg群の全例に,脾臓の造血亢進および肝細胞腫脹が250 mg/kg群の雄の全例および雌の4例に,腎臓の硝子滴変性が雄の対照群,10,50および250 mg/kg群の順にそれぞれ1,2,4および5例に観察された.また,肝臓の単細胞壊死が250 mg/kg群の雄の4例および雌の2例に,髄外造血が250 mg/kg群の雄で2例,雌で3例に観察された.

 その他,対照群を含め雌雄に観察された主な所見は,肝臓の脂肪化および肉芽巣,腎臓の尿細管好塩基化および尿細管拡張であり,さらに雄の少数例に腎臓の好酸性小体,雌の少数例に心臓の細胞浸潤が観察された.その他観察された所見はごく僅かか単発的であった.

 回復試験終了時においては,投与終了時の解剖所見で250 mg/kg群の動物に多く観察された脾臓の充血,肝臓の肝細胞腫脹,単細胞壊死および腎臓の尿細管硝子滴変性は観察されなかった.また,脾臓および骨髄の造血亢進,肝臓の髄外造血も250 mg/kg群の雄の1例に観察されたのみで,他の個体には観察されなかった.一方,色素沈着は投与終了時に比較し,同群の雄の肝臓で発生数の減少が認められたが,雌雄の脾臓および雌の肝臓では回復期間終了時も全例に認められ,雌の脾臓においては程度の増強が観察された.

 その他,対照群を含め雌雄に観察された主な所見は,肝臓の肉芽巣,腎臓の尿細管好塩基化および尿細管拡張であり,さらに雄の少数例に肝臓のリンパ球浸潤が観察された.その他観察された所見はごく僅かか単発的であった.

考察および結論

 一般状態の観察の結果,雌雄とも250 mg/kg群で流涎が認められ,被験物質投与による変化と考えられた.しかし,雌雄とも250 mg/kg群の全例に認められていないこと,条件反射的な発現形態であること,他に症状の発現がないことなどから,神経系への作用によるものではないと推察される.死亡例は,雌雄いずれの群にも認められなかった.

 体重は,雄の250 mg/kg群で投与2〜4週の間,雌の250 mg/kg群で回復2週に対照群に比較して低値を示した.雄における変化は被験物質投与による変化と考えられ,投与休止に伴い回復が認められた.雌における回復群での変化は,投与終了時における計画屠殺動物の体重が対照群で低値のものが比較的多く,250 mg/kg群で高値のものが比較的多かったためと考えられる.

 摂餌量は,雄の250 mg/kg群で投与1週に減少が認められ,回復2週で対照群に比較して体重が低値を示した雌の250 mg/kg群でも僅かに減少が認められた.

 血液学検査の結果,雌雄の250 mg/kg群でヘマトクリット値,ヘモグロビン量および赤血球数の低値,血小板数および網赤血球率の高値が認められ,さらに雄の同群で白血球数の高値が認められた.本被験物質は芳香族アミン化合物でありメトヘモグロビン血症を誘発させる可能性があり,上述の諸変化もメトヘモグロビン血症によるものと推察されるが,白血球数高値の起因は明確でない.

 血液生化学検査の結果,雌雄の250 mg/kg群で認められた総ビリルビンの高値および雄の同群で認められたカリウムの高値はメトヘモグロビン血症に起因した溶血の影響と考えられるが,数値的にみて溶血は軽度と推察される.また,雌の50および250 mg/kg,雄の 250 mg/kg群で総コレステロールの高値,雌の250 mg/kg群で血糖が高値を示した.両検査項目とも肝臓および腎臓障害,利尿剤投与等で高値を示すことが知られている.本試験では腎障害を示唆する検査項目の変化は認められていないが,GPTの高値,尿量の増加が認められている.また,雌の250 mg/kg群で認められた塩素の低値は,尿量の増加に関連する変化と考えられる.その他,雄の250 mg/kg群でアルブミンが高値を示したが,その起因は明らかではなく,雌の250 mg/kg群で認められたカルシウムの高値は,アルブミンとの結合性から考えアルブミン高値傾向による見かけの高値と推察され,雄の同群でも同様の傾向にあった.その他,雄の250 mg/kg群で認められたγ-GTPの低値は,特に意義のあるものとは考えられなかった.回復試験終了時の検査では,投与終了時に認められた変化はいずれも回復が認められた.

 尿検査の結果,雌雄とも250 mg/kg群で尿量の増加,尿の酸性化,沈渣での赤血球の出現が認められ,さらに雌の同群では尿比重も低値を示した.尿の酸性化は尿量の増加を考慮してもケトン体の高値が認められないことから,代謝物の可能性が示唆される.沈渣で赤血球が認められたが少数例であった.回復期間終了時の検査ではすべて回復が認められた.

 器官重量測定の結果,雌雄の250 mg/kg群で肝臓および脾臓の実重量および相対重量が高値を示し,被験物質投与の影響と考えられた.その他,雄の250 mg/kg群で認められた精巣相対重量の高値,雌の250 mg/kg群で認められた副腎相対重量の低値は対脳重量比でみた場合,対照群と差がなく,前者は体重が低値傾向によるものと考えられ,後者については被験物質投与に起因するものか否か明確でなかった.

 病理学検査の結果,肉眼所見では投与終了時解剖動物において脾臓の黒色化,肥大,肝臓の肥大が雌雄の投与群に,肝臓の黒色化が雄の投与群に観察されたが,回復試験終了時解剖動物では減少もしくは消失していた.

組織所見では,投与終了時解剖動物においては骨髄の造血亢進,脾臓の充血,色素沈着,造血亢進,肝臓の肝細胞腫脹,クッパー細胞の色素沈着が雌雄の250 mg/kg群のほとんどの例で,肝臓の単細胞壊死が250 mg/kg群の雄のほとんどの例と雌の一部の例で観察され,腎臓の硝子滴変性が雄において用量相関性に増加していた.また,肝臓の髄外造血が雌雄の250 mg/kgの一部の例で認められた.

 肝細胞の腫脹は小葉中心性にみられ,散見された単細胞壊死と共に肝細胞障害による変化と考えられる.腎臓の尿細管硝子滴変性については対照群の動物でも観察される変化であり,発生が雄に限定していることから,自然発生病変が被験物質投与によって増強されたことが想定される.なお,10 mg/kg群において中等度のものを含め2例に発生がみられたが,前述のとおり対照群にも認められ,かつ本病変発現には個体差があることから同群の変化は被験物質の影響ではないと考えられる.肝臓および脾臓に認められた色素沈着は,本被験物質がメトヘモグロビン血症1, 2) を誘発し,溶血作用3) も知られているアニリン系の化合物であることから,溶血と脾臓および肝臓の網内皮系細胞による貪食作用によるものと考えられた.また,骨髄および脾臓で観察された造血亢進や肝臓における髄外造血はメトヘモグロビン血症に対する生体の代償性造血亢進と考えられ,血液学検査の結果とも一致していた.

 以上の組織所見は肉眼所見を裏付けており,被験物質投与の影響が示唆された.上述の被験物質の250 mg/kg投与群に観察された病変の内,骨髄の造血亢進,脾臓の充血,造血亢進,肝臓の肝細胞腫脹,単細胞壊死,髄外造血および腎臓の尿細管の硝子滴変性は回復終了時解剖動物では消失あるいは程度の軽減が観察されており可逆性の変化であることが示唆された.また,脾臓で観察された色素沈着は投与終了時解剖動物よりも回復終了時解剖動物で程度が増強していたが,これは投与を終了した後もメトヘモグロビン血症がしばらく継続し,溶血が進行した結果と考えられる.その他観察された所見は発生率および程度に用量相関性は認められず自然発生病変と考えられる.

 以上の結果,50 mg/kg群の雄では腎臓の尿細管硝子滴変性の増加が,雌ではコレステ ロールの高値および肝臓の肥大が認められ,影響量であった.従って,無影響量は雌雄とも10 mg/kgと判断される.

参考文献

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3)谷本義文, "血液学−ヒトと動物の接点−," 清至書院, 東京, pp. 695-770.

連絡先
試験責任者:井上博之
試験担当者:各務 進,庄子明徳,渡 修明,
小林和雄,山川誠己
財団法人 食品農医薬品安全性評価センター
〒437-12 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜 582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence:
AuthorsHiroyuki Inoue (Study director),
Susumu Kakamu,Akinori Syouzi,
Nobuaki Watari,Kazuo Kobayashi,
Seiki Yamakawa
Biosafety Research Center/Foods,Drugs
and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden Aza Arahama,Fukude-cho,
Iwata-gun,Shizuoka,437-12,Japan
Tel +81-538-58-1266Fax +81-538-58-1393