2-クロロフェノールは,染料中間体,農薬原料である1).本被験物質は刺激作用があり,皮膚からの吸収も大きく,皮膚に付着すると灼熱感を与える2).今回,2-クロロフェノールを0,8,40,200および1000 mg/kgの用量で雌雄のSD系ラットに28日間反復経口投与し,その毒性と回復性を検討した.
一般状態において,投与期間中に振戦,自発運動の低下,歩行異常,腹臥位あるいは側臥位が1000 mg/kg群の雌雄に,流涎が200および1000 mg/kg群の雌雄に認められた.投与期間終了時に,血液生化学検査において,無機リンの低値が1000 mg/kg群の雄,トリグリセライドの高値が1000 mg/kg群の雌に認められた.器官重量において,肝臓絶対・相対重量の高値が1000 mg/kg群の雌に認められた.剖検において,肝臓の褐色化が1000 mg/kg群の雌雄に認められた.病理組織学検査において,小葉中心性の肝細胞肥大が1000 mg/kg群の雌雄に認められた.
回復期間終了時には,器官重量における肝臓絶対・相対重量の高値が1000 mg/kg群の雌にみられたが,その程度は投与期間終了時に比べ軽減した.
この他,体重測定,摂餌量測定,血液学検査,尿検査の結果には,被験物質投与に起因すると考えられる変化はみられなかった.
以上,雌雄いずれも200および1000 mg/kg群で被験物質投与に起因すると考えられる変化が認められた.一般状態において200 mg/kg群の雌雄で流涎がみられたことから,本試験条件下における2-クロロフェノールの無影響量(NOEL)は,雌雄いずれも40 mg/kg/dayと判断した.
検疫・馴化期間を含む全飼育期間を通して,温度22 ± 2 ℃,相対湿度55 ± 15 %,換気約12回/時(オールフレッシュエアー供給),照明12時間/日(7:00〜19:00)に自動調節した飼育室を使用した.動物を実験動物用床敷(ベータチップ,日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに群分け前はケージあたり5匹(同性),群分け以降はケージあたり2匹(同性)収容し,飼育した.動物には,実験動物用固型飼料(MF,オリエンタル酵母工業(株))と,5 μmのフィルター濾過後,紫外線照射した水道水を自由に摂取させた.
投与期間は28日間とし,胃ゾンデを装着したシリンジを用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は10 mL/kgとし,至近日に測定した体重に基づいて算出した.
法),グルコース(GlcK-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),カルシウム(OCPC法),無機リン(PNP-XOD-POD法),ナトリウム,カリウム,クロール(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形;(株)日立製作所)により測定した.また,検査の結果からA/G比を算出した.
投与期間終了時に採取した対照群と1000 mg/kg群の雌雄全例の胸腺,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体,精嚢,卵巣,脳,脊髄(頚部,胸部,腰部),坐骨神経,大腿筋ならびに対照群を含む全動物の肉眼的異常部位は常法に従ってヘマトキシリン・エオジン(H.E)染色標本を作製し,鏡検した.また,肝臓については投与期間終了時解剖動物の8,40および200 mg/kg群と回復期間終了時解剖動物の全群の雌雄についても鏡検した.さらに,対照群と1000 mg/kg群の雌雄各2例の脳および脊髄について,クリューバー・バレラ染色標本を作製し,鏡検した.
回復期間終了時に白血球百分率の分葉核好中球比の高値および単球比の低値が1000 mg/kg群の雄でみられたが,軽微な変化であり,投与期間終了時にはみられないことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.
回復期間終了時にALPの高値が1000 mg/kg群の雄で,尿素窒素の低値が200 mg/kg群の雌でみられたが,軽微な変化であり,投与期間終了時にはみられないことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.
回復期間終了時に下垂体絶対・相対重量の低値が200 mg/kg群の雄で,下垂体絶対重量の低値が1000 mg/kg群の雄で,脳絶対重量の低値が1000 mg/kg群の雄でみられた.しかし,いずれも軽微な変化であり,投与期間終了時にはみられないことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.
投与期間終了時および回復期間終了時に被験物質投与群で,偶発変化と思われる種々の変化が散見された.
投与期間終了時の剖検で副腎の腫大がみられた1000 mg/kg群の雌では,病理組織学的に対応する変化は認められなかった.また,一般状態観察で振戦が認められたため,脳,脊髄,坐骨神経および大腿筋のH.E染色標本を作製,さらに,脳および脊髄については,クリューバー・バレラ染色標本を作製し鏡検したが,異常は認められなかった.
投与期間終了時および回復期間終了時に被験物質投与群で,偶発変化と思われる種々の変化が散見された.
一般状態において,投与期間中に振戦,自発運動の低下,歩行異常,腹臥位あるいは側臥位が1000 mg/kg群の雌雄,流涎が200および1000 mg/kg群の雌雄に認められた.これらの変化は投与後にのみ起こる一過性の変化であった.振戦は中枢神経系障害に起因するものと考えられるが,病理組織学的に脳,脊髄に異常はみられなかった.なお,ラットにクロロフェノールを投与した場合,振戦が起こることはすでに報告がされている3).流涎については,被験物質の口腔粘膜刺激あるいは1000 mg/kg群で振戦がみられることから,中枢神経障害に起因する可能性が疑われるが,その原因は明らかではなかった.これらの変化は回復期間中にはみられなかった.
器官重量において,肝臓絶対・相対重量の高値が1000 mg/kg群の雌で認められた.肝臓では,剖検で褐色化が,病理組織学検査で小葉中心性の肝細胞肥大が1000 mg/kg群の雌雄で認められた.小葉中心性の肝細胞肥大は,薬物代謝酵素が誘導された場合にしばしば発現することが知られている4).このことから,これらの肝臓の変化は,薬物代謝酵素が誘導されたことによる適応性変化である可能性が考えられる.回復期間終了時には,肝臓絶対・相対重量の高値が1000 mg/kg群の雌にみられたが,その程度は投与期間終了時に比べ軽減し,剖検および病理組織学検査でも肝臓に異常はみられなかったことから,これらの変化は投与を中止することにより回復するものと考えられる.
血液生化学検査において,投与期間終了時に無機リンの低値が1000 mg/kg群の雄,トリグリセライドの高値が1000 mg/kg群の雌に認められた.しかし,いずれも軽微な変化であることや,その他の関連パラメータに異常がないことから,毒性学的には意義の低い変化と考えられる.
剖検において,投与期間終了時に副腎の腫大が1000 mg/kg群の雌でみられた.しかし,副腎絶対・相対重量には有意な変動がなく,病理組織学検査で対応する変化はみられないことから,被験物質投与に起因した変化ではないと判断した.
体重測定,摂餌量測定,血液学検査,尿検査の結果には,被験物質投与に起因すると考えられる変化はみられなかった.
以上,雌雄いずれも200および1000 mg/kg群で被験物質投与に起因すると考えられる変化が認められた.一般状態において200 mg/kg群の雌雄で流涎がみられたことから,本試験条件下における2-クロロフェノールの無影響量(NOEL)は,雌雄いずれも40 mg/kg/dayと判断した.
| 1) | 化学工業日報社編,“1994年度版 新化学インデックス,”化学工業日報社,東京,p.198. |
| 2) | 荒木峻,沼田眞,和田攻編,“環境科学事典,”東京化学同人,東京,1985, p.209. |
| 3) | 後藤稠,池田正之,原一郎編,“産業中毒便覧(増補版),”医歯薬出版,東京,1983, pp.703-704. |
| 4) | C. Gopinath, D. E. Prentis and D. J. Lewis, “Atlas of Experimental Toxicological Pathology,” eds. by C. Gopinath, D. E. Prentis and D. J. Lewis, MTP Press, Lancaster, 1987, pp.43-60. |
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