o-ジクロロベンゼンの28日間反復経口投与毒性試験(回復14日間)を雌雄のSprague-Dawley系ラットを用いて実施した.投与量は雌雄とも0(対照群),20,100および500 mg/kgとし,0および500 mg/kg投与群は回復試験の動物を含む1群10匹,20および100 mg/kg投与群は1群5匹を使用して試験を行った.
その結果,いずれの投与群においても死亡例は認められなかった.一般状態の変化として,500 mg/kg投与群では,投与初日に流涎および流涙がみられる例があり,投与初期には排便量の減少が認められた.この他,投与第9日以降,雄では100 mg/kg以上の投与群,雌では500 mg/kg投与群で,投与直後の一過性の流涎がみられた.また,500 mg/kg投与群では,雌雄とも投与初期に摂餌量が減少し,体重は,投与第4日以降回復期間終了日まで対照群と比較して低値で推移し,雄では回復第4日まで継続して有意な差が認められた.
投与第4週の尿検査では,500 mg/kg投与群のほとんどの例がpH 9以上を示し,雄では尿蛋白の程度が低い傾向にあった.
血液生化学検査では,投与期間終了時の500 mg/kg投与群において,総コレステロール濃度およびγ-GTP活性の上昇あるいは上昇傾向が雌雄に,尿素窒素,無機リン濃度,GOT活性の上昇とA/G比およびナトリウム濃度の低下が雄に,それぞれ認められた.
投与期間終了時の器官重量では,100 mg/kg以上の投与群の雄および500 mg/kg投与群の雌の肝臓および腎臓の絶対あるいは相対重量が増加した.この他,500 mg/kg投与群の雄では,胸腺,心臓,脾臓および精巣上体の絶対重量に減少がみられ,精巣上体重量の減少は100 mg/kg投与群でも認められた.
投与期間終了時の剖検所見としては,高用量群を中心に肝臓の暗色化と大型化が観察された.病理組織学検査では,肝臓の小葉中心性の肝細胞肥大が,雌雄とも100 mg/kg以上の投与群にみられ,その変化の程度は雌雄とも用量に依存して増強する傾向にあった.また,小葉中心性の単細胞壊死が500 mg/kg投与群の雌雄および100 mg/kg投与群の雄の多くの例に認められた.さらに,通常の飼育形態で対照群に観察される肝臓の門脈周囲性の脂肪化は,500 mg/kg投与群の雄には認められなかった.腎臓では,雄の100 mg/kg以上の投与群において,近位尿細管の好酸性細胞質内封入体が有意な頻度あるいは程度で観察された.回復期間終了時には,投与期間終了時にみられたこれらの形態的変化は消失あるいは軽減する傾向にあった.
以上のことから,本試験条件下におけるo-ジクロロベンゼンの無影響量は,雌雄とも20 mg/kg/dayであると判断された.
投与検体は,用量ごとに被験物質を秤量し,所定濃度となるようにコーン油(ロット番号:V8P7069,ナカライテスク(株))を加えて溶解して調製した.なお,初回に調製した各濃度の投与検体の含量測定を実施した結果,溶液中の被験物質の平均含量は,所定濃度の97.3〜99.9 %であった.また,動物試験に先立ち,被験物質の0.2および20 w/v%溶液の安定性を調べたところ,調製後,室温条件下で10日間は安定であることが確認されたため,投与検体は1週に1回の割合で調製し,使用時まで室温条件下で保管した.
群分けは,検疫期間中に異常がなかった動物を用い,投与開始前日の体重に基づいて体重別層化無作為抽出法により行った.動物数は,雌雄とも対照群および高用量群を各10匹とし,低および中用量群を各 5匹とした.
動物は,温度24 ± 1 ℃,湿度50〜65 %,換気回数約15回/時,照明12時間(7〜19時点灯)に設定した飼育室内で,金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および水道水(秦野市水道局給水)を自由摂取させて飼育した.
投与経路は強制経口投与とし,1日1回,28日間,ラット用胃管を用いて投与した.投与容量は5 mL/kgとし,投与液量は雌雄とも最近時の体重をもとに個体別に算出した.なお,回復期間は14日間とした.
法),アルカリフォスファターゼ活性(GSCC法),GOT活性(IFCC法),GPT活性(IFCC法),γ-GTP活性(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法),トリグリセライド濃度(GPO・DAOS法),無機リン濃度(モリブデン酸直接法),総ビリルビン濃度(Jendrassik/Grof法),カルシウム濃度(OCPC法)を測定し,A/G比を算出した.また,全自動電解質分析装置(EA05,(株)A&T)により,ナトリウム濃度,カリウム濃度および塩素濃度(イオン電極法)を測定した.
回復期間終了時の被験物質投与群では,ブドウ糖濃度の有意な低下が雄に,カルシウム濃度の有意な上昇が雌に認められたが,投与期間終了時に変化のみられた項目には有意な差は認められなかった.
(1) 投与期間終了時解剖例
肝臓では,暗色化が500 mg/kg投与群の雄2例,雌1例に,大型化が500 mg/kg投与群の雌雄各2例と100 mg/kg投与群の雌1例に観察された.腎臓では,大型化および弾力性の低下が500 mg/kg投与群の雄に各1例,嚢胞が100 mg/kg投与群の雌1例に認められた.脾臓では,淡色化が500 mg/kg投与群の雄2例,小型化が500 mg/kg投与群の雄に1例,暗色化が500 mg/kg投与群の雌1例に観察された.この他,100 mg/kg投与群の雄1例では,投与過誤による所見と考えられる胸腔内結節が認められた.
(2) 回復期間終了時解剖例
対照群および被験物質投与群の雌雄とも,肉眼的所見は観察されなかった.
回復期間終了時の被験物質投与群では,雌の脳の絶対重量に有意な減少がみられた以外に有意な差は認められなかった.
(1) 投与期間終了時解剖例
肝臓では,小葉中心性の肝細胞肥大が500 mg/kg投与群の雌雄全例,100 mg/kg投与群の雄全例,雌2例に観察され,その変化の程度は雌雄とも用量に依存して増強する傾向にあった.また,小葉中心性の単細胞壊死が500 mg/kg投与群の雌雄および100 mg/kg投与群の雄の多くの例に認められた.さらに,通常の飼育形態で対照群に観察される肝臓の門脈周囲性の脂肪化は,500 mg/kg投与群の雄には認められなかった.
腎臓では,近位尿細管の好酸性細胞質内封入体が雄の500 mg/kg投与群の全例,100 mg/kg投与群の4例および20 mg/kg投与群の1例に観察された.なお,高用量群の雄の腎臓についてPAS染色を行った結果,近位尿細管の好酸性細胞質内封入体はいずれもPAS陰性であった.
この他,自然発生性の所見が観察されたが,いずれの所見も群間でその発生頻度および程度に差は認められなかった.また,器官重量で有意な減少がみられた高用量群の雄の胸腺には,組織学的変化は認められなかった.さらに,肉眼的に病変がみられた部位の所見として,腎臓の嚢胞がみられた100 mg/kg投与群の雌1例では,病理組織学的にも嚢胞が認められ,また,100 mg/kg投与群の雄1例にみられた胸腔内結節は組織学的に異物肉芽腫であったことから,投与過誤が原因で生じたと考えられる.
(2) 回復期間終了時解剖例
肝臓では,小葉中心性の単細胞壊死が被験物質投与群の雄1 例にみられ,門脈周囲性の脂肪化は対照群および被験物質投与群の雌雄全例に観察された.この他,雄の腎臓では,自然発生性の所見がみられたが,いずれも群間でその発生頻度および程度に差は認められなかった.
その結果,主として肝臓および腎臓で被験物質投与に起因したと考えられる変化が生じた.すなわち,雌雄とも500 mg/kg投与群では肝臓重量が増加し,100 mg/kg以上の投与群では小葉中心性の肝細胞肥大がみられ,その変化の程度は雌雄とも用量に依存して増強する傾向にあった.また,小葉中心性の単細胞壊死も観察された.これらと同質の肝臓の組織学変化は,o-ジクロロベンゼンをSD系ラットあるいはF344ラットに3か月間反復経口投与した試験1, 2)でも認められており,o-ジクロロベンゼン投与による標的器官の一つが肝臓であることが確認された.これらの変化に関連すると考えられる血液生化学所見としては,GOTあるいはγ-GTP活性の上昇と,総コレステロール濃度の上昇,アルブミン濃度の低下に伴うA/G比の低下が認められた.さらに,今回の試験では,通常の飼育形態で対照群に観察される肝臓の門脈周囲性の脂肪化が,500 mg/kg投与群の雄には認められなかった.なお,これらの肝臓に関連した変化は,投与期間終了後,14日間の回復期間を経ることにより,消失あるいは軽減する傾向にあった.
一方,腎臓では,雄の被験物質投与群に近位尿細管の好酸性細胞質内封入体が観察され,その頻度および程度とも用量に依存して増強し,絶対および相対重量とも増加あるいは増加傾向にあった.o-ジクロロベンゼンの位置異性体であるp-ジクロロベンゼンの反復経口投与により,雄ラットの近位尿細管上皮にhyaline dropletが蓄積することから,p-ジクロロベンゼンは,いわゆるα2u-globulin nephropathyを惹起することが明らかにされており3),o-ジクロロベンゼンも同様の腎病変を誘発するものと考えられる.なお,20 mg/kg投与群の1例にみられた近位尿細管の好酸性細胞質内封入体は,雄ラットに自然発生性の変化としてみられる程度の軽微なものであった.また,500 mg/kg投与群の雄では,血漿中の尿素窒素および無機リン濃度の上昇とナトリウム濃度の低下が認められたが,いずれも軽微な変化であり,前述の組織学所見との関連性については不明であった.さらに,500 mg/kg投与群の雌では,腎臓の相対重量が増加したが,病理組織学所見としては著しい変化はなかったことから,雌における腎臓の相対重量の増加は,体重増加抑制が主な原因と考えられる.この他,投与第4週の尿検査では,500 mg/kg投与群の雌雄とも,ほとんどの例がpH 9以上を示し,雄では尿蛋白の程度が低い傾向にあったが,これらの変化の成因については明らかにすることはできなかった.一方,近位尿細管の好酸性細胞質内封入体を含む腎臓に関する所見は,投与中止によりいずれも消失したことから,回復性のある変化と考えられる.なお,すでに報告されているo-ジクロロベンゼンのラットにおける反復経口投与毒性試験1, 2)では,摂水量あるいは尿量の増加がみられているが,今回の試験では中用量である100 mg/kg投与群の雌で尿量の有意な増加がみられた以外に,摂水量および尿量に有意な変化は認められなかった.
その他,500 mg/kg投与群では,雌雄とも投与初日に被験物質の刺激性4)によると考えられる流涎および流涙がみられた.また,投与初期に摂餌量および排便量の減少があり,体重は,対照群と比較して回復期間終了日まで低値で推移し,雄では回復第4日まで継続して有意な差が認められた.さらに,投与第9日以降,雄では100 mg/kg以上の投与群,雌では500 mg/kg投与群で,投与直後の一過性の流涎がみられ,一部の例では投与後1時間以上継続して観察されることがあり,個体によっては投与時の保定の段階でみられることがあった.その発症例数は用量に依存し,投与中期から観察され,回復期間中にはみられなかったことから,投与直後の流涎は,被験物質の刺激性によって成立した条件反射によるものと考えられる.なお,500 mg/kg投与群の雌では,投与第4週の摂餌量が有意な高値を示したが,変化の程度としてはわずかであり,体重にもこれに関連すると考えられる変化はなかった.
500 mg/kg投与群の雄では,胸腺および脾臓の絶対重量が減少した.これらの変化も前述した既報の3か月間反復投与試験で認められているが,いずれも相対重量には有意な差がみられず,血液学所見および病理組織学所見にも変化がなかった.この他,器官重量の減少としては,500 mg/kg投与群の雄の心臓と100 mg/kg以上の投与群の精巣上体に有意な差がみられたが,いずれも相対重量には有意な差は認められず,関連すると考えられる組織学所見がなかったことから,これらの変化は投与初期からの体重の増加抑制による影響があったものと考えられる.
なお,以上の変化の他に投与期間終了時あるいは回復期間終了時に有意差のみられた生化学所見および器官重量の変化については,いずれも用量に依存した変化ではなく,関連する他の所見もなかったことから,被験物質投与およびその後に続く回復期間に関連のない変化と考えられる.
以上のように,o-ジクロロベンゼンを反復投与することにより,肝臓の小葉中心性の肝細胞肥大が雌雄とも100 mg/kg以上の用量でみられ,さらに,雄の100 mg/kg以上の用量と雌の500 mg/kgの用量では,小葉中心性の単細胞壊死が認められた.また,雄では100 mg/kg以上の用量で腎臓の近位尿細管に好酸性細胞質内封入体が有意な頻度あるいは程度で出現し,この変化は被験物質投与に起因した変化であることが示唆された.したがって,本試験条件下におけるo-ジクロロベンゼンの無影響量は,雌雄とも20 mg/kg/dayであると判断された.
| 1) | M. Robinson, J. P. Bercz, H. P. Ringhand, L. W. , M. J. Parnell, Drug and Chemical Toxicology, 14, 83(1991). |
| 2) | “NTP TR 255 NIH Publication No.86-2511, National Toxicology Program,” U.S.A., 1985, pp.26-28. |
| 3) | E. Bomhard, G. Luckhaus, W.-H. Voigt, E. Loeser, Archives of Toxicology, 61, 433 (1988). |
| 4) | “The Merck Index, Twelfth edition,” Merck & Co., Inc., 1996, p.517. |
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