o-ジクロロベンゼンのラットを用いる単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of o-Dichlorobenzene in Rats

要約

o-ジクロロベンゼンはワックスやゴムの溶剤,殺虫剤,燻蒸剤などに用いられている化学物質である1).本物質の急性毒性を検討するため,1群5匹からなる5週齢のラットに,雄は500,1000および2000 mg/kgを,雌は2000 mg/kgのみを単回経口投与した.媒体対照として,雄5匹にコーン油を投与した.

2000 mg/kg投与群において,雄では自発運動の減少,腹臥位,歩行不能,振戦,呼吸不整等の毒性症状が観察され,観察第2〜4日に3例が死亡した.また,生存した2例の症状は観察第5日以降回復した.雌では,雄と同様の症状がみられたものの,その程度は雄と比べてやや弱く,死亡は認められなかった.500および1000 mg/kg投与群では,投与当日,腹臥位,自発運動の減少等がみられたが,観察第3日には回復した.

投与量の増加に伴って体重減少あるいは増加抑制が強まり,体重増加に転じるまでの期間も長い傾向がみられた.

剖検では,2000 mg/kg投与群の死亡例の肝臓には淡色化と膀胱内に暗色液の貯留がみられ,組織学的には小葉中心性の肝細胞壊死および空胞変性が観察された.同群の生存例では,小葉中心性の肝細胞の肥大が観察された.

o-ジクロロベンゼンのLD50値は,雄では約2000 mg/kg,雌では2000 mg/kgを上回ると推定された.

方法

1. 被験物質

o-ジクロロベンゼンは無色透明の液体で,試験には三井化学(株)(福岡)より提供されたもの(Lot No. 8803302,純度99.7 %)を用いた.受領物質は,使用時まで室温で保管した.なお試験終了後,残余被験物質を提供元で再分析し,被験物質が試験期間中安定であったことを確認した.

投与検体の調製においては,各濃度毎に被験物質を秤量し,所定濃度となるようにコーン油(Lot No. V8P7069,ナカライテスク(株))を加えて溶解し,投与時まで室温遮光下で保存し,調製2日後に使用した.被験物質の0.2および20 w/v%の調製検体の,室温,遮光条件下での10日間の安定性を確認した.また,各投与検体の含量を測定した(103〜106 %).

2. 使用動物および飼育方法

4週齢のSprague-Dawley系(Crj:CD(SD)IGS)雌雄ラットを,日本チャールス・リバー(株)筑波飼育センターから購入し,検疫と馴化を兼ねて7日間予備飼育した.試験には,予備飼育中の一般状態に異常が認められなかった雄20匹,雌5匹を用い,雄は検疫終了時の体重を基に体重別層化無作為抽出法により1群5匹からなる4群に分け,雌は無作為に5匹を選んで1群とした.投与開始時の週齢は雌雄ともに5週齢であり,体重は雄が117.8〜140.0 g,雌が108.6〜116.4 gであった.

全飼育期間を通じ,動物を金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,温度23〜25 ℃,湿度50〜65 %,換気回数約15回/時,照明12時間(7時〜19時点灯)に設定された飼育室で,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および水道水(秦野市水道局給水)を自由に摂取させて飼育した.

3. 投与量の設定および投与方法

o-ジクロロベンゼンのラットにおける単回経口投与時のLD50値は500 mg/kg 2)との報告がみられる.投与量設定のための予備試験として,本物質の250,500および1000 mg/kgを5週齢の雌雄ラット各3例に投与した結果,いずれの投与量においても半眼あるいは閉眼,自発運動の減少,体重増加抑制が認められたが,死亡例はみられなかった.これらのことから,本試験における投与量については雄は500,1000および2000 mg/kgの3用量を設定し,雌は予備試験で感受性に明らかな性差がみられなかったことから,明らかな毒性が発現しかつ死亡しないと考えられた2000 mg/kgの1用量を設定した.

投与容量は体重1 kg当たり10 mLとし,動物を約18時間絶食させた後,投与直前に測定した体重を基に投与液量を算出し,ラット用胃管を用いて強制的に単回経口投与した.給餌は投与後約3時間に行った.

4. 観察および検査

観察第1日(投与日)から14日間にわたって死亡の有無を確認し,各動物の一般状態を観察した.観察は投与日においては投与直後から1時間まで連続して行い,その後は投与後6時間まで約1時間間隔で実施した.観察第2日から15日までは毎日1回行った.

体重は生存した全例について,投与直前,観察第2,4,8,11および15日に測定した.また,死亡例については死亡発見時に体重を測定した.

剖検は,死亡例は発見時に,生存例では観察第15日にペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血屠殺して実施した.2000 mg/kg投与群の雄について,死亡3例,屠殺1例の肝臓を0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液で固定し,固定後パラフィン包埋し,薄切してヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し,光学顕微鏡を用いて組織を観察した.

結果

1. 死亡率およびLD50値(Table 1)

2000 mg/kg投与群で雄3例が死亡した.雌では死亡はなかった.LD50値は,雄では約2000 mg/kg,雌では2000 mg/kgを上回ると推定された.

2. 一般状態

媒体対照群では粘液便の排泄や肛門周囲の汚れがみられた.

500 mg/kg投与群では,半眼,流涎,自発運動の減少,腹臥位,粘液便などが,また,1000 mg/kg投与群では,閉眼,流涙,体温低下もみられたが,これらの症状は観察第3日には回復した.

2000 mg/kg投与群の雄では,投与当日,自発運動の減少,歩行困難,横臥/腹臥位,半眼/閉眼,流涙,振戦,呼吸不整,流涎など強い毒性症状が観察され,観察第2,3日に横臥位,緩徐呼吸,呼吸不整,体温低下が観察された3例は観察第2〜4日に死亡した.生存例では,自発運動の減少,排便量の減少が継続したが,観察第5日には回復した.雌においても,雄と同様の症状がみられ,観察第3日にも,腹臥位が3例で継続し,肛門周囲の汚れ,排便量の減少が観察第5日まで観察された.

3. 体重

雄では,観察第2日に,500 mg/kg投与群で体重増加抑制が,1000 mg/kg投与群で体重減少あるいは体重増加抑制がみられたが,その後体重増加がみられ,観察第15日の体重は媒体対照群の体重と同程度であった.2000 mg/kg投与群では,観察第2日に体重の減少あるいは体重増加抑制がみられたが,生存した2例では観察第8日から増加に転じ,観察第15日の体重は対照群のそれと大きな差はなかった.

雌の2000 mg/kg投与群では,観察第2日に体重が減少し,観察第4日には低下あるいは増加抑制がみられたが,観察第8日からは増加に転じた.

4. 病理学検査

死亡例には,肝臓の淡色化および膀胱内暗色液の貯留が認められた.生存例の剖検では,変化はみられなかった.

組織検査では,死亡例で中等度の小葉中心性の肝細胞の壊死あるいはまた変性が観察された.生存例では,軽度の小葉中心性の肝細胞肥大が観察された.

考察

2000 mg/kg投与群の雄では3例が死亡し,毒性症状として自発運動の減少,横臥/腹臥位,半眼,流涎等が観察された.一方,生存した雄2例では,観察第5日にはこれらの症状は回復した.同群の雌でも,雄と同様の症状の発現がみられたものの,その程度は雄に比較してやや弱く,死亡は認められなかった.

死亡した雄の2例には肝臓の淡色化がみられ,組織学的には小葉中心性の肝細胞壊死あるいはまた変性が観察された.生存例の肝臓では,小葉中心性の肝細胞の肥大が観察された.o-ジクロロベンゼンを13週間ラットに経口投与すると小葉中心性の肝細胞壊死や変性がおこることが報告されており3),本物質の標的器官が肝臓であることが確認された.

また,観察第3および4日に死亡した同群の雄2例では,膀胱内に暗色液の貯留が認められた.上述のo-ジクロロベンゼンの13週間投与試験ではポルフィリン尿がみられていることから,本試験においてみとめられた膀胱内の暗色液もポルフィリンに起因したものと考えられた.

以上の結果から,o-ジクロロベンゼンのLD50値は,雄では約2000 mg/kg,雌では2000 mg/kgを上回ると推定された.

文献

1)“The Merck Index,” 12, ed. by S. Budavari, Merck & Co., Inc., N. J., U. S. A., 1996, p.517.
2)R. Ben-Dyke, D. M. Sanderson, D. N. Noakes, World review of pest control, 9, 119(1970).
3)“NTP TR 255 NIH Publication No.86-2511, National Toxicology Program,” U. S. A., 1985, pp.11-50.

連絡先
試験責任者:永田伴子
試験担当者:勝村英夫,松本浩孝,堀内伸二,三枝克彦,稲田浩子,安生孝子
(財)食品薬品安全センター 秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Tomoko Nagata(Study director)
Hideo Katsumura, Hirotaka Matsumoto, Shinji Horiuchi, Katsuhiko Saegusa, Hiroko Inada, Takako Anjo
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627