o-アセトアセトトルイジドのラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験
Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening
Test of o-Acetoacetotoluidide by Oral Administration in Rats
要約
o-アセトアセトトルイジドは,o-トルイジンのアミノ基がアシル化された化学構造を有し,o-トルイジンとジケテンから合成され,ハンザエローやベンジジンエローなどのアゾ顔料の合成原料として用いられる物質1)である.o-トルイジンの毒性について,ラットへの反復投与によりメトヘモグロビン血症およびそれに伴う溶血性貧血を起こすことが知られている2).しかしながら,o-アセトアセトトルイジドの毒性については,単回経口投与毒性についての報告3)は認められるが,反復投与毒性および生殖発生毒性に関する報告はみあたらない.
今回,o-アセトアセトトルイジドについて,反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験を,SD系〔Crj:CD(SD)〕ラットを用い,0,8,25,80および250 mg/kg用量で実施した.動物は1群雌雄各10匹とし,被験物質は交配開始14日前から雄は44日間,雌は分娩後哺育3日(41〜45日間)まで投与した.
1. 反復投与毒性
雄親について,血液学検査では,80 mg/kg以上の群で赤血球数の減少,平均赤血球容積の増加,さらに250 mg/kg群でヘモグロビン量およびヘマトクリット値の減少,平均赤血球血色素量および網状赤血球数の増加,メトヘモグロビン含有率の増加傾向,ハインツ小体保有赤血球の出現が認められた.血液生化学検査では,80 mg/kg以上の群でビリルビンの増加,250 mg/kg群でカリウムの増加が認められた.剖検では,80 mg/kg以上の群で脾臓の黒色化が認められた.器官重量では,250 mg/kg群で脾臓および下垂体の絶対および相対重量の増加が認められた.病理組織学検査では,80 mg/kg以上の群で肝臓にベルリンブルー陽性ヘモジデリンの沈着,脾臓にベルリンブルー陽性ヘモジデリンの沈着の程度の増加,250 mg/kg 群で脾臓に髄外造血の程度の増加および鬱血,腎臓に近位尿細管上皮における好酸体(PAS染色陰性)の出現率の増加が認められた.下垂体には,病理組織学的変化は認められなかった.
一方,雌親についても,病理学検査で雄親と類似した変化が認められた.すなわち,80mg/kg以上の群で,脾臓の黒色化,ベルリンブルー陽性ヘモジデリンの沈着の程度の増加および鬱血,肝臓にベルリンブルー陽性ヘモジデリンの沈着,さらに250 mg/kg群で脾臓の腫大,絶対および相対重量の増加,髄外造血の程度の増加が認められ,また肝臓の絶対重量の増加傾向および相対重量の増加が認められた.
以上の結果から,o-アセトアセトトルイジドのラットにおける主な反復投与毒性は,溶血性貧血およびそれと関連する変化であった.また,雌の肝臓および雄の腎臓に対しても軽度な影響が認められた.無影響量は雌雄とも25 mg/kg/dayと推定された.
2. 生殖発生毒性
雌雄親の生殖能および児動物の発生について,変化は認められなかった.したがって,雌雄親の生殖能および児動物の発生に対する無影響量は250 mg/kg/day以上と推定された.
方法
1. 被験物質
o-アセトアセトトルイジドは,融点103.5℃,植物油および水に難溶な白色針状結晶である.試験には,三星化学工業(株)(東京)製造のもの(ロット番号7434,純度99.93 %)を入手し,冷暗所(4℃)で密栓保管し使用した.投与終了後に供給元にて分析を行い試験期間中安定であったことを確認した.投与液は,被験物質を1 %メチルセルロース水溶液〔メチルセルロース100cP:和光純薬工業(株);局方精製水:共栄製薬(株)〕に懸濁して調製し,使用時まで冷暗所(4℃)で密栓保管し,調製後7日以内に使用した.なお,投与開始前に投与液中の被験物質について分析し,均一性および7日間の安定性を確認した.試験に供した投与液については,ほぼ所定濃度で調製されていたことを確認した.
2. 供試動物および飼育条件
日本チャールス・リバー(株)より搬入したSD系〔Crj:CD(SD)〕ラットを12日間試験環境に馴化させ,その間に検疫を行い,発育が順調で一般健康状態の良好なものを,雄は9週齢(343〜391 g),雌は8週齢(211〜241 g)で,1群雌雄各10匹として試験に供した.ラットは,温度21〜23℃,湿度53〜64 %,換気回数10回以上/時,照明12時間(6〜18時)に制御した飼育室で,金網ケージに個別に収容し,固型飼料〔ラボMRストック,日本農産工業(株)〕および水を自由に摂取させた.ただし,交尾後の雌は,巣作り材料〔ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー(株)〕を入れたポリカーボネート製ケージに収容した.
3. 投与量および投与方法
投与量設定試験として,ラットを1群雌雄各4匹とし,o-アセトアセトトルイジドを0,50,100,250,500および1000 mg/kgで14日間反復経口投与した.ラットは投与7日の夕方から交配が成立するまで,雌雄各1匹ずつを同居させた.その結果,毒性影響と考えられる主な変化は,眼球の退色,赤血球数,ヘモグロビン量およびヘマトクリット値の減少,総ビリルビンおよびカリウムの増加,脾臓の黒色化および重量の増加などの溶血性貧血の可能性を示唆する変化,ならびに肝臓重量の増加,総ビリルビンおよびGPTの増加,活性化部分トロンボプラスチン時間の延長傾向などの肝臓に対する影響を示唆する変化であった.さらに,副腎重量の減少および尿素窒素の増加など,副腎や腎臓に対する影響も窺われた.これらの変化は,雄では250 mg/kg以上,雌では100 mg/kg以上の群で認められた.交配成績については,交尾能に対する影響を示唆する変化は認められなかった.以上の結果から,本試験における投与量については,250 mg/kgを最高用量とし,以下80,25および8 mg/kgの計4用量を設定した.投与方法は,投与液量を体重100g当たり0.5mLとし,テフロン製胃ゾンデを装着した注射筒を用いて1日1回,交配開始14日前から雄は44日間,雌は分娩後の哺育3日(41〜45日間)まで,経口投与した.対照群には,1 %メチルセルロース水溶液を同様に投与した.
4. 観察および検査
1) 親動物に関する項目
(1) 一般状態観察
投与期間中毎日,動物の生死,外観,行動等について観察した.
(2) 体重および摂餌量測定
体重の測定は,投与開始日(投与開始直前)およびその後は7日間隔で行い,さらに最終投与日と屠殺日に測定した.ただし,雌の妊娠後は,妊娠0,7,14および20日と哺育0および4日に測定した.摂餌量は,体重測定日に合わせて翌日までの24時間の飼料消費量を測定した.雌の哺育4日の摂餌量は,前日からの24時間消費量を測定した.
(3) 交配および分娩状態観察
投与15日の午後に,雄のケージに同一群内の雌を入れ(1対1),交尾が確認されるまで(4日間で全例の交尾を確認)連続同居させた.交尾の確認は毎朝一定時刻(9:30分頃)に行い,膣栓形成あるいは膣垢中に精子が確認された日を妊娠0日とした.分娩状態の観察も同じ時刻に行い,1腹ごとに全児の出産が確認された日を哺育0日とした.交配および分娩の観察結果から,各群について同居開始から交尾までの日数,交尾率〔(交尾動物数/同居動物数)×100〕,受胎率〔(受胎雌数/交尾雌数)×100〕および出産率〔(生児出産雌数/生存受胎雌数)×100〕ならびに分娩の確認された例について妊娠期間(妊娠0日から分娩が確認された日までの日数)を算定した.
(4) 雄の臨床病理学検査
尿検査:投与39,42あるいは43日に新鮮尿を採取して,pH,潜血,タンパク,糖,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲン〔以上,バイエル・三共(株),マルティスティックス®〕を,またラットを代謝ケージに収容(約3時間)して得た蓄尿について,外観の観察,比重の測定〔エルマ光学(株),屈折計〕および沈渣を検査〔 URI-CELL®液(ケンブリッジケミカルプロダクト社)で染色して鏡検〕した.
血液学検査:採血は,投与期間終了翌日にエーテル麻酔下で開腹して腹大動脈より行なった.動物は採血前日の午後5時より除餌し,水のみを給与した.採取した血液は3分割し,その一部は,EDTA-2Kで凝固防止処理し,多項目自動血球計数装置〔東亜医用電子(株),E- 4000〕により,赤血球数(電気抵抗検出方式),血色素量(ラウリル硫酸ナトリウム-ヘモグロビン法),ヘマトクリット値(パルス検出方式),平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC,以上計算値),白血球数および血小板数(以上,電気抵抗検出方式)を,また塗抹標本を作製して網状赤血球数(Brilliant cresyl blueで染色して鏡検)およびハインツ小体保有赤血球数(Neutral red-brilliant greenで染色して鏡検),さらにメトヘモグロビン濃度(Evelyn-Malloy変法4))を測定した.また 一部は,3.8 %クエン酸ナトリウム液で凝固阻止処理して血漿を得,血液凝固自動測定装置(アメルング社:KC-10A)により,プロトロンビン時間(PT,Quick一段法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT,エラジン酸活性化法)を測定した.
血液生化学検査:採取した血液の一部から血清を分離し,生化学自動分析装置〔日本電子(株),JCA-VX-1000型クリナライザー〕により,総タンパク(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(計算値),グルコース,トリグリセライド,総コレステロール(以上,酵素法),総ビリルビン(Jendrassik法),尿素窒素(Urease-UV法),クレアチニン(Jaff法),GOT,GPT,γ-GTP,LDH(以上,SSCC法),アルカリホスファターゼ(ALP, GSCC法),コリンエステラーゼ(ChE,BTC-DTNB法),カルシウム(OCPC法)および無機リン(酵素法)を,また電解質自動分析装置〔東亜電波工業(株),NAKL-132〕により,ナトリウム,カリウムおよび塩素を測定した.
(5) 病理学検査
雄は採血に続いて,また雌の計画屠殺動物は哺育4日の観察終了後に,対照群,8,80および250 mg/kg群で各1匹認められた妊娠しなかった雌については分娩予定日の4日後に,エーテル麻酔下で放血屠殺して剖検し,脳,下垂体,甲状腺,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,胸腺ならびに雄については精巣,精巣上体を秤量した.雌については,卵巣の黄体数および子宮の着床痕数を調べ,着床率〔(着床痕数/黄体数)×100〕を算定した.病理組織学検査は,採取した器官を10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣および精巣上体のみブアン液)で固定後,対照群および250 mg/kg群の全例,ならびに他の群の妊娠の成立しなかった雌雄の脳,下垂体,甲状腺,胸腺,心臓,肺,肝臓,胃,腎臓,脾臓,副腎,膀胱,骨髄,脊髄,坐骨神経,その他肉眼的異常部位,さらに雄では精巣,精巣上体について,また,妊娠しなかった雌雄について,雄は前立腺および精嚢,雌は卵巣および子宮について,8,25および80 mg/kg群で妊娠した雌雄については,250 mg/kg群で毒性影響と考えられる変化の認められた雌雄の肝臓および脾臓,雄の腎臓ならびに肉眼的異常部位について,常法に従いパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオシン染色を施して鏡検した.また,沈着物を同定するため,雌雄全例の脾臓および肝臓については鉄染色(ベルリンブルー法),一部の雄の腎臓についてはPAS染色も行った.
2) 新生児に関する項目
(1) 産児数および性比の観察
分娩の終了後各腹の産児数(生児と死亡児の合計)を調べ,分娩率〔(総出産児数/着床痕数)×100〕を算定した.性別を肛門と生殖突起の距離の長短により判定し,群ごとの性比を算出した.
(2) 外表異常および一般状態観察
分娩完了後,口腔内を含む外表の異常を観察した.また,毎日一般状態および生死を確認し,出生率〔(出産確認時生児数/総出産児数)×100〕および新生児の4日の生存率〔(哺育4日生児数/出産確認時生児数)×100〕を求めた.
(3) 体重測定
新生児について哺育0日および4日に雌雄別に各腹ごとの総体重を測定し,1匹当たりの平均体重を算出した.
(4) 病理学検査
死亡例は発見時に,生存例は雌親の解剖時(哺育4日)に麻酔死させ,胸部および腹部における主要器官を肉眼的に観察した.
5. 統計解析
パラメトリックデータは,Bartlettの分散検定を行い,分散が一様な場合は一元配置の分散分析を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータは,Kruskal-Wallisの順位検定を行った.それらの結果有意差を認めた場合,Dunnett法またはScheffe法(群の大きさが異なる場合)により対照群に対する各群の比較検定を行った.カテゴリカルデータは,生殖発生毒性に関するパラメータはc2検定を,病理学的検査における異常例の出現率にはFisherの直接確率法を用いた.なお,新生児に関するデータは,1腹当たりの平均を1標本とした.
結果
1. 反復投与毒性
1) 一般状態および死亡
死亡は,各群の雌雄とも認められず,また一般状態にも異常は認められなかった.
2) 体重(Fig. 1, 2)
雌雄とも,被験物質の投与による有意な変化は認められなかった.また,投与期間中の体重増加量にも有意な差は認められなかった.
3) 摂餌量(Fig. 3, 4)
雌雄とも,被験物質の投与による有意な変化は認められなかった.
4) 雄の尿検査
250 mg/kg群で,尿比重の有意な増加が認められたが,増加の程度は背景データにおける正常範囲内の変化であった.その他の検査項目には,有意な変化は認められなかった.
5) 雄の血液学検査(Table 1)
80 mg/kg以上の群で赤血球数の有意な減少が認められ,平均赤血球容積は有意な高値を示した.さらに,250 mg/kg群でヘモグロビン量およびヘマトクリット値の有意な減少,網状赤血球数の有意な増加ならびにハインツ小体保有赤血球の出現が認められ,平均赤血球血色素量は有意な高値を示した.また,統計学的有意差は認められなかったものの,メトヘモグロビン含有率は増加傾向を示した.
6) 雄の血液生化学検査(Table 2)
80 mg/kg以上の群で総ビリルビン,250 mg/kg群でカリウムのいずれも有意な増加が認められた.
7) 剖検(Tables 3, 4)
被験物質の投与と関連性がみられる変化として,脾臓の黒色化が雌雄とも80 mg/kg以上の群で認められ,250 mg/kg群の雌では腫大を伴う例も認められた.
その他に,雄では,肝臓に尾状葉の表面黄色顆粒状,副腎の腫大,雌では肺の赤色点,副腎の赤色化,脾臓の腹膜との癒着などが認められたが,いずれも散発的な変化で,用量依存性は認められなかった.また,被験物質の投与とは無関係に散発的に認められた妊娠不成立の雌雄について,雄では8 mg/kg群の1匹に精巣の萎縮が,雌では対照群の1匹に著明な子宮腔水腫が認められた.他の例には妊娠不成立と関連する変化は認められなかった.
8) 器官重量(Table 5)
250 mg/kg群で,雌雄に脾臓の絶対および相対重量の有意な増加が認められた.さらに,250 mg/kg群で,雄に下垂体の絶対および相対重量の有意な増加が,雌に肝臓の絶対重量の増加傾向および相対重量の有意な増加が認められた.その他に,25 mg/kg群で雌の下垂体の絶対および相対重量が対照群と比べ有意に低値を示したが,用量依存性のない変化であった.
9) 病理組織学検査(Tables 6, 7)
被験物質の投与に起因すると考えられる変化が,肝臓,腎臓および脾臓に認められた.すなわち,肝臓において,80 mg/kg以上の群で,雌雄に肝臓のクッパー細胞のベルリンブルー陽性ヘモジデリン沈着が認められた.腎臓において,250 mg/kg群で,雄に近位尿細管上皮の好酸体(PAS染色陰性)の出現率の有意な増加が認められた.脾臓において,80 mg/kg以上の群で,雌雄にベルリンブルー陽性ヘモジデリン沈着の程度の有意な増加,雌に鬱血,さらに250 mg/kg群で,雌雄に髄外造血の程度の有意な増加,雄に鬱血が認められた.
その他に,被験物質の投与とは無関係に剖検において認められた肝臓の尾状葉の表面黄色顆粒状部には巣状壊死,脾臓の腹膜との癒着部には炎症性癒着が認められた.副腎の赤色化および腫大と記録された当該器官には変化は認められなかった.また,散発的に発現した妊娠不成立の雌雄について,雄では剖検で精巣の萎縮が認められた8 mg/kg群の雄1匹では精巣の精細管萎縮および間細胞の過形成,精巣上体の精巣上体管内精子減少および細胞残屑が認められた.また,雌では子宮腔水腫が認められた対照群の雌1匹では,子宮の内腔拡張が認められた.しかし,被験物質の投与に起因する生殖器系器官および生殖能と関連する内分泌系器官の変化は認められなかった.
以上の変化以外にも,検査した各器官に変化が認められたが,散発的なあるいは用量依存性の認められない所見であった.
2. 生殖発生毒性
1) 親動物に及ぼす影響(Table 8)
(1) 交尾率および受胎率
各群とも全例に交尾が成立し,交尾率は100 %であった.また,妊娠不成立動物が対照群,8,80および250 mg/kg群で認められたが,各1対のみで,受胎率にも有意な変化は認められなかった.
(2) 黄体数,着床痕数および着床率
各被験物質投与群の黄体数,着床痕数および着床率には,いずれも対照群と比べ有意差は認められなかった.
(3) 出産率および妊娠期間
出産率は,全ての群で100 %であった.また,妊娠期間についても,各被験物質投与群と対照群間に有意差は認められなかった.
(4) 分娩および哺育状態
分娩および哺育状態について,被験物質の投与による影響は認められなかった.哺育状態の観察において,哺育0日に80 mg/kg群で,哺育1日に80および250 mg/kg群でいずれも食殺が認められたが,各々1匹の雌親によるそれぞれ1匹の児動物の食殺であり,哺育2日以降の生児はいずれも生育した.
2) 新生児に及ぼす影響(Table 9)
(1) 生存性および体重
各被験物質投与群の1腹当たりの総出産児数および新生児数,分娩率,出生率,性比,哺育0日および4日の体重,ならびに新生児の4日の生存率のいずれも,対照群と比べて有意差は認められなかった.また,新生児の一般状態にも変化は認められなかった.
(2) 形態
対照群および各被験物質投与群とも,外表および内臓異常は認められなかった.内臓変異について,胸腺の頚部遺残および左臍動脈遺残が認められたが,各被験物質投与群の発現率には,対照群と比べて有意差は認められなかった.
考察および結論
1. 反復投与毒性
認められた主な変化は,溶血性貧血およびそれとの関連性が考えられる変化であった.
すなわち,雄親において,80 mg/kg以上の群で赤血球数の減少および平均赤血球容積の増加,さらに,250 mg/kg群ではヘモグロビン量およびヘマトクリット値の減少,平均赤血球血色素量の増加が認められ,大球性貧血の血液像が認められた.また,250 mg/kg群で末梢血中網状赤血球数および脾臓の髄外造血の程度の増加が認められたが,これらの変化は貧血に対する造血機能の代償性反応によるものと考えられた.
なお,骨髄の造血細胞には病理組織学的変化は認められなかったが,これは貧血の程度が比較的軽度であったため,組織学的には明らかな変化として観察されなかったものと推察される.
さらに,貧血と関連して,80 mg/kg以上の群で総ビリルビンの増加,肝臓のクッパー細胞および脾臓にヘモジデリンの沈着あるいは沈着の増加,250 mg/kg群で血清カリウムの増加,メトヘモグロビン含有率の増加傾向,ハインツ小体保有赤血球の出現,脾臓の鬱血および重量増加が認められた.
ハインツ小体保有赤血球の出現およびメトヘモグロビン含有率の増加傾向は,ヘモグロビンの異化過程に対する影響およびそれによる異常ヘモグロビンの形成を,また総ビリルビンおよびカリウムの増加,脾臓や肝臓へのヘモジデリンの沈着は,溶血を示唆する変化と考えられる.
本被験物質は,o-トルイジンのアミノ基がアシル化されたものであり,o-トルイジンはラットへの反復投与によりメトヘモグロビン血症およびそれに伴う溶血性貧血を惹起させることが報告2)されている.本試験では,o-アセトアセトトルイジドのラットへの反復投与においても,メトヘモグロビンの増加傾向が認められ,溶血性貧血の惹起されることが確認された.
さらに,溶血性貧血およびそれとの関連性が考えられる変化に加えて,250 mg/kg群で腎臓の近位尿細管上皮における好酸体(PAS染色陰性)の出現率,尿比重ならびに下垂体の絶対および相対重量のいずれも増加が認められた.
腎臓の近位尿細管上皮における好酸体は雄ラットに生理的に認められ,これの増加はタンパクの再吸収過程における何らかの異常を示唆する変化と考えられるが,腎機能の異常を伴う変化ではなかった.
下垂体の絶対および相対重量の増加については,下垂体および関連する器官に病理組織学的変化は認められず,下垂体機能の異常を示唆する変化も認められなかったことから,毒性学的意義は小さいものと判断された.
一方,雌親についても,病理学検査において,80 mg/kg以上の群で脾臓のヘモジデリン沈着の程度の増加,鬱血,絶対および相対重量の増加,肉眼的黒色化,肝臓のヘモジデリン沈着が認められ,雄親と同様の溶血性貧血と関連する変化と考えられた.さらに,肝臓の絶対重量の増加傾向および相対重量の増加が認められた.
肝臓の重量増加については,肝臓にはヘモジデリンの軽度な沈着が認められたが重量に影響するような変化とは考えられず,同様にヘモジデリンの沈着が認められた雄では肝臓重量に変化は認められなかった.しかしながら,より高用量を14日間反復投与した投与量設定試験では,雌雄とも肝臓重量の増加に加え,血清GPTも増加が認められている5).したがって,o-アセトアセトトルイジドは肝臓に対しても軽度な毒性影響を有するものと推察される.
また,被験物質の投与とは無関係に認められた妊娠不成立の雌雄において,その一部の動物には妊娠が成立しなかったことと関連する変化が生殖器系器官に認められたが,被験物質の投与と関連する生殖器系器官や内分泌系器官の変化は,認められなかった.
なお,上述のo-トルイジンは,膀胱粘膜に対しても毒性を有することが知られている2)が,o-アセトアセトトルイジドを投与した本試験において,膀胱粘膜に変化は認められなかった.
以上の結果から,o-アセトアセトトルイジドのラットにおける主な反復経口投与毒性は,溶血性貧血およびそれと関連する変化であった.また,雌の肝臓および雄の腎臓に対しても軽度な影響が認められた.無影響量は,雌雄とも25 mg/kg/dayと推定された.
2. 生殖発生毒性
雌雄親の生殖能に対する被験物質の投与による影響について,観察した各指標とも対照群と比べ有意な変化は認められなかった.
児動物の発生について,総出産児数,新生児数,出生率,性比,新生児の体重,生存率および形態のいずれの指標にも変化は認められなかった.
以上のように,雌雄親の生殖能並びに児動物の発生に対する影響は認められなかった.したがって,無影響量は,雌雄親の生殖能および児動物の発生に対して250 mg/kg/day以上と推定された.
文献
1) | 化学工業日報社編,"12394の化学商品,"化学工業日報社,東京,1994, p. 547. |
2) | IARC Monograph on the Evaluation of Carcinogenic Risk of Chemicals to Man, 27, 155(1982) |
3) | REGISTRY OF TOXIC EFFECTS OF CHEMICAL SUBSTANCES, AK 6550000 |
4) | E. J. van Kampen and W. G. Zijlstra, Adv. Clin. Chem., 8, 181(1965) |
5) | 山本 譲,「o-アセトアセトトルイジドのラットを用いる経口投与による反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験のための投与量設定試験」,所内資料,1998. |
連絡先 |
| 試験責任者: | 山本 譲 |
| 試験担当者: | 伊藤義彦,野田篤,下平裕二,赤木 博,河村未佳 |
| (財)畜産生物科学安全研究所 |
| 〒229-1132 神奈川県相模原市橋本台3-7-11 |
| Tel 042-762-2775 | Fax 042-762-7979 | |
Correspondence |
| Authors: | Yuzuru Yamamoto(Study director)
Yoshihiko Ito, Atushi Noda, Yuji Shimodaira, Hiroshi Akagi, Mika Kawamura |
| Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology |
| 3-7-11 Hashimotodai, Sagamihara-shi, Kanagawa, 229-1132, Japan |
| Tel +81-42-762-2775 | Fax +81-42-762-7979 | |