2,4-ジアミノ-6-フェニル-s-トリアジンのラットを用いる単回投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of 2,4-Diamino-6-phenyl-s-triazine in Rats

要約

OECD既存化学物質安全性点検に係わる毒性調査の一環として,2,4-ジアミノ-6-フェニル-s-トリアジンを1群5匹のCrj:CD(SD系)IGSラットに,0(対照),250,500,1000および2000 mg/kgの用量で単回経口投与し,その急性期の毒性徴候およびLD50値について検討した.

死亡は,雌雄とも1000 mg/kg以上の群で投与翌日から6日目にみられた.一般状態では,投与日(1日目)から自発運動の低下が250 mg/kg以上の群の雄および500 mg/kg以上の群の雌に,よろめき歩行が500 mg/kg以上の群の雌雄に,緩徐呼吸,腹臥位,横臥位,流涙および流涎が1000 mg/kg以上の群の雄および500 mg/kg以上の群の雌にみられ,2日目からは鼻周囲の汚れ,眼周囲の汚れおよび濃黄色尿の排泄または尿による下腹部の汚れが1000 mg/kg以上の群の雄および500 mg/kg以上の群の雌にみられた.生存例では,これらの症状は2から15日目までに250 mg/kg群から順次回復した.体重では,すべての被験物質投与群の雌雄で増加抑制または減少がみられたが,250および500 mg/kg群では4日目,1000 mg/kg群では6ないし8日目,2000 mg/kg群では11ないし15日目に回復した.病理学検査において,死亡例では,前胃に肉眼的に粘膜の肥厚がみられ,組織学的には粘膜下組織の浮腫がみられた.脾臓および胸腺では肉眼的および組織学的に萎縮がみられ,胸腺では肉眼的に白色化もみられた.また,膀胱では濃緑色尿の貯留がみられた.生存例では,前胃に肉眼的に粘膜の白色点がみられ,組織学的には粘膜に扁平上皮の過形成がみられた.

LD50値(95 %信頼限界)は,雄で933 mg/kg(583〜1494 mg/kg),雌で1231 mg/kg(838〜1808 mg/kg)であった.

方法

1. 被験物質および投与液の調製

2,4-ジアミノ-6-フェニル-s-トリアジン(Lot No. 7P11,純度98.0 %,(株)日本触媒提供,大阪)は,水,アセトン,DMSOに微溶,メタノール,エタノールに易溶である白色粉末である.入手後の被験物質は,低温遮光下で保管し,投与終了後に提供先にて分析を行い試験期間中安定であったことを確認した.媒体は,カルボキシメチルセルロース・ナトリウム(CMC-Na,ナカライテスク(株),Lot No. M7T4661)の0.5 w/v%水溶液を使用し,これに被験物質を2.5,5,10および20 w/v%濃度になるように懸濁して投与液を調製した.本調製法による0.1および20 w/v%懸濁液は室温散光下で少なくとも8日間安定であることが確認された.そこで,各投与液は投与4日前に調製し,使用時まで室温保存した.なお,調製日に各投与液中の被験物質濃度を測定し,被験物質濃度はいずれも設定値の±10 %以内にあることを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

5週齢のCrj:CD(SD系)IGSラット(日本チャールス・リバー(株))を雌雄各33匹購入し,6日間の検疫馴化を行ったのち,雌雄各25匹を選んで6週齢で試験に使用した.投与開始時の体重は165.7〜183.0 g,雌で126.4〜136.6 gであった.動物は温度24±2℃,湿度55±10 %,照明12時間(午前7時〜午後7時)および換気回数13〜15回/時に設定したバリアーシステム飼育室で床敷(ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー(株))を入れたポリカーボネイト製ケージに1ケージ当たり2〜3匹ずつ収容し,飼育した.飼料は,高圧蒸気滅菌処理した固型飼料(MF,オリエンタル酵母工業(株))を,飲水は次亜塩素酸ナトリウムを添加(約2 ppm)した水をそれぞれ自由に摂取させた.

3. 投与量,投与方法,試験群構成および群分け

投与量は,予備試験の結果より設定した.すなわち,本被験物質の100,500,1000および2000 mg/kgをラットに単回経口投与した結果,死亡が1000 mg/kg群の雌雄各1/3例ならびに2000 mg/kg群の雄3/3例および雌2/3例にみられた.したがって,本試験の投与量は死亡が多発すると予想される2000 mg/kgを高用量とし,以下公比2で除した1000,500および250 mg/kgの計4用量をそれぞれ中間量2,中間量1および低用量とした.試験群は,上記4用量に媒体のみを投与する対照を加え計5群とした.1群当たりの動物数は雌雄各5匹とし,群分けは,投与前日の体重を基に層別連続無作為化法で行った.

投与経路は経口とし,16〜17時間絶食させた動物に胃管を用いて1回強制投与した.投与容量は10 mL/kgとし,各動物の投与液量は投与日の体重を基に算出した.

4. 観察項目

1) 一般状態

観察期間は投与後14日間とし,この間に一般状態および死亡の有無を投与日(1日目)は投与後6時間まで経時的に,2日目から14日目は毎日午前および午後の1日2回,15日目は午前中に1回観察した.

2) 体重および摂餌量

1日目の投与前,ならびに2,4,6,8,11および15日目に測定した.

3) 病理学検査

観察期間中に死亡した動物は発見後速やかに,また,観察期間終了後の生存動物はエーテル麻酔下に放血致死させたのち剖検した.肉眼的に異常がみられた器官は摘出して10 %中性緩衝ホルマリン溶液に固定保存するとともに,代表例について病理組織学検査を行った.

5. 統計解析

LD50値を投与後14日間の累積死亡動物数からVan der Waerden法により算出した.体重は,各群ごとに平均値と標準偏差を求めた.

結果

1. 死亡の発生状況およびLD50値

死亡の発生状況およびLD50値をTable 1に示した.

1000 mg/kg群の雄3例および雌1例ならびに2000 mg/kg群の雄3例および雌4例が2日目から6日目に死亡した.LD50値(95 %信頼限界)は,雄で933 mg/kg(583〜1494 mg/kg),雌で1231 mg/kg(838〜1808 mg/kg)であった.

2. 一般状態

250 mg/kg群では,雄1例で投与後1時間から自発運動の低下がみられたが,2日目には回復した.雌では変化はみられなかった.

500 mg/kg群では,投与後45分から雌雄の全例で自発運動の低下,多数例でよろめき歩行がみられた.また,雌では緩徐呼吸,腹臥位,横臥位,流涙または流涎も散見された.2日目には腹臥位,横臥位,流涙および流涎は回復したが,鼻周囲の汚れ,眼周囲の汚れまたは濃黄色尿の排泄が散見された.これらの症状は雄で2日目,雌で3日目にすべて回復した.

1000 mg/kg以上の群では,雌雄で投与後15分ないし30分から自発運動の低下および緩徐呼吸が全例にみられ,投与後30分ないし45分からはよろめき歩行,腹臥位,横臥位,流涙または流涎がほぼ全例にみられた.2日目からは,雌雄でこれらの症状に加えて鼻周囲の汚れ,眼周囲の汚れ,濃黄色尿の排泄または尿による下腹部の汚れが散見され,更に2日目から6日目には死亡例もみられた.生存例では,上述した症状は1000 mg/kg群の雄で12日目に,雌で7日目に,2000 mg/kg群の雌雄で15日目にすべて回復した.

3. 体重

250 mg/kg群では,雌雄で増加抑制がみられたが,4日目に回復した.

500 mg/kg以上の群では,雌雄で減少または増加抑制がみられたが,500 mg/kg群の雌雄では4日目に,1000 mg/kg群の雌雄では6ないし8日目に,2000 mg/kg群の雌雄では11ないし15日目に回復した.

4. 剖検

死亡例では,前胃粘膜の肥厚が2000 mg/kg群の雌1例,膀胱に濃緑色尿貯留が1000 mg/kg群の雄3例ならびに2000 mg/kg群の雄2例および雌3例,脾臓の萎縮が1000 mg/kg群の雌雄各1例ならびに2000 mg/kg群の雄2例および雌1例にみられ,胸腺では白色化が1000 mg/kg群の雄1例および2000 mg/kg群の雌雄各1例,萎縮が2000 mg/kg群の雄1例,黒赤色点が1000 mg/kg群の雄2例にみられた.

生存例では,前胃に粘膜の白色点が2000 mg/kg群の雌1例にみられた.

5. 病理組織学検査

死亡例では,剖検に認められた変化に対応して前胃で粘膜下組織の浮腫がみられ,脾臓および胸腺では萎縮がみられた.膀胱には組織学的な変化はみられなかった.

生存例では,前胃に扁平上皮の過形成がみられた.

考察

OECD既存化学物質安全性点検に係わる毒性調査の一環として,Crj:CD(SD系)IGSラットを用い,2,4-ジアミノ-6-フェニル-s-トリアジンの経口投与による単回投与毒性試験を実施した.投与量は0(対照),250,500,1000および2000 mg/kgとした.

死亡は,1000 mg/kg以上の群の雌雄で投与翌日(2日目)から6日目までにみられた.LD50値(95 %信頼限界)は,雄で933 mg/kg(583〜1494 mg/kg),雌で1231 mg/kg(838〜1808 mg/kg)であった.

一般状態では,自発運動の低下が250 mg/kg以上の雄および500 mg/kg以上の群の雌にみられ,よろめき歩行が500 mg/kg以上の群の雌雄に,緩徐呼吸,流涙,流涎または濃黄色尿の排泄が1000 mg/kg以上の群の雄および500 mg/kg以上の群の雌にみられた.生存例では,これらの症状は2から15日目までに250 mg/kg群から順次回復した.なお,1000 mg/kg以上の群の雄および500 mg/kg以上の群の雌では,流涎,流涙または濃黄色尿の排泄に関連して鼻周囲,眼周囲または下腹部の汚れがみられたが,これらの変化は自発運動の低下や腹臥位または横臥位状態が持続したことによる身づくろい行動の抑制に伴った変化と考えられた.

体重では,すべての被験物質投与群の雌雄で増加抑制または減少がみられたが,250および500 mg/kg群では4日目、1000 mg/kg群では6ないし8日目,2000 mg/Kg群では11ないし15日目に回復した.

病理学検査において,死亡例では,1例のみではあるが肉眼的に前胃粘膜の肥厚がみられ,組織学的には前胃粘膜下組織の浮腫がみられたことから,本被験物質は弱い刺激性を有するものと考えられた.また,脾臓および胸腺では萎縮がみられたが,これらの所見を示した例では3ないし6日目の死亡に至るまでの間,緩徐呼吸,横臥位などの症状が継続してみられ,体重も明らかに減少していることから,衰弱に伴った変化であろうと考えられた.更に,膀胱では濃緑色尿の貯留がみられたが,被験物質の代謝物の尿中排泄によるものと考えられ,膀胱に組織学的な変化はみられなかった.そのほか,死亡例では出血によると思われる胸腺の黒赤色点がみられたが,本変化は死亡例ではしばしばみられる変化であり,死戦期に生じた変化と考えられた.一方,生存例では,2000 mg/kg群で肉眼的に前胃粘膜の白色点がみられ,組織学的には前胃に扁平上皮の過形成がみられた.本変化は前述の本被験物質の前胃粘膜に対する刺激性による障害の修復像と考えられた.

連絡先
試験責任者:緒方英博
試験担当者:木村栄介,浜村政夫,幸 邦憲,和泉宏幸,鍬先恵美子
(株)パナファーム・ラボラトリーズ 安全性研究所
〒869-0425 熊本県宇土市栗崎町1285
Tel 0964-23-5111Fax 0964-23-2282

Correspondence
Authors:Hidehiro Ogata (Study director)
Eisuke Kimura, Masao Hamamura, Kuninori Yuki, Hiroyuki Izumi, Emiko Kuwasaki
Safety Assessment Laboratory, Panapharm Laboratories Co., Ltd.
1285 Kurisaki-machi, Uto-shi, Kumamoto, 869-0425, Japan.
Tel +81-964-23-5111Fax +81-964-23-2282