2,4,6-トリニトロフェノールのラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of 2,4,6-Trinitrophenol in Rats

要約

2,4,6-トリニトロフェノールは,火薬,花火,農薬および染料の原料である1).2,4,6-トリニトロフェノールを0,4,20および100 mg/kgの用量で雌雄のSD系ラットに28日間反復経口投与し,その毒性と回復性を検討した.

投与期間中に,一般状態において被毛の着色(黄色)が20および100 mg/kg群の雌雄,着色尿(濃黄色)が100 mg/kg群の雌雄に,投与前後の一過性の流涎が100 mg/kg群の雌雄に,摂餌量の低値が100 mg/kg群の雌に,それぞれ認められた.投与期間終了時に,血液学検査において,赤血球数とHbの低値,網赤血球率と白血球数の高値が100 mg/kg群の雌雄に,MCVの高値とMCHCの低値が100 mg/kg群の雌に,それぞれ認められた.血液生化学検査において,gGTの高値が100 mg/kg群の雄に,グルコースの低値が100 mg/kg群の雌に,それぞれ認められた.尿検査において,カリウムの低値が100 mg/kg群の雌雄と20 mg/kg群の雌に認められた.器官重量において,脾臓の絶対・相対重量および肝臓の相対重量の高値が100 mg/kg群の雌雄に,精巣上体の絶対・相対重量の低値が100 mg/kg群に,それぞれ認められた.剖検において,脾臓の腫大,盲腸のびらん/潰瘍および膀胱の着色尿(黄色)が100 mg/kg群の雌雄に,精巣の着色(黄色)が100 mg/kg群に,被毛の着色(黄色)が20および100 mg/kg群の雌雄に認められた.病理組織学検査において,脾臓の胚中心の発達,ヘモジデリン沈着および髄外造血,盲腸の潰瘍,肝臓の小葉中心性肝細胞肥大が100 mg/kg群の雌雄に,精巣のびまん性の精細管萎縮,精巣上体の管腔内細胞残屑の出現および精子の減少が100 mg/kg群に,それぞれ認められた.

回復期間中には,一般状態で被毛の着色(黄色)が認められた.回復期間終了時には,血液学検査でのMCVの高値とMCHCの低値が100 mg/kg群の雌に,器官重量における精巣上体の絶対・相対重量の低値が100 mg/kg群に,剖検では精巣の小型化が100 mg/kg群に,被毛の着色(黄色)が100 mg/kg群の雌雄に,病理組織学検査では,脾臓のヘモジデリン沈着,盲腸の限局性の粘膜上皮増生が100 mg/kg群の雌雄に,精巣の精細管萎縮,精巣上体の管腔内細胞残屑の出現および精子の減少が100 mg/kg群の雄に,盲腸の肉芽組織が100 mg/kg群の雌に,それぞれ認められた.

以上,雌雄いずれも20および100 mg/kg群で被験物質投与に起因すると考えられる変化が認められた.一般状態において20 mg/kg群の雌雄で被毛の着色,尿検査において20 mg/kg群の雌でカリウムの低値がみられたことから,本試験条件下における2,4,6-トリニトロフェノールの無影響量(NOEL)は,雌雄いずれも4 mg/kg/dayと判断した.

方法

1. 被験物質

三井化学(株)(東京)から提供された2,4,6-トリニトロフェノール(ロット番号8802403,純度81.4 %)を冷所,遮光,通風,換気条件下で保存し使用した.被験物質の安定性は,被験物質提供者より保証する資料を入手し,確認した.

被験物質を0.1 % Tween 80添加0.5 % CMC-Na 水溶液(Tween 80 DIFCO LABORATORIES, CMC-Na 岩井化学薬品(株))に溶解調製した.なお,調製時には被験物質の純度換算を行った.投与液の調製は週1回行い,投与に供するまで室温保存した.投与液中の被験物質が0.1から200 mg/mLの範囲で均一であること,室温保存条件下で0.1から10 mg/mLの範囲で8日間,200 mg/mLまでは4日間安定であることを確認した.また,初回調製時に各用量群の投与液を分析し,被験物質の濃度が設定濃度± 10 %以内であることを確認した.

2. 試験動物および動物飼育

日本チャールス・リバー(株)からCrj:CD(SD)IGSラット(SPF)を入手し,7日間検疫・馴化した.投与開始前日に,体重層別化無作為抽出法によって各群の体重がほぼ均一となるように群分けた.1群の動物数は,雌雄各6匹とし,対照群および100 mg/kg群については雌雄各6匹の回復群(回復期間14日間)を設けた.投与開始時の週齢は5週齢,体重範囲は雄が156〜179 g,雌が130〜154 gであった.

検疫・馴化期間を含む全飼育期間を通して,温度22 ± 2 ℃,相対湿度55 ± 15 %,換気約12回/時(オールフレッシュエアー供給),照明12時間/日(7:00〜19:00)に自動調節した飼育室を使用した.動物を実験動物用床敷(ベータチップ,日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに群分け前はケージあたり5匹以下(同性),群分け以降はケージあたり2匹(同性)収容し,飼育した.動物には,実験動物用固型飼料(MF,オリエンタル酵母工業(株))と,5 μmのフィルター濾過後,紫外線照射した水道水を自由に摂取させた.

3. 投与量および投与方法

急性毒性試験の予備試験として被験物質を50,200および800 mg/kgの用量で各群雌雄各3匹に単回経口投与(絶食下)した結果,800 mg/kg群の雌雄全例が死亡し,50および200 mg/kgでは重篤な変化はみられなかった.次に0,20,100および500 mg/kgの用量を各群雌雄各3匹に反復経口投与した結果,500 mg/kg群では第2日までに雄全例,雌1例が死亡した.14日間反復投与した100 mg/kg群では,血液学検査で,HbおよびHtの低値,網赤血球率の高値が雌に,網赤血球率の高値傾向が雄にみられた.器官重量では,肝臓の絶対重量の高値が雌雄に,相対重量の高値が雌に,脾臓の相対重量の高値が雄にみられた.これらの予備試験の結果から,本試験の高用量は100 mg/kgとし,以下公比5で20および4 mg/kgの計3用量群を設定した.さらに溶媒(0.1 % Tween80添加0.5 %CMC-Na水溶液)のみを投与する対照群を設けた.

投与期間は28日間とし,胃ゾンデを装着したシリンジを用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は10 mL/kgとし,至近日に測定した体重に基づいて算出した.

4. 観察および検査方法

下記の項目を検査した.なお,日と週の表記は投与開始日を第1日,第1〜7日を第1週とした.また,第29日以降を回復期間とした.

1) 一般状態,体重および摂餌量

全例について一般状態を毎日観察した.体重および摂餌量は投与開始日およびその後毎週1回測定した.摂餌量については各期間毎の1匹あたりの1日平均摂取量を算出した.

2) 血液学検査

第29日(最終投与日の翌日)および第43日(回復期間終了後)に全例を非絶食条件下で,チオペンタールナトリウムによる麻酔下で後大静脈より採血し,赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法),ヘモグロビン濃度(Hb;SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(Ht;赤血球パルス波高値検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500,シスメックス(株))で,網赤血球率(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000,シスメックス(株))で,プロトロンビン時間(PT; Quick一段法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT;活性化セファロプラスチン法)を血液凝固自動測定装置(KC 10A,アメルング社)で,白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A,オムロン(株))で,それぞれ測定した.また,検査の結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.プロトロンビン時間および活性化部分トロンボプラスチン時間の測定には凝固阻止剤として3.2 %クエン酸三ナトリウム水溶液を使用し,遠心分離して得られた血漿を用いた.その他の項目の測定には,凝固阻止剤EDTA-2Kで処理した血液を用いた.

3) 血液生化学検査

第29日(最終投与日の翌日)および第43日(回復期間終了後)に採取した血液の一部を室温で約30分間静置後3000 rpmで10分間遠心分離し,得られた血清を用いて,ASAT(GOT;JSCC改良法),ALAT(GPT;JSCC改良法),gGT(SSCC改良法),ALP(JSCC改良法),総ビリルビン(BOD法),尿素窒素(Urease-GLDH法),クレアチニン(Jaff法),グルコース(GlcK-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),カルシウム(OCPC法),無機リン(PNP-XOD-POD法),ナトリウム,カリウム,クロール(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形;(株)日立製作所)により測定した.また,検査の結果からA/G比を算出した.

4) 尿検査

第27〜28日(投与期間最終週)および第41〜42日(回復期間最終週)に,各群雌雄6匹の新鮮尿を用いて,pH,蛋白,グルコース,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲン(試験紙法;マルティスティックス,バイエル・三共(株))を尿分析装置(クリニテック100,バイエル・三共(株))で測定し,尿沈渣(Sternheimer-Malbin染色標本)を鏡検した.約21時間蓄積した尿を用いて尿量をメスシリンダー,比重(屈折法)を尿比重計(ユリコン-S,(株)アタゴ),ナトリウム,カリウム(イオン選択電極法)およびクロール(電量滴定法)を電解質分析装置(PVA-α,(株)エイアンドティー)で測定し,色調および濁度を目視法で検査した.

5) 病理学検査

第29日(最終投与日の翌日)および第43日(回復期間終了後)に全例について,採血後,腹大動脈を切断・放血し,安楽死させた後剖検した.全例の脳,心臓,肺,肝臓,腎臓,副腎,胸腺,脾臓,精巣,卵巣,子宮,精巣上体,下垂体,甲状腺の重量を測定した.全例の脳,脊髄,下垂体,眼球およびハーダー腺,リンパ節(下顎・腸間膜),胸腺,気管,肺および気管支,胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸,膵臓,甲状腺および上皮小体,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,膀胱,精巣,精巣上体,精嚢,前立腺腹葉,卵巣,子宮,大腿骨および骨髄,大腿筋,坐骨神経および皮膚を採取し,眼球とハーダー腺はダビドソン液で,精巣および精巣上体はブアン液で,それ以外の器官・組織は10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液で固定し,保存した.

投与期間終了時に採取した対照群と100 mg/kg群の雌雄全例の胸腺,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体,精嚢,卵巣,盲腸,大腿骨骨髄および皮膚ならびに対照群を含む全動物の肉眼的異常部位は常法に従ってヘマトキシリン・エオジン(H.E)染色標本を作製し,鏡検した.また,脾臓,盲腸,肝臓,精巣,精巣上体については投与期間終了時解剖動物の4および20 mg/kg群と回復期間終了時解剖動物の全例についても鏡検した.さらに,投与期間終了時解剖動物の全群の雌雄各1例の脾臓について,ベルリン青染色標本を作製し,鏡検した.

5. 統計解析

計量データは,Bartlett法で等分散の検定を行い,分散が等しい場合は一元配置分散分析,分散が等しくない場合はKruskal-Wallisの検定を行った.群間に有意な差が認められた場合はDunnett法またはDunnett型の多重比較検定を行った.尿検査の計数データおよび病理組織所見は,a × bのx2検定を行い,有意差が認められた場合はArmitageのx2検定で対照群と各用量群を比較した.尿検査の色調はFisherの直接確率法で対照群と各用量群を比較した.有意水準は5 %とした.

結果

1. 一般状態

被毛の着色(黄色)が20 mg/kg群の雌雄全例で第10日から,100 mg/kg群の雌雄全例で第7日から認められた.着色尿(濃黄色)が第2日から100 mg/kg群の雄7例,雌全例に散発的にみられた.流涎が100 mg/kg群の雄2例,雌8例に散発的に認められた.流涎は投与前後の一過性の変化であった.回復期間中には被毛の着色のみがみられた.

2. 体重(Fig. 1)

いずれの被験物質投与群においても,対照群と同様に推移した.

3. 摂餌量(Fig. 2)

摂餌量の低値が100 mg/kg群の雌で第8日および第22日にみられた.この他の被験物質投与群では対照群と同様に推移した.

4. 血液学検査(Table 1)

投与期間終了時の検査で,赤血球数とHbの低値,網赤血球率と白血球数の高値が100 mg/kg群の雌雄に,MCVの高値とMCHCの低値が100 mg/kg群の雌に,それぞれ認められた.回復期間終了時には,MCVの高値とMCHCの低値が100 mg/kg群の雌に認められた.

5. 血液生化学検査(Table 2)

投与期間終了時の検査で,gGTの高値が100 mg/kg群の雄に,グルコースの低値が100 mg/kg群の雌に,それぞれ認められた.これらの変化は回復期間終了時には認められなかった.

この他,回復期間終了時にALAT,総蛋白,アルブミンおよびカリウムの高値が100 mg/kg群の雄に,カルシウムの低値が100 mg/kg群の雌に,それぞれみられたが,いずれも投与期間終了時にはみられない軽微な変化であったことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.

6. 尿検査(Table 3)

投与期間最終週の検査で,色調の異常(濃黄色)が全被験物質投与群の雌雄に,カリウムの低値が100 mg/kg群の雌雄と20 mg/kg群の雌に,ビリルビンの高値が100 mg/kg群の雌に,それぞれみられた.これらの変化は回復期間中にはみられなかった.

この他,回復期間中にケトン体の高値が100 mg/kg群の雄にみられたが,投与期間中にはみられない軽微な変化であった.本変化は被験物質投与とは関連のないものと判断した.

7. 器官重量(Table 4)

投与期間終了時の検査で,脾臓の絶対・相対重量および肝臓の相対重量の高値が100 mg/kg群の雌雄に,精巣上体の絶対・相対重量の低値が100 mg/kg群に認められた.これらの変化のうち,精巣上体の絶対・相対重量の低値については回復期間終了時にも認められた.

この他,投与期間終了時に心臓の相対重量の高値が20および100 mg/kg群の雌に認められたが,絶対重量では有意な差はなく,正常範囲内の軽微な変化であった.回復期間終了時に副腎の絶対重量の低値が100 mg/kg群の雌に,肺の相対重量の高値が100 mg/kg群の雄にみられた.しかし,いずれも軽微な変化であり,投与期間終了時にはみられない変化であることから,いずれも被験物質投与とは関連のない変化と判断した.

8. 剖検所見

投与期間終了時の検査で,脾臓の腫大が100 mg/kg群の雄4例,雌全例に,盲腸のびらん/潰瘍が100 mg/kg群の雄4例,雌3例に,膀胱の着色尿(黄色)が100 mg/kg群の雄1例,雌2例に,精巣の着色(黄色)が100 mg/kg群の全例に,被毛の着色(黄色)が20および100 mg/kg群の雌雄全例に,それぞれ認められた.回復期間終了時には精巣の小型化が100 mg/kg群の3例に,被毛の着色が100 mg/kg群の雌雄全例に,それぞれ認められた.

この他,投与期間終了時および回復期間終了時に被験物質投与群で,偶発変化と思われる種々の変化が散見された.

9. 病理組織所見(Table 5)

被験物質投与に起因すると思われる変化が100 mg/kg群の脾臓,盲腸,肝臓,精巣,精巣上体に認められた.投与期間終了時の解剖動物において,脾臓では胚中心の発達が100 mg/kg群の雌雄各5例に,ヘモジデリン沈着が100 mg/kg群の雄4例,雌全例に,赤血球系の髄外造血が100 mg/kg群の雌雄全例に認められた.ヘモジデリンの確認のため,各群1例の脾臓についてベルリン青染色を行った結果,陽性顆粒の増加が100 mg/kg群の雌雄に認められた.盲腸では潰瘍が100 mg/kg群の雄4例,雌3例に認められた.肝臓では小葉中心性肝細胞肥大が100 mg/kg群の雄4例,雌3例に認められた.精巣ではびまん性の精細管萎縮が100 mg/kg群の全例に認められた.本変化は,精上皮細胞の空胞化や変性を特徴としていた.また,精巣上体では管腔内細胞残屑の出現が100 mg/kg群の4例および精子の減少が100 mg/kg群の全例に認められた.回復期間終了時の解剖動物において,脾臓ではヘモジデリン沈着が100 mg/kg群の雌雄全例,盲腸では肉芽組織が100 mg/kg群の雌1例と限局性の粘膜上皮増生が100 mg/kg群の雌雄各1例に認められた.精巣では精細管萎縮が100 mg/kg群の5例で認められ,そのうち3例では精上皮細胞の多くが消失し,巨細胞が出現しており,投与期間終了時の解剖動物の100 mg/kg群でみられた変化に比べ程度が強かった.また,この3例の精巣上体では精子の減少が顕著であった.その他,精巣上体の管腔内細胞残屑の出現が100 mg/kg群の1例に認められたが,発現頻度は減少していた.

剖検時に被毛の着色(黄色)が20および100 mg/kg群の雌雄,膀胱の着色尿(黄色)が100 mg/kg群の雌雄で認められたが,病理組織学検査では皮膚および膀胱に異常は認められなかった.

この他,投与期間終了時および回復期間終了時に被験物質投与群で,偶発変化と思われる種々の変化が散見された.

考察

2,4,6-トリニトロフェノールを0,4,20および100 mg/kgの用量で雌雄のSD系ラットに28日間反復経口投与し,その毒性と回復性を検討した.

一般状態において,被毛の着色(黄色)が20および100 mg/kg群の雌雄で認められた.本変化は回復期間終了時までみられた.病理組織学検査の結果,皮膚の毛根に異常は認められなかった.しかし,ラットの単回経口投与毒性試験では100 mg/kgの用量で投与後1週間を過ぎて被毛の着色が始まる2)ことから,着色した被毛が生えた可能性が考えられる.この他,着色尿(濃黄色)が100 mg/kg群の雌雄にみられ,尿検査では色調の異常(濃黄色)が全被験物質投与群の雌雄で認められた.本変化は投与の休止により消失した.病理組織学検査では,腎臓および膀胱に異常はなく,被験物質は黄色であることから,着色尿は被験物質の排泄によるものと考えられ,毒性変化ではないと判断した.また,流涎が100 mg/kg群の雌雄に散発的に認められたが,投与前後の一過性の変化であることから,投与液の直接的刺激の可能性が考えられる.このため,本変化の毒性学的意義は低いと思われる.

体重の推移に異常はみられなかったが,投与期間中に摂餌量の低値が100 mg/kg群の雌で散発的に認められた.回復期間の摂餌量に異常はみられなかった.また,100 mg/kg群の雌では投与期間終了時に血清中グルコースの低値が認められた.

赤血球数とHbの低値,網赤血球率の高値が100 mg/kg群の雌雄に,MCVの高値とMCHCの低値が100 mg/kg群の雌に,それぞれ認められ,貧血を示した.100 mg/kg群の雌雄では脾臓にヘモジデリン沈着がみられることから,貧血は溶血に起因するものと思われる.しかし,100 mg/kg群の雌雄では網赤血球率は高値であり,病理組織学検査で骨髄に異常はなく,脾臓に髄外造血がみられることから,造血抑制はないものと考えられる.回復期間終了時には病理組織学検査でヘモジデリンの沈着が100 mg/kg群の雌雄に,MCVの高値とMCHCの低値が100 mg/kg群の雌に,それぞれ認められたが,投与の休止により貧血は消失した.また,投与期間中には脾臓絶対・相対重量の高値および脾臓の腫大が100 mg/kg群の雌雄に認められたが,これらは溶血に対する反応と考えられる.

精巣では,100 mg/kg群に剖検で着色(黄色),病理組織学検査で精細管萎縮がみられた.回復期間終了時には,剖検で小型化がみられ,病理組織学検査で精細管萎縮は投与期間終了時よりも程度が強くみられた.また,同群では投与期間および回復期間終了時に精巣上体の管腔内細胞残屑の出現および精子数の減少が認められ,絶対・相対重量の低値を示した.精巣上体でみられた変化は精巣の変化に伴うものと考えられる.

盲腸では,100 mg/kg群の雌雄で剖検および病理組織学検査で潰瘍が認められた.その発現機序については解明できなかった.本被験物質は強い刺激性・腐食性を有しており,関連物質のフェノール等は消化管に潰瘍性病変を起こすことが知られている3).同群でみられた脾臓の胚中心の発達,血液学的検査における白血球数の高値は,盲腸の潰瘍に対する反応性変化と考えられる.投与の休止により,これらの変化は回復した.回復期間終了時に盲腸の肉芽組織や限局性の粘膜上皮増生が認められたが,潰瘍の修復像と考えられる.

肝臓では,相対重量の高値が100 mg/kg群の雌雄で認められた.同群では,病理組織学検査で小葉中心性肝細胞肥大が認められた.小葉中心性肝細胞肥大は,薬物代謝酵素が誘導された場合にしばしば発現することが知られている4).このことから,これらの肝臓の変化は,薬物代謝酵素が誘導されたことによる適応性変化である可能性が考えられる.これらの変化は投与の休止により回復した.

血液生化学検査において,gGTの高値が100 mg/kg群の雄にみられた.しかし,胆道の異常はなく,関連すると思われる変化はみられなかった.本変化は回復期間終了時には認められなかった.

尿検査において,カリウムの低値が100 mg/kg群の雌雄と20 mg/kg群の雌にみられた.しかし,血清中のカリウムに変動はなく,関連すると思われる症状もみられなかった.本変化は回復期間終了時には認められなかった.

この他,尿検査ではビリルビンの高値が100 mg/kg群の雌にみられた.尿中ビリルビンは血清中の直接ビリルビンを反映するが,血清中の総ビリルビンに変動はみられなかったことから毒性学的意義のない変化と判断した.

以上,雌雄いずれも20および100 mg/kg群で被験物質投与に起因すると考えられる変化が認められた.一般状態において20 mg/kg群の雌雄で被毛の着色,尿検査において20 mg/kg群の雌でカリウムの低値がみられたことから,本試験条件下における2,4,6-トリニトロフェノールの無影響量(NOEL)は,雌雄いずれも4 mg/kg/dayと判断した.

文献

1)化学工業日報社編,“12093の化学商品,”化学工業日報社,東京,p.271.
2)2,4,6-トリニトロフェノールのラットを用いた経口投与による単回投与毒性試験,三菱化学安全科学研究所,未公刊.
3)今井清“毒性試験講座5.毒性病理学,”前川昭彦,林裕造編,地人書館,東京,1991, pp.127-135.
4)C. Gopinath, D. E. Prentice, and D. J. Lewis, “Atlas of experimental toxicological pathology” eds by C. Gopinath, D. E. Prentice, and D. J. Lewis, MTP Press Limited, Lancaster, 1987, pp.43-60.

連絡先
試験責任者:山下弘太郎
試験担当者:多田圭子,武知雅人,豊田直人,鈴木美江
(株)三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Kotaro Yamashita(Study director)
Keiko Tada, Masato Takechi, Naoto Toyota, Yoshie Suzuki
Kashima Laboratory, Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd.
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255, Japan.
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874