6-tert-ブチル-m-クレゾールのラットを用いる単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of 6-tert-Butyl-m-cresol in Rats

要約

6-tert-ブチル-m-クレゾールの単回経口投与毒性試験を1群5匹からなる5週齢のSprague-Dawley系(Crj:CD)雌雄ラットを用いて実施した.

投与量は雌雄とも0(コーンオイル),130,320,800および2000 mg/kgを設定し,観察は投与日を観察第1日として投与後14日間行った.死亡例については,発見後速やかに,生存例については観察第15日に屠殺して剖検し,以下の成績を得た.

雄では800 mg/kg投与群で4例,2000 mg/kg投与群で3例が,雌では320 mg/kg投与群で3例,800 mg/kg投与群で4例,2000 mg/kg投与群で4例がそれぞれ死亡した.死亡はいずれも観察第3日までに認められた.

投与当日には自発運動の低下,腹臥位あるいは側臥位姿勢が雄の800 mg/kg以上の投与群ならびに雌の130 mg/kg以上の投与群で認められ,さらに下腹部などの被毛の汚染が雄の800 mg/kg以上の投与群ならびに雌の320 mg/kg以上の投与群に認められた.また,死亡例ではこの他,雌雄で呼吸数の減少ならびに異常呼吸(チェーンストークス呼吸),雌でチアノーゼ,体温低下,間代性痙攣,よろめき歩行,発声が認められた.観察第2日以降には,雌雄で被毛の汚染ならびに下痢便が観察され,雄ではさらに排便量の減少,腹臥位姿勢および呼吸数の減少が観察された.これらの症状は雄では第3日以降,雌でも第6日以降は認められなかった.

体重測定の結果,雄の320 mg/kg以上,雌の800 mg/kg以上の投与群では,観察第2日の体重増加が抑制されたが,生存動物の体重は早期に回復傾向を示した.一方,病理学検査の結果,本被験物質の経口投与時の標的器官は消化管ならびに腎臓と考えられた.

これらのことより,本試験条件下では6-tert-ブチル-m-クレゾールの雄におけるLD50値は320〜800 mg/kgの間に,雌においては130〜320 mg/kgの間にそれぞれあると考えられ,経口投与時の毒性の標的器官は,消化管ならびに腎臓であることが推定された.

方法

1. 被験物質および投与検体の調製法

被験物質は,住友化学工業(株)(東京)より提供された6-tert-ブチル-m-クレゾール(ロット番号:71012,純度:99.23 %,融点:21.3℃,沸点:244℃(101.3 kpa),淡黄色液体)を使用し,入手後使用時まで室温で保管した.投与に使用する検体の調製においては,必要量の被験物質を秤量し,コーンオイル(ロット番号:V7R2020,ナカライテスク(株))を加えて溶解させ,投与時まで室温で遮光保管した.なお,被験物質は1.00および200 mg/mLの濃度になる様コーンオイルで溶解した状態で調製後8日間は安定であり,また,各投与検体中の平均含量は規定範囲内にあることが確認された.

2. 投与量の設定および投与方法

本試験における投与量は予備試験の結果を基に決定した.すなわち文献検討の結果,6-tert-ブチル-m-クレゾールのマウス単回経口投与時のLD50値は1080 mg/kg以上であった事から1),ラットにおけるLD50値もほぼ同様の値であると想定し,1群3匹からなる雌雄ラットに500,1000および1500 mg/kgを単回経口投与した.その結果,腹臥位あるいは側臥位姿勢,下痢便の排泄,呼吸数の減少,間代性痙攣,チアノーゼ,発声ならびに尿道口周囲あるいは下腹部の汚染が認められ,500 mg/kg投与群の雄2例,1000 mg/kg投与群の雄1例,雌2例ならびに1500 mg/kg投与群の雄3例,雌1例が死亡した.以上の予備試験の結果から,6-tert-ブチル-m-クレゾールのラットにおける致死量はおよそ500 mg/kgから1500 mg/kg以上の範囲におよぶと推定し,本試験における投与量として公比を約2.5で,130,320,800および2000 mg/kgに設定した.また,媒体がコーンオイルであることからコーンオイルを同容量投与する溶媒対照群を設定した.

投与容量は,体重1 kg当たり10 mLとし,投与液量は動物をあらかじめ約18時間絶食させた後,投与直前に測定した体重を基に計算し,ラット用胃管を用いて強制的に単回経口投与した.投与は午前10時〜11時の間に行い,給餌は投与後約4時間に再開した.

3. 使用動物および飼育方法

4週齢のSprague-Dawley系(Crj:CD, SPF)雌雄ラットを,日本チャールス・リバー(株)厚木飼育センターから購入し,飼育環境への馴化と検疫を兼ねて7日間飼育した.

全飼育期間を通じ,動物を金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,温度23.5〜25.0℃,湿度53〜64 %,換気回数約15回/時,照明12時間(7時〜19時点灯)に制御された飼育室で,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および水道水(秦野市水道局給水)を自由に摂取させて飼育した.

4. 群構成

試験には予備飼育中の一般状態に異常が認められなかった雌雄各25匹を用い,投与前日の体重を基に体重別層化無作為抽出法により1群5匹からなる5群に分け,5週齢で使用した.

5. 観察および検査

投与日を観察第1日とし投与後14日間にわたって死亡の有無を確認し,各動物の一般状態を観察した.観察は投与日においては投与直後から1時間まで連続して行った.以降は投与後6時間まで約1時間間隔で実施した.観察第2日から15日までは毎日1回行った.体重は全例について,投与直前,観察第2,4,8,11および15日に測定した.投与後の死亡例については,発見次第体重を測定した後,速やかに剖検した.また,観察第15日に生存例全例をペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血屠殺して剖検した.

結果

1. 死亡動物(Table 1)

雄では800 mg/kg投与群で4例,2000 mg/kg投与群で3例が,雌では320 mg/kg投与群で3例,800 mg/kg投与群で4例,2000 mg/kg投与群で4例が死亡した.死亡はいずれも,観察第3日までに認められた.

2. 一般状態

投与当日には自発運動の低下,腹臥位あるいは側臥位姿勢が雄では800 mg/kg以上の投与群の全例で,雌では130 mg/kg投与群の1例ならびに320 mg/kg以上の投与群の全例でそれぞれ認められ,さらに下腹部などの被毛の汚染が雄の800 mg/kg以上の投与群の10例中4例ならびに雌の320 mg/kg以上の投与群の15例中9例に認められた.また,死亡例では,この他,雄で呼吸数の減少,異常呼吸(チェーンストークス呼吸)ならびにチアノーゼが1例で,雌で呼吸数の減少が6例,異常呼吸が1例,チアノーゼが3例,体温低下ならびに間代性痙攣が1例,よろめき歩行が1例,発声が1例でそれぞれ認められた.

観察第2日以降,雄では320 mg/kg以上の投与群の生存例10例中,排便量の減少が3例,被毛の汚染が2例,腹臥位姿勢が2例,呼吸数の減少が2例,下痢便が1例でそれぞれ観察され,雌では320 mg/kg以上の投与群の生存例4例中,被毛の汚染が全例で,下痢便が2例でそれぞれ観察された.これらの症状は雄では観察第3日以降,雌でも第6日以降は認められなかった.

3. 体重測定

雄の320 mg/kg以上,雌の800 mg/kg以上の投与群では観察第2日の体重増加が抑制されたが,雌雄の800 mg/kg以下の投与群の生存動物は第4日以降,2000 mg/kg投与群でも第8日以降は回復傾向を示した.観察期間終了時には,全例が順調な体重増加を示した.

4. 病理学検査

死亡例では,前胃粘膜の白濁が2000 mg/kg投与群の雌3例,800 mg/kg投与群の雌雄各3例,320 mg/kg投与群の雌2例に,前胃粘膜の暗色点あるいは暗色部が雄の2000および800 mg/kg投与群の各1例に,前胃の拡張が2000 mg/kg投与群の雄2例に観察され,腺胃粘膜の淡赤色化が2000 mg/kg投与群の雌雄各1例に,腺胃粘膜の白濁が雌の2000 mg/kgおよび800 mg/kg投与群の各2例,320 mg/kg投与群の1例および雄の800 mg/kg投与群の1例に,腎皮質の淡色化が2000 mg/kg投与群の雄2例,雌4例,800 mg/kg投与群の雌雄各1例に認められ,2000 mg/kg投与群の雄1例には膀胱内の暗色尿も観察された.さらに,肺の暗赤色部が2000および800 mg/kg投与群の雌各2例に,肺の残気が2000 mg/kg投与群の雌1例に,肝臓の淡色化が2000 mg/kg投与群の雌雄各1例,320 mg/kg投与群の雌1例に,下腹部,会陰部あるいは鼻周囲の被毛の汚染が2000 mg/kg投与群の雄2例,雌4例,800 mg/kg投与群の雄2例,雌3例,320 mg/kg投与群の雌1例に認められた.

観察期間終了時剖検例では,前胃粘膜の白濁あるいは白色部が2000 mg/kg投与群の雌雄各1例,320 mg/kg投与群の雄2例,雌1例に観察され,2000 mg/kg投与群の2例には,肥厚も認められた.また,腎皮質の淡色化が800 mg/kg投与群の雌1例に認められた.一方,腎皮質のシストが320 mg/kg投与群の雄1例に,脾臓表面の白濁部が130 mg/kg投与群の雌1例に認められたが,いずれも用量依存性の認められない変化であることから,被験物質の投与に起因した変動ではないと判断した.

考察

6-tert-ブチル-m-クレゾールは,ヒトおよび動物の食物,石鹸,動植物油あるいはガソリンなどに抗酸化剤として広く使用されているブチレートハイドロキシトルエンの類似化合物で2),マウスにおける単回経口投与時のLD50値は1080 mg/kg以上であることが知られている1).今回,6-tert-ブチル-m-クレゾールの130,320,800および2000 mg/kgを5週齢のSprague-Dawley系(Crj:CD)雌雄ラットに単回経口投与し,投与後14日間観察した場合の死亡状況から,被験物質の雄におけるLD50値は,320〜800 mg/kgの間にあり,雌においては130〜320 mg/kgの間にあると推定される.雄の800 mg/kg以上,雌の130 mg/kg以上の投与群でみられた一般状態の異常は雄では観察第3日以降,雌でも第6日以降は認められず,雄の320 mg/kg以上,雌の800 mg/kg以上の投与群でみられた体重増加の抑制も比較的早期に回復傾向を示した.

病理学検査の結果,観察期間中死亡例では前胃粘膜の白濁あるいは暗色点または暗色部,前胃の拡張,腺胃粘膜の淡赤色化あるいは白濁が認められ,観察期間終了時剖検例でも,前胃粘膜の白濁あるいは白色部が観察される例が存在し,一部の例では肥厚も認められた.これらのことから,被験物質投与による消化管に対する影響が疑われる.また,観察期間中死亡例,観察期間終了時剖検例とも,腎皮質の淡色化が認められ,観察期間中死亡例では膀胱内の暗色尿もみられたことから,本被験物質の経口投与時の毒性の標的器官は,消化管ならびに腎臓と推定される.

文献

1)W. A. McOmie, et al., Journal of American Pharmaceutical Association, 29, 366(1948).
2)S. Budavari, et al., "The Merck Index," Eleventh edition, Merck & Co., Inc., Rahway, 1989, pp. 1547.

連絡先
試験責任者:大原直樹
試験担当者:高島宏昌,松本浩孝,一原佐知子,稲田浩子,永田伴子,畔上二郎,安生孝子,三枝克彦
(財)食品薬品安全センター 秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Naoki Ohara(Study director)
Hiromasa Takashima, Hirotaka Matsumoto, Sachiko Ichihara, Hiroko Inada, Tomoko Nagata, Jiro Azegami, Takako Anjo, Katsuhiko Saegusa
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627