従って、染色体異常試験において、直接法では2.0 mg/ml、代謝活性化法では2.2 mg/ml(10 mM)の処理濃度を高濃度とし、その1/2の濃度を中濃度、1/4の濃度を低濃度として用いた。
しかしながら、高濃度群ではいずれもpHが低下し、染色体異常誘発にはpHの低下による影響も考えられる。
この試験は、「新規化学物質に係る試験の方法について」(昭和62年3月31日,環保業第237号、薬発第306号、62基局第303号)およびOECDガイドライン:473に準拠し、化学物質GLP(昭和59年3月31日、環保業第39号、薬発第229号、59基局第85号、改訂昭和63年11月18日、環企研第233号、衛生第38号、63基局第823号)に基づいて実施したものである。
被験物質のCHL細胞に対する増殖抑制作用は、単層培養細胞密度計(オリンパス)を用いて各群の増殖度を計測し、被験物質処理群の溶媒対照群に対する細胞増殖の比をもって指標とした。
その結果、直接法における50%増殖抑制濃度は約2.0 mg/ml程度であった。代謝活性化法においては、処理した濃度範囲(0.08〜2.50 mg/ml)において50%をこえる増殖抑制は観察されなかった(Fig.1)。
染色体の分析は、日本環境変異原学会、哺乳動物試験(MMS)分科会1)による分類法に基づいて行い、染色体型あるいは染色分体型のギャップ、切断、交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した。また構造異常については1群200個、倍数性細胞については1群800個の分裂中期細胞を分析した。
染色体異常を有する細胞の出現頻度について、フィッシャーの“Exact probability test”法により溶媒対照群と被験物質処理群間および溶媒対照群と陽性対照群間の有意差検定を行った。
被験物質の染色体異常誘発性についての最終判定は、石館ら2)の判定基準に従い、染色体異常を有する細胞の頻度が5%未満を陰性、5%以上〜10%未満を疑陽性、10%以上を陽性とした。
2−アミノ−5−クロロ−4−メチルベンゼンスルホン酸を加えて24時間および48時間処理した低・中濃度群においては、いずれも染色体の構造異常の出現頻度に有意な増加は認められなかったが、高濃度群の24時間処理では観察した細胞の9%(gapを含む、p=5.62×10^-4)、48時間処理では11.5%(gapを含む、p=1.86×10^-3)に染色体の構造異常が誘発され陽性と判定された。倍数性細胞については、いずれの群においても有意な増加はみられなかった。
代謝活性化法による染色体分析の結果をTable 2に示した。
2−アミノ−5−クロロ−4−メチルベンゼンスルホン酸を加えてS9 mix非存在下で6時間処理した高濃度群において、染色体の構造異常の有意な増加(p=0.0337)が認められたが、その頻度は3.5%と低く陰性であった。一方、S9 mix存在下の高濃度群では、観察細胞の約50%に構造異常が誘発され陽性となった。倍数性細胞については、いずれの群においても有意な増加はみられなかった。
被験物質処理において、pHの低下が観察されたので、後日、培養液のpHを測定したところ、溶媒対照群ではpH7.11〜8.07の範囲であったが、直接法の高濃度群では、処理直後はpH6.37〜6.59であった。また、代謝活性化法のS9 mix存在下の高濃度群では、処理直後でpH5.46〜5.81まで低下した。
Moritaらは3, 4)、pHの著しい変化は染色体異常を誘発することを報告している。従って、この試験の最終判定は陽性となったが、pHが著しく低下したため、染色体異常が誘発された可能性も考えられる。本実験の結果からは、誘発された染色体異常が検体そのものの染色体切断作用に基づくものか、それとも検体によるpHの低下に起因する二次的な影響によるものかは明確でない。染色体異常誘発の要因を見極めるためには、更に詳細な実験を行う必要があると思われる。
陽性対照として用いた直接法でのMC処理群、およびS9 mix存在下でのCPA処理群では染色分体交換(cte)や染色分体切断(ctb)などの構造異常をもつ細胞が高頻度に誘発された。
なお、本試験の実施にあたり、試験の信頼性に悪影響を及ぼす疑いのある予期し得なかった事態及び試験計画書からの逸脱はなかった。
1) | 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編:"化学物質による染色体異常アトラス," 朝倉書店, 1988. |
2) | 石館基監修:"<改訂>染色体異常試験データ集," エル・アイ・シー社, 1987. |
3) | T. Morita, et al., Mutation Res. , 225, 55 (1989) |
4) | T. Morita, et al., Mutation Res., 240, 195(1990) |
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