o-トルエンスルホンアミドのラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening
Test of o-Toluenesulfonamide by Oral Administration in Rats

要約

o-トルエンスルホンアミドの反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験(以下, 併合試験)を行い,同化合物の雌雄ラットに及ぼす反復投与毒性ならびに生殖発生毒性について検討した.すなわち,0(媒体対照),20,100および 500 mg/kgのo-トルエンスルホンアミドを,Sprague-Dawley系(Crj:CD)ラットの雌雄(各13匹/群)に,交配前2週間および交配期間2週間経口投与した.さらに,雄では交配期間終了後2週間,雌では妊娠期間を通して分娩後哺育3日まで投与を継続して,剖検した.

1. 反復投与毒性

雄動物では,100 mg/kg以上の投与群において,投与開始後から,自発運動減少および腹臥姿勢が認められ,投与期間中期からは流涎が認められた.また,投与初期に体重増加および摂餌量の抑制も認められたが,42回投与後に実施した尿検査では,被験物質投与に起因したと考えられる異常は認められなかった.剖検時の血液学検査では,平均赤血球血色素量がすべての被験物質投与群において,平均赤血球血色素濃度が100 mg/kg以上の投与群において,また,血小板数が500 mg/kg投与群において,それぞれ増加した.血液生化学検査では,すべての被験物質投与群においてアルカリフォスファターゼ活性が低下し,100 mg/kg以上の投与群の総コレステロール濃度が増加した.また,500 mg/kg投与群では,総蛋白濃度が増加し,A/G比,ブドウ糖濃度およびトリグリセライド濃度が低下した.病理学検査では,100 mg/kg以上の投与群において,肝臓,心臓,腎臓,副腎,精巣の重量あるいは比体重値が増加し,100 mg/kg以上の投与群の肝臓および腎臓に暗色化あるいは腫大などが認められ,病理組織学検査では,曇り硝子様を呈する小葉中心性肝細胞肥大が100 mg/kg以上の投与群において認められ,腎臓ではeosinophilic bodyが被験物質投与群で頻度および程度ともに増強されて認められた.

雌動物では,500 mg/kg投与群において,自発運動減少および腹臥姿勢が回復しないまま,あるいはそれに加えて,鎮静,紅涙,体温低下,触発反応の喪失,流涙,呼吸困難あるいは褐色尿などを示した後の投与3-5日に,13例中3例が死亡し,2例を瀕死剖検した.病理学検査から,これらの動物には剖検の数日前から胸腔内諸組織に炎症性の変化が生じていたものと推測された.病理組織学検査では,胸腔内諸組織の炎症性変化の他に,腎臓の近位尿細管の脂肪変性,ならびに脾臓における白脾髄および赤脾髄の萎縮も認められた.

生存例では,100 mg/kg以上の投与群において,投与開始後,雄と同様の一般状態の変化が観察され,さらに,500 mg/kg投与群では,それらが翌日まで持続する例,四肢の伸展およびよろめき歩行を示す例,また,途中剖検例にも認められた種々の一般状態の変化が,いずれも投与初期に認められた.体重増加抑制は,100 mg/kg投与群の妊娠初期および500 mg/kg投与群の投与初期に,また,摂餌量の抑制は,500 mg/kg投与群の投与初期および妊娠初期に認められた.哺育4日の病理学検査では,肝臓は,100 mg/kg以上の投与群において,また,腎臓,脳および副腎は,500 mg/kg投与群において重量あるいは比体重値が増加し,100 mg/kg以上の投与群の肝臓に腫大あるいは暗色化が認められ,胸腺には小型化が認められた.また,100 mg/kg以上の投与群に,肺と肋骨胸膜あるいは横隔膜との癒着が認められ,さらに,500 mg/kg投与群では,心外膜と心嚢の癒着,心嚢と肺,胸腺,あるいは肋骨胸膜との癒着,心嚢の白濁,ならびに心嚢の肥厚が観察された.病理組織学検査では,100 mg/kg以上の投与群に曇り硝子様を呈する小葉中心性肝細胞肥大が,また,500 mg/kg投与群では心外膜の線維化および細胞浸潤,胸腺の萎縮ならびに被膜の線維化および細胞浸潤が認められた.これらの他に,途中剖検例の多くに認められた胸腺被膜の水腫が100 mg/kg以上の投与群に,腎臓の近位尿細管の脂肪変性,および脾臓における白脾髄の萎縮が500 mg/kg投与群に,また,胸腺被膜上の好中球を含む滲出物が100 mg/kg投与群にそれぞれ少数例認められた.しかし,20 mg/kg投与群では,いずれの検査・観察項目にも,被験物質投与の影響は認められなかった.

2. 生殖発生毒性

雌雄動物の交尾,排卵および受胎の各能力については,被験物質投与の影響は認められなかった.また,分娩異常および哺育状態の異常も認められなかった.

出生児については,被験物質投与に起因した形態異常は観察されなかったが,500 mg/kg投与群における哺育0および4日の生存児数,ならびに分娩率が低下傾向を示し,哺育0および4日における雌雄生存児体重に低下が認められた.

3. 無影響量

以上の試験成績から,本試験条件下では,o-トルエンスルホンアミドの無影響量は,反復投与毒性に関しては,雄では明らかにならなかったが,雌では,20 mg/kg/dayであり,生殖発生毒性に関しては,親動物では雌雄ともに500 mg/kg/dayであり,出生児については100 mg/kg/dayであると結論される.

方法

1. 被験物質

本試験に使用したo-トルエンスルホンアミドは,(Lot No.:GC01; 純度:99 %)は,東京化成工業(東京)より提供を受けたもので,入手後は室温保管した.被験物質の試験期間中の安定性は,残余被験物質を提供元で再分析することにより確認した.

投与検体は,0.5 w/v%カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC Na) 水溶液(日局カルメロースナトリウム:丸石製薬,製造番号:6Z09; 日局注射用水:光製薬,製造番号: 9707SA)に懸濁して,いずれの用量においても1回の投与液量が5 mL/kg体重になるように含量を調整し,冷蔵保管して使用した.投与検体中に含まれる被験物質の含量および均一性を,秦野研究所において確認した.

2. 使用動物および飼育条件

試験には,雌雄ともに7週齢で購入した日本チャールス・リバー厚木飼育センター生産のSprague-Dawley系ラット(Crj:CD(IGS), SPF)を使用した.購入した動物は,入荷後6日間,馴化と検疫を兼ねて予備飼育し,雌雄とも投与開始日(投与1日)の体重をもとに体重別層化無作為抽出法に準じて群分けした.

各動物は,基準温湿度各24±1℃,および50-65 %,換気回数約15回/時間,照明12時間(午前7時-午後7時)に制御された飼育室で,金属製ケージに個別に収容して飼育し,固型飼料(CE-2,日本クレア)および飲料水(水道水,秦野市水道局給水)を自由に摂取させた.妊娠14日 (精子確認日=妊娠0日)以後の母動物は,ラット用繁殖ケージに収容し,床敷として紙パルプ製チップ(ALPHA-dri,加商)を適宜供給した.

3. 投与量,群構成,投与期間および投与方法

本試験の用量は,本試験と同系統のラット各群雌雄5 匹に,o-トルエンスルホンアミドの0(0.5 w/v% CMC Na, 5 mL/kg),125,250および500 mg/kgを8週齢から14日間連日経口投与した予備試験(予備試験と略記)の結果に基づき,体重増加および摂餌量抑制,尿検査における潜血陽性反応,肝臓および腎臓重量の増加といった明瞭な影響が雌雄動物に認められた500 mg/kgを高用量に設定し,これを公比5で減じて,中用量には,自発運動の減少をはじめとする鎮静化傾向が軽度に認められた125 mg/kgの近傍の100 mg/kgを設定し,低用量には,20 mg/kgを設定した.

各用量の投与検体は,雌雄各13匹から成る各群の動物に対して剖検の前日まで,毎日1回,調製検体をマグネティックスターラーで攪拌しながらラット用胃管を用いて経口投与した.すなわち,雄に対しては交配前14日間,交配期間14日間および交配期間終了後14日間までの連続42日間,また,雌に対しては,交配前14日間と最長14日間の交配期間中(交尾まで),ならびに交尾雌では妊娠期間を通して剖検前日哺育3日(分娩日=哺育0日)まで,交尾後,分娩の認められなかった動物に対しては,妊娠24日相当日まで,それぞれ投与した.毎日の投与は,原則として一定時刻の間(通常9-12時)に行い,各動物の投与液量(5 mL/kg)は,雄ならびに交配前および交配期間中の雌については週1回の測定体重を基に,また,交尾後の雌については妊娠0日(交尾確認日)の体重を基にそれぞれ算出した.

4. 観察方法

1) 親動物

A. 一般状態の観察

雌雄とも,全例について飼育期間中毎日1回以上観察した.死亡例については発見後直ちに剖検した.また,翌日まで生存の可能性が乏しいと判断された瀕死動物は,後述の定期解剖動物と同様な方法で剖検した.

B. 体重測定

雌雄とも,全例について体重を試験期間中週1回(雄:投与1,8,15,22,29,36,42日,雌: 投与1,8,15日)および剖検日に測定した.雄動物と同居中の雌は,投与22日にも体重を測定した.また,交尾した雌では,妊娠0,7,14,20日に,さらに,分娩した雌では,哺育0および4日の体重を測定した.

C. 摂餌量測定

雌雄とも,全例について体重測定日と同日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの間の摂餌量を算出した.2週間の交配期間中は摂餌量を測定しなかった.交尾した雌では,妊娠0-7,7-14,14-20日の,さらに,分娩した雌では,哺育0-4日の摂餌量を測定した.

D. 尿検査

雄の全例について,投与42日に動物を代謝ケージに収容して,給水,絶食下で約4時間尿を採取して,クリニテック200+(バイエル三共)を用いた試験紙法により,pHを測定し,潜血,蛋白質,糖,ウロビリノーゲン,ケトン体,ビリルビンの有無と程度を調べた.

E. 交配

交配は,投与15日の夕方から最長14日間,同群内の雌雄を1対1で同居させて行った.交尾の確認は,毎朝,腟栓および腟垢標本中の精子の存在を調べることにより行い,交尾が確認された雌は,その日を妊娠0日と起算して雄から分離し,個別に飼育した.交配結果から,各群について,交尾率[(交尾動物数/交配動物数)×100],受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100],同居開始日から交尾確認日までの日数およびその間に回帰した発情期の回数を求めた.

F. 分娩・哺育状態の観察

各群とも交尾した雌は,全例を自然分娩させた.分娩状態の観察は,分娩を直接観察できたものについてのみ行った.また,直接観察できなかった例においても分娩後の徴候から分娩状態の良否が判定できるものについては,それを記録した.分娩後は哺育状態を観察し,異常の有無を記録した.

G. 分娩日の規定

分娩の確認は,午前9-11時に限定し,この時間帯に分娩が完了していることを確認した動物について,その日を分娩日と規定した.午前11時を過ぎて分娩を終了した動物については,翌日を分娩日とした.

分娩を確認した全例について妊娠期間(妊娠0日から分娩日までの日数)を算定し,出産率[(生児出産雌数/受胎動物数)×100]を各群について求めた.

H. 最終検査

(1) 雄動物

全例について最終投与日に絶食を開始し,その翌日(絶食開始18-24時間後)に以下の検査を行った.

イ. 血液学検査

ペントバルビタール麻酔下で腹部後大静脈よりクエン酸ナトリウム(プロトロンビン時間(PT)および活性部分トロンボプラスチン時間(APTT)測定用)あるいはEDTA-2K(その他の項目測定用)を抗凝固剤として採血し,Coulter Counter Model S-PLUS IV(コールターエレクトロニクス社) を用いた電気抵抗法により,赤血球数(RBC),白血球数(WBC),平均赤血球容積(MCV),血小板数を自動測定し,また,吸光度法により血色素量(Hb)を自動測定してそれらの値から平均赤血球血色素量(MCH=Hb×1000/RBC),ヘマトクリット値(Ht=RBC×MCV×0.001),平均赤血球血色素濃度(MCHC=Hb×100/Ht)を算出した.白血球分類は,Wright-Giemsa染色した静脈血塗抹標本を光学顕微鏡下で観察することにより視算した.PTおよびAPTTについては,CA1000(東亜医用電子)を用いて,光散乱検出法により測定した.

ロ. 血液生化学検査

全例について,血液学検査のための採血に引き続き,ヘパリンを抗凝固剤として採血し,血漿を分離して,遠心方式生化学自動分析装置COBAS-FARA(ロシュ)を用いて総蛋白濃度(ビウレット法),アルブミン濃度(BCG法),総コレステロール濃度(COD・DAOS法),トリグリセライド濃度(GPO・DAOS法),ブドウ糖濃度(グルコキナーゼG6PDH法),尿素窒素濃度(BUN;ウレアーゼGr.DH法),クレアチニン濃度(Jaff法),アルカリフォスファターゼ活性(ALP;GSCC法),GOTおよびGPT活性(IFCC法),総ビリルビン濃度(Jendrassik/Grof法),カルシウム濃度(OCPC法),無機リン濃度(Inorg. phos.;モリブデン酸直接法),γ-GTP活性(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法)を測定し,全自動電解質分析装置EA05(A&T)を用いてイオン電極法により,カルシウム,ナトリウムおよびカリウムの各濃度を測定した.また,A/G比は上記の測定結果に基づいて算出した.

ハ. 病理学検査

全例について剖検し,器官・組織の肉眼的観察を実施した.その際,脳,心臓,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣および精巣上体の重量を測定し,併せて比体重値(相対重量)を算出した.これらの器官のうち,精巣および精巣上体はブアン液に固定して保存し,その他の器官ならびに骨髄および膀胱は,10 w/v%ホルマリン液に固定して保存した.固定器官のうち,肝臓,腎臓および膀胱はすべての投与群について,また,その他の器官は対照群および高用量群について常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン-エオジン染色を行って病理組織学検査を行った.一部の動物(各群1-3例) の腎臓については,periodic acid schiff(PAS)染色も行って病理組織学検査を行った.また,これらの器官以外で剖検時に異常の観察された器官も,10 w/v%ホルマリン液に固定して保存し,常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン-エオジン染色を行って病理組織学検査を実施した.

(2) 雌動物

分娩した動物は哺育4日に,交尾は確認されたが分娩しなかった動物は妊娠25日相当日に,それぞれペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血・致死させて剖検した.妊・不妊のいずれの例においても卵巣および子宮を摘出し,子宮については着床数を数え,着床の認められた動物を妊娠例とした.卵巣は実体顕微鏡下で妊娠黄体数を数え,ブアン液に固定して保存した.不妊例の卵巣については,病理組織学検査を行った.また,脳,心臓,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,および副腎重量を,屠殺例全例について測定し,骨髄および膀胱とともに10 w/v%ホルマリン液に固定して保存した.他器官との癒着により重量測定が困難であると判断された器官については,測定を行わなかった.固定器官のうち,肝臓,腎臓,脾臓,心臓,膀胱および胸腺はすべての投与群について,また,その他の器官は対照群および高用量群について雄と同様に病理組織学検査を行った.これらの器官以外で剖検時に異常が観察された器官も,10 w/v%ホルマリン液に固定して保存し,同様に病理組織学検査を実施した.一部の動物(対照群1例,高用量群4例)の腎臓については,oil red O染色を行った.なお,死亡例および瀕死屠殺例のうちの各1例については,病理組織学検査において,誤投与の可能性が疑われたため,異常器官として採取された肺に付随して保存されていた食道についても病理組織学検査を実施した.また,一部の動物の異常器官あるいは保存器官に付随して保存されていた膵臓(対照群1例,中用量群1例)および甲状腺(中用量群1例,高用量群3例)についても病理組織学検査を実施した.

2) 出生児

A. 産児数の算定

哺育0日に産児数(生存児+死亡児)を調べ,分娩率[(産児数/着床痕数)×100]および生児出産率[(出産生児数/着床痕数×100]を求めた.また,産児の外表奇形の有無および性別を調べ,生存児の性比[(雄の生児数/雌の生児数×100]を算出した.

B. 死亡児数の算定

死亡児数を毎日調べ,出生率[(出産生児数/産児数×100]および新生児の4日の生存率[(哺育4日の生児数/哺育0日の生児数×100]を求めた.死亡児は剖検し,異常の有無,外表および内部器官の肉眼的観察を行った.

C. 体重測定

哺育0日および4日に一腹単位で雌雄別に体重(litter重量)を測定し,(litter重量/測定児数)を各腹について求めた.

D. 剖検

哺育4日に全例をエーテル吸入により致死させて剖検し,外表および内部器官の肉眼的観察を実施した.

5. 統計解析

交尾率および受胎率についてはYatesの補正を含むc2検定を行った.病理組織学所見については,グレード分けしたデータについてはMann-WhitneyのU検定1, 2)を用いて検定し,陽性グレードの合計値についてはFisher直接確率の片側検定2)を用いた.一般状態,剖検所見および尿検査データについては,統計解析を行わなかった.その他のデータは,個体ごとに得られた値あるいはlitterごとの平均値を1標本として,先ずBartlett法3)により各群の分散の一様性について検定した.その結果に基づき,一元配置型の分散分析3)あるいはKruskal-Wallis順位検定4)を行い,群間に有意性が認められた場合に,対照群と被験物質各投与群との差についてDunnett法5)あるいはScheffe'法6)を用いて検定した.有意水準は,5 %および1 %とした.

結果

1.反復投与毒性(親動物所見)

1) 死亡例,瀕死屠殺例, 一般状態

雄ではいずれの投与群にも死亡あるいは瀕死動物は認められなかった.一般状態の変化としては,100 mg/kg以上の投与群において,投与開始後から自発運動減少および腹臥姿勢が認められ,投与期間の中期から流涎が認められるようになったが,いずれも翌朝までには消失した.この他,被験物質投与とは無関係な変化として,対照群および500 mg/kg投与群に脱毛が認められた.20 mg/kg投与群に異常は認められなかった.

雌では,500 mg/kg投与群において,投与3日に3例が死亡し,投与3および5日に2例を瀕死屠殺した.これらの動物は,いずれも初回投与後は自発運動減少および腹臥姿勢が認められたものの,いずれも翌日までに回復していた.しかし,投与を反復するのに従い, 症状の回復が不良となり,鎮静,紅涙,呼吸困難,流涙,着色尿などを示して死亡または瀕死状態に至った.生存例では,100 mg/kg以上の投与群において,死亡および瀕死屠殺例に観察されたのと同様な投与後の自発運動減少および腹臥姿勢が認められた.100 mg/kg投与群では腹臥姿勢は,散発的にしか認められず,いずれも翌日までに回復したが,500 mg/kg投与群では,死亡あるいは瀕死状態の動物が認められた時期に,よろめき歩行あるいは四肢の伸展を示す例,あるいは,鎮静,体温低下,紅涙,褐色尿など死亡あるいは瀕死状態の動物と同様の症状を示す例があった.また,投与初期には,前日の投与後に認められた自発運動減少および腹臥姿勢が回復しないまま継続して認められた例もあった.流涎は,上記のような重篤な症状が500 mg/kg投与群に認められなくなった時期から,主に投与後一過性に現れ,100 mg/kg投与群にも認められるようになった.この他,被験物質投与とは無関係な変化として脱毛が対照群および100 mg/kg投与群に認められた.20 mg/kg投与群に一般状態の異常は観察されなかった.

2) 体重および摂餌量(Tables 1〜4)

雄では,100 mg/kg投与群では,投与8-22日の間の各測定日における体重ならびに投与1-8および8-15日の摂餌量が,また,500 mg/kg投与群では,投与8-42日の間の各測定日における体重ならびに投与1-8日の摂餌量が,それぞれ対照群と比較して有意(p<0.01,p<0.05)な低値を示した.20 mg/kg投与群については,体重および摂餌量のいずれも対照群との間に有意差は認められなかった.

雌では,交配前の投与初期には,500 mg/kg投与群の投与8日の体重ならびに投与1-8日の摂餌量が,それぞれ対照群と比較して有意(p<0.01,p<0.05)な低値を示した.妊娠および哺育期には,100 mg/kg以上の投与群の体重増加が抑制を受け,両群ともに妊娠7日および哺育4日の体重が対照群と比較して有意(p<0.01,p<0.05)な低値を示した.また,500 mg/kg投与群の妊娠0-7日の摂餌量も対照群と比較して有意(p<0.05)な低値を示した.20 mg/kg投与群については,いずれの時期も対照群との間に有意差は認めなかった.

3) 尿検査

20および100 mg/kg投与群において,潜血反応が陽性であった動物がそれぞれ2および1例認められたが,対照群および500 mg/kg投与群の動物の潜血反応はいずれも陰性であり,被験物質投与とは無関係な変化であると判断された.その他の検査項目については,異常値を示す動物はいずれの投与群にも認められなかった.

4) 解剖時検査

A. 雄

(1) 血液学検査(Table 5)

対照群と比較して,すべての被験物質投与群においてMCHが,また,100 mg/kg以上の投与群MCHCが,それぞれ対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)な高値を示した.また,500 mg/kg投与群の血小板数が対照群と比較して有意(p<0.05)な高値を示した.血液凝固時間については,対照群にPTの比較的長い動物が含まれていたため,100 mg/kg以上の投与群の値が対照群と比較して有意(p<0.05)に短縮した.APTTについては,対照群との間に有意差は認められなかった。また.その他の検査項目および白血球百分比についても被験物質投与の影響は認められなかった.

(2) 血液生化学検査(Table 6)

対照群と比較してすべての被験物質投与群のALPが有意(p<0.01)な低値を示し,100 mg/kg以上の投与群の総コレステロール濃度が対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)な高値を示した.また,500 mg/kg投与群では,対照群と比較して,総蛋白濃度およびγ-GTP活性が僅少差ではあるが有意(p<0.05)な高値を示し,ブドウ糖濃度,トリグリセライド濃度およびA/G比が有意(p<0.05,p<0.01)な低値を示した.その他の測定項目については,対照群と被験物質各投与群との間で有意差は認められなかった.

(3) 器官重量(Table 7)

500 mg/kg投与群において剖検時の体重が対照群と比較して有意(p<0.01)に低い値を示した.各器官の重量変化としては,肝臓および腎臓重量が500 mg/kg投与群において,それらの比体重値は100 mg/kg以上の投与群において,それぞれ対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)に増加した.また,副腎の比体重値が100 mg/kg以上の投与群において有意(p<0.05,p<0.01)に増加した.100 mg/kg以上の投与群において,心臓,精巣および精巣上体の比体重値に対照群との間に有意差(p<0.05,p<0.01)が散見されたが,これらの器官の重量には被験物質の用量に依存した変化は認められなかった.20 mg/kg投与群の器官重量および比体重値には対照群との間で有意差は認められなかった.

(4) 剖検

被験物質投与に関連した変化としては,肝臓において,暗色化が100 mg/kg以上の投与群に,腫大が500 mg/kg投与群に認められ,腎臓において,腫大および暗色化が100 mg/kg以上の投与群に認められた.これらの他に,肝臓では,黄色化,小葉構造の明瞭化,外側左葉および尾状葉の小型化が,また,腎臓では,左側皮質の淡色域,淡色化,右側皮質の嚢胞,皮質の陥凹部,腎盂の拡張および乳頭部の赤色化が対照群を含む各投与群で観察された.これらの器官以外では,リンパ濾胞不明瞭が500 mg/kg投与群の脾臓に,胸腺の小型化が被験物質各投与群に,肺の暗色点および白色点が対照群および500 mg/kg投与群に,精巣の小型化が対照群に,左側眼球内部に暗赤色化が500 mg/kg投与群に,それぞれ認められた.

(5) 病理組織学検査(Table 8)

肝臓,腎臓,脾臓,膀胱,精巣および精巣上体ならびに,剖検時に異常の観察された肺および眼球に以下の所見が観察された.脳,胸腺,心臓,副腎および大腿骨骨髄には,異常は認められなかった.

(肝臓)

被験物質の用量に依存した変化としては,100 mg/kg以上の投与群に細胞質が軽微な曇り硝子様を呈する小葉中心性の肝細胞肥大が認められた(p<0.01).一方, 被験物質の用量とは関連なく,門脈周囲性の肝細胞の脂肪化および小肉芽腫,被膜下の限局性壊死巣,被膜および被膜下の限局性線維化ならびに壊死および鉱質沈着が観察された.これらの中で,100 mg/kg投与群における小肉芽腫の頻度は,対照群と比較して有意(p<0.05)な低値であった.

(腎臓)

対照群を含む各投与群でeosinophilic bodyが認められたが,対照群と比較すると,被験物質各投与群で頻度および程度が用量に依存して有意(p<0.01)に増加した.Eosinophilic bodyの認められた腎臓についてPAS染色を実施したが,陽性反応は認められなかった.被験物質の用量とは関連なく,皮質の好塩基性尿細管,腎盂の拡張,間質のリンパ球浸潤あるいは限局性線維化,皮質あるいは乳頭部の鉱質沈着,尿細管の嚢胞が観察された.

(膀胱)

各投与群の粘膜固有層にリンパ球や好中球の浸潤が散見され,そのうち100および500 mg/kg投与群の例には,粘膜上皮のびまん性あるいは限局性の過形成も認められたが,いずれも被験物質投与に関連した変化ではなかった.

(脾臓)

検査を実施した対照群および500 mg/kg投与群の全例に, 被験物質投与の有無とは関連なく髄外造血および褐色色素の沈着が観察された.

(精巣および精巣上体)

検査を実施した対照群および500 mg/kg投与群に生殖細胞の減少を伴う精細管の萎縮が認められ,そのうちの対照群の1例にはライディッヒ細胞のびまん性の過形成が認められた.また,精巣上体では,対照群の間質にリンパ球の浸潤が認められた他,両投与群に精巣上体管腔内の精子の減少あるいは細胞残屑が観察されたが,いずれも被験物質投与に関連した変化ではなかった.

(剖検時異常器官)

表には示していないが,暗色点が観察された対照群の肺には軽度な限局性の出血が,暗色点および白色点の観察された対照群の肺にはごく軽度な泡沫細胞の集簇が,暗色点および白色点の観察された500 mg/kg投与群の肺には,ごく軽度な限局性の出血および軽度な泡沫細胞の集簇が観察された.また,内部に暗赤色調域の観察された500 mg/kg投与群の眼球の硝子体には中等度の出血が認められた.

B. 雌

(1) 剖検

途中死亡例では,いずれの動物にも胸水の貯留ならびに肺の赤色化あるいは暗赤色の領域が観察され,これに退縮不全,水腫,あるいは白色物が付着した横隔膜との癒着を伴っていた.この他,各動物に,腎臓の皮髄境界部の白色化および左側眼球の白濁,肝臓の腫大および腺胃粘膜の淡色化,腺胃粘膜の黄色域ならびに脾臓の小型化および淡色化がそれぞれ認められた.瀕死屠殺例においても胸水の貯留,肺の水腫および赤色化あるいは領域がいずれの例にも観察され,肺が肋骨胸膜および横隔膜に癒着している例もあった.これらの他に,腎臓では皮髄境界部の赤色化あるいは淡色化が認められ,胸腺の白濁,肝臓の淡色化,脾臓の小型化および淡色化,腺胃粘膜の黄色域がそれぞれ認められた.また,途中死亡例および瀕死屠殺例について,異常器官として採取された肺に付随して保存されていた食道を病理組織学検査実施後に再度観察したところ,穿孔あるいは食道周囲の外膜下の赤色域が観察された.定期解剖例では,被験物質投与に関連した変化としては,肝臓において,100 mg/kg以上の投与群に腫大が,500 mg/kg投与群には暗色化が認められ,100 mg/kg以上の投与群の肺に肋骨胸膜との癒着および淡色の点あるいは領域が観察され,500 mg/kg投与群では,横隔膜との癒着および暗赤色の点あるいは領域が認められた.また,肋骨胸膜との癒着が認められた100 mg/kg投与群の癒着部には黄白色塊の付着が観察された.これらの他に,100 mg/kg以上の投与群では胸腺の小型化が,500 mg/kg投与群では副腎の腫大,心外膜と心嚢の癒着,心嚢と肺,胸腺,あるいは肋骨胸膜との癒着,心嚢の白濁,ならびに心嚢の肥厚が認められた.被験物質の用量とは関連なく認められた変化としては,対照群に肝臓の黄色化が認められた.この他,対照群の1例に,胃ならびに横隔膜および脾臓の脂肪組織との癒着を伴う尾状葉の一側の赤色化と腫大および対側の淡色化と小型化が認められ,この例の脾臓には,白色物が付着していた.腎臓については,100 mg/kg投与群に淡色化が認められ,副腎では,20 mg/kg投与群を除く各投与群に淡色化が観察され,100 mg/kg以上の投与群の下垂体に腫大が観察された.以上の所見の他に,対照群には,脱毛が認められ,20 mg/kg投与群では,分娩予定日を過ぎても出産しなかったために剖検した例の右側子宮角に胎盤遺残が認められた.また,100 mg/kg投与群の前胃粘膜には白色点が認められた.

(2) 器官重量(Table 7)

100 mg/kg以上の投与群の剖検時の体重は対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)に低い値を示した.各器官の重量については,対照群と被験物質各投与群との間で有意差は認められなかったが,100 mg/kg以上の投与群の肝臓(p<0.01),ならびに500 mg/kg投与群の腎臓(p<0.05),および副腎(p<0.01)の各比体重値は,重量の増加傾向を伴って有意に増加した.500 mg/kg投与群の脳比体重値も対照群と比較して有意(p<0.05)に高い値を示したが,重量変化は伴わなかった.

(3) 病理組織学検査(Table 8)

肝臓,腎臓,脾臓,心臓,胸腺,および膀胱に以下の所見が観察されたが,脳,副腎,大腿骨骨髄,および不妊動物の卵巣に異常は観察されなかった.剖検時に異常が認められた器官についても観察したが,異常は観察されなかった.また,病理組織観察後,新たに穿孔が認められた動物を含めて一部の例(100 mg/kg投与群1例,500 mg/kg投与群3例) について再度病理組織学検査を行い,食道,心臓,胸腺および肺に新たな所見が追加された.しかし,追加観察した一部の動物の膵臓 (対照群および100 mg/kg投与群各1例) および甲状腺 (100 mg/kg投与群1例,500 mg/kg投与群3例) には異常は観察されなかった.

(肝臓)

被験物質の用量に依存した変化としては,100 mg/kg以上の投与群に細胞質が軽微な曇り硝子様を呈する小葉中心性の肝細胞肥大が認められた(p<0.01).この所見は,500 mg/kg投与群では,定期解剖例の全例に認められたもので,途中剖検例(死亡例および瀕死屠殺例)には認められなかった.被験物質の用量とは関連のない所見としては,門脈周囲性の肝細胞の脂肪化および小肉芽腫が認められた.また,剖検時に尾状葉に異常が認められた対照群の例には,尾状葉の壊死,出血および線維化,髄外造血,ならびに被膜の線維化および細胞浸潤が認められた.

(腎臓)

500 mg/kg投与群において4例の近位尿細管に脂肪沈着によると考えられる空胞が観察されたため,対照群の1例を対照として,これらの動物について,oil red O染色を行ったところ,脂肪変性であることが確認された.また,その頻度は対照群と比較して有意(p<0.05)な高値を示した.この変化は,主に,途中解剖例に認められたもので,定期解剖例については対照群との間に有意差は認められなかった.空胞変性は,500 mg/kg投与群の定期解剖例の1例に認められたが,途中剖検例には観察されなかった.この他,500 mg/kg投与群の定期解剖例に,乳頭部の管腔の好中球浸潤,腎盂粘膜の固有層の好中球およびリンパ球の浸潤が観察されたが,対照群との間に有意差は認められなかった.以上の他には,皮質の好塩基性尿細管,限局性の線維化が,間質のリンパ球浸潤および皮質あるいは乳頭部の鉱質沈着,皮髄境界部の尿細管の嚢胞が,被験物質の用量とは関連なく観察された.

(脾臓)

500 mg/kg投与群において,白脾髄および赤脾髄の萎縮が認められ,それらの頻度は対照群と比較して有意(p<0.05)な高値であった.白脾髄の萎縮は,主に途中剖検例に認められたものであり,赤脾髄の萎縮は定期解剖例には認められず,途中剖検例すべてに認められた変化である.従って,定期解剖例における頻度を対照群と比較すると,有意差は認められなくなった.髄外造血および褐色色素の沈着は対照群を含む各投与群の全例に観察された.また,被膜の肉芽組織が対照群および20 mg/kg投与群に,被膜の線維化が対照群に観察されたが,これらの所見の頻度および程度に対照群と被験物質各投与群との間で有意差は認められなかった.

(心臓)

500 mg/kg投与群の定期解剖例に,心外膜の線維化および細胞浸潤が認められた.心外膜の細胞浸潤は,追加観察を行った途中剖検例にも認められ,これらの所見の頻度は,定期解剖例のみを対象としても,500 mg/kg投与群の全例を対象としても,対照群と比較して有意(p<0.05)な高値であった.また,500 mg/kg投与群の途中剖検例には心外膜下の細胞浸潤が,途中剖検例および定期解剖例には心外膜の色素沈着が観察された.これらの所見の頻度および程度については,対照群との間に有意差は認められなかった.

(胸腺)

500 mg/kg投与群の途中剖検例および定期解剖例に萎縮が観察され,その頻度は,定期解剖例のみを対象としても,500 mg/kg投与群の全例を対象としても,対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)な高値であった.また,100 mg/kg以上の投与群において,被膜の線維化,水腫,および細胞浸潤,ならびに被膜上の好中球を含む滲出物が認められた.500 mg/kg投与群におけるこれらの所見の頻度を対照群と比較すると,全例を対象にすると被膜の水腫および細胞浸潤が有意(p<0.05,p<0.01)な高値を示し,定期解剖例を対象とすると,被膜の線維化および細胞浸潤が有意(p<0.05)な高値を示した.100 mg/kg投与群については,対照群との間に有意差は認められなかった.この他,100 mg/kg投与群には,被膜上の異物肉芽腫が観察されたが,その頻度については,対照群との間に有意差は認められなかった.

(膀胱)

500 mg/kg投与群の1例の粘膜固有層に,リンパ球および好中球の浸潤と鉱質沈着を伴う水腫が認められたほか,他の被験物質投与群の粘膜固有層にも,リンパ球の浸潤あるいは水腫が各1例観察されたが,各群間の頻度に差は認められなかった.

(剖検時異常器官)

表には示していないが,500 mg/kg投与群の肺には,途中剖検例および定期解剖例ともに,ごく軽度ないし軽度な限局性の出血ならびに好中球およびリンパ球の細胞浸潤が認められ,途中剖検例にはごく軽度ないし中等度の水腫およびマクロファージの浸潤ならびに胸膜上に好中球を含む滲出物が認められた.この滲出物に異物の混入している例も認められた.また,100 mg/kg投与群ならびに500 mg/kg投与群の定期解剖例にはごく軽度ないし軽度な泡沫細胞の集簇および軽度ないし中等度の胸膜の線維化が観察され,100 mg/kg投与群ならびに500 mg/kg投与群の途中剖検例には,ごく軽度ないし中等度の胸膜の細胞浸潤が観察された.この他,100 mg/kg投与群では胸膜上に中等度の異物肉芽腫が観察された.

追加観察を行った途中剖検例2例の食道については,1例に,軽度な,穿孔,粘膜および筋層の変性ならびに好中球の浸潤,および食道外膜下および胸腔の中等度の出血が観察された.他の1例には肉眼観察で微細な穿孔の認められた部位の組織所見に異常は認められなかったが,胸膜上には,好中球を含む滲出物が軽度に認められ,異物も観察された.また,横隔膜の胸膜面に軽度な細胞浸潤が観察され,好中球を含む滲出物も軽度に認められた.脂肪組織との癒着が観察された対照群の横隔膜については,腹膜に,中等度の肉芽組織,線維化および出血が認められた.

以上の所見の他に,脱毛が認められた対照群の皮膚には軽度な毛包の減少が,また,子宮角に胎盤遺残が認められた20 mg/kg投与群の子宮内膜には胎盤の遺残体が認められた.

2. 生殖発生毒性

1) 生殖関連所見

A. 交配成績(Table 9)

500 mg/kg投与群では,死亡あるいは瀕死屠殺により交配前に雌動物が減少したため,一部の雄動物を無処置の雌動物と交配させたが,交尾率および同居開始から交尾成立までに要した日数,その間に回帰した発情期の回数,ならびに受胎率には,同群内で交配させたものと無処置動物と交配させたものも同等であった.また,これらの指標に対照群と被験物質各投与群との間で有意差は認められなかった.

B. 分娩および哺育状態

分娩および哺育状態の異常はいずれの投与群の動物にも認められなかった.

C. 黄体数,着床数および着床率(Table 10)

妊娠黄体数,着床数および着床率に対照群と被験物質各投与群の間で有意差は認められなかった.

D. 出産率および妊娠期間(Table 10)

出産率および妊娠期間に対照群と被験物質各投与群の間で有意差は認められなかった.

2) 出生児所見

A. 一般状態および生存性(Table 10)

産児数,出生率および新生児の4日の生存率には被験物質各投与群と対照群との間に有意差は認められなかった.また,性比についても対照群と被験物質各投与群との間で有意差は認められなかった.500 mg/kg投与群において分娩率,哺育0日の生存児数,および生児出産率がやや低値の傾向を示したが,対照群との間に有意差はなかった.100 mg/kg以下の投与群については,対照群と同様であった.

B. 体重(Table 10)

500 mg/kg投与群の雌雄出生児の体重は,哺育0日および4日のいずれも対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)な低値を示したが,100 mg/kg以下の投与群については雌雄ともに対照群との間に有意差は認められなかった.

C. 形態

哺育0日における産児の外表観察および哺育4日における出生児の剖検では,いずれの投与群の出生児にも異常は認められなかった.また,死亡児の剖検でも異常は認められなかった.

考察

サッカリンの主要な不純物であるo-トルエンスルホンアミド7)は,スルホンアミド類に属し,長期曝露により尿をアルカリ性にして結石の形成を促進すること8)が知られている化合物である.スルホンアミド類には,細菌の葉酸合成阻害作用を利用した抗菌剤のサルファ剤や,炭酸脱水素酵素阻害作用を利用したアセタゾールアミドをはじめとする利尿剤,スルホンアミドにより惹起されるアシドーシスの癲癇発作阻止作用を利用した抗痙攣治療薬9),膵臓のb細胞に作用してインスリン分泌を促進する経口血糖降下剤10)など,種々の医薬品が属している.こうした広汎な使用の過程で,スルホンアミド類が有するアルブミンとの高親和性のため,スルホンアミドは, ビリルビンなど血液中ではアルブミンと結合して存在する物質を遊離型にして毒性を発現すること11),甲状腺ホルモンの合成を阻害して甲状腺機能低下を惹起し,さらに甲状腺腫を誘発すること12),光毒性を有すること13)など,種々の機序を介する毒性を発現することも報告されている.本試験では,o-トルエンスルホンアミドを,雄に対して42日間反復投与した.その結果,100 mg/kg以上の投与群において体重増加および摂餌量が投与初期に一過性に抑制された.一般状態については,自発運動量減少および腹臥姿勢が投与開始後から,また,流涎が投与中期から認められたが,いずれも翌日までに回復していた.予備試験において,投与3日の尿検査でアルカリ尿あるいは潜血反応が認められたが,本試験で実施した投与42日の尿検査では,20および100 mg/kg投与群の少数例に潜血反応が認められたのみであった.膀胱についても,潜血に関連した病理組織学所見が認められず,潜血反応の頻度に被験物質の用量に依存した変化は認められなかったこと,尿のpHとは無関係にこれらの反応が認められていることから,本試験において認められた尿の変化は,o-トルエンスルホンアミドの長期曝露実験にみられた変化8)とは異なる,偶発的変化であると判断された.

42日間投与後の雄動物の血液学検査では,MCHが被験物質各投与群において,また,MCHCが100 mg/kg以上の投与群においてそれぞれ増加した.しかし,これらの数値の算出の基礎となった,HbおよびRBCあるいはHtには被験物質の用量に依存した変化は認められなかったことから,これらの数値の変動は,偶発的変化である可能性が高い.この他,500 mg/kg投与群では血小板数が増加した.増加の程度は僅かであるが,被験物質の用量に依存して変化していることから,被験物質投与による影響であると推測される.

雄動物の血液生化学検査では,すべての被験物質投与群においてALPが低下し,100 mg/kg以上の投与群において総コレステロール濃度が増加した.また,500 mg/kg投与群ではブドウ糖濃度およびトリグリセライド濃度が低下した.ALPの低下および血中コレステロール濃度の上昇は,甲状腺機能低下の際にも認められる変化であること14),スルホンアミド類には,ブドウ糖濃度を低下させる作用も認められていること10)から,これらの変化はスルホンアミド類の毒性作用あるいは薬理作用に関連した変化であることが疑われた.しかし,スルホンアミド類に属する4-メチルベンゼンスルホンアミドについて実施された反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験15)では,ALP,血中コレステロール濃度およびブドウ糖濃度へ4-メチルベンゼンスルホンアミドの影響は認められなかった.また,100 mg/kg以上の投与群の一部の雌動物の甲状腺,ならびに対照群および100 mg/kg投与群の各1例の膵臓の病理について実施した組織学検査では,被験物質投与の影響を示唆する病変は認められなかった.従って,本被験物質がスルホンアミドとして甲状腺および膵臓に影響を及ぼす可能性は否定できないが,それは明瞭な形態変化を起こさない軽微な影響であると判断された.この他,グロブリン類の増加によると考えられる総蛋白濃度の増加およびγ-GTP活性の上昇が500 mg/kg投与群において認められたが,軽微な変化であった.器官重量については,500 mg/kg投与群において,肝臓重量および腎臓重量が増加し,これらの比体重値が100 mg/kg以上の投与群で増加した.病理組織学検査では,これらの投与群に曇り硝子様の肝細胞の小葉中心性肥大が認められていることから,肝臓重量の増加は,肝細胞肥大を反映したものと考えられる.腎臓については,尿細管上皮におけるeosinophilic body形成の増強がすべての被験物質投与群において認められた.これらの他,100 mg/kg以上の投与群において副腎重量比体重値が増加した.重量もやや高値を示していること,ならびに500 mg/kg投与群の雌においても同様の変化が認められていることから,被験物質投与による影響であると考えられるが,病理組織学検査では,雌雄ともに副腎に異常は観察されなかった.以上のように,本試験では,すべての用量の被験物質がALPを低下させ,腎臓の尿細管上皮におけるeosinophilic bodyの形成を増強させたことから,反復投与毒性に関しては,雄動物に対するo-トルエンスルホンアミドの無影響量は求められなかった.

雌についても,100 mg/kg以上の投与群において,自発運動量減少および腹臥姿勢といった一般状態の異常が投与開始後から認められた.さらに,500 mg/kg投与群において投与2日後からこれらの症状が投与翌日に至っても消失しない,あるいはさらに進行して,鎮静,呼吸困難,体温低下,触発反応の消失などの経過を辿り,投与3日後から5日の間に死亡または瀕死状態に至る例が認められた.

死亡あるいは瀕死動物の剖検では,いずれの動物にも胸水の貯留が観察され,病理組織学検査では,肺水腫および胸膜を含む胸腔内諸器官漿膜の細胞浸潤を伴う滲出と水腫,心外膜の色素沈着,肺の水腫,限局性出血ならびに炎症細胞の浸潤などが認められた.さらに,異常器官として保存された肺とともに残存していた2例の食道について検索したところ,出血および炎症細胞の浸潤を伴う穿孔あるいは胸腔内の滲出物中の食餌様物質の混入が認められた.これらのことから,いずれの動物も胸腔内諸組織の炎症により死亡あるいは瀕死状態に至ったものと判断された.一方,o-トルエンスルホンアミドの単回投与試験16)では,死亡動物の肉眼解剖所見から,死因は強い中枢抑制であると推測されている.本試験においても,自発運動減少,腹臥姿勢,鎮静など,単回投与試験16)においてみられたのと類似した変化が,死亡あるいは瀕死動物で特に著しく認められたが,脳の病理組織学検査において明瞭な異常は観察されず,上記の死亡原因に中枢への影響がさらに加わったのかどうかは不明である.

生存例の中にも,途中剖検例と同時期に,自発運動減少,腹臥姿勢,鎮静など変化が翌日まで回復しないものが認められた.また,生存例の定期解剖では,100 mg/kg以上の投与群に,途中剖検例にみられた病変の陳旧性変化と考えられる,胸腔内諸器官漿膜の癒着などが認められ,病理組織学検査では,これらの部位に線維化および細胞浸潤,異物肉芽腫などが認められ,心外膜の線維化および細胞浸潤,ならびに胸腺被膜の線維化および細胞浸潤の頻度が増加した.従って,生存例の中にも投与期間の比較的早い時期に胸腔内諸組織の炎症があったものと推測される.これらの変化の他に,500 mg/kg投与群における胸腺の萎縮ならびに腎臓および副腎の比体重値の増加は,高用量群のみに観察された変化であることから,被験物質投与による影響であると考えられる.これらの結果から,雌に対するo-トルエンスルホンアミドの反復投与毒性に関する無影響量は,20 mg/kg/dayであると推測される.

雌雄ともに,500 mg/kg投与群において,摂餌量および体重増加の抑制が投与初期に認められた.とくに雌では,胸腔内組織の炎症を示唆する病変の認められなかった例にも著しい体重減少や,翌日に至っても鎮静などの症状が回復しない例が認められ,被験物質投与の影響が,性差をもって投与初期に認められた.性差は,単回投与試験16)において推定されたLD50値にも現れている.こうした,毒性発現にみられる性差および時期の特徴については,被験物質の代謝排泄が関与している可能性がある.すなわち,経口投与されたo-トルエンスルホンアミドの排泄を,Wistar系雌ラットを用いて調べた成績17)では,o-トルエンスルホンアミドの大部分は尿中に排泄され,24時間排泄率は本被験物質の用量増加に伴い低下して,200 mg/kg投与では43 %になる.o-トルエンスルホンアミドは,尿中では,主に2-sulphamoylbenzyl alcohol,あるいは,そのグルクロン酸または硫酸抱合体として認められることから,2-sulphamoylbenzyl alcoholへの変換は,P450水酸化酵素により行われるものと考えられる.P450水酸化酵素の発現については性差が著しく,また,誘導を受けやすいことが知られている18).従って,P450水酸化酵素の発現が少ない雌では,解毒が遅れて毒性が強く現れ,さらに,反復投与により雌雄ともに酵素誘導が生じて,毒性が軽減されたものと推測される.100 mg/kg以上の投与群の雄動物および生存例の雌動物では,肝臓重量あるいはその比体重値が増加し,病理組織学検査において小葉中心性肝細胞肥大が認められたこと,および,これらの動物の肝細胞細胞質は,軽度ではあるが,曇り硝子様を呈していたことは,酵素誘導があったことを支持する所見であると考える.

生殖毒性については,交尾率,受胎率,交尾までの期間とその間に回帰した発情期の回数,妊娠黄体数ならびに着床数に被験物質投与の影響は認められなかったことから,500 mg/kgまでは雌雄動物の生殖能力に影響を及ぼさないものと考えられる.

出生児については,妊娠初日から母動物を250 mg/kg/dayまでの用量で経口曝露すると,被験物質の用量に依存して,生後15日の出生児に尿路結石が認められることが報告されている19)が,生後4日に剖検した本試験の出生児に形態異常は認められなかった.しかし,哺育0日における生存児数が500 mg/kg投与群において減少の傾向を示し,分娩率および生児出産率にも低下の傾向が認められた.さらに哺育0および4日における出生児体重が低下し,500 mg/kgでは,出生児の生存性および体重に影響を及ぼすことが明らかになった.同様の変化は,交配前あるいは妊娠初日から250 mg/kg/dayで経口曝露された動物の出生児8, 19),あるいは4-メチルベンゼンスルホンアミドの併合試験15)においても認められている.スルホンアミド類によって甲状腺機能低下が誘発される12)が,胎児期,あるいは生後間もなく甲状腺ホルモンが不足すると成長阻害が起こる20).被験物質の胎盤通過性および乳汁移行性については不明であり,母動物および新生児の甲状腺に肉眼的異常は観察されなかった.また,少数例ではあるが100 mg/kgおよび500 mg/kg投与群の母動物について実施した甲状腺の病理組織検査では異常は観察されなかった.これらのことから,新生児の生存性および体重増加の抑制は,被験物質投与による影響であると考えられるが,母動物および新生児の甲状腺ホルモン分泌との関連性についてはさらに検討を要するものと考えられる.100 mg/kg以下の投与群には,被験物質投与の影響は認められなかったことから,被験物質の出生児に対する無影響量は,100 mg/kg/dayであると推測される.

以上の成績から,本試験条件下におけるo-トルエンスルホンアミドの無影響量は,反復投与毒性に関しては,雄では求められなかったが,雌については,20 mg/kg/dayであると結論される.生殖発生毒性に関しては,雌雄親動物では500 mg/kg/dayであり,出生児については100 mg/kg/dayであると結論される.

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連絡先
試験責任者:長尾哲二
試験担当者:代田眞理子,松本亜紀,関 剛幸,笠間菊子,加藤博康,丸茂秀樹,畔上二郎,三枝克彦,稲田浩子,中尾美津男,安生孝子
(財)食品薬品安全センター
〒257-8523 神奈川県秦野市落合725-3
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Tetsuji Nagao (Study director)
Mariko Shirota, Aki Matsumoto, Takayuki Seki, Kikuko Kasama, Hiroyasu Kato, Hideki Marumo, Jiro Azegami, Katuhiko Saegusa, Hiroko Inada, Mitsuo Nakao, Takako Anjo
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center in Reproductive Toxicology
729-5 Ochiai, Hadano city, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627