その結果,親動物には,いずれの投与群においても死亡はみられなかった.一般状態の変化として,100 mg/kg投与群において,雌雄とも投与直後に活動性の低下および流涎が観察され,体重増加が抑制された.剖検所見および病理組織学検査では,投与によると考えられる異常は認められなかった.
生殖発生毒性に関しては,性周期,交尾および受胎能力,妊娠期間,分娩ならびに哺育状態に投与に起因したと考えられる変化は認められなかった.出生児に関しても,生存性および体重に投与の影響は認められなかった.
以上の成績から,本試験条件下におけるo-トルエンスルホンアミドの親動物に対する無影響量は20 mg/kg/day,親動物の生殖能力および出生児に対する無影響量は100 mg/kg/dayと判断される.
被験物質は,0.5 %カルボキシメチルセルロースナトリウム水溶液[日本薬局方カルメロースナトリウム,ロット番号6Z09,丸石製薬(株)および注射用水,ロット番号9707SA,光製薬(株)]に懸濁して投与検体とした.投与検体は,週1回の頻度で調製し,使用時まで冷蔵,気密の条件下で保管した.投与検体中の被験物質は,各濃度の含量測定および均一性試験の結果から,所定濃度が均一に含有されていることを確認した.
飼育期間中,毎日1回以上観察した.
(2) 体重測定
雄および交配前の雌では,投与期間中週1回および解剖日に測定した.交尾した雌は妊娠0,7,14,20日に,分娩した雌は哺育0および4日に測定した.
(3) 摂餌量測定
投与期間中(交配期間を除く)週1回,体重測定日と同じ日に給餌量を測定し,その翌日に残餌量を測定し,1 日の摂餌量を算出した.交尾した雌では妊娠0,7,14ならびに20日,分娩した雌では哺育1ならびに3日から翌日までの摂餌量を測定した.
(4) 性周期および交配
検疫期間に引き続いて投与開始日以降も,毎日,腟スメアを採取して,性周期を観察した.交配は,投与15日の夕方から最長2週間,同群内の雌雄を1対1で連続同居させて行った.交尾の確認は毎朝,腟栓あるいは腟スメア中の精子の確認により行い,交尾が確認された雌については,その日を妊娠0日とするとともに,雄から分離し個別に飼育した.交配結果および妊娠の成否により,交尾率〔(交尾動物数/同居動物数)×100〕,受胎率〔(受胎動物数/交尾動物数)×100〕,同居開始日から交尾確認日までの日数およびその間に回帰した発情期の回数を求めた.なお,腟スメア採取は,交尾確認日まで継続して行った.
(5) 分娩・哺育状態
交尾した雌は,全例を自然分娩させた.分娩状態は直接観察が可能な動物について行い,分娩状態が直接観察できなかった動物については,分娩後の徴候から分娩障害の有無を判断して記録した.分娩の確認は,午前9時〜11時に行い,分娩が完了した雌は,その日を分娩日(哺育0日)として妊娠期間(妊娠0日〜分娩日の日数)を算出した.分娩後は哺育状態を毎日観察した.
(6) 剖検・病理組織学検査
雄動物は,投与47日の翌日に,ペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血・致死させ,剖検した.その際,下垂体,甲状腺,精巣および精巣上体の重量を測定した.また,下垂体と甲状腺は0.1Mリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液に,精巣および精巣上体はブアン液に固定し,高用量群および対照群の全例について病理組織学検査を行なった.
雌動物のうち,交尾しなかった雌は投与54日の翌日に,交尾は確認されたが分娩しなかった雌は妊娠26日相当日に,分娩した雌は哺育4日にそれぞれペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血・致死させ,剖検した.その際,下垂体,卵巣および子宮を摘出して,卵巣については実体顕微鏡下で妊娠黄体数を数え,子宮については着床数を数え,着床率〔(着床数/黄体数)×100〕を算出した.下垂体,甲状腺および卵巣は0.1Mリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液に固定し,高用量群および対照群の全例について病理組織学検査を行なった.
哺育0日に産児数(生存児+死亡児)を調べ,分娩率〔(産児数/着床痕数)×100〕および生児出産率〔(出産生児数/着床痕数)×100〕を求めた.また,出産率〔(生児出産雌数/妊娠動物数)×100〕を算出した.生存児は外表を観察し,性別および外表奇形(矮小児を含む)の有無を検査した.哺育0日以降は死亡児数を毎日調べ,出生率〔(出産生児数/総産児数)×100〕および新生児生存率〔(哺育4日の生児数/哺育0日の生児数)×100〕を求めた.死亡児は剖検し,異常の認められた器官は10 %ホルマリン溶液に固定して保存した.
(2) 体重
哺育0および4日に個体別に測定し,各腹ごとに雌雄別の平均値を算出した.
(3) 剖検
出生児は哺育4日に剖検し,外表および内部器官の異常の有無を観察した.文献検索の結果,o-トルエンスルホンアミドを母動物に経口的に摂取させた場合,胎児の水晶体の空胞変性が認められるとする報告2)が有ることから,頭部は0.1Mリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液に固定し,対照群は1母動物あたり雌雄各1例,高用量群では1母動物あたり雌雄各4例について眼球の病理組織学検査を行った.
雌雄ともに100 mg/kg投与群の全例において投与後一過性に活動性の低下が観察されたほか,流涎が雄の12例,雌の11例に観察された.活動性の低下および流涎は投与後4時間以内に回復した.その他の変化として脱毛が4 mg/kg投与群の雌2例および100 mg/kg投与群の雄1例に,紅涙が4および100 mg/kg投与群の雄で各1例に,赤色尿が20 mg/kg投与群の雄1例に観察された.
雄の摂餌量に投与の影響はみられなかった.雌では20 mg/kg投与群の妊娠20〜21日の摂餌量が有意(p<0.05)な低値を示したが,100 mg/kg投与群では有意差は認められないこと,分娩前の雌ではよくみられる変化であることから,投与とは関係の無い変化であると考えられた.
(1) 剖検所見
100 mg/kg投与群に異常は認められなかった.
精巣の小型化が対照群の1例,4 mg/kg投与群の2例に観察された.また,一般状態の変化として赤色尿が観察された20 mg/kg投与群の雄1例に腎盂拡張が観察された.
(2) 器官重量(Table 5)
下垂体,甲状腺および精巣については,いずれの投与群も重量および比体重値ともに,対照群との間に有意差は認められなかった.精巣上体では,4 mg/kg投与群の重量および比体重値,100 mg/kg投与群の重量が対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)に減少したが,20 mg/kg投与群と対照群の間に差は認められなかった.
(3) 病理組織検査所見(Table 6)
精巣および精巣上体では,精細管の萎縮が対照群の3例,4 mg/kg投与群の2例および100 mg/kg投与群の3例に認められた.これらの例では,精細管内の生殖細胞の減少,ライディッヒ細胞のびまん性の過形成,多核巨細胞,精巣上体管内の細胞残屑と精子数の減少が認められたが,いずれの所見も対照群と各投与群との間で発現頻度,程度とも差は認められなかった.この他に,100 mg/kg投与群の2例の下垂体にラトケ嚢の嚢胞が,対照群と100 mg/kg投与群の各1例の甲状腺に異所性の胸腺組織が認められた.また,剖検時に腎盂拡張が観察された20 mg/kg投与群の雄1例では,腎臓の髄質に硝子円柱が認められた.
B. 雌
(1) 剖検所見
4 mg/kg投与群の不妊例の1匹に子宮および腟内腔の拡張が,未分娩例の1匹に脾臓の暗色化,白色域の存在,被膜の白濁,表面粗造および濾胞の明瞭化が認められ,胃,肝臓および膵臓と癒着していた.また,肝臓の淡色化をともなう腫大,副腎,下顎リンパ節,縦隔リンパ節および腸間膜リンパ節の腫大,子宮内腔の拡張が認められた.
(2) 病理組織検査所見(Table 7)
100 mg/kg投与群において,卵巣に黄体嚢胞が1例,下垂体にラトケ嚢の拡張が1例認められた他,対照群の2例および100 mg/kg投与群の1例の甲状腺に異所性の胸腺組織が認められたが,いずれも程度は軽く発現頻度に差はみられなかったこと,使用した系統のラットでは,無処置の動物においてもみられる変化であることから,投与とは関係の無い変化であると考えられた.
剖検時に4 mg/kg投与群の1例において脾臓と周囲組織の癒着が観察され,病理組織検査では脾臓に限局性の壊死および好中球の浸潤が認められ,癒着部位にはリンパ球,好中球,褐色色素を含んだマクロファージの浸潤がみられたほか,脾臓の壊死領域および癒着部位の一部に線維化も認められた.その他,脾臓には髄外造血および褐色色素の沈着も中等度に観察された.また,同例の肝臓には類洞内にクッパー細胞の増殖が認められたほか,下顎,縦隔,腸間膜リンパ節の髄洞にマクロファージ,髄索に形質細胞の増殖,肺には泡沫細胞の集簇がみられた.また,剖検時に,子宮および腟に内腔の拡張が観察された4 mg/kg投与群の1匹では子宮の粘膜上皮には細胞残屑を伴う空胞化や多数の好中球の浸潤が認められたほか,腟は嚢胞状に拡張し,粘膜上皮および粘膜固有層には好中球およびリンパ球の浸潤がみられた.しかし,類似した変化は他の投与群では観察されていないことから,投与とは関係の無い変化であると考えられた.
児の生存性についても分娩率,生児出産率,出生率,性比および哺育4日の新生児生存率には,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.
哺育4日の剖検において異常は認められなかった.死亡児の剖検においても異常はみられなかった.また,対照群および100 mg/kg投与群の哺育4日の生存児について行った眼球の病理組織検査でも異常は認められなかった.
剖検および病理組織学検査では,対照群ならびに低用量群の雄において少数例で精巣の小型化が認められ,病理組織学的検査の結果,精細管の萎縮,精巣上体管内腔の細胞残屑の存在,ライディッヒ細胞のびまん性の過形成と精細管内の生殖細胞の減少が認められたが,その発現頻度および程度に差はみられず,精巣上体重量が低下したものの精巣重量には差は認められず,対照群にも認められる変化であること,先におこなわれた併合試験1)では,500 mg/kgまでの投与によっても精巣上体重量の低下は認められていないことから,被験物質の投与とは関係の無い変化であると考えられた.
雌の性周期,雌雄の交尾,受胎能,妊娠期間および出生児の生存性ならびに体重には,投与による影響を示唆する変化は認められなかった.
また,対照群と100 mg/kg投与群の出生児についておこなった眼球の病理検査においても異常は認められなかった.
これらのことから本試験条件下では,o-トルエンスルホンアミドの親動物に対する無影響量は20 mg/kg/day,親動物の生殖能力および出生児に対する無影響量は100 mg/kg/dayと考えられた.
1) | 代田眞理子,化学物質毒性試験報告書,7, 134-152 (1999). |
2) | J. Lederer, Louvain M仕., 96, 495-501(1977). |
3) | 石居進,"生物統計学入門,"培風館,東京,1992. |
4) | 丹後俊郎,"医学への統計学,"朝倉書店,東京,1985. |
5) | 佐久間昭,"薬効評価−計画と解析,"東京大学出版会,東京,1977. |
6) | C. W. Dunnett, Biometrics, 20, 482-491(1964). |
7) | W. H. Kruskal, W. A. Wallis, J. Amer. Statist. Assoc. 47, 583-621(1952). |
連絡先 | |||
試験責任者: | 高島宏昌 | ||
試験担当者: | 渡辺千朗,内藤由紀子,丸茂秀樹,堀内伸二,稲田浩子,三枝克彦,安生孝子 | ||
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