2-エチル酪酸のラットを用いる単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of 2-Ethylbutyric acid in Rats

要約

2-エチル酪酸は,抗痙攣薬のバルプロ酸の類縁化学物質として知られている有機酸である.本物質の急性毒性を検討するために,雌雄各5匹のSprague-Dawley系ラットに,2-エチル酪酸を2000 mg/kg単回経口投与し,投与日(観察第1日)から14日間観察を行い,観察第15日に屠殺して剖検した.この間体重を測定し,媒体(コーン油10 mL/kg)投与群と比較した.

投与後1時間以内に一過性の流涎が雄に1例および雌に2例観察され,ラッセル音が雄に1例および雌に3例聴取されたが,雌雄ともに死亡はみられなかった.ラッセル音は数日間にわたり継続して聴取される例,あるいは遅発する例が認められた.

体重増加抑制は雌雄に認められたが,雄では,観察第4日には回復した.雌では,観察第11日に至るまで増加抑制が認められ,観察第15日に至っても,有意差は認められなかったものの,対照群の値まで復することはなく,体重増加抑制に関して性差が認められた.

剖検では被験物質投与に起因した異常は認められなかった.

以上の結果から,本試験条件下における2-エチル酪酸のLD50値は,雌雄ともに2000 mg/kgを上回ると判断された.

方法

1. 被験物質

本試験に使用した2-エチル酪酸(ロット番号:01-91101,純度:99.2 %,不純物として水分0.03 %を含有する無色透明の液体)は,チッソ(株)(熊本)から提供を受けたもので,入手後は室温保管した.被験物質の試験期間中の安定性は,残余被験物質を提供元で再分析することにより確認した.

投与検体は,被験物質を秤量してコーン油(英名:corn oil,ナカライテスク(株)Lot,No. V9F1299)に溶解し,被験物質濃度として20 w/v%溶液を調製した.調製に先立ち,8日間の安定性を確認したので,投与時まで冷蔵・遮光下で保存し,調製2日後に使用した.投与検体中に含まれる被験物質の含量は,秦野研究所において確認した.

2. 使用動物および飼育方法

4週齢のSprague-Dawley系(Crj:CD(SD)IGS, SPF)雌雄ラットを,日本チャールス・リバー(株)厚木飼育センターから購入し,飼育環境への馴化と検疫を兼ねて7日間予備飼育した.予備飼育中,動物の一般状態に異常は認められなかった.試験には,雌雄各10匹を用い,検疫終了時の体重を基に体重別層化無作為抽出法により1群5匹からなる2群に分けた.投与開始時の週齢は,雌雄ともに5週齢であり,体重は雄が117.3〜123.6 g,雌が96.3〜104.8 gであった.

動物は,基準温湿度各24 ± 1 ℃,および50-65 %,換気回数約15回/時間,照明12時間(7-19時点灯)に制御された飼育室で,金属製金網床ケージに個別に収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および飲料水(水道水,秦野市水道局給水)を自由に摂取させて飼育した.

3. 投与量の設定および投与方法

本試験における投与量は,本試験に先立ち実施した予備試験の結果に基づいて決定した.すなわち,文献検索の結果,非絶食下における被験物質のラット経口投与時の50 %致死量が2200 mg/kgであると報告1)されていることから,予備試験では死亡状況を推察するとともに,死亡の認められない用量を求めることを目的に,絶食下で500,1000,1500および2000 mg/kgを雌雄各3匹のラットに単回経口投与し,1週間の観察を行った.その結果,雌雄とも観察第2日での軽微な体重増加抑制傾向が認められた以外,被験物質投与によると判断される変化がみられなかったことから,雌雄とも限度試験を実施することとし,2000 mg/kgの1群および媒体(コーン油)投与群を設定した.

投与容量は体重1 kg当たり10 mLとし,動物を投与前日の16時より絶食させた後,投与直前に測定した体重を基に投与液量を算出し,ラット用胃管を用いて強制的に単回経口投与した.給餌は投与後約3時間に行った.

4. 観察および検査

1) 一般状態観察

観察第1日(投与日)から14日間にわたって死亡の有無を確認し,各動物の一般状態を観察した.観察は投与日においては投与直後から1時間まで連続して行い,その後は投与後6時間まで約1時間間隔で実施した.観察第2日から15日までは毎日1回行った.

2) 体重

全例について,投与直前,観察第2,4,8,11および15日に測定した.

3) 剖検

観察第15日に全例をペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血屠殺して剖検した.剖検時に,脳,下垂体,眼球,甲状腺,心臓,気管,肺,肝臓,腎臓,胸腺,脾臓,副腎,消化管,生殖器,乳腺,膀胱,下顎リンパ節,腸間膜リンパ節,大腿骨骨髄,膵臓,顎下腺,舌,食道,大動脈,ハーダー腺,皮膚および病変部の肉眼的観察を行った.

結果

1. 死亡率およびLD50

雌雄ともに,死亡例はなく,LD50値は2000 mg/kgを上回る量であると推定された.

2. 一般状態

2000 mg/kg投与により,流涎が投与後約10〜20分の間に雄1例および雌2例に認められたが,1時間以内に回復した.ラッセル音が雄では投与後1時間以内に1例に聴取され,観察第2日まで持続した.雌では3例にラッセル音が聴取された.これらのうち,1例では投与1時間以内にラッセル音が聴取され,観察2時間まで持続した後回復したが,観察第2日に再発し,観察第5日まで継続して聴取された.別の1例では観察第2日にのみラッセル音が聴取され,別の1例ではさらに遅れて,観察第4日から8日にわたって聴取された.また,雌では,排便量の減少および肛門周囲の汚れが観察第2日に3例にみられた.これらの他に,本試験に用いた媒体がコーン油であったため,投与当日に粘液便あるいは軟便の排泄が対照群および被験物質投与群に散見された.なお,雌の対照群の1例は,剖検所見から投与過誤があったものと判断されたが,投与後の一般状態に異常は認められず,観察第15日まで生存した.本例については,投与過誤が体重増加に及ぼす影響を考慮して体重測定値を評価の対象から除外した.

3. 体重

雌雄ともに体重増加抑制が認められ,雌雄ともに観察第2日の値が対照群と比較して有意(p<0.05)な低値を示した.雄では観察第4日以降は回復し,その後,対照群と同様に推移した.雌では,観察第4,8および11日においても体重は有意(p<0.05)な低値を示し,観察第15日では,有意差は認められなかったものの,対照群の値にまでは至らなかった.

4. 病理学検査

剖検では肉眼的異常所見は認められなかった.

考察

雌雄ともに死亡例はみられなかった.

一般状態の変化として,一過性の流涎が観察されたが,1時間以内に全て消失した.また,ラッセル音が雄に1例および雌に3例,投与後から翌日にかけて,あるいは投与後日数を経た後に聴取された.催奇形実験を目的としてコーン油に溶解した2-エチル酪酸を妊娠動物に150 mg/kg/day反復投与するとラッセル音が聴取され,やがて死亡することが報告2)されており,ラッセル音は2-エチル酪酸の一次刺激による被験物質の誤嚥が原因ではないかと推察されている.しかし,本試験では単回投与にも係わらず遅延して発症する例が認められたことより,ラッセル音は必ずしも一次刺激によるものではないと推察された.剖検時までにラッセル音は聴取されなくなり,また,上部気道および鼻腔に異常がみられなかったことより,本試験からはラッセル音発症の原因は特定できなかった.

2-エチル酪酸投与により体重の増加抑制が雌雄に認められた.雄では観察第4日には回復したのに対し,雌では観察終了日に至っても対照群の値に復することがなく,体重増加に関して性差が認められた.

以上の結果から,本試験条件下における2-エチル酪酸のLD50値は,雌雄ともに2000 mg/kgを上回ると判断された.

文献

1)H. F. Jr. Smyth, C. P. Carpenter, C. S. Weil, U. C. Pozzani, Ind. Hyg. Occup. Med., 10, 61(1954).
2)M. G. Narotsky, E. Z. Francis, R. J. Kavlock, Fundam. Appl. Toxicol., 22, 251(1994).

連絡先
試験責任者:代田眞理子
試験担当者:勝村英夫,松本浩孝
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Mariko Shirota(Study director)
Hideo Katsumura, Hirotaka Matsumoto
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627