ρ-ニトロフェノールナトリウムの染色体異常誘発性の有無を検討するため,チャイニーズ・ハムスター肺由来の線維芽細胞株(CHL/IU)を用いてin vitroにおける短時間処理法による染色体異常試験を実施した.
染色体異常試験に用いる用量を決定するため,細胞増殖抑制試験を行った結果,S9 mix非存在下では1600 μg/mL,S9 mix存在下では1200 μg/mL以上の用量で50 %を上回る細胞増殖抑制が認められた.したがって,染色体異常試験における用量は,S9 mix非存在下では100,200,400,800,1200および1600 μg/mL,S9 mix存在下では600,800,1000,1200,1400および1600 μg/mLとした.
試験の結果,S9 mix非存在下では,用量依存的な染色体構造異常細胞の増加が認められ,800および1200 μg/mLでの増加(出現頻度7.5および28.0 %)は統計学的に有意なものであった.S9 mix存在下においても用量依存的な染色体構造異常細胞の増加が認められ,600,800,1000および1200 μg/mLでの増加(出現頻度11.5,19.0,33.5および48.0 %)は統計学的に有意なものであった.S9 mix非存在下の1600 μg/mL並びにS9 mix存在下の1400および1600 μg/mLでは,細胞に対する毒性のため観察可能な分裂中期像は認められなかった.
以上の成績から,ρ-ニトロフェノールナトリウムは,CHL/IU細胞に対し染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.
培養開始3日後にS9 mix非存在および存在下で被験物質を6時間処理し,処理終了後,新鮮培養液でさらに18時間培養した.
実験終了後,残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.
その結果(Fig. 1),S9 mix非存在下では1600 μg/mL,S9 mix存在下では1200 μg/mL以上の用量で50 %を上回る細胞増殖抑制が認められ,50 %細胞増殖抑制用量は,それぞれ800〜1600 μg/mLの用量域および1200 μg/mLの近くにあるものと判断された.
陽性対照として,短時間処理法S9 mix存在下では3,4-benzo[a]pyrene(B[a]P, Sigma Chemical Co.)を10 μg/mL,S9 mix非存在下では1-methyl-3-nitro-1-nitrosoguanidine(MNNG, Aldrich Chemical Co.)を2.5 μg/mLの用量で用いた.陽性対照物質の溶媒には,いずれもDMSO(和光純薬工業(株))を使用した.
染色体構造異常細胞および倍数性細胞の出現頻度について,多試料x2検定を行い有意差(有意水準5 %以下)が認められた場合は,フィッシャーの直接確率法を用いて溶媒対照群と各用量群との間の有意差検定(有意水準は多重性を考慮して,5 %または1 %を処理群の数で割ったものを用いた)を行った.
その結果,溶媒対照群と比較して,被験物質による染色体異常細胞の出現頻度が2用量以上で有意に増加し,かつ用量依存性あるいは再現性が認められた場合,陽性と判定した.
なお,本被験物質は黄色を呈しており,その供試液を培養液中に添加すると培養液は直ちに黄色化した.被験物質の溶解に伴なう培養液のpHの変化を,400〜1200 μg/mL用量の添加直後と添加培養6時間後の培養液について測定したところ,いずれもpHは7.0〜7.2の中性域を保ち,変化は認められなかった.
以上の成績から,ρ-ニトロフェノールナトリウムは,染色体構造異常を誘発する作用があると考えられた.したがって,本実験条件下では,ρ-ニトロフェノールナトリウムのCHL/IU細胞に対する染色体異常誘発性は陽性と判定した.陽性結果が得られたため,D20値2)(分裂中期像の20 %に異常を誘発させる被験物質の推定用量)を算出したところ,本被験物質のD20値は,短時間処理法S9 mix非存在下において1.08 mg/mL,S9 mix存在下では0.65 mg/mLであった.本試験結果は,CHL/IU細胞において,染色体異常を有する細胞の出現頻度が10 %以上を陽性とする石館らの判定基準3)からみても,明らかに陽性と判断されるものであった.
ρ-ニトロフェノールナトリウムの類縁化合物である3-メチル-4-ニトロフェノールは,CHL/IU細胞を用いた染色体異常試験で陽性4),と報告されている.
1) | 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988, pp.16-37. |
2) | 厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室 監修,“化審法毒性試験法の解説 改訂版,”化学工業日報社,東京,1992, pp.51-52. |
3) | 石館 基 監修,“改定増補 染色体異常試験データ集,”エル・アイ・シー,東京,1987, p.19. |
4) | 田中憲穂,山影康次,日下部博一,橋本恵子,澁谷徹,原巧,加藤基恵,石原尚古,化学物質毒性試験報告,2, 167(1995). |
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