4,4'-ジアミノ-2,2'-スチルベンジスルホン酸の
ラットを用いる経口投与簡易生殖毒性試験

Pre1iminary Reproduction Toxicity Screening Test of

4,4'-Diamino-2,2'-stilbenedisulfonic acid by Oral Administration in Rats

要約

 4,4'-ジアミノ-2,2'-スチルベンジスルホン酸を40,200および1000 mg/kgの用量で雌雄のSD系ラットに交配前l4日間,および交配を経て雄は計41日間,雌は妊娠,分娩を経て哺育3日まで経口投与し,反復投与毒性および生殖発生毒性について検討した.

1. 反復投与毒性

 一般状態,体重,摂餌量に被験物質に起因する変化は認められなかった.また,投与終了後の剖検,精巣と精巣上体の重量および病理組織検査においても被験物質投与に起因する変化は認められなかった.

2. 生殖発生毒性

 交尾率,受胎率,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率,分娩率,分娩および哺育行動には,被験物質に起因する変化は認められなかった.新生児の検査では,出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児生存率,外表,一般状態,体重および剖検のいずれにおいても被験物質に起因する変化は認められなかった.

 以上の結果から,本試験条件下における4,4'-ジアミノ-2,2'-スチルベンジスルホン酸の反復投与毒性および生殖発生毒性に関する無影響量はともに1000 mg/kgと考えられる.

方法

1. 被験物質

 4,4'-ジアミノ-2,2'-スチルベンジスルホン酸(東京化成工業,Lot No. GC01,純度92.02%)は,アルコール,エーテルに可溶で,水には不溶の淡黄色の粉末である.被験物質は室温・遮光下で保存した.また,試験期間中安定であることを確認した.

2. 試験動物および飼育条件

 日本チャールス・リバー(株)より入手した雌雄のSD系ラット(Crj:CD,SPF)を,6日間検疫・馴化後,試験に使用した.投与開始前日に,体重別層化無作為抽出法により,1群につき雌雄各10匹を振り分けた.投与開始時の週齢は雌雄とも8週齢,体重範囲は,雄が313〜350 g,雌が183〜222 gであった.

 検疫・馴化期間を含めた全飼育期間中,温度20〜25℃,湿度40〜70%R.H., 換気約12回/時,照明12時間/日(7:00〜19:00)に自動調節された飼育室を使用した.動物は実験動物用床敷(ペータチップ:日本チャールス・リバー)を敷いたポリカーボネート製ケージに,1ケージ当り投与開始後は1匹,交配期間中は雌雄各1匹,哺育期間は1腹で収容し飼育した.

 動物には,オートクレーブ滅菌した実験動物用固型飼料(CRF-1:オリエンタル酵母工業)および5 μmのフィルター濾過後,紫外線照射した水道水をそれぞれ自由摂取させた.

3. 投与量および投与方法

 雌雄のSD系ラットを用いて8日間の反復投与予備試験(用量:0,100,300,1000 mg/kg)を行った結果,技術的投与限界量の1000 mg/kg群でも体重および剖検ともに変化は認められなかった.従って,本試験では高用量を1000 mg/kgとし,以下公比5で中用量を200 mg/kg,低用量を40 mg/kgとした.さらに溶媒のみを投与する対照群を設けた.

 投与期間は,雌雄とも交配前14日間,交配期間中,および雄は計画殺前日までの計41日間,雌は交尾成立後分娩を経て哺育3日までとし,0.5% CMC-Na水溶液に懸濁させた被験物質を,胃ゾンデを用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は10 ml/kgとし,至近測定日の体重を基に算出した.

 投与液は褐色瓶に入れて冷暗所保存した.また,投与開始前に均一性,安定性および濃度を確認した.

4.反復投与毒性に関する観察・検査

l)一般状態

 全例について生死および外観・行動等を毎日観察した.死亡動物は発見後速やかに剖検した.

2)体重

 雄については投与開始日およびその後週1回,雌については投与開始日および交尾成立までは週1回,交尾成立後は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に測定した(交尾確認日を妊娠0日,分娩確認日を哺育0日とする).

3)摂餌量

 雄については投与開始日から交配期間中を除き週1回,雌については交配前は週1回,交尾成立後は妊娠0,7,l4,20日および哺育0,4日に風袋込み重量を測定し,各期間の摂餌量から1匹当りの1日平均摂取量を算出した.

4)病理検査

 雌雄とも最終投与日の翌日に,全生存動物についてチオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈切断により放血致死させ剖検し,雄については精巣および精巣上体の重量を測定した.また,全生存動物について精巣,精巣上体および卵巣を採取し,精巣,精巣上体はブアン液,卵巣は10%リン酸緩衝中性ホルマリン液にて固定後保存した.

 雄の対照および1000 mg/kg群の精巣および精巣上体について,常法に従いへマトキシリン・エオジン染色標本を作製し鏡検した.また,未交尾および非妊娠雌の卵巣,剖検時に肉眼的な異常が認められた40 mg/kg群の1例の精巣についても同様に検査した.

5.生殖発生毒性に関する観察・検査

1)生殖機能

 交配前の投与終了後,各群内で雄1対雌1の交配対を最長7日間昼夜同居させ,毎日午前中に雌の膣垢を採取し,ギムザ染色して鏡検した.膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし,その日を妊娠0日とした.交尾した対は雌雄を分離し,以後の検査に供した.なお,200 mg/kg群の雌1例については,同居する予定の雄が死亡したため,同群内の既に交尾が確認された雄と同居させた.これらの結果から,交尾所要日数(交配後,交尾成立までに要した日数),交尾が成立するまでに逸した発情期の回数,交尾率([交尾動物数/同居動物数]×100),受胎率([妊娠動物数/交尾動物数]×100)を算出した.

2)分娩・哺育状態

 交尾が確認された雌については全例を自然分娩させ,分娩状態を観察した.午前9時の時点で分娩が終了している動物を当該日分娩とし,その日を哺育0日とした.また,新生児を哺育4日まで哺育させ,一般状態,授乳,営巣,食殺の有無等の哺育状態を毎日観察した.

 哺育4日の解剖時に卵巣,子宮を摘出して黄体数および着床数を検査した.交尾確認後25日を経ても分娩しない雌は剖検し,肉眼的に着床が認められない動物の子宮については,2% KOH水溶液に浸漬し,着床の有無を確認した.これらの結果から,妊娠期間(妊娠0日から出産が確認された日までの期間),出産率([生児出産雌数/妊娠雌数]×100),着床率([着床数/黄体数]×100),分娩率([総出産児数/着床数]×100)を算出した.

3)新生児の観察・検査

(l)新生児の検査

 出生日に出産児数,出産生児数,死産児数,性別および外表異常の有無を検査した.それ以後,一般状態,死亡の有無を毎日観察した.死亡動物は食殺等で検査に耐えないものを除き,10%リン酸緩衝中性ホルマリン液に浸漬・固定後,実体顕微鏡下で剖検した.出生日および哺育4日の生存児数から,出生率([出産生児数/総出産児数]×100),新生児生存率([哺育4日生児数/出産生存児数]×100)を算出した.

(2)体重

 哺育0日および4日に1腹毎に雌雄単位でまとめて測定し,それぞれの平均値を算出した.

(3)剖検

 全ての生存児について,哺育4日に口腔を含む外表を検査した後,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で開腹し,腹大動脈切断により放血致死させ剖検した.

6.統計解析

 計量データはBartlett法による等分散の検定を行い,分散が一様の場合は一元配置分散分析を,一様でない場合はKruska1-Wallisの検定を行った.群間に有意な差が認められた場合で各群の例数が一定ならばDunnett法またはDunnett型,一定でないならばScheff法またはScheff型の多重比較検定を行った.ただし,下記*印の項目については,Kruskal-Wallisの検定から行った.計数データはFisherの直接確率法により検定した.有意水準は5%以下とした.新生児に関するデータについては,各母動物毎に算出した平均値を統計単位とした.以下に検定の対象となる項目を示す.

(1)多重比較検定

 体重,摂餌量,器官重量,交尾所要日数 *,交尾成立までに逸した発情期の回数*,妊娠期間*,黄体数,着床数,着床率*,分娩率*,新生児数,出生率*,新生児生存率*,新生児体重

(2)Fisherの直接確率法

 交尾率,受胎率,出産率,性比(雄/雌)

結果

1.反復投与毒性

1)一般状態

 雌雄とも全観察期間を通して一般状態に変化は認められなかった.なお,200 mg/kg群の雄1例が投与開始後l4日の投与直後に死亡したが,剖検の結果肺に穿孔が認められたことから,投与過誤による死亡と判断した.

2)体重(Fig.1,2)

 雌雄とも全期間を通して体重および体重増加量ともに対照群と被験物質投与群との間に有意な変化は認められなかった.

3)摂餌量(Fig.3,4)

 雄では1000 mg/kg群の投与開始日から14日までの摂餌量が有意な高値を示したが,以後は対照群と同様な値で推移し,有意差も認められなかった.雌では全期間を通して有意な変化は認められなかった.

4)器官重量(Table 1)

 精巣および精巣上体には実重量および対体重比ともに有意な変化は認められなかった.

5)剖検所見

 両側精巣の小型化が40および1000 mg/kg群の各1例に認められた.

6)組織所見

 両側精巣の精細管の萎縮が対照群で1例および1000 mg/kg群で肉眼的に精巣の小型化を示した動物を含めて2例に認められたが,発現頻度から偶発性変化と判断した.なお,肉眼的に小型化していた40 mg/kg群の1例の精巣には異常は認められなかった.精巣上体,未交尾および非妊娠動物の卵巣には組織学的な変化は認められなかった.

2.生殖発生毒性

1)生殖機能(Table 2)

 未交尾動物は対照群で1対,200 mg/kg群で2対,非妊娠動物は1000 mg/kg群で1例認められたのみで,交尾率および受胎率ともに有意な変化は認められなかった.また,各群ともほとんどの雌が交配開始後4日以内に発情期を示して交尾し,交尾所要日数および交尾成立までに逸した発情期の回数ともに有意な変化は認められなかった.

2)分娩・哺育状態(Table 3)

 分娩および哺育行動には被験物質に起因する変化は認められなかった.また,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率および分娩率ともに対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.なお,200 mg/kg群の1例は死産児1例を娩出したのみであった.また,1000 mg/kg群の1例も出産児数が1例のみで,その出産児は授乳状態が不良で哺育3日に死亡した.これらの2例については,同群内の他の母動物では分娩,哺育状態ともに異常がなく,かつ両群とも出産児数が少ない傾向もなかったことから,被験物質とは関連のないものと判断した.

3)新生児への影響

(1)生存率(Table 3)

 各群で死産児および出生後の死亡が少数例観察されたが,出産児数,出産生児数,性比,出生率および新生児生存率のいずれにも対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.なお,200 mg/kg群の出生率および1000 mg/kg群の新生児生存率が他の群に比べやや低い値を示したが,出産児数が1例のみの腹の死亡率が100%を示したことが反映した見掛け上の変化である.

(2)新生児の観察

 一般状態に被験物質に起因する異常は認められなかった.また,外表異常については痕跡尾が200 mg/kg群の1例に認められたのみであった.

(3)体重(Table 3)

 雌雄とも哺育0日および4日の体重,ならびにその間の体重増加量に対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.

(4)剖検

 生存動物および死亡動物ともに異常は認められなかった.

考察

 反復投与毒性について,一般状態および体重には雌雄ともに被験物質の影響は認められなかった.摂餌量において雄の1000 mg/kg群で投与開始後2週まで有意な高値を示したが,以後は対照群と同様な値で推移し,かつ体重にも本変化と関連する変化は認められなかったことから,毒性学的意義に乏しい変化と判断した.投与終了後の雌雄の剖検,精巣と精巣上体の重量および病理組織検査においても被験物質に起因する変化は認められなかった.

 生殖発生毒性について,生殖機能検査の結果,交尾率,受胎率に被験物質の影響は認められなかった.交配中の膣垢検査では,1000 mg/kg群でもほとんどの雌に交配開始後4日以内に発情期が観察され,被験物質による性周期への影響を疑わせる変化は認められなかった.また,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率および分娩率に被験物質の影響は認められなかった.さらに,分娩後の母動物の哺育行動,新生児の一般状態,出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児生存率,体重および剖検においても被験物質に起因する変化は認められなかった.

 被験物質は合成エストロジェン剤のジエチルスチルベストロール(DES)と構造が類似し,弱いエストロジェン様作用を有している1).DESやエストロジェン剤は,反復投与による影響として,精巣の萎縮性変化あるいはライデッヒ細胞の増生,精巣上体の組織変化,子宮内膜の増生など,生殖器に障害を起こすことが知られている2).しかし,被験物質のナトリウム塩である4,4'-ジアミノ-2,2'-スチルベンジスルホン酸・ジナトリウムについては,混餌法による長期毒性試験が実施されており,13週間投与試験では100000 ppm投与においてもマウスおよびラットともに精巣には病理組織学的変化は認められなかったことが報告されている3).さらに13週間投与試験においては,マウスで子宮内膜の増生が認められたが,ラットではこのような変化は認められなかったこと,および2年間投与試験においてはマウス,ラットともに生殖器も含めてエストロジェン様作用による影響を示唆する変化は認められなかったことが報告されている3).本試験の結果も同様に,技術的投与限界用量である1000 mg/kg群においても精巣および精巣上体ともに被験物質投与の影響は認められなかった.また,生殖・発生への影響に関しては,DESあるいはエストロジェン剤は繁殖障害,性周期の変化,着床阻害,妊娠期間延長,胚の死亡および発育抑制などを起こすことが知られている4-8).しかし,本試験においては親動物および児動物ともに被験物質による生殖・発生への影響を示唆する変化は認められなかった.

 以上のように,本試験では技術的投与限界用量である1000 mg/kg群においても反復投与による一般毒性学的影響は認められず,また生殖・発生に及ぼす影響も認められなかった.したがって,本試験条件下における反復投与毒性および生殖発生毒性に関する無影響量はともにl000 mg/kgと考えられる.

文献

l)E.R. Smith, M.M. Quinn, J.Toxicol.Environ.Health, 36, 13-25(1992).
2)宮蔦宏彰, "毒性病理学, 毒性試験講座5(前川昭彦,林裕造編)," 地人書館, 東京, 1991, pp. 387-407.
3)National Toxicology Program(NTP)Technical Report Series No.412.(l992), NIH Publication No.92-3143.U.S.Department of Health and Human Services, Public Health Service, National Institutes of Health, Research Triangle Park, NC U.S.A.
4)鈴木勝士, トキシコロジーフォーラム, 7, 572-576(1984).
5)高橋日出彦, "くすりの毒性," 南江堂, 東京, 1974, pp. 276-3l2.
6)T.H. Shepard, "Catalog of teratogenic agents," 6th ed., The Johns Hopkins University Press, Baltimore, 1989, pp. 217-220.
7)清藤英一, "催奇形性等発生毒性に関する薬品情報(西村秀雄監修)," 東洋書店, 東京, 1977, pp. 497-505.
8)J.L. Schardein, "Chemical induced birth defects, " 2nd ed., Marcel Dekker, New York, 1993, pp. 271-339.

連絡先
試験責任者:松浦郁夫
試験担当者:岡部恵美,土谷 稔,涌生ゆみ
(株)三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
314-02 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Te1 0479-46-287lFax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Ikuo Matsuura(Study director)
Emi 0kabe, Minoru Tsuchitani,Yumi Wako
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama ,Hasaki-machi, Kashima-gun,Ibaraki, 314-02 Japan
Te1 +81-479-46-287lFax +81-479-46-2874