4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)の
チャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test
of 4,4'-Oxybis(benzenesulfonylhydrazide) in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)の培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

細胞増殖抑制試験結果をもとに,短時間処理法-S9処理では1700 μg/mLを最高処理濃度とした228〜1700 μg/mLの濃度範囲で10用量を,+S9処理では1088 μg/mLを最高処理濃度とした285〜1088 μg/mLの濃度範囲で7用量を設定した.S9 mix存在下および非存在下で6時間処理(18時間の回復時間)後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.-S9処理では557, 696, 870, 1088 μg/mLの4用量(公比1.25),+S9処理では357, 446, 557 μg/mLの3用量(公比1.25)について顕微鏡観察を実施した.

その結果,-S9処理および+S9処理のいずれにおいても用量相関性を伴い,統計学的に有意な染色体異常の誘発が認められた.

以上の結果より,本試験条件下では4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)は,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 試験細胞株

哺乳類培養細胞を用いる染色体異常試験に広く使用されていることから,試験細胞株としてチャイニーズ・ハムスターの肺由来の線維芽細胞株(CHL/IU)を選択した.昭和59年11月15日に国立衛生試験所(現:国立医薬品食品衛生研究所)から分与を受け,ジメチルスルホキシド(DMSO:MERCK KGaA)を10 vol%添加した後,液体窒素中に保存した.試験に際しては凍結細胞を融解し3〜5日ごとに継代したものを使用した.なお,細胞増殖抑制試験では継代数10,染色体異常試験では同12の細胞を用いた.

2. 培養液の調製

Eagle-MEM液体培地(旭テクノグラス)に,非働化(56℃,30分)済み仔牛血清(Invitrogen)を最終濃度で10 vol%になるよう加えた後,試験に使用した.調製後の培養液は冷暗所(4℃)に保存した.

3. 培養条件

CO2インキュベーター(三洋電機メディカシステム)を用い,CO2濃度5 %,37℃の条件で細胞を培養した.

4. S9 mix

製造後6ヵ月以内のキッコーマン製S9 mixを試験に使用した.S9 mix中のS9は誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague-Dawley系雄ラットの肝臓から調製した.また,S9 mixの組成は松岡らの方法1)に従った.S9 mixの組成を以下に示す.
成分S9 mix 1 mL中の量
S90.3 mL
MgCl25 μmol
KCl33 μmol
G-6-P5 μmol
NADP4 μmol
HEPES緩衝液(pH 7.2)4 μmol
蒸留水0.1 mL

5. 被験物質

被験物質の4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)(ロット番号:403650)は純度99.3 %[不純物として4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホン酸)および4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルクロライド)を微量に含有する]の白色微粉末である.本剤は水に難溶,DMSOに易溶である.永和化成工業(京都)から提供された被験物質を使用した.被験物質は,使用時まで室温で保管した.試験終了後,被験物質提供元において残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

6. 被験物質液の調製

試験の都度,モレキュラーシーブを用いて脱水処理を行ったDMSOで被験物質を溶解し,調製原液とした.調製原液を使用溶媒を用いて順次所定濃度に希釈した後,速やかに処理を行った.

7. 細胞増殖抑制試験(予備試験)

被験物質の細胞毒性および細胞分裂に及ぼす影響に関する情報を得るため,あらかじめ,3584 μg/mL(10 mM相当)を最高用量とし1075,323,96.8,29.0 μg/mL(公比10/3)の用量での試験を実施した.その結果,短時間処理法+S9処理の1075 μg/mLでは分裂中期像は観察されず有糸分裂指数は0 %であった.従って,細胞増殖抑制試験では,-S9処理および+S9処理とも1000 μg/mLを最高用量とし,以下それぞれ公比5/3で減じた8あるいは6用量を設定した.

12ウエルの細胞培養用マルチプレートに細胞を播種し,培養3日後に被験物質液を処理した.S9 mix非存在下(-S9処理)あるいは存在下(+S9処理)で6時間処理した後,新鮮な培養液に交換してさらに18時間培養を続けた.

細胞を10 vol%中性緩衝ホルマリン液(和光純薬工業)で固定した後,0.1 w/v%クリスタル・バイオレット(関東化学)水溶液で10分間染色した.色素溶出液(30 vol%エタノール,1 vol%酢酸水溶液)を適量加え,5分間程度放置して色素を溶出した後,分光光度計(105-50型:日立製作所)を用いて580 nmでの吸光度を測定した.各用量群について溶媒対照群での吸光度に対する比,すなわち相対細胞増殖率を算出し,さらにプロビット法(+S9処理)あるいは対数確率紙(-S9処理)を用いて50 %細胞増殖抑制濃度を算出した.

その結果,細胞増殖を50 %抑制する濃度は,短時間処理法-S9処理で1080 μg/mLおよび+S9処理で824 μg/mLと算出された(Fig. 1).

なお,被験物質処理開始および処理終了時,pHの変動,析出等の特筆すべき変化は,いずれの試験用量においても観察されなかった.

8. 試験用量および試験群の設定

細胞増殖抑制試験結果をもとに,染色体異常試験では短時間処理法-S9処理で1700 μg/mLを,+S9処理で1088 μg/mLを最高処理濃度とし,以下それぞれ公比1.25で減じた7または10用量ならびに溶媒対照群を設定した.

なお,陽性対照として,-S9処理でマイトマイシンC(MMC:協和醗酵工業)を0.1 μg/mL,+S9処理でシクロホスファミド(CP:塩野義製薬)を12.5 μg/mLの用量で試験した.

9. 染色体標本の作製

直径60 mmのプレートを用い,細胞増殖抑制試験と同様に被験物質等の処理を行った.培養終了2時間前に,最終濃度で0.2 μg/mLとなるようコルセミド(Invitrogen)を添加した.トリプシン処理で細胞を剥離させ,遠心分離により細胞を回収した.75 mmol/L塩化カリウム水溶液で低張処理を行った後,固定液(メタノール3容:酢酸1容)で細胞を固定した.空気乾燥法で染色体標本を作製した後,1.2 vol%ギムザ染色液で12分間染色した.

10. 染色体の観察

各プレートあたり100個,すなわち用量当たり200個の分裂中期像を顕微鏡下で観察し,染色体の形態的変化としてギャップ(gap),染色分体切断(ctb),染色体切断(csb),染色分体交換(cte),染色体交換(cse)およびその他(oth)の構造異常に分類した.同時に,倍数性細胞の出現率を記録した.染色体の分析は日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会による分類法2)に従って実施した.

すべての標本をコード化した後,染色体分析を実施した.

11. 結果の解析

ギャップを含めない場合(-gap)について染色体構造異常の出現頻度を表示した.

各試験群の構造異常を有する細胞あるいは倍数性細胞の出現頻度を,Fisherの直接確率計算法(有意水準0.05)を用いて検定した.また用量依存性については,Cochran Armitageの傾向検定(有意水準0.05)を用いて検定した.溶媒対照群と比較し被験物質処理群において有意差が認められ,かつ,再現性あるいは用量に依存性が認められた場合に陽性と判定した.

また,分裂中期像の20 %にいずれかの異常を誘発するのに必要な被験物質濃度であるD20値を最小二乗法により算出し,一定濃度(mg/mL)あたりの交換型異常(cte)出現数を示す比較値であるTR値を,染色分体交換の出現頻度(%)を被験物質濃度(mg/mL換算)で割ることにより算出した.

12. 細胞増殖抑制度の測定

染色体標本作製時に各プレートの低張処理した細胞液を一定量採取し,ATP測定用試薬キット(ルシフェール250:キッコーマン)およびATPフォトメーター(ルミテスター C-100LU:キッコーマン)を用いて相対発光量(Relative Light Unit:RLU)を測定した.陰性対照群におけるRLUに対する比(=相対細胞増殖率)を各用量群について求め,細胞増殖抑制度とした.

結果および考察

短時間処理法での試験結果をTable 1〜2に示した.4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)処理群の場合,染色体構造異常出現頻度は,-S9処理では557 μg/mLで4.0 %(p≦0.05),696 μg/mLで10.5 %(p≦0.05),870 μg/mLで13.5 %(p≦0.05),1088 μg/mLで3.0 %(p≦0.05)を示し,+S9処理では357 μg/mLで1.5 %,446 μg/mLで3.0 %(p≦0.05),557 μg/mLで14.5 %(p≦0.05)を示した.倍数性細胞の誘発傾向については,-S9処理ならびに+S9処理のいずれの用量においても観察されなかった.また,試験用量に依存した相対細胞増殖率の減少が観察され,-S9処理では染色体異常評価群中の高用量である1088 μg/mLでの相対細胞増殖率が18.0 %であった.高用量群の1360および1700 μg/mLでの相対細胞増殖率はそれぞれ9.1および3.0 %であった.+S9処理では染色体異常評価群中の高用量である557 μg/mLでの相対細胞増殖率は18.2 %であり,高用量群の696, 870および1088 μg/mLでの相対細胞増殖率はそれぞれ4.8, 3.3および2.4 %であった.一方,S9 mix非存在下における陽性対照物質MMCで処理した細胞,およびS9 mix存在下における陽性対照物質CPで処理した細胞では染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.

変異原性の強さに関する相対的比較値であるD20値の最小値は0.788(mg/mL),TR値の最大値は20.6(mg当たり)と算出され,既知変異原性物質に比較して本被験物質の変異原性は弱いことを示していた.なお,被験物質処理開始および終了時,-S9処理において1360 μg/mL以上の用量で白色粉末状の析出物が観察された.

以上の試験結果から,本試験条件下において4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)のチャイニーズ・ハムスター培養細胞に対する染色体異常誘発性に関し,陽性と判定した.

なお,本被験物質[4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)]について,Ames試験で陽性との報告3)があった.また,類縁体であるβ-phenylethylhydrazine sulfateについてもAmes試験で陽性3)であった.さらに,本被験物質について,ラットおよびマウスを用いたUDS試験についても陽性結果との報告4)があった.

文献

1)Matsuoka A, Hayashi M, Ishidate M Jr: Chromosomal aberration tests on 29 chemicals combined with S9 mix in vitro. Mutation Res, 66: 277-290(1979).
2)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(編):「化学物質による染色体異常アトラス」朝倉書店,東京(1988)pp. 31-35.
3)清水英佑,林和夫,竹村望:ヒドラジン化合物の突然変異誘起性に関する研究,とくに発がん性との関係について.Nippon Eiseigaku Zasshi. Japanese Journal of Hygiene, 33: 474-485(1978).
4)Genotoxicity of a Variety of Hydrazine Derivatives in the Hepatocyte Primary Culture/DNA Repair Test Using Rat and Mouse Hepatocytes. Japanese Journal of Cancer Research, 79: 204-211(1988).

連絡先
試験責任者:中嶋 圓
試験担当者:仲村渠奈美子,尾伸也
永井美穂,梶原玲子,田中 仁,
益森勝志,鈴木雅也
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Madoka Nakajima(Study director)
Namiko Nakandakari, Shin-ya Ozaki,
Miho Nagai, Reiko Kajihara,
Jin Tanaka, Shoji Masumori,
Masaya Suzuki
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden , Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan
Tel +81-538-58-1266Fax +81-538-58-1393