N-(1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-p-フェニレンジアミンのラットを用いる
経口投与簡易生殖毒性試験

Preliminary Reproduction Toxicity Screening Test
of N-(1,3-Dimethylbutyl)-N'-phenyl-p-phenylenediamine by Oral Administration in Rats

要約

N-(1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-1,4-ベンゼンジアミンは,脱酸素剤やゴムの老化防止剤として使用されている化合物である.今回,OECDによる既存化学物質の安全性点検に係わる毒性調査事業の一環として,N-(1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-p-フェニレンジアミンの0(溶媒対照群),6,25および100 mg/kgを雌雄ラットの交配前14日から交配期間の2週間を通じ,さらに雄では交配期間終了後20日間,雌では妊娠期間および哺育3日まで連続経口投与し,親動物の反復投与毒性および生殖能ならびに児動物の発生・発育に及ぼす影響について検討した.

1. 反復投与毒性

100 mg/kg群の雌で死亡が1例認められた.

被験物質投与による症状として,流涎が雄の25および100 mg/kg群,雌の100 mg/kg群で観察された.体重および摂餌量には,被験物質投与の影響は認められなかった.

病理学的検査では,雌雄ともに25および100 mg/kg群で肝重量の増加が観察され,剖検所見では雌雄の100 mg/kg群で肝臓の肥大が,組織所見では雄の25および100 mg/kg群で微小な空胞変性が認められた.生殖器系には,被験物質投与に起因すると考えられる所見は雌雄ともに観察されなかった.

2. 生殖発生毒性

交尾能,受胎能および性周期に被験物質投与の影響は認められなかった.また,分娩状態にも異常は観察されなかった.

新生児の外表検査では,異常は認められず,生存性および体重変化にも被験物質投与の影響は認められなかった.哺育期間中の死亡児および哺育4日の出生児の剖検では,被験物質投与によると考えられる異常所見は観察されなかった.

以上の結果から,本試験条件下ではN-(1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-p-フェニレンジアミンの反復投与により肝重量の増加が雌雄の25 mg/kg以上の投与群で認められ,親動物に対する無影響量(NOEL)は雌雄とも6 mg/kg/dayと判断された.生殖能および次世代児に対する影響はともに100 mg/kg/day投与によっても認められず,無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.雌雄の生殖に及ぼす影響は100 mg/kg/day投与でも認められず,無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.

方法

1. 被験物質

N-(1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-p-フェニレンジアミン(精工化学(株)製造(埼玉),Lot No. 81129,純度99.40 wt%,融点49 ℃,沸点380 ℃)は暗紫褐色の粒状個体であり,使用時まで直射日光を避け,被験物質冷蔵庫に保管した.本ロットは投与期間中安定であったことを確認した.

被験物質は,瑪瑙乳鉢で粉砕後,コ-ンオイル(Lot. V8P6862,V8P7097,V9B8669,ナカライテスク(株)製造)に溶解し,1.2,5および20 mg/mLの濃度になるよう各群の投与液を調製した.調製後は投与時まで冷蔵庫で保存し,7日以内に使用した.投与液中の被験物質は1.2および80 mg/mLについて,調製後室温保存で8日間まで安定であることを確認した.

投与液の濃度確認のため全試験群について,調製開始時に調製した各群の投与液から無作為にサンプルを抽出し投与液中の被験物質濃度の分析を実施した.その結果,投与液は設定濃度の90.8〜103.0 %の範囲で調製されており,ほぼ所定量のN-(1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-p-フェニレンジアミンが含有されていることを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

試験には,日本チャールス・リバー(株)(神奈川)から購入した生後8週齢のSprague-Dawley(Crj:CD(SD), SPF)系雌雄ラットを使用した.購入した動物は7日間検疫・馴化飼育した後,10週齢で群分けして試験に用いた.群分け終了時の体重は,雄で354〜397 g,雌で217〜244 gの範囲であった.

動物は,温度24 ± 2 ℃(実測値:21.7〜25.6 ℃),湿度55 ± 10 %(実測値:36〜64 %),換気回数15回/時間,照度150〜300 lux,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に管理されたバリアシステムの飼育室でアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに1匹ずつ収容し飼育した.妊娠18日以降の母動物は哺育4日までアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに哺育トレーおよび巣作り材料(CareFRESHTM, Absorption corporation製造)を入れて飼育した.

飼料は,オリエンタル酵母工業(株)製造のNMF固型飼料(放射線滅菌飼料)を使用し,飼育期間中自由に摂取させた.飲水は,水道水を自由に摂取させた.

3. 群分け

動物は投与開始日の体重をもとに層別化し,無作為抽出法により1群当たり12匹を振り分けた.

4. 投与量,群構成,投与期間および投与方法

同一被験物質のラットにおける28日間反復経口投与毒性試験1) (投与量:0,4,20および100 mg/kg)では,20 mg/kg以上の投与群で投与直後に一過性の流涎が雌雄に,100 mg/kg群で投与初期に摂餌量の減少が雌に認められた.また,100 mg/kg群で肝臓重量の増加が雌雄に,20 mg/kg群の雌および100 mg/kg群の雌雄に肝細胞の微細空胞化が認められた.さらに,主として100 mg/kg群で尿検査,血液学および血液生化学検査のいくつかの指標に被験物質投与の影響が認められた.

これらの結果をもとに,0,6,25,100および400 mg/kgの用量で予備試験「N-(1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-1,4-ベンゼンジアミンのラットを用いる経口投与簡易生殖毒性試験−2週間投与予備試験」を実施した.その結果,雄の25 mg/kg以上,雌の100 mg/kg以上の投与群で流涎が認められ,雄の400 mg/kg群で体重増加抑制,雌雄の400 mg/kg群で投与開始初期に摂餌量の減少が認められた.また,雌雄の100 mg/kg以上の投与群で肝臓の肥大が,雄の400 mg/kg群で肝臓の淡色化が認められ,雌雄の100 mg/kg以上の投与群で肝臓重量の高値,雌の100 mg/kg以上の投与群で副腎重量の高値が認められた.

以上のことから本試験では,投与期間が予備試験の3倍以上に延長されることを考慮して明らかな毒性兆候を示すことが予想される100 mg/kg/dayを高用量とし,以下公比約4で除し,25および6 mg/kg/dayを設定した.

投与液量は,体重100 g当り0.5 mLとし,交配前および交配期間中の雌雄および妊娠期間中の雌では,最新体重に基づいて算出した.また,哺育期間中の雌は,哺育0日に測定した個体別体重に基づいて算出した.胃ゾンデを用いて毎日1回(7日/週)強制経口投与した.対照群にはコーンオイルのみを同様に投与した.

雄の投与期間は,交配前14日間と交配期間14日間および交配期間終了後20日間の連続48日間とした.雌の投与期間は,交配前14日間と交配期間中(最長14日間)ならびに交尾成立雌の妊娠期間を通じて分娩後の哺育3日まで(41〜54日間)とした.なお,交尾成立後分娩しなかった雌は妊娠25日の解剖前日までの39〜41日間とした.

5. 観察および検査

1) 一般状態

雌雄とも,全例について試験期間中毎日観察した.

2) 体重

雄では,投与1(投与開始日),8,15,22,29,36,43および49日(剖検日)に測定し,投与1から49日までの体重増加量を算出した.

雌では,投与1(投与開始日),8および15日に測定し,投与1から15日までの体重増加量を算出した.また,交尾成立後の雌は,妊娠0,7,14および21日に,分娩した雌は哺育0および4日に測定し,それぞれ妊娠0から21日および哺育0から4日までの体重増加量を算出した.

3) 摂餌量

雄では,投与1(投与開始日),8,15,22,29,36,43および48日(剖検前日)に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに投与1から15日および投与22から48日までの累積摂餌量を算出した.

雌では,投与1(投与開始日),8および15日に測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに投与1から15日までの累積摂餌量を算出した.また,交尾成立の雌は妊娠0,7,14および21日に,分娩した雌は哺育0および4日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに妊娠0から21日までの累積摂餌量を算出した.なお,交配期間中の摂餌量は測定しなかった.

4) 交配

交配前14日間の性周期観察を行った雌を同群内の雄のケージに入れ1対1で最長14日間毎晩同居させた.翌朝,腟垢中の精子確認をもって交尾が成立したとし,その日を妊娠0日とした.性周期観察は交尾成立日まで行い,発情期から次の発情期までの間の日数を性周期日数として平均性周期を算出した.また,性周期観察期間中の異常性周期(4または5日以外の性周期)発現率[(異常性周期を示す雌動物数/観察雌動物数)×100]を算出した.交配結果から,各群について交尾率[(交尾動物数/同居動物数)×100]を算出した.

5) 自然分娩時および新生児の観察

妊娠動物は全例を自然分娩させた.分娩の確認は妊娠20から25日の午前9〜10時に行い,この時間帯に分娩が完了していることを確認した個体および分娩を開始した個体については分娩完了まで待ち,その日を哺育0日とした.午前10時を過ぎて分娩を開始した個体については,翌日を哺育0日とした.分娩を確認した全例について妊娠期間(哺育0日の年月日から妊娠0日の年月日を減じた日数),受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100)],出産率[(生児出産雌数/妊娠雌数)×100],着床率[(着床痕数/妊娠黄体数)×100)],分娩率[(総出産児数/着床痕数)×100],出生率[(出産生児数/総出産児数)×100)]を算出した.妊娠25日の午前9時までに分娩の認められなかった動物は,その日に病理解剖した.これらの動物は,Salewski法により着床痕の有無を検査した.その結果,いずれも着床痕が認められなかったため,妊娠不成立と判定した.

母動物は全例哺育4日に病理解剖した.新生児は哺育0日に出産児数(生存児+死亡児)を調べ,性別を判定するとともに外表異常の有無を調べた.また,哺育0および4日に雌雄個体別の重量を測定し,1腹の雌雄別平均体重を算出した.

哺育4日の新生児の同腹児重量を測定後に新生児全例をエーテル麻酔により安楽死させ,主要器官の肉眼観察を行った.なお,哺育期間中の死亡児についても同様に主要器官の肉眼観察を行った.また,新生児の4日の生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)×100]を求めた.

6) 病理学検査

a) 剖検および器官重量

 死亡動物

剖検では器官・組織の肉眼的観察を行い,胸腺,肺,肝臓,副腎,卵巣,子宮および腟を10 vol%中性緩衝ホルマリン液で固定した.

 雄動物

48日間投与した翌日,エーテル麻酔下で放血安楽死させた.器官・組織の肉眼的観察を行った後,肝臓,副腎,精巣および精巣上体重量を測定し相対重量を算出した.また,肝臓,副腎,精嚢,前立腺および一部の動物で変化が認められた器官・組織として肺および腎臓を10 vol%中性緩衝ホルマリン液で固定した.なお,精巣および精巣上体はブアン氏液で1日固定した後,10 vol%中性緩衝ホルマリン液に固定した.

 自然分娩した雌動物

哺育4日にエーテル麻酔下で放血安楽死させた.器官・組織の肉眼的観察を行った後,肝臓および副腎重量を測定し相対重量を算出した.また,肝臓および副腎に加え卵巣,子宮,腟および一部の動物で変化が認められた器官・組織として腎臓および皮膚を10 vol%中性緩衝ホルマリン液で固定した.また,剖検時に黄体数および着床痕数を調べた.

 自然分娩の認められなかった雌動物

妊娠25日に,エーテル麻酔下で放血安楽死させた.器官・組織の肉眼的観察を行った後,肝臓,副腎,卵巣,子宮および腟を10 vol%中性緩衝ホルマリン液で固定した.

b) 病理組織学検査

 死亡動物

死亡動物(雌の100 mg/kg群の1例)の胸腺,肺,肝臓,副腎,卵巣,子宮および腟について実施した.

 雄動物

対照群と高用量群では肝臓,副腎,精巣および精巣上体について実施し,低および中用量群では肝臓について実施した.加えて,異常病変部組織として高用量群の1例の肺および低用量群の1例の腎臓についても検査した.

 自然分娩した雌動物

対照群と高用量群では肝臓,副腎および卵巣について実施した.加えて対照群の1例の腎臓および高用量群の1例の皮膚についても実施した.

 妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌

低および高用量群の各1組で肝臓,副腎,精巣,精巣上体,精嚢,前立腺,卵巣,子宮および腟について実施した.

6. 統計解析

体重,摂餌量,黄体数,着床痕数,出産児数,死産児数,性比,平均性周期,妊娠期間,着床率,分娩率,出生率,外表異常発現率,新生児の4日の生存率,器官重量および相対重量については多重比較検定2-4)を行った.

出産率,交尾率および受胎率についてはx2検定5,6)を用いた.異常性周期発現率および病理学検査の所見の発生率については,Fisherの直接確率検定法6)を用いて検定し,グレードのある所見は,-を「1」,+1を「2」,+2を「3」および+3を「4」に割り当てた後,順位和検定であるMann-WhitneyのU検定6)を用いて検定した.なお,哺育期間中の新生児に関する成績は1母体当りの平均を1標本とした.有意水準は5および1 %の両側検定で実施した.

結果

1. 反復投与毒性

1) 死亡および一般状態

死亡例が,100 mg/kg群の雌で妊娠23日の被験物質投与前に1例認められた.

主な一般状態の変化として,流涎が雄では25および100 mg/kg群,雌では100 mg/kg群で観察された.流涎は雄の25 mg/kg群では投与2週から投与終了まで2〜4例に,100 mg/kg群では投与1週は1例に,投与2週以降は4〜9例に観察された.雌の100 mg/kg群では交配前・交配期間中は投与2週に3例,妊娠期間中は散発的に1〜5例,分娩後哺育3日までは散発的に1〜3例観察された.流涎は投与直後から認められ,おおむね投与後30分には消失した.その他,雌の6 mg/kg群で頸部の外傷および痂皮が同一個体の1例に,雌の6および100 mg/kg群で脱毛が各1例に観察された.

2) 体重(Fig. 1, 2)

雌雄ともに投与期間を通じて対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.

3) 摂餌量(Fig. 3, 4)

雄では,100 mg/kg群で投与22から29日および36から43日の平均1日摂餌量が対照群に比べ有意な高値を示し,投与22から48日の累積摂餌量も有意な高値を示した.

雌では,交配前および妊娠期間は対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかったが,哺育0から4日の平均1日摂餌量が対照群に比べ有意な高値を示した.

4) 器官重量(Table 1)

雌雄とも対照群に比べ被験物質投与群で肝臓の絶対および相対重量が高値を示し,雄では絶対重量が100 mg/kg群で,相対重量が25および100 mg/kg群で有意な高値であった.雌では,絶対および相対重量ともに25 mg/kg以上の群で有意差が認められた.また,雄の100 mg/kg群で副腎の絶対および相対重量が有意な高値を示した.

5) 剖検所見

死亡した100 mg/kg群の雌1例では,所見として胸腺の萎縮および肺の赤色化が観察された.

雄では妊娠を成立させなかった6および100 mg/kg群の各1例を含め,各群12例について剖検を行った.その結果,肝臓の肥大が6,25および100 mg/kg群でそれぞれ1,2および9例に観察され,対照群に比べ100 mg/kg群で有意な発生率の増加が認められた.その他,肺の結節が100 mg/kg群で1例に,腎臓の嚢胞が6 mg/kg群で1例に観察された.

自然分娩した雌では,対照群,6,25および100 mg/kg群でそれぞれ12,11,12および10例について剖検を行った.その結果,肝臓の肥大が100 mg/kg群で7例に観察され,対照群に比べ有意な発生率の増加が認められた.その他,100 mg/kg群で副腎の肥大が1例,脱毛が1例,6 mg/kg群で卵巣の嚢胞が1例,対照群で腎臓の白色斑点が1例に観察された.

妊娠25日に剖検し,妊娠不成立と判定された6および100 mg/kg群の各1例の雌では,異常所見は認められなかった.

6) 病理組織学検査(Table 2, 3)

妊娠23日に死亡した100 mg/kg群の雌では,胸腺の萎縮,肺の鬱血,肝臓の空胞変性,子宮の内腔拡張および副腎の空胞変性が観察された.

雄では,肝臓の空胞変性が対照群,6,25および100 mg/kg群でそれぞれ1(小葉周辺性),0,2(小葉中間帯:1例,散発性:1例)および9(小葉中間帯)例に観察され,100 mg/kg群で有意な発生率の増加が認められた.その他,肝臓では細胞浸潤が3,7,1および1例に,小肉芽腫が7,6,5および7例に,リンパ球浸潤が6 mg/kg群で4例に観察された.肝臓以外では,精巣上体の細胞浸潤が対照群で5例,100 mg/kg群で2例に,副腎の球状帯空胞変性が対照群で11例,100 mg/kg群で9例にそれぞれ観察された.また,剖検所見で認められた6 mg/kgの腎臓の嚢胞は,組織学的には嚢胞と嚢胞周囲の尿細管好塩基化および線維化が観察された.

雌では,肝臓の空胞変性が対照群で2例,髄外造血が対照群で6例,100 mg/kg群で3例,細胞浸潤が100 mg/kg群で1例ならびに小肉芽腫が対照群で1例,副腎の球状帯空胞変性が対照群で3例,100 mg/kg群で1例にそれぞれ観察された.また,剖検所見で認められた対照群の腎臓の白色斑点は,組織学的には尿細管空胞変性ならびに好酸性小体が,100 mg/kg群の皮膚の脱毛は,組織学的に毛嚢の萎縮が観察された.

妊娠を成立させなかった雄では,6 mg/kg群の1例に肝臓の細胞浸潤,小肉芽腫,副腎の空胞変性が,100 mg/kg群の1例に肝臓の空胞変性がそれぞれ観察された.妊娠不成立の雌では,6 mg/kg群の1例に肝臓の小肉芽腫と子宮の内腔拡張が,100 mg/kg群の1例に子宮の内腔拡張がそれぞれ観察された.

2. 生殖発生毒性

1) 交尾および受胎能(Table 4)

交尾は,すべての群で全例成立した.受胎は,対照群および 25 mg/kg群で全例成立したが,6および100 mg/kg群の各1例は不妊であった.したがって,受胎率は対照群および25 mg/kg群でそれぞれ100 %,6および100 mg/kg群でそれぞれ91.7 %(12例中11例)であった.

性周期観察では,平均性周期に群間差は認められなかった.異常性周期を示す動物が対照群,6,25および100 mg/kg群でそれぞれ1,3,2および1例認められたが,異常性周期発現率に群間差は認められなかった.

2) 分娩および哺育(Table 5)

分娩状態に異常は観察されなかった.対照群に比べ100 mg/kg群の妊娠期間が有意な延長を示した.また,25 mg/kg群の出産児数および出産生児数が有意な減少を示したが用量に関連しない変化であった.その他の黄体数および着床痕数は各群ほぼ同様な値を示し,出産率,着床率,出生率,性比および新生児の4日の生存率に群間差は認められなかった.

3) 新生児の形態,体重および剖検所見

新生児の外表検査では,100 mg/kg群で鎖肛,内反足および索状尾が同一個体の1例に認められた.

哺育0および4日の体重では,雌雄ともに25および100 mg/kg群で対照群に比べ高値を示し,雄では哺育0日は25および100 mg/kg群で,哺育4日は25 mg/kg群で有意な高値であった.雌では哺育0および4日ともに25および100 mg/kg群で有意な高値を示した.

哺育期間中の死亡児の剖検では,胸腺頸部残留が対照群および6 mg/kg群の雄各1例,腎臓の腎盂拡大が6 mg/kg群の雄1例に認められた.

哺育4日の剖検では,胸腺頸部残留が雄の6,25 mg/kg群および雌の対照群,6 mg/kg群でそれぞれ1,2,1および1例に認められた.その他,雄では肝臓の白色斑点および奇形結節,腎臓の嚢胞,尾の黒色化が,雌では肝臓の白色斑点,腎臓の腎盂拡大および尾の黒色化が各群で単発性に認められた.

考察

1. 反復投与毒性

死亡が100 mg/kg群の雌で認められたが,病理所見からは死因を特定することができず,被験物質投与との関連は明らかではなかった.一般状態の変化として流涎が雄の25および100 mg/kg群,雌の100 mg/kg群で観察された.流涎は,28日間反復経口投与毒性試験1)においても20 mg/kg以上の投与群の雌雄で投与直後に一過性に認められており,被験物質投与の影響と考えられた.その他,観察された一般状態の変化は単発性の発生であり,被験物質とは関連のない変化と考えた.

体重には被験物質投与の影響は認められなかった.摂餌量では,100 mg/kg群の雄および同群の哺育期間の雌に増加が認められたが,体重には反映しない変化であり,一貫した変化ではないことから被験物質投与の影響とは判断しなかった.

病理学的検査では,生殖器系に対して被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかったが,先に行われた28日間反復経口投与毒性試験1)と同様のものと考えられる病変が肝臓に認められた.即ち,雌雄ともに25および100 mg/kg群で肝重量の増加が観察され,剖検所見では雌雄の100 mg/kg群で肝臓の肥大が,組織所見では雄の25および100 mg/kg群で微小な空胞変性が認められた.この微細空胞は,肝小葉の主として中間部に出現した.空胞を持つ肝細胞の核は中央に位置しOil赤O染色に陽性,ナイル青染色にも青染することから,中性脂肪と共にリン脂質等を含む脂質の存在が示唆された.一方,雄で観察された空胞変性は雌では観察されなかった.この原因については不明であるが,妊娠から授乳期にかけて雌の肝臓における薬物代謝能が,非妊娠期と比べ異なること7)に起因している可能性が示唆された.また,雄の100 mg/kg群で副腎重量が増加したが,組織所見では異常は認められなかった.その他観察された所見は,いずれも対照群と比較し発生頻度に差は認められないか,用量に関連しない発生であり,全て自然発生性の病変と考えられた.

2. 生殖発生毒性

平均性周期,異常性周期発現率,交尾率および受胎率に被験物質投与の影響は認められなかった.100 mg/kg群で妊娠期間の延長が認められたが,当施設で実施した過去3年間の経口投与簡易生殖毒性試験3試験および反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験4試験の成績(各試験の対照群:22.4〜22.7日)と比較しても差はなく,被験物質投与の影響とは判断しなかった.その他,妊娠黄体数,着床痕数,性比,哺育4日生児数,出産率,着床率,出生率および新生児の4日の生存率に被験物質投与の影響は認められなかった.100 mg/kg群で認められた新生児の外表異常は1例のみの発現であり,自然発生性の変化であると考えられた.哺育0および4日の体重が雌雄ともに25 および100 mg/kg群で高値を示したが,前述の試験の背景データ(哺育0日:雄6.3〜6.8 g,雌6.0〜6.4 g,哺育4日:雄8.6〜9.6 g,雌8.3〜9.3 g)と比較しても差はなく,毒性学的に意義のある変化とは考えなかった.哺育期間中の死亡児および哺育4日の出生児の剖検では,被験物質投与によると考えられる異常所見は観察されなかった.

以上のことから,N-(1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-p-フェニレンジアミンの反復投与により肝重量の増加が雌雄の25 mg/kg以上の投与群で認められ,親動物に対する無影響量(NOEL)は雌雄とも6 mg/kg/dayと判断された.

生殖能および次世代児に対する影響はともに100 mg/kg/day投与によっても認められず,無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.雌雄の生殖に及ぼす影響は100 mg/kg/day投与でも認められず,無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.

文献

1)大原直樹,化学物質毒性試験報告,7, 520(1999).
2)S. Gad and C. S. Weil, “Statistics and Experimental Design For Toxicologists,” Telford Press, New Jersey, 1986, pp.43-45.
3)佐野正樹,岡山佳弘,医薬安全性研究会会報,32, 21(1990).
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5)佐久間昭,“薬効評価-計画と解析-,”東京大学出版会,東京,1977, pp.109-117.
6)石居進,“生物統計学入門,”培風館,東京,1975, pp.78-107.
7)村田敏郎,“入門薬物代謝,”講談社サイエンティフィック,東京,1993, pp.130-131.

連絡先
試験責任者:田中亮太
試験担当者:森山知通,伊賀達也,山本慎二
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Ryota Tanaka(Study director)
Tomomichi Moriyama, Tatsuya Iga, Shinji Yamamoto
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan
Tel +81-538-58-1266Fax +81-538-58-1393