4,4'-イソプロピリデンビス(2,6-ジブロモフェノール)のラットを用いる
28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test
of 4,4'-Isopropylidenebis(2,6-dibromophenol) in Rats

要約

4,4'-イソプロピリデンビス(2,6-ジブロモフェノール)を0,8,40,200および1000 mg/kgの用量でSD系ラットの雌雄に28日間反復経口投与し,その毒性について検討した.対照群,200および1000 mg/kg群については14日間回復群を設けた.

死亡動物は認められなかった.

一般状態,体重,摂餌量,血液学検査,血液生化学検査,尿検査,病理学検査の結果,被験物質投与に起因すると思われる変化は認められなかった.

以上の結果から,本試験条件下における4,4'-イソプロピリデンビス(2,6-ジブロモフェノール)の無影響量(NOEL)は,雌雄いずれも1000 mg/kg/dayと判断した.

方法

1. 被験物質

4,4'-イソプロピリデンビス(2,6-ジブロモフェノール)(東ソー(株),山口,ロット番号8Y291G,純度99.5 %)は,融点182 ℃,沸点316 ℃,真比重2.2,水に難溶,アセトン,メタノールに易溶の常温で白色無臭の固体で,プラスチックス添加剤であるハロゲン系難燃剤(Fire retardants)1)の中の臭素系の代表物質として知られている.被験物質原体は室温に保存し,試験に供した.本ロットの安定性は,被験物質供給者から安定であることを保証する書類を入手し,確認した.投与液は被験物質を0.1 % Tween 80添加0.5 % CMC-Na水溶液に懸濁させ調製し,冷蔵保存した.投与液中の被験物質濃度及び8日間の安定性については,当研究所にて分析し確認した.

2. 試験動物および飼育条件

日本チャールス・リバー(株)から入手したSD系ラット(Crj:CD(SD)IGS, SPF)を,6日間検疫・馴化し,雌雄各48匹を試験に使用した.投与開始前日に体重層別化無作為抽出法により群分けした.1群の動物数は雌雄各6匹とし,対照群,200および1000 mg/kg群については雌雄各6匹の14日間回復群を設けた.投与開始時の週齢は5週齢,体重範囲は雄が150〜169 g,雌が123〜145 gであった.

検疫・馴化期間を含めた全飼育期間中,温度19〜25 ℃,相対湿度45〜64 %,換気約12回/時,照明12時間/日(7:00-19:00)に自動調節した飼育室内で,実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに1ケージあたり2匹(投与期間中)で収容し飼育した.

動物には,実験動物用固型飼料(MF:オリエンタル酵母工業(株))および5 μmのフィルター濾過後,紫外線照射した水道水を,それぞれ自由に摂取させた.

3. 投与量および投与方法

被験物質を100,500,1000および2000 mg/kgの各用量でSD系ラットに単回投与した結果,変化が認められず,0,100,500および1000 mg/kgの各用量で14日間反復経口投与した結果,一般状態,体重,血液学検査,器官重量,剖検所見に異常は認められなかった.従って,本試験では最高用量を1000 mg/kgとし,以下公比5で200,40および8 mg/kgの計4用量群を設定した.投与経路は,化審法ガイドラインに準じて経口投与とした.投与期間は28日間とし,注射筒に装着した胃ゾンデを用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は10 mL/kgとし,至近測定日の体重を基に算出した.対照群には同様に溶媒を投与した.

4. 観察および検査方法

下記の項目を検査した.なお,日と週の表記は投与開始日を第1日,第1〜7日を第1週とした.また,第29日以降を回復期間とした.

1) 一般状態,体重および摂餌量

全例について一般状態を毎日観察した.体重および摂餌量は投与開始日およびその後毎週1回測定した.摂餌量については各期間毎の1匹あたりの1日平均摂取量を算出した.

2) 血液学検査

第29日(最終投与日の翌日)および第43日(回復期間終了後)に全動物を非絶食条件下で,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で後大静脈より採血し,赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),ヘモグロビン濃度(SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500:東亞医用電子(株)),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A:オムロン(株)),網赤血球率(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000:東亞医用電子(株)),プロトロンビン時間(PT;Quick一段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT;活性化セファロプラスチン法)を血液凝固自動測定装置(KC10A:アメルング社)により測定した.また検査の結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.凝固阻止剤としてプロトロンビン時間および活性化部分トロンボプラスチン時間測定には3.2 %クエン酸三ナトリウム水溶液を,その他の項目の測定にはEDTA-2Kを使用した.

3) 血液生化学検査

採取した血液の一部を約30分間静置後3000 r.p.m.で10分間遠心分離し,得られた血清を用いてAST(GOT;JSCC改良法),ALT(GPT;JSCC改良法),gGT(SSCC改良法),ALP(JSCC改良法),総ビリルビン(BOD法),尿素窒素(Urease-GLDH法),クレアチニン(Jaff法),グルコース(GlcK-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),カルシウム(OCPC法),無機リン(PNP-XOD-POD法),ナトリウム,カリウム,クロール(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形:(株)日立製作所)により測定した.

4) 尿検査

第24日に各群雌雄6匹の新鮮尿を採取して,pH,蛋白,グルコース,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲン(試験紙法;マルティスティックス,バイエル・三共(株))を尿分析器(クリニテック100:バイエル・三共(株))により測定した.検査の結果,被験物質投与に起因すると思われる変化が認められなかったため,回復期間中の検査は実施しなかった.

5) 病理学検査

第29日(最終投与日の翌日)および第43日(回復期間終了後)の採血後に腹大動脈を切断して放血致死させ剖検した.全例の脳,心臓,肺,肝臓,腎臓,副腎,胸腺,脾臓,精巣,卵巣,子宮,精巣上体,下垂体および甲状腺の重量を測定した.

また,全例の上記器官に加え,脊髄,眼球およびハーダー腺,リンパ節(下顎・腸間膜),気管,胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸,膵臓,膀胱,精嚢,前立腺腹葉,大腿骨および骨髄,大腿筋および坐骨神経,その他肉眼的異常部位を採取し,10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液で固定し,保存した.ただし,精巣と精巣上体はブアン液で,眼球とハーダー腺はダビドソン液で固定した.

投与期間終了時に採取した対照群と1000 mg/kg群の雌雄全例の器官・組織(胸腺,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体,精嚢,卵巣)ならびに対照群を含む全動物の肉眼的異常部位は常法に従ってヘマトキシリン・エオジン(H.E)染色標本を作製し,鏡検した.検査の結果,1000 mg/kg群で被験物質に起因すると思われる変化が認められなかったため,他の用量群と回復試験動物の検査は実施しなかった.なお,肉眼的異常部位として1000 mg/kg群の雌1例の心臓を鏡検した.

6) 統計解析

計量データについてはBartlett法で等分散の検定を行い,分散が等しい場合は一元配置分散分析,分散が等しくない場合はKruskal-Wallisの検定を行った.群間に有意差が認められた場合はDunnett法またはDunnett型の多重比較検定を行った.計数データおよび病理組織所見はArmitageのx2検定を行った.有意水準は5 %とした.

結果

1. 一般状態

被験物質投与に起因すると思われる変化は認められなかった.

2. 体重(Fig. 1)

被験物質投与に起因すると思われる変化は認められなかった.

3. 摂餌量(Fig. 2)

被験物質投与に起因すると思われる変化は認められなかった.回復期間中の第36日に200 mg/kg群の雌で高値がみられたが,投与期間中に異常のみられない一過性の変化であり,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.

4. 血液学検査(Table 1)

投与期間終了時および回復期間終了時の検査で,被験物質投与に起因すると思われる変化は認められなかった.投与期間終了時に,40および1000 mg/kg群の雌で白血球百分比分葉核球比の高値がみられた.回復期間終了時に1000 mg/kg群の雌でプロトロンビン時間の低値がみられたが,軽微な変化であり,投与期間終了時にはみられないことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.

5. 血液生化学検査(Table 2)

投与期間終了時および回復期間終了時の検査で,被験物質投与に起因すると思われる変化は認められなかった.回復期間終了時にALAT(GPT)の低値が200 mg/kg群の雌で認められた.また,グルコースの高値が200 mg/kg群の雌と1000 mg/kgの雌雄に認められた.しかし,いずれの変化も投与期間終了時にはみられないことから,被験物質投与と関連のない変化と判断した.

6. 尿検査(Table 3)

投与期間中の検査で,被験物質投与に起因すると思われる変化は認められなかった.ケトン体の高値が200および1000 mg/kg群の雄で認められたが,正常範囲の変動であることから,被験物質投与と関連のない変化と判断した.

7. 器官重量(Table 4)

投与期間終了時および回復期間終了時の検査で,被験物質投与に起因すると思われる変化は認められなかった.投与期間終了時に腎臓相対重量の低値が8 mg/kg群の雌で認められた.回復期間終了時には,変化はみられなかった.本変化はその発現状況から偶発的変化と判断した.回復期間終了時に脳絶対重量の低値が200および1000 mg/kg群の雄でみられたが,いずれも軽微な変化であり,投与期間終了時には有意な差はみられないことから,被験物質投与と関連のない変化と判断した.

8. 剖検所見

被験物質に起因すると思われる変化は認められなかった.投与期間終了時および回復期間終了時解剖動物において,肺の褐色斑,腎臓の嚢胞,腎盂拡張および瘢痕,心臓の結節,脾臓の表面粗造化,胃の結節,肝臓の白色斑,精嚢の左右不対称,子宮の膨満,下垂体の腫大および副腎の白色斑が対照群あるいは被験物質投与群の雌雄で散発的に認められた.これらの変化は本系統のラットで偶発的に認められる変化であり,また発現状況に一定の傾向を欠くことから被験物質投与との関連はないと判断した.

9. 病理組織所見(Table 5)

被験物質に起因すると思われる変化は認められなかった.投与期間終了時および回復期間終了時解剖の被験物質投与群で,肺のマクロファージの集簇,限局性の炎症性細胞浸潤および骨化生,腎臓の好塩基性尿細管,硝子円柱,嚢胞,近位尿細管上皮細胞の硝子滴,限局性の線維化および間質の限局性炎症性細胞浸潤,心臓の冠動脈の拡張,脾臓の被膜炎,胃の嚢胞,肝臓の小肉芽腫,限局性肝細胞壊死,肝細胞の空胞化,子宮の腔の拡張および副腎の限局性の皮質細胞の空胞化が散見されたが,これらは本系統のラットで偶発的に認められる変化であることと,その発現状況に一定の傾向を欠くことから被験物質投与との関連はない変化と判断した.

考察

4,4'-イソプロピリデンビス(2,6-ジブロモフェノール)を0,8,40,200および1000 mg/kgの用量で雌雄のSD系ラットに28日間反復経口投与し,その毒性と回復性を検討した.血液学検査において,投与期間終了時に白血球百分比分葉核球比の高値が40および1000 mg/kg群の雌で認められた.しかし,白血球数に変化はなく,軽度の変化であったため,被験物質投与とは関連しない,偶発的な変化と判断した.また,回復期間終了時には,本変化はみられなかった.

一般状態,体重,摂餌量,血液生化学検査,尿検査,剖検,病理組織学検査の結果,被験物質投与に起因すると考えられる変化はみられなかった.

以上,雌雄いずれも1000 mg/kg群で被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.従って,本試験条件下における無影響量(NOEL)は,雌雄いずれも1000 mg/kg/dayと判断した.

文献

1)“第15類−プラスチックス添加剤,難燃剤(Fire retardants),ハロゲン系難燃剤,12093の化学商品,”化学工業日報社,東京,1993, p.947.

連絡先
試験責任者:須藤雅人
試験担当者:伊藤重美,泉孔美子,岡崎欣正,豊田直人,水嶋亜弥子,鈴木美江,石原啓子,増田久美子
(株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Masato Sudo(Study director)
Shigemi Itoh, Kumiko Izumi, Yoshimasa Okazaki, Naoto Toyota, Ayako Mizushima, Yoshie Suzuki, Keiko Ishihara, Kumiko Masuda
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255 Japan
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874