ヒドラジン一水和物のラットを用いる経口投与簡易生殖毒性試験

Preliminary Reproduction Toxicity Screening Test of Hydrazine monohydrate
by Oral Administration in Rats

要約

ヒドラジン一水和物は強い還元力を持つ反応性に富んだ無色の液体で,プラスチックおよびゴムの発泡剤,医薬,農薬などの製造用原料として用いられている.

本化合物の毒性については,経口投与によるLD50値がマウスで83 mg/kg,ラットで129 mg/kgとRTECS等で報告されているが生殖毒性に関する報告はない.

今回,ヒドラジン一水和物の2,6および18 mg/kgをCrj:CD(SD)IGS系ラットに交配前14日間および交配期間14日間を通じて経口投与し,さらに雄では交配期間終了後20日間,雌では妊娠期間を通じて分娩後の哺育3日まで連続投与し,生殖・発生に及ぼす影響について検討した.

1. 反復投与毒性

被験物質投与の影響と考えられる死亡動物が雄の18 mg/kg群で2例に観察された.投与後の一般状態の変化として,雌雄の6 mg/kg以上の投与群で流涎および雌の18 mg/kg群で流涙が観察された.

体重は,雄の18 mg/kg群で投与初期に明らかな減少を示し,摂餌量も低値を示した.その後も雄の18 mg/kg群では,被験物質投与による体重増加抑制が認められた.

病理学検査では,雄の18 mg/kg群で肝臓および腎臓,雌の6 mg/kg群で腎臓および脾臓重量が高値を示した.剖検では肝臓の淡色,組織学検査では肝臓の脂肪化および脾臓の色素沈着(中等度)が雄の6 mg/kg以上,主として18 mg/kg群の雌雄で観察された.また,雄については18 mg/kg群で心臓に対する影響も示唆された.

2. 生殖発生毒性

交尾能および受胎能に被験物質投与の影響は認められなかった.しかし,雌の18 mg/kg群では交尾後,胚・胎児に対する致死作用が認められた.

新生児の外表検査では,被験物質投与の影響と考えられる異常は認められなかった.出生児の体重変化では,6 mg/kg群で哺育4日の体重が雌雄とも低値傾向を示し,同群で新生児の4日の生存率も低値傾向を示した.

死亡児および哺育4日の剖検では,被験物質投与の影響と考えられる異常所見は認められなかった.

以上のことから,本試験条件下におけるヒドラジン一水和物の親動物に対する無影響量(NOEL)は雌雄とも2 mg/kg/dayと判断された.

生殖能に及ぼす影響として,雌では18 mg/kg/dayの投与で妊娠維持が不可能であり無影響量は6 mg/kg/dayと判断された.一方,雄の生殖能には影響は認められず無影響量は18 mg/kg/dayと判断された.

児動物の発生・発育に及ぼす影響として,6 mg/kg/dayで哺育4日の体重が低値傾向を示し,4日の生存率の低下も認められ,無影響量は2 mg/kg/dayと判断された.

方法

1. 被験物質

ヒドラジン一水和物[三菱ガス化学(株)(三重),純度100.15 %,Lot No. 10213103]は無色透明の液体であり,使用時まで密閉容器で冷暗所に保管した.残余被験物質を製造元で再分析することにより,本ロットが投与期間中安定であったことを確認した.

被験物質は注射用水((株)大塚製薬工場)に溶解し,0.2,0.6および1.8 mg/mLの濃度になるよう各群の投与液を調製した.投与液の調製は7日に1回以上行い,投与まで冷暗所に保管した.また,注射用水中の被験物質は,0.1および30 mg/mLの濃度では冷蔵(約4 ℃)保存下7日間安定であることを確認した.

投与液の濃度分析は,初回調製時および最終調製時に調製した全ての試験群の投与液について行った.その結果,基準範囲内(± 10 %以内)であった.

2. 使用動物および飼育条件

試験には,日本チャールス・リバー(株)から購入した生後8週齢のSprague-Dawley(Crj:CD(SD)IGS,SPF)系雌雄ラットを使用した.購入した動物は7日間検疫・馴化飼育した後,体重推移および一般状態に異常が認められなかったものを10週齡で群分けして試験に用いた.群分け時の体重は,雄で354〜409 g,雌で202〜242 gの範囲であった.

動物は,温度24 ± 3 ℃,湿度55 ± 20 %,換気回数15回/時間,照度150〜300 lux,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に管理されたバリアシステムの飼育室でアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに1匹ずつ収容し飼育した.妊娠18日以降の母動物は哺育4日までアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに哺育トレーおよび巣作り材料(サンフレーク,日本チャールス・リバー(株)製造)を入れて飼育した.

飼料は,オリエンタル酵母(株)製造のCRF-1固形飼料(放射線滅菌飼料)を使用し,飼育期間中自由に摂取させた.飲水は,水道水を自由に摂取させた.

3. 群分け

動物は投与開始日の体重をもとに層別化し,無作為抽出法により1群あたり12匹を振り分けた.

4. 投与量,群構成,投与期間および投与方法

本被験物質のラットを用いた急性経口毒性試験の結果を参考に,予備試験「ヒドラジン一水和物のラットを用いる簡易生殖毒性試験-2週間投与予備試験」を0,3,10,30および100 mg/kgの用量で実施した.その結果,100 mg/kg/day投与では投与5日までに雌雄とも全例が死亡あるいは瀕死状態となり,30 mg/kg/day投与でも投与期間の後半に雄で5/6例,雌で1/6例が死亡した.投与後症状としては,30 mg/kg以上の投与群で流涎,流涙,さらに体重減少,摂餌量の減少,剖検では胸腺重量の低下など明らかな毒性影響が確認された.従って,本試験では予備試験に比べ投与期間が延長されることを考慮し,18 mg/kg/dayを高用量とし,以下公比3で除し6および2 mg/kgを設定した.

投与液量は,体重100 gあたり1.0 mLとし,交配前および交配期間中の雌雄および交尾不成立の雌では,個体別に測定した最新体重に基づいて算出を行った.また,妊娠および哺育期間中の雌は,妊娠0,7,14,20および哺育0日に測定した個体別体重に基づいて算出を行った.胃ゾンデを用いて毎日1回(7日/週)強制経口投与した.対照群には注射用水のみを同様に投与した.

投与期間は,雄は交配前14日間と交配期間14日間および交配期間終了後20日間の連続48日間とした.雌は交配前14日間と交配期間中(最長14日間)および交尾成立雌は妊娠期間を通じて分娩後の哺育3日まで(40〜45日間)とした.交尾不成立の雌は交配期間終了後24日間の連続52日間とした.また,交尾後分娩しなかった雌は妊娠25日の解剖前日まで(40〜46日間)とした.

5. 観察および検査

1) 一般状態

雌雄とも,一般状態の観察は毎日行い,異常および死亡の有無を記録した.

2) 体重

雄は投与1(投与開始日),8,15,22,29,36,43および49日(剖検日)に測定し,投与1から49日までの体重増加量を算出した.

雌は投与1(投与開始日),8および15日に測定し,投与1から15日までの体重増加量を算出した.交尾が確認されなかった雌はそれ以降の投与22,29,36,43,50および53日に測定した.また,交尾が確認された雌は,妊娠0,7,14および20日に,分娩した雌は哺育0および4日(剖検日)に測定し,それぞれ妊娠0から20日および哺育0から4日までの体重増加量を算出した.死亡動物については発見時にも測定した.

3) 摂餌量

雄は投与1(投与開始日),8,15,22,29,36,43および49日(剖検日)に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに投与1から15日および投与22から49日までの累積摂餌量を算出した.

雌は投与1(投与開始日),8および15日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに投与1から15日までの累積摂餌量を算出した.交尾が確認されなかった雌はそれ以降の投与29,36,43,50および52日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出した.また,交尾が確認された雌は妊娠0,7,14および20日に,分娩した雌は哺育0および4日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに妊娠0から20日までの累積摂餌量を算出した.

なお,交配期間中の雌雄同居動物は摂餌量を測定しなかった.

4) 交配

交配は交配前14日間の性周期観察を行った雌と同群内の雄を1対1で最長2週間毎晩同居させた.交尾の確認は,毎朝,腟栓または腟垢中の精子確認により行い,交尾が確認された雌はその日を妊娠0日とした.

性周期観察は交尾確認日まで行い,発情期から次の発情期までの間の日数を性周期日数として平均性周期を算出した.また,性周期観察期間中の異常性周期(4または5日以外の性周期)発現率[(異常性周期を示す雌動物数/観察雌動物数)× 100]を算出した.

交配結果から各群について交尾率[(交尾動物数/同居動物数)× 100]を算出した.

5) 自然分娩時および新生児の観察

妊娠動物は全て自然分娩させた.自然分娩時に分娩状態の観察を行った.分娩の確認を妊娠20から25日の午前9〜10時の間に行い,この時間帯に分娩が完了していることを確認した動物および分娩を開始した動物は分娩完了まで待ち,その日を哺育0日とした.午前10時を過ぎて分娩を開始した場合は翌日を哺育0日とした.また,妊娠期間(哺育0日の年月日から妊娠0日の年月日を減じた日数),受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)× 100],出産率[(生児出産雌数/妊娠雌数)× 100],着床率[(着床痕数/妊娠黄体数)× 100],分娩率[(総出産児数/着床痕数)× 100],出生率[(出産生児数/総出産児数)× 100]を算出した.妊娠25日の午前9時までに分娩のみられない動物は病理解剖し,着床痕の認められない場合,妊娠不成立と判定した.哺育4日に母動物は病理解剖し,黄体数および着床痕数を調べ肉眼的に異常の有無を調べた.

新生児は哺育0日に出産児数(生存児 + 死亡児)を調べ,性別を判定し,性比(雄/雌)を算出するとともに,外表異常の有無を調べた.また,哺育0および4日に雌雄個体別の体重を測定し,1腹の雌雄別平均体重を算出した.哺育4日の体重測定後,エーテル麻酔下で放血安楽死させ,器官・組織の肉眼的観察を行った.死産児および哺育期間中の死亡児はブアン液に固定し,器官・組織の肉眼的観察を実施した.また,新生児の4日の生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)× 100]を算出した.

6) 病理学検査

a) 剖検および器官重量

 死亡動物

剖検では器官・組織の肉眼的観察を行い,胸腺,胃,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精嚢および前立腺を10 %中性緩衝ホルマリン液に,精巣および精巣上体をブアン液で前固定した後,10 %中性緩衝ホルマリン液に固定した.

 雄動物

48日間投与した翌日,エーテル麻酔下で放血安楽死させ,器官・組織の肉眼的観察を行った後,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣および精巣上体重量を測定した.解剖日の体重を基に器官重量・体重比(相対重量)を算出した.また,全動物について胸腺,胃,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精嚢,前立腺および肉眼で異常病変が認められた器官・組織を10 %中性緩衝ホルマリン液に,精巣および精巣上体をブアン液で前固定した後,10 %中性緩衝ホルマリン液に固定した.

 自然分娩した雌

哺育4日に,エーテル麻酔下で放血安楽死させ,器官・組織の肉眼的観察を行った後,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎および卵巣重量を測定した.解剖日の体重を基に相対重量を算出した.また,全動物について胸腺,胃,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,卵巣,子宮,腟および肉眼で異常病変が認められた器官・組織を10 vol%中性緩衝ホルマリン液に固定した.なお,剖検時に黄体数および着床痕数を調べた.

 交尾の成立しなかった雌

52日間投与の翌日,エーテル麻酔下で放血安楽死させ,器官・組織の肉眼的観察を行った後,に示した全ての固定器官を同様に固定した.

 自然分娩の認められない雌

妊娠25日に,エーテル麻酔下で放血安楽死させ,器官・組織の肉眼的観察を行った後,に示した全ての固定器官を同様に固定した.着床痕が認められない動物は妊娠不成立と判定した.

 全児死亡の認められた雌

生存児全ての死亡または喰殺が確認された日にエーテル麻酔下で放血安楽死させ,器官・組織の肉眼的観察を行った後,に示した全ての固定器官を同様に固定した.なお,剖検時に黄体数および着床痕数を調べた.

b) 病理組織学検査

 死亡動物および全児死亡動物

全固定器官について実施した.

 妊娠を成立させた雄

対照群と高用量群の各5例については全固定器官,および全群の剖検時に認められた異常病変部組織について実施した.

 自然分娩した雌

対照群と中用量群の各5例については全固定器官,および全群の剖検時に認められた異常病変部組織について実施した.

 交尾の成立しなかった雌雄

全固定器官について実施した.

 妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌

全固定器官について実施した.

また,およびについては脾臓および肝臓に被験物質投与の影響が疑われたため,全群について各5例ずつ検査を実施した.

なお,精巣についてはPAS・ヘマトキシリン染色およびヘマトキシリン・エオジン染色した後,ヘマトキシリン・エオジン染色標本で一般的病変を検査し,PAS・ヘマトキシリン染色標本で精子形成サイクル(または)を検査した1)

6. 統計解析

体重,体重増加量,摂餌量,累積摂餌量,平均性周期,黄体数,着床痕数,妊娠期間,出産児数,死産児数,性比,着床率,出生率,分娩率,外表異常発現率,新生児の4日の生存率,器官重量および相対重量については自動判別方式2)に従い,最初にBartlettの等分散検定を実施した.等分散の場合はDunnettの多重比較検定3)で対照群と各投与群間の有意差を検定した.Bartlettの等分散検定で不等分散の場合はSteelの検定4)で対照群と各投与群間の有意差を検定した.

出産率,交尾率および受胎率についてはX2検定を用いた.

異常性周期発現率,剖検所見および病理組織所見の発生率についてはFisherの直接確率検定法で検定した.

病理組織所見のうち程度の増強が認められた所見は-を「1」,+1を「2」,+2を「3」,+3を「4」に割り当ててMann-WhitneyのU検定を実施した.

有意水準はBartlettの等分散検定については5 %,その他の検定は5および1 %の両側検定で実施した.但し,供試動物数が1群につき2例以下の場合,有意差検定は行わなかった.なお,哺育期間中の出生児に関する成績は1母体当たりの平均を1標本として集計した.

結果

1. 反復投与毒性

1) 死亡および一般状態

死亡動物が雄の18 mg/kg群で投与14および39日に各1例認められた.

一般状態の変化として,雄では流涙が2,6および18 mg/kg群で各1例,流涎が6および18 mg/kgでそれぞれ1および8例に観察された.さらに,削痩が18 mg/kg群で1例に観察された.また,死亡動物の1例には顔面から両前肢に渡り腫脹が観察され,死亡する3時間前からは瀕死状態に関連したと考えられる不整呼吸も認められていた.

その他,軟便が2,6および18 mg/kg群でそれぞれ2,3および1例,脱毛が2,6および18 mg/kg群でそれぞれ2,2および1例,痂皮が2 mg/kg群で2例に観察されたが,発現頻度から自然発生性の変化と判断した.

雌では投与期間を通じて,流涙が2,6および18 mg/kg群でそれぞれ2,5および6例,流涎が6および18 mg/kg群でそれぞれ2および7例に観察された.特に妊娠期間では腟口出血が6および18 mg/kg群で1および11例,貧血,自発運動低下および粘液便が18 mg/kg群で1例に観察された.また,18 mg/kg群では哺育0日に全児死亡動物が2例に観察された.

被験物質投与群で多く認められた症状の中で,流涙は雌の18 mg/kg群では数日あるいは連日観察されたが,他の投与群では投与期間中に1,2回の発現であった.流涎は投与7日を過ぎた頃から観察され始め,用量に関連して発現時間が継続していた.雌の妊娠期間に認められた腟口出血は,6 mg/kg群では妊娠14日のみの単発的な発現であり偶発的な変化であったが,18 mg/kg群では多数例で妊娠13日頃から数日に渡って発現が継続していた.

その他,外傷が対照群で1例,軟便が2 mg/kg群で1例,脱毛が対照群および18 mg/kg群で1および4例,痂皮が対照群および18 mg/kg群で各1例,眼分泌物が18 mg/kg群で1例に観察されたが,発現頻度から自然発生性の変化と判断した.

2) 体重(Fig. 1, 2)

雄では,対照群に比べ18 mg/kg群で投与8日以降36日まで低値が,投与43および49日には有意差は認められないものの低値傾向が認められ,投与1から49日の体重増加量も低値を示した.

雌では,対照群に比べ18 mg/kg群で妊娠20日に低値が認められ,妊娠0から20日の体重増加量も低値を示した.

3) 摂餌量(Fig. 3, 4)

雄では,対照群に比べ18 mg/kg群で投与1から8日の平均1日摂餌量が低値,投与8から15日の平均1日摂餌量には有意差は認められないものの低値傾向が認められ,投与1から15日間の累積摂餌量も低値を示した.

雌では対照群に比べ18 mg/kg群で妊娠14から20日の平均1日摂餌量が低値を示した.

4) 器官重量(Table 1)

雄では,対照群に比べ2 mg/kg群では肝臓および腎臓の相対重量が低値,18 mg/kg群では胸腺の実重量が低値,肝臓,腎臓および精巣の相対重量が高値を示した.

雌では,対照群に比べ2 mg/kg群で腎臓の相対重量,6 mg/kg群で脾臓および腎臓の実重量および相対重量がいずれも高値を示した.

なお,雌雄とも,2 mg/kg群では相対重量のみの変化であり,実重量には明らかな差が認められていないことから,偶発的な変化と考え明らかな被験物質投与による影響とは判断しなかった.雄の18 mg/kg群で認められた胸腺重量の低値および精巣相対重量の高値については,体重の低値に起因した変化と考えられた.

5) 剖検所見

18 mg/kg群で雄の2例に認められた死亡動物の剖検では,心臓の結節,脾臓の小型化,胸水,肝臓の肥大および皮下組織の浮腫が1例に,肺の赤色化が2例に観察された.

計画解剖した雄では,心臓の肥大が18 mg/kg群で1例,肝臓の淡色化が6および18 mg/kg群でそれぞれ1および2例,肝臓の赤色斑/区域が18 mg/kg群で3例に観察された.その他,肝臓の褐色斑/区域,精巣(右側)および精巣上体(右側)の小型化,甲状腺の肥大および皮膚の脱毛が観察されたが,対照群でも認められた所見あるいは発生数に用量相関性を伴わない自然発生性の所見であった.

対照群および2 mg/kg群で1および2例に認められた妊娠を成立させなかった雄では,精巣(両側)の小型化が全例に,肝臓の赤色斑/区域および精巣上体の小型化が2 mg/kg群の1例に観察された.

対照群,2および6 mg/kg群の哺育4日に計画解剖した雌では,肝臓の白色斑/区域,腎臓の嚢胞,皮膚の脱毛および尾の欠落が用量相関性を伴わず単発性に観察された.

交尾の成立しなかった2 mg/kg群の雌雄各1例では,異常所見は観察されなかった.

自然分娩の認められなかった18 mg/kg群の10例では,胸腺の萎縮が3例,肝臓の淡色化が6例,子宮の内容物赤色および腟の内容物赤色が各2例に観察された.その他,肝臓の赤色斑/区域および白色斑/区域,腎臓の瘢痕,子宮の内腔拡張および皮膚の脱毛が単発性に観察された.

対照群で1例および2 mg/kg群で2例に認められた妊娠不成立の雌では,肝臓の肝横隔膜結節および子宮の内腔拡張が2 mg/kg群のそれぞれ1例に観察された.

全児死亡の認められた18 mg/kg群の2例では,肝臓の白色斑/区域が2例に観察された.また,肝臓の淡色化および褐色斑/区域が各1例に観察された.

6) 組織所見(Table 2)

18 mg/kg群の死亡動物では,心臓の血栓,心筋変性,心内膜肥厚および線維化,脾臓の白脾髄萎縮および色素沈着(中等度),胸腺の萎縮および核崩壊,皮膚の浮腫が1例,前立腺のリンパ球浸潤が1例に観察された.なお,剖検で肝臓の肥大が観察されたが,組織検査では異常所見は観察されなかった.

全児死亡の認められた雌の2例では,脾臓の色素沈着(中等度),肝臓の梗塞,肝臓の中間帯性脂肪化および子宮の分娩後病変が全例,子宮の胎盤遺残および腎臓のリンパ球浸潤が1例に観察された.

妊娠25日剖検で妊娠の確認された18 mg/kg群の10例では,脾臓の色素沈着(中等度)および子宮の妊娠変化が全例,子宮の胎盤遺残が5例,胸腺の萎縮が2例,肝臓の中間帯性脂肪化,巣状壊死および小肉芽腫がそれぞれ9,2および3例,腎臓の近位尿細管脂肪化および瘢痕,腟の出血および内腔拡張,皮膚の毛嚢萎縮が各1例に観察された.

妊娠を成立させた雄では,脾臓の色素沈着(軽度または中等度)が対照群,2,6および18 mg/kg群でそれぞれ3,5,5および5例に観察された.特に6および18 mg/kg群では中等度の病変がそれぞれ1および5例に認められ,対照群に比べ18 mg/kg群で有意な発現数であった.さらに,肝臓の周辺性脂肪化が6および18 mg/kg群でそれぞれ1および2例,肝臓の小肉芽腫が対照群,2,6および18 mg/kg群でそれぞれ2,3,1および1例に観察された.その他,脾臓の髄外造血,腎臓の尿細管好塩基化,硝子円柱および近位尿細管硝子滴沈着,精巣の精細管萎縮および間細胞増生,精巣上体の無精子,前立腺のリンパ球浸潤,副腎の空胞変性,甲状腺のリンパ球浸潤および濾胞細胞増生および皮膚の毛嚢萎縮が用量相関性を示すことなく,単発性あるいは散発性に観察された.また,肉眼所見の異常病変(心臓の肥大)に相当して心臓の心筋肥大および細胞浸潤が18 mg/kg群で1例に観察された.

自然分娩した雌では,肝臓の梗塞および中間帯性脂肪化が6 mg/kg群の1例に観察された.その他,脾臓の色素沈着(軽度)および髄外造血,肝臓の小肉芽腫および髄外造血,腎臓の嚢胞,子宮の分娩後病変,皮膚の毛嚢萎縮および尾の壊疽が用量に関係なく,単発性あるいは散発性に観察された.

交尾が確認されなかった雌雄では,脾臓の色素沈着(軽度)が雌雄に,肝臓の小肉芽腫および副腎の空胞変性が雄に観察された.生殖器系には異常所見は認められなかった.

対照群で1組および2 mg/kg群で2組に認められた妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌では,雌雄全例に脾臓の色素沈着(軽度)が観察された.また,雄では精巣の精細管萎縮が全例,精巣の間細胞増生が2 mg/kg群で2例,精巣上体の無精子が両群で各1例,精子減少が2 mg/kg群で1例,前立腺のリンパ球浸潤が両群で各1例に観察された.雌では子宮の内腔拡張が両群で各1例に観察された.他には,肝臓の小肉芽腫が雌雄,肝臓の肝横隔膜結節,腎臓のリンパ球浸潤が雌で単発性あるいは散発性に観察された.

対照群および18 mg/kg群の妊娠を成立させた雄各5例の精巣についてステージの精細管の精上皮細胞数を測定した結果,精祖細胞(type A),プレレプトテン期精母細胞,パキテン期精母細胞,円形精子細胞およびセルトリ細胞数はいずれも対照群と同程度であった.なお,2 mg/kg群の交尾が確認されなかった雄における精上皮細胞数は妊娠を成立させた雄の精上皮細胞数と差がみられなかった.妊娠を成立させなかった3例の雄は組織学的に精巣の精細管が萎縮しており,精子サイクルの測定は不可能であった.

2. 生殖発生毒性

1) 交尾および受胎能(Table 3)

交尾は2 mg/kg群の1組で確認されず,交尾率は91.7 %,他の群ではいずれも100 %であった.受胎は対照群および2 mg/kg群で1および2例が成立せず,受胎率はそれぞれ91.7および81.8 %,他の群ではいずれも100 %であった.

性周期観察では,異常性周期(4または5日以外の性周期)を示す動物が2および18 mg/kg群で1および3例認められたが,異常性周期発現率に差は認められず,平均性周期にも対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.

2) 分娩および哺育(Table 4)

18 mg/kg群では妊娠24および25日に各1例で分娩が確認されたが,いずれも認められた胎児3および2例は全て喰殺されており,平均妊娠期間は24.5日,出産率および出生率はともに0 %となった.また,18 mg/kg群の着床率は69.2 %,分娩率は27.4 %であった.その他の投与群では分娩状態に異常は認められなかった.

対照群に比べ6 mg/kg群で新生児の4日の生存率が低値を示した.

3) 新生児の形態,体重および剖検所見

新生児の外表検査では,屈曲尾が6 mg/kg群の雄で1例に認められた.

体重変化では,哺育0日には対照群と2および6 mg/kg群で差は認められなかったが,哺育4日では6 mg/kg群で雌雄ともに低値傾向を示した.

哺育期間中の死亡児の剖検では,腎盂拡張が対照群の雄で1例,肝臓の形態異常および胸腺頸部残留が6 mg/kg群の同一個体の雌1例で認められた.

哺育4日の剖検では,足底の赤色斑/区域が6 mg/kg群の雄で2例,雌で8例に観察され,雌では有意に発現数が増加した.その他,腎盂拡張,尿管拡張,外傷,痂皮および屈曲尾が雌の対照群および雌雄の6 mg/kg群で単発性あるいは少数例に観察された.

考察

1. 反復投与毒性

雄の18 mg/kg群で観察された2例の死亡動物は,いずれも被験物質投与の影響と考えられた.死亡動物の1例には,剖検時に心臓の結節が観察され,それに伴う組織所見として心臓の血栓,心筋変性,心内膜肥厚および線維化が観察された.さらに,死亡する数日前から一般状態の変化として腫脹(組織検査の結果,皮下組織の浮腫)が次第に広範囲に広がり,剖検時に胸水が観察されていることを考慮すると,死因として循環障害が疑われた.

一般状態の変化として観察された症状では,雌の18 mg/kg群での流涙および雌雄の6および18 mg/kg群での流涎が,発現頻度および継続時間から被験物質投与の影響と考えられた.さらに,18 mg/kg群ではいずれも1例ずつではあるが雄で削痩,雌で貧血,自発運動低下および粘液便が観察され,被験物質投与による動物の衰弱を示唆する変化と考えられた.また,雌の18 mg/kg群で12例中11例に妊娠期間中に観察された腟口出血は,解剖時の子宮の状況から死亡胚等に関連した変化と考えられた.

体重では,雄の18 mg/kg群で投与開始以降低値が認められ,投与期間中の体重増加量も低値を示した.特に投与15日までは体重減少が認められ,明らかな被験物質投与による体重増加抑制と考えられた.一方,雌の18 mg/kg群では妊娠20日の体重および妊娠期間中の体重増加量の低値が認められたが,この群では正常に胎児が発育していなかったことから,被験物質投与の影響による体重低値とは判断しなかった.

摂餌量では,雄の18 mg/kg群で投与初期の2週間に低値が認められ,被験物質投与の影響と考えられた.雌の18 mg/kg群では妊娠後期に低値が認められたものの,被験物質投与の影響か判断できなかった.体重および摂餌量の変化から,本被験物質は雄に対して投与直後から2週後頃までに強く影響を及ぼすと考えられた.

病理学検査では,肝臓,腎臓および脾臓で被験物質投与の影響が示唆された.すなわち,器官重量の変化として,雄の18 mg/kg群で肝臓および腎臓の相対重量が高値,雌の6 mg/kg群で脾臓および腎臓重量が高値を示した.なお,肝臓および腎臓重量の高値は,28日反復投与毒性試験でも10 mg/kg以上の投与で雌雄に認められている.肝臓については,剖検時に雄の6 mg/kg群および雌雄の18 mg/kg群で淡色が観察され,組織所見としては脂肪化(雄; 周辺性,雌; 中間帯性)が認められた.さらに,雌の18 mg/kg群で肝臓の巣状壊死,雌の6および18 mg/kg群で肝臓の梗塞が観察され,被験物質の肝臓に対する影響が示唆された.腎臓については,剖検では被験物質投与の影響と考えられる所見は認められなかった.組織検査では,雌の18 mg/kg群で腎臓の近位尿細管における脂肪化が1例に認められたのみであるが,肝臓の脂肪化同様に被験物質投与の影響と考えられた.脾臓については,剖検で雄の死亡動物に小型化が認められたのみであった.しかし,組織検査では雄の6 mg/kg群および雌雄の18 mg/kg群で脾臓の色素沈着(中等度)が観察された.対照群に比べ程度の増強が認められ,28日反復投与試験でも観察されていることから,溶血性貧血を示唆する被験物質投与の影響と考えられた.雌の6 mg/kg群では脾臓に対する特異的な所見は認められないものの,脾臓重量の高値は何らかの被験物質投与による影響と判断した.

また,雄の18 mg/kg群では剖検時に心臓の肥大が1例ではあるが観察され,組織所見として細胞浸潤および心筋肥大が認められた.死亡動物に観察された心臓の変化を考慮すると,被験物質の心臓に対する影響が示唆された.

なお,脾臓の白脾髄萎縮,胸腺の核崩壊および萎縮が死亡動物または雌の18 mg/kg群に観察された.これらの所見は被験物質投与の負荷による衰弱に起因した2次的な変化と考えられた.その他,観察された剖検および組織所見は自然発生性の変化と考えられた.

対照群および18 mg/kg群の精巣について実施した精子形成サイクルにおける精細管の精上皮細胞数を測定したところ,被験物質投与の影響は認められなかった.

以上のことから,ヒドラジン一水和物の6 mg/kg/day以上の投与により投与後症状として雌雄ともに流涎が観察され,雄の18 mg/kg/day投与では体重増加抑制および摂餌量の低下が認められた.病理学検査では肝臓および脾臓に対しては雌雄の6 mg/kg/day以上で,腎臓に対しては雌の6 mg/kg/day以上および雄の18 mg/kg/dayで影響が認められた.従って,本試験条件下におけるヒドラジン一水和物の親動物に対する無影響量は雌雄とも2 mg/kg/dayと判断された.

2. 生殖発生毒性

平均性周期,交尾能および受胎能に被験物質投与の影響は認められなかった.異常性周期が2および18 mg/kg群で1および3例に観察された.2 mg/kg群の1例および18 mg/kg群の1例については発情休止期が10日程度続いており偽妊娠と考えられた.18 mg/kg群の残りの2例については,6あるいは7日の周期が認められたが,ともに性周期観察期間中に1回のみ認められた異常周期であることから明らかな被験物質投与の影響とは判断できなかった.交尾の確認されなかった2 mg/kg群の雌雄については,病理学検査で特異的な変化は認められず,その原因は明らかにできなかった.

分娩時観察では,対照群,2および6 mg/kg群では正常に分娩し異常は認められなかった.18 mg/kg群では妊娠24および25日にそれぞれ1例で喰殺児が確認されたためその日を分娩日とし,且つこれらの動物は全児死亡動物とした.他の18 mg/kg群の母動物では分娩は認められなかったが,妊娠25日の剖検で子宮に着床痕あるいは内容物が認められ妊娠していたことが確認された(子宮の組織検査では,胎盤遺残および妊娠変化が観察された).一般状態の変化として18 mg/kg群で観察された腟口出血を考慮すると,被験物質投与による胚致死作用が疑われた.これらの理由から,18 mg/kg群で分娩確認された2母体ではいずれも生存児として娩出されなかった可能性が高く,そのために喰殺されたものと推察された.

対照群および2 mg/kg群で妊娠不成立と判定された雌雄の動物について,病理学検査では雌動物に原因を示唆する所見は認められなかった.一方,雄では,肉眼所見で両側の精巣の小型化が全例,精巣上体の小型化が2 mg/kg群の1例に観察され,組織学検査では精巣の精細管萎縮,精巣上体の精子減少あるいは無精子が観察されたことから,これらが妊娠不成立の原因となったと考えられた.しかし,対照群および2 mg/kg群での発現であることから妊娠不成立は被験物質投与に関連のない現象と判断した.

新生児の外表検査では,6 mg/kg群で屈曲尾が観察されたが,1例のみの発現であることから被験物質投与の影響とは考えなかった.また,6 mg/kg群で哺育4日の雌雄体重が低値傾向を示し,生後4日の生存率も低値を示していることから,被験物質投与による発育抑制が疑われた.

死亡児の剖検では,被験物質投与に起因すると考えられる異常は認められなかった.哺育4日の剖検では,6 mg/kg群の雌で足底の赤色斑/区域の発現数が有意に増加したが,原因は不明であり被験物質投与との関連性は判断できなかった.

その他,妊娠黄体数および着床数に被験物質投与の影響は認められず,生存胎児の観察された6 mg/kg群までは出産児数,出産生児数,性比および出産率にも影響は認められなかった.

以上のことから,生殖能に及ぼす影響として,雌ではヒドラジン一水和物の18 mg/kg/dayの投与では妊娠維持が不可能であり無影響量は6 mg/kg/dayと判断された.一方,雄の生殖能には影響は認められず無影響量は18 mg/kg/dayと判断された.

児動物の発生・発育に及ぼす影響として,ヒドラジン一水和物の6 mg/kg/dayで体重増加抑制傾向および生存率の低下が認められ,無影響量は2 mg/kg/dayと判断された.

文献

1)高橋道人,"精巣毒性評価のための精細管アトラス,"ソフトサイエンス社,東京,1994, pp.15-20.
2)K. Kobayashi,産業衛生学雑誌,42, 125(2000).
3)M. Yoshida,J. Japanese Soc. Comp. Stat., 1, 111(1988).
4)R. G. D. Steel, Biometrics, 15, 560(1959).

連絡先
試験責任者:伊藤圭一
試験担当者:森山知通,伊賀達也,安井雄三
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜582-2
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Correspondence
Authors:Keiichi Ito(Study director)
Tomomichi Moriyama, Tatsuya Iga, Yuzo Yasui
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan
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