ヒドラジン一水和物のラットを用いる単回経口投与毒性試験
Single Dose Oral Toxicity Test of Hydrazine monohydrate in Rats
要約
ヒドラジン一水和物は,強い還元力を持ち反応性に富んだ化合物であり,プラスチックおよびゴムの発泡剤,医薬,農薬などの製造原料として用いられている.ヒドラジン一水和物をCD(SD)IGS系雌雄ラットに0,100,130,169,220および286 mg/kgを単回強制経口投与した.
死亡例は雄の169 mg/kg群で2例,220 mg/kg群で1例および286 mg/kg群で3例に認められた.雌では169 mg/kg群で2例,220および286 mg/kg群では全例であった.なお,死亡例はいずれも観察第1日に認められた.一般状態では観察第1日に自発運動低下,歩行異常,流涎,腹臥位,側臥位,および被毛の汚れが,観察第2日には自発運動低下,歩行異常,被毛の汚れがみられた.観察第3日以降では削痩,被毛の汚れ,色素涙,歩行異常および自発運動低下がみられた.体重は投与後7日に100 mg/kg群以上の雌雄で低値を示した.投与14日では生存動物に体重増加がみられ回復傾向を示したが,286 mg/kg群の雄では低値を示した.
剖検では,死亡例に肺の赤色斑/区域あるいは鼻からの出血および腺胃の黒色斑/区域が認められた.
LD50値(95 %信頼限界)は雄では262(165〜903)mg/kgであり,雌で169〜220 mg/kgの間にあると推定された.
方法
1. 被験物質および投与液の調製
ヒドラジン一水和物[三菱ガス化学(株)(三重),純度100.15 %,Lot No. 10213103]は無色液体であり,使用時まで密封容器で室温の被験物質保管庫に保管した.試験終了後,残余被験物質を提供元で再分析し,被験物質が試験期間中安定であることを確認した.
投与液の調製においては,被験物質を注射用水((株)大塚製薬工場)に溶解して10.0,13.0,16.9,22.0および28.6 mg/mLの濃度の各投与液を調製した.調製は投与直前に行った.投与液中の被験物質濃度を調製後速やかに測定した結果,適切に調製されていたことが確認された.
2. 投与量の設定および投与方法
本試験に先立って実施した予備試験において30,100および200 mg/kgを投与した結果,200 mg/kg群の雌雄で3例中2例が死亡した.この結果から本試験の用量は雌雄ともに100 mg/kgを低用量として公比約1.3により286 mg/kgを高用量とする用量を設定した.さらに雌雄それぞれに対照群を設置した.投与容量は体重100 g当たり1.0 mLとし,個体別に測定した体重に基づいて投与液量を算出した.投与回数は1回とし,投与前約16時間絶食させた動物に胃ゾンデを用いて強制経口投与した.なお,対照群には注射用水のみを投与した.給餌は,被験物質投与後約3時間に行った.
3. 供試動物および飼育方法
5週齢のCrj:CD(SD)IGS系ラット(SPF)雌雄各36匹を日本チャールス・リバー(株)から購入した.動物は検収後,試験環境への馴化のために1週間予備飼育し,6週齢に達した時点で投与した.動物は,温度23.4〜24.3 ℃,湿度51〜67 %,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に制御された飼育室で,ステンレス製網目飼育ケージに5匹ずつ収容して飼育した.動物には,オリエンタル酵母工業(株)製造の固型飼料MF(Lot No. 010205)および水道水を自由に摂取させた.
4. 群構成
動物はあらかじめ体重を基に層別化し,無作為抽出法により雌雄ともに各群5匹ずつを振り分けた.投与時の体重は,雄が151〜173 g,雌が126〜145 gであった.
5. 観察および検査
中毒症状および生死の観察は,投与6時間までは1時間毎に,投与翌日からは1日1〜2回,投与日を観察第1日として14日間にわたって実施した.体重は投与直前,投与後7および14日に測定した.観察期間中の死亡例は死亡発見時に,生存動物は観察終了時にエーテル麻酔後放血死させ解剖した.
6. 統計解析
半数致死量(LD50)を雄ではProbitの方法によって求めた.雌では推定される致死量の用量(mg/kg)範囲を示した.
結果
1. 死亡率およびLD50値(Table 1)
雄では169 mg/kg群で2例,220 mg/kg群で1例および286 mg/kg群で3例が,雌では169 mg/kg群で2例,220および286 mg/kg群でいずれも5例が死亡した.死亡例はいずれも観察第1日に認められた.
LD50値(95 %信頼限界)は雄では262(165〜903)mg/kgであり,雌では169〜220 mg/kgの間にあった.
2. 一般状態
観察第1日には自発運動低下が雌雄ともすべての投与群で認められた.歩行異常が雄では130 mg/kg以上の群,雌の220 mg/kg群を除く投与群で認められた.流涎および腹臥位が雌雄の169 mg/kg以上の群で認められた.側臥位が雌の220 mg/kg群および雌雄の286 mg/kg群で認められた.被毛の汚れが雌の130 mg/kg群および雌雄の169 mg/kg群で認められた.
観察第2日には自発運動低下が雌雄の130および169 mg/kg群,雄の220および286 mg/kg群で認められた.歩行異常が雄の286 mg/kg群で認められた.被毛の汚れが雄の169および286 mg/kg群,雌の130および169 mg/kg群で認められた.
観察第3日以降には削痩が雄の220および286 mg/kg群で認められた.さらに,被毛の汚れが雌の169 mg/kg群および雄の286 mg/kg群で認められた.また,色素涙,歩行異常および自発運動低下が雄の286 mg/kg群で認められた.
3. 体重
投与後7日に実施した体重測定の結果,100,130および169 mg/kg群の雌雄,220および286 mg/kg群の雄において対照群に比較して低値を示した.投与後14日の測定では286 mg/kg群の雄が対照群に比較して低値を示した.
4. 病理所見
死亡例の剖検所見として肺の赤色斑/区域あるいは鼻からの出血が169 mg/kg群の雌雄2例,220 mg/kg群の雄1例,雌3例および286 mg/kg群の雄3例,雌5例にそれぞれ認められた.また,腺胃の黒色斑/区域が169 mg/kg群の雄1例,220 mg/kg群の雌1例および286 mg/kg群の雌1例に認められた.なお,観察期間終了時の剖検では100,130および169 mg/kg群の雌雄,220および286 mg/kg群の雄の生存動物において異常所見は認められなかった.
考察
ヒドラジン一水和物の100,130,169,220および286 mg/kgを6週齢のCrj:CD(SD)IGS系ラットの雌雄に単回経口投与し,投与後14日間観察した.死亡例は雌雄とも169 mg/kg以上の投与群でいずれも観察第1日に認められた.ヒドラジン一水和物の雄におけるLD50値(95 %信頼限界)は262(165〜903)mg/kgであり,雌では169〜220 mg/kgの間にあった.
一般状態の主な異常所見は観察第1日に集中しており,自発運動低下が雌雄の100 mg/kg以上の群で,歩行異常が雄の130 mg/kg以上の群および雌の220 mg/kgを除く投与群で認められた.また群によっては流涎,腹臥位,側臥位および被毛の汚れが認められた.観察第3日以降は生存動物において削痩が220および286 mg/kg群の雄で認められ,後述する体重増加抑制と連動するものと考えられた.
体重では,投与後7日に100,130および169 mg/kg群の雌雄,220および286 mg/kg群の雄において低値を示し,体重増加抑制が認められたが,投与後14日では,いずれの生存動物とも体重の増加がみられ,回復傾向を示した.しかし,286 mg/kg群の雄では対照群に比較して低値を示しており回復が遅延した.
肉眼所見では,死亡例で肺の赤色斑/区域が多数みられ,この動物の多くに鼻出血が認められた.また,腺胃の黒色斑/区域が169 mg/kg群の雄,220 mg/kg群の雌および286 mg/kg群の雌の各1例に認められた.なお,観察期間終了時の各投与群の生存動物に異常所見は認められなかった.
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| Authors: | Nobuaki Watari(Study director) Mayumi Hobo |
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