ラットは1群雌雄各5匹で対照群を含む4群,さらに対照群および高用量群には雌雄各5匹の回復群を設け,計60匹を使用した.
トリイソブチレンは,コーン油に溶解し,0,30,150および750 mg/kgを毎日1回,4週間連続経口投与し,一般状態の観察,体重測定,摂餌量測定,血液生学的検査,血液凝固能検査,血液生化学的検査,尿検査,器官重量測定および病理学的検査を行った.なお,回復期間は2週間とし,投与終了時と同様な検査を実施した.
その結果は,次のとおりである.
一般状態の観察では,雌雄の750 mg/kg群で少数例に流涎が認められたが,投与前の一過性の発現であることから,被験物質の直接的影響とは判断されなかった.
体重および摂餌量には,雌雄とも被験物質投与による影響が認められなかった.
血液学的検査の結果,雌の150および750 mg/kg群で赤血球数が僅かに低値を示し,さらに雌の750 mg/kg群でプロトロンビン時間が僅かに短縮した.
血液生化学検査の結果,750 mg/kg群の雌雄でアルブミンが高値を示し,さらに雄でクレアチニンの高値が,雌でGOTの低値が認められた.
尿検査の結果,雌雄の750 mg/kg群で尿量の増加,尿比重の低値が認められた.
器官重量測定の結果,雄の150 mg/kg群および雌雄の750 mg/kg群で肝臓の実重量または相対重量の高値が認められ,さらに雄の150および750 mg/kg群で腎臓の実重量または相対重量の高値が,雌の750 mg/kg群で脾臓の実重量および相対重量の低値が認められた.
病理学的検査の結果,発生率の上から被験物質投与によると示唆される病変は,剖検所見では雌雄の750 mg/kg群の全例に見られた肝臓の肥大と雄の150 mg/kg群の5例中1例と750 mg/kg群の全例に見られた腎臓の肥大と淡色化であった.また,組織学的所見では雌雄150および750 mg/kg群で肝細胞腫脹が,雄のすべての投与群で腎臓の好酸性小体の出現が観察された.これらの変化はいずれも可逆的な変化と考えられた.
以上の結果,中毒量は雌雄とも150 mg/kg,無影響量は雌雄とも30 mg/kgと判断された.
動物を検収後,試験環境に9日間馴化させた後,6週齢で投与を開始した.動物はあらかじめ体重によって層別化し,無作為抽出法により各試験群を構成するように群分けした.動物の識別は,個別飼育ケージに動物標識番号(Animal ID-No.) を付すことにより行った.投与開始時の体重は雄で130〜141 g,雌で113〜127 gであった.
(株)東京技研サービス(東京都府中市)の水洗式飼育機(W 674.2×D 48.0×H 175.5 cm)を使用し,金属製前面・床網目飼育ケージ(W 20.0×D 28.2×H 18.0 cm,飼育ケージ・スペース 10,152cm^3)に動物を1匹ずつ収容し,オリエンタル酵母工業(株)(東京都中央区)製造の放射線滅菌改良NIH公開ラット・マウス飼料および水道水を自由に摂取させた.飼育ケージは隔週1回,給餌器は週1回取り換えた.
なお,動物の馴化期間を含め,投与および回復期間中,データの信頼性に影響を及ぼしたと思われる環境要因の変化はなかった.
採血するに当り,動物は約16時間絶食させた.動物をエーテルで麻酔後開腹し,腹部大動脈から採血した.
a.血液学的検査
検査にはEDTA-3Kを添加した初血を用いた.
白血球数(WBC:暗視野板法),赤血球数(RBC:暗視野板法),ヘモグロビン量(HGB:シアンメトヘモグロビン法),ヘマトクリット値(HCT:全赤血球の容積より補正),平均赤血球容積(MCV:RBC, HCTより算出),平均赤血球血色素量(MCH:HGB, RBCより算出),平均赤血球血色素濃度(MCHC:HGB, HCTより算出),血小板数(PLT:暗視野板法)および白血球百分率(フローサイトケミストリー法)を血液自動分析装置THMS H6000(米国テクニコン社)を用いて測定した.
網赤血球(RC)率算定用に,全血をキャピロット(テルモ(株),東京都渋谷区)で染色後,血液塗抹標本を作製し保管した.
また,クエン酸ソーダ添加血液の血漿について,プロトロンビン時間(Quick 1 段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(クロット法)およびフィブリノーゲン量(トロンビン時間法)を血液凝固自動測定装置 KC-40(独国 Amelung社)を用いて測定した.
b. 血液生化学検査
血清を用いて,総蛋白(ビューレット法),アルブミン(B.C.G.法),A/G比(計算 値),血糖(グルコースオキシダーゼ法),中性脂肪(酵素法),総コレステロール(酵素法),尿素窒素(BUN:ウレアーゼ改良法),総ビリルビン(ジアゾ色素法),カルシウム(アルセナゾ�型Я破 法ぬ亀.螢鵝淵皀螢屮妊鷸瀬▲鵐皀縫Ε猖 法ぅ淵肇螢Ε燹陛填頬 法ぅ�リウム(電極法)および塩素(電極法)をEKTACHEM 700N(米国コダック社)で,クレアチニン(アルカリ性ピクリン酸比色法),グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ(GOT:Karmen改良法),グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ(GPT:Karmen改良法),γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GTP:Szasz改法)およびアルカリホスファターゼ(ALP:Bessey-Lowry-Brock改良法)をCentrifiChem ENCORE�供癖胴颯戞璽�ー社)で測定した.
c.尿検査
血液学検査に先立ち,採尿器を用いて24時間(午前10時から翌日午前10時まで)尿を採取し,尿量,色調および濁度を検査後,尿比重計UR-S((株)アタゴ,東京都板橋区)を用いて尿比重を測定した.また,尿を遠心分離後Sternheimer変法により沈渣を染色し,鏡検した.
pH,潜血,ケトン体,糖,蛋白,ビリルビンおよびウロビリノーゲンについて,N-マルティスティックスSG試験紙(マイルス・三共(株),東京都中央区)およびCLINITEK200(米国マイルス社)を用いて測定した.
病理組織学検査は固定した器官・組織のうち,対照群と高用量群の心臓,肝臓,脾臓,腎臓および副腎について行った.常法に従って薄切標本を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色し鏡検した.
なお,用量相関性については,Jonckheereの傾向検定を用いて有意差を検定した.
有意水準は5および1%の片側検定で実施した
回復期間中では回復1週に雌の750 mg/kg群の1例に流涎が認められたが,2週には消失した.その他,雌雄いずれの群にも異常動物は観察されなかった.なお,流涎はいずれも投与直前に認められ,投与後は消失した.
雌では,150および750 mg/kg群で対照群に比較して,赤血球数が僅かに低値を示した.
雌では,750 mg/kg群で対照群に比較して,血小板数が高値を示したが,むしろ対照群の値が低値によるための有意差であった.
雌では,750 mg/kg群で対照群に比較してプロトロンビン時間が僅かに短縮を示した.
雌では,750 mg/kg群で対照群に比較して,アルブミンが高値を示し,GOTが低値を示した.
雌では,750 mg/kg群で対照群に比較して肝臓重量が高値を示し,脾臓重量が低値を示した.その他,30 mg/kg群で脾臓重量が低値であったが,用量相関性のない変化であった.
雌では,750 mg/kg群で対照群に比較して肝臓相対重量が高値を示し,脾臓相対重量が低値を示した.その他,30 mg/kg群でも脾臓相対重量が低値を示したが,用量相関性のない変化であった.
その他の病変として,リンパ節の肥大,肺の有色斑/区域,胸水および肝臓の有色斑/区域が各群に単発性あるいは少数例に発生した.
回復試験終了時の剖検において,被験物質投与によると示唆される病変は認められず,腎臓の瘢痕が雄の750 mg/kg群に1例観察されたのみであった.
なお,一般状態の観察で流涎が認められた雄の750 mg/kg群の2例の唾液腺では,組織学的に異常は認められなかった.
回復試験終了時の計画屠殺動物では投与終了時の動物で組織学的に認められた,肝細胞腫脹は対照群および 750 mg/kg群でそれぞれ雄で0および3例,雌で0および1例,腎臓の好酸性小体出現は,雄のみに対照群および 750 mg/kg群で各2例認められ,また,750 mg/kg群3例には腎臓の皮質境界部に尿細管上皮の好酸性小体ないし壊死が見られた.さらに,腎尿細管の好塩基化が対照群および 750 mg/kg群でそれぞれ雄で0および5例,雌で0および4例に認められた.
なお,その他対照群を含め雌雄で観察された主な所見は,肝臓の脂肪化および肉芽巣であった.上記以外に観察された所見はごく僅かか,単発性の発生に止まった.
一般状態の観察で,投与4週に雌雄の750 mg/kg群の少数例に流涎が認められた.これらはいずれも投与前の一過性の発現であること,雄では投与中止とともに発生がなく,雌でも回復1週のみの発生であったことなどから,被験物質の直接的影響とは考えられなかった.
体重は,摂餌量には雌雄いずれの投与群も,被験物質投与の影響は認められなかった.
なお,雌雄の750 mg/kg群では回復期間中の体重増加量に低値が認められたが,軽微であり,週毎の比較では差がなく被験物質投与とそれに続く投与休止に関連した変化か否か明確ではなかった.
血液学的検査の結果,雌の150および750 mg/kg群で赤血球数の僅かな低値が認められ,さらに雌の750 mg/kg群ではプロトロンビン時間が僅かに短縮した.雌に認められたこれらの変化はいずれも軽微であり,雄には認められていないことから,本被験物質は本質的な血液毒性を有しないと推察される.
血液生化学検査の結果,750 mg/kg 群の雌雄でアルブミンの高値が認められ,さらに雄でクレアチニンの高値が,雌でGOTの低値が認められた.いずれの変化も生理的変動の範囲を僅かに外れた程度であり,肝臓および腎臓との関連が示唆されるものの,他の関連検査項目に変化が認められないこともあり,これらの器官の機能を含めた障害の程度は強くないと推察される.
尿検査の結果,雌雄の750 mg/kg群で明確な尿量の増加,尿比重の低値が認められた.
器官重量測定の結果,雄の150 mg/kg群および雌雄の750 mg/kg群で肝臓の実重量または相対重量の高値が認められ,さらに雄では150および750 mg/kg群で腎臓の実重量または相対重量の高値が,雌では750 mg/kg群で脾臓の実重量および相対重量の低値が認められた.
病理学的検査の結果,被験物質投与の影響が示唆される剖検所見として,肝臓の肥大が雌雄の750 mg/kg群で全例に観察され,腎臓の肥大と淡色化が雄の750 mg/kg群全例と150 mg/kg群の1例にみられた.組織学的に,肝臓では雌雄ともに肝細胞腫脹が150 mg/kg以上の群で,雄の腎臓では好酸性小体の出現例数あるいは程度が150 mg/kg以上の群で増加した.一方,回復群では肝臓および腎臓に肉眼的な異常は認められず,組織学的にも肝細胞腫脹は,750 mg/kg 群の雄で3例,雌で1例,腎臓の好酸性小体出現は750 mg/kg群の雄で2例と,いずれの病変も減少(回復)がみられた.しかし,雄の腎臓では皮質境界部に尿細管上皮の好酸性小体ないし壊死を示す例が750 mg/kg群の3例に認められ,好酸性小体の出現に引き続くものと考えられた.その他の組織学的所見では,腎臓の好塩基化が投与終了時の雄の150および750 mg/kg群でやや発生数が増加した.さらに回復群の投与群でも腎臓の好塩基化が雄で5例,雌で4例と高い発生を示した.しかし,投与終了時の雌の投与群ではむしろ少ない発生を示していること,自然発生病変同様1ネフロン単位でみられる軽いものであったことなどから,被験物質投与による直接的な障害ではなく再生的な変化と考えられた.また,一般状態の観察で流涎が認められた750 mg/kg群の雄2例の唾液腺には肉眼的かつ組織学的異常は認められなかった.
以上の結果より,本被験物質の標的器官は肝臓および腎臓と考えられ,回復群では発生数あるいは程度が減少しており可逆性の傾向を示す障害と考えられた.中毒量は雌雄とも150 mg/kg ,無影響量は雌雄とも被験物質投与に起因した明確な変化が認められなかった30 mg/kgと判断された
| 1) | 大森義仁編,“化審法毒性試験法の解説改訂版,”化学工業日報社,1992. |
| 2) | 吉村 功編,“毒性・薬効データの統計解析,”サイエンティスト社,1987. |
| 3) | A. Jonckheere,Bionetrika , 41, 133-145,(1954). |
| 連絡先 | |||
| 試験責任者: | 井上博之 | ||
| 試験担当者: | 各務 進,庄子明徳,渡 修明,小林和雄,山本慎二 | ||
| (財)食品農医薬品安全性評価センター | |||
| 〒437-12 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜 582-2 | |||
| Tel 0538-58-1266 | Fax 0538-58-1393 | ||
| Correspondence | |||
| Authors: | Hiroyuki Inoue (Study director), Susumu Kakamu, Akinori Syoji, Nobuaki Watari, Kazuo Kobayashi, Shinzi Yamamoto | ||
| Biosafety Rearch Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-Pyo Center) | |||
| 582-2 Shioshinden Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-12, Japan | |||
| Tel +81-538-58-1266 | Fax +81-538-58-1393 | ||