ジシクロペンタジエンのラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity
Screening Test of Dicyclopentadiene by Oral Administration in Rats

要約

ジシクロペンタジエンを4,20および100 mg/kg/dayの用量でSD系ラット(Crj:CD)の雌雄に交配前14日から交配を経て雄は計44日間,雌は妊娠,分娩を経て哺育3日まで経口投与し,反復投与毒性および生殖発生毒性について検討した.

1.反復投与毒性

 100 mg/kg群において,雌雄ともに体重増加抑制の傾向および摂餌量減少が認められ,雌の2例が死亡した.病理検査では,肝臓の重量増加と単細胞壊死,腎臓の重量増加および尿細管上皮の硝子滴の増加と好塩基性変化が雄で,副腎束状帯の脂肪滴の増加が雌雄で認められた.また,雄の血液生化学検査では,GOTおよびGPTの上昇が認められた.雄では20および4 mg/kg群の腎臓および20 mg/kg群の副腎においても同様な組織変化が認められた.雄の血液学検査では被験物質の影響は認められなかった.

2.生殖発生毒性

 親動物の検査において,交尾率,受胎率,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率,分娩率および分娩には被験物質の影響は認められなかった.哺育期間の観察では,100 mg/kg群で母動物2例の全新生児が死亡した.新生児の検査において,100 mg/kg群で4日生存率が低下した.さらに,体重がやや小さく,体重増加量も若干抑制されていた.出産児数,出産生児数,性比,出生率,外表,一般状態および剖検においては被験物質の影響は認められなかった.

 以上の結果より,ジシクロペンタジエンの反復投与毒性に関する無影響量は雄が4 mg/kg/day未満,雌が20 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物に対して雄が100 mg/kg/day,雌が20 mg/kg/day,児動物に対しては20 mg/kg/dayと考えられる.

方法

1.被験物質

 ジシクロペンタジエン(日本ゼオン,Lot No. D93028,純度94.65 %)は,エーテル,エタノールに可溶で,水には不溶の樟脳様の臭いがする無色の液体である.被験物質は室温で保管し,試験期間中安定であることが製造者により確認された.

2.試験動物および飼育条件

 日本チャールス・リバー(株)より入手した雌雄のSD系ラット(Crj:CD)を6日間検疫・馴化後,試験に供した.投与開始前日に体重別層化無作為抽出法により,1群につき雌雄各10匹を振り分けた.投与開始時の週齢は雌雄とも8週齢,体重範囲は雄が304〜339 g,雌が186〜227 gであった.

 検疫・馴化期間を含めた全飼育期間中,温度20〜25℃,湿度40〜70 %R.H.,換気約12回/時,照明12時間/日(7:00〜19:00)に自動調節された飼育室を使用した.動物は実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー)を敷いたポリカーボネート製ケージに,1ケージあたり投与開始後は1匹,交配期間中は雌雄各1匹,哺育期間は1腹で収容し, 飼育した.

 動物には,オートクレーブ滅菌した実験動物用固型飼料(CRF-1:オリエンタル酵母工業)および5 μmのフィルター濾過後,紫外線照射した水道水をそれぞれ自由摂取させた.

3.投与量および投与方法

 SD系ラットを用いて10日間の反復投与試験(用量:0,30,100,300 mg/kg)を行った結果,300 mg/kg群で死亡,100 mg/kg群で体重増加抑制が認められた.従って,本試験では高用量を100 mg/kgとし,以下公比5で中用量を20 mg/kg,低用量を4 mg/kgとした.この他に溶媒のみを投与する対照群を設けた.

 投与期間は,雌雄とも交配前14日間,交配期間中,および雄は計画殺前日までの計44日間,雌は交尾成立後分娩を経て哺育3日までとし,オリーブ油に溶解させた被験物質を,胃管を用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は5 ml/kgとし,至近測定日の体重を基に算出した.投与液は調製後投与に供するまで冷暗所に保存した.また,投与開始前に投与液の安定性および濃度を確認した.

4.反復投与毒性に関する観察・検査

1)一般状態

 全例について生死および外観・行動等を毎日観察した.死亡動物は発見後速やかに剖検した.

2)体重および摂餌量

 体重は,雄については投与開始日およびその後週1回,雌については投与開始日および交尾成立までは週1回,交尾成立後は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に測定した(交尾確認日を妊娠0日,分娩確認日を哺育0日とする).摂餌量は,交配期間を除き体重測定日に測定した.

3)雄の血液学検査

 雄の全生存動物について,解剖日の前日より約21時間絶食させ,チオペンタールナトリウム(ラボナール:田辺製薬)の腹腔内投与による麻酔下で後大静脈より採取した血液の一部をEDTA-2Kにより凝固阻止し,赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),ヘモグロビン濃度(SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500:東亞医用電子),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A:立石電機),網状赤血球数(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000:東亞医用電子)により測定した.また,検査結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.

4)雄の血液生化学検査

 雄の全生存動物について,解剖日に採取した血液を室温で約30分間放置した後,3000 r.p.m.(2050 G)で10分間遠心分離し,得られた血清について,GOT(SSCC改良法),GPT(SSCC改良法),ALP(GSCC改良法),γ-GTP(SSCC改良法),尿素窒素(Urease-GLDH法),グルコース(GK-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),クレアチニン(Jaff法),総ビリルビン(Jendrassik改良法),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),カルシウム(O-CPC法),無機リン(UV法),ナトリウム,カリウム,クロライド(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形:日立製作所)により測定した.

5)病理検査

 雌雄とも最終投与日の翌日に,全生存動物についてチオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈切断により放血致死させ剖検し,胸腺,肝臓,腎臓,精巣,精巣上体および死亡動物で腫大が認められた副腎の重量を測定した.また,これらの器官に加えて,脳,心臓,脾臓および卵巣を採取し,10%リン酸緩衝中性ホルマリン液(精巣および精巣上体はブアン液)にて固定後保存した.雌雄とも対照および100 mg/kg群の脳,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣および精巣上体について,常法に従いヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し, 鏡検した.その結果,雄の肝臓および腎臓,雌雄の副腎に被験物質による変化が認められたため,20および4 mg/kg群のこれらの器官についても検査を行った.途中死亡した100 mg/kg群の雌2例については,自己融解が著しかった脳を除く上記器官の他,胸腺,肺,胃および卵巣を検査した.また,未交尾および非妊娠雌の卵巣,剖検時に異常が認められた 20 mg/kg群の雄2例の精巣,雌1例の皮下結節についても検査した.なお,一部の例の副腎については,オイルレッドO染色を実施した.

5.生殖発生毒性に関する観察・検査

1)生殖機能

 交配前14日間の投与終了後,各群内で雄1匹対雌1匹の交配対を最長7日間昼夜同居させ,毎日午前中に雌の膣垢を採取し,ギムザ染色して鏡検した.膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし,その日を妊娠0日とした.交尾した対は雌雄を分離し,以後の検査に供した.なお,100 mg/kg群の雄2例については,それぞれ同居相手の雌が死亡したため,交配は行わなかった.これらの結果から,交尾所要日数(交配後,交尾成立までに要した日数),交尾が成立するまでに逸した発情期の回数,交尾率([交尾動物数/同居動物数]×100),受胎率([受胎動物数/交尾動物数]×100)を算出した.

2)分娩・哺育状態

 交尾が確認された雌については全例を自然分娩させ,分娩状態を観察した.午前9時の時点で分娩が終了している動物を当該日分娩とし,その日を哺育0日とした.その後,新生児を生後4日(哺育4日)まで哺育させ,一般状態,授乳,営巣,食殺の有無等の哺育状態を毎日観察した.

 哺育4日の解剖時に卵巣,子宮を摘出して黄体数および着床数を検査した.交尾確認後25日を経ても分娩しない雌は剖検し,肉眼的に着床が認められない動物の子宮については,2%KOH水溶液に浸漬し,着床の有無を確認した.これらの結果から,妊娠期間(妊娠0日から出産が確認された日までの期間),出産率([生児出産雌数/受胎雌数]×100),着床率([着床数/黄体数]×100),分娩率([総出産児数/着床数]×100)を算出した.

3)新生児の観察・検査

(1)新生児の観察

 哺育0日に出産児数,出産生児数,死産児数,性別および外表異常の有無を検査した.その後,一般状態,死亡の有無を毎日観察した.死亡動物は食殺等で検査に耐えないものを除き,10 %リン酸緩衝中性ホルマリン液に浸漬・固定後,実体顕微鏡下で剖検した.哺育0および4日の生存児数から出生率([出産生児数/総出産児数]×100),4日生存率([哺育4日生児数/出産生児数]×100)を算出した.

(2)体重

 哺育0日および4日に1腹毎に雌雄単位でまとめて測定し,それぞれの平均値を算出した.また,哺育0日の体重を基準に体重増加量を算出した.

3)剖検

 全ての生存児について哺育4日に口腔を含む外表を検査した後,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で開腹し,腹大動脈切断により放血致死させ剖検した.

6.統計解析

 計量データはBartlett法による等分散性の検定を行い,分散が一様の場合は一元配置分散分析を,一様でない場合はKruskal-Wallisの検定を行った.群間に有意な差が認められた場合で各群の例数が一定ならばDunnett法またはDunnett型,不定ならばScheff法またはScheff型により多重比較を行った.ただし,下記 * 印の項目については,Kruskal-Wallisの検定から行った.計数データはFisherの直接確率法により検定した.有意水準は5 %以下とした.新生児に関するデータについては,各母動物毎に算出した平均値を統計単位とした.以下に検定の対象となる項目を示す.

1)多重比較検定

 体重,摂餌量,血液学検査,血液生化学検査,器官重量,交尾所要日数*,交尾成立までに逸した発情期の回数*,妊娠期間*,黄体数,着床数,着床率*,分娩率*,新生児数,出生率*,4日生存率*

2)Fisherの直接確率法

 交尾率,受胎率,出産率,性比(雄/雌)

結果

1.反復投与毒性

1)死亡動物

 100 mg/kg群の雌2例が投開始後3日および15日に死亡した.その他に死亡は認められなかった.

2)一般状態

 投与直後の一過性の流涎が100 mg/kg群で投与開始後8日以降,雌雄の半数以上に認められた.本所見は一部の動物では継続して観察されたが,ほとんどは断続的なものであった.20および4 mg/kg群の雄でも観察されたが,少数例に散見されたのみであった.死亡例の一般状態には変化が認められなかった.その他,偶発性と考えられる所見として,乳腺の皮下結節が20 mg/kg群の雌1例に認められた.

3)体重(Fig. 1,2)

 100 mg/kg群において,雄の投与後期の体重,雌の妊娠期間および哺育期間の体重増加量が, 有意差は認められなかったものの若干低値を示し,体重増加抑制の傾向が認められた.

4)摂餌量(Fig. 3,4)

 100 mg/kg群において,雌雄とも投与開始後7日間の摂餌量に減少が認められた.また,雌の哺育期間の摂餌量も有意差は認められなかったものの,若干低値を示した.

5)雄の血液学検査(Table 1)

 赤血球数およびヘマトクリット値の減少が 20 mg/kg以上の群で,ヘモグロビン濃度の減少が100 mg/kg群で認められたが,いずれも生理的変動範囲内の値であったことから,偶発的な変化と判断した.

6)雄の血液生化学検査(Table 2)

 GOTおよびGPTの上昇が100 mg/kg群で認められた.その他,4 mg/kg群のカルシウムが有意な低値を示したが,用量との関連がないことから偶発的な変化と考えられる.

7)器官重量(Table 3)

 雄において,20 mg/kg以上の群の腎臓および100 mg/kg群の肝臓で実重量および対体重比の増加が認められた.雌では,いずれの器官においても対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.なお, 20 mg/kg群の1例の肝臓および腎臓重量が顕著な増加を示したが,組織検査から偶発病変と判断されたため,集計から除外した.

8)剖検所見(Table 4)

 計画解剖動物において,被験物質に起因する変化として,肝臓の腫大,腎臓の褪色と多発性灰白色点および副腎の腫大が,いずれも100 mg/kg群の雄に認められた.なお,肝臓の腫大は 20 mg/kg群の雄1例でも認められたが,組織検査から偶発病変と判断した.その他,腎臓の腫大および多発性嚢胞,精巣の萎縮,脾臓の腫大,皮下結節が認められたが,用量との関連はなく偶発病変と判断した.

 死亡した100 mg/kg群の雌の2例に認められた主要所見は,肺のうっ血,副腎の腫大,胸腺の出血,胃粘膜面の出血であった.

9)組織所見(Table 5)

 計画解剖動物では,被験物質に起因する変化が雄の肝臓および腎臓,雌雄の副腎に認められた.

 肝臓では単細胞壊死が100 mg/kg群の雄に認められた.壊死に陥り好酸性を示す肝細胞が,肝小葉内に散在性に認められた.

 腎臓では尿細管上皮の硝子滴の増加が4 mg/kg以上の群の雄に認められた.さらに,20 mg/kg以上の群には尿細管上皮の好塩基性変化が認められ,有糸分裂像も散見された.

 副腎では束状帯における大小の脂肪滴の増加が20 mg/kg以上の群の雄および100 mg/kg群の雌に認められた.

 その他に認められた組織変化については,いずれも少数例であり,その発現状況から非特異的な偶発病変と考えられた.なお,未交尾および非妊娠雌の卵巣には組織変化は認められなかった.また,20 mg/kg群の雄1例の腫大した肝臓には多房性胆嚢性のう胞が認められ,腫大の原因と考えられたが,本所見は100 mg/kg群では認められなかったことから,被験物質とは関連のない変化と判断した.

 死亡した雌の2例に共通してみられた所見は,肝臓のうっ血,うっ血性肺水腫,副腎束状帯の出血を伴う壊死およびうっ血,胸腺のうっ血およびリンパ球の核崩壊であった.また, 1例に胃粘膜の出血,肝臓の小葉中間帯の出血を伴う壊死,肺の出血および胸腺の水腫性肥厚,脾臓の萎縮およびリンパ球の核崩壊が認められた.

2.生殖発生毒性

1)生殖機能(Table 6)

 未交尾動物は20 mg/kg群で1対認められたのみで,交尾率に被験物質の影響は認められなかった.非妊娠動物が対照,4, 20および100 mg/kg群でそれぞれ1,1,4,1例認められ,受胎率が20 mg/kg群で低値を示したが,用量との関連がなかったことから偶発的なものと考えられる.また,各群ともほとんどの雌が交配開始後4日以内に発情期を示して交尾し,交尾所要日数および交尾成立までに逸した発情期の回数ともに有意な差は認められなかった.

2)分娩・哺育状態(Table 7)

 非分娩動物が4 mg/kg群で1例認められたが,その他の母動物については各群いずれも正常な分娩を示し,妊娠期間,出産率,黄体数,着床数,着床率および分娩率には,対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.なお,非分娩動物には,剖検で子宮内に着床痕のみが観察された.

 哺育期間の観察において,100 mg/kg群の母動物2例で哺育1日に全新生児死亡が観察された.これらのうち1例では新生児への授乳が認められず,いずれの母動物も哺育1日には多数の新生児を食殺していた.その他の母動物には異常は認められなかった.

3)新生児に及ぼす影響

(1)生存率(Table 7)

 100 mg/kg群で哺育4日の生存児数および4日生存率に有意な低下が認められた.これは,100 mg/kg群では2腹の新生児全例が死亡したことに加えて, 他の腹でも生後の死亡が散見されたことに起因したものであった.出産児数,出産生児数,出生率および性比には対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.

(2)新生児の観察

 外表異常については,無尾が20 mg/kg群で1例観察されたのみであった.生後の一般状態には各群とも異常は認められなかった.

(3)体重(Table 7)

100 mg/kg群において,哺育0日および4日の体重,ならびにその間の体重増加量が,有意差は認められなかったものの,雌雄とも若干低値を示した.

(4)剖検

 生存動物では,肝横隔膜面結節が4 mg/kg群で1例,腎盂拡張および胸腺頸部残留が 20 mg/kg群で各1例に認められた.また,死亡動物では,顎下の浮腫が対照群で1例,腎盂拡張が100 mg/kg群で1例観察された.いずれも極少数の発現であったことから,被験物質に起因したものではないと判断した.

考察

1.反復投与毒性

 被験物質の反復投与による影響として,100 mg/kg群で雌雄とも体重増加抑制の傾向および摂餌量減少が認められ,雌では2例が死亡した.死亡例には諸臓器にうっ血あるいは出血が認められた.全身臓器のうっ血は被験物質の毒性変化として報告されていることから1) ,これらの動物は循環障害を引き起こして死亡したものと推察された.

 肝臓への影響として,肝臓重量の増加および組織変化が100 mg/kg群の雄で認められた.肝臓の単細胞壊死は細胞障害性の変化であり2, 3),血液生化学検査において認められたGOTおよびGPTの上昇も被験物質による肝細胞への障害を裏付けるものと考えられる.

 腎臓への影響として,組織変化が4 mg/kg以上の群で,また腎臓重量の増加が20 mg/kg以上の群で雄のみに認められた.腎臓の尿細管上皮に認められた硝子滴の増加は雄ラットに特異的な変化であり,炭化水素化合物の投与により生じることが知られている4, 5).硝子滴が過剰に沈着すると上皮は変性・壊死・脱落を生じ,その反応として好塩基性の再生性上皮が出現する4, 5).本試験においても,これと同様の一連の変化が認められたことから,他の炭化水素化合物と同様の現象が生じたものと考えられる.本変化は低用量の4 mg/kg群でも認められたが,血液生化学検査においては100 mg/kg群でも腎機能障害を示す変化は認められなかった.なお,被験物質は吸入暴露でも雄の腎臓に同様な変化を起こし1, 6),その変化は投与中止により回復することが報告されている6).また,雄ラットの尿細管上皮への硝子滴の沈着については,投与物質あるいはその代謝物がα2u-グロブリンと結合し,ライソゾームの加水分解に対し抵抗性が大きい硝子滴を形成するためと解釈されているが7, 8),雌ラットおよび他の動物では発現しないこと,またヒトではこの低分子蛋白はみられないことなどから,ヒトの腎臓への影響との関連は否定的である9).

 その他,副腎束状帯の脂肪滴の増加が 20 mg/kg以上の群の雄,100 mg/kg群の雌で認められた.本変化は束状帯細胞への直接作用あるいはステロイド合成阻害作用により生じるものであるが10, 11),本試験では細胞障害像あるいは本変化と関係すると思われる血液生化学検査値の変動は認められておらず,毒性学的意義は不明であった.

 投与直後の一過性の流涎が,全被験物質投与群の雄および100 mg/kg群の雌で観察されたが,ほとんどは断続的で経時的な増強もみられなかったことから,被験物質が有する刺激性1) あるいは物理的性状に起因したもので,毒性学的意義に乏しい変化と判断した.

2.生殖発生毒性

 親動物の検査において,交尾率,受胎率,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率,分娩率には,被験物質の影響は認められなかった.また,分娩にも異常は認められなかった.よって,被験物質による親動物の生殖機能および分娩への影響はないと考えられる.一方,哺育期間の観察において,100 mg/kg群の母動物2例で全新生児死亡が観察された.いずれも多数の新生児を食殺しており,さらに1例では新生児への授乳も認められなかったことから,被験物質により哺育機能に何らかの障害を来した可能性が考えられる.

 新生児の検査において,出産児数,出産生児数,性比および出生率には被験物質の影響は認められなかったが,100 mg/kg群では4日生存率の低下が認められ,さらに低体重および体重増加抑制の傾向が認められた.4日生存率の低下については,全新生児が死亡した以外の腹でも死亡児が散見されたことから,母動物の哺育機能障害に加えて,新生児側の要因である可能性も考えられる.一般状態,外表検査および剖検では被験物質に起因する変化は認められなかった.

 以上のように,本試験では反復投与による影響として,4 mg/kg以上の群で雄の腎臓に,また 20 mg/kg以上の群で雄の副腎に組織変化が認められた.さらに,100 mg/kg群では雌雄の体重増加抑制傾向と摂餌量減少,雌の死亡,雄の肝臓および雌の副腎に組織変化が認められた.生殖・発生に及ぼす影響として,親動物の生殖機能および分娩には異常は認められなかったが,100 mg/kg群で母動物の哺育機能および新生児の発育への影響を示唆する変化が認められた.従って,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雄が4 mg/kg/day未満,雌が20 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物に対して雄が100 mg/kg/day,雌が20 mg/kg/day,児動物に対しては20 mg/kg/dayと考えられる.

文献

1)E.R. Kinkead et al.,Toxicol.Appl.Pharmacol., 20, 552-561(1971).
2)C. Gopinath et al., "Atlas of experimental toxicological pathology," MTP Press Limited, Lancaster, 1987, pp.43-60.
3)榎本 眞, 赤崎兼義, "毒性病理学," ソフトサイエンス社, 東京, 1987, pp. 109-159.
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10)榎本眞, 赤崎兼義, "毒性病理学," ソフトサイエンス社, 東京, 1987, pp. 211-224.
11)C. Gopinath et al., "Atlas of experimental toxicological pathology," MTP Press Limited, Lancaster, 1987, pp. 104-108.

連絡先
試験責任者:松浦郁夫
試験担当者:岩井真弓,土谷 稔,涌生ゆみ,豊田直人,高野克代
(株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所
〒 314-02 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Ikuo Matsuura (Study director)
Mayumi Iwai, Minoru Tsuchitani,
Yumi Wako, Naoto Toyota, Katsuyo Takano
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-02 Japan
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874