以上の結果から, 3,4-ジクロロ-1-ブテンのラットへの反復投与により,肝臓および腎臓に対する影響が認められ,無影響量は雄2mg/kg/day,雌10 mg/kg/dayと推定された.
(1) 一般状態観察
投与期間中毎日,動物の生死,外観,行動等について観察した.
(2) 体重および摂餌量測定
体重の測定は,投与開始日 (投与開始直前)およびその後は7日間隔で行い,さらに最終投与日および屠殺日に測定した.ただし,雌の妊娠後は,妊娠0,7,14および20日,ならびに哺育0および4日に測定した.摂餌量は,体重測定日に合わせて,翌日までの24時間の飼料消費量を測定した.雌の哺育4日の摂餌量は,前日からの24時間消費量を測定した.
(3) 交配および分娩状態観察
投与 14日の午後に,雄のケージに同一群内の雌を入れて1対1の対を作り,交尾が確認されるまで(5日間で全例の交尾を確認),連続同居させた.交尾の確認は毎朝一定時刻(9:30分頃)に行い,膣栓形成あるいは膣垢中に精子が確認された日を妊娠0日とした.分娩状態の観察も同じ時刻に行い,1腹ごとに全例の出産が確認された日を哺育0日とした.交配および分娩の観察結果から,各群について交尾率[(交尾成立動物数/同居動物数)×100],受胎率[(受胎雌数/交尾成立雌数)×100]および出産率[(生児出産雌数/生存妊娠雌数)×100]ならびに分娩の確認された例について妊娠期間(妊娠0日から分娩が確認された日までの期間)を算定した.
(4) 雄の臨床病理学検査
尿検査:投与開始 38あるいは40日に,ラットを代謝ケージに約3時間収容して採尿し,外観の観察ならびにpH,潜血,タンパク,糖,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲン[以上,マイルス・三共(株),マルティスティックス]および沈渣(URI-CELL液で染色,ケンブリッジケミカルプロダクト社)を検査した.
血液学検査:供試血液の採取は,投与期間終了翌日における屠殺剖検時に行った.動物は採血前日の午後 5時より除餌し,水のみを給与した.採取した血液は3分割し,その一部はEDTA-2Kで凝固防止処理し,多項目自動血球計数装置[東亜医用電子(株),E-4000]により,赤血球数(電気抵抗検出方式),血色素量(ラウリル硫酸ナトリウム-ヘモグロビン法),ヘマトクリット値(パルス検出方式),平均赤血球容積,平均赤血球血色素量,平均赤血球血色素濃度(以上,計算値),白血球数および血小板数(以上,電気抵抗検出方式)を,Evelyn-Malloy法の変法1)によりメトヘモグロビン濃度を,また塗抹標本を作製して網状赤血球数(Brilliant cresyl blue染色)および白血球百分率(May-Giemsa染色)を測定した.さらに一部は3.8%クエン酸ナトリウム液で処理して血漿を得,血液凝固自動測定装置(アメルング社,KC-10A)により,プロトロンビン時間(Quick一段法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(エラジン酸活性化法)を測定した.
血液生化学検査:採取した血液の一部から血清を分離し,生化学自動分析装置
[日本電子(株),JCA-VX-1000型クリナライザー]により,総タンパク(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(計算値),グルコース,トリグリセライド,総コレステロール(以上,酵素法),総ビリルビン(Jendrassik法),尿素窒素(Urease-UV法),クレアチニン(Jaff
法),GOT,GPT,γ-GTP,LDH(以上,SSCC法),アルカリホスファターゼ(GSCC法),コリンエステラーゼ(BTC-DTNB法),カルシウム(OCPC法)および無機リン(酵素法)を,また電解質自動分析装置[東亜電波工業(株),NAKL-1]により,ナトリウム,カリウムおよび塩素を測定した.
(5) 病理学検査
瀕死動物は発見後速やかに,雄の計画屠殺動物は採血に続いて,また雌の計画屠殺動物は哺育 4日の観察終了後に,分娩予定日を過ぎても分娩が認められない雌については分娩予定の4日後に,いずれもエーテル麻酔下で放血屠殺して剖検し,脳,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,胸腺ならびに雄についてはさらに精巣,精巣上体を秤量した.雌については,卵巣の黄体数および子宮の着床数を調べ,着床率[(着床数/黄体数)×100]を算定した.病理組織学検査は,採取した器官を10%中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣,精巣上体のみブアン液)で固定後,対照群および50 mg/kg群の全例,ならびに他の群の妊娠の成立しなかった対の脳,下垂体,眼球,甲状腺(上皮小体を含む),胸腺,心臓,肺,肝臓,腎臓,副腎,脾臓,胃,小腸(十二指腸・空腸・回腸),大腸(盲腸・結腸・直腸),膵臓,膀胱,骨髄,さらに雄では精巣,精巣上体,前立腺,精嚢,雌では卵巣,子宮,膣,乳腺について,0.4,2および10 mg/kg群の妊娠が成立した対では,50 mg/kg群で毒性影響と考えられる変化の認められた雌雄の肝臓および雄の腎臓について,常法に従いパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色を施して鏡検した.また,沈着物を同定するため,雄の腎臓についてはPAS染色,一部の例の肝臓,腎臓,胃および腸については脂肪染色(ズダン��)も行った.
(1) 産児数および性比の観察
分娩完了の確認後各腹の産児数 (生存児と死亡児の合計)を調べ,分娩率[(総出産児数/着床数)×100]を算定した.性別は肛門と生殖突起の距離の長短により判定し,群ごとの性比を算出した.
(2) 外表異常および一般状態の観察
分娩完了後,口腔内を含む外表の異常を観察した.また,毎日一般状態および生死を確認し,出生率[ (出産確認時生児数/総出産児数)×100]および新生児生存率[(哺育4日生児数/出産確認時生児数)×100]を求めた.
(3) 体重測定
哺育 0日および4日に,雌雄別に各腹ごとの総体重を測定し,1匹当たりの平均体重を算出した.
(4) 病理学検査
死亡例は発見時に,生存例は雌親の解剖時 (哺育4日)にエーテル・クロロホルムで麻酔死させ,胸腹部における主要器官を肉眼的に観察した.
(1) 交尾率および受胎率
交尾は,同居開始 5日以内に,対照群および被験物質投与各群の全例に成立した.受胎率も,対照群の90%に対し,被験物質投与各群では80〜100%の範囲にあり,有意な変化は認められなかった.
(2) 黄体数,着床数および着床率
対照群の黄体数は 18.3,着床数は17.6,着床率は95.6%であった.被験物質投与各群の黄体数,着床数,着床率とも対照群と類似した値を示し,有意な変化は認められなかった.
(3) 出産率および妊娠期間
出産率は,対照群および被験物質投与各群とも 100%であった.妊娠期間は,対照群の22.6日に対し,被験物質投与各群では22.3〜22.5日の範囲にあり,有意な変化は認められなかった.
(4) 分娩および哺育状態
50 mg/kg群の切迫屠殺した1匹を除いて,いずれの動物にも分娩および哺育状態に異常は認められなかった.切迫屠殺例は妊娠末期から一般状態が悪化し,自然分娩したが分娩確認時において16匹中9匹の児動物は死亡していた.親動物は分娩後一般状態がさらに悪化し,哺育行動を取らず,哺育2日までに残りの児動物も全例が死亡した.全児が死亡した時点で,親動物は瀕死状態であった.
(1) 生存性
対照群の 1腹当たり総出産児数は16.7匹,分娩率は95.0%であった.また,新生児数は16.3匹,出生率は98.0%,性比は0.88,哺育4日生存率は99.3%であった.10 mg/kg以下の群では,これらの指標は対照群と類似した値を示した.50 mg/kg群においても,上述の切迫屠殺した1匹の雌親で全児が死亡したため,哺育4日生存率が対照群に比べてやや低値を示したが,有意な変化ではなかった.生存した新生児の一般状態に,異常は認められなかった.
(2) 体重
対照群の哺育 0日における体重は雄7.1 g,雌6.7 gに対し,被験物質投与各群は雄6.7〜7.0,雌6.3〜6.6 gの範囲にあった.また哺育4日における体重は対照群の雄11.2 g,雌10.9 gに対し,被験物質投与各群は雄10.7〜11.3 g,雌10.2〜10.5 gの範囲にあり,いずれも有意な変化は認められなかった.
(3) 形態
被験物質の投与に起因すると考えられる外表および内臓の異常は認められなかった.外表異常については, 10 mg/kg群で長鼻,眼球および下顎の欠損,小耳,唇裂など顔面の複合異常を有する1匹が認められた.この例は分娩確認時に死亡していた.内臓異常は,いずれの児動物にも認められなかった.内臓変異については,胸腺の頚部残留,左臍動脈遺残あるいは尿管の拡張・屈曲が総計対照群で2匹(1.3%),0.4 mg/kg群で4匹(2.9%),2 mg/kg群で1匹(0.5%),10 mg/kg群で1匹(0.6%)および50 mg/kg群で5匹(3.6%)認められた.しかし,これらの発現率には群間に,有意な差は認められなかった.
腎臓においては, 10 mg/kg以上の群で近位尿細管上皮におけるPAS陽性硝子滴の増加が認められ,腎臓重量は増加し,肉眼的にも腎臓が腫大する例があった.
尿細管上皮の硝子滴は,多くの化学物質で雄ラットへの投与により増加することが知られており 2, 3, 4),これはα2u-グロブリンの沈着像で,近位尿細管上皮におけるタンパクの再吸収あるいはその代謝過程に対する何らかの障害によるものと考えられている4).
しかしながら,尿検査および血液生化学検査においては,腎機能の異常を示唆する所見は認められず,腎臓に対する影響としては,軽度なものと判断される.
一方,雌親においても,雄親と同様に一般状態および摂餌量に対する一過性の影響が 50 mg/kg群で認められた.
肝臓では,肝細胞の肥大が 50 mg/kg群の少数にみられたが,肝臓重量には有意な変化は認められなかった.また,腎臓においても,相対重量のみの増加が50 mg/kg群でみられたが,病理組織学的には変化は認められなかった.したがって,肝臓および腎臓に対する影響は,雄親に比べてより軽度なものと考えられた.
50mg/kg群の雌親の1匹は妊娠末期から一般状態が悪化し,哺育2日に瀕死状態となったので切迫屠殺した.この例の病理組織学検査では,特徴的な変化として,肝細胞,腎臓尿細管上皮ならびに胃および小腸粘膜の表層上皮に脂肪変性が認められ,全身的な脂質代謝の異常がうかがわれた.しかしながら,この変化は生存動物には認められず,また,より高用量投与した投与量設定試験においても,組織の脂肪変性をうかがわせる器官の肉眼的変化は認められていないことから,被験物質による直接的な毒性影響と考えるのは困難であった.
以上の結果から, 3,4-ジクロロ-1-ブテンのラットへの反復投与により,肝臓および腎臓に対する影響が認められた.無影響量は,雄2 mg/kg/day,雌10 mg/kg/dayと推定された.
50 mg/kg群で,分娩後哺育行動が認められず,全児が死亡した雌親が認められたが,この例は妊娠末期から一般状態が悪化し,哺育2日に瀕死状態となったこと,および下垂体や生殖器系器官には異常は認められなかったことから,重度な一般毒性学的影響に伴う所見と判断される.
また,交尾が確認されたにもかかわらず妊娠しなかった対が,投与量とは無関係に散発したが,いずれの対にも生殖能の異常を示唆する病理学的な異常は認められず,偶発的なものと考えられた.
本被験物質の異性体である 1,4-ジクロロ-2-ブテンについて,妊娠ラットへの吸入投与により,胚の核酸および糖代謝に影響がみられ,着床後の胚の死亡率が増加するとの報告5)がある.しかし,3,4-ジクロロ-1-ブテンのラットへの経口投与においては,着床後の胚に対する影響を示唆する変化は認められなかった.
以上の結果から,雌雄親動物の生殖能および児動物の発生に対する影響は, 50 mg/kg/day投与によっても認められず,無影響量はいずれも,50 mg/kg/dayと推定された.
| 1) | E. J. van Kampen, W. G. Zijlstra, Adv. Clin. Chem., 8, 141(1965). |
| 2) | C. A. Halder, C. E. Holdsworth, B. Y. Cockrell, V. J. Piccirillo, Toxicol. Indust. Health, 1, 67(1985). |
| 3) | M. Charbonneau, J. Strasser, E. A. Lock, M. J. Tumer, J. A. Swenberg, Toxicol. Appl. Pharmacol., 99, 122(1989). |
| 4) | S. J. Broghoff, B. G. Shrt, J. A. Swenberg, Annu. Rev. Pharmacol. Toxicol., 30, 349(1990). |
| 5) | F. R. Petronsyan, Zh. Arm., 35(5), 830(1982). |
| 連絡先 | |||
| 試験責任者: | 伊藤義彦 | ||
| 試験担当者: | 山本譲,赤木博,下平裕二, 福田苗美,藩栗緒 | ||
| (財)畜産生物科学安全研究所 | |||
| 〒229-11 神奈川県相模原市橋本台3-7-11 | |||
| Tel 0427-62-2775 | Fax 0427-62-7979 | ||
| Correspondence | |||
| Authors: | Yoshihiko Ito (Study director) Yuzuru Yamamoto, Hiroshi Akagi, Yuuji Shimodaira, Naemi Fukuda, Cleo Pan | ||
| Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology | |||
| 3-7-11 Hashimotodai, Sagamihara-shi, Kanagawa, 229-11, Japan | |||
| Tel +81-427-62-2775 | Fax +81-427-62-7979 | ||