細胞増殖抑制試験結果をもとに,短時間処理法ならびに連続処理法とも10 mM相当の濃度を含む 300〜1200 μg/mLの3用量を設定した.短時間処理法ではS9 mix存在下および非存在下で6時間処理(18時間の回復時間)後,連続処理法では,S9 mix非存在下における24時間連続処理後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.
その結果,短時間処理ならびに連続処理のいずれの処理群においても,染色体の構造異常あるいは倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.
以上の結果より,本試験条件下では2-tert-ブトキシエタノールは,染色体異常を誘発しない(陰性)と結論した.
成分 | S9 mix 1 mL中の量 |
S9 | 0.3 mL |
MgCl2 | 5 μmol |
KCl | 33 μmol |
G-6-P | 5 μmol |
NADP | 4 μmol |
HEPES緩衝液(pH 7.2) | 4 μmol |
精製水 | 残量 |
細胞を10 vol%中性緩衝ホルマリン液(和光純薬工業(株))で固定した後,0.1 w/v%クリスタル・バイオレット(関東化学(株))水溶液で10分間染色した.色素溶出液(30 vol%エタノール,1 vol%酢酸水溶液)を適量加え,5分間程度放置して色素を溶出した後,580 nmでの吸光度を測定した.各用量群について溶媒対照群での吸光度に対する比,すなわち細胞生存率を算出した.
その結果,いずれの処理法においても明確な細胞増殖抑制は観察されなかった(Fig. 1〜2).ただし,短時間処理法-S9処理の720および1200 μg/mLでは細胞の生存率が150 %以上となっていた.
なお,被験物質暴露終了時,pHの変動,析出等の特筆すべき変化は,いずれの試験用量においても観察されなかった.
なお,陽性対照として,短時間処理法の場合,-S9処理でマイトマイシンC(MMC:協和醗酵工業(株))を0.1 μg/mL,+S9処理でシクロホスファミド(CP:塩野義製薬(株))を12.5 μg/mLの用量で,連続処理の場合MMCを0.05 μg/mLの用量で試験した.
すべての標本をコード化した後,マスキング法で観察した.
各試験群の構造異常を有する細胞あるいは倍数性細胞の出現頻度を,石館ら3)の基準に従って判定した.染色体異常を有する細胞の出現頻度が5 %未満を陰性(-),5 %以上10 %未満を疑陽性(±),10 %以上を陽性(+)とした.最終的には再現性あるいは用量に依存性が認められた場合に陽性と判定した.
なお,統計学的手法を用いた検定は実施しなかった.
なお,本被験物質暴露終了時,pHの変動,析出等の特筆すべき変化は,いずれの処理法ならびに試験用量においても観察されなかった.
以上の試験結果から,本試験条件下において2-tert-ブトキシエタノールのチャイニーズハムスター培養細胞に対する染色体異常誘発性に関し,陰性と判定した.
なお,本被験物質(2-tert-ブトキシエタノール)の変異原性に関する報告はなかった.類縁体であるn-ブトキシエタノールは細胞を用いる遺伝子突然変異試験で陰性4)との報告がある.また,n-ブトキシエタノールはTA97a株を用いたAmes試験5),V79細胞を用いたHPRT試験6),ヒトリンパ球を用いた姉妹染色分体交換試験(SCE)7),SHE細胞を用いた細胞形質転換試験8)ならびにV79細胞を用いた代謝共同阻害試験6)でいずれも陽性との報告があるが,陰性報告も多数ある.Barry M. ElliottおよびJohn Ashbyによるレビューで報告された各種のデータによればn-ブトキシエタノールには遺伝毒性はないと結論している9).
1) | Matsuoka, M. Hayashi and M. Ishidate Jr., Mutat. Res., 66, 277(1979). |
2) | 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,"化学物質による染色体異常アトラス,"朝倉書店,東京,1988, pp.31-35. |
3) | 石館基監修,"<改訂>染色体異常試験データ集,"エル・アイ・シー,東京,1987, pp.19-24. |
4) | T. Chiewchanwit and W. W. Au, Mutat. Res., 334(4), 341(1995). |
5) | J. C. Hoflack, L. Lambolez, Z. Elias and P. Vasseur, Mutat. Res., 341, 281(1995). |
6) | Z. Elias, M. C. Daniere, A. M. Marande, O. Poirot, F. Terzetti and O. Schneider, Occup. Hyg., 2, 187 (1996). |
7) | R. Villalobos-Pietrini, S. Gomez-Arroyo, M. Altamirano-Lozano, R. Orozco and P. Rios, Res. Int. Contam. Ambient, 5, 41(1989). |
8) | G. A. Kerckaert, R. Brauninger, R. A. Le Boeuf and R. J. Isfort, Environ. Health Perspect, 104, 1075 (1996). |
9) | B. M. Elliott and J. Ashby, Mutat. Res., 387, 89 (1997). |
連絡先 | |||
試験責任者: | 中嶋 圓 | ||
試験担当者: | 水橋福太郎,菊池正憲,益森勝志,鈴木ゆみ子,永井美穂,梶原玲子,板倉真由実 | ||
(財)食品農医薬品安全性評価センター | |||
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田582-2 | |||
Tel 0538-58-1266 | Fax 0538-58-1393 |
Correspondence | ||||
Authors: | Madoka Nakajima(Study Director) Fukutaro Mizuhashi, Masanori Kikuchi, Shoji Masumori, Yumiko Suzuki, Miho Nagai, Reiko Kajihara, Mayumi Itakura | |||
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center) | ||||
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