2-tert-ブトキシエタノールのラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験
Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test
of 2-tert-Butoxyethanol by Oral Administration in Rats
要約
2-tert-ブトキシエタノールのtert-ブトキシは,ブチルアルコールから誘導される1価の原子団C4H9O-が4種の異性構造を有する中の1つである1).この異性構造のうちn-ブトキシを有する2-n-ブトキシエタノールは塗料・印刷インク・染料・農薬などの溶剤,工業用洗剤・ドライクリーニング,可塑剤,浸透剤,軟化剤,農薬の原料などに使われ2),その毒性も詳細に検討されている3, 4).しかし,2-tert-ブトキシエタノールの毒性情報としては,ラットの経口投与による単回投与毒性試験でLD50値が雌雄ともに2000 mg/kg以上との報告5)があるにすぎず,反復投与および生殖発生毒性についての知見はない.今回,OECDによる既存化学物質の安全性点検に係わる毒性調査事業の一環として,2-tert-ブトキシエタノールを4,20および100 mg/kg/dayの用量でSD系ラット(1群雌雄各12匹)に交配前14日から交配を経て雄は計37日間,雌は妊娠,分娩を経て哺育4日まで経口投与し,反復投与毒性および生殖発生毒性について検討した.
1. 反復投与毒性
血液学的検査では100 mg/kg群の雌雄で赤血球数,ヘモグロビン濃度および平均赤血球血色素濃度の低値,平均赤血球容積,平均赤血球血色素量および網状赤血球数の高値がみられ,20 mg/kg群の雌でも100 mg/kg群と同様な変化が認められた.これに加え100 mg/kg群の雄でヘマトクリット値および白血球数の低値が認められた.また,20 mg/kg群の雄で平均赤血球血色素濃度の低値が認められた.病理検査では,20 mg/kg以上の群の雌雄で脾臓と肝臓および雌の腎臓,ならびに100 mg/kg群の雌雄で骨髄および雄の腎臓で被験物質投与による影響がみられ,赤血球系の造血亢進とヘモジデリン沈着の増強に集約された.また,一般状態では着色尿,器官重量では脾臓重量の高値,剖検では脾臓の腫大がそれぞれ100 mg/kg群の雌雄で認められた.
2. 生殖発生毒性
親動物の性周期,交尾率,受胎率,黄体数,着床数,着床率,分娩率,出産率,妊娠期間,分娩および哺育行動のいずれにも被験物質に起因する変化は認められなかった.児動物では,出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児の4日の生存率,外表,一般状態,体重および剖検のいずれにも被験物質投与に起因する変化は認められなかった.
以上の結果から,2-tert-ブトキシエタノールの反復投与毒性に関する無影響量は雌雄とも4 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物および児動物ともに100 mg/kg/dayと考えられる.
方法
1. 被験物質
2-tert-ブトキシエタノール[丸善石油化学(株)(東京),ロット番号00111D2,純度99.98 wt%]は,融点-120 ℃以下,沸点152 ℃,蒸気圧213.3Pa(20 ℃),分配係数Log Pow 0.36,通常の取り扱いでは安定,水およびアルコールに可溶,常温で無色透明液体である.被験物質は冷暗所で保存し,試験期間中安定であることを確認した.被験物質を精製水で溶解調製させ,投与開始前に投与液中の被験物質の均一性および調製後8日間の安定性を確認した.また,初回調製時に投与液中の被験物質濃度が設定値どおりであることを確認した.
2. 試験動物
日本チャールス・リバー(株)から入手した雌雄のSD系ラット[Crj:CD(SD)IGSラット,SPF]を6日間検疫・馴化後,試験に供した.投与開始前日に体重層別化無作為抽出法により,1群あたり雌雄各12匹に振り分けた.投与開始時の週齢は雌雄とも9週齢,体重範囲は雄が328〜364 g,雌が200〜245 gであった.検疫・馴化期間を含む全飼育期間を通じて,温度22 ± 2 ℃,相対湿度 55 ± 15 %,換気約12回/時,照明12時間/日(7:00-19:00)に自動調節した飼育室を使用した.動物飼育には,妊娠・哺育期間を除く期間はステンレス製つり下げ式金網製ケージを,妊娠・哺育期間は実験動物用床敷(ベータチップ,日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージを使用した.交配期間は雌雄各1匹,哺育期間は1腹,検疫・馴化期間を含むその他の期間は1匹ずつ収容した.動物には,オートクレーブ滅菌した実験動物用固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業(株))と,孔径5 μmのフィルター濾過後,紫外線照射した水道水を自由に摂取させた.
3. 投与量および投与方法
投与用量は用量設定試験の結果を参考に決定した.すなわち被験物質を0,20,100および500 mg/kgの用量で,1群雌雄各3匹のSD系ラットに14日間反復経口投与した結果,500 mg/kg群の雄で死亡がみられ,雌雄の一般状態,体重,摂餌量,血液学検査,器官重量および剖検に被験物質投与の影響が認められた.さらに,100 mg/kg群では雌で貧血様の変化がみられ,雌雄の血液学検査に貧血を示唆するパラメータの変化が認められた.これらの結果および本試験の投与期間を考慮し,本試験の高用量は明らかな毒性発現が予想される100 mg/kgとし,以下公比5で中用量は20 mg/kg,低用量は4 mg/kgの3用量を設定した.また,媒体(精製水)のみを投与する対照群を設けた.
投与経路は経口とした.投与期間は,雄は交配前14日間および交配期間を経て剖検前日までの計37日間,雌は交配前14日間,交配期間,妊娠期間および分娩を経て哺育4日までの計42〜47日間とした.なお,非分娩動物は剖検前日までとした.投与の際はテフロン製胃ゾンデを用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は5 mL/kgとし,至近日に測定した体重に基づいて算出した.
4. 反復投与毒性に関する観察・検査項目
1) 一般状態
全例について,生死,外観,行動等を投与前および投与後に毎日観察した.
2) 体重および摂餌量
体重は,雌雄とも投与開始日,投与開始後3,7,14日およびそれ以降の期間は週1回,交尾が成立した雌は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に測定した.また雄では,投与開始日の体重を基準に,雌では交配前,妊娠および哺育期間をそれぞれ投与開始日,妊娠0日および哺育0日の体重を基準に体重増加量を算出した.摂餌量は,交配期間を除き体重測定日に測定した.
3) 血液学検査
雌雄の全生存動物について,解剖日の前日夕方より約21時間絶食させ,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で,後大静脈より採血した.採取した血液をEDTA-2Kにより凝固処理し,赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),ヘモグロビン濃度(SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500,シスメックス(株)),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-50,オムロン(株)),網状赤血球数(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000,シスメックス(株))を用いて測定した.また,検査結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.血液の一部を3.2 %クエン酸三ナトリウム水溶液で凝固処理し,遠心分離して得られた血漿を用いプロトロンビン時間(Quick一段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(活性化セファロプラスチン法)を血液凝固自動分析装置(KC10A,アメルング社)により測定した.
4) 血液生化学検査
雌雄の全生存動物について,解剖日に採取した血液を室温で約30分間静置後遠心分離し,得られた血清を用いてGOT(JSCC改良法),GPT(JSCC改良法),γ-GTP(SSCC改良法),ALP(JSCC改良法),総ビリルビン(BOD法),尿素窒素(Urease-GLDH法),クレアチニン(Jaff法),グルコース(Glck-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),カルシウム(OCPC法),無機リン(PNP-XOD-POD法),ナトリウム,カリウム,クロール(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形,(株)日立製作所)により測定した.
5) 雄の尿検査
投与開始後35日の投与前に各用量群6匹の新鮮尿を採取し,pH,蛋白,グルコース,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲン(試験紙法,マルティスティックス:バイエル・メディカル(株))を尿分析器(クリニテック100,バイエルメディカル(株))により測定し,尿沈渣(Sternheimer-Malbin染色標本)を検査した.また,約21時間蓄尿を用いて,尿量を計量し,色調,濁度,比重(屈折法)を尿比重計(ユリコン-S,(株)アタゴ),ナトリウム,カリウム(イオン選択電極法),クロール(電量滴定法)を測定した.
6) 病理学検査
全生存動物の雌雄とも最終投与日の翌日に,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈の切断・放血により安楽死させて解剖した.全生存動物は,脳,心臓,肝臓,腎臓,副腎,胸腺,脾臓,精巣および精巣上体の重量を測定した.また,解剖日の体重を基に相対重量(対体重比)を算出した.さらに,これらの器官に加えて,下垂体,リンパ節(下顎・腸間膜),気管,肺,胃,腸管(十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸),甲状腺・上皮小体,膀胱,精のう,前立腺腹葉,卵巣,子宮,膣,骨髄(大腿骨),坐骨神経,脊髄および肉眼的異常部位を採取し,10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液で固定して保存した.ただし,精巣および精巣上体はブアン液で固定した.病理組織学検査は,対照群と100 mg/kg群の雌雄全例について上記の器官・組織および非妊娠動物の卵巣,ならびに全動物の肉眼的異常部位を常法に従ってヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し,鏡検した.その結果,被験物質によると思われる変化が100 mg/kg群の雌雄の脾臓,骨髄(大腿骨),肝臓および腎臓で認められたため,4および20 mg/kg群の雌雄全例の脾臓,骨髄,肝臓および腎臓について検査を実施した.なお,雌雄全例の脾臓,肝臓および腎臓についてはベルリンブルー染色標本も作製し,鏡検した.
5. 生殖発生毒性に関する観察・検査
1) 生殖機能検査
投与開始日から交配開始日まで雌の膣垢を毎日午前中に採取,性周期を検査し,平均性周期日数を算出した.交配前の投与期間終了後,各群内で雄1雌1の交配対を設けて昼夜同居させた.交尾確認は毎日午前中に行い,膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし,その日を妊娠0日とした.交配した対は雌雄を分離し,以後の検査に供した.これらの結果から,交尾所要日数(交配開始後,交尾成立までに要した日数),交尾成立までに逸した発情期の回数,交尾率[(交尾動物数/同居動物数) × 100],受胎率[(受胎動物数/交尾動物数) × 100]を算出した.
2) 分娩・哺育状態
交尾が確認された雌は全例を自然分娩させ,分娩状態を観察した.午前9時の時点で分娩が完了している動物を当該日分娩とし,その日を哺育0日とした.その後,新生児を生後4日(哺育4日)まで哺育させ,授乳,営巣,食殺の有無等の哺育状態を毎日観察した.母動物は剖検時に卵巣および子宮を摘出し,黄体数および着床数を検査した.これらの結果から,妊娠期間(妊娠0日から出産が確認された日までの日数),出産率[(生児出産雌数/受胎雌数) × 100],着床率[(着床数/黄体数) × 100],分娩率[(総出産児数/着床数) × 100]を算出した.
3) 新生児の観察・検査
(1) 新生児の観察
哺育0日に出産児数(出産生児数,死産児数),性別および外表異常の有無を検査した.その後は,一般状態,死亡の有無等を哺育4日まで毎日観察した.哺育0および4日の生存児数から出生率[(出産生児数/総出産児数) × 100],新生児の4日の生存率[(哺育4日生児数/出産生児数) × 100]を算出した.
(2) 体重
生後0および4日に全生存児を個体ごとに測定した.また,生後0日の体重を基準に体重増加量を算出した.
(3) 剖検
生後4日に全生存児の口腔を含む外表を検査した後,親動物と同様に安楽死させ,剖検した.死亡動物については10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液に浸漬,固定した後,実体顕微鏡下で剖検した.
6. 統計学的解析
計量データについては,パラメトリックデータはBartlett法による等分散性の検定を行い,分散が等しい場合は一元配置分散分析を行った.分散が等しくない場合およびノンパラメトリックデータはKruskal-Wallisの検定を行った.群間に有意差が認められた場合はDunnett法またはDunnett型の多重比較を行った.計数データのうち病理組織所見はa × bのχ2検定を行い,有意差が認められた場合はArmitageのχ2検定により対照群と各被験物質投与群間の比較を行った.その他の計数データはFisherの直接確率法により検定した.各検定の有意水準は5 %とし,新生児に関するデータは各母動物ごとに算出した平均値を標本単位とした.
結果
1. 反復投与毒性
1) 一般状態
死亡例は雌雄ともいずれの投与群においても認められなかった.100 mg/kg群の雌雄全例で,着色尿が投与開始日の投与終了後約3時間で観察されたが,翌日以降には着色尿は認められなかった.この他,4 mg/kg群の雄1例で右前肢のびらん,痂皮形成および脱毛,20 mg/kg群の雌1例で脱毛が認められた.しかし,100 mg/kg群では観察されなかったことから,被験物質投与とは関連のない偶発的な変化と判断した.
2) 体重(Fig. 1, 2)
雌雄とも,全観察期間を通じて体重および体重増加量ともに被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかった.
3) 摂餌量
雄では4 mg/kg群の投与開始後35日に対照群と比べ有意な高値を示した.しかし,20および100 mg/kg群では対照群と比べ有意な差がないことから,被験物質投与と関連のない偶発的な変化と判断した.雌では全観察期間を通じて被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかった.
4) 血液学検査(Table 1)
雄では,100 mg/kg群で赤血球数,ヘモグロビン濃度,ヘマトクリット値,平均赤血球血色素濃度および白血球数が対照群と比べ有意な低値を,平均赤血球容積,平均赤血球血色素量および網状赤血球数が対照群と比べ有意な高値を示した.20 mg/kg群では平均赤血球血色素濃度が対照群と比べ有意な低値を示した.雌では,20および100 mg/kg群で赤血球数,ヘモグロビン濃度および平均赤血球血色素濃度が対照群と比べ有意な低値を,平均赤血球容積および網状赤血球数が対照群と比べ有意な高値を示した.さらに,100 mg/kg群では平均赤血球血色素量が対照群と比べ有意な高値を示した.4 mg/kg群の雌雄では検査項目のいずれにも被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかった.
5) 血液生化学検査(Table 2)
雄では,100 mg/kg群で総コレステロールが対照群と比べ有意な高値を,4および100 mg/kg群でALPが対照群と比べ有意な低値を示した.その他,4 mg/kg群でA/G比が対照群と比べ有意な低値を,20 mg/kg群でナトリウムが対照群と比べ有意な高値を示した.しかし,100 mg/kg群で変化がないことから,偶発的な変化と判断した.
雌では,100 mg/kg群でカリウムが対照群と比べ有意な低値を示した.
6) 雄の尿検査
雄において,検査項目のいずれにも被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかった.
7) 器官重量(Table 3)
雄では,100 mg/kg群で脾臓の絶対重量と相対重量が対照群と比べ有意な高値を示した.この他,100 mg/kg群で肝臓の相対重量,4 mg/kg群で肝臓の絶対重量と相対重量が対照群と比べ有意な高値を示した.20 mg/kg群ではいずれの器官においても対照群との間に有意な差は認められなかった.雌では,100 mg/kg群で脾臓の絶対重量と相対重量が対照群と比べ有意な高値を示した.4および20 mg/kg群ではいずれの器官においても対照群との間に有意な差は認められなかった.
8) 剖検所見(Table 4)
被験物質投与に起因すると思われる変化が雌雄の脾臓に認められた.脾臓の腫大が100 mg/kg群の雄6例雌8例にみられた.このうち雄6例では脾臓の褐色化も認められた.この他,偶発的変化として肺の褐色斑,胃の漿膜面の白色斑,肝臓の白色斑および黄色斑,腎臓の嚢胞および腎盂拡張,精巣の小型化,精巣上体の小型化および結節,子宮の胎児遺残,皮膚の脱毛,および腹腔内諸臓器の癒着が認められた.
9) 病理組織所見(Table 5)
被験物質投与に起因すると思われる変化が雌雄の脾臓,骨髄,肝臓および腎臓に認められた.
脾臓の赤血球系髄外造血の有意な増強が20 mg/kg以上の群の雌と100 mg/kg群の雄で認められた.20 mg/kg群の雄では,赤脾髄内で多数の赤芽球集簇巣が認められる中等度の髄外造血が1例にみられたが,中等度以上の髄外造血は対照群および4 mg/kg群の雄ではみられなかったこと,この動物では肝臓のクッパー細胞に中等度のヘモジデリン沈着がみられたこと,血液学検査において赤血球数,ヘモグロビン濃度およびヘマトクリット値がわずかに低値で,網状赤血球数がわずかに高値であったことなどから,被験物質投与による影響と判断した.脾臓におけるヘモジデリン沈着の有意な増強が100 mg/kg群の雄で認められた.
大腿骨骨髄における赤血球系の造血細胞の増加が100 mg/kg群の雄8例および雌9例にみられた.
肝臓における髄外造血の発現例数の有意な増加が100 mg/kg群の雌にみられた.雌では髄外造血が対照群と4 mg/kg群の各1例および20 mg/kg群の4例においても認められた.20 mg/kg群の4例のうち1例は脾臓の重度の髄外造血と腎臓の尿細管上皮細胞のヘモジデリン沈着がみられた個体であり,被験物質投与による影響と判断した.また,雄の髄外造血は100 mg/kg群の2例だけであったが,対照群,4および20 mg/kg群ではみられなかった所見であり,被験物質投与による影響と判断した.肝臓におけるクッパー細胞のヘモジデリン沈着の増強が20 mg/kg以上の群の雄,および100 mg/kg群の雌で認められた.
腎臓における尿細管上皮細胞のヘモジデリンの沈着が対照群の雄1例,20 mg/kg群の雌1例および100 mg/kg群の雄10例と雌全例にみられ,雌雄ともに100 mg/kg群において有意な発現例数の増加が認められた.
この他,対照群を含む各群で種々の変化が認められたが,所見の発現頻度に一定の傾向がなく,いずれの所見にも被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかったことから,被験物質投与とは関連のない偶発的な変化と判断した.
2. 生殖発生毒性
1) 生殖機能(Table 5)
性周期検査では,平均性周期日数で被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかった.なお,発情前期の延長を示す動物が20 mg/kg群の1例でみられたが,交配開始後には雄との交尾が確認され,雌は正常に妊娠,分娩していることから,被験物質投与と関連のない変化と判断した.
交尾は対照群を含む全群で成立し,交尾率,交尾所要日数,交尾成立までに逸した発情期の回数ともに被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかった.なお,非妊娠動物が対照群で1例,4 mg/kg群で2例,100 mg/kg群で3例にみられたが,受胎率には被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかった.剖検において,非妊娠動物の相手雄のうち対照群および100 mg/kg群のそれぞれ1例で,精巣および精巣上体の小型化が認められた.
2) 分娩・哺育状態(Table 6)
各群とも母動物のほぼ全例が交尾成立後22または23日に正常に分娩し,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,分娩率および出産率のいずれにも被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかった.また,各群いずれの母動物にも哺育行動に異常は認められなかった.なお,非分娩動物が対照群の1例でみられ,剖検の結果,子宮内に胎児の遺残1例と着床痕2個が認められた.
3) 新生児への影響
(1) 新生児の観察(Table 6)
出産児数,出産生児数,出生率および新生児の4日生存率ともに被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかった.なお,100 mg/kg群で哺育4日の性比が対照群と比べ有意な差が認められたが,哺育0日の性比に差がないこと,新生児の哺育4日の生存率にも変化がなく性比に影響を及ぼす新生児死亡の増加もないことから,被験物質投与に起因する変化ではないと判断した.一般状態の観察では,皮下出血が対照群および4 mg/kg群で1〜4例,尾あるいは腹部の咬創が20 mg/kg群で2例に,また,未授乳児が対照群,4および100 mg/kg群で数例みられただけで,所見の発現状況から被験物質投与に起因する変化ではないと判断した.また,対照群を含む各群で新生児の外表に異常は認められなかった.
(2) 体重(Table 6)
雌雄の体重および体重増加量とも被験物質投与群と対照群との間に有意な差は認められなかった.
(3) 剖検
哺育4日の新生児の剖検では,雌雄とも全群で異常は認められなかった.また,哺育4日までの死亡児でも異常は認められなかった.
考察
1. 反復投与毒性
被験物質の反復投与による一般毒性学的影響として,一般状態観察において着色尿が100 mg/kg群の雌雄全例で投与開始日のみに認められた.また,血液学検査では赤血球数,ヘモグロビン濃度および平均赤血球血色素濃度の低値と平均赤血球容積,平均赤血球血色素量および網状赤血球数の高値が100 mg/kg群の雌雄でみられ,20 mg/kg群の雌でも100 mg/kg群と同様な変化が認められた.これに加え100 mg/kg群の雄でヘマトクリット値および白血球数の低値が認められた.また,20 mg/kg群の雄で平均赤血球血色素濃度の低値が認められた.さらに病理組織学検査では脾臓,骨髄,肝臓および腎臓に,赤血球系の造血亢進とともにヘモジデリン沈着の増強が20 mg/kg以上の群で認められた.これらのことから,被験物質投与により溶血性貧血が起こっていることが示唆された.被験物質の類似物質である2-n-ブトキシエタノールは,赤血球が最大の影響を受け血管内溶血を起こすことが知られており3, 4),その血液毒性の機序は2-n-ブトキシエタノールの酸化代謝物である2-ブトキシ酢酸が,ラット赤血球細胞膜と相互に作用し合い,赤血球浸透圧の平行を崩すため,赤血球が膨張し,二次的に溶血を起こすと推定され6)ていることから,本被験物質も同様の機序によるものと推察された.その他,血液生化学検査では,総コレステロールの高値が100 mg/kg群の雄,カリウムの低値が100 mg/kg群の雌で認められた.なお,ALPの低値が4および100 mg/kg群の雄でみられたが,100 mg/kg群の数値が275.8に対し,当研究所の背景データ(1996-1999年)では平均300.85(最小-最大; 269.8-334.5)であることから,生理的範囲内の変動と判断され,被験物質投与と関連のない変化と考えられる.器官重量では肝臓重量の高値が雄の4および100 mg/kg群でみられた.類似物質である2-n-ブトキシエタノールでは血液生化学検査の結果から軽い肝障害を示している3, 4)が,本試験では被験物質投与に起因する血液生化学検査に変化はなく,また,20 mg/kg群では肝臓重量に変動がないことから,4 mg/kg群での変化は被験物質投与と関連のない偶発的な変化と判断された.また,体重,摂餌量および雄の尿検査では被験物質投与に起因する変化は認められなかった.
2. 生殖発生毒性
親動物の生殖機能としては,性周期,交尾率,受胎率,黄体数,着床数,着床率,分娩率,出産率,妊娠期間,分娩および哺育行動のいずれにも被験物質の影響を示唆する変化は認められなかった.また,新生児の検査においても,出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児の4日生存率,外表,一般状態,体重および剖検のいずれにも被験物質に起因する変化は認められなかった.したがって,被験物質投与による親動物の生殖機能,分娩・哺育機能および次世代の発育への影響はないと考えられる.
以上の結果から,2-tert-ブトキシエタノールの反復経口投与による一般毒性学的影響として,溶血性貧血とそれへの生体の反応としての造血亢進が20 mg/kg以上の群の雌雄で認められた.したがって,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雌雄とも4 mg/kg/dayと考えられる.また,生殖発生に及ぼす影響は認められず,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物および児動物ともに100 mg/kg/dayと考えられる.
文献
1) | 化学大辞典7,共立出版,東京,1984, p.912. |
2) | 化学工業日報社,"12695の化学商品,"東京,1995, p.377. |
3) | T. R. Tyler, Environ. Health Perspect, 57, 185-191 (1984). |
4) | NIOSH, "Criteria for a Recommended Standard, Occupational Exposure to Ethylene Glycol Monobutyl Ether and Ethylene Glycol Monobutyl Ether Acetate," DHHS(NIOSH), Publication, 1990, pp.28-118. |
5) | 星野信人ら,化学物質毒性試験報告,9, 447(2002). |
6) | B. I. Ghanayem, Biochem. Pharmacol, 38, 1679-1684(1989). |
連絡先 |
| 試験責任者: | 星野信人 |
| 試験担当者: | 岩井真弓,岡崎欣正,豊田直人,鈴木美江 |
| (株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所 |
| 〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14 |
| Tel 0479-46-2871 | Fax 0479-46-2874 | |
Correspondence |
| Authors: | Nobuhito Hoshino(Study director) Mayumi Iwai, Yoshimasa Okazaki, Naoto Toyota, Yoshie Suzuki |
| Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory |
| 14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255, Japan |
| Tel +81-479-46-2871 | Fax +81-479-46-2874 | |