トリメチルアミンのラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験
Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test
of Trimethylamine by Oral Administration in Rats
要約
トリメチルアミンは,砂糖大根から砂糖,ベタインを抽出した残余中から主として抽出される化合物である1).その複合体は植物,動物,特に魚の組織中に大量に存在し,ヒトおよび動物では腸内酵素によって生成され,通常,肝臓において代謝を受け,ジメチルアミンあるいはトリメチルアミンオキシドになって尿中に排出される2).ヒトでは,この代謝酵素(トリメチルアミンオキシダーゼ)の先天性欠損症が知られており,その特徴的な臭気から魚臭病と呼ばれている3).
1984年,インドのボパールで起きた殺虫剤製造工場での事故によって,大気中に大量のメチルイソシアニドが放出されたために,多数の死者が発生し,その後もこの地方で不妊,流産,死産,早産の発現率が増加した事例は,近年における最大の環境汚染事故として有名である4).後年行われた動物実験の結果から,メチルイソシアニドには発癌性および生殖毒性があることが報告されている5).本試験の被験物質であるトリメチルアミンはメチルイソシアニドの主要代謝物であるが6),妊娠マウスにトリメチルアミンを投与すると胎児期および出生後の発育抑制が特に雄で強く認められたとする報告もある7).しかし,トリメチルアミンの反復投与毒性および生殖発生毒性についての報告はない.今回,トリメチルアミンの反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験を行い,親動物に対する反復投与毒性および生殖能力ならびに次世代児の発生・発育に及ぼす影響について検討した.すなわち,Sprague-Dawley系(Crj:CD(SD)IGS)ラットの雌雄(各13匹/群)に,トリメチルアミンの0(媒体),8,40および200 mg/kgを交配前2週間ならびに交配期間2週間を通して経口投与し,さらに雄では交配期間終了後2週間,雌では妊娠期間を通して分娩後哺育4日まで投与を継続した.試験結果は以下のように要約される.
1. 反復投与毒性
200 mg/kg投与群において雄に2例,雌に1例の死亡が認められた.雌雄ともに200 mg/kg投与群では異常呼吸音および投与直後の流涎,胃腸管に潰瘍および炎症性変化,粘膜上皮の過形成や粘膜下織の水腫がみられた.また,同群の雄では体重の増加抑制傾向,摂餌量の減少ならびに総蛋白濃度およびアルブミン濃度の減少が認められた.
雌の体重および摂餌量,雌雄の器官重量,尿検査結果および血液学検査結果にはトリメチルアミン投与の影響はなかった.
2. 生殖発生毒性
性周期,雌雄動物の交尾率,受胎率には,トリメチルアミン投与の影響は認められなかった.また,分娩および哺育状態の異常は観察されず,産児数,分娩率,妊娠期間,妊娠黄体数,着床数ならびに着床率にはトリメチルアミン投与の影響はなかった.
生児出生率,出産生児数,哺育4日の生児数,新生児の4日の生存率,性比,生児の体重および形態にもトリメチルアミン投与の影響は認められなかった.
3. 無作用量
以上の試験成績から,本試験条件下ではトリメチルアミンの反復投与毒性に関する無作用量は雌雄とも40 /kg/day,生殖発生毒性的な無作用量は雌雄共に200 mg/kg/day,また,産児に対する無作用量も200 /kg/dayであると判断される.
方法
1. 被験物質
本試験には,三菱ガス化学(株)(新潟)より提供されたトリメチルアミンの水溶液(ロット番号:M381012,含有量:30.8 %)を用いた.トリメチルアミンの水溶液は無色透明で,不純物として10 ppm以下のジメチルアミンを含有していた.受領したトリメチルアミンは,入手後,使用時まで冷蔵保管した.被験物質の試験期間中の安定性は,残余被験物質を提供元で再分析することにより確認した.
投与にあたっては,供給された30.8 %水溶液を日局注射用水(光製薬(株),製造番号:9707SA)にて希釈し,いずれの用量においても1回の投与液量が10 mL/kg体重になるように濃度を調整した.試験中に調製した投与検体(0.08,0.40,2.00 w/v%)には所定濃度のトリメチルアミンが含有されていたことを確認した.なお,調製検体中の被験物質の安定性について確認した結果,0.08〜10 w/v%の濃度では,冷蔵,遮光の条件下で少なくとも8日間安定であった.
2. 使用動物および飼育条件
試験には,雌雄とも7週齢にて購入した日本チャールス・リバー(株)筑波飼育センター生産のSprague-Dawley系ラット(Crj:CD(SD)IGS, SPF)を使用した.購入した動物は,入荷後2週間,馴化と検疫を兼ねて予備飼育し,雄は検疫終了日の体重を基に,雌は規則的に4日あるいは5日で性周期を回帰している動物を選択し,さらに検疫終了日の体重を考慮して,体重別層化無作為抽出法により群分けして,各群とも雌雄各13匹を配した.
各動物は基準温度24 ± 1 ℃,基準湿度50〜65 %,換気回数約15回/時ならびに照明12時間(午前7時〜午後7時)に制御された飼育室で,金属製金網床ケージに個別に収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および水道水(秦野市水道局給水)を自由に摂取させた.妊娠14日(交尾確認日=妊娠0日)以後の雌動物については,プラスチック製ラット用繁殖ケージに収容し,床敷として紙パルプ製チップ(ALPHA-dri,加商(株))を適宜供給した.
3. 投与量の設定および投与方法
本試験の投与量は,投与量設定のために実施した予備試験の結果を参考に設定し,予備試験の投与量は,急性経口投与毒性予備試験の結果をもとに設定した.急性経口投与毒性予備試験では,250,500ならびに1000 mg/kgのトリメチルアミンを各群雌雄各3匹のラットに投与した結果,500 mg/kg投与群では雄で1例,雌で2例,1000 mg/kg投与群では雄で2例,雌で3例の死亡が認められた.250 mg/kg以上の投与群の生存例においても体重の増加抑制がみられた.また,一般状態の変化として,500 mg/kg以上の投与群で異常姿勢,体温の低下,鎮静等の所見が認められた.死亡例の剖検所見においては腹水,胃粘膜の肥厚および赤色化,腸管の赤色化ならびに腎臓の皮質の淡色化等がみられた.トリメチルアミンの水溶液は強アルカリ性で皮膚への腐食性を有することから,急性経口投与毒性予備試験において認められた消化管の変化や腹水は,トリメチルアミン水溶液の物性による影響と考えられた.250 mg/kgの単回投与では体重の増加抑制のみが観察され,一般状態の変化,消化管への影響は明確ではなかったが,反復投与することにより,一般状態の著しい変化,消化管の毒性が重篤になる可能性が予想されたことから,反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合予備試験の高用量を急性経口投与毒性予備試験の低用量の約2分の1量である100 mg/kgと設定した.中用量以下は公比を2としてそれぞれ50ならびに25 mg/kgに設定して,14日間反復強制経口投与し,溶媒を同容量投与した対照群の動物と比較した.その結果,雌雄とも死亡例はなく,一般状態の変化,体重および摂餌量の推移,血液学検査および血液生化学検査結果のいずれにも明らかなトリメチルアミン投与の影響はなかった.これらのことから,トリメチルアミンの100 mg/kgの14日間の反復投与では,雌雄とも明確な毒性を見い出すことができず,42日間の反復投与毒性試験の高用量としては低すぎる用量であると判断した.一方,トリメチルアミンの250 mg/kgの投与量は単回投与における死亡発現量の半分量であり,42日間の反復投与によって投与期間中に動物が死亡する可能性が示唆された.以上の結果から,本試験の高用量を200 mg/kgと設定し,以下公比5で除して40および8 mg/kgを中および低用量と設定した.
なお,対照群には注射用水をトリメチルアミン投与群と同一条件にて投与した.
各用量の投与検体は,雄に対しては交配前2週間と2週間の交配期間および交配期間終了後,剖検日前日まで2週間の連続42日間,また,雌に対しては交配前2週間と交尾が認められるまで最長2週間の交配期間,ならびに交尾した雌では妊娠期間を通して分娩の後,哺育4日(分娩日=哺育0日)まで,交尾はしたが分娩しなかった雌は妊娠24日相当日まで,交尾しなかった雌は連続54日間,毎日1回,ラット用胃管を用いて経口投与した.毎日の投与は午前11時から午後3時の間に行い,各動物に投与する液量(体重1 kg当たり10 mL)は最新時の体重を基に算出した.
4. 観察および検査
1) 親動物
A. 一般状態の観察
雌雄とも全例について,飼育期間中毎日1回以上,投与期間中は投与前後の毎日2回以上観察した.
B. 体重測定
雄は全例について,投与1(投与初日),7,14,21,28,35,42日および解剖日に,雌は全例について,投与1,7および14日に測定し,交配までに期間を要した雌では投与21および28日に,交尾が確認されなかった雌ではさらに投与35ならびに42日にも体重を測定した.また,交尾した雌では妊娠0,7,14および20日に,分娩した雌では哺育0,4日および解剖日に体重を測定した.交尾は確認されたが分娩しなかった雌は,妊娠25日相当日(解剖日)に体重を測定した.
C. 摂餌量測定
雄では,投与1,7,13,29,35および41日に,雌では,投与1,7および13日にそれぞれ給餌量を測定し,翌日までの摂餌量を測定した.2週間の交配期間中の摂餌量は測定しなかった.交尾が確認されなかった雌では投与29,35および41日にも摂餌量を測定した.さらに交尾した雌では,妊娠0,7,14および20日に,分娩した雌では,哺育0および3日にそれぞれ翌日までの摂餌量を測定した.
D. 性周期
全例の雌について,交尾が確認されるまで腟垢塗抹標本を作製した.腟垢像より性周期を観察し,発情期の間の平均日数を算出した.
E. 交配
交配は投与15日の夕方から最長2週間,同群内の雌雄を1対1で同居させて行った.200 mg/kg投与群の1組では,交配期間中の交尾確認前に雄が死亡したため(交配10日目に死亡),同群内の既に交尾した雄動物と引き続き交配させた.
交尾の確認は毎朝,腟栓および腟垢標本中の精子の存在を調べることにより行い,交尾が確認された雌は,その日を妊娠0日と起算して雄から分離し,個別に飼育した.交配の結果から,各群について交尾率((交尾動物数/同居動物数)×100),受胎率((受胎動物数/交尾動物数)×100),同居開始から交尾までに要した日数およびその間に回帰した発情期の回数を求めた.
F. 分娩および哺育状態の観察
交尾を確認した雌は全例を自然分娩させた.分娩状態が直接観察できた動物についてはその状態を観察し,直接観察できなかった動物についても,分娩後の徴候から分娩困難や遅延などの分娩障害の有無を判断して記録した.分娩後は哺育状態を毎日観察した.
分娩の確認は午前9時〜11時に実施し,この時間帯に分娩が終了していることを確認した動物については,その日を分娩日と規定した.午前11時を過ぎてから分娩を終了した動物については,翌日を分娩日とした.
分娩を確認した全例について妊娠期間(妊娠0日から分娩日までの日数)を算定し,出産率((生児出産雌数/受胎動物数)×100)を各群について求めた.
G. 尿検査
各投与群の雌雄各5例について,投与6週に動物を代謝ケージに収容し約4時間尿あるいは新鮮尿を採取して,pH,潜血,蛋白,糖,ウロビリノーゲン,ケトン体,ビリルビンを試験紙法(クリニテック200+,バイエル・三共(株))により,色調ならびに混濁度を視診により,それぞれ検査した.
H. 血液学検査
雄全例は投与42日の翌日に,分娩した雌は哺育4日の翌日に,交尾をしたが分娩しなかった雌は妊娠25日相当日に,交尾しなかった雌は投与54日の翌日に,それぞれ前日より18から24時間絶食させた後,剖検に先立ちペントバルビタールナトリウム麻酔下で腹部後大静脈より採血し,以下の測定を行った.先ずクエン酸ナトリウムを抗凝固剤として採血し血漿を分離して,プロトロンビン時間,活性部分トロンボプラスチン時間(光散乱検出法,CA-1000,東亜医用電子(株))を測定した.続いて,EDTA-2Kを抗凝固剤として採血し,Coulter Counter Model S-PLUS ��(コールターエレクトロニクス(株))により,赤血球数,白血球数,平均赤血球容積,血小板数(以上,電気抵抗法)および血色素量(吸光度法)を測定し,これらを基に平均赤血球血色素量,ヘマトクリット値および平均赤血球血色素濃度を算出した.血液の一部は塗抹標本とし,白血球分類(Wright-Giemsa染色)を視算した.なお,対照群ならびに高用量群については,網状赤血球比率を測定した.
I. 血液生化学検査
血液学検査用の採血に引き続き,ヘパリンを抗凝固剤として採血し,血漿を分離して遠心方式生化学自動分析装置(COBAS-FARA,ロシュ・ダイアグノスティックス(株))を用いて総蛋白濃度(ビウレット法),アルブミン濃度(BCG法),総コレステロール濃度(COD・DAOS法),トリグリセライド濃度(GPO・DAOS法),ブドウ糖濃度(グルコキナーゼG6PDH法),尿素窒素濃度(ウレアーゼGl.DH法),クレアチニン濃度(Jaff
法),アルカリフォスファターゼ活性(GSCC法),GOTおよびGPT活性(IFCC法),総ビリルビン濃度(Jendrassik/Grof法),カルシウム濃度(OCPC法),無機リン濃度(モリブデン酸直接法),γ-GTP活性(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法)を測定し,A/G比を算出した.また,全自動電解質分析装置(EA05,(株)A&T)により,塩素,ナトリウムおよびカリウムの各濃度(イオン電極法)を測定した.
J. 病理学検査
採血後,全例について剖検し,器官・組織の肉眼的観察を行った.その際,脳,心臓,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓および副腎,雄ではさらに精巣および精巣上体の重量を測定し,併せて比体重値(相対重量)を算出した.雌では卵巣および子宮を摘出し,卵巣は実体顕微鏡下で妊娠黄体数を,子宮は着床数をそれぞれ数え,着床率((着床数/妊娠黄体数)×100)を算出した.全例の脳,下垂体,脊髄,消化管,肝臓,腎臓,副腎,脾臓,心臓,胸腺,甲状腺,気管,肺,膀胱,腸間膜リンパ節,下顎リンパ節,坐骨神経,大腿骨髄および全ての雄動物の精嚢ならびに前立腺腹葉,全ての雌動物の腟,卵巣ならびに子宮は0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン液(pH 7.2)に固定した.肺は注入固定を行った.全ての雄動物の精巣および精巣上体はブアン液に固定して保存し,その後,長期保存のために0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン液に置換した.対照群および高用量群の雌雄各5例の固定した器官は,常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン-エオジン染色を行って,病理組織学検査を実施した.なお,精巣および精巣上体,卵巣ならびに病理学検査の結果,異常が認められた胃については,全例の動物について病理組織学検査を実施した.
2) 出生児
A. 産児数の算定
哺育0日に産児数(生児+死亡児)を調べ,分娩率((産児数/着床痕数)×100)および生児出産率((出産生児数/着床痕数)×100)を求めた.産児については,外表奇形の有無および性別を調べ,性比((雄の生児数/雌の生児数)×100)を算出した.
B. 死亡児数の算定
死亡児数を毎日調べ,出生率((出産生児数/産児数)×100)および新生児の4日の生存率((哺育4日の生児数/哺育0日の生児数)×100)を求めた.死亡児は剖検し,異常の有無および内部器官の肉眼的観察を行った.
C. 体重測定
哺育0日および4日に個別に体重を測定した.
D. 剖検
哺育4日に全例をエーテル吸入により致死させて剖検し,外表および内部器官の肉眼的観察を実施した.
5. 統計解析
交尾率ならびに受胎率についてはFisherの直接確率検定を行った.病理組織学検査所見のうち,グレード分けしたデータはMann-WhitneyのU検定により,陽性グレードの合計値はFisherの直接確率の片側検定により対照群との間で有意差検定を行った.その他の体重,摂餌量ならびに定期解剖例の血液学,血液生化学検査の値および器官重量は,個体ごとに得られた値あるいはlitterごとの平均値を1標本として,Dunnett法による多重比較検定を行った.有意水準はいずれも5 %とした.
結果
1. 反復投与毒性
1) 一般状態
200 mg/kg投与群においては,雄で投与25日ならびに投与42日に各1例,雌で妊娠22日(投与38日)に1例の死亡が認められた.
投与25日に死亡した雄は,投与19日から流涎,削痩,異常呼吸音,呼吸困難を示し,死亡前日から外陰部周囲の被毛の汚染,軟便が認められた.投与42日に死亡した雄は,投与10日から非連続的ではあったが,流涎,削痩,異常呼吸音,呼吸困難,体温の低下,耳介蒼白,ふらつき歩行および鼻周囲褐色汚染が認められた.雌の死亡例では投与11日から,非連続的に流涎,異常呼吸音が観察された.
生存動物では,200 mg/kg投与群の雄において,投与9日以降流涎が10例に,異常呼吸音が3例に,接触反応の減弱が1例に,それぞれ観察され,同群の雌においても投与9日以降,流涎が10例に,異常呼吸音が3例に,削痩が1例に,それぞれ観察された.40 mg/kg以下の投与群では,雌雄ともに一般状態の異常は観察されなかった.
2) 体重(Table 1, 2)
雄では,200 mg/kg投与群において体重には有意差は認められなかったが,累積体重増加量は対照群に比較して小さく体重の増加抑制傾向が認められた.40 mg/kg以下の投与群の体重は,対照群と同様に推移した.
雌では,体重推移に対照群とトリメチルアミン各投与群との間で有意差は認められなかった.
3) 摂餌量(Table 3, 4)
200 mg/kg投与群の雄の摂餌量は,投与13および41日に有意に減少した.一方,雌の摂餌量には,対照群とトリメチルアミン各投与群との間に有意差は認められなかった.
4) 尿検査
尿検査の結果,雌雄ともいずれの検査項目についても,トリメチルアミンの投与に起因したと考えられる変化は認められなかった.
5) 血液学検査(Table 5, 6)
雄では40 mgが,他の赤血球関連の測定項目には差が認められず,病理組織学検査においても骨髄,脾臓等に血液学検査にみられた変化に関連すると考えられる変化は認められなかったことから,偶発的な有意差であると判断した.さらに,40 mg/kg投与群では血小板数の有意な減少がみられたが,200 mg/kg投与群には認められないことから偶発的な有意差であると判断した.雌では,いずれの検査項目についてもトリメチルアミン投与に起因したと考えられる変化は認められなかった.
6) 血液生化学検査(Table 7, 8)
雄の200 mg/kg投与群においては総蛋白濃度およびアルブミン濃度の有意な減少ならびに尿素窒素濃度およびクレアチニン濃度の有意な増加が認められた.
雌では,40 mg/kg以上の投与群において尿素窒素濃度の有意な増加が認められた.
7) 病理学検査
A. 雄
イ. 肉眼所見
200 mg/kg投与群の7例の前胃粘膜に肥厚がみられ,そのうち3例には陥凹部,1例には硬化部も認められた.さらに,投与期間中に死亡した2例を含む3例の腺胃粘膜に赤色あるいは暗赤色の領域がみられ,死亡した動物の1例には前胃粘膜にも赤色域が認められた.また,死亡した2例の胃および腸管にはガスが貯留しており,十二指腸および空腸粘膜の赤色化あるいは空腸および回腸に赤色調の内容物が観察された.
精巣および精巣上体では200 mg/kg投与群で死亡したうちの1例,40 mg/kg投与群の1例に小型化が認められ,このうち200 mg/kg投与群の1例には前立腺および精嚢の小型化もみられた.また,死亡した2例では胸腺および脾臓も小型化を呈していたほか,そのうちの1例は脾臓の淡色化,腸間膜リンパ節の小型化ならびに副腎の暗色化および腫大が認められ,他の1例では肺の暗色化がみられた.その他,対照群の精巣上体に結節,下顎リンパ節に暗赤色化がみられた.
ロ. 器官重量(Table 9)
雄の器官重量には,対照群とトリメチルアミン各投与群との間に有意差は認められなかった.
ハ. 病理組織学検査(Table 10)
精巣では200 mg/kg投与群の投与期間終了時に屠殺した1例の精細管で伸長した精子細胞の変性が,投与期間中に死亡した2例のうち1例の精細管で精母細胞および円形の精子細胞の変性が認められた.これらの例の精巣上体では管腔内に細胞残屑がみられたほか,精子細胞の変性がみられた例では変性した精子が,精母細胞に変化がみられた例では精子数の減少がそれぞれ観察された.また,トリメチルアミン各投与群では萎縮した精細管がみられ,他の例と比較して程度の強い例では精細管内に多核巨細胞ならびに精巣上体に細胞残屑が観察されたが,対照群とトリメチルアミン各投与群の間で発現頻度および程度には明らかな差は認められなかった.その他,精巣上体では対照群で精子肉芽腫,40 mg/kg投与群の間質でリンパ球の浸潤がそれぞれみられた.
前立腺および精嚢では,200 mg/kg投与群で投与期間中に死亡した例のうち精巣に変化がみられた1例で萎縮が認められた.また,200 mg/kg投与群および対照群の間質にリンパ球浸潤がみられ,他の例と比較して程度の強い例では上皮に好中球およびリンパ球の浸潤も観察されたが,両群間で発現頻度および程度に明らかな差は認められなかった.
胃では200 mg/kg投与群の全例の前胃に扁平上皮の過形成が認められ,粘膜では炎症細胞の浸潤,粘膜下織では水腫および肉芽を伴っていた.また,5例の粘膜に糜爛がみられそのうちの2例では潰瘍,1例では出血が認められたほか,漿膜に肉芽がみられる例もあった.さらに,前胃の糜爛および潰瘍の程度が他の例に比べ比較的強かった1例の腺胃では,粘膜に糜爛,出血および炎症細胞の浸潤が,粘膜下織に水腫が認められた.投与期間中に死亡した2例では前胃に扁平上皮の過形成が観察されたほか,1例の十二指腸および空腸の粘膜上皮にうっ血,盲腸の粘膜下織に好中球の浸潤を伴う水腫がみられたが,他の異常所見は認められなかった.
肝臓では,200 mg/kg投与群で投与期間中に死亡した例のうち,1例に限局性の壊死が観察された.また,200 mg/kg投与群および対照群に門脈周囲性の脂肪化がみられたが,両群間の発現頻度および程度に差は認められなかった.
脾臓では200 mg/kg投与群で投与期間中に死亡した例のうち,1例に萎縮が観察された.また,200 mg/kg投与群および対照群のほとんどの例に髄外造血および褐色色素の沈着がみられたが,両群間の発現頻度および程度に差は認められなかった.
また,200 mg/kg投与群および対照群では腎臓の皮質に好塩基性尿細管,髄質に鉱質沈着が,心臓の心筋に変性/線維化が,肺に泡沫細胞の集簇がみられたが,両群間の発現頻度および程度に差は認められなかった.
その他,対照群の甲状腺で異所性の胸腺組織,死亡した例の肺で限局性の出血がみられたが,他の観察器官に異常は認められなかった.
B. 雌
イ. 肉眼所見
200 mg/kg投与群の7例の前胃粘膜に肥厚がみられ,そのうち5例は陥凹部,4例は水腫を伴っていた.また,40および8 mg/kg投与群の各1例の腺胃粘膜に暗色あるいは黒色の点がみられた.投与期間中死亡した1例の胃および腸管ではガスが貯留していたほか,胸腺の小型化および肺の暗色化が認められた.その他,200,40 mg/kg投与群および対照群の胸腺にも小型化が認められたほか,200 mg/kg投与群には腎臓の淡色域が,対照群では肝臓に白色点あるいは子宮内腔の拡張がみられた.
ロ. 器官重量(Table 9)
雌の器官重量には,対照群とトリメチルアミン各投与群との間に有意差は認められなかった.
ハ. 病理組織学検査(Table 10)
子宮では200 mg/kg投与群および対照群の不妊動物各1例に内腔の拡張がみられ,そのうち対照群の例は200 mg/kg投与群の例と比較して程度が強く,腔上皮に好中球の浸潤を伴っており,腟には角化上皮が観察された.一方,200 mg/kg投与群の不妊例の腟には粘液分泌上皮および角化上皮がみられた.その他,妊娠中に死亡した例の腟には粘液分泌上皮が観察された.卵巣には異常は認められなかった.
胃では200 mg/kg投与群の11例の前胃に扁平上皮の過形成がみられ,そのうち妊娠中に死亡した例を含む8例の粘膜に糜爛あるいは潰瘍,炎症細胞の浸潤が認められたほか,7例の粘膜下織に水腫や肉芽がみられた.また,潰瘍の程度が他の例と比較して強い3例の粘膜では出血がみられ,そのうち2例では漿膜にも肉芽が認められた.対照群の2例の前胃粘膜でも,潰瘍あるいは糜爛,炎症細胞の浸潤を伴う扁平上皮の過形成が観察され,そのうち1例の粘膜下織には水腫および肉芽もみられた.一方,妊娠中に死亡した例では,腺胃粘膜に糜爛,潰瘍ならびに出血が認められた.その他,対照群の1例の腺胃粘膜にも糜爛がみられたほか,200 mg/kg投与群の盲腸の漿膜に肉芽が,対照群の直腸の粘膜下織に水腫がみられた.
肝臓では200 mg/kg投与群で妊娠中に死亡した1例に限局性の壊死が認められた.また,200 mg/kg投与群および対照群に門脈周囲性の脂肪化がみられたが,両群間の発現頻度および程度に明らかな差は認められなかった.
脾臓では,200 mg/kg投与群で妊娠中に死亡した1例に萎縮が認められたほか,200 mg/kg投与群および対照群のほとんどの例で髄外造血や褐色色素の沈着がみられたが,両群間の発現頻度および程度に差は認められなかった.
その他,腎臓では皮質に好塩基性尿細管,近位尿細管の空胞変性,間質にリンパ球浸潤がみられ,心臓では心筋の変性/線維化が,肺では血管に鉱質沈着が,甲状腺では異所性の胸腺組織が認められた.他の観察器官に異常は認められなかった.
2. 生殖発生毒性
1) 親動物
A. 性周期(Table 11)
性周期の観察結果にトリメチルアミン投与の影響は認められなかった.
B. 交配成績(Table 11)
対照群ならびに40 mg/kg投与群の各1組では,2週間の交配期間中に交尾しなかった.また,交尾はしたが不妊であった動物が,対照群に1組,200 mg/kg投与群に1組認められた.しかし,交尾率,受胎率,同居から交尾までに要した日数およびその間に回帰した発情期の回数には,対照群とトリメチルアミン各投与群との間に有意差は認められなかった.
C. 分娩および哺育状態
40 mg/kg投与群の1例では分娩日に産児の回集が認められず,産児の体表温も低下していたが,翌日には回復していた.その他の動物には,分娩および哺育状態の異常は観察されなかった.200 mg/kg投与群の哺育状態は全て良好であったことから,40 mg/kg投与群の1例にみられた哺育状態の不良はトリメチルアミン投与の影響ではないと考えられた.
D. 出産率および妊娠期間(Table 12)
40 mg/kg投与群の1例が妊娠25日に出産したが,他の動物は妊娠22〜23日に出産した.妊娠期間が24日を超える例は,まれではあるものの今回の試験に使用した系統においても自然発生的に認められる所見であること,ならびに高用量群では全例が妊娠22〜23日に出産したことから,この1例の変化はトリメチルアミン投与の影響ではない可能性が高いと判断した.出産率および妊娠期間には対照群とトリメチルアミン各投与群との間に有意差は認められなかった.
E. 妊娠黄体数,着床数および着床率(Table 12)
200 /kg投与群で妊娠22日に死亡した1例を含め,妊娠黄体数,着床数および着床率には,対照群とトリメチルアミン各投与群との間に有意差は認められなかった.
2) 出生児
A. 生存性(Table 12)
分娩率,生児出産率,出生率,新生児の4日の生存率,出産生児数,哺育4日の生児数および性比には,対照群とトリメチルアミン各投与群との間に有意差は認められなかった.死亡児は,対照群で5例,40 mg/kg投与群で7例,200 mg/kg投与群で3例みられたが,死亡時期および死亡児数に特定の傾向は認められなかった.
B. 体重(Table 12)
いずれの投与群も雌雄ともに,対照群と同様な体重推移を示した.
C. 形態
いずれの出生児にも外表奇形は認められず,哺育4日の剖検においても内部器官に異常は認められなかった.また,死亡児の剖検でも異常は観察されなかった.
考察
200 mg/kg投与群の雄で2例,雌で1例の死亡がみられた.これらの動物の生前の一般状態の変化として投与後の流涎,異常呼吸音がみられ,さらに雄では,削痩,呼吸困難,肛門周囲の汚れ,軟便等といった一般状態の悪化を伴った.また剖検の結果,雌雄いずれも胃および腸管にはガスが貯留し,胃粘膜上皮の過形成および炎症像がみられた.トリメチルアミンの単回経口投与毒性試験でも200 mg/kg以上の投与群で,同様な一般状態の変化および剖検所見を伴った死亡が認められている.これらの動物の死因は明らかではないが,次の様な要因が働いた可能性が考えられる.まず,トリメチルアミンが腐食性をもつ強塩基性刺激物質であることから,経口投与により胃粘膜および腸管粘膜を強度に障害し全身状態が悪化していた可能性は高い.本試験の剖検の結果,200 mg/kg投与群の雌雄に前胃粘膜の暗色化および肥厚等の病変が観察され,病理組織学検査の結果,前胃および腺胃の潰瘍,糜爛,炎症,肉芽が観察された.また,同様の変化は,胃と比較して頻度,程度ともに軽度であったが盲腸にもみられている.一方,トリメチルアミンはニコチン性アセチルコリン受容体のアゴニストであることが明らかになっていることから8),呼吸循環器に対しニコチン類似の交感神経興奮作用を呈し,さらに興奮が進行して神経筋接合部の脱分極性遮断作用が死因となった可能性も考えられる.
生存動物においては200 mg/kg投与群で,投与後の一過性の流涎ならびに異常呼吸音が観察され,同群の雄では体重増加の抑制傾向がみられた.トリメチルアミンの単回経口投与毒性試験では200 mg/kgの投与により体重の増加抑制が認められ,125 mg/kg投与群では異常呼吸音が,350 mg/kg投与群では流涎がみられていることから,本試験で認められた雄の体重増加抑制傾向および異常呼吸音等の一般状態の変化はトリメチルアミン投与の影響によるものと考えられた.
本試験では病理組織学検査の結果,胃の潰瘍,炎症,肉芽組織の増殖を伴った前胃粘膜上皮の過形成が観察された.トリメチルアミンの水溶液には局所刺激性があることが知られており,前胃粘膜が刺激性物質により増殖性変化を起こすことから9),消化管にみられた増殖性病変はトリメチルアミン水溶液の刺激に基づく変化と考えられる.
トリメチルアミンは主に肝臓で代謝を受け,ジメチルアミンやトリメチルアミンオキシドとして腎臓から排出される2).腎臓障害時には,トリメチルアミンを含む脂肪族化合物の血中濃度が増加するとの報告がみられ2),トリメチルアミンの代謝,排泄経路である肝臓や腎臓においては影響が発現する可能性が考えられる.本試験においては,尿素窒素濃度の増加が雌では40 mg/kg以上の投与群,雄では200 mg/kg投与群で認められ,200 mg/kg投与群の雄ではクレアチニン濃度の増加がみられた.しかし,これらの測定値は当研究所の背景データから逸脱する値ではない事から,今回の試験で認められた有意差は偶発的なものである可能性が高いと判断した.また,尿検査,器官重量ならびに病理組織学検査結果のいずれにも,腎臓の異常ならびに腎臓以外に血中尿素窒素濃度を変化させる可能性が考えられる広範囲の組織崩壊あるいは肝臓における合成過剰等を示唆する所見は認められなかったことから,トリメチルアミンの投与に基づく腎障害は確認されないものと判断した.
以上の結果から,200 mg/kgのトリメチルアミンの反復投与により動物が死亡したこと,雄では体重の増加抑制傾向および摂餌量の減少がみられ,雌雄ともに胃腸管粘膜の著しい病理学変化が認められたことから,雌雄動物の一般毒性学的な無作用量は40 mg/kg/dayと推定された.
病理学検査の結果,生殖関連器官にトリメチルアミン投与によると考えられる異常は認められず,性周期観察の結果にも影響はみられなかった.また,雌雄動物の交尾率,受胎率,母動物の出産率,妊娠期間,哺育状態,妊娠黄体数,着床数および着床率ならびに産児の生存性,性比,体重および形態にトリメチルアミン投与の影響は認められなかった.以上のことから,生殖発生毒性的な無作用量は雌雄ともに200 mg/kg/day,産児に対する無作用量も200 mg/kg/dayと考えられた.前述の通り,トリメチルアミンはメチルイソシアニドの主要代謝物であり,メチルイソシアニドは生殖毒性を有することが明らかとなっているが,トリメチルアミンにはその作用は認められなかった.
以上の結果から,本試験条件下ではトリメチルアミンの一般毒性的変化に関する無作用量は40 mg/kg/day,また,生殖発生毒性的な変化は認められなかった事から無作用量は雌雄ともに200 mg/kg/day,産児に対する無作用量も200 mg/kg/dayであると推察される.
文献
| 1) | “The Merck Index,” 12th. edition., eds. by S. Budavari, et al., Merck & Co. Inc., Rahway, 1996, p.1527. |
| 2) | S. Lowis, M. A. Eastwood and W. G. Brydon, British Journal of Nutrition, 54, 43(1985). |
| 3) | J. R. Humbert, K. B. Hammond and W. E. Hathaway, Lancet, 2, 770(1970). |
| 4) | D. R. Varma, J. Environ. Sci. Health, A26, 1437(1991). |
| 5) | D. R. Varma, J. Environ. Sci. Health, 27, 265(1987). |
| 6) | D. R. Varma, I. Guest and S. Smith, J. Environ. Sci. Health, 30, 1(1990). |
| 7) | I. Guest and D. R. Varma, Can. J. Physiol. Pharmacol, 71, 185(1992). |
| 8) | M. Alkodon, E. F. R. Pereira, W. S. Cortes, A. Maelicke and E. X. Albuquerque, European Journal of Neuroscience, 9, 2734(1997). |
| 9) | J. R. Glaister,“毒性病理学の基礎,”ソフトサイエンス社,東京,1992, p.87. |
| 連絡先 |
| 試験責任者: | 高島宏昌 |
| 試験担当者: | 桑形麻樹子,宮原 敬,加藤博康,関 剛幸,新藤智子,丸茂秀樹,堀内伸二,稲田浩子,三枝克彦,安生孝子,一原佐知子 |
| (財)食品薬品安全センター秦野研究所 |
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