トリメチルアミンのラットを用いる単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of Trimethylamine in Rats

要約

トリメチルアミンは動物組織に広く分布し,ガス体では皮膚や眼に刺激性があり,魚類の腐食臭を有する物質である1).本物質の急性毒性を検討するため1群5匹からなる5週齢の雌雄ラットに125,200,320,512,820および1310 mg/kgを単回経口投与した.

1310および820 mg/kg投与群の雌雄全例,512 mg/kg投与群の雌雄各2例,320 mg/kg投与群の雄1例,200 mg/kg投与群の雄2例が死亡した.

雄では820 mg/kg,雌では512 mg/kg以上の高用量投与で投与日あるいは投与翌日に死亡する例と320 mg/kg以下の用量で観察第6日以降に死亡する例に大別され,雄の512 mg/kg投与群は両者に属する死亡例がみられた.

投与日死亡例は,投与後速やかに一般状態が悪化し,呼吸不整,体温低下等を呈し,投与から死亡に至るまでの時間は投与量の増加に伴って短くなる傾向がみられた.剖検所見では,全例で腺胃粘膜に暗色部が認められ,組織学検査では前胃のびらん,前胃および腺胃粘膜下織の浮腫がみられた.

一方,観察第6日以降の死亡例では,観察第2日から異常呼吸音が観察され,死亡の1〜4日前に腹部の膨満がみられ,これに前後して排便量の減少,体重減少がみられた.剖検所見では,胃や腸にガスの貯留がみられた.組織学検査では,胃粘膜にびらん,炎症性細胞浸潤等の変化が認められた.

トリメチルアミンのLD50値は,雄では396.9 mg/kg(95 %信頼限界は271.0〜580.2 mg/kg)であり,雌では512〜820 mg/kgの間であると推定された.

方法

1. 被験物質

トリメチルアミンは無色透明の液体で,試験には三菱ガス化学(株)(東京)より提供されたもの(Lot No. M381012,含有量30.8 %,ジメチルアミンを10 ppm以下含有)を用いた.受領物質は,使用時まで冷蔵保管した.なお試験終了後,残余被験物質を提供元で再分析し,被験物質が試験期間中安定であったことを確認した.

投与検体の調製においては,受領した被験物質の水溶液を注射用水(製造番号:9707SA,光製薬(株))で希釈して,被験物質濃度として13.1 w/v%溶液を調製し,これを注射用水により各濃度に段階希釈し,密栓して投与時まで冷蔵,遮光下で保存し,調製3日後に使用した.調製した0.08および15.00 w/v%の調製検体については4日間の,冷蔵,遮光条件下での安定性を確認した.また,各投与検体中の含量を測定した(93.7〜106 %).

2. 使用動物および飼育方法

4週齢のSprague-Dawley系(Crj:CD(SD)IGS)雌雄ラットを,日本チャールス・リバー(株)筑波飼育センターから購入し,検疫と馴化を兼ねて8日間予備飼育した.試験には,予備飼育中の一般状態に異常が認められなかった雌雄各30匹を用い,検疫終了時の体重を基に体重別層化無作為抽出法により1群5匹からなる6群に分けた.投与開始時の週齢は雌雄ともに5週齢であり,体重は雄が129.3〜149.5 g,雌が107.3〜130.7 gであった.

全飼育期間を通じ,動物を金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,温度23〜25 ℃,湿度50〜65 %,換気回数約15回/時,照明12時間(7時〜19時点灯)に設定された飼育室で,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および水道水(秦野市水道局給水)を自由に摂取させて飼育した.

3. 投与量の設定および投与方法

予備試験として雌雄各3匹のラットに250,500,1000 mg/kgを投与した結果,250 mg/kg投与群で体重増加抑制がみられ,死亡が500 mg/kg(雄1/3例,雌2/3例)および1000 mg/kg(雄2/3例,雌全3例)の投与で認められた.よって,雌雄に125,200,320,512,820 および1310 mg/kg(公比約1.6)の用量を設定した.

投与容量は体重1 kg当たり10 mLとし,投与液量は投与前約18時間絶食させた後,投与直前に測定した体重を基に算出し,ラット用胃管を用いて強制的に単回経口投与した.給餌は投与後約3時間に行った.

4. 観察および検査

観察第1日(投与日)から14日間にわたって死亡の有無を確認し,各動物の一般状態を観察した.観察は投与日においては投与直後から1時間まで連続して行い,その後は投与後6時間まで約1時間間隔で実施した.観察第2日から15日までは毎日1回行った.なお,赤色尿がみられた例について尿検査試験紙(マルティスティックス・,バイエル・三共(株))を用いて潜血および蛋白反応を調べた.

体重は生存した全例について,投与直前,観察第2,4,8,11および15日に測定した.また,死亡例については死亡発見時に体重を測定した.

剖検は,死亡例は発見時に,生存例は観察第15日にペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血屠殺して実施した.一部の例の胃および脾臓を0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液で固定し,パラフィン包埋後薄切してヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し,光学顕微鏡を用いてその組織を観察した.

雄のLD50値は,probit法により95 %信頼限界と併せ算出した.

結果

1. 死亡率およびLD50値(Table 1)

1310および820 mg/kg投与群の雌雄全例,512 mg/kg投与群の雄1例,雌2例が投与当日から観察第2日に死亡した.さらに,512および320 mg/kg投与群の雄各1例,200 mg/kg投与群の雄2例が観察第6,7,9日に死亡した.

トリメチルアミンのLD50値は,雄では396.9 mg/kg(95 %信頼限界は271.0〜580.2 mg/kg)であり,雌では512〜820 mg/kgの間であると推定された.

2. 一般状態

1310および820 mg/kg投与群では,雌雄全例で腹臥位あるいは横臥位が投与後1時間以内にみられ,多くの例で自発運動の減少,閉眼,歩行失調,緩徐呼吸,開口呼吸,呼吸不整,体温低下,蒼白,流涙,流涎が観察され,投与から死亡に至るまでの時間は,投与量の増加に伴って短くなる傾向がみられた.また,鼻汁が820 mg/kg投与群の雌雄各1例および1310 mg/kg投与群の雌2例でみられ,他の1例では出血性の鼻汁であった.さらに,1310 mg/kg投与群の雄1例では潜血および蛋白反応が強陽性の赤色尿が投与後5時間にみられた.

512 mg/kg投与群では,投与直後から腹臥位,閉眼,自発運動の減少が雄雌に認められ,雄1例,雌2例が投与日に死亡した.また,投与後6時間に潜血および蛋白反応陽性の赤色尿が雌雄各1例に,鼻汁が雄1例に観察されたが,これらは一過性で翌日には消失した.さらに,観察第2日に雌雄全例で排便量の減少がみられ,雄2例では観察第5日まで持続し,腹部膨満および観察第2あるいは第3日から異常呼吸音が観察され,1例は観察第6日に死亡し,他の1例では観察第15日まで異常呼吸音が持続した.

異常呼吸音は,観察第2日以降,320 mg/kg投与群の雄2例,雌1例,200 mg/kg投与群の雄3例,雌1例,125 mg/kg投与群の雄1例にもみられ,このうち雄の320 mg/kg投与群の1例と200 mg/kg投与群の2例が観察第6,7,9日に死亡した.これらの3例では死亡2〜4日前から腹部膨満および排便量減少も観察された.生存した320 mg/kg投与群の雄では異常呼吸音が観察第15日まで継続したほか,腹部膨満が観察第5,6日に,排便量減少が観察第3〜6日および観察第10〜12日に,蒼白が観察第10〜12日にみられた.一方,同じく生存した200 mg/kg投与群の雄では異常呼吸音は観察第3日に一旦回復したのち観察第8日から観察第15日まで再度発生したが,腹部膨満および排便量減少は観察されなかった.雄の125 mg/kg投与群,雌の200および320 mg/kg投与群各1例で観察された異常呼吸音は一過性で,それぞれ観察第3〜5日には回復した.

3. 体重

125 mg/kg投与群では雌雄とも,観察期間中順調な体重増加がみられた.

雄において,200 mg/kg投与群で,観察第2日に2例で体重減少が,1例で体重増加抑制がみられ,これらの例では観察第4日にも体重が減少した.その後,観察第7日に1例が死亡し,観察第9日死亡例では観察第8日にも体重が減少した.また,生存例1例で観察第11日にも体重減少がみられた.320 mg/kg投与群では,観察第2および4日に2例で体重減少がみられ,そのうち1例は観察第6日に死亡し,生存した例では観察第11日にも体重減少がみられた.512 mg/kg投与群では,観察第2日に体重減少あるいは体重増加抑制がみられ,生存例では観察第11日にも体重減少がみられた.観察第11日に体重減少がみられた200,320および512 mg/kg投与群の各1例の観察第15日の体重は,観察第11日に比較して増加したものの,他の生存例に比較して低値であった.

雌の200および320 mg/kg投与群の各1例で観察第2日に体重増加抑制がみられた.512 mg/kg投与群では,観察第2日に1例で体重減少が,2例で体重増加抑制がみられ,体重が減少した例では観察第4日に体重増加抑制がみられた.

4. 病理学検査

投与日あるいは観察第2日に死亡した512 mg/kg投与群の雄1例雌2例,820および1310 mg/kg投与群の雌雄全例で腺胃粘膜の暗色部が観察され,前胃粘膜の剥離のみられる例もあった.観察第6日以降に死亡した200 mg/kg投与群の雄2例,320および512 mg/kg投与群の雄各1例では,胃から小腸あるいは盲腸にガスの貯留がみられ,200 mg/kg投与群の雄1例では腹水が認められたほか,200,320および512 mg/kg投与群の雄各1例で脾臓の小型化が,200 mg/kg投与群の1例で肺の気腫が観察された.

観察第15日屠殺例の剖検では,512 mg/kg投与群の雌2例で前胃粘膜に淡色部が観察された.

組織学検査では,投与日に死亡した820および1310 mg/kg投与群の雄では胃粘膜のびらん,胃粘膜下織の浮腫がいずれも軽度に観察された.

観察第15日屠殺例の512 mg/kg投与群の雄1例では,前胃および腺胃粘膜固有層に炎症細胞浸潤,ならびに脾臓に髄外造血がいずれも軽度にみられ,同群の雌1例では前胃および腺胃に粘膜の再生が軽度から中等度に,前胃および腺胃の粘膜下織に炎症細胞浸潤,前胃にびらんが軽度に観察された.

考察

トリメチルアミンによる死亡例は,雄では820 mg/kg,雌では512 mg/kg以上の投与群でみられた投与日あるいは投与翌日に死亡する例と,320 mg/kg以下の投与群でみられた観察第6日以降に死亡する例に大別された.

投与早期死亡例では,投与後速やかに一般状態が悪化し,投与から死亡に至るまでの時間は,投与量の増加に伴って短くなる傾向がみられた.剖検では,腺胃粘膜の暗色部が認められ,組織学検査では前胃や腺胃のびらんおよび粘膜下織の浮腫がみられた.これらの所見は,被験物質の水溶液が極めて強い塩基性を示すことに起因した変化と考えられた.

一方,観察第6日以降の死亡例では,観察第2日以降に異常呼吸音が観察され,死亡の1〜2日前から腹部の膨満がみられるのが特徴的であった.この腹部膨満は剖検により,胃腸に多量のガスが貯留することによるものであることが明らかとなり,直接の死因は胃腸の膨満により横隔膜が圧迫され,呼吸困難に陥ったことによると推察された.胃腸内のガス充満の原因については腸閉塞のほか,鼻孔の閉鎖により空気が嚥下されて腸管内に過剰な空気が貯留することが実験的に認められている2).本試験では腸閉塞を疑わせる所見はなく,呼吸器系の変化としては異常呼吸音のほかに肺気腫が1例にみられたのみで,鼻腔の閉塞が疑われる鼻汁も観察されていないことから,ガス貯留の原因は不明であった.

なお,512 mg/kg以上の投与群で投与日に潜血および蛋白反応陽性の赤色尿がみられたが,これは投与当日のみに観察されており,剖検により腎臓や膀胱に変化はみられなかったことから一過性の変化と考えられた.

トリメチルアミンのLD50値は,雄では396.9 mg/kg(95 %信頼限界は271.0〜580.2 mg/kg)であり,雌では512〜820 mg/kgの間であると推定された.

文献

1)“The Merck index,” 12, ed. by S. Budavari, Merck & Co., Inc., N. J., U. S. A., 1996, p.1655.
2)K. Nakajima, G. Ohi, Exp. Anim., 26, 149(1977).

連絡先
試験責任者:永田伴子
試験担当者:勝村英夫,松本浩孝,堀内伸二, 三枝克彦,稲田浩子,安生孝子
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Tomoko Nagata(Study director)
Hideo Katsumura, Hirotaka Matsumoto, Shinji Horiuchi, Katsuhiko Saegusa, Hiroko Inada, Takako Anjo
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center,
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257-8523, Japan.
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