ペンタエリスリトールテトラ(2-エチルヘキサノアート)のチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of Pentaerythritol tetra(2-ethylhexanoate) in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

 ペンタエリスリトールテトラ(2-エチルヘキサノアート)の培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

 細胞増殖抑制試験結果をもとに,短時間処理法S9 mix非存在下およびS9 mix存在下ならびに連続処理法とも5000 μg/mLを最高処理濃度とした625〜5000 μg/mLの濃度範囲で4用量を設定した.短時間処理法においてはS9 mix非存在下および存在下で6時間処理(18時間の回復時間)後,連続処理法においてはS9 mix非存在下で24時間連続処理後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.短時間処理法S9 mix非存在下およびS9 mix存在下ならびに連続処理法のいずれにおいても1250,2500,5000 μg/mLの3用量について顕微鏡観察を実施した.

 その結果,いずれの処理群においても,染色体の構造異常あるいは倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.

 以上の結果より,本試験条件下ではペンタエリスリトールテトラ(2-エチルヘキサノアート)は,染色体異常を誘発しない(陰性)と結論した.

方法

1. 試験細胞株

 哺乳類培養細胞を用いる染色体異常試験に広く使用されていることから,試験細胞株としてチャイニーズ・ハムスターの肺由来の線維芽細胞株(CHL/IU)を選択した.昭和59年11月15日に国立衛生試験所(現:国立医薬品食品衛生研究所)から分与を受け,ジメチルスルホキシド(DMSO,Merck)を10 vol%添加した後,液体窒素中に保存した.試験に際しては凍結細胞を融解し3〜5日ごとに継代したものを使用した.なお,細胞増殖抑制試験では継代数18,染色体異常試験では継代数25の細胞を用いた.

2. 培養液の調製

 Eagle-MEM液体培地(旭テクノグラス)に,非働化(56℃,30分)済み仔牛血清(Invitrogen)を最終濃度で10 vol%になるよう加えた後,試験に使用した.調製後の培養液は冷暗所(4℃)に保存した.

3. 培養条件

 CO2インキュベーター(三洋電機バイオメディカ)を用い,CO2濃度5 %,37℃の条件で細胞を培養した.

4. S9 mix

 製造後6ヵ月以内のキッコーマン製S9 mixを試験に使用した.S9 mix中のS9は誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague- Dawley系雄ラットの肝臓から調製した.また,S9 mixの組成は松岡らの方法 1)に従った.S9 mixの組成を以下に示す.

     成分 S9 mix 1 mL中の量
S9 0.3 mL
MgCl2 5 μmol/0.1 mL
KCl 33 μmol/0.1 mL
G-6-P 5 μmol/0.1 mL
NADP

4 μmol/0.1 mL

HEPES緩衝液(pH 7.2) 4 μmol/0.2 mL
蒸留水

0.1 mL

5. 被験物質

 被験物質のペンタエリスリトールテトラ(2-エチルヘキサノアート)(ロット番号:TOL-887)は純度98.4 % (GC%,残り1.6 %不明,各成分1 %未満)の無色透明の液体である.本剤は水に不溶であるが,エタノールに易溶である.日本精化(兵庫)から提供された被験物質を使用した.被験物質は,使用時まで室温,気密,遮光で保管した.試験終了後,被験物質提供元において残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

6. 被験物質液の調製

 試験の都度,モレキュラーシーブを用いて脱水処理を行ったエタノール(関東化学)で被験物質を溶解し,調製原液とした.調製原液を使用溶媒を用いて順次所定濃度に希釈した後,速やかに処理を行った.

7. 細胞増殖抑制試験(予備試験)

 12ウエルの細胞培養用マルチプレートに細胞を播種し,培養3日後に被験物質液を処理した.短時間処理法ではS9 mix非存在下(-S9処理)あるいは存在下(+S9処理)で6時間処理した後,新鮮な培養液に交換してさらに18時間培養を続けた.連続処理法の場合,24時間連続して処理を実施した.

 細胞を10 vol%中性緩衝ホルマリン液(和光純薬工業)で固定した後,0.1 w/v%クリスタル・バイオレット(関東化学)水溶液で10分間染色した.色素溶出液(30 vol%エタノール,1 vol%酢酸水溶液)を適量加え,5分間程度放置して色素を溶出した後,分光光度計(105-50型,日立製作所)を用いて580 nmでの吸光度を測定した.各用量群について溶媒対照群での吸光度に対する比,すなわち相対細胞増殖率を算出した.

 その結果,短時間処理法-S9処理,同+S9処理および連続処理法24時間処理では,いずれの被験物質処理群においても,相対細胞増殖率が溶媒対照群の50 %以上であったので,50 %細胞増殖抑制濃度を算出できなかった.なお,短時間処理法+S9処理および連続処理法24時間処理の高用量でわずかな細胞増殖抑制がみられた(Fig. 1〜2).

 被験物質処理開始および終了時,いずれの処理においても625 μg/mL以上の用量で油滴状の析出物が認められた.

8. 試験用量および試験群の設定

 細胞増殖抑制試験結果をもとに,染色体異常試験では短時間処理法-S9処理および+S9処理ならびに連続処理法24時間処理とも5000 μg/mLを最高処理濃度とし,以下それぞれ公比2で減じた4用量ならびに溶媒対照群を設定した.

 なお,陽性対照として,短時間処理の場合,-S9処理でマイトマイシンC(MMC,協和醗酵工業)を0.1 μg/mL,+S9処理でシクロホスファミド(CP,塩野義製薬)を12.5 μg/mLの用量で,連続処理の場合MMCを0.05 μg/mLの用量で試験した.

9. 染色体標本の作製

 直径60 mmのプレートを用い,細胞増殖抑制試験と同様に被験物質等の処理を行った.培養終了2時間前に,最終濃度で0.2 μg/mLとなるようコルセミド(Invitrogen)を添加した.トリプシン処理で細胞を剥離させ,遠心分離により細胞を回収した.75 mmol/L塩化カリウム水溶液で低張処理を行った後,固定液(メタノール3容:酢酸1容)で細胞を固定した.空気乾燥法で染色体標本を作製した後,1.2 vol%ギムザ染色液で12分間染色した.

10. 染色体の観察

 短時間処理法において,陰性結果が得られたので,連続処理法の標本についても観察を実施した.

 各プレートあたり100個,すなわち用量当たり200個の分裂中期像を顕微鏡下で観察し,染色体の形態的変化としてギャップ(gap),染色分体切断(ctb),染色体切断(csb),染色分体交換(cte),染色体交換(cse)およびその他(oth)の構造異常に分類した.同時に,倍数性細胞の出現率を記録した.染色体の分析は日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会による分類法 2)に従って実施した.

 すべての標本をコード化した後,染色体分析を実施した.

11. 結果の解析

 ギャップを含めない場合(-gap)について染色体構造異常の出現頻度を表示した.

 各試験群の構造異常を有する細胞あるいは倍数性細胞の出現頻度を,Fisherの直接確率計算法(有意水準片側2.5 %)を用いて検定した.また用量依存性については,Cochran Armitageの傾向検定(有意水準片側2.5 %)を用いて検定した.溶媒対照群と比較し被験物質処理群において有意差が認められ,かつ,再現性あるいは用量に依存性が認められた場合に陽性と判定した.ただし,最終的な判定は試験条件下での生物的な妥当性も考慮して行った.

12. 細胞増殖抑制度の測定

 染色体標本作製時に各プレートの低張処理した細胞液を一定量採取し,ATP測定用試薬キット(ルシフェール250,キッコーマン)およびATPフォトメーター(ルミテスター C-100LU,キッコーマン)を用いて相対発光量(Relative Light Unit:RLU)を求めATP含量を測定した.溶媒対照群におけるRLUに対する比(=相対細胞増殖率)を各用量群について求め,細胞増殖抑制度とした.

結果および考察

 短時間処理法での試験結果をTable 1〜2に示した.ペンタエリスリトールテトラ(2-エチルヘキサノアート)処理群の場合,染色体構造異常出現頻度は,-S9処理では1250 μg/mLで1.0 %,2500 μg/mLで0.5 %,5000 μg/mLで0.0 %,+S9処理では1250 μg/mLで0.5 %,2500 μg/mLで1.0 %,5000 μg/mLで0.0 %を示し,溶媒対照群と同等であった.倍数性細胞の出現頻度についても,-S9処理および+S9処理とも溶媒対照群と同等であった.また,全ての用量で相対細胞増殖率が溶媒対照群の50 %以上であった.一方,S9 mix非存在下における陽性対照物質MMCで処理した細胞,およびS9 mix存在下における陽性対照物質CPで処理した細胞では染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.

 ペンタエリスリトールテトラ(2-エチルヘキサノアート)における-S9処理および+S9処理での結果は,いずれも陰性と判定されたことから,連続処理法24時間処理の染色体の観察を実施し,結果をTable 3に示した.ペンタエリスリトールテトラ(2-エチルヘキサノアート)処理群での染色体構造異常出現頻度は,1250 μg/mLで0.5 %,2500 μg/mLで0.0 %,5000 μg/mLで0.5 %を示し,溶媒対照群と同等であった.倍数性細胞の誘発傾向はいずれの用量においても観察されなかった.また,全ての用量で相対細胞増殖率が溶媒対照群の50 %以上であった.一方,陽性対照物質MMCで処理した細胞では染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.

 短時間処理法-S9 mix処理および+S9 mix処理ならびに連続処理法において,被験物質処理開始および終了時,全ての用量で油滴状の析出物が認められた.

 以上の試験結果から,本試験条件下においてペンタエリスリトールテトラ(2-エチルヘキサノアート)のチャイニーズ・ハムスター培養細胞に対する染色体異常誘発性に関し,陰性と判定した.

 なお,本被験物質〔ペンタエリスリトールテトラ(2-エチルヘキサノアート)〕について,遺伝毒性ならびに発がん性に関する報告はない.類縁体であるPentaerythritol tetranitrateについては,2年間のラット発がん性試験で,Zymbal腺に新生物が低頻度で認められた3).また,ペンタエリスリトールは,細菌を用いる復帰変異試験で陰性 4),CHL/IU細胞を用いた染色体異常試験で陰性 5)と報告されている.

文献

1) Matsuoka A, Hayashi M, Ishidate M Jr:Chromo-somal aberration tests on 29 chemicals combined with S9 mix in vitro. Mutation Res, 66:277-290 (1979).
2) 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(編):「化学物質による染色体異常アトラス」朝倉書店,東京(1988)pp. 31-35.
3) Bucher JR, Huff J, Haseman JK, Eustis SL, Lilja HS and Murthy AS:No evidence of toxicity or carcinogenicity of Pentaerythritol tetranitrate given in the diet to F344 rats and B6C3F1 mice for up to two years. J Appl Toxicol, 10(5):353-357(1990).
4) 澁谷徹ら:ペンタエリスリートールの細菌を用いる復帰変異試験.化学物質毒性試験報告,3:277-280 (1996).
5) 田中憲穂ら:ペンタエリスリートールのテャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験.化学物質毒性試験報告,3:281- 283(1996).

連絡先
試験責任者: 益森勝志
試験担当者: 古屋有佳子,田中 仁,菊池正憲,
夏目匡克,永井美穂,鈴木ゆみ子,
上田摩弥,嶋田佐和子,赤星まゆみ,
仲村渠奈美子,鈴木雅也
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田市塩新田582-2
Tel 0538-58-1266 Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors: Shoji Masumori (Study director)
Yukako Furuya, Jin Tanaka,
Masanori Kikuchi,
Masakatsu Natsume, Miho Nagai,
Yumiko Suzuki, Maya Ueda,
Sawako Shimada, Mayumi Akahoshi,
Namiko Nakandakari, Masaya Suzuki
Biosafety Research Center, Foods, Drug and Pesticides (An-pyo Center)
582-2 Shioshinden, Iwata-shi, Shizuoka, 437-1213, Japan
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