N-(カルボキシメチル)-N,N-ジメチル-1-ドデカナミニウムのチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Testof N-(Carboxymethyl)-N,N-dimethyl-1-dodecanaminium, inner salt in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

 N-(カルボキシメチル)-N,N-ジメチル-1-ドデカナミニウムの培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響を調べるため,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

 細胞増殖抑制試験の結果をもとに,短時間処理法のS9 mix存在下では300 μg/mL,S9 mix非存在下では200 μg/mLを,連続処理法の24時間処理では150 μg/mLを各々最高濃度として,公差25 μg/mLで5濃度ずつを設定した.また,連続処理法の24時間処理では,50 %以上の細胞増殖抑制を示す用量の標本において分析ができなかったため,150 μg/mLを最高濃度として,公差10 μg/mLで6濃度を設定し,追加試験を実施した.

 短時間処理法のS9 mix存在下およびS9 mix非存在下ならびに連続処理法24時間処理のいずれの処理群においても,染色体の構造異常や倍数性細胞の出現頻度は5 %未満であった.

 以上の結果より,本試験条件下ではN-(カルボキシメチル)-N,N-ジメチル-1-ドデカナミニウムは,染色体異常を誘発しない(陰性)と結論した.

方法

1. 使用した細胞

 大日本製薬から入手(2003年9月,入手時:継代14代,凍結時:17代)したチャイニ−ズ・ハムスター肺由来のCHL/IU細胞を,解凍後継代4週間以内で試験に用いた.

2. 培養液の調製

 培養には,非働化した仔牛血清(Invitrogen Corp.,ロット番号: 353445)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬)培養液を用いた.

3. 培養条件

 2×10^4個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたディッシュ(径6 cm,Becton Dickinson and Company)に播き,37℃のCO2インキュベーター(5 %CO2)内で3日間前培養した.
前培養後,短時間処理法では,S9 mix存在下および非存在下で被験物質を6時間処理し,その後,新鮮な培養液でさらに18時間培養した.連続処理法では,被験物質を24時間連続処理した.

4. 被験物質

 N-(カルボキシメチル)-N,N-ジメチル-1-ドデカナミニウム(ロット番号: 3047,花王(東京)提供)は,純度27.1 %の微黄色透明液体である.被験物質は使用時まで室温,遮光下で密閉容器に保存した.

 実験終了後,残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

5. 被験物質溶液の調製

 被験物質調製液は,用時調製した.被験物質の秤量に際しては,純度換算(27.1 %)を実施した.溶媒は生理食塩液(大塚製薬工場,ロット番号: K3K96)を用いた.被験物質を溶媒に溶解して原液を調製し,ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の10 vol%になるように加えた.

6. 細胞増殖抑制試験

 染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.

 短時間処理法のS9 mix存在下および非存在下では,同じく50〜500 μg/mLの濃度範囲で7濃度を,連続処理法の24時間処理では12.5〜200 μg/mLの濃度範囲で6濃度を各々設定した.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,血球計算盤を用いて各群の細胞を計数し,陰性(溶媒)対照群に対する相対増殖率をもって指標とした.この細胞増殖率が50 %を挟む2用量を結ぶ直線式より50 %の細胞増殖抑制を示す濃度を算出した.その結果,50 %細胞増殖抑制濃度は,短時間処理法のS9 mix存在下で242 μg/mL,S9 mix非存在下で146 μg/mL,連続処理法の24時間処理で107 μg/mLであった(Fig.1).

7. 実験群の設定

 細胞増殖抑制試験の結果をもとに,短時間処理法のS9 mix存在下では300 μg/mL,S9 mix非存在下では200 μg/mLを,連続処理法の24時間処理では150 μg/mLを各々最高濃度として,公差25 μg/mLで5濃度ずつを設定した.また,連続処理法の24時間処理では,50 %以上の細胞増殖抑制を示す用量の標本において分析ができなかったため,150 μg/mLを最高濃度として,公差10 μg/mLで6濃度を設定し,追加試験を実施した.

 陽性対照群として,短時間処理法のS9 mix存在下では,ベンゾ〔a〕ピレン(東京化成工業,ロット番号: GG01)を20 μg/mL濃度で,S9 mix非存在下では,マイトマイシンC(協和発酵工業,ロット番号: 413ACF)を0.1 μg/mL濃度で,連続処理法では,マイトマイシンCを0.05 μg/mL濃度で各々設定した.

8. 染色体標本作製法

 培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が0.1 μg/mLになるように各ディッシュの培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき2枚作製した.作製した標本を,3 vol%ギムザ溶液で20分間染色した.

9. 染色体分析

 作製したスライド標本のうち,1つのディッシュから得られたスライドを処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型の切断,交換などの構造異常およびギャップの有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.ギャップは構造異常には含めなかった.また,構造異常および倍数性細胞について1群200個の分裂中期細胞を分析した.ただし,連続処理法24時間処理の追加試験の120 μg/mLでは,1群178個(各ディッシュ84個および94個)の分裂中期像しか得られなかった.また,短時間処理法S9 mix存在下の300 μg/mLの一方のディッシュでは細胞毒性により観察に必要な規定数の分裂中期細胞が得られず,このスライド標本を分析の対象から除外したため,1群100個の分裂中期細胞のみ分析した.連続処理法24時間処理の本試験の150 μg/mLおよび追加試験の130,140,150 μg/mLの両ディッシュから作製した標本についても同様に分析の対象から除外した.

10. 記録と判定

 陰性対照群,陽性対照群および被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.被験物質の染色体異常誘発性についての判定は,石館ら2)の判定基準に従い,染色体異常を有する細胞の頻度が5 %未満を陰性,5 %以上10 %未満を疑陽性,10 %以上を陽性とした.

11. 細胞増殖の測定

 染色体標本作製と同一のサンプルにおける細胞増殖を測定した.標本作製時に剥離した細胞の一部を採取し,血球計算盤で細胞を計数した.

結果および考察

 短時間処理法による染色体分析の結果をTable 1に示した.N-(カルボキシメチル)-N,N-ジメチル-1-ドデカナミニウムを加えてS9 mix存在下および非存在下で6時間処理した,いずれの被験物質処理群においても,染色体構造異常細胞および倍数性細胞の出現頻度は5 %未満であった.

 連続処理法による染色体分析の結果をTable 2(本試験)およびTable 3(追加試験)に示した.N-(カルボキシメチル)-N,N-ジメチル-1-ドデカナミニウムを加えて24時間連続処理した,いずれの被験物質処理群においても,染色体構造異常および倍数性細胞の出現頻度は5 %未満であった.

 以上の結果から,N-(カルボキシメチル)-N,N-ジメチル-1-ドデカナミニウムは本試験条件下において,染色体異常を誘発しないと結論した.

 なお,類似化合物であるL-Arginine L-gultamate,Glycine,Isoamyl formate,L-Isoleucine,Methyl AcetylricinolateおよびMonosodium L-aspartateは,染色体異常試験で陰性の結果が報告されている2).

 

文献

1) 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(編):「化学物質による染色体異常アトラス」朝倉書店,東京(1988)pp. 16-37.
2) 祖父尼俊雄(監修):「染色体異常試験データ集」1998年版,エル・アイ・シー,東京(2000)p.62.p.261.p.289.p.294.p.322.p.343


連絡先
試験責任者: 成見香瑞範
試験担当者: 堀 一成,齋藤 準,石毛裕子,
梶原昭彦,高嶋恵美,清成亜紀子,
高橋美記子,長友弘子
(株)三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
〒314-0255 茨城県神栖市砂山14
Tel 0479-46-2871 Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors: Kazunori Narumi (Study director)
Kazushige Hori, Hitoshi Saitou,
Yuko Ishige, Akihiko Kajiwara,
Emi Takashima, Akiko Kiyonari,
Mikiko Takahashi, Hiroko Nagatomo
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Kamisu-shi, Ibaraki, 314-0255 Japan
Tel +81-479-46-2871 Fax +81-479-46-2874