1,1-ビス(tert-ブチルジオキシ)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンの28日間反復経口投与毒性試験(回復14日間)を雌雄のSprague-Dawley系ラットを用いて実施した.投与量は雌雄とも0(対照群),100,300および1000 mg/kgとし,0および1000 mg/kg投与群は回復試験の動物を含む1群10匹,100および300 mg/kg投与群は1群5匹を使用して試験を行った.
その結果,投与期間中に死亡例はみられなかったが,回復第3日に1000 mg/kg投与群の雄1例が死亡した.
一般状態の変化としては,投与第2日以降,雄では300 mg/kg以上の投与群,雌では100 mg/kg以上の投与群で,投与後に一過性の流涎が認められた.また,1000 mg/kg投与群の雌雄で投与第1週ないし2週の摂餌量が低値を示した.血液学検査では,1000 mg/kg投与群の雌雄でプロトロンビン時間の延長あるいは延長傾向と活性部分トロンボプラスチン時間の延長が認められた.さらに,1000 mg/kg投与群の雌では,血色素量の減少がみられたが,骨髄像には,雌雄とも対照群と比較して著しい差は認められなかった.血液生化学検査では,1000 mg/kg投与群において,ブドウ糖濃度の低下が雄に,GPT活性の上昇が雌雄に,γ-GTP活性の上昇が雌にそれぞれ認められた.また,雌では,総蛋白濃度の上昇が1000 mg/kg投与群に,アルブミン濃度の低下が100 mg/kg 投与群にそれぞれ認められ,被験物質投与群では,いずれもA/G比が有意な低値を示した.さらに,300 mg/kg以上の投与群では,雌で総コレステロール濃度の上昇がみられ,雄でトリグリセライド濃度の低下が認められた.器官重量では,雌雄とも用量に依存して肝臓および腎臓の重量が増加した.その他,雌の被験物質投与群では,いずれも副腎の絶対重量に増加がみられ,相対重量においても増加あるいは増加傾向が認められた.投与期間終了時の主な剖検所見としては,1000 mg/kg投与群の一部の例に,肝臓の暗色化,大型化あるいは小葉像の明瞭化が観察された.病理組織学検査では,肝臓の小葉中心性の肝細胞肥大が,雄では300 mg/kg以上,雌では100 mg/kg以上の投与群に観察され,用量に依存してその程度が増強した.さらに,肝臓の門脈周囲性の脂肪化が雌では用量に依存して増強した.腎臓では,雄の被験物質投与群の全例に,近位尿細管の好酸性細胞質内封入体と好酸性小体が観察され,好酸性細胞質内封入体の程度は用量に依存して増強した.副腎では,雌の被験物質投与群の多くの例に束状帯細胞の細胞質肥大が観察された.
回復第3日の死亡例の主な所見としては,投与期間終了時と同様な所見に加え,脳および脊髄の硬膜下,膀胱,胸腺,腸間膜リンパ節,下顎リンパ節の出血のほか,精巣,精巣上体,前立腺の間質に出血が認められた.
回復期間終了時の検査では,被験物質投与群の雌雄でヘマトクリット値の減少がみられたほか,血色素量の減少が雌に,また,平均赤血球血色素濃度の上昇が雄に認められた.また,被験物質投与群の雄では,腎臓の好塩基性尿細管が観察される例が多く,その程度も増強した.しかし,投与期間終了時にみられた他の変化は消失あるいは軽減する傾向にあった.
以上のことから,本試験条件下における1,1-ビス(tert-ブチルジオキシ)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンの無影響量は,雌雄とも100 mg/kg未満であると判断された.
投与検体は,用量ごとに被験物質を秤量し,所定濃度となるようにコーン油(ロット番号:V8P7069,ナカライテスク(株))を加えて溶解して調製した.なお,初回に調製した各濃度の投与検体の含量測定を実施した結果,溶液中の被験物質の平均含量は,所定濃度の96.9〜101 % であった.また,動物試験に先立って,被験物質の2および20 w/v%溶液の安定性を調べたところ,調製後,冷蔵,遮光条件下で12日間は安定であることが確認されたため,投与検体は1週に1回の割合で調製し,使用時まで冷蔵,遮光条件下で保管した.
群分けは,検疫期間中に異常がなかった動物を用い,投与開始前日の体重に基づいて体重別層化無作為抽出法により行った.動物数は,雌雄とも対照群および高用量群を各10匹とし,低および中用量群を各5匹とした.
動物は,温度24 ± 1 ℃,湿度50〜65 %,換気回数約15回/時,照明12時間(7〜19時点灯)に設定した飼育室内で,金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および水道水(秦野市水道局給水) を自由摂取させて飼育した.
投与経路は強制経口投与とし,1日1回,28日間,ラット用胃管を用いて投与した.投与容量は5 mL/kgとし,投与液量は雌雄とも最近時の体重をもとに個体別に算出した.なお,回復期間は14日間とした.
法),アルカリフォスファターゼ活性(GSCC法),GOT活性 (IFCC法),GPT活性(IFCC法),γ-GTP活性(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法),トリグリセライド濃度(GPO・DAOS法),無機リン濃度(モリブデン酸直接法),カルシウム濃度(OCPC法)を測定し,A/G比を算出した.また,全自動電解質分析装置(EA05,(株)A&T)により,ナトリウム濃度,カリウム濃度および塩素濃度(イオン電極法)を測定した.
回復期間終了時の被験物質投与群では,雌の血色素量に有意な減少が認められたほか,ヘマトクリット値の有意な減少が雌雄に,また,平均赤血球血色素濃度の有意な上昇が雄に認められた.一方,投与期間終了時にみられた血液凝固時間の延長は,雌雄とも認められなかった.
回復期間終了時の被験物質投与群では,雄のA/G比が有意な低値を示し,雌でもその値は対照群と比較して低い傾向にあった.その他,被験物質投与群の雌では,無機リン濃度に有意な上昇がみられたが,その値は投与期間終了時の対照群の値と同程度であることから,被験物質投与およびその後に続く回復期間に関連のない変化と考えられる.
回復期間終了時の被験物質投与群では,雌雄の肝臓および腎臓の相対重量に有意な増加がみられた.このほか,雄の脾臓および雌の脳の相対重量と,卵巣の絶対および相対重量に有意な増加が認められたが,いずれも投与期間終了時には変化がなく,その程度も軽度であった.
その結果,一般状態の変化としては流涎が,雄では300 mg/kg以上の投与群に,また,雌では100 mg/kg以上の投与群に認められた.流涎は,個体によっては投与時の保定の段階でみられることがあり,いずれも投与後1時間以内に消失する一過性のものであった.その発症例数は用量に依存し,多くは投与第5日以降にみられ,回復期間中にはみられなかったことから,被験物質による味覚刺激等によって成立した条件反射によるものと考えられる.その他,回復第3日に死亡した1例では,死亡前日から後肢が麻痺し,歩行不能状態となり,血尿と考えられる赤色尿の排泄が観察されたが,後肢の麻痺は,後述する脳および脊髄の硬膜下の出血に起因し,血尿は,膀胱の出血によるものと考えられた.
体重および摂餌量の変化として,1000 mg/kg投与群の雌雄で投与第1週ないし2週の摂餌量が,対照群と比較して低かったが,その後の体重および摂餌量には対照群との間で差は認められず,摂餌量の減少は投与初期のみに認められた変化であった.また,尿検査所見には,被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.したがって,被験物質投与により,体重,摂餌量,尿性状には著しい影響を及ぼさないと考えられる.
血液学検査所見として,1000 mg/kg投与群の雌雄にプロトロンビン時間および活性部分トロンボプラスチン時間の延長が認められた.これらの所見に関連して,回復期間中に死亡した1000 mg/kg投与群の雄1例では,脳および脊髄の硬膜下,胸腺,膀胱など複数の器官に出血がみられた.一方,回復期間終了時の検査では,血液凝固時間の延長はみられなかったことから,これらの所見は可逆的変化と考えられる.その成因については,後述するように,1000 mg/kg投与群では肝障害が疑われるため,肝臓での血液凝固因子の生成が障害されたことにより,血液凝固時間の延長がみられた可能性が考えらる.回復期間中に死亡した1例でみられた出血も,同様な障害によって生じた可能性も考えられるが,肝障害の程度はいずれも比較的軽度であることから,その詳細は不明である.また,1000 mg/kg投与群の雌では,投与期間終了時の検査で,血色素量の減少が認められた.回復期間終了時の検査では,雌の血色素量に減少がみられたほか,ヘマトクリット値の減少が雌雄に,平均赤血球血色素濃度の上昇が雄に認められた.マウスに1,1-ビス(tert-ブチルジオキシ)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンを投与すると,赤血球数,血色素量,ヘマトクリット値および平均赤血球容積の減少がみられ,造血系への影響が示唆されている1).しかしながら,本試験の投与期間終了時の骨髄像検査および脾臓の組織学検査では変化が認められなかったことから,本試験の結果からはその機序を明らかにすることはできなかった.
血液生化学検査所見として,1000 mg/kg投与群では,GPT活性の上昇が雌雄に,また,γ-GTP活性の上昇が雌に,それぞれ認められた.これらは,後述する肝臓の組織所見と関連して,軽度な肝障害がある可能性が示唆された.また,1000 mg/kg投与群の雌に総蛋白濃度の上昇が,また,100 mg/kg投与群の雌にアルブミン濃度の低下が,それぞれ有意な差として認められ,雌の被験物質投与群では,いずれもA/G比が有意な低値を示し,グロブリン濃度の上昇が疑われた.さらに,1000 mg/kg投与群の雄にブドウ糖濃度の低下が認められた.この他,300 mg/kg以上の投与群では,雌に総コレステロール濃度の上昇がみられ,雄にトリグリセライド濃度の低下が認められた.一方,回復期間終了時の検査では,A/G比が被験物質投与群の雄で有意な低値を示し,雌でも対照群と比較して低い傾向にあったが,投与期間終了時にみられたA/G比以外の変化は認められなかった.これらの血液生化学的変化の成因には,肝臓における蛋白合成,脂質代謝あるいは糖代謝の変化が関与している可能性が考えられる.
病理学検査所見として,被験物質投与群では,雌雄とも用量に依存して肝臓の重量が増加し,組織学的には,肝臓の小葉中心性の肝細胞肥大が,雄では300 mg/kg以上,雌では100 mg/kg以上の投与群に観察され,用量に依存してその程度が増強した.同様の変化はマウスでも認められ,薬物代謝酵素の誘導が示唆されている1, 2).今回の試験では,これらの変化に加えて,肝臓の門脈周囲性の脂肪化が雌の被験物質投与群では用量に依存して増強し,前述のように,1000 mg/kg投与群ではGPT活性あるいはγ-GTP活性の上昇が認められたことから,軽度ではあるが肝障害作用も示唆された.なお,肝臓の病理学的所見は,投与期間終了後,14日間の回復期間を経ることにより,消失あるいは軽減する傾向にあった.腎臓では,被験物質投与群で重量が増加し,雄の全例に近位尿細管の好酸性細胞質内封入体および好酸性小体が観察され,好酸性細胞質内封入体の程度は用量に依存して増強した.これらの変化に関しては,tert-ブチルシクロヘキサンをはじめ,多くの化学物質投与で,雄ラットにおいて同様の好酸性細胞質内封入体が出現するα2u-globulin nephropathyが認められている3, 4)ことから,本試験においても同様な変化が生じたものと考えられる.一方,回復期間終了時の検査では,これらの変化は消失,あるいは対照群との差がなくなり,尿細管の再生像とみられる好塩基性尿細管が雄の被験物質投与群で頻度および程度とも増強した.したがって,雄ラットでは1,1-ビス(tert-ブチルジオキシ)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサン投与により腎臓に毒性変化が現れるが,投与中止により,回復傾向を示すことが示唆された.また,雌の被験物質投与群でも腎臓重量の増加がみられたが,組織学的には著しい変化は認められず,重量増加の成因は,本試験では明らかにすることはできなかった.副腎では,雌の被験物質投与群に重量増加がみられ,組織学的には束状帯細胞の細胞質肥大が認められた.副腎に関する変化は,回復期間終了時には軽減したことから,被験物質投与に起因した変化と考えられるが,その毒性学的意義は不明であった.
以上のように,1,1-ビス(tert-ブチルジオキシ)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンの反復投与により,肝臓の小葉中心性の肝細胞肥大が雌では100 mg/kg以上,雄では300 mg/kg以上の用量でみられた.雌ではさらに100 mg/kg以上の用量で門脈周囲性の脂肪化の程度が増強したほか,A/G比の低下が認められた.この他,肝臓に関連する所見として,1000 mg/kgの用量では,雌雄で血液凝固時間の延長,GPT活性の上昇等が認められ,肝障害作用が示唆された.また,肝臓の他に,雄では100 mg/kg以上の用量で腎臓の近位尿細管に好酸性細胞質内封入体が出現し,腎毒性が示唆され,さらに,雌では100 mg/kg以上の用量で副腎の束状帯細胞の細胞質肥大が認められた.これらのことから,本試験条件下における1,1-ビス(tert-ブチルジオキシ)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンの無影響量は,雌雄とも100 mg/kg/day 未満であると判断された.
| 1) | 三井雅之,古川文夫,鈴木順子,榎並倫宣,西川秋佳,高橋道人,衛生試験所報告, 110, 42(1992). |
| 2) | M. Mitsui, F. Furukawa, M. Sato, T. Enami, T. Imazawa, A. Nishikawa, M. Takahashi, Fd Chem. Toxic., 31, 929(1993). |
| 3) | G. M. Henningsen, K. O. Yu, R. A. Salomon, M. J. Ferry, I. Lopez, J. Roberts, M. P. Serv , Toxicology Letter, 39, 313(1987). |
| 4) | L. D. Lehman-Mckeeman, α2u-Globulin Nephro-pathy, “Comprehensive Toxicology,” Volume 7, Renal Toxicology, Vol. ed. by R. S. Goldstein, eds. by I. G. Sipes, C. A. McQueen, A. J. Gandolfi, Elsevier science Ltd., Oxford, 1997, pp.667-692. |
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