ピグメントオレンジ16の細菌を用いる復帰変異試験

Reverse Mutation Test of Pigment orange 16 on Bacteria

要約

ピグメントオレンジ16について,細菌を用いる復帰変異試験を実施した.

検定菌として,Salmonella typhimurium(TA100,TA98,TA1535,TA1537)およびEscherichia coli(WP2 uvrA)の5菌株を用いた.試験は2回繰り返して実施し,S9 mix無添加群および添加群のTA100,TA1535,TA98ならびにTA1537で4.88〜313 μg/plateの7用量,S9 mix無添加群および添加群のWP2 uvrAで39.1〜5000 μg/plateの8用量で試験を実施した.

その結果,S9 mix無添加群および添加群のいずれにおいても,溶媒対照に比べ復帰突然変異コロニー数の明確な増加は認められなかった.

しかしながら,ピグメントオレンジ16のアゾ基の還元により生成されるo-ジアニシジンについてAmes試験陽性との報告があることから,アゾ基の還元を促進する代謝活性化系を用い,TA98のみの追加試験を実施した.1.17〜300 μg/plateの9用量でピグメントオレンジ16の処理を実施した結果,復帰突然変異コロニー数の増加は認められなかった.

以上の結果より,本試験条件下ではピグメントオレンジ16は,変異原性を有しない(陰性)と結論した.

方法

1. 試験菌株

細菌を用いる復帰変異試験に広く使用されていることから,試験菌株としてヒスチジン要求性のSalmonella typhimurium TA100,TA98,TA1535およびTA1537 1)ならびにトリプトファン要求性のEscherichia coli WP2 uvrA 2)の5種類の菌株を選択した.

ネズミチフス菌は昭和58年9月9日にカリフォルニア大学のB. N. Ames教授から,また,大腸菌については昭和58年3月16日に国立衛生試験所(現:国立医薬品食品衛生研究所)から分与を受けた.平成11年6月29日ならびに平成11年9月28日に菌株の特性検査を実施し,本試験に用いた菌株が規定の特性を保持していることを確認した.

各菌株の菌懸濁液はジメチルスルホキシド(DMSO:MERCK KGaA)を添加した後,凍結保存用チューブに0.2 mLずつ分注した.これを液体窒素を用いて凍結し,超低温フリーザーに-80 ℃で保存した.

2. 培地の調製

1) 最少グルコース寒天平板培地(プレート)

オリエンタル酵母工業(株)製のテスメディアAN培地を購入し,試験に用いた.本プレートは,Vogel-Bonnerの最少培地Eを含む水溶液(0.02 %硫酸マグネシウム・7水塩,0.2 %クエン酸・1水塩,1 %リン酸二カリウム・無水塩,0.192 %リン酸一アンモニウム,0.066 %水酸化ナトリウム[いずれも最終濃度])に2 %のグルコース(和光純薬工業(株))と1.5 %の寒天(OXOID:No. 1)を加え,径90 mmのシャーレに1枚当たり30 mLを分注したものである.

2) トップアガー(軟寒天)

塩化ナトリウム0.5 %を含む0.6 % Bacto-agar(Difco)水溶液10容量に対し,ネズミチフス菌を用いる試験の場合,0.5 mmol/L L-ヒスチジン(関東化学(株))-0.5 mmol/L D-ビオチン(関東化学(株))水溶液を1容量加え,大腸菌を用いる試験の場合,0.5 mmol/L L-トリプトファン(関東化学(株))水溶液を同じく1容量加え用いた.

3. 前培養条件

内容量200 mLのバッフル付三角フラスコに2.5 %ニュートリエントブロス(Oxoid Nutrient Broth No. 2:OXOID)溶液を25 mL分注し,これに融解した菌懸濁液を50 μL接種した.ウォーターバスシェーカー(MM-10:タイテック(株))を用い,37 ℃で8時間振盪(往復振盪:100回/分)培養し,菌濃度を確認した後試験に使用した.

4. S9 mix

(ラット)

製造後6ヵ月以内のキッコーマン(株)製S9 mixを試験に使用した.S9 mix中のS9は誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague-Dawley系雄ラットの肝臓から調製されたものである.S9 mixの組成を次に示す.

成  分S9 mix 1 mL中の量
S90.1 mL
MgCl28 μmol
KCl33 μmol
G-6-P5 μmol
NADPH4 μmol
NADH4 μmol
Na-リン酸緩衝液(pH 7.4)100 μmol
精製水残 量

(ハムスター)

製造後6ヵ月以内のオリエンタル酵母工業(株)製S9を試験に使用した.S9 mix中のS9は無誘導のSyrian系雄ハムスターの肝臓から調製されたものである.S9 mixの組成を以下に示す.

成  分S9 mix 1 mL中の量
S90.3 mL
MgCl28 μmol
KCl33 μmol
G-6-P20 μmol
G-6-P脱水素酵素2.8 unit
NADH2 μmol
NADP4 μmol
FMN2 μmol
Na-リン酸緩衝液(pH 7.4)100 μmol
精製水残 量

5. 被験物質

ピグメントオレンジ16(ロット番号:46236L)は純度99 %以上の橙色粉末で,水,DMSO,アセトン,メタノール,トルエンに不溶である.大日本インキ化学工業(株)から提供された被験物質を使用した.被験物質は,使用時まで室温で保管した.試験終了後,被験物質提供元において残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

6. 被験物質液の調製

試験の都度,モレキュラーシーブを用いて脱水処理を行ったDMSO(MERCK KGaA)で被験物質を懸濁させ調製原液とした.調製原液を使用溶媒を用いて順次所定濃度に希釈した後,速やかに処理を行った.

7. 試験用量の設定

19.5,78.1,313および1250 μg/plateの用量を用いて予備的な試験を実施した.S9 mix無添加群ならびに添加群のTA100,TA1535,TA98およびTA1537で78.1〜313 μg/plateにおいて試験菌株に対する生育阻害作用が観察されたが,1250 μg/plateにおいては被験物質残存のため,背景菌の観察は不可能であった.

従って,本試験においてはS9 mix無添加群ならびに添加群のTA100,TA1535,TA98およびTA1537で313 μg/plate,WP2 uvrAで5000 μg/plateを最高用量とし,それぞれ7〜8用量(公比2)を設定した.また,追加試験においては,本試験の結果を参考に300 μg/plateを最高用量とし,9用量(公比2)を設定した.

8. 陽性対照物質

陽性対照物質として下記に示した物質を使用した.これらの陽性対照物質は,DMSOを用いて溶解し,少量ずつ分注した後凍結保存(-20 ℃)した.
2-(2-フリル)-3-(5-ニトロ-2-フリル)アクリルアミド(AF-2:和光純薬工業(株))
アジ化ナトリウム(NaN3:和光純薬工業(株))
9-アミノアクリジン塩酸塩(9-AA:Aldrich社)
2-アミノアントラセン(2-AA:和光純薬工業(株))

9. 試験方法

Amesらの原法1)の改良法であるプレインキュベーション法に準じて,S9 mix無添加群および添加群それぞれについて試験を実施した.試験管に,使用溶媒,被験物質液あるいは陽性対照物質溶液を100 μL,次いでS9 mix無添加群の場合,0.1 mol/L ナトリウム・リン酸緩衝液(pH 7.4)を500 μL,S9 mix添加群の場合,S9 mixを500 μL添加した.さらに,試験菌液100 μLを加え,37 ℃で本試験の場合20分間,追加試験の場合30分間振盪培養(プレインキュベーション)した.培養終了後,あらかじめ45 ℃に保温したトップアガーを2 mL添加し,混合液をプレート上に重層した.37 ℃の条件で48時間各プレートを培養した後,被験物質の試験菌株に対する生育阻害作用を確認するため,実体顕微鏡(× 60)を用いてプレート上の試験菌株の生育状態を観察した.次いで,復帰突然変異により生じたコロニーを計数した.計測に際してはコロニーアナライザー(CA-11:システムサイエンス(株))を用いた.各濃度につき3枚のプレートを使用した.また,独立して試験を2回実施した.

10. 結果の解析

復帰突然変異コロニー数が溶媒対照のほぼ2倍以上に増加し,かつ,再現性あるいは被験物質の用量に依存性が認められた場合に,陽性と判定した.追加試験においては,復帰突然変異コロニー数がハムスターS9 mixを用いた陰性対照のほぼ2倍以上に増加し,かつ被験物質の用量に依存性が認められた場合に陽性と判定した.

なお,統計学的手法を用いた検定は実施しなかった.

結果および考察

1回目の試験結果をTable 1〜2に,2回目の試験結果をTable 3〜4に,追加試験結果をTable 5に示した.ラットS9 mix無添加群ならびに添加群のTA100,TA1535,TA98およびTA1537で高用量群において,ピグメントオレンジ16処理による生育阻害作用が観察された.WP2 uvrAの1250 μg/plate以上では,被験物質の残存のため,背景菌の観察は不可能であった.また,復帰突然変異コロニー数については,ラットS9 mix無添加群,S9 mix添加群とも溶媒対照と同等の値であり,明確な増加傾向は認められなかった.本被験物質の変異原性に関する報告はなかったが,本被験物質のアゾ基の切断時に生成される化学物質であるo-ジアニシジンについては Ames試験で陽性3),in vivo染色体異常試験で陽性4)との報告があった.従って,アゾ基の還元を促進する代謝活性化系を用い,TA98のみの追加試験を実施した.その結果,最高用量群においてのみ被験物質処理による生育阻害作用が観察された.しかしながら,復帰突然変異コロニー数は,いずれの用量においてもハムスターS9 mixを用いた陰性対照と同等の値であり,増加傾向は認められなかった.

一方,陽性対照物質はそれぞれの試験菌株において,溶媒対照群の2倍以上の復帰突然変異コロニーを誘発した.なお,コロニー計数時,ラットS9 mix無添加群の9.77 μg/plate以上,ラットS9 mix添加群の19.5 μg/plate以上および追加試験の37.1 μg/plate以上でプレート表面がオレンジ色を呈していた.また,ラットS9 mix無添加群の39.1 μg/plate以上で膜状の析出物が認められた.さらに,被験物質液の懸濁処理のためラットS9 mix無添加群では156 μg/plate以上,同S9 mix添加群では78.1 μg/plate以上,追加試験では75.0 μg/plate以上の用量で被験物質の残存が認められた.

なお,ピグメントオレンジ16と類似構造を示す3,3'-ジクロロベンジジンの誘導体であるピグメントイエロー12については,アゾ基の還元を促進する代謝活性化系を用いたAmes試験で陰性との報告5)があった.ピグメントイエロー12の特徴は,水やあらゆる有機溶媒に対して不溶であり,ピグメントオレンジ16も同様の溶解性を示した.従って,アゾ化合物の不溶性が,アゾ基の還元の妨害になっているものと推察される.また,ピグメントイエロー12を経口投与されたラットおよびマウスは,発ガンしなかったとの報告5)もあることから,不溶性アゾ化合物は,生体内においても十分なアゾ基の還元が行われないものと思われる.

以上の試験結果から,本試験条件下において,ピグメントオレンジ16の微生物に対する遺伝子突然変異に関し,陰性と判定した.

文献

1)D. M. Maron and B. N. Ames, Mutat. Res., 113, 173(1983).
2)M. H. L. Green and W. J. Muriel, Mutat. Res., 38, 3(1976).
3)労働省労働基準局安全衛生部化学物質調査課監修,“労働安全衛生法有害性調査制度に基づく既存化学物質変異原性試験データ集,”日本化学物質安全・情報センター,東京,1996, p.184.
4)Z. You, M. D. Brezzell, S. K. Das, M. C. Espadas-Torre, B. H. Hooberman and J. E. Sinsheimer, Mutat. Res., 319(1), 19(1993).
5)M. J. Prival, S. J. Bell, V. D. Mitchell, M. D. Peiperl and V. L. Vaughan, Mutat. Res., 136, 33(1984).

連絡先
試験責任者:益森勝志
試験担当者:植田ゆみ子,北澤倫世
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田582-2
Tel 0538-58-1266 Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Shoji Masumori(Study Director) Yumiko Ueta, Michiyo Kitazawa
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden , Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan
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