1,4-ジシアノベンゼンのラットを用いる
単回経口投与毒性試験
Single Dose Oral Toxicity Test of 1,4-dicyanobenzene in Rats
要約
1,4-ジシアノベンゼンの354,500,707,1000,1414および2000 mg/kgを5週齢のCrj:CD(SD)系雌雄ラットに経口単回投与し,その毒性を試験した.
死亡は,雄の500,1000,1414および2000 mg/kg群ならびに雌の1414および2000 mg/kg群で5例中1〜2例に投与後2〜4日に認められた.LD50値は雌雄ともに約2000 mg/kgと推定された.1,4-ジシアノベンゼン投与による症状として,死亡例で間代性痙攣,強直性痙攣,自発運動の減少,横臥および呼吸緩徐が,生存例で間代性痙攣,流涎,自発運動の減少および被毛汚染が認められた.また,1,4-ジシアノベンゼン投与群で低体重あるいは体重減少が認められた.病理学的検査では,1,4-ジシアノベンゼンの刺激による反応性変化と考えられる所見として,前胃粘膜層の肥厚,潰瘍あるいは過角化などが認められ,死亡例ではさらに,肝臓に中心性の肝細胞の空胞化,脾臓および肺にうっ血などが認められた.
材料および方法
1. 被験物質
1,4-ジシアノベンゼンは燻蒸剤として使用される殺菌・殺虫用化学物質であり,油溶性(水溶解度:0.03 g/100 g)の白色結晶である.本試験では昭和電工(株)より提供されたロット番号930825(純度99%以上)のものを使用した.被験物質は試験期間中安定であることを確認した.投与には,被験物質を1%メチルセルロース溶液(MC:品名メトロース,SM-15,信越化学工業(株);日本薬局方精製水:ヤクハン製薬(株))で用時に懸濁調製したものを使用した.
2. 試験動物および飼育条件
生後4週齢のCrj:CD(SD)系のSPFラット雌雄を日本チャールス・リバー(株)より受け入れ,9日間の馴化飼育を行い,順調な発育を示した動物を試験に用いた.動物は,温度23±3℃,湿度55±10%,換気回数10〜15回/時および照明12時間/日に設定されたバリアシステムの飼育室において,ブラケット式金属製金網床ケージに群分け前は5匹以内,群分け後は3匹以内収容した.飼料は固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業(株)),飲料水は水道水(札幌市水道水)を自由に摂取させた.飼料の混入物質および飲料水の水質を検査し,異常がないことを確認した.
3. 試験群の設定
本試験の投与量設定のために実施した試験において,2000および1000 mg/kg群で死亡が認められ,500 mg/kg群では死亡はみられなかったが,投与後の体重に減少あるいは増加抑制が認められ,死亡する可能性も考えられた.以上のことから,本試験では雌雄ともに投与(調製)可能な最大量である2000 mg/kgを最高用量とし,以下,公比√2で1414,1000,707,500および354 mg/kg,さらに1%メチルセルロース溶液を投与する対照を設け,計7群とした.動物数は1群当たり雌雄各5匹とし,群分けは投与前日に体重別層化無作為抽出法により行った.
4. 投与方法
投与は,動物を約17〜18時間絶食させた後,胃ゾンデを用いて強制経口投与した.投与容量は,体重1 kg当り10 mlとして投与日に測定した体重に基づいて算出した.投与時の週齢は雌雄ともに5週齢で,その平均体重(体重範囲)は雄で129.4 g(118〜141 g),雌で109.9 g(105〜114 g)であった.
5. 観察,測定および検査項目
全例について,一般状態を投与日は投与後6時間までは頻繁に,投与後1日以降は1日1回以上の頻度で投与後14日まで観察した.また,体重を投与日,投与後1,3,5,7,10および14日に測定した.死亡例は発見後直ちに,生存例は投与後14日に体外表を観察した後,エーテル麻酔下で放血致死させ,剖検した.このうち,死亡例は全例,生存例は対照群および1,4-ジシアノベンゼン投与各群の雌雄各2例の肝臓,腎臓,脾臓,心臓,肺,脳(大脳・小脳),胃(前胃・腺胃),十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸および異常所見部位を10%中性緩衝ホルマリン液で固定し,常法に従いパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色あるいは特殊染色[PAS染色,α-アミラーゼ消化試験,PTAH染色,GFAP免疫染色,エラスチカ・ワンギーソン染色および鍍銀(渡辺変法)染色]標本を作製し,病理組織学的検査を行った.また,500および1000 mg/kg群の雌の生存例各1例の前胃,1414 mg/kg群の雄の死亡例1例の皮膚および骨格筋について同様に検査した.
死亡例数より死亡率を算出し,体重についてBartlettの等分散検定の後,一元配置分散分析法あるいはKruskal-Wallis法により解析し,有意な場合,Dunnettの検定法あるいはMann-WhitneyのU-検定法により対照群と1,4-ジシアノベンゼン投与各群との比較を行った.なお,対照群との検定については,危険率5%以下を統計学的に有意とした.また,プロビット法によりLD50値が算出できなかったため,死亡状況からおおよそのLD50値を推定した.
成績
1. 死亡状況およびLD50値(Table 1)
雄では死亡が500,1000,1414および2000 mg/kg群で投与後2〜4日に認められ,LD50値は約2000 mg/kgと推定された.雌では死亡が1414および2000 mg/kg群で投与後2あるいは3日に認められ,LD50値は約2000 mg/kgと推定された.
2. 一般状態観察
死亡例では,1414 mg/kg群の雄1例で投与後2日に間代性痙攣,呼吸緩徐,自発運動の減少がみられ,その日に死亡が認められた.2000 mg/kg 群の雌1例では,投与後1日に強直性痙攣,横臥および呼吸緩徐が認められ,投与後2日に死亡が認められた.その他の例では症状はみられず,投与後3あるいは4日に死亡が認められたのみであった.
生存例では,1000 mg/kg群の雄1例で投与後4〜6日に間代性痙攣,流涎,自発運動の減少,口周囲の被毛汚染が,同群の雌1例で投与後2〜5日に外尿道口周囲および腹部の被毛汚染,腹部に外傷および痂皮が認められた.1414 mg/kg群の雌1例で投与後4日に外尿道口周囲の被毛汚染が認められた.その他の例では症状は認められなかった.
3. 体重推移
雌雄ともに,1,4-ジシアノベンゼン投与群の投与後約1週間の体重は対照群よりも低く推移し,雄の500 mg/kg以上の群で投与後1〜7日,雌の354 mg/kg以上の群で投与後1〜5日に有意な低値が認められた.また,雌雄ともに500mg/kg以上の群で投与後1ないし3日に投与日体重を下回る例も認められ,その程度は生存例よりも死亡例で重度であった.一方,1,4-ジシアノベンゼン投与群の生存した例では,ほぼ全例で投与後14日には対照群と同程度にまで回復した.
4.病理学的検査
死亡例の剖検では,前胃に粘膜の白色顆粒状がほぼ全例に,腺胃粘膜に暗赤色斑あるいは赤色化ならびに消化管内容物の暗赤色化が数例に認められた.病理組織学的には前胃粘膜層の肥厚や潰瘍などが認められたのみで,腺胃や腸管に異常は認められなかった.また,肝臓に小葉中心性の肝細胞の空胞化,脾臓及び肺にうっ血,頸部あるいは背部の皮膚に筋層における筋線維の巣状壊死,皮下織における出血,肩甲部骨格筋に筋線維の壊死などが認められたが,脳には異常は認められなかった.このうち,皮膚や骨格筋における所見は死亡当日に間代性痙攣のみられた例に認められ,痙攣の際の衝撃によることが予想された.
生存例では,剖検で前胃粘膜の一部肥厚が500 mg/kg以上の群の雌の一部の例に認められ,病理組織学的には粘膜層の肥厚,過角化などが認められた.
考察
死亡は,雄で500,1000,1414および2000 mg/kg群に,雌で1414および2000 mg/kg群に認められ,LD50値は雌雄ともに約2000 mg/kgと推定された.なお,死亡時期は投与後2〜4日であり,遅延死する傾向が認められた.一般状態観察で認められた間代性痙攣,自発運動の減少などの所見は1,4-ジシアノベンゼン投与による影響と考えられた.また,1,4-ジシアノベンゼン投与群で認められた体重の低値あるいは体重減少は約1週間継続し,その程度は生存例よりも死亡例で重度であった.
前胃において認められた粘膜層の肥厚などの病理学的所見は,1,4-ジシアノベンゼンの刺激による反応性変化と考えられた.死亡例における小葉中心性の肝細胞の空胞化は,通常酸素欠乏時に認められる変性性変化であることから,本試験では死亡までの経過が長いことに伴った変化と考えられた.
上記を考慮すると,1,4-ジシアノベンゼンの前胃に対する障害が継続したことにより一般状態が悪化し,死亡に至ったものと推察された.
連絡先 |
| 試験責任者: | 八幡 昭子 |
| 試験担当者: | 山田 高士,小林 裕幸 |
| 運営管理者: | 井本 精一 |
| (株)化合物安全性研究所 |
| 〒004 北海道札幌市豊平区真栄363番24号 |
| Tel 011-885-5031 | Fax 011-885-5313 | |
Correspondence |
| Authors: | Akiko Yahata (Study director) Takashi Yamada, Hiroyuki Kobayashi, Seiichi Imoto (Management) |
| Safety Research Institute for Chemical Compounds Co., Ltd. |
| 363-24 Shin-ei, Toyohira-ku, Sapporo, Hokkaido, 004, Japan |
| Tel +81-11-885-5031 | Fax +81-11-885-5313 | |