3-エチルフェノールのチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる
染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of 3-Ethylphenol
on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

3-エチルフェノールの培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞 (CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

連続処理(24時間)および短時間処理(6時間)における50 %細胞増殖抑制濃度は,連続処理では0.10 mg/mL,S9 mix非存在下およびS9 mix存在下における短時間処理ではそれぞれ0.26 mg/mLおよび0.22 mg/mLであった.従って,各系列での処理濃度は,50 %細胞増殖抑制濃度の約2倍濃度を最高処理濃度とし,公比2で5濃度設定した.連続処理では,24時間処理後,短時間処理ではS9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,新鮮培地で更に18時間培養後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.染色体分析が可能な最高濃度は,24時間連続処理では0.10 mg/mL,S9 mix非存在下および存在下での短時間処理では0.25 mg/mLおよび0.20 mg/mLであったことから,これらの濃度を高濃度群として3濃度群を観察対象とした.

CHL/IU細胞を24時間連続処理したいずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.S9 mix非存在下での短時間処理では,いずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.S9 mix存在下での短時間処理では,すべての濃度群(0.050〜0.20 mg/mL)において染色体の構造異常が誘発され,その頻度は11.0〜37.0 %(gapを除く)であった.倍数性細胞の誘発作用は,認められなかった.

以上の結果より,本試験条件下で3-エチルフェノールは,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 使用した細胞

リサーチ・リソースバンク(JCRB)から入手(1988年2月,入手時:継代4代,現在21代)したチャイニーズ・ハムスター由来のCHL/IU細胞を,解凍後継代10代以内で試験に用いた.

2. 培養液の調製

培養には,仔牛血清(CS, Cansera International)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬(株)培養液を用いた.

3. 培養条件

2 × 104個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたディッシュ(径6 cm, Corning)に播き,37 ℃のCO2インキュベーター(5 % CO2)内で培養した.連続処理では,細胞播種3日目に被験物質を加え,24時間処理した.また,短時間処理では,細胞播種3日目にS9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.

4. S9

S9(キッコーマン(株)は,フェノバルビタールと5,6-ベンゾフラボンを投与した雄Sprague-Dawley系ラットの肝臓から調製したものを購入した.添加量は培地に対して5 vol%とした.

5. 被験物質

3-エチルフェノール(ロット番号:81102,田岡化学(株)(大阪))は,淡褐色透明液体で,水に対しては100 mmol/L未満,DMSOでは2 mol/L以上,アセトンでは 50 mg/mL以上で溶解し,凝固点-4 ℃,沸点108 ℃/2 kPaで,純度96.2 %(p-エチルフェノール1.8 %,フェノール0.8 %,o-エチルフェノール0.1 %,m-クレゾール0.3 %)の物質で,室温で保存した.被験物質原体は,常温で安定であった.

6. 被験物質の調製

被験物質は用時調製して試験に用いた.溶媒は DMSO(ロット番号:ACL5008,和光純薬工業(株)を用いた.原体を溶媒に溶解して原液を調製し,ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の0.5 vol%になるように加えた.

7. 細胞増殖抑制試験

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,単層培養細胞密度計(MonocellaterTM,オリンパス光学工業(株)を用いて各群の増殖度を計測し,被験物質処理群の溶媒対照群に対する細胞増殖の比をもって指標とした.

その結果,連続処理における50 %細胞増殖抑制濃度は0.10 mg/mL,S9 mix非存在下および存在下における短時間処理では,それぞれ0.26 mg/mLおよび0.22 mg/mL であった(Fig. 1).

8. 実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果より,染色体異常試験において,連続処理および短時間処理のすべての処理群で,50 %細胞増殖抑制濃度の約2倍濃度を最高処理濃度とし,公比2で5濃度を設定した(24時間連続処理:0.013,0.025,0.050,0.10,0.20 mg/mL,S9 mix非存在下での短時間処理:0.031,0.063,0.13,0.25,0.50 mg/mL,S9 mix存在下での短時間処理:0.025,0.050,0.10,0.20,0.40 mg/mL).陽性対照物質として用いたマイトマイシンC(MC,協和醗酵工業(株)およびシクロホスファミド(CPA, Sigma Chemical Co.)は,局方注射用水((株)大塚製薬工場)に溶解して調製した.それぞれ染色体異常を誘発することが知られている濃度を適用した.

染色体異常試験においては1濃度あたり4枚のディッシュを用い,そのうちの2枚は染色体標本を作製し,別の2枚については単層培養細胞密度計により細胞増殖率を測定した.

9. 染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約0.1 μg/mLになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき6枚作製した.作製した標本を3 vol%ギムザ溶液で染色した.

10. 染色体分析

細胞増殖率測定の結果と分裂指数により,20 %以上の相対増殖率で,かつ2ディッシュともに0.5 %以上の分裂指数を示した最も高い濃度を観察対象の最高濃度群とし,観察対象の3濃度群を決定した.その結果(Table 1, 2),連続処理では0.10 mg/mLが,S9 mix非存在下およびS9 mix存在下での短時間処理では0.25 mg/mLおよび0.20 mg/mLが染色体分析の可能な最高濃度であったことから,これらの濃度を含む3濃度群を観察対象とした.

作製したスライド標本のうち,1つのディッシュから得られた異なるスライドを,4名の観察者がそれぞれ処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験研究会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.また構造異常については1群200個,倍数性細胞については1群800個の分裂中期細胞を分析した.

11. 記録と判定

無処理対照,溶媒および陽性対照群と被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.

染色体異常を有する細胞の出現頻度について,溶媒対照群と被験物質処理群および陽性対照群間でフィッシャーの直接確率法2)により,有意差検定を実施した (p<0.01).また,用量依存性に関してコクラン・アーミテッジの傾向性検定3) (p<0.01)を行った.これらの検定結果を参考とし,生物学的な観点からの判断を加味して染色体異常誘発性の評価を行った.

結果および考察

連続処理による染色体分析の結果をTable 1に示した.3-エチルフェノールを加えて24時間連続処理したいずれの群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.

短時間処理による染色体分析の結果をTable 2に示した.3-エチルフェノールを加え,S9 mix非存在下で6時間処理したいずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.S9 mix存在下で6時間処理した場合は,すべての濃度群(0.050〜0.20 mg/mL)で有意な染色体の構造異常の増加が認められ,その頻度は11.0〜37.0 %(gapを除く)であった.一方,倍数性細胞の誘発作用については,中濃度群(0.10 mg/mL)では毒性のために800細胞の観察できなかったが,すべての処理群において,有意な倍数性細胞の増加は認められなかった.

従って,3-エチルフェノールは,上記の試験条件下で,試験管内のCHL/IU細胞に染色体異常を誘発すると結論した.

フェノール類のうち,側鎖に炭化水素を有している化合物の一つである4-(1-メチルプロピル)フェノールについては,染色体異常を誘発しないことが報告されている4).一方,ρ-tert-ブチルフェノールは,染色体の構造異常を誘発することに加え,倍数性細胞の高頻度誘発 (最高出現頻度:93.18 %)が特徴的である5).また,4-エチルフェノールにおいても染色体異常試験で陽性の結果が得られている6)が,代謝活性化の処理系列の他に,非代謝活性化系列である24時間連続処理においても構造異常の誘発が認められた.これらのことから,側鎖に炭化水素を有するフェノール類は,炭化水素の結合位置および種類が,染色体異常の発現と関わっており,発現する異常のタイプ(構造異常および倍数性細胞)または細胞に対する作用様式を決定している可能性が示唆された.

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988,pp. 16-37.
2)吉村 功編,“毒性・薬効データの統計解析,事例研究によるアプローチ,”サイエンティスト社,東京,1987,pp. 76-78.
3)吉村 功,大橋靖夫編,“毒性試験講座14,毒性試験データの統計解析,”地人書館,東京,1992,pp. 218-223.
4)田中憲穂,化学物質毒性試験報告,2, 347(1995).
5)田中憲穂,化学物質毒性試験報告,4, 301(1996).
6)山影康次,化学物質毒性試験報告,8, 572(2001).

連絡先
試験責任者:日下部博一
試験担当者:山影康次,佐々木澄志,高橋俊孝,渡辺美香,橋本恵子
(財)食品薬品安全センター 秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Hirokazu Kusakabe(Study director)
Kohji Yamakage, Kiyoshi Sasaki, Toshitaka Takahashi, Mika Watanabe, Keiko Hashimoto
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627