1-クロロ-2-(クロロメチル)ベンゼンのラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験
Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test
of 1-Chloro-2-(chloromethyl)benzene by Oral Administration in Rats
要約
1-クロロ-2-(クロロメチル)ベンゼンは染料,顔料,医薬および農薬を製造する際の中間体として用いられる化学物質である1).毒性情報としては,ラットの経口投与によるLD50値が雄で951 mg/kg,雌で783 mg/kg2),皮膚や粘膜に対し刺激性を有する3)との報告がある.今回,OECDによる既存化学物質の安全性点検に係わる毒性調査事業の一環として,SDラット(1群雌雄各12匹)に2,10および50 mg/kgの用量を交配前14日から交配を経て雄は計45日間,雌は妊娠,分娩を経て哺育3日まで経口投与し,反復投与毒性および生殖発生毒性について検討した.
1. 反復投与毒性
50 mg/kg群の雌雄で投与初期に体重増加抑制および摂餌量減少,雌で肝臓重量の増加が認められた.病理学検査では,10 mg/kg以上の群の雄,および50 mg/kg群の雌で前胃壁の肥厚,扁平上皮の増生,びらんおよび潰瘍が認められた.また,50 mg/kg群の雄で腎臓の近位尿細管上皮における硝子滴沈着の増強が認められた.雄の血液学検査,血液生化学検査および器官重量では被験物質に起因する変化は認められなかった.
2. 生殖発生毒性
親動物の交尾率,受胎率,黄体数,着床数,着床率,分娩率,出産率,妊娠期間,分娩および哺育行動には被験物質に起因する変化は認められなかった.児動物の検査では,出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児の4日の生存率,外表,一般状態,体重および剖検所見には被験物質に起因する変化は認められなかった.
以上の結果から,1-クロロ-2-(クロロメチル)ベンゼンの反復投与毒性に関する無影響量は雄が2 mg/kg/day,雌が10 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物および児動物とも50 mg/kg/dayと考えられた.
方法
1. 被験物質
1-クロロ-2-(クロロメチル)ベンゼン[イハラケミカル工業(株)(静岡),Lot No. T7030,純度99.65 %]は,沸点213〜214℃,比重1.033,蒸気圧(25℃) 0.18 mmHg,光に不安定,アセトンおよびDMSOに溶けやすく,水に溶けにくい,特有の臭いのする無色透明の液体である.被験物質は室温・遮光下で保管した.なお,被験物質は試験期間中安定であったことが確認された.被験物質はTween80(Difco)の0.1 %水溶液に乳化させ,投与に供するまで冷蔵・遮光保存し,調製後3日以内に使用した.投与開始前に投与液中の被験物質の調製後3日間の安定性,均一性を,投与液の初回調製時に濃度を確認した.
2. 試験動物および飼育条件
日本チャールス・リバー(株)から入手した雌雄のSDラット[Crj:CD(SD)IGS]を6日間検疫・馴化後,試験に供した.投与開始前日に体重別層化無作為抽出法により,1群につき雌雄各12匹を振り分けた.投与開始時の週齢は雌雄とも9週齢,体重範囲は雄が329〜366 g,雌が200〜242 gであった.
検疫・馴化期間を含めた全飼育期間中,温度22±2℃,湿度55±15 %,換気約12回/時,照明12時間/日(7:00〜19:00)に設定した飼育室を使用した.動物は実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに,群分け後は1匹,交配期間は雌雄各1匹,哺育期間は1腹で収容し,飼育した.
動物には,オートクレーブ滅菌した実験動物用固型飼料(CRF-1:オリエンタル酵母工業(株))および5 μmのフィルターで濾過後,紫外線照射した水道水をそれぞれ自由に摂取させた.
3. 投与量および投与方法
SDラットの雌雄それぞれ各群3匹を用いて,被験物質を20,100,500および1000 mg/kgの用量で14日間経口投与した結果,500 mg/kg以上の群で死亡あるいは瀕死期解剖動物が雌雄全例で認められた.100 mg/kg群の雌雄では自発運動低下および流涎,体重減少あるいは体重増加抑制,雄で軽度な貧血傾向が認められた.また,100 mg/kg群の雌雄全例,20 mg/kg群の雄1例で前胃のびらん・潰瘍,および肥厚が雌雄全例に認められた.以上の結果から,本試験では高用量を50 mg/kgとし,以下公比5で中用量を10 mg/kg,低用量を2 mg/kgとした.また,媒体(0.1 % Tween80水溶液)のみを投与する対照群を設けた.
投与期間は,雌雄とも交配前14日間,交配期間および雄は剖検前日までの計45日間,雌は交尾成立後,妊娠,分娩を経て哺育3日(交尾確認日を妊娠0日,分娩確認日を哺育0日とする)までの計41〜48日間とし,テフロン製胃ゾンデを用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は5 mL/kgとし,至近測定日の体重を基に算出した.
4. 反復投与毒性に関する観察・検査
1) 一般状態
全例について生死,外観,行動等を投与前および投与後に毎日観察した.
2) 体重および摂餌量
体重は,雌雄とも投与開始日,投与開始後3,7,14日,およびその後週1回,交尾した雌は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に測定した.また,雄では投与開始日の体重を基準に,雌では交配前期間,妊娠期間,哺育期間について,それぞれ投与開始日,妊娠0日,哺育0日の体重を基準に体重増加量を算出した.摂餌量は,交配期間を除き体重測定日に測定した.
3) 雄の血液学検査
雄の全生存動物について,解剖日の前日から約20時間絶食させ,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で後大静脈より採取した血液の一部をEDTA-2Kにより凝固阻止し,赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),ヘモグロビン濃度(SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500:東亞医用電子(株)),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A:オムロン(株)),網状赤血球数(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000:東亞医用電子(株))により測定した. また,検査結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.
4) 雄の血液生化学検査
雄の全生存動物について,解剖日に採取した血液を室温で約30分間静置後遠心分離し,得られた血清についてGOT(JSCC改良法),GPT(JSCC改良法),γ-GT(SSCC改良法),ALP(JSCC改良法),総ビリルビン(BOD改良法),尿素窒素(Urease-GLDH法),クレアチニン(Jaff法),グルコース(Glck-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),カルシウム(OCPC法),無機リン(PNP-XOD-POD法),ナトリウム,カリウム,クロール(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形:(株)日立製作所)により測定した.
5) 病理学検査
雌雄とも最終投与日の翌日に,全生存動物についてチオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈の切断・放血により安楽死させて剖検し,肝臓,腎臓,副腎,胸腺,脾臓,精巣および精巣上体の重量を測定した.また,解剖日の体重を基に相対重量(対体重比)を算出した.さらに,これらの器官に加えて,脳,下垂体,眼球およびハーダー腺,唾液腺(下顎・舌下),リンパ節(下顎・腸間膜),甲状腺・上皮小体,心臓,気管,肺,食道,胃,腸管(十二指腸〜直腸),膵臓,膀胱,前立腺腹葉,精のう,卵巣,子宮,膣,骨髄(大腿骨),坐骨神経,脊髄および肉眼的異常部位を採取し,10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液で固定後保存した.ただし,眼球およびハーダー腺はダビドソン液,精巣および精巣上体はブアン液で固定した.
病理組織学検査は雌雄の対照群および50 mg/kg群の脳,胃,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣,精巣上体ならびに全動物の肉眼的異常部位について,常法に従いヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製して鏡検した.その結果,雌雄の胃および雄の腎臓で被験物質に起因する変化が認められたので,2および10 mg/kg群のこれらの器官についても検査した.
5. 生殖発生毒性に関する観察・検査
1) 生殖機能
交配前の投与期間終了後,各群内で雄1雌1の交配対を設け,最長7日間昼夜同居させ,毎日午前中に雌の膣垢を採取し,ギムザ染色して鏡検した.膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし,その日を妊娠0日とした.交尾した対は雌雄を分離し,以後の検査に供した.これらの結果から,交尾所要日数(交配開始後,交尾成立までに要した日数),交尾成立までに逸した発情期の回数,交尾率[(交尾動物数/同居動物数)×100],受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100]を算出した.
2) 分娩・哺育状態
交尾が確認された雌は全例を自然分娩させ,分娩状態を観察した.午前9時の時点で分娩が完了している動物を当該日分娩とし,その日を哺育0日とした.その後,新生児を生後4日(哺育4日)まで哺育させ,授乳,営巣,食殺の有無等の哺育状態を毎日観察した.
母動物は,哺育4日の剖検時に卵巣,子宮を摘出し,黄体数および着床数を検査した.これらの結果から,妊娠期間(妊娠0日から出産が確認された日までの期間),出産率[(生児出産雌数/受胎雌数)×100],着床率[(着床数/黄体数)×100],分娩率[(総出産児数/着床数)×100]を算出した.
3) 新生児の観察・検査
(1) 新生児の観察
哺育0日に出産児数(出産生児数,死産児数),性別および外表異常の有無を検査した.その後,一般状態,死亡の有無を哺育4日まで毎日観察した.哺育0および4日の生存児数から出生率[(出産生児数/総出産児数)×100],新生児の4日の生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)×100]を算出した.
(2) 体重
哺育0および4日に全生存児を個体ごとに測定した.また,哺育0日の体重を基準に体重増加量を算出した.
(3) 剖検
哺育4日に全生存児の口腔を含む外表を検査した後,親動物と同様にして安楽死させ,剖検した.死亡動物は食殺等で検査に耐えないものを除き,10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液に浸漬・固定後,実体顕微鏡下で剖検した.
6. 統計解析
計量データについては,パラメトリックデータはBartlett法による等分散性の検定を行い,分散が一様の場合は一元配置分散分析を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータはKruskal-Wallisの検定を行った.群間に有意な差が認められた場合はDunnett法またはDunnett型の多重比較を行った.計数データのうち,病理組織所見はa×bのχ^2検定を行い,有意差が認められた場合はArmitageのχ^2検定により対照群と各被験物質投与群間の比較を行った.その他の計数データはFisherの直接確率法により検定した.有意水準は5 %とし,新生児に関するデータは各母動物ごとに算出した平均値を標本単位とした.
結果
1. 反復投与毒性
1) 一般状態
投与直後の流涎が10 mg/kg以上の群の雌雄で観察されたが,いずれも発現後速やかに回復した.本変化は,10 mg/kg群の雌雄では一過性あるいは散発的に約半数例に認められたが,50 mg/kg群の雄では投与開始後1日から,雌では投与開始日から投与終了時まで断続的に発現する例も含めて,ほぼ全例で認められた.また,50 mg/kg群の雄では投与期間が進行するに従い,投与直前から流涎する例も観察された.
その他の変化として,脱毛が各群で散見されたが,50 mg/kg群で多発する傾向がみられなかったことから,被験物質との関連はないと判断した.
2) 体重(Fig. 1, 2)
50 mg/kg群の雄で投与開始後3日および7日の体重増加量が対照群と比べ有意な低値を示したが,以後は有意な変化は認められなかった.雌では,対照群と比べ統計学的に有意ではなかったが,投与開始後3日で減少,7日で低値を示した.
その他,10 mg/kg群の雌で哺育0日の体重が対照群と比べ有意な低値を示したが,50 mg/kg群では有意差が認められなかったことから,被験物質との関連はないと判断した.
3) 摂餌量
50 mg/kg群の雄で投与開始後7日の摂餌量が対照群と比べ有意な低値を示したが,以後は対照群と同様に推移した.雌では,投与開始後3日および7日に低値傾向を示したが,以後は対照群と同様に推移した.2および10 mg/kg群の雌雄では対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
4) 雄の血液学検査(Table 1)
50 mg/kg群で分葉核球比および実数換算値での分葉核球数が対照群と比べ有意な低値を示した.
その他,2 mg/kg群で網状赤血球数が対照群と比べ有意な高値を示したが,10および50 mg/kg群では有意な差が認められなかったことから,被験物質との関連はないと判断した.
5) 雄の血液生化学検査(Table 2)
いずれの項目にも対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
6) 器官重量(Table 3)
50 mg/kg群の雌で肝臓の相対重量が対照群と比べ有意な増加を示し,絶対重量では増加傾向が認められた.雄では,いずれの器官においても絶対重量および相対重量とも,対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.2および10 mg/kg群の雌雄では対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
7) 剖検所見
被験物質に起因する変化が雌雄の前胃で認められた.雄では,50 mg/kg群で前胃壁の肥厚が全例,10 mg/kg群で前胃粘膜の出血が1例に認められた.雌では,50 mg/kg群で前胃のびらんおよび隆起巣が各1例に認められた.
その他,対照群を含む各群で種々の変化が観察されたが,いずれもラットを用いた毒性試験において時折認められる自然発生性の変化であり,被験物質投与群に多発する傾向はみられなかったことから,被験物質との関連はないと判断した.
8) 組織所見(Table 4)
被験物質に起因する変化が雌雄の前胃および雄の腎臓で認められた.前胃では,角化亢進を伴う扁平上皮の増生が10 mg/kg群の雄1例と50 mg/kg群の雄全例,雌9例で観察され,50 mg/kg群の雌雄ともその発現頻度が対照群と比べ有意な増加を示した.このうち10 mg/kg群の雄1例と50 mg/kg群の雌2例では,前胃のびらんあるいは潰瘍も認められた.雄の腎臓では,近位尿細管上皮における硝子滴沈着の増強が50 mg/kg群に認められた.硝子滴の沈着は対照群では全て軽度であったのに対し,50 mg/kg群ではほぼ全例が中等度の変化を示した.さらに50 mg/kg群では好酸性小体の発現頻度が対照群と比べ有意に増加し,好塩基性尿細管の発現頻度は対照群と比べ有意差は認められなかったものの,増加を示した.これらの変化はいずれも近位尿細管における変化であり,このうち好酸性小体は硝子滴沈着の強い尿細管に発現する傾向にあった.また,顆粒状尿円柱が50 mg/kg群の4例にみられ,発現頻度に有意差が認められた.この変化は主に皮随境界部の尿細管に認められ,変性・脱落した尿細管上皮細胞に由来するものと思われた.
その他,対照群を含む雌雄各群で種々の変化が観察されたが,いずれも自然発生性の変化と考えられ,被験物質投与群に多発する傾向はみられなかったことから,被験物質との関連はないと判断した.
2. 生殖発生毒性
1) 生殖機能(Table 5)
交尾は2 mg/kg以上の各群でそれぞれ1対を除き全てで成立し,交尾率,交尾所要日数,交尾成立までに逸した発情期の回数および受胎率とも対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
2) 分娩・哺育状態(Table 6)
各群とも母動物全例が正常な分娩を示し,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,分娩率および出産率ともに対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.また,各群いずれの母動物も哺育行動に異常は認められなかった.
3) 新生児に及ぼす影響
(1) 生存率(Table 6)
出産児数,出産生児数,性比,出生率および新生児の4日の生存率ともに対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
(2) 外表および一般状態
外表異常として,無顎症が2 mg/kg群の1腹の死亡児1例で観察されたが,1例のみの発現であることから,自然発生性の変化と判断した.その他,母動物によると考えられる尾の咬傷が2 mg/kg群の1腹で1例観察された.
(3) 体重(Table 6)
雌雄とも,対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
(4) 剖検
生存児では腎盂拡張が50 mg/kg群の1腹で2例,死亡児では胸腺頸部残留が2 mg/kg群の1腹で1例に観察されたが,いずれも自然発生性の変化と考えられ,被験物質投与群に多発する傾向はみられなかったことから,被験物質との関連はないと判断した.
考察
1. 反復投与毒性
反復投与による影響として,50 mg/kg群の雌雄で投与初期に体重増加抑制および摂餌量減少が認められた.また,病理学検査では,被験物質に起因する前胃の変化が10 mg/kg以上の群の雄および50 mg/kgの雌で,腎臓の変化が50 mg/kg群の雄で認められた.すなわち,前胃では剖検において前胃壁の肥厚が観察され,なかには粘膜出血,びらんおよび隆起巣がみられ,組織学的には扁平上皮の増生,びらんおよび潰瘍が認められた.被験物質は皮膚や粘膜に対し刺激性を有することが知られている2)ことから,被験物質の前胃粘膜に対する直接的刺激作用によって生じたものと推察される.一方,雄の腎臓では近位尿細管上皮における硝子滴沈着の増強が認められた.本変化は雄のみに発現したことから,各種の薬物や化学物質の投与により雄ラットに特異的に発現するa2uグロブリン腎症4, 5)に類似した変化と考えられる.硝子滴の沈着が過剰になった尿細管上皮細胞は変性・脱落に陥る4)ことが知られており,本試験で認められた顆粒状尿円柱は変性・脱落した上皮細胞が頽廃物として尿細管に貯留したものと思われ,好塩基性尿細管は変性・脱落に対する再生性の変化と考えられる.その他,a2uグロブリンが主成分と考えられる好酸性小体6)も認められた.器官重量では,50 mg/kg群の雌で肝臓の相対重量の増加および絶対重量の増加傾向が認められた.
雄の血液学検査では,50 mg/kg群で分葉核球比(6.4 %)および実数換算値での分葉核球数が減少した.しかし,分葉核球の形態を対照群と比較したが形態学的に変化はみられず正常な分化成熟を示していたこと,さらに他のパラメーターに変化がなく,当研究所の背景データ〔分葉核球比平均10.4 %(最小-最大3.0-16.0 %),1991-1996年〕内の変動であることから,偶発的な変化と考えられる.
投与直後の流涎が10 mg/kg以上の群の雌雄で観察された.本変化は,いずれも発現後すみやかに回復しており,一部には投与のため保定した時点から既に発現する例も認められた.被験物質は皮膚や粘膜に対し刺激性を有することが知られている2)ことから,本試験でみられた流涎は被験物質の刺激作用によって生じたものと思われ,反復投与による毒性を示唆する変化ではないと考えられる.
2. 生殖発生毒性
親動物の検査において,交尾率,受胎率,黄体数,着床数,着床率,分娩率,出産率,妊娠期間,分娩および哺育行動ともに被験物質に起因する変化は認められなかった.
新生児の検査において,出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児の4日の生存率,外表,一般状態,体重および剖検にも被験物質に起因する変化は認められなかった.したがって,被験物質による親動物の生殖機能,分娩・哺育機能および次世代の発育への影響はないと考えられる.
以上のように,本試験では反復投与による一般毒性学的影響として,50 mg/kg群では雌雄で投与初期の体重増加抑制および摂餌量減少,雄で腎臓の組織変化,雌で肝臓重量の増加,また,10 mg/kg以上の群の雄および50 mg/kg群の雌で前胃の組織変化が認められた.生殖・発生に及ぼす影響は親動物および児動物ともに認められなかった.したがって,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雄が2 mg/kg/day,雌が10 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物および児動物とも50 mg/kg/dayと考えられた.
文献
1) | 化学工業日報社編"新化学インデックス1994,"化学工業日報社,東京,1993, p. 201. |
2) | 厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室監修,"化学物質毒性試験報告,"Vol. 7,化学物質点検推進連絡協議会,東京,1999, p. 489. |
3) | "製造安全データシート,"イハラケミカル工業,1997. |
4) | P. Greaves, "Histopathology of Preclinical Toxicity Studies," Elsevier Amsterdam, 1990, pp. 497-554. |
5) | S. B. Swenberg, Toxicol. Appl. Pharmacol., 97, 35(1989). |
6) | N. Ikegami, Toxicology Letters, Suppl., 31(1986). |
連絡先 |
| 試験責任者: | 星野信人 |
| 試験担当者: | 青山涼子,山岸保彦,豊田直人,高野克代,鈴木美江 |
| (株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所 |
| 〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14 |
| Tel 0479-46-2871 | Fax 0479-46-2874 | |
Correspondence |
| Authors: | Nobuhito Hoshino(Study director)
Ryoko Aoyama, Yasuhiko Yamagishi, Naoto Toyota, Katsuyo Takano, Yoshie Suzuki |
| Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory |
| 14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255, Japan. |
| Tel +81-479-46-2871 | Fax +81-479-46-2874 | |