一般状態では,雌雄の1000 mg/kg群で投与期間中に軟便が散見され,投与26日に雄2例,雌1例が死亡した.また,投与28日には雄1例を衰弱のため切迫屠殺した.1000 mg/kg群の雄で低体重が投与7日から継続して認められたが,雌では投与期間中に体重の変化はなかった.摂餌量では,雌雄の300 mg/kg以上の群で一過性の低値がみられた.尿検査では,雌雄の300 mg/kg以上の群で沈渣中に大小不同の黒色物質が散見され,飲水量および尿量の増加もみられた.雌の300 mg/kg群および雌雄の1000 mg/kg群で尿比重の低下および尿蛋白の減少がみられ,1000 mg/kg群では,雄で尿pHの低下,雌で尿中ナトリウムの低値も認められた.血液学検査では,1000 mg/kg群の雌雄で血小板数の高値がみられ,雄で白血球数の高値が認められた.血液生化学検査では,1000 mg/kg群の雌雄でGPT,アルカリホスファターゼ,γ-GTP,無機リンに高値,トリグリセリド,尿素窒素,クレアチニンに高値または高値傾向がみられ,雄でグルコース,カリウムおよびクロールに低値,総蛋白,総ビリルビン,総コレステロールおよびカルシウムに高値,雌でA/G比に低値および蛋白分画の変化が認められた.器官重量では,1000 mg/kg群の雌雄で肝臓および腎臓の絶対重量および相対重量に高値が認められた.300 mg/kg群でも雄の肝臓の相対重量の高値が認められた.回復期間終了時には,1000 mg/kg群の雄で副腎の絶対重量および相対重量の高値が認められた.剖検では,1000 mg/kg群の雌雄で前胃粘膜の肥厚あるいは微細隆起部がみられ,病理組織学的には扁平上皮過形成がみられた.腎臓には白色斑あるいは褪色がみられ,病理組織学的には尿細管の拡張,顆粒円柱,尿細管上皮および集合管上皮の再生等が認められた.また,肝臓には肉眼的には変化がみられなかったが,病理組織学的には胆管増殖が認められた.
これらの投与期間中にみられた変化には,いずれも回復性が認められた.
以上のことから,300 mg/kg以上の群で,肝臓,腎臓および胃に毒性が認められ,本試験条件下における4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールの無影響量(NOEL)は雌雄とも100 mg/kg/dayと考えられた.
500 mg/kg群では,雌雄の数例で軟便が認められ,摂餌量の低値が雄でみられた.また雌雄ともに白血球数の増加傾向がみられ,雌に総コレステロールの高値および尿素窒素の高値傾向が認められた.病理検査では,雄で肝臓の相対重量が高値であった.
250 mg/kg群では,雌の1例で軟便が認められ,雌に白血球数の増加傾向もみられた.
以上のことから,高用量群には1000 mg/kgを設定し,以下公比約3で除して,中用量群には300 mg/kgを,低用量群には100 mg/kgを,さらに,溶媒のみを投与する対照群も加え,雌雄各4群を設定した.1群の動物数は雌雄とも7匹とし,対照群および1000 mg/kg群には,さらに14日間の回復群として2群を割り付け,投与前々日の体重に基づいて層化無作為抽出法により群分けを行った.
各個体の投与液量は投与日に最も近い測定日の体重に基づき,5 mL/kgの容量でラット用胃ゾンデを用いて強制的に胃内に投与した.
nwald-Giemsa染色)を測定した.また,3.8 %クエン酸ナトリウムで処理した後,3000 回転/分で10分間遠心分離して得られた血漿を用いて,プロトロンビン時間(トロンボプラスチン法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(エラジン酸法)(以上,血液凝固自動測定装置アメルングKC-10A,バクスター)を測定した.
blewski & La Due法)およびグルコース(ヘキソキナーゼ法)を測定し,無処理血液を3000 回転/分で10分間遠心分離して得られた血清を用いてGPT(IFCC法),アルカリホスファターゼ(Bessey-Lowry法),γ-GTP(包接L-γ-グルタミル-ρ-ニトロアニリド基質法),総コレステロール(酵素法),トリグリセリド(遊離グリセロール消去法),総ビリルビン(アゾビリルビン法),尿素窒素(ウレアーゼ・インドフェノール法),クレアチニン(Jaff
法),カルシウム(OCPC法),無機リン(Fiske-SubbaRow法),総蛋白(ビウレット法)(以上,自動分析装置7150形,日立製作所),ナトリウム,カリウム(以上,炎光光度法,自動炎光光度計480型,コーニング),クロール(電量滴定法,クロライドカウンターCL-6M,平沼産業),蛋白分画およびA/G比(以上,セルロースアセテート膜電気泳動法,全自動電気泳動装置CTE-150,常光)を測定した.
尿比重および尿検査の定性的項目の成績については,Kruskal-Wallisの検定法で解析し,有意差がみられた場合はMann-WhitneyのU-検定法を用いて解析した.
これら対照群と被験物質投与群との間の検定においては,いずれも有意水準を5 %とした.
投与期間終了時の生存例では,雌の300 mg/kg群の1例で盲腸に拡張が認められた.雌雄の1000 mg/kg群では,前胃粘膜に多巣性の微細隆起部,前胃粘膜の肥厚,盲腸の拡張,腎臓の褪色および微細白色斑が認められた.回復期間終了時にも雄の1000 mg/kg群で,腎臓の褪色が認められた.
投与期間終了時の生存例では,雄の300 mg/kg群で,腎臓に尿細管上皮の再生がみられた.雌雄の1000 mg/kg群では,腎臓に尿細管の拡張,顆粒円柱,皮質にリンパ球浸潤,腎乳頭に好中球浸潤,尿細管上皮の再生,集合管上皮の再生が認められた.前胃の境界縁にびらんおよび扁平上皮過形成,その他の部位にも扁平上皮過形成が認められ,肝臓に胆管増殖が認められた.雌1例の膵臓にチモーゲン顆粒の減少および脾臓の萎縮がみられた.拡張のみられた盲腸には異常は認められなかった.
回復期間終了時では,雄の1000 mg/kg群で,腎臓に尿細管の拡張,雌雄の1000 mg/kg群で,顆粒円柱,皮質にリンパ球浸潤,尿細管上皮の再生,集合管上皮の再生が認められた.
1000 mg/kg群の雄で投与7日以降に体重増加抑制が摂餌量の低値を伴って認められた.一方,雌では雄ほど顕著ではなかった.
尿検査では,300 mg/kg群の雌および1000 mg/kg群の雌雄で尿量の高値がみられ,300 mg/kg以上の群で雌雄ともに飲水量の高値もみられた.300 mg/kg群の雌および1000 mg/kg群の雌雄では比重の低下および蛋白の減少あるいはpHの低下がみられていることから,飲水量の増加に伴って尿量も増加したものと考えられた.この飲水量および尿量の高値は,3-エチルフェノール等の28日間反復経口投与毒性試験5)の高用量群でも認められていることから,これらのフェノール類に共通の変化と考えられた.一方,300 mg/kg以上の群で沈渣中に大小不同の黒色物質が散見され,この物質の起源,出現機序等については明らかでなかったものの,4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノール投与および腎障害に関連した変化と考えられ,1000 mg/kg群の雌でナトリウムの有意な低値がみられたのも,腎障害に関連した変化と考えられた.これらの変化は,いずれも回復2週には消失あるいは軽減していることから,可逆性の変化と考えられた.
血液学検査では,1000 mg/kg群にのみ,雌雄で血小板数の増加が認められたが,病理組織学検査において脾臓,骨髄等に変化は認められないことから産生性の変化とは考えられず,4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールの刺激等による炎症性の変化に伴う二次的なものと考えられた.しかし,増加程度は軽度であること,回復2週で認められないことから,その影響は軽度と考えられた.その他,1000 mg/kg群の雄にみられた白血球数の増加は前胃での炎症性変化等との関連が考えられたが,雌にはみられないことから,その変動機序は明らかでなかった.また,1000 mg/kg群の雌でみられた活性化部分トロンボプラスチン時間の延長については,肝障害に伴う可能性も考えられたが,プロトロンビン時間に変化がなく,出血性変化もないことから,4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノール投与との関連は明らかでなかった.しかし,これらの変化はいずれも回復期間終了時には認められないことから,可逆性の変化と考えられた.
血液生化学検査では,投与期間終了時に1000 mg/kg群にのみ,雌雄ともにGPT,アルカリホスファターゼ,γ-GTPの高値がみられ,雄で総ビリルビン,総コレステロールの高値がみられたことから肝・胆道系の異常が考えられた.同群では雌雄とも肝臓の絶対重量および相対重量も高値を示し,病理組織学検査の結果,全例に胆管増殖が認められた.同群の雌雄でトリグリセリドの高値あるいは高値傾向,雄で総蛋白の高値,雌でA/G比の低下および蛋白分画に異常がみられ,前述の胆管増殖に伴う肝機能異常に関連した変化と考えられた.肝臓の絶対重量および相対重量の高値は300 mg/kg群の雄にもみられたが,病理組織学的な変化は認められなかった.これらの変化は,回復期間終了時には認められないかあるいは軽減していることから,いずれも可逆性の変化と考えられた.
一方,1000 mg/kg群にのみ,雌雄ともに無機リンの高値,尿素窒素およびクレアチニンの高値あるいは高値傾向,雄でカリウムおよびクロールの低値,カルシウムの高値が認められ,腎障害が示唆された.同群では雌雄とも腎臓の絶対重量および相対重量も高値を示し,病理組織学検査の結果,尿細管の拡張,顆粒円柱,尿細管上皮および集合管上皮の再生等がほぼ全例に認められた.尿細管上皮の再生については,他の群にも認められる変化ではあるが,300 mg/kg以上の群で例数の増加傾向が認められ,4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノール投与の影響と考えられた.しかし,これらの変化も,回復期間終了時には軽減していることから,いずれも可逆性の変化と考えられた.
剖検では,1000 mg/kg群の雌雄で前胃粘膜の肥厚あるいは微細隆起部が認められ,病理組織学的に扁平上皮過形成が認められた.同様の変化は,死亡例にも認められ,回復期間終了時には認められなかったことから,4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールの直接的な刺激作用に起因する変化であり,可逆性の変化と考えられた.
器官重量では,1000 mg/kg群の雄で回復期間終了時に副腎の絶対重量および相対重量の高値が認められた.同群の雄では投与期間終了時にも用量依存的な増加傾向がみられており,切迫屠殺例の副腎も高値であったことから,4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノール投与の影響と考えられた.この変化は病理組織学的な異常は認められていないものの,腎障害に対する反応性の変化である可能性が考えられた.切迫屠殺例では,肝臓,腎臓および副腎の絶対重量増加の他に,心臓,胸腺および脾臓の絶対重量低下がみられている.胸腺および脾臓の絶対重量低下は腎障害等に起因した衰弱による萎縮性の変化と考えられ,投与期間終了時に1000 mg/kg群の雌でみられている胸腺の絶対重量低下も同様の変化と考えられた.また,投与期間終了時に1000 mg/kg群の雄の心臓重量は低値を示し,切迫屠殺例の場合と一致したが,病理組織学的な変化を伴っていないことから,毒性学的意義については明らかでなかった.
病理組織学検査では,死亡例の雌1例に脾臓の萎縮が,切迫屠殺例の雄1例に膵臓のチモーゲン顆粒の減少がみられたが,これらはいずれも衰弱時にみられる変化であることから,4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールの直接の毒性ではないと判断した.これらと同様の変化が投与終了時解剖例の雌1例でもみられ,同例は体重増加率が低く,摂餌量も低値を示していることから,死亡例と同様の変化と考えられた.切迫屠殺例の雄1例の腺胃および直腸に鉱質沈着がみられたが,この変化は尿毒症時に鉱質沈着が起こることがある6)ことから,腎障害に伴った変化と考えられた.
以上,雌雄ともに,1000 mg/kg群では扁平上皮過形成がみられたことから前胃粘膜に対する粘膜刺激性が認められた。また,胆管増殖による肝障害,顆粒円柱等による腎障害も認められた.300 mg/kg群では,腎障害に関連すると考えられる飲水量の増加がみられ,雄で腎障害に関連すると考えられる尿細管上皮の再生例の増加および肝障害に関連すると考えられる肝臓の器官体重重量比の増加が認められた.これらのことから,本試験条件下における4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールの無影響量(NOEL)は雌雄とも100 mg/kg/dayと考えられた.
| 1) | 須永昌男他,化学物質毒性試験報告,8, 717(2001). |
| 2) | 化学工業日報社編,“13398の化学商品,”化学工業日報社,東京,1998, p. 627. |
| 3) | 前川昭彦,林裕造編,“毒性試験講座5,毒性病理学,”地人書館,東京,1991, pp. 127-135. |
| 4) | 伊東信行編著,“最新毒性病理学,”中山書店,東京,1994, pp. 144-145. |
| 5) | 須永昌男他,化学物質毒性試験報告,8, 750(2001). |
| 6) | H. R. Brown and J. F. Hardisty, “Pathology of the Fischer Rat,” eds. by G. A. Boorman. et al., Academic Press, San Diego, 1990, pp. 15-17. |
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