C.I.ピグメントブルー29のラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeated Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test of C.I. Pigment Blue 29 by Oral Administration in Rats

要約

 C.I.ピグメントブルー29はSiO2,Al2O3,Na2Oなどの無機化合物の混合物で,印刷インキ,塗料,絵具,クレヨン,ゴムおよび合成樹脂の着色剤,その他多くの材料の着色等に広く用いられている1).本物質の毒性について,ラットおよびマウスにおける経口LD50値は10000 mg/kg以上2)で,急性毒性は極めて弱いことが知られている.しかしながら,反復投与毒性や生殖・発生毒性などに関する報告は見当たらない.

 今回,C.I.ピグメントブルー29について,SD系[Crl:CD(SD)]ラットを用い,0,100,300 および 1000 mg/kg/day 用量で反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験を実施した.動物は1群雌雄各12匹とし,被験物質は交配開始14日前から雄は交配終了後13日間(42日間),雌は分娩後哺育4日(42〜55日間)まで毎日強制経口投与した.

 

1. 反復投与毒性

 動物の臨床観察,感覚反射機能検査,着地開脚幅,握力,自発運動量,体重,摂餌量,尿検査,血液学検査および血液生化学検査において,被験物質の投与のよる影響は認められなかった.

 病理学検査において,組織学的に前胃の境界縁付近扁平上皮の軽度過形成が1000 mg/kg 群の雌雄に認められた.この前胃の変化は,回復群では明らかな回復傾向が認められた.

 以上の結果,C.I.ピグメントブルー29のラットへの反復投与による前胃の変化を指標として,無毒性量(NOAEL)は雌雄とも300 mg/kgと推定された.

2. 生殖発生毒性

 親動物の性周期(雌),交尾成立期間,交尾率,受胎率,妊娠期間,黄体数,着床率,出産率,分娩率,分娩および哺育状態に変化は認められなかった.児動物に対しても,総出産児数,新生児数,性比,出生率,体重,形態および哺育4日生存率に,被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.

 したがって,雌雄親動物の生殖能および児動物の発生に対する無毒性量(NOAEL)は,いずれも1000 mg/kg/ dayと結論された.

方法

1. 被験物質

 被験物質であるC.I.ピグメントブルー29は,水および有機溶媒に不溶,臭素水に可溶な青色粉末である.試験には,第一化成工業(兵庫)製造のロット番号E0311323のもの(組成 SiO2:39.60 %,Al2O3:23.76 %,Fe2O3:0.45 %,S:12.08 %,Na2O:22.59 %,不明:1.52 %)を冷暗所(2〜6℃)密栓下で保管し,使用した.

 被験物質の投与液は,1w/v%メチルセルロース水溶液[メチルセルロース100cp,和光純薬工業;局方精製水,共栄製薬]を溶媒とし,所定の投与用量となる濃度の懸濁液に調製して冷暗所(2〜6℃)で保管し,使用した.保管条件下および投与形態での被験物質は安定であることを確認した.

2. 供試動物および飼育条件

 日本チャールス・リバー(神奈川)より搬入したSD系[Crl:CD(SD)]ラットを13日間馴化・検疫飼育し,その間に雌については膣垢検査による性周期の確認も行い,異常の認められない動物を1群につき雌雄各12匹とし,雌についてはさらに対照群と最高用量群の回復群として各5匹からなる2群のサテライト群を設け,10週齢(雄 354〜427 g,雌 208〜272 g)で試験に供した.なお,雌の回復群については交配を行わなかった.雄の回復群については,投与42日に対照群と最高用量群の中から無作為抽出法によりそれぞれ5匹を選別し,回復群とした.ラットは実測温度 21.6〜24.4℃,実測湿度45〜59 %,換気回数10回以上/時,照明12時間(午前7〜午後7時)の飼育室で,金網ケージ内に個別に収容し,固型飼料[ラボMRストック,日本農産工業]および水を自由に摂取させた.ただし,交尾確認後の雌は,巣作り材料[ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー]を入れたポリカーボネート製ケージ内に収容した.

3. 投与量および投与方法

 雌雄各2匹のラットに被験物質の2000 mg/kgを3日間反復強制経口投与し,一般状態および体重への影響を調べた結果,雌雄ともに青色着色便が認められた以外に,変化は認められなかった.次に,1群雌雄各4匹のラットに被験物質を0,30,100,300および1000 mg/kg/ dayで14日間反復強制経口投与し,一般状態の観察,体重および摂餌量の測定,血液学および血液生化学検査,剖検並びに器官重量の測定を行った結果,投与に起因する変化は認められなかった.

 以上の結果から,本試験における投与量は,1000 mg/kg/dayを最高用量とし,以下300,および100 mg/ kgの計3用量を設定した.投与方法は,投与液量を体重 100 g当たり1 mLとし,テフロン製胃ゾンデを装着した注射筒を用いて1日1回,交配開始14日前から雄は剖検前日までの42日間,雌では分娩後の哺育4日(42〜46日間)まで毎日強制経口投与した.対照群には,被験物質の媒体として用いた1 w/v%メチルセルロース水溶液を同様に投与した.

4. 観察および検査

1) 親動物に関する項目

(1) 一般状態観察

 投与期間およびそれに続く14日間の回復期間を通じて,動物の生死,外観,行動等を毎日観察した.

(2) 詳細な臨床観察

 投与開始前日およびその後は週1回,動物をケ−ジから取り出す時およびケージ外のアルミ製オープンフィールド(370 W×560 D×40 Hmm)で,ケージからの出し易さ,ケージから出す時の扱い易さ,体躯緊張(弛緩〜強直),皮膚(色),毛並み,立毛,眼分泌物,眼瞼閉鎖状態,眼球突出,流涙,口鼻分泌物(汚れ),流涎,下腹部被毛の尿による汚れ,肛門周囲の便による汚れ,発声,呼吸,姿勢,痙攣,振戦,探索行動(覚醒度),警戒性,自発運動(活動性),歩行(よろめき),異常行動(自咬,後ろ向き歩行等),常同(過度の毛繕い,反復旋回運動等),意識不全(混迷,カタレプシー,昏睡),四肢筋緊張度,排尿および排糞の29項目について観察した.

(3) 感覚反射機能検査

 雄は最終投与日,雌は哺育期間中に1回,また回復群の雌雄は最終投与日および回復期間終了日に,聴覚反応,視覚反応,触覚反応,耳介反射,痛覚反応,瞳孔反射,同側屈筋反射,眼瞼反射および正向反射を調べた.

(4) 着地開脚幅,握力および自発運動量測定

 雄は投与41日,雌は哺育期間中に1回,また回復群の雌雄は最終投与日および回復13日に,雄は30分間および60分間,雌は30分間の自発運動量(自発運動量測定装置,SUPERMEX,室町機械),前肢および後肢の握力(ラット・マウス用握力測定装置,MK-380R/FR,室町機械)並びに着地開脚幅を測定した.回復群の雌の自発運動量は,60分間測定した.

(5) 体重および摂餌量測定

 体重の測定は,投与開始日(投与開始直前)およびその後は7日間隔で行い,さらに最終投与日と屠殺日に測定した.ただし,雌の妊娠後は,妊娠 0,7,14 および 20日と哺育0および4日に測定した.また,回復群については回復7および14日にも測定した.摂餌量は,体重測定日に合わせて翌日までの24時間の飼料消費量を測定した.摂餌量の最終測定日は,雄では投与41日,雌では哺育3日,回復群では回復13日とした.

(6) 性周期検査

 雌について,馴化・検疫期間に引き続き,交尾が確認されるまで,Giemsa染色による膣垢塗抹標本を作製し,鏡検により性周期段階の判定を行った.平均性周期は,角化細胞のみが散在または集塊状にみられる発情後期Iが回帰する日数の平均値とした.

(7) 交配および分娩状態観察

 投与15日の午後に,雄のケージに同一群内の雌を入れ(1対1),交尾が確認されるまで14日間を限度として連続同居させた.交尾の確認は毎朝一定時刻に行い,膣栓形成あるいは膣垢中に精子が確認された日を妊娠0日とした.分娩状態の観察も同じ時刻に行い,1腹ごとに分娩の終了が確認された日を哺育0日とした.交配および分娩の観察結果から,各群について交尾率[(交尾成立動物数/同居動物数)×100],受胎率[(受胎雌数/交尾成立雌数)×100]および出産率[(生児出産雌数/生存受胎雌数)×100]ならびに分娩が確認された例について妊娠期間(妊娠0日から分娩が確認された日までの日数)を算定した.

(8) 尿検査

 雄について,投与40日および回復群については回復12日に,動物を約3時間代謝ケージに収容し,得られた尿について,外観の観察,試験紙法(マルティスティックス,バイエル・三共)による pH,潜血,タンパク,糖,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲンの定性的検査並びに沈渣の検査(URI-CELL液,ケンブリッジケミカルプロダクトで染色して鏡検)を行った.さらに,18時間収容して得られた尿について,尿量,比重(屈折計,エルマ光学)並びにナトリウムおよびカリウム(電解質自動分析装置,NAKL-132,東亜電波工業)を測定した.

(9) 血液学検査

 最終投与の翌日あるいは回復期間終了の翌日の解剖直前に,エーテル麻酔下で開腹して腹大動脈より採血した.動物は前日の午後5時より除餌し,水のみを自由に与えた.採取した血液は3分割し,その一部はEDTA-2Kで凝固阻止処理し,多項目自動血球計数装置(E-4000,シスメックス)により,赤血球数(電気抵抗検出方式),血色素量(ラウリル硫酸ナトリウム-ヘモグロビン法),ヘマトクリット値(パルス検出方式),平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC,以上,計算値),白血球数および血小板数(以上,電気抵抗検出方式)を,また塗抹標本を作製して網状赤血球数(Brilliant cresyl blue 染色して鏡検)および白血球百分率(May-Giemsa染色して鏡検)を測定した.また,血液の一部を3.8 %クエン酸ナトリウム液で凝固阻止処理して血漿を得,血液凝固自動測定装置(KC-10A,米国アメルング社)により,プロトロンビン時間(Quick 一段法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT,エラヂン酸活性化法)を測定した.

(10) 血液生化学検査

 採取した血液の一部から血清を分離し,生化学自動分析装置(JCA-BM8型クリナライザー,日本電子)により,総タンパク(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G 比(計算値),血糖,総コレステロール,トリグリセライド(以上,酵素法),総ビリルビン(ジアゾ法),尿素窒素(Urease-UV法),クレアチニン(Jaffe),AST,ALT,ALP(以上,JSCC法),g-GTP(SSCC法),LDH(SFBC法),コリンエステラーゼ(BTC-DNTB法),カルシウム(OCPC法)および無機リン(酵素法)を,また電解質自動分析装置(NAKL-132,東亜電波工業)により,ナトリウム,カリウムおよび塩素(以上,イオン電極法)を測定した.

(11) 病理学検査

 雄の計画屠殺動物は投与42日の翌日,雌は哺育5日に,また,回復群については回復14日の翌日に,それぞれエ−テル麻酔下で放血屠殺し,体表,開口部粘膜および内部諸器官を肉眼的に観察した.また,各群雌雄各5匹の肝臓,腎臓,副腎,胸腺,脾臓,脳,心臓,下垂体,甲状腺および精嚢並びに全ての雄の精巣および精巣上体を秤量(絶対重量)し,屠殺日の体重に基づいて対体重比(相対重量)を算出した.雌については,卵巣の黄体数および子宮の着床数を調べ,着床率(%)[(着床数/黄体数)×100]を算出した.

 全例について脳,下垂体,甲状腺,胸腺,気管・肺(固定液を注入後浸漬),胃,腸,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,膀胱,精巣,精巣上体,前立腺,精嚢,卵巣,子宮,脊髄(頸部,胸部,腰部),坐骨神経,骨髄(大腿骨),リンパ節(頸部リンパ節,腸間膜リンパ節),乳腺,その他肉眼的異常部位を採取し,10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣,精巣上体はブアン液で前固定)にて固定し保存した.病理組織学検査は,対照群および1000 mg/kg群の雌雄各5匹のこれら保存器官について実施した.精巣については,精子形成サイクル検査(ステージII・III,V,VIIおよびXII)を実施した.その結果,被験物質の投与による影響が胃に認められたので,回復群を含むその他の群については,雌雄各5匹の胃について検査した.各群の肉眼的異常部位は全例について検査した.検査は,常法に従ってパラフィン切片を作製し,H-E染色を施して鏡検した.また,精子形成サイクル検査のために精巣のPAS染色標本も作製した.

2) 新生児に関する項目

(1) 産児数,性比および外表観察

 分娩完了の確認後,各腹の産児数(生産児と死亡児の合計)を調べ,分娩率[(総出産児数/着床数)×100]を,また,肛門と生殖突起の長短により性別を判定し,群ごとの性比を算出した.新生児については,口腔内を含む外表の異常を観察した.

(2) 一般状態観察

 毎日一般状態および生死を確認し,出生率[(出産確認時生児数/総出産児数)×100]および新生児生存率[(哺育4日生児数/出産確認時生児数)×100]を求めた. 

(3) 体重測定

 新生児について哺育0日および4日に雌雄別に腹ごとの総体重を測定し,1匹当たりの平均体重を算出した.

(4) 病理学検査

 死亡例はその都度,生存例は哺育4日にエーテル麻酔下で放血死させ,胸部および腹部における主要器官を肉眼的に観察した.

5. 統計解析

 得られた平均値あるいは頻度について,対照群との有意差(危険率5 %以下)を,定量的データおよびパラメトリックデータについて,試験群が3群以上の場合,Bartlettの分散検定を行い,分散が一様な場合は一元配置の分散分析を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータは,Kruskal-Wallisの順位検定を行った.それらの結果有意差を認めた場合,DunnettないしDunnett型の検定法による多重比較を行った.試験群が2群の場合は,パラメトリックデータについてF検定を行い,その結果分散が一様な場合はStudentのt検定を,分散が一様でない場合はAspin- Welchのt検定を行った.また,ノンパラメトリックデータは,Mann-WhitneyのU検定を行った.カテゴリカルデータについては,Fisherの直接確率法を用いて検定した.なお,新生児に関するデータは,1腹を1標本とした.

結果

1. 反復投与毒性

1) 一般状態および死亡

 被験物質と同色の青色着色便が,被験物質投与の全ての群で,投与2日以降,最終投与日まで認められ,青色の程度は用量相関的に増強する傾向にあった.死亡は認められず,健康状態の異常が伺われる一般状態の変化も認められなかった.回復期間では,便の色調変化は認められなかった.

2) 詳細な臨床観察

 投与期間中および回復期間中の観察とも,被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.

3) 感覚反射機能検査

 投与期間中および回復期間中の検査において,変化は認められなかった.

4) 着地開脚幅, 握力および自発運動量(Table 1)

 投与期間終了時屠殺動物では投与期間中の検査で,着地開脚幅,握力および自発運動量ともに,変化は認められなかった.回復期間終了時屠殺動物においては,投与期間中の検査で,雄の測定開始30分間の自発運動量に有意な高値が認められたが,60分間の自発運動量には有意差は認められなかった.また,回復期間終了時屠殺動物の回復期間中の測定で,雌雄とも前肢握力に有意な高値が認められた.

5) 体重(Fig. 1, 2)

 投与期間中および回復期間中,体重および体重増加量に有意な変化は認められなかった.

6) 摂餌量

 被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.

7) 雄の尿検査

 投与期間中および回復期間中の検査において,各検査項目に有意な変化は認められなかった.

8) 血液学検査(Table 2)

 投与期間終了時屠殺動物の検査において,被験物質投与各群の雄の血色素量,ヘマトクリット値および白血球数は対照群と比べて全般的にやや低値を示し,血色素量および白血球数には全ての群で有意差が認められた.また,血色素量やヘマトクリット値の低値に伴い,100 mg/kg群の平均赤血球容積および平均赤血球血色素量並びに1000 mg/kg群の平均赤血球血色素量は有意な低値を示した.しかしながら,これら各群の平均値はいずれも当研究所の背景データにおける正常範囲内[血色素量:14.2〜16.6(g/dL),ヘマトクリット値:42.2〜48.4(%),白血球数:41〜120(102/μL),平均赤血球容積:49〜56(fL),平均赤血球血色素量:16.4〜19.3(pg)]の値であり,また,用量相関的に変化する傾向も認められなかった.雌においては,各検査項目に有意な変化は認められなかった.回復期間終了時屠殺動物においては,雄で血色素量の有意な高値および白血球百分率における好酸球の比率の有意な低値が認められた.雌では,変化は認められなかった.

9) 血液生化学検査(Table 3)

 投与期間終了時屠殺動物の検査において,被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.100 mg/kg 群の雄のナトリウムは有意な低値を示したが,正常範囲内[ナトリウム:142〜145(mEq/L)]の値であり,変化に用量相関性も認められなかった.回復期間終了時屠殺動物の検査においては,雌のアルブミンおよびカリウムが有意な低値を示したが,これらも正常範囲内[アルブミン: 2.70〜3.81(g/dL),カリウム:4.05〜5.65(mEq/L)]の値であった.

10) 剖検

 被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.被験物質の投与とは無関係に,散発的に認められた所見としては,投与期間終了時屠殺動物の検査において,雄で精巣上体の結節(片側性)が100 mg/kg 群の1匹および300 mg/kg 群の1匹に,雌で胸腺の赤色域が1000 mg/kg 群の1匹に,また,回復期間終了時屠殺動物においては,雄で精巣の小型化(両側性)が1000 mg/kg群の1匹に認められた.

11) 器官重量(Table 4)

 投与期間終了時屠殺動物および回復期間終了時屠殺動物とも,各器官の絶対重量および相対重量に有意な変化は認められなかった.

12) 病理組織学検査(Table 5, 6)

 被験物質の投与に起因する変化として,投与期間終了時屠殺動物で,前胃の境界縁付近扁平上皮の軽度過形成が1000 mg/kg群の雄5匹および雌4匹に認められ,雌雄の発現率とも対照群と比べて有意差が認められた.また,雌の1匹では前胃粘膜下織の水腫も認められた.回復期間終了時屠殺動物では,前胃の境界縁付近扁平上皮過形成が雌の1匹にのみ認められ,明らかな回復傾向が認められた.

 被験物質の投与とは無関係な変化としては,肺の動脈壁鉱質沈着および泡沫細胞集簇,心臓の心筋変性・線維化,肝臓の巣状壊死,肝細胞脂肪変性(びまん性)および微小肉芽腫,腎臓の皮質リンパ球浸潤,孤立性嚢胞,好塩基性尿細管,硝子円柱および皮質尿細管鉱質沈着,前立腺の間質リンパ球浸潤が対照群と1000 mg/kg群あるいは対照群にのみ,低い発現率で認められた.また,雄の腎臓には近位尿細管上皮の硝子滴並びに雌雄の脾臓には髄外造血および褐色色素沈着が高い発現率で認められたが,1000 mg/kg群における発現率や変化の程度に対照群との差は認められなかった.剖検で,被験物質の投与とは無関係に認められた精巣上体の結節部には精子肉芽腫,小型化した精巣には精細管萎縮および間質細胞過形成が認められた.

2. 生殖発生毒性

1) 親動物に及ぼす影響(Table 7)

(1) 性周期検査

 群分けの翌日から交配前までにおいて,全例が4〜5日で発情を回帰し,性周期に有意な変化は認められなかった.

(2) 交尾率および受胎率

 交尾不成立および妊娠不成立の例は認められず,交尾成立までに要する日数,交尾率および受胎率に有意な変化は認められなかった.

(3) 黄体数,着床数および着床率

 黄体数,着床数および着床率に有意な変化は認められなかった.

(4) 出産率および妊娠期間

 出産率および妊娠期間に有意な変化は認められなかった.

(5) 分娩および哺育状態

 分娩および哺育状態に異常は認められなかった.

2) 新生児に及ぼす影響(Table 8)

(1) 生存性および体重

 一腹当たりの総出産児数,分娩率,哺育0日および4日の新生児数および体重,出生率,性比並びに哺育4日の生存率に有意な変化は認められず,新生児の一般状態にも異常は認められなかった.

(2) 形態

 外表および内臓異常を有する児動物は認められなかった.内臓変異については,胸腺の頸部残留が対照群で3例(発現率1.6 %),1000 mg/kg群で4例(2.4 %),左臍動脈遺残が対照群で1例(0.5 %),1000 mg/kg群で1例(0.6 %),および蛇行尿管が100 mg/kg群で1例(0.6 %)認められた.これらの内臓変異を有する児動物は,対照群で4匹(2.2 %),100 mg/kg群で1匹(0.6 %),300 mg/kg群で0匹(0 %)および1000 mg/kg群で5匹(3.1 %)であった.以上の内臓変異の種類別発現率および内臓変異を有する児動物の発現率には,対照群と被験物質投与群との間に有意差はなく,また,用量と相関した増加傾向も認められなかった.

考察

1. 反復投与毒性について

 動物の臨床観察,感覚反射機能検査,着地開脚幅,握力,自発運動量,体重,摂餌量,尿検査,血液学検査および血液生化学検査において,被験物質の投与による有害な影響は認められなかった.

 投与期間中に認められた青色の便は毒性影響によるものではなく,経口投与した被験物質の着色によるものであった.

 回復期間終了時屠殺動物の雄の投与期間中の検査で認められた測定開始後30分間の自発運動量の有意な高値については,その平均値(8901 counts)が背景データの正常範囲(4406〜9305 counts)値であり,60分間の運動量には有意差は認められず,さらに投与期間終了時屠殺動物の運動量には有意な変化は認められていないことから,被験物質の投与とは無関係な偶発的変化と判断された.

 また,血液学検査および血液生化学検査においては有意差を認める項目があったが,いずれも変化に用量相関性は認められず,しかも背景データにおける正常範囲の変化であったことから,被験物質の毒性影響を示唆する変化ではないと判断された.

 病理学検査においては,組織学的に前胃の境界縁付近扁平上皮の軽度過形成が1000 mg/kg 群の雌雄に認められ,被験物質の投与による影響と考えられた.また,前胃の粘膜下織の水腫を伴う例も認められ,被験物質の軽度な局所刺激性を示唆する変化と考えられる.器官重量を含め,その他の器官には被験物質の投与による影響は認められなかった.

 このように,被験物質の反復投与により認められた毒性影響は,病理組織学検査で1000 mg/kg群の雌雄に認められた前胃の扁平上皮過形成であった.

 この胃の変化は,回復群では雌の1匹を除いて認められず,短期間で回復する可逆的変化であることが確認された.

 なお,回復群では,雌雄に前肢握力の高値,雄に血色素量の高値および白血球百分率における好酸球比の低値,雌に血清アルブミンおよびカリウムの低値が認められた.しかしながら,前肢握力の高値はむしろ対照群がやや低値であったためであり,その他の変化も投与期間終了時の検査では認められておらず,しかも正常範囲の値であったことから,被験物質の投与による遅発的影響を示唆するものではなく,偶発的変化と考えられる.

 以上の結果から,親動物における反復投与による無毒性量(NOAEL)は雌雄ともに300 mg/kg/dayと推定された.

2. 生殖発生毒性について

 親動物に対して,観察した各指標とも対照群と比べて有意な変化は認められず,生殖器官にも被験物質投与に起因する病理学的変化は認められなかった.

 児動物に対しては,発生・発育に関する各指標において被験物質の投与による影響は認められなかった.対照群を含む各投与群で少数例の内臓変異がみられたが,いずれも自然発生的に認められるもので3),発現率に有意差および用量相関性もないことから催奇形性を示唆する変化ではないと判断された.

 以上の結果から,雌雄親動物の生殖能および児動物の発生に対する無毒性量(NOAEL)はいずれも1000 mg/kg/dayと結論された.

文献

1) 「12394の化学商品」化学工業日報社,東京(1994) p.1068.
2) 第一化成工業,MSDS.
3) Morita H et al.:Spontaneous malformations in laboratory animals, Frequency of external, internal and skeletal malformations in rats, rabbits and mice.Cong Anom, 27:147-206(1987).

連絡先
試験責任者: 野田 篤
試験担当者: 伊藤雅也,杉本忠美,高見澤志保,
昆 尚美, 赤木 博,山口真樹子,
伊藤義彦
(財)畜産生物科学安全研究所
〒229-1132 神奈川県相模原市橋本台3-7-11
Tel 042-762-2775 Fax 042-762-7979

Correspondence
Authors : Atsushi Noda(Study director)
Masaya Ito, Tadami Sugimoto,
Shiho Takamizawa, Naomi Kon,
Hiroshi Akagi, Makiko Yamaguchi,
Yoshihiko Ito
Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology
3-7-11 Hashimotodai, Sagamihara-shi, Kanagawa, 229-1132, Japan
Tel +81-42-762-2775 Fax +81-42-762-7979