3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノールのラットを用いる
経口投与簡易生殖毒性試験

Preliminary Reproduction Toxicity Screening Test
of 3-Methoxy-3-methyl-1-butanol by Oral Administration in Rats

要約

3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノールは,塗料,インキ,シンナー,染料,洗剤,剥離剤,農薬原料,可塑剤原料等に広く用いられている.しかしながら,本物質の毒性について,これを調べた報告は見当たらず,ほとんど知られていないのが現状である.

今回,3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノールについて,経口投与簡易生殖毒性試験を,SD系[Crj:CD(SD)IGS]ラットを用い,0,8,40,200および1000 mg/kg用量で実施した.動物は1群雌雄各12匹とし,被験物質は交配開始14日前から雄は交配終了後18日間(47日間),雌は分娩後哺育4日(42〜52日間)まで投与した.

1. 反復投与毒性

雄については,200および1000 mg/kg群で腎臓の絶対および相対重量の有意な増加が認められた.雌については,1000 mg/kg群で腎臓および肝の有意な増加が認められた.しかしながら,病理組織学検査では,雌雄とも腎臓および肝臓に被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.また,雌雄とも一般状態,体重,摂餌量および剖検においては,変化は認められなかった.

以上の結果から,3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノールのラットにおける反復投与毒性は,腎臓および肝臓に対する影響であった.無影響量は,雄で40 mg/kg/day,雌で200 mg/kg/dayと判断された.

2. 生殖発生毒性

親動物の性周期,交尾率,受胎率,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率,分娩率並びに分娩および哺育状態に変化は認められなかった.児動物に対しても,総出産児数,新生児数,性比,出生率,体重,形態および新生児の4日の生存率に変化は認められなかった.

したがって,雌雄親動物の生殖能および児動物の発生に対する無影響量は,1000 mg/kg/dayと判断された.

方法

1. 被験物質

3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノールは,水に可溶な無色透明の液体である.試験には(株)クラレ(大阪)製造のもの(ロット番号22517,純度99.19 %,不純物として2-メトキシ-4-メトキシメチル-2-ブチルブタン0.2 %,4-t-ブトキシ-4-メチル-2-ブタノール0.1 %を含む)を入手し,冷暗所(4 ℃),密栓下で保管し,使用した.被験物質の投与液は,局方精製水[共栄製薬(株)]を溶媒として,所定の投与用量となる濃度の水溶液に調製し,使用時まで冷暗所(4 ℃)で密栓保管し,調製後7日間以内に使用した.なお,被験物質の保管条件下および投与形態での被験物質は安定であることを確認した.

2. 供試動物および飼育条件

日本チャールス・リバー(株)より搬入したSD系[Crj:CD(SD)IGS]ラットを13日間馴化・検疫飼育し,その間に雌については膣垢検査による性周期の確認も行い,異常の認められない動物を1群雌雄各12匹とし,10週齢(雄356〜433 g,雌225〜268 g)で試験に供した.ラットは,温度22〜24 ℃,湿度52〜65 %,換気回数10回以上/時,照明12時間(午前7時〜午後7時)に制御した飼育室で,金網ケージに個体別に収容し,固型飼料[ラボMRストック,日本農産工業(株)]および水を自由に摂取させた.ただし,交尾確認後の雌は,巣作り材料[ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー(株)]を入れたポリカーボネート製ケージに収容した.

3. 投与量および投与方法

0,15,60,250および1000 mg/kgで実施した3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノールの28日間反復投与毒性試験1)において,250 mg/kg群の雄および1000 mg/kgの雌雄に腎臓の相対重量の増加が,さらに1000 mg/kgの雌雄に肝臓の相対重量の増加および塩素の低値が認められた.しかしながら,動物の一般状態,体重および摂餌量には変化が認められなかった.したがって,本試験における投与量は1000 mg/kgを最高用量とし,以下200,40および8 mg/kgの4用量を設定した.投与方法は,投与液量を体重100 g当たり0.5 mLとし,テフロン製胃ゾンデを装着した注射筒を用いて1日1回,交配開始14日前から雄は剖検前日までの47日間,雌は分娩後の哺育4日(42〜52日間)まで,経口投与した.対照群には,被験物質の溶媒として用いた局法精製水を同様に投与した.

4. 観察および検査

1) 親動物に関する項目

(1) 一般状態観察

投与期間中毎日,動物の生死,外観,行動等について観察した.

(2) 体重および摂餌量測定

体重の測定は,投与開始日(投与開始直前)およびその後は7日間隔で行い,さらに最終投与日と屠殺日に測定した.ただし,雌の妊娠後は,妊娠0,7,14および20日と哺育0および4日に測定した.摂餌量は,体重測定日に合わせて翌日までの24時間の飼料消費量を測定した.雌の哺育4日の摂餌量は,前日からの24時間消費量を測定した.

(3) 性周期検査

雌について,馴化・検疫期間に引き続き,交尾が確認されるまで,Giemsa染色による膣垢塗抹標本を作製し,鏡検により性周期段階の判定を行った.平均性周期は,角化細胞のみが散在または集塊状にみられる発情後期が回帰する日数の平均値とした.

(4) 交配および分娩状態観察

投与15日の午後に,雄のケージに同一群内の雌を入れ(1対1),交尾が確認されるまで14日間を限度として連続同居させた.交尾の確認は毎朝一定時刻(9:30分頃)に行い,膣栓形成あるいは膣垢中に精子が確認された日を妊娠0日とした.分娩状態の観察も同じ時刻に行い,1腹ごとに分娩の終了が確認された日を哺育0日とした.交配および分娩の観察結果から,各群について交尾率[(交尾動物数/同居動物数)× 100],受胎率[(受胎雌数/交尾成立雌数) ×100]および出産率[(生児出産雌数/生存受胎雌数)× 100]ならびに分娩が確認された例について妊娠期間(妊娠0日から分娩が確認された日までの日数)を算定した.

(5) 病理学検査

雄は投与47日の翌日に,雌は計画屠殺動物では哺育5日に,また,40 mg/kg群で1匹認められた交尾しなかった雌については交配期間終了後24日に,それぞれエーテル麻酔下で放血屠殺して剖検した.また,肝臓,腎臓並びに雄の精巣,精巣上体を秤量(絶対重量)し,対体重比(相対重量)を算出した.雌については,卵巣の黄体数および子宮の着床数を調べ,着床率[(着床痕数/黄体数)× 100]を算定した.病理組織学検査は,採取した器官を10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣および精巣上体のみブアン液)で固定後,対照群および1000 mg/kg群の肝臓,腎臓,精巣,精巣上体,卵巣および肉眼的に異常の認められた肺を検査した.妊娠不成立の雄については前立腺および精嚢,雌については子宮および下垂体も検査した.検査の結果,被験物質投与に起因する変化が認められなかったので,8,40および200 mg/kg群については,8 mg/kg群で肉眼的に異常の認められた肺および胸腺のみを検査した.検査は常法に従ってパラフィン切片を作製し,H-E染色を施して鏡検した.

2) 新生児に関する項目

(1) 産児数,性比および外表異常の観察

分娩完了の確認後,各腹の産児数(生産児と死亡児の合計)を調べ,分娩率[(総出産児数/着床数)× 100]を算定した.また,肛門と生殖突起の長短により性別を判定し,群ごとの性比を算出した.新生児については,口腔内を含む外表の異常を観察した.

(2) 一般状態観察

毎日一般状態および生死を確認し,出生率[(出産確認時生児数/総出産児数)× 100]および新生児生存率[(哺育4日生児数/出産確認時生児数)× 100]を求めた.

(3) 体重測定

新生児について哺育0日および4日に雌雄別に各腹ごとの総体重を測定し,1匹当たりの平均体重を算出した.

(4) 病理学検査

死亡例はその都度,生存例は哺育4日にエーテル麻酔下で放血死させ,胸腹部における主要器官を肉眼的に観察した.

5. 統計処理

パラメトリックデータは,Bartlettの分散検定を行い,分散が一様な場合は一元配置の分散分析を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータは,Kruskal-Wallisの順位検定を行った.それらの結果,有意差を認めた場合,パラメトリック型またはノンパラメトリック型のDunnett法またはScheff法(群の大きさが異なる場合)により対照群に対する各群の比較検定を行った.カテゴリカルデータは,生殖発生毒性に関するパラメータはχ2検定を,病理学検査における異常例の出現率にはFisherの直接確率法を用いた.なお,新生児に関するデータは,1腹当たりの平均を1標本とした.

結果

1. 反復投与毒性

1) 一般状態および死亡

対照群および被験物質投与各群とも,投与期間を通じて,一般状態の変化および死亡は認められなかった.

2) 体重(Fig. 1, 2)および摂餌量

被験物質投与各群の雌雄とも,体重,体重増加量および摂餌量に,被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.

3) 剖検

被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.

なお,散発的に認められ,被験物質の投与とは無関係と考えられた所見としては,肺の黒色点が対照群の雌の1匹,8 mg/kg群の雄の1匹および1000 mg/kg群の雌の1匹,肝臓横隔膜結節が対照群の雌の1匹,胸腺の赤色斑が8 mg/kg群の雄の1匹並びに精巣および精巣上体の小型化(両側性)が1000 mg/kg群の雄の1匹に認められた.さらに,40 mg/kg群に認められた1対の交尾不成立例の雄においても,精巣および精巣上体の小型化(片側性)が認められた.交尾不成立例の雌には,変化は認められなかった.

4) 器官重量(Table 1)

200および1000 mg/kg群の雄で,腎臓の絶対および相対重量の有意な増加が認められた.さらに,1000 mg/kg群の雌で肝臓および腎臓の相対重量の有意な増加が認められた.

5) 病理組織学検査(Tables 2, 3)

(1) 生殖器系以外の器官

被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.

被験物質の投与とは無関係な変化として,対照群および1000 mg/kg群の雌雄あるいはそのいずれかに,肝臓では微小肉芽腫および巣状壊死,腎臓では近位尿細管上皮の好酸体および硝子滴,好塩基性尿細管,嚢胞形成,硝子円柱,皮質のリンパ球浸潤および線維化,皮髄境界部の鉱質沈着並びに腎盂上皮の過形成が認められた.剖検で散発的に認められた肺の黒色点には出血あるいはヘマトイジン結晶を伴った出血,胸腺の赤色斑には出血が認められた.

(2) 生殖器系器官

被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.

投与とは無関係な変化として,剖検で認められた1000 mg/kg群の雄の1匹の小型化した精巣および精巣上体(両側性)には,それぞれ精巣の精細管萎縮および間質細胞の過形成並びに精巣上体の精巣上体管内精子の減少および細胞崩壊物が認められた.40 mg/kg群で認められた交尾不成立例では,雄の精巣に精細管萎縮が両側性に認められ,特に片側の変化は重度で精子形成がほとんど認められず,精巣上体管内精子も認められなかった.同例の前立腺および精嚢並びに雌の卵巣,子宮および下垂体には変化は認められなかった.

2. 生殖発生毒性

1) 親動物に及ぼす影響(Table 4)

(1) 性周期検査

群分け時から交配前までにおいて,いずれの動物にも順調な発情回帰が確認され,被験物質投与各群の平均性周期は,対照群と比べて有意差は認められなかった.しかしながら,交配開始後,40 mg/kg群の1匹は,発情後期から発情休止期へ性周期像が移行し,交配期間終了時まで発情休止期が続いて,交尾不成立に終わった.

(2) 交尾率および受胎率

交尾は40 mg/kg群の1対を除いて全例に成立し,成立に要する期間にも,有意な差は認められなかった.受胎率は,対照群および被験物質投与各群とも100 %で あった.

(3) 黄体数,着床数および着床率

被験物質投与各群の黄体数,着床数および着床率は,対照群と比べて有意差は認められなかった.

(4) 出産率および妊娠期間

出産率は,対照群および被験物質投与各群とも100 %であった.妊娠期間においても,対照群と被験物質投与各群の間に有意差は認められなかった.

(5) 分娩および哺育状態

対照群および被験物質投与各群とも,分娩および哺育状態に異常は認められなかった.

2) 新生児に及ぼす影響(Table 5)

(1) 生存性および体重

被験物質投与各群の1腹当りの総出産児数,分娩率,新生児数,出生率,性比,哺育0日の体重,並びに新生児の4日の生存率および体重には,いずれも対照群と比べて有意差は認められず,新生児の一般状態にも異常は認められなかった.

(2) 形態

外表および内臓異常は,いずれの児動物にも認められなかった.内臓変異については,胸腺の頸部残留および左臍動脈遺残が各群に少数例認められたものの,いずれの投与群ともそれらの発現率に対照群との有意差は認められなかった.

考察および結論

1. 反復投与毒性

3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノールのラットの反復投与において認められた変化は,腎臓および肝臓の重量変化で,雄は200および1000 mg/kgで腎臓の絶対および相対重量に,雌では1000 mg/kg群で肝臓および腎臓の相対重量にいずれも有意な増加が認められた.しかしながら,これらの器官には被験物質の投与に起因する病理組織学的変化は認められなかった.また,動物の一般状態,体重,摂餌量および剖検所見においては,被験物質の投与による影響は認められなかった.

類似した結果は,15,60,250および1000 mg/kgで実施した本物質のラットにおける28日間反復経口投与毒性試験においても認められており,主な毒性は250 mg/kg群あるいは1000 mg/kg群で認められた腎臓および肝臓の相対重量増加であった1)

以上の結果から,親動物への反復投与における無影響量は雄で40 mg/kg/day,雌で200 mg/kg/dayと判断された.

2. 生殖発生毒性

雄親および雌親の生殖能に対する影響について,観察した各指標とも,対照群と比べて有意な変化は認められず,雌雄の生殖器官にも病理学的変化は認められなかった.また,児動物の発生・発育に関する各指標においても,被験物質の投与による影響は認められなかった.

なお,40 mg/kg群に認められた交尾不成立の1対については,それまで順調であった雌の性周期が交配開始の翌朝に発情後期となった後,持続性の休止期が認められ,交尾は成立しなかった.病理組織学検査においては,この雌の卵巣,子宮および下垂体などに変化は認められなかった.交尾不成立の雄は,精巣の精子形成異常が観察されたが,交尾不成立とは関係がないものと思われる.したがって,交尾不成立の原因は,膣垢検査の刺激により雌が偽妊娠を起こしたものと考えられ,被験物質の投与の影響によるものではないと判断された.なお,精巣の精子形成異常は本例以外に1000 mg/kg群の1匹にも認められたが,これらの発現は散発的で,偶発的所見と判断された.

したがって,雌雄親動物の生殖および児動物の発生に対する無影響量は,1000 mg/kg/dayと判断された.

文献

1)伊藤義彦,野田篤,伊藤雅也,赤木博,山口真樹子,化学物質毒性試験報告,10, 578(2003).

連絡先
試験責任者:野田 篤
試験担当者:山口真樹子,伊藤雅也,昆 尚美,伊藤義彦
(財)畜産生物科学安全研究所
〒229-1132 神奈川県相模原市橋本台3-7-11
Tel 042-762-2775Fax 042-762-7979

Correspondence
Authors:Atsushi Noda(Study director)
Makiko Yamaguchi, Masaya Ito, Naomi Kon, Yoshihiko Ito
Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology 3-7-11
Hashimotodai, Sagamihara-shi, kanagawa, 229-1132 Japan
Tel +81-42-762-2775Fax +81-42-762-7979