イソチオシアン酸メチルのラットを用いる単回経口投与毒性試験

Singe Dose Oral Toxicity Test of Methyl isothiocyanate in Rats

要約

 イソチオシアン酸メチルのSprague-Dawley系ラットを用いる単回経口投与毒性試験を実施した.投与開始の投与量を300 mg/kgとし(第1段階),投与動物の死亡動物数に基づき,第2および3段階と段階毎に逐次投与を行った.第2および3段階は50 mg/kgを投与し,各段階とも雌3匹を使用した.投与日(観察第1日)から14日間観察を行い,観察期間中に体重を測定し,観察第15日に屠殺して剖検した.

 その結果,第1段階の300 mg/kg投与群の全例(3/3例)が投与当日に死亡した.同群では,腹臥位,皮膚(耳介,四肢,鼻部,尾部)の蒼白化,流涎,不穏および一過性の間代性痙攣が観察され,投与後1〜3時間で死亡が発現した.死亡時の剖検では口および鼻周囲の皮膚が濡れており,肺は赤色調で一部に暗赤色域が認められた.また,1例では前胃粘膜が顕著に水腫様を呈していた.

 一方,50 mg/kg投与群(第2および3段階)では死亡動物はみられなかった.同群では体重は順調に増加し,一般状態に異常は認められなかったが,剖検時に1例で前胃粘膜に肥厚した白色調の硬化部が観察された.

 従って,イソチオシアン酸メチルのGlobally Harmonized Classification System(GHS)はクラス3に分類され,LD50 cut-off値は200 mg/kg b.w.であると判断された.

方法

1. 被験物質

 被験物質として用いたイソチオシアン酸メチルは,水に不溶,エタノールおよびクロロホルムに混和する黄褐色澄明の液体で,強い刺激臭を有し凝固点は34.4℃,沸点は119℃である.本試験には和光純薬工業(大阪)から購入したイソチオシアン酸メチル'ロット番号: TWR4288,純度99.8 %(GC)"を用いた.被験物質は受領後,使用時まで密閉して冷蔵下で保管し,試験期間中の被験物質の安定性を残余被験物質を用いた品質試験成績により確認した.

2. 使用動物および飼育方法

 7週齢のSprague-Dawley(SD)系[Crj:CD(SD)IGS,SPF]の雌ラットを日本チャールス・リバー厚木飼育センターから購入し,飼育環境への馴化と検疫を兼ねて5日間予備飼育した.群分けは検疫終了時の測定体重をもとに体重別層化無作為抽出法により3匹ずつからなる6段階に分け,計18匹を試験に用いた.投与時の週齢は各段階とも8週齢であった.

 全飼育期間を通じ動物を金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,許容温度21.0〜25.0℃,許容湿度40.0〜75.0 %,換気回数約15回/時間,照明12時間(7時〜19時点灯)に制御された飼育室で,固形飼料(CE-2,日本クレア)および水道水(秦野市水道局給水)を自由に摂取させて飼育した.

3. 投与検体の調製

 被験物質を約37℃の温水中で融解させた後,各固定用量ごとに秤量し媒体を加えて所定濃度(w/v%)に調製した.被験物質が水に不溶で油に溶解するため,媒体はコーン油を選択した.調製した投与検体は冷蔵下に保管した.投与量はガイドラインに従い5,50,300あるいは2000 mg/kgとし,検体の濃度はそれぞれ0.1,1.0,6.0あるいは40 w/v%とした.

 投与に先立ち被験物質の0.1 および40 w/v%溶液について冷蔵条件下における調製後8日間の安定性を確認し,また,投与検体中の被験物質含量をガスクロマトグラフ(GC)法により測定し規定範囲内にあることを確認した.なお,投与検体は溶液のため均一性試験は実施しなかった.

4. 投与量の設定および投与方法

 被験物質のラット経口投与時の50 %致死量は97 mg/kgとの報告があることから,投与開始の投与量は,投与した動物のうち何匹かに死亡がみられると予想される用量である300 mg/kg を選択した.投与は1日間隔で1段階ごとに逐次実施し,第2段階以降の投与量はいずれも前日に投与した段階の死亡動物数をもとに決定した.即ち,第1段階の投与を実施した結果,投与当日に全例(3/3例)が死亡したため,この死亡数をもとに翌日には第2段階として50 mg/kgを投与した.第2段階では投与翌日には死亡がみられず,第3段階には再度50 mg/kgを投与した.その後,観察期間を通じて第2および第3段階ともに死亡例がみられず,被験物質の毒性分類が確定したため第4段階以降の動物には投与を実施しなかった.

 動物は投与前日の16時より絶食させた後,投与直前に測定した体重をもとに各投与群とも5 mL/kgの投与容量となる様に投与液量を算出し,ラット用胃管を用いて強制的に単回経口投与した.給餌は投与後約3時間に行った.

5. 観察および検査

1) 一般状態の観察

 全例について,投与日(観察第1日)は投与後約1時間にわたり継続的に観察し,その後は約1時間毎に投与後6時間まで観察した.300 mg/kg投与群の動物については,投与後1時間の時点でも動物が死亡する等の急激な症状の推移が認められたため,全例の死亡まで継続的に一般状態の観察を継続した.観察第2日以降は毎日1回観察した.

2) 体重測定

 全例について投与日の投与直前,観察第2,4,8,11および15日に測定した.また,死亡例は死亡確認後速やかに測定した.

3) 病理学検査

 死亡例は死亡確認後速やかに,生存例は観察第15日に全例をペントバルビタール・ナトリウム麻酔下で放血屠殺して剖検した.剖検時に脳,下垂体,眼球,甲状腺,心臓,気管,肺,肝臓,腎臓,胸腺,脾臓,副腎,消化管,生殖器,乳腺,膀胱,下顎リンパ節,腸間膜リンパ節,大腿骨骨髄,膵臓,顎下腺,舌,食道,大動脈,ハーダー腺および皮膚の肉眼的観察を行った.これらのうち,死亡例の全例ならびに生存例のうち各投与段階の1例の主要器官・組織(脳,心臓,肺,肝臓,腎臓,脾臓,消化管)を0.1Mリン酸緩衝10 w/v%ホルマリン溶液で固定した.

6. データの解析

 体重について固定用量ごとに平均値および標準偏差値を算出した.

結果及び考察

1. 死亡状況

 300 mg/kg投与群の全例(3/3例)が投与当日に死亡した.50 mg/kg投与群では第2および第3段階ともに死亡動物はみられなかった.

2. 一般状態

300 mg/kg投与群では,3例全例で腹臥位,皮膚(耳介,四肢,鼻部,尾部)の蒼白化,流涎,不穏(ケージ内を落着きなく動き回る)あるいは自発運動の低下が投与後7〜23分からみられ,これらの所見が継続して認められる中,一過性の間代性痙攣が3例全てで認められた.その後,徐々に自発運動が消失し,投与後60〜126分に全例の死亡が確認された.

 50 mg/kg投与群では,全例で一般状態の異常は認められなかった.

3. 体重

 観察期間中,50 mg/kg投与群では全例で順調な体重増加を示した.

4. 病理学検査

 300 mg/kg投与群の死亡時剖検では全例で口および鼻周囲の皮膚が濡れており,肺は赤色調で一部に暗赤色域が認められた.また,1例では前胃粘膜が顕著に水腫様を呈していた.観察第15日に剖検した50 mg/kg投与群では,1例で前胃粘膜に肥厚した白色調の硬化部が観察された.これ以外の50 mg/kg投与例では器官・組織に肉眼的異常所見は認められなかった.前胃粘膜の肉眼的変化は刺激性の強い被験物質を経口投与したために生じた変化と考えられた.また,死亡例のみで認められた肺の変化は迅急性に症状が悪化し,循環不全に陥ったために生じたと考えられたことから,組織学検査は実施しなかった.

 以上の結果を既知すると,本試験条件下でのイソチオシアン酸メチルの単回投与の結果300 mg/kg投与群の全例が死亡し,50 mg/kg投与群では死亡は認められなかった.従って,イソチオシアン酸メチルのGlobally Harmonized Classification System(GHS)ではクラス3に分類され,LD50 cut-off値は200 mg/kg b.w.であると判断された.

連絡先
試験責任者: 高島宏昌
試験担当者: 立花滋博,丸茂秀樹,堀内伸二,
稲田浩子,三枝克彦,安生孝子
7食品薬品安全センター秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751 Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors: Hiromasa Takashima(Study director)
Sigehiro Tachibana, Hideki
Marumo, Shinji Horiuchi,
Hiroko Inada,
Katsuhiko Saegusa, Takako Anjo
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751 Fax +81-463-82-9627