3−メトキシベンゼナミンのラットにおける
単回経口投与毒性試験
Single Dose Toxicity Study of 3-Methoxybenzenamine by Oral Administration to Rats
要約
3−メトキシベンゼナミンを雌雄ラットに1回経口投与し、その毒性について検討した。投与量は、コーンオイルを媒体とした場合には200、300、500、800、1300および2000 mg/kg、蒸留水を媒体とした場合には200および300 mg/kgとした。対照として、それぞれの媒体投与群を設けた。
1.一般状態および死亡状況
媒体がコーンオイルの場合:500 mg/kg以上の投与群で投与後5〜30分からよろめき歩行、流涎、流涙などを、その後腹臥、表皮温下降、呼吸緩徐、チアノーゼ、自発運動減少、うずくまりなどの症状を示し、2000 mg/kg群の雌雄各1例は投与後6時間に、2000 mg/kg群の雌雄各4例、1300および800 mg/kg群の雌雄各5例および500 mg/kg群の雌1例は投与後1日に、500 mg/kg群の雄1例は投与後2日に死亡した。300 mg/kg群および500 mg/kg群では、投与後1日に下腹部の汚れ、褐色尿が投与後3日まで、また500 mg/kg群ではチアノーゼが投与後5日まで継続したが、以降には異常症状はみられなかった。
媒体が蒸留水の場合:各投与群で投与直後〜20分から腹臥、呼吸緩徐、流涎、流涙、よろめき歩行などが、その後自発運動減少、表皮温下降などがみられた。投与後1日には下腹部の汚れ、褐色尿が観察されたが、投与後2日以降には異常症状はみられなかった。観察期間中に、死亡例はみられなかった。
2.LD50(95%信頼限界)値
媒体がコーンオイルの場合:雌雄とも526(385〜686)mg/kgであった。
媒体が蒸留水の場合:雌雄とも300 mg/kg以上であった。
3.体重推移
媒体がコーンオイルの場合:500 mg/kg群で投与後7日頃までは体重増加抑がみられ、投与後3日には雌雄とも有意差が認められた。投与後14日の体重は、各投与群とも対照群とほぼ同程度であった。
媒体が蒸留水の場合:各投与群とも対照群とほぼ同様の推移を示した。
4.剖検所見
死亡例のほぼ全例で肺の暗赤色化がみられた。また、800 mg/kg群と1300 mg/kg群の多くの例で淡黄色の胸水貯留が観察された。投与後2日に死亡した500 mg/kg群の雄1例の肺の病理組織学的検査では、ごく軽度の水腫がみられた。
一般状態、剖検所見および病理組織学的検査などから、死亡原因は循環障害と思われた。
緒言
既存化学物質の毒性学的性質を評価するために、OECD化学品テストガイドラインに従って3−メトキシベンゼナミン(CAS No. 536-90-3)を雌雄ラットに1回経口投与し、その毒性について検討した。
方法
1.被験物質および媒体
被験物質の3−メトキシベンゼナミンは、融点0℃、沸点251℃、比重1.10で水に約20 g/l溶解する黄褐色の液体である(Lot No.FBX01、東京化成工業株式会社、純度98%以上)。なお、投与終了後に残余被験物質の一部を販売元に送付して分析した結果、純度は規格値に適合しており、保管期間中の安定性が確認された。
媒体としてコーンオイルを用いた。また、被験物質は水にやや溶けやすいため蒸留水も用い、媒体の違いによる症状発現の比較を行った。
2.投与検体および濃度確認
被験物質を秤取し、コーンオイルあるいは蒸留水に溶解して必要濃度の投与検体液を用時調製した。なお、被験物質は純度換算しないで、投与量は原体重量で表示した。
投与に用いた各投与検体液中の被験物質濃度を、試験施設内で高速液体クロマトグラフィーにより測定した。その結果、被験物質濃度は媒体がコーンオイルの場合も蒸留水の場合にも適正範囲内の値を示した。
3.使用動物および飼育条件
(1)動物種、系統
試験には、毒性試験に一般的に用いられている動物種で、その系統維持が明らかであり、集積データも揃っているSprague-Dawley系雌雄ラット[Crj:CD (SD)]を用いた。動物は、日本チャールス・リバー株式会社から4週齢で雌雄各73匹を購入した。入手後2日の体重範囲は、雄が84〜106 g、雌が78〜95 gであった。
(2)検疫および馴化ならびに群分け法
入手した動物は、5日間の検疫期間およびその後2日間の馴化期間を設け、一般状態および体重推移に異常の認められない動物を群分けして試験に用いた。
群分けは、コンピュータを用いて体重を層別に分けた後に、無作為抽出法により各群の平均体重および分散がほぼ等しくなるように投与日に行った。なお、動物の体重変動範囲は、平均体重から±20%を越えないことを確認した。
(3)環境条件および飼育管理
動物は、室温20〜24℃、湿度40〜70%、明暗各12時間、換気回数12回/時に設定した飼育室で飼育した。
検疫・馴化期間中および絶食期間中はステンレス製懸垂式ケージ(W:240×D:380×H:200 mm)を用いて1ケージあたり5匹までの群飼育とし、群分け後はステンレス製五連ケージ(W:755×D:210×H:170 mm)を用いて個別飼育した。ケージの受け皿および給水瓶の交換は1週間に2回以上、ケージおよび給餌器の交換は2週間に1回以上行った。
(4)飼料および飲料水
飼料は固型飼料(CRF-1、オリエンタル酵母工業株式会社)を給餌器に入れ、自由に摂取させた。ただし、投与前日の夕刻から投与までの約19時間と投与後約6時間まで絶食させ、その後に飼料を与えた。
飲料水は、水道水を給水瓶を用いて自由に摂取させた。ただし、群分け時から投与後約6時間までは絶水させ、その後に飲料水を与えた。
飼料中の微量金属および汚染物質の分析ならびに飲料水の水質検査の結果、いずれも検査結果は試験施設で定めた基準値の範囲内であった。
4.投与経路、投与方法、群構成および投与量
(1)投与経路および投与方法
3−メトキシベンゼナミンは、経口的に人に摂取される可能性が考えられたため、投与経路として経口投与を選択した。
投与に際しては、金属製経口胃ゾンデを取り付けたプラスチック製ディスポーザブル注射筒を用いて、強制経口投与した。投与液量は、投与直前に測定した体重を基準として、媒体がコーンオイルの場合は10 ml/kg体重で、媒体が蒸留水の場合は20 ml/kg体重で算出した。投与回数は1回とした。
投与時の体重範囲は、雄が117〜128 g、雌が101〜110 gであった。
(2)群構成および投与量
群構成は、以下の如くとした。一群の動物数は、雌雄各5匹とした。
投与量設定の理由:予備試験(投与段階;コーンオイルを媒体とした場合:20、200および2000 mg/kg、蒸留水を媒体とした場合:20および200 mg/kg)の結果、2000 mg/kg群で3例中3例が死亡したが、200 mg/kg以下の群ではいずれの媒体の場合も死亡例はみられなかった。そこで、当試験の投与量はコーンオイルを媒体として2000 mg/kgを最高用量とし、以下公比約1.6により1300、800、500、300および200 mg/kg群を設定した。また、蒸留水を媒体として300および200 mg/kg群を設定した。なお、対照としてそれぞれの媒体の同一液量を投与する群を設けた。
5.観察および検査項目
(1)観察期間
観察期間は、投与後14日間とした。
(2)一般状態
投与日は投与前および投与後6時間(投与後30分まで、投与後2、4および6時間)まで、投与翌日からの観察期間中は1日1回、一般状態および死亡の有無を観察した。
(3)体重測定
投与日(投与直前)および投与後1、3、7、10ならびに14日の午前中に測定した。
(4)剖検
死亡動物は発見後速やかに剖検した。生存動物は観察期間終了時にエーテル麻酔下で腹大動脈から放血致死させた後に剖検し、所見を記録した。剖検で異常が認められた肺およびその比較対照となる対照群の肺は、代表例について写真を撮影した後、10%中性緩衝ホルマリン液で固定し保存した。
(5)病理組織学的検査
投与後24時間以上生存した動物の内、剖検で肺の異常がみられた500 mg/kg群の雄1例および対照群の代表例の肺について、常法に従ってパラフィン包埋後にHematoxylin-Eosin染色標本を作製し、病理組織学的検査を行った。
6.統計学的方法
(1)LD50値
観察期間中の死亡率から、Behrens-Kber法によりLD50値およびその95%信頼限界値を算出した。
(2)体重
体重は、各群で平均値および標準偏差を算出した。有意差検定は対照群と被験物質投与各群の間で多重比較検定を用いて行い、危険率5%未満を有意とし、5%未満(p<0.05)と1%未満(p<0.01)とに分けて表示した。
すなわち、Bartlett法による等分散性の検定を行い、等分散の場合には一元配置法による分散分析を行い、有意ならば対照群との群間比較をDunnett法(例数が等しい場合)またはScheff法(例数が等しくない場合)により行った。一方、等分散と認められなかった場合は順位を利用した一元配置法による分析(Kruskal-Wallisの検定)を行い、有意ならば対照群との群間比較は順位を利用したDunnett法またはScheff法を用いて行った。
結果
1.一般状態および死亡状況
媒体がコーンオイルの場合
対照群では、雌雄とも観察期間中に異常症状は観察されなかった。
200 mg/kg群では、雌の1例で投与後1日に下腹部の汚れがみられたが、投与後2日以降には雌雄のいずれの例とも異常症状は観察されなかった。
300 mg/kg群では、投与後約30分に雌雄各3例で流涎がみられたが、投与後2時間には消失した。投与後1日には雌の全例で下腹部の汚れおよび褐色尿が観察されたが、投与後2日以降には雌雄のいずれの例とも異常症状は観察されなかった。
500 mg/kg群では、雌の1例で投与後約25分に流涎が(投与後2時間には消失)、投与後約4時間には自発運動減少がみられた(投与後6時間には消失)。投与後1日には雌の1例が死亡しており、その他の例では自発運動減少、チアノーゼ、褐色尿、下腹部の汚れなどが観察された。雄でも、チアノーゼ、褐色尿などがみられた。なお、投与後1日の観察時に自発運動減少、強直性痙攣、チアノーゼ、褐色尿がみられた1例は、投与後2日に死亡した。褐色尿は投与後2〜3日まで、チアノーゼは投与後5日まで継続したが、投与後6日以降にはいずれの例とも異常症状は観察されなかった。
800 mg/kg以上の群では、投与後約5〜30分からよろめき歩行、流涎、流涙、自発運動減少などが、投与後約2時間以降には腹臥、表皮温下降、呼吸緩徐、チアノーゼ、うずくまりなどの症状がみられた。投与後約6時間に、2000 mg/kg群の雌雄各1例が死亡した。投与後1日には、その他の全例が死亡した。
死亡状況をTable 1に示した。
LD50値およびその95%信頼限界値は、雌雄とも526(385〜686)mg/kgであった。
媒体が蒸留水の場合
対照群では、いずれの例とも異常症状は観察されなかった。
200 mg/kg群では、投与後約15分からよろめき歩行、流涎、流涙などがみられたが、投与後2時間には雄の1例で自発運動減少がみられたのみで、その他の症状は消失した。投与後1日には雌の2例で下腹部の汚れがみられたが、投与後2日以降には雌雄のいずれの例とも異常症状は観察されなかった。
300 mg/kg群では、投与直後から腹臥、呼吸緩徐が、投与後約5〜20分から流涎、よろめき歩行などがみられたが、投与後2時間には消失した。投与後2時間以降には自発運動減少および表皮温下降がみられ、自発運動減少は投与後6時間でも継続していた。投与後1日には、雌で下腹部の汚れと褐色尿がみられたが、投与後2日以降には雌雄のいずれの例とも異常症状は観察されなかった。
雌雄とも最高投与量群で死亡はみられず、LD50値は300 mg/kg以上であった。
2.体重推移
媒体がコーンオイルの場合
雌雄とも500 mg/kg群で投与後7日頃までは体重増加抑制がみられ、投与後3日の体重は対照群に比して有意差が認められた。剖検時の体重は、雌雄の各投与群とも対照群とほぼ同程度であった。なお、投与後2日に死亡した500 mg/kg群の雄の投与後1日の体重は、投与時とほとんど変化がなかった。
媒体が蒸留水の場合
雌雄の各投与群とも対照群とほぼ同様の推移を示し、有意差は認められなかった。
3.剖検所見
死亡例では、ほぼ全例で肺の暗赤色化がみられた。また、淡黄色の胸水貯留が500 mg/kg群の雌1例、800 mg/kgおよび1300 mg/kg群で雌雄の3〜5例、2000 mg/kg群の雄1例にみられた。
生存例では、著変はみられなかった。
4.病理組織学的検査
投与後2日に死亡した500 mg/kg群の雄の肺では、ごく軽度の水腫がみられた。
考察
3−メトキシベンゼナミンの、雌雄ラットを用いた経口投与による単回投与毒性試験を実施した。当被験物質は水にやや溶けやすいため、コーンオイルを媒体とした群(200、300、500、800、1300、2000 mg/kg)の他に蒸留水を媒体とした群(200、300 mg/kg)を設けた。死亡例は、コーンオイルを媒体とした場合の500 mg/kg以上の群でみられた。死亡発現は、2000 mg/kg群の雌雄各1例では投与後約6時間であった。一方、2000 mg/kg群のその他の例、1300および800 mg/kg群の雌雄ならびに500 mg/kg群の雌1例では投与後1日であった。500 mg/kg群の雄1例のみ、投与後2日の死亡であった。当例では、投与後1日に体重増加はほとんどなかった。死亡例では、死亡までに当初よろめき歩行、流涎、稀に流涙が、その後腹臥、表皮温下降、呼吸緩徐、チアノーゼなどの症状がみられた。剖検では、ほぼ全例で肺の暗赤色化がみられたことから、死亡原因は循環障害によるものと思われた。また、剖検では800および1300 mg/kg群で胸水貯留例が多くみられ、2000 mg/kg群では少なかったが、死亡発現状況から2000 mg/kg群の死亡時間が他の群に比して短いことが予想されるため、死亡に至るまでの時間の差による影響と考えられた。媒体による差は、同量投与群間で比較した場合、コーンオイルに比して蒸留水の方が異常症状が多くみられ、また発現時間が短かったことから、水溶液の方が吸収率が高く、代謝・排泄時間が早いことが予想された。投与後2〜3日までみられた褐色尿は被験物質の排泄に関連した変化で、下腹部の汚れは褐色尿に伴った変化と思われた。異常症状の内のチアノーゼは死亡例がみられた500 mg/kg群で投与後5日まで継続し、体重も投与後7日頃までは増加抑制傾向であったが、その後には異常症状は消失し、体重も対照群とほぼ同程度まで増加することから、死亡を免れた後の回復性は良好であると考えられた。
3−メトキシベンゼナミンのLD50値はコーンオイルを媒体とした場合雌雄とも526(95%信頼限界値385〜686)mg/kgであり、雌雄差はないものと思われた。
また、蒸留水を媒体とした場合のLD50値は、雌雄とも300 mg/kg以上と考えられた。
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