D&C Red No.7のラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity
screening Test of D&C Red No.7 in Rats

要約

D&C Red No.7は,同一化合物の二ナトリウム塩であるD&C Red No.6とともに,米国FDAによって2年間の慢性毒性試験,多世代繁殖試験,催奇形性試験等の毒性試験データが検討され,着色剤として医薬品および化粧品(眼周囲へ使用する製品を除く)への使用が承認されている化合物である.本化合物については,ラットへの経口投与によるLD50値が5000mg/kg以上であり1),ラットおよびマウスに対する癌原性はみられないこと2)など比較的に低毒性であることが報告されているが,一方ではラットの多世代繁殖試験において50mg/kg/dayの投与で第2世代の繁殖性が低下したこと2),1000mg/kgの22回反復経口投与(間歇投与・5回/週)で軽度の体重増加抑制,腎臓重量の増加,尿細管の病理組織学的変化がラットにみられること3)なども報告されている.

本試験では,OECDによる既存化学物質の安全性点検に係わる毒性調査事業の一環としてD&C Red No.7の0(溶媒対照),100,300および1000mg/kgをSprague-Dawley系ラットの雌雄(各13匹/群)に交配前2週間および交配期間2週間を通して経口投与し,さらに雄では交配期間終了後2週間,雌では妊娠期間を通して分娩後哺育3日まで投与を継続して親動物に対する反復投与毒性およびその生殖能力ならびに次世代児の発生・発育に及ぼす影響について検討した.

その結果,D&C Red No.7は,雄では300mg/kg,雌では100mg/kg以上のほぼ6週間にわたる反復投与によって,雌雄ラットの腎に器質的変化を来し,雄ではこの変化に起因するとみられる血液生化学的検査値の変動が認められた.しかし,1000mg/kgの投与によっても全身毒性を示唆する毒性変化は発現せず,生殖発生毒性学的な影響はなんら認められなかった.このことから本試験条件下では,D&C Red No.7の反復投与毒性に関する無影響量は,雄では100mg/kg/day,雌では100mg/kg/day未満であり,また,生殖発生毒性に関するそれは,雌雄ともに1000mg/kg/dayと推察される.

方法

1. 被験物質

D&C Red No.7[ロット番号,T-1322-2(大日本インキ化学工業(株));CAS No. 5281-04-9;別名,C.I.Pigment Red 57-1]は,分子量:424.25,純度:約98%(wt%),不純物としてNaCl, H2O, CaCl2, Ca(OH)2を含み,水,アセトンにほとんど不溶の赤色の粉末である.本被験物質は,使用時まで室温・遮光条件下で密封保管し,5%アラビアゴム水溶液に懸濁して,いずれの用量においても1回の投与液量が10ml/kgになるように含量を調整し,投与検体とした.調製した投与検体は冷暗条件下で密封保管し,調製後7日以内に投与した.調製液中の被験物質は,室温,遮光の保管条件下で少なくとも7日間安定であり,均一性も保持されることを確認した.また,使用した投与検体には,ほぼ所定量のD&C Red No.7が含有されていたことを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

試験には,雌雄とも7週齢にて購入したSprague-Dawley系ラット(Crj:CD, SPF)を使用した.購入した動物は,入荷後1週間,馴化と検疫を兼ねて予備飼育し,一般状態に異常が認められなかったものを試験に供した(群分け時体重範囲:雌 196.5〜227.4g,雄 253.5〜299.6g).

各動物は,温度24±1℃,相対湿度55±5%,換気回数約15回/時間,照明12時間(午前7時〜午後7時)に調節されたバリアーシステムの飼育室で,金属製金網床ケージ(日本ケージ)に個別に収容して飼育し,固型飼料(CA-1,日本クレア)および水道水を自由に摂取させた.妊娠18日以後の母動物には,飼育ケージの床に金属製床板を敷き,床敷として木製チップ(ホワイトフレーク(R),日本チャールス・リバー)を適宜供給した.供給した飼料,水,および床敷には試験に支障を来す可能性の考えられる夾雑物の混在はなかった.

3.群分け法

雌雄とも初回投与日の体重をもとに体重別層化無作為抽出法に準じて群分けし,1群につき雌雄各13匹を用意した.

4. 投与量,群構成,投与期間および投与方法

D&C Red No.7の投与量は,次項に示す予備試験の結果を参考に100,300および1000mg/kgとした.投与液量は,各用量とも10ml/kgとし,対照群のラットには,懸濁用媒体である5%アラビアゴム水溶液をD&C Red No.7投与群と同一条件にて投与した.

各用量の投与検体は,雄に対しては交配前14日間と交配期間14日間および交配期間終了後14日間の連続42日間,また,雌に対しては交配前14日間と交配期間中(交尾成立まで;最長14日間)ならびに交尾成立雌では妊娠期間を通して分娩後の哺育3日まで毎日1回,ラット用胃管を用いて強制的に経口投与した.毎日の投与は,原則として一定時刻の間(通常13時〜16時)に行い,各動物の投与液量は,雄ならびに交配前および交配期間中の雌については週1回の測定体重をもとに,また,交尾成立後の雌については妊娠0日の体重をもとにそれぞれ算出した.

5.予備試験(投与量の設定)

D&C Red No.7の0(溶媒対照)および1000mg/kgをSprague-Dawley系(Crj:CD)ラットの雌雄各5匹に1日1回,14日間,反復して経口投与し,投与終了日の翌日に剖検してD&C Red No.7の雌雄ラットに対する反復投与毒性について検討した.投与期間中は,生死,一般状態を毎日観察し,体重を投与1(投与開始日),7および14日に測定した.摂餌量については,投与1〜7日および7〜14日の各期間における総摂取量を求めた.剖検時には,体重,胸腺,肝臓,腎臓,副腎,卵巣および精巣の重量を測定した.これらの器官は10%ホルマリンに固定して保存し,腎臓の病理組織学的検査を雌雄全例について行った.試験材料および方法は,併合試験法に準じた.なお,D&C Red No.7の用量は,併合試験法ガイドラインに示された限度試験の用量が1000mg/kgであることを考慮し,また,Leist(1982)による本被験物質の亜急性毒性試験3)の結果を参考にして設定した.この試験では,D&C Red No.7のLD50値が5000mg/kg以上であることを根拠に,単一用量として設定された1000mg/kgの22回反復経口投与(間歇投与・5回/週)でラットに軽度の体重増加抑制,腎臓重量の増加,尿細管の病理組織学的変化がみられたことが報告されている.予備試験の結果は,次のように要約される.

1) 一般状態

死亡例は,雌雄ともに認められなかった.一般状態に関しても1000mg/kg投与群の雌雄で被験物質様の赤色調を呈する便が,投与開始後,連日みられたほかに変化は認められなかった.

2) 体重および摂餌量

雌雄ともに,体重,体重増加量,摂餌量のいずれにも対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

3) 器官重量

雌雄ともに,胸腺,肝臓,腎臓,副腎,卵巣,精巣の実重量および比体重値のいずれにも対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

4) 剖検所見

雌雄ともに被験物質投与群では前胃粘膜および腸内容物が被験物質様の赤色調を呈していたが,被験物質の毒性的影響を示唆する明らかな変化はなかった.

5) 腎臓の病理組織学的検査所見

1000mg/kg投与群の雄5例中3例において皮質の尿細管上皮細胞の変性あるいは壊死が認められた.これらの例では変性した尿細管の腔が拡張しており,また最も強い変化を示した1例の髄質では,一部の集合管の腔内に細胞変性物と思われるエオジン淡染物が含まれていた.他の1例では尿細管上皮の変性はみられなかったが,尿細管腔のごく軽度な拡張が認められた.被験物質投与群の雌では,1例に尿細管上皮のごく軽度な変性がみられたにすぎなかった.このほか,ごく少数の再生尿細管が,対照群,被験物質投与群の雌雄にみられた.

6) 併合試験における投与量

以上からD&C Red No.7の1000mg/kgは,14日間の反復経口投与によって顕著な全身毒性は示さないものの雄ラットの腎臓に病理組織学的変化を惹起することが確認された.この毒性変化には,性差のあることが示唆されたが,併合試験では,より長期間の投与で雌ラットに対する影響がみられるか否かの検討を含め,D&C Red No.7のより明確な毒性を検索する目的で,最高用量を1000mg/kg/dayとし,以下を公比約3で除して中間用量を300mg/kg/day,最低用量を100mg/kg/dayに設定した.

6. 観察方法

1)親動物

A.一般状態

雌雄とも,全例について試験期間中毎日観察した.

B.体重

雌雄とも,全例について体重を試験期間中週1回〔雄:投与0,7,14,21,28,35,42日,雌:投与0,7,14,21日〕および解剖日に測定した.また,交尾成立雌では,妊娠0,7,14,20日,分娩した雌では,哺育0および4日の体重を測定した.

C.摂餌量

雌雄とも,全例について体重測定日と同日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの間の摂餌量を算定した.交配期間中の摂餌量は測定しなかった.交尾成立雌では,妊娠0-7,7-14,14-20日および分娩した雌では,哺育0-4日の摂餌量を測定した.

D.交配

交配は,投与14日(第15投与日)の夕方から最長2週間,同一群内の雌雄を1対1で同居させて行った.交尾成立の確認は,毎朝,腟内の腟栓および腟垢中の精子の存在を調べることにより行い,交尾が確認された雌は,その日を妊娠0日と起算して雄から分離し,個別に飼育した.交配結果から,各群について交尾率[(交尾動物数/同居動物数)×100],受胎率[(妊娠動物数/交尾動物数)×100]および同居開始日から交尾確認日までの日数を求めた.

E.分娩状態

各群とも交尾成立雌は,全例を自然分娩させた.分娩状態の直接観察は,可能なものについて行った.ただし,直接観察できなかった個体についても,分娩後の徴候から分娩困難や分娩遅延などの分娩障害の有無を判断し,個別に記録した.

F.分娩日の算定

分娩の確認は,午前9時〜11時に限定し,この時間帯に分娩が完了していることを確認した個体について,その日を哺育0日,その前日を分娩日と規定した.午前11時を過ぎて分娩した個体については,翌日を哺育0日とした.

分娩を確認した全例について妊娠期間(妊娠0日〜分娩日の日数)を算定し,出産率[(生児出産雌数/妊娠雌数)×100]を各群について求めた.

G. 病理学的検査

a) 雄動物

イ.剖検,器官重量および病理組織学的検査

最終投与日の翌日〔投与42日相当日(投与開始日=投与0日)〕にペントバルビタール深麻酔下で放血・致死させて剖検した.その際,全例について胸腺,肝臓,腎臓,精巣および精巣上体の重量を測定した.また,胸腺,肝臓,腎臓,脳,心臓,脾臓,副腎および剖検において異常を認めた器官は10%ホルマリンに,精巣および精巣上体は,ブアン液に固定して保存し,1000mg/kg投与群および対照群の全例について病理組織学的検査を行った.なお,腎臓の病理組織学的検査は,300および100mg/kg投与群についても行った(結果の項参照).

ロ.血液学的検査

全例について,剖検に先立ち,ペントバルビタール麻酔下で腹部後大静脈よりEDTAを抗凝固剤として採血し,赤血球数(RBC),白血球数(WBC),血色素濃度(Hb),平均赤血球容積(MCV),ヘマトクリット値(Ht),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC),血小板数を多項目血液自動測定機(Coulter Counter Model S-PLUS IV)により測定した.また,白血球分類は,血液塗沫標本(Wright-Giemsa 染色)を光学顕微鏡により観察して行った.

ハ.血液生化学的検査

全例について,血液学的検査のための採血に引き続き,ヘパリンを抗凝固剤として用いて採血し,それぞれ血漿を分離して遠心方式生化学自動分析装置(COBAS-FARA)およびNa-K-ClアナライザーIT-3型を用い,総蛋白濃度(ビウレット法),アルブミン濃度(BCG法),総コレステロール濃度(COD・DAOS法),ブドウ糖濃度(グルコキナーゼ・G6PDH法),尿素窒素濃度(ウレアーゼ・Gl.DH法),クレアチニン濃度(Jaffe法),アルカリフォスファターゼ活性(p-ニトロフェニルリン酸基質法),GOT活性(SSCC法),GPT活性(SSCC法),総ビリルビン濃度(ビリルビン「ロシュ」キットSシリーズ),無機リン濃度(モリブデン酸直接法),γ-GTP活性(γ-グルタミル-p-ニトロアニリド基質法), カルシウム濃度(OCPC法),ナトリウム濃度(イオン電極法),カリウム濃度(イオン電極法),塩素濃度(電量滴定法),A/G比(計算)について分析した.

b) 雌動物

イ.剖検,器官重量および病理組織学的検査

分娩した雌は哺育4日に,また,交尾したが分娩しない雌は妊娠25日相当日にそれぞれエーテル深麻酔下で放血・致死させ,剖検した.卵巣および子宮は摘出し,子宮についてはSalewski法を応用して着床痕を染色して着床数を確認した.卵巣はブアン液に固定して保存し,実体顕微鏡下で黄体数を数えた.不妊例の卵巣については,病理組織学的検査を行った.また,胸腺,肝臓および腎臓の重量を全例について測定した.これらの器官および脳,心臓,脾臓,副腎,子宮および剖検において異常を認めた器官は10%ホルマリンに固定して保存し,1000mg/kg投与群および対照群の全例について病理組織学的検査を行った.なお,腎臓の病理組織学的検査は,300および100mg/kg投与群についても行った(結果の項参照).

2)出生児

A.産児数の算定

哺育0日に産児数(生存児+死亡児)を調べ,児の分娩率[(産児数/着床痕数)×100]および出生率[(出産生児数/着床痕数)×100]を求めた.産児の性別を調べ,外表異常の有無を観察した.

B.死亡児数の算定

死亡児数を毎日調べ,哺育0日の生存率[(生児数/産児数)×100]および哺育4日の生存率[(哺育4日の生児数/哺育1日の生児数)×100]を求めた.死亡児は剖検し,胸腔および腹腔内の器官を除去した後,エタノールに固定して保存した.

C.体重測定

哺育0日および4日に一腹単位で雌雄別に体重(litter重量)を測定し,[litter重量/測定児数]を各腹について求めた.

D.剖検

哺育4日に全例をエーテル深麻酔下で致死させ,剖検した.胸腔および腹腔内の器官は,一括して摘出し,各腹ごとに10%ホルマリンに固定して保存した.カーカスは,各腹ごとにエタノールに固定して保存した.

7.統計処理

交尾率および受胎率についてはχ^2検定を行った.その他のすべてのデータは,個体ごとに得られた値あるいはlitterごとの平均値を1標本として,先ず,Bartlett法により各群の分散の一様性について検定した.その結果,分散が一様とされた場合には,一元配置型の分散分析を行い,群間に有意性が認められた場合にはDunnett法あるいはScheff法により対照群と各被験物質投与群との間で平均値の差の検定を行った.分散が一様でなかった場合は,Kruskal-Wallisの順位検定を行い,群間に有意性が認められた場合に対照群と各被験物質投与群との差についてDunnett型あるいはScheff型の検定を行った.有意水準は,5%および1%とした.

結果

I.反復投与毒性(親動物所見)

1) 途中死亡例

死亡例は,雌雄ともにいずれの投与群においても認められなかった.

2) 一般状態

各D&C Red No.7投与群の雌雄では,投与した被験物質と同様の色調を呈する赤色の糞が,投与期間中,連日観察された.このほか,ごく少数の動物に痂皮の形成がみられたが,毒性変化とみなされる一般状態の異常は,雌雄ともにいずれの投与群においても認められなかった.

3) 体重

A.雄(Table 1)

体重,増加量ともに各被験物質投与群と対照群との間で有意差は認められなかった.

B.雌(Table 2)

交配開始前,妊娠期間中,分娩後のいずれの期間においても,体重,増加量ともに各被験物質投与群と対照群との間で有意差は認められなかった.

4)摂餌量

A.雄(Table 3)

いずれの被験物質投与群においても対照群と比較して有意な変化は認められなかった.

B.雌(Table 4)

いずれの被験物質投与群においても対照群と比較して有意な変化は認められなかった.

5)血液学的,血液生化学的および病理学的検査所見

A.雄〔解剖日:投与期間(42回投与)終了翌日〕

(1) 血液学的検査所見(Table 5)

300mg/kg以上の投与群において平均赤血球血色素量が有意(p<0.05)に減少した.しかし,赤血球数,血色素濃度,ヘマトクリット値,平均赤血球容積,平均赤血球血色素濃度および血小板数には,なんらの変化も認められなかった.白血球数については,300mg/kg以上の投与群において用量依存的な減少傾向がみられたが,対照群との間に有意差は認められなかった.白血球分類の結果についても被験物質の影響を示唆する変化は認められなかった.

(2) 血液生化学的検査所見(Table 6)

300mg/kg以上の投与群において無機リンおよびカルシウム濃度の有意な減少,さらに1000mg/kg投与群において総コレステロール,カリウム濃度の有意な減少および塩素濃度,GOT活性の有意な上昇がみられた.このほかの検査項目には,被験物質の投与に起因したと推定される変化は認められなかった.

(3) 剖検所見

いずれの組織・器官にも被験物質との関連が推定される肉眼的変化は認められなかった.

(4) 器官重量(Table 7)

胸腺,肝臓,腎臓,精巣,精巣上体の重量を測定した結果,1000mg/kg投与群において腎臓の比体重値が有意(p<0.01)な高値を示した.このほかには被験物質の投与に起因したと推定される変化は認められなかった.

(5) 病理組織学的検査所見(Table 8)

対照群および1000mg/kg投与群の2実験群について指定組織・器官の病理組織学的検査を実施したところ1000mg/kg投与群の雌雄では,腎組織に器質的変化が生じていることが明らかとなった.このため,腎臓についての病理組織学的検査は,100および300mg/kg投与群についても拡張して実施した.観察所見の概要を以下に示す.

(脳)

いずれの群にも変化はみられなかった.

(胸腺)

出血が,対照群の1例および1000mg/kg投与群の2例にみられたほかに変化はなかった.

(心臓)

ごく小領域の心筋変性が,対照群の2例にみられたほかに変化はなかった.

(肝臓)

小肉芽腫,小葉周辺部肝細胞の脂肪変性が,対照群および1000mg/kg投与群の両群にみられたが,頻度および程度に明らかな差はなかった.このほかには,ごく軽度の巣状壊死が,1000mg/kg投与群の1例にみられたのみであった.

(腎臓)

300mg/kg投与群の3例および1000mg/kg投与群の12例では,皮質に対照群と比較して明らかに数を増した多数の再生尿細管が認められ,その程度は,1000mg/kg投与群において増強する傾向を示した.それらの再生尿細管は,主として近位尿細管曲部に多くみられ,細胞密度は高く,その核はやや大型であり,細胞質は淡明あるいは好塩基性であったほか,多くの例で腔内にやや黄色調を呈する物質が含まれていた.100mg/kg投与群では尿円柱が1例にみられた.このほか,eosinophilic bodyが各投与群に散見されたが,頻度および程度に差はなかった.

(副腎)

皮質における褐色色素の沈着が,対照群および1000mg/kg投与群の両群にみられたが,頻度および程度に明らかな差はなかった.

(脾臓)

褐色色素の沈着および髄外造血が,対照群および1000mg/kg投与群の両群にみられたが,頻度および程度に明らかな差はなかった.

(精巣)

精細管の萎縮が,対照群の2例および1000mg/kg投与群の3例にみられた.このうち1000mg/kg投与群の1例では萎縮した精細管に石灰の沈着が認められた.

(精巣上体)

精巣の萎縮がみられた対照群の1例および1000mg/kg投与群の1例において管腔内の精子の減少がみられたほかに変化はみられなかった.

B. 雌〔解剖日:哺育4日,全児死亡日,妊娠25日相当日(全胚吸収および不妊例)〕

(1) 剖検所見

胸腺の退縮が,100mg/kg投与群の2例および1000mg/kg投与群の5例にみられたほか,腎皮髄境界部の淡色あるいは白濁が,100および1000mg/kg投与群の各1例,腎皮質の淡色が1000mg/kg投与群の1例に認められた.このほかには被験物質との関連が推定される肉眼的変化は認められなかった.

(2) 器官重量

a)哺育4日解剖例(Table 7)

胸腺,肝臓,腎臓の重量を測定した結果,胸腺の実重量および比体重値が100mg/kg投与群において,実重量が1000mg/kg投与群において有意(p<0.05, 0.01)な低値を示した.肝臓および腎臓の重量には,対照群と各被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

b)不妊例,全児死亡例,全胚吸収例,除外例

100mg/kg投与群の全児死亡例1例において胸腺重量が低値であったほかには,著しい変化は認められなかった.

(3) 病理組織学的所見(Table 9)

観察所見の概要を以下に示す.

(脳)

いずれの群にも変化はみられなかった.

(胸腺)

対照群では2例にごく軽度〜軽度の退縮がみられた.これに比して1000mg/kg投与群では胸腺の退縮を示す例が増加し,1例にごく軽度,3例に軽度,2例に中等度の退縮がみられた.

(心臓)

いずれの群にも変化はみられなかった.

(肝臓)

小肉芽腫,小葉周辺部肝細胞の脂肪変性が,対照群および1000mg/kg投与群の両群にみられたが,頻度および程度に明らかな差はなかった.

(腎臓)

各被験物質投与群では,再生尿細管の増加に加えて,主として近位尿細管曲部に多数の空胞を有し,泡沫状に膨化した尿細管上皮細胞がみられ,その頻度および程度は用量依存的に増強する傾向を示した.また,同部位には各被験物質投与群ともに尿細管上皮細胞の壊死もみられ,好酸性を呈する壊死上皮細胞や黄色調を呈する物質が尿細管腔に含まれる例が多かった.このような病像を呈する尿細管の基底部には,やや大型で好塩基性の細胞質を有する再生上皮細胞が多く認められた.しかし,未分娩であった100mg/kg投与群の1例,不妊であった300mg/kg投与群の2例および未交尾であった1000mg/kg投与群の1例では,これらの変化はみられないか,または微弱な変化として観察されたにすぎなかった.このほか,対照群および1000mg/kg投与群の各1例に尿円柱がみられ,対照群の1例は慢性腎症のごく軽度の変化と思われたほか,対照群および100mg/kg投与群の各1例において近位尿細管上皮に微細な空胞がみられ,100および1000mg/kg投与群の各1例に限局性の尿細管拡張がみられたが,いずれも被験物質投与との関連は明らかでなかった.

(副腎)

1000mg/kg投与群において,皮質におけるごく軽度の褐色色素の沈着が1例および両側皮質における小壊死巣が1例にみられたほかに変化はなかった.

(脾臓)

褐色色素の沈着および髄外造血が,対照群および1000mg/kg投与群の両群にみられたが,頻度および程度に明らかな差はなかった.

(卵巣)

不妊であった対照群の2例および300mg/kg投与群の2例ならびに未交尾であった1000mg/kg投与群の1例のいずれにも異常所見はなかった.

II. 生殖発生毒性

1.生殖学的検査所見

1) 交配成績(Table 10)

交尾率および受胎率に対照群と各被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

また,同居開始から交尾確認日までの日数および交尾成立までの回帰発情回数についても対照群と各被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

2) 分娩および哺育状態

被験物質の投与に起因したと推定される分娩状態あるいは哺育状態の異常はいずれの投与群においても認められなかった.

3) 黄体数,着床数および着床率(Table 11)

妊娠雌の黄体数,着床数および着床率に対照群と各被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

4) 出産率および妊娠期間(Table 11)

出産率および妊娠期間ともに対照群と各被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

2.出生児所見

1) 生存性(Table 11)

児の分娩率[(産児数/着床痕数)×100],出生率[(出産生児数/着床痕数)×100],哺育0日および哺育4日の生存率に対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

2) 体重(Table 12)

いずれの測定時期においても出生児体重に対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

3) 形態

100mg/kg投与群の生児1例(哺育4日剖検)に左臍帯動脈遺残がみられたほかには,いずれの出生児においても外表および内臓の異常は認められなかった.

考察

以上のごとくD&C Red No.7は,雄では300mg/kg以上,雌では100mg/kg以上の約6週間にわたる反復投与により,雌雄ラットに腎臓の器質的変化を主とする毒性変化をもたらした.観察された腎の病変は,雄で再生尿細管の増加,雌で尿細管上皮細胞の変性・壊死であり,雌雄で相違がみられたが,1000mg/kgの2週間反復投与による予備試験では,雄において尿細管上皮細胞の変性・壊死がみられ,雌ではほぼ無変化であったことから推測すると,雄では,雌に比較してより早期に尿細管上皮細胞の変性・壊死が発現した可能性が考えられる.すなわち,雄の病像は,変性・壊死した尿細管上皮の回復像と推定される.しかし,雄の血液生化学的検査においては無機リン,カルシウム等の血漿無機質が,300mg/kg以上の投与群で変動しており,このような回復期の病像を示すと推定される腎臓においてもその機能には異常が随伴した可能性も示唆された.本被験物質はアゾ色素であり,その化学構造のなかに4-methyl-2-sulfophenyl構造を含むが,アゾ色素の生体内分解産物から発見・開発された経緯をもつスルフォンアミド類−いわゆるサルファ剤についてはラットに及ぼす毒性として甲状腺肥大作用の他に腎障害を誘起する作用が知られている4).また,サルファ剤の大量投与では,甲状腺ホルモン分泌抑制に起因して肝のコレステロール代謝が抑制されるとされるが,本試験では,1000mg/kg投与群において血中コレステロール値の変動も認められている.したがってD&C Red No.7の投与に起因したと考えられる上記の生化学的あるいは病理学的変化は,生体内で分解・吸収された本被験物質の分解産物またはその代謝体に原因を求めることができるかもしれない.しかし,D&C Red No.7は,腎臓の器質的変化を主とする毒性変化のほかには,1000mg/kgの投与によっても重度の全身毒性を示さず,生殖発生毒性学的な影響はまったく示さなかった.これらのことから本試験条件下ではD&C Red No.7の反復投与毒性に関する無影響量は,雄では100mg/kg/day,雌では100mg/kg/day未満であり,また,生殖発生毒性に関するそれは,雌雄ともに1000mg/kg/dayと判断される.

文献

1)T.C. Patton,“Pigment Handbook,”Vol.I., 2nd ed.,1973,p.496.
2)Food and Drug Administration, U.S.,Federal Registe,Vol. 47,249:57681-57692 (1982)
3)K.H.Leist,Ecotoxicology and Environmental Safety,6: 457-463 (1982)
4)福田英臣,秋元 健,坂口 孝,“毒性試験講座,15巻,医薬品,”地人書館, 東京,1990,PP.29-35.

連絡先
試験責任者:橋本 豊
試験担当者:田子和美,加藤博康,原田知子
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Yutaka Hashimoto (Study director)
Kazumi Tago,Hiroyasu Kato,Tomoko Harada
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257, Japan
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