1,2,3-トリメチルベンゼンの細菌を用いる復帰突然変異試験

Reverse Mutation Test of 1,2,3-Trimethylbenzene on Bacteria

要約

既存化学物質安全性点検作業の一環として, 1,2,3-トリメチルベンゼンの変異原性について遺伝子突然変異誘発性を検討するため,ネズミチフス菌(Salmonella typhimurium)TA100,TA98,TA1535およびTA1537株ならびに大腸菌(Escherichia coli)WP2uvrA株を用いる復帰突然変異試験を行った.予備的な試験の結果を基に,試験用量を設定した.すなわち,直接法(-S9 mix)の各菌株ならびに代謝活性化法(+S9 mix)のTA100,TA1535およびTA1537でそれぞれ,1.42〜45.4 μg/プレート,代謝活性化法のWP2uvrAおよびTA98で5.68〜182 μg/プレートの6用量を設定し試験した.その結果,直接法および代謝活性化法のいずれにおいても,ラット肝ミクロソーム(S9)添加の有無にかかわらず,溶媒対照に比べ復帰突然変異コロニー数の明確な増加は認められず,再現性も確認された.一方,各系での陽性対照物質は,それぞれの試験菌株に対し明確な突然変異誘発作用を示した.従って,本試験条件下において,1,2,3-トリメチルベンゼンは微生物に対し遺伝子突然変異を誘起しないものと判断した.

材料および試験方法

1. 試験菌株

細菌を用いる復帰突然変異試験に広く使用されていることから,試験菌株としてヒスチジン要求性の Salmonella typhimurium TA100,TA98,TA1535およびTA15371)ならびにトリプトファン要求性のEscherichia coli WP2uvrA 2)の5種類の菌株を選択した.

ネズミチフス菌は昭和 58年9月9日にカリフォルニア大学のB. N. Ames教授から,また,大腸菌については昭和58年3月16日に国立衛生試験所から分与を受けた.平成6年9月5日に菌株の特性検査を実施し,本試験に用いた菌株が規定の特性を保持していることを確認した.各菌株の菌懸濁液はジメチルスルホキシド(DMSO: MERCK社)を添加した後,凍結保存用チューブに0.2 mlずつ分注した.これを液体窒素を用いて凍結し,超低温フリーザーに-80℃で保存した.

2. 培地の調製

1) 最少グルコース寒天平板培地(プレート)

日清製粉 (株)製のテスメディアAN培地を購入し,試験に用いた.本プレートは,Vogel-Bonnerの最少培地Eを含む水溶液(0.02%硫酸マグネシウム・7水塩,0.2%クエン酸・1水塩,1%リン酸二カリウム・無水塩,0.192%リン酸一アンモニウム,0.066%水酸化ナトリウム [いずれも最終濃度])に2%のグルコース(和光純薬工業(株))と1.5%の寒天(OXOID社:No.1)を加え,30 mlをシャーレに分注したものである.

2) トップアガー(軟寒天)

Bacto-agar(DIFCO社)0.6%を含む0.5%塩化ナトリウム水溶液10容量に対し,ネズミチフス菌を用いる試験の場合,0.5 mM L-ヒスチジン(関東化学(株))-0.5 mM D-ビオチン(関東化学(株))水溶液を1容量加え,大腸菌を用いる試験の場合,0.5 mM L-トリプトファン(関東化学(株))水溶液を同じく1容量加え用いた.

3. 前培養条件

内容量 200 mlの円筒容器(ストレージボトル:Corning Costar社)に2.5%ニュートリエントブロス(OXOID社)溶液を25 ml分注し,これに融解した菌懸濁液を50 μl接種した.ウォーターバスシェーカー(MM-10:タイテック(株))を用い,37℃で8時間振盪(往復振盪:120回/分)培養し,試験に使用した.

4. S9 mix

製造後 6ヵ月以内のキッコーマン(株)製S9 mixを試験に使用した.S9 mix中のS9は誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague-Dawley系雄ラットの肝臓から調製されたものである.S9 mixの組成を以下に示す.
成  分S9 mix 1ml中の量

S90.1 ml
MgCl28 μmol
KCl33 μmol
G-6-P5 μmol
NADPH4 μmol
NADH4 μmol
リン酸緩衝Na-液(pH 7.4)100 μmol

5. 被験物質

被験物質の 1,2,3-トリメチルベンゼン(ロット番号:FJA01,CAS No.:526-73-8)は分子式C9H12,分子量120.20,純度90.8%の液体である.東京化成工業(株)から提供された被験物質を使用した.試験終了後,当センターにおいて残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

6. 被験物質溶液の調製

DMSOに被験物質を溶解して調製原液とした.調製原液を使用溶媒を用いて順次所定濃度に希釈した後,直ちに処理を行った(用時調製).

7. 試験用量の設定

7.26,36.3,182,908および4540 μg/プレート(50 mg/ml溶液を本被験物質の純度90.8%で補正した)の用量を用いて予備的な試験を実施した.その結果,直接法の全菌株ならびに代謝活性化法のTA100,TA1535およびTA1537で36.3 μg/プレート以上,代謝活性化法のWP2uvrAおよびTA98で182 μg/プレート以上において試験菌株に対する生育阻害作用が観察された.従って,本試験においては直接法の各菌株ならびに代謝活性化法のTA100, TA1535およびTA1537で45.4 μg/プレート,代謝活性化法のWP2uvrAおよびTA98で182 μg/プレートを最高用量とし,それぞれ6用量(公比2)を設定した.

8. 陽性対照物質

陽性対照物質として下記に示した物質を使用した.これらの陽性対照物質は, DMSOを用いて溶解し,少量ずつ分注した後凍結保存(-20℃)した.
2-(2-フリル)-3-(5-ニトロ-2-フリル)アクリルアミド(AF-2:和光純薬工業(株))
アジ化ナトリウム(NaN3:和光純薬工業(株))
9-アミノアクリジン(ACR:ALDRICH社)
2-アミノアントラセン(2-AA:和光純薬工業(株))

9. 試験方法

Amesらの原法の改良法であるプレインキュベーション法1)に準じて,直接法および代謝活性化法それぞれについて試験を実施した.試験管に,使用溶媒,被験物質溶液あるいは陽性対照物質溶液を100 μl,次いで直接法の場合,0.1 Mナトリウム・リン酸緩衝液(pH 7.4)を500 μl,代謝活性化法の場合,S9 mixを500 μlおよび試験菌液100 μlを加え,37℃で20分間振盪培養(プレインキュベーション)した.培養終了後,トップアガーを2 ml添加し,混合液をプレート上に重層した.37℃の条件で48時間各プレートを培養した後,被験物質の試験菌株に対する生育阻害作用を確認するため,実体顕微鏡(×60)を用いてプレート上の試験菌株の生育状態を観察した.次いで,復帰突然変異により生じたコロニーを計数した.計測に際してはコロニーアナライザー(CA-11:システムサイエンス(株))を用いた.独立して試験を2回実施した.

10. 結果の解析

復帰突然変異コロニー数が溶媒対照のほぼ 2倍以上に増加し,かつ,再現性あるいは被験物質の用量に依存性が認められた場合に,陽性と判定した.

なお,統計学的手法を用いた検定は実施しなかった.

結果および考察

試験結果を Table 1〜4に示した.直接法(-S9 mix)ならびに代謝活性化法(+S9 mix)のいずれとも高用量群において,1,2,3-トリメチルベンゼン処理による生育阻害作用が観察された.また,復帰突然変異コロニー数については,直接法,代謝活性化法とも溶媒対照と同等の値であり,明確な増加傾向は認められなかった.一方,陽性対照物質はそれぞれの菌株において,溶媒対照群の2倍以上の復帰突然変異コロニーを誘発した.なお,S9 mix添加時182 μg/プレートの用量において,試験管内の反応液が僅かに白濁したが,コロニー計数時には析出等の特筆すべき変化は観察されなかった.以上の試験結果から,本試験条件下において1,2,3-トリメチルベンゼンの微生物に対する遺伝子突然変異に関し,陰性と判定した.

文献

1)D. M. Maron, B. N. Ames, Mutat. Res., 113, 173 (1983).
2)M. H. L. Green and W. J. Muriel, Mutat. Res., 38, 3(1976).

連絡先
試験責任者:中嶋 圓
試験担当者:北沢倫世,板倉真由実,勝俣 勇
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-12 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜 582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Madoka Nakajima(Study director)
Michiyo Kitazawa, Mayumi Itakura, Isami Katsumata
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden Aza Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-12, Japan
Tel 81-538-58-1266Fax 81-538-58-1393